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<title>終着までは、何哩？</title>
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<title>あ　かるいことば</title>
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<description>至極当たり前のことを、ここで改めて 言うのですが、漢字は表意文字です。 その字、...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;至極当たり前のことを、ここで改めて&lt;br /&gt;
言うのですが、漢字は表意文字です。&lt;br /&gt;
その字、一字に意味があるわけですよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なぜ、ここで、こんな当たり前のことを&lt;br /&gt;
もう一度言ったのか、といえば&lt;br /&gt;
漢字がいつの間にやら「感覚文字」になって&lt;br /&gt;
しまっているような気がするからなのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こないだのこと。&lt;br /&gt;
来年の１月早々に&lt;br /&gt;
赤ちゃんができる仕事場の同僚から&lt;br /&gt;
どんな名前にしたらいいでしょうね、&lt;br /&gt;
というご相談を受けました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;俺が、こんなのがいい、と言ってしまうのは&lt;br /&gt;
やはり責任が重いので、話し合って&lt;br /&gt;
親であるその同僚がいくつか案を考えてきて&lt;br /&gt;
その案について検討する、ということにしました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、&lt;br /&gt;
最近の子どもの名前、すごく凝った個性的な&lt;br /&gt;
名前をよく見かけるように&lt;br /&gt;
なりましたよね。&lt;br /&gt;
これってやっぱり親が生まれてくる子に、&lt;br /&gt;
ものすごい期待をかけている、ということと、&lt;br /&gt;
そんなこともあって名づけがイベントに&lt;br /&gt;
なってる、っていう気がします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だけど謙介はそういう凝りに凝った名前って、&lt;br /&gt;
大してびっくりはしないんですよ。&lt;br /&gt;
だって森鴎外がいるじゃありませんか。（笑）&lt;br /&gt;
明治の頃に、ふつうだったら、ヨネ、とかウメ、&lt;br /&gt;
とか米蔵とか嘉吉なんて言ってる時代に&lt;br /&gt;
鴎外のところなんて&lt;br /&gt;
フィリッツ、に、アンヌに、ルイ、にマリですもん。&lt;br /&gt;
そんな前例を知ってますから、あんまり最近の&lt;br /&gt;
凝った名前だって驚きはしません。&lt;br /&gt;
知り合いの子にだって、双子の大矢くんと門水くんが&lt;br /&gt;
います。もちろんふたりで「ダイヤモンド」ですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
変った名でも驚きはしないんですが、&lt;br /&gt;
ただね、そういう名前の付け方を見てると、&lt;br /&gt;
漢字の本来の意味、っていうのを無視して&lt;br /&gt;
字面のイメージだけで付けてない？　&lt;br /&gt;
って思うことはあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえばよく使われる漢字だそうですが&lt;br /&gt;
「颯爽」の「颯」の字があるんですが、&lt;br /&gt;
「衰える」とか「落ちる」とかという意味があります。&lt;br /&gt;
そういう意味を持っている字だとして、その文字を&lt;br /&gt;
名前に遣ったかどうか。&lt;br /&gt;
「凛」もそうですね。&lt;br /&gt;
「寒い」とか「凍える」とか「状態がひどい」とかいう意味ですね。&lt;br /&gt;
寒いから身が引き締まって「凛とした」状態になるんですけどね。&lt;br /&gt;
漢字の意味はあまり考えていなくて、&lt;br /&gt;
その音の連なりだけで付けてない？&lt;br /&gt;
っていう名前がよく目に入ってきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Koukijiten&quot; title=&quot;Koukijiten&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/14/koukijiten.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
ただ最初に言ったように漢字は&lt;br /&gt;
表意文字です。&lt;br /&gt;
一字一字にそれぞれ意味を持っています。&lt;br /&gt;
名づけをして戸籍に届け出る前に&lt;br /&gt;
漢和辞典を一度引いてみて、ちゃんと&lt;br /&gt;
字の意味を確認したほうが&lt;br /&gt;
いいように思うんですよ。&lt;br /&gt;
あまりいい意味の漢字じゃなかったら&lt;br /&gt;
それこそ、その子の一生の問題ですし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だけどうちのパートのおばちゃんが、&lt;br /&gt;
凝った名前の子等が、じいさんばあさんになったらすごいね、&lt;br /&gt;
って言ってましたけど、７０年くらい経って&lt;br /&gt;
じいちゃんばあちゃんがみんなそんな名前って&lt;br /&gt;
ちょっとすごいなぁって思います。&lt;br /&gt;
けど周りみんなそうだったら、案外インパクトは&lt;br /&gt;
少なめでしょうかね。&lt;br /&gt;
いずれにしても謙介には確かめようのない世界の話&lt;br /&gt;
ですが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
それからこないだ今年の漢字、っていうのが出てましたけど&lt;br /&gt;
あれも、やっぱり漢字を感覚で捉えて、これ、って&lt;br /&gt;
言ってるじゃないですか。&lt;br /&gt;
確かに意味について多少は考えるにせよ、&lt;br /&gt;
イメージというのか感覚で捉えているように思います。&lt;br /&gt;
今年は「新」でしたが、この漢字のもともとの意味は&lt;br /&gt;
「薪」で、たきぎです。&lt;br /&gt;
元の意味を知っていたとしたら、この漢字が&lt;br /&gt;
選ばれていたでしょうかねぇ、、。ちょっとそんなことを&lt;br /&gt;
思ったりしました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
漢字も感覚で見られるようになっていくと同時に&lt;br /&gt;
今、言葉全体がなんだか感覚だけで発せられているような&lt;br /&gt;
気がして仕方がありません。&lt;br /&gt;
言葉の持つ重みがどんどん喪われていってしまって&lt;br /&gt;
表面を言いつくろうだけのものになりつつある、&lt;br /&gt;
というのでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Twitter&quot; title=&quot;Twitter&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/14/twitter.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
あの[twitter]なんかまさにそれですよね。&lt;br /&gt;
確かにつぶやきをそのまま記録することは、&lt;br /&gt;
楽だし簡単なことではあります。&lt;br /&gt;
でも、他方、twitterの言葉は印字されて&lt;br /&gt;
ウエブ上に出てしまうわけです。&lt;br /&gt;
ウエブ上にでてしまったら、誰でも見られます。&lt;br /&gt;
感覚で発せられた、ということは、単なる思いつきで発した、&lt;br /&gt;
ということでもありますよね。十分に思考も言い方も練られていない&lt;br /&gt;
むき出しの未成熟な言葉がどんどん発せられる、しかもそれが印字されて&lt;br /&gt;
記録に残る、ということは読む人によれば、誤解だって&lt;br /&gt;
生じさせてしまう危険だってあるように思うのです。&lt;br /&gt;
場合によっては、人を傷つける言葉にさえなるかもしれません。&lt;br /&gt;
言葉は時として凶器にだってなり得ますもん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;思いつきで放り出す言葉には、&lt;br /&gt;
配慮や表現に不十分な舌足らずの部分があって&lt;br /&gt;
正確ではない場合だってあると思うのです。結果、どんどん前の&lt;br /&gt;
言葉を補わないといけません。&lt;br /&gt;
文字に出して記録されたことばを後からどんどん修正したり&lt;br /&gt;
訂正したりしていったら、ひとつの言葉の持つ意味が&lt;br /&gt;
どんどん軽くなってしまいます。&lt;br /&gt;
言葉の意味が軽いから、受け取る側だって次第に&lt;br /&gt;
注意を払わなくなっていきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ほら、前の首相の言葉ってそうじゃなかったですか？&lt;br /&gt;
かの人が述べた言葉にどれほどの重み、正確さがあったでしょう。&lt;br /&gt;
そういう言葉が軽い、というところから来る不信感だって&lt;br /&gt;
不人気の理由のひとつにあったと思うんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なんだかどんどん言葉が軽くなって、言葉に信頼がなくなって&lt;br /&gt;
しまって、結果誰も人の言葉に耳を傾けなくなる、、、。&lt;br /&gt;
人の話を適当にしか聞かない、&lt;br /&gt;
そうして意味の大してない表面を言いつくろっただけの&lt;br /&gt;
言葉が飛び交う、って、。&lt;br /&gt;
確かに量としては、たくさんの言葉が飛び交うのでしょう。&lt;br /&gt;
しかし、その言葉の深さ、意味の正確さ、重さ、となったら&lt;br /&gt;
どうでしょうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな軽い何の信頼も持てない言葉でいいんでしょうか。&lt;br /&gt;
俺は、そんなの怖いなぁ。&lt;br /&gt;
そんなものを撒き散らしていいのかなぁ、、&lt;br /&gt;
そういう疑問がずーっとあるんですよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;正直なところtwitterって、&lt;br /&gt;
俺は口から出る屁じゃないか、って&lt;br /&gt;
思っています。&lt;br /&gt;
思慮のない思いつきが一方的に巻き散らかされる、って&lt;br /&gt;
怖いなぁ、っていうのが正直な思いです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そうやってどんどん言葉の意味が限りなく軽くなっていって&lt;br /&gt;
言葉の意味がなくなってしまった結果&lt;br /&gt;
誰も言葉では信じられなくなって、、最後はどうなるのか。&lt;br /&gt;
そんな流れが加速しないか、っていう気が正直&lt;br /&gt;
しています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;俺のこんな心配、文字通りの&lt;br /&gt;
杞憂に終わればいいんですけどね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>おもうこと</dc:subject>

<dc:creator>謙介</dc:creator>
<dc:date>2009-12-14T23:37:39+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/12/ma.html">
<title>編集会議</title>
<link>http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/12/ma.html</link>
<description>このところ、仕事場で毎年出している 研究成果を集めた雑誌の 編集作業の最後の追い...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;このところ、仕事場で毎年出している&lt;br /&gt;
研究成果を集めた雑誌の&lt;br /&gt;
編集作業の最後の追い込みで忙しい。&lt;br /&gt;
もうこの仕事に関わるようになって今年で１５年に&lt;br /&gt;
なるのだけど、毎年何か新しい問題が起きては&lt;br /&gt;
そのことでバタバタと駆けずり回るということの&lt;br /&gt;
繰り返し。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それでも、一応今年の分の原稿も全て集まって&lt;br /&gt;
それらの原稿のコピーを一昨日、経理の担当者に&lt;br /&gt;
渡して「見積もりを出してね。」と、依頼するところまで&lt;br /&gt;
来たので、少しの間、一息つくことのできるところまできた。&lt;br /&gt;
後は、やがて見積もりから印刷業者が決まって&lt;br /&gt;
校正原稿があがってくるまで、俺のほうは&lt;br /&gt;
ちょっと気が休まる時期が来る、&lt;br /&gt;
と、思っていたら、今年も問題が起きてしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;経理の担当が去年印刷を頼んだ会社に&lt;br /&gt;
今年は見積もりを依頼しなかったらしい。&lt;br /&gt;
それで去年頼んだ業者から「今年はどうなって&lt;br /&gt;
いるのか？　」という連絡が俺のところに来た。&lt;br /&gt;
そんなこと、こちらに言ってこられたって&lt;br /&gt;
俺は知らない。&lt;br /&gt;
見積もりはあくまで経理の担当者がすることで&lt;br /&gt;
俺は落札した業者と原稿のやり取りをするだけだし。&lt;br /&gt;
なので、&lt;br /&gt;
「経理に先日見積もり依頼を出して欲しい、&lt;br /&gt;
と言ったので、経理に聞いてみて欲しい。」と&lt;br /&gt;
俺は言った。&lt;br /&gt;
毎年見積もりをして業者を選ぶので&lt;br /&gt;
同じ印刷所でずっと、ということはなくて、&lt;br /&gt;
印刷所も今までに３社くらい変わってきている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それぞれの会社とも一長一短はあったけれど、&lt;br /&gt;
何とかこの部分ではできない、と言われたら、&lt;br /&gt;
別の方法に変えてもらうというふうに話し合いながら、&lt;br /&gt;
うまくお互いに折り合いをつけてやってきたつもり。&lt;br /&gt;
別に何の賄賂もいただいていないので（笑）&lt;br /&gt;
○○印刷がいい、とか、××でないと嫌、などというふうな&lt;br /&gt;
ことは言っていないのだけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ去年の会社は見積もりを出すのにえらく&lt;br /&gt;
時間がかかって、これは本当に困った。&lt;br /&gt;
原稿を渡して見積もりを依頼したのが１２月の４日で&lt;br /&gt;
見積もりが出ました、って持ってきたのが&lt;br /&gt;
１月の１６日。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;全国規模の会社だから東京の本社で&lt;br /&gt;
決裁をするのに時間がかかったのか&lt;br /&gt;
どうかは知らないけれど、かかりすぎ。&lt;br /&gt;
地元の業者は１週間くらいで見積もりを出してくるのに。&lt;br /&gt;
結局、去年はその東京の会社が安かったのでそこに&lt;br /&gt;
したのだけど、、。&lt;br /&gt;
ただね、うちの場合、３月３１日には絶対に&lt;br /&gt;
現物の報告書ができていないといけないの。&lt;br /&gt;
第一校の原稿があがってきたのが１月３０日。&lt;br /&gt;
要するに２月一杯で１校から３校まで３回の校正を&lt;br /&gt;
済まさないといけない、&lt;br /&gt;
というものすごくタイトなスケジュールになった。&lt;br /&gt;
俺一人が校正するんじゃなくて、執筆者が２０人いて&lt;br /&gt;
その人にそれぞれ原稿を渡して直してもらって、また再提出&lt;br /&gt;
してもらう、それを一斉に３回仕切らないといけないのだ。&lt;br /&gt;
見積もりを出してくるのが遅かったために日程が窮屈になって、&lt;br /&gt;
それを全部２、３日で済まさないといけない、ということに&lt;br /&gt;
なってしまったのだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;地元の業者なら原稿の直しが終わって&lt;br /&gt;
持って帰ると、すぐに直しにかかれる。&lt;br /&gt;
しかし、東京の業者は俺が全部戻ってきた原稿を揃えたら、&lt;br /&gt;
東京の工場に原稿を送らないといけない。送るのに１日。そうして&lt;br /&gt;
今度は原稿が直されてきて&lt;br /&gt;
東京から送られてくるのに１日。&lt;br /&gt;
だから１回の校正に２日という無駄な時間ができてしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;同じ一週間の校正でも地元の業者なら１週間丸々校正に&lt;br /&gt;
使えるけれど、東京の業者だと、送るのと戻すので２日は&lt;br /&gt;
取る。だから実質校正は４日しか取れない。最大限５日。&lt;br /&gt;
地元の業者ならすぐに持って帰って直して、またすぐに&lt;br /&gt;
持ってこれるから、校正の時間だってもうちょっとゆとりを&lt;br /&gt;
取ることができた。&lt;br /&gt;
それで、原稿の執筆者から、こんなタイトな校正日程では困る、&lt;br /&gt;
というブーイングが出た。&lt;br /&gt;
俺だってそりゃそうだ、と思った。&lt;br /&gt;
何せ見積もりの時間がかかりすぎだった。&lt;br /&gt;
年末年始を挟んだとはいえ、１カ月半もかかって&lt;br /&gt;
のんびりと見積もりを出してくる会社なんて&lt;br /&gt;
俺ははじめてだった。&lt;br /&gt;
だからいつもの年なら第一稿の校正にかかる時期に&lt;br /&gt;
まだ見積もりが出ました～、って言っていて&lt;br /&gt;
もうその時点で編集作業は例年に較べて&lt;br /&gt;
３週間は遅れていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;経理の担当者に「何か去年の編集で問題になったことは&lt;br /&gt;
ありましたか？　」と聞かれたので、&lt;br /&gt;
「見積もりの出が遅すぎて、後にしわ寄せがきて困ったんです。」&lt;br /&gt;
ということは伝えた。でも、これは、編集担当者としては&lt;br /&gt;
本当に困ったことだったので、どうしても伝えなくては&lt;br /&gt;
と思って経理に伝えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;確かに価格、ということで言えば&lt;br /&gt;
去年の落札会社が一番安いのだけど、、、。&lt;br /&gt;
ただどうしても原稿をこちらで直したり&lt;br /&gt;
しないで東京に一々伝えないといけないので&lt;br /&gt;
即応してもらえない。こちらが依頼したことが&lt;br /&gt;
正しく伝わっていなかったり、で困ったことが&lt;br /&gt;
やっぱり何度も起こった。&lt;br /&gt;
地元の業者だったら、営業に連絡するか&lt;br /&gt;
実際の校正部門に連絡して細かいところまで&lt;br /&gt;
直しを依頼しても即応してくれる。&lt;br /&gt;
分かりにくい時は、俺が直接工場に行って&lt;br /&gt;
向こうの印刷担当に直接指示出しをすれば&lt;br /&gt;
間違いはない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;でも東京の会社であれば、支店の担当に&lt;br /&gt;
伝えて、それが工場のほうに&lt;br /&gt;
行って、工場からさらにその担当に行って&lt;br /&gt;
となるから、即、対応してもらえない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;価格だけではなくて、そうした機動性とか、&lt;br /&gt;
作業のしやすさ、依頼のしやすさ、ということも&lt;br /&gt;
勘案しないといけないわけで、、。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;編集担当は、経理に見積もりはお願いした以上は&lt;br /&gt;
落札されてきたところでやるしかないよね、&lt;br /&gt;
という話をして、後は、これからの大体の&lt;br /&gt;
仕事の分担をもう一度打ち合わせて終わった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、今年もこれから業者が決まって、また編集作業が&lt;br /&gt;
はじまることになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　×　　　　×　　　　×&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;話が後先になるのだけど。&lt;br /&gt;
昨日の夕方、お歳暮と来月分の家賃の&lt;br /&gt;
支払いに大家さんのところに行く。&lt;br /&gt;
俺が渡すお歳暮は、もうずーっと、うどん。（笑）&lt;br /&gt;
一日に１時間ちょっとしか営業しない坂出の某うどん屋&lt;br /&gt;
のうどん。（ここのはおいしいと思うから、もちろん自信を&lt;br /&gt;
持って渡せるし、、。）&lt;br /&gt;
「あらー、待ってたのよ。」と大家さん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;何とかのひとつおぼえみたいに&lt;br /&gt;
同じ品を贈る、というのも、&lt;br /&gt;
あ、この時期になったら謙介のところから&lt;br /&gt;
うどんが来るはず、と考慮のうちに入ってたり&lt;br /&gt;
するからそれはそれで意味のあることだよな、&lt;br /&gt;
と思ったり。（本当はあれこれ考えるの面倒だし&lt;br /&gt;
大家さん、うどんは好きだし、、。）&lt;br /&gt;
なのであれこれと迷わないでいいから。&lt;br /&gt;
もううちは直球勝負（笑）でこれだけ、&lt;br /&gt;
ということにしてる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今年一年の感謝と、来年もまたどうぞよろしく&lt;br /&gt;
ということでごあいさつも済ませて、、。&lt;br /&gt;
仕事場の関係で出さないといけない&lt;br /&gt;
クリスマスカードだってもう出しちゃったし。（笑）&lt;br /&gt;
こうしてひとつひとつ用事が済んでいく。&lt;br /&gt;
忙しいけれど、終わった用事を考えると&lt;br /&gt;
少し気持ちも楽になっていくのが&lt;br /&gt;
分かる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>おもうこと</dc:subject>

<dc:creator>謙介</dc:creator>
<dc:date>2009-12-10T23:13:32+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/12/post-652a.html">
<title>一切夢に御座候</title>
<link>http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/12/post-652a.html</link>
<description>おかげさまで、おつとめなんとか 果たすことができました。 　　　　　　　×　　　...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;おかげさまで、おつとめなんとか&lt;br /&gt;
果たすことができました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
　　　　　　　×　　　　　×　　　　　　×&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;仕事について。&lt;br /&gt;
今日は、昨日のお話と、全くの逆の方向からの&lt;br /&gt;
お話になるのですが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このあいだ、&lt;br /&gt;
朝、仕事場の建物に入る階段をのぼっていたときのこと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;何のまえぶれもなく、&lt;br /&gt;
ここまで、あっという間に来てしまったなぁ、と&lt;br /&gt;
いう感慨がふっと自分の中に浮かんだのだ。&lt;br /&gt;
確かに振り返ったら、それなりの月日が経っていて、&lt;br /&gt;
実際にそうなんだよな、とは思うのだけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「坂雲」の登場人物のひとり、秋山好古は&lt;br /&gt;
陸軍を退いてから、1924年から6年間、故郷に&lt;br /&gt;
戻って、北予中学の校長先生となって赴任した。&lt;br /&gt;
最初、学校の関係者は名前を貸して欲しい、&lt;br /&gt;
ということで秋山好古に話を持っていったそうだけど、&lt;br /&gt;
彼は名前だけのお飾りではなく、&lt;br /&gt;
故郷の街に戻り、毎日学校に出勤し、校長としての&lt;br /&gt;
責任を果たした。&lt;br /&gt;
すでに持病の糖尿病が悪化して、歩くのにも&lt;br /&gt;
杖をついてでなければ歩けないほどの状態で&lt;br /&gt;
あったのにもかかわらず、彼は家族をはるか東京に&lt;br /&gt;
置いたまま、この地での一人暮らしを続けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな彼に生徒が軍隊の時代のことを聞こうとすると&lt;br /&gt;
私は今はこの学校の校長であって陸軍の軍人ではない、&lt;br /&gt;
と言って、頑として過去のことは一切話そうとしなかった、と。&lt;br /&gt;
そして軍事教練の時間は、省令で決められている学校の&lt;br /&gt;
カリキュラムの規則で定められている最低限の時間だけ行い、&lt;br /&gt;
後は生徒には授業や部活を優先させた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なぜに彼は家族も呼ぶことなく、&lt;br /&gt;
この街で、身体も不自由な中、&lt;br /&gt;
たったひとりで生活をしていったのか。&lt;br /&gt;
軍隊生活のことは、一切黙して&lt;br /&gt;
語ろうとはしなかったのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;仮に一時、名前が江湖に広く知られ、&lt;br /&gt;
世間から賞賛と評価を得たとしても、&lt;br /&gt;
やがて時が経った時に&lt;br /&gt;
その人の、一体何が残るのだろう。&lt;br /&gt;
その人に、一体何が残るのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;彼が黙して語ろうとしなかったその裏には、&lt;br /&gt;
一体何があったのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;俺のオヤジは道路を作る仕事をしていた。&lt;br /&gt;
橋もあったし、道路もあったし、空港の滑走路、という&lt;br /&gt;
仕事もあった。&lt;br /&gt;
あの頃は、自分ときたらまだ１０代で親に対しては&lt;br /&gt;
とにかく反発ばかりしていた。&lt;br /&gt;
何せ親族一同みんな理工学部方面に行ったのに&lt;br /&gt;
ひとり文学部の国文科なんかに行ったこともあって&lt;br /&gt;
「文章なんか書いて何がおもしろいんや。」という&lt;br /&gt;
親と、「息子のこと、もっと理解しようとしろよ。」という&lt;br /&gt;
子の反発だってあったし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ソウルから帰ってきたとき、着陸した空港の&lt;br /&gt;
滑走路はオヤジが作ったものだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;雲の間から忽然と見えた灯りの連なりは&lt;br /&gt;
次第に大きく光の列がはっきり見えていった。&lt;br /&gt;
どんどんと周囲の家の灯りが大きくなって、車の列も&lt;br /&gt;
はっきり見えはじめた。&lt;br /&gt;
と、その時、飛行機はドン、ドンと大きな音を立てて&lt;br /&gt;
滑走路に接地した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と同時にエンジンの噴射音が&lt;br /&gt;
ひときわ大きくなって、ゴトゴトと飛行機は滑走路&lt;br /&gt;
を速度を落としながら走っていった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;他の人間にとってみれば、それは単なる飛行機の着陸に&lt;br /&gt;
しか過ぎないものだったけど、俺にとっては&lt;br /&gt;
やはり、その時、オヤジの存在を改めて考える機会に&lt;br /&gt;
なった。正直、こんな仕事を成し得た自分の親を&lt;br /&gt;
すごい、と思った。&lt;br /&gt;
滑走路を誰が造ったのかなんて、もちろん家族と&lt;br /&gt;
施工した会社の一部の&lt;br /&gt;
人間にしか知る人はいない。&lt;br /&gt;
だけど、その仕事は長い間残って、&lt;br /&gt;
こうして人の役に&lt;br /&gt;
たつ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それもまた仕事。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一時的に大きな成果を作っても、&lt;br /&gt;
いろいろな状況の変化でその仕事が中止されたり&lt;br /&gt;
すべてがチャラになってしまうことだってある。&lt;br /&gt;
上層部の考えが変わって、今まで進めてきた&lt;br /&gt;
プロジェクトは止め、セクションは解散！&lt;br /&gt;
というふうになってしまうことだってある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それもまた仕事。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
形に残るもの。全く無に帰してしまうもの。&lt;br /&gt;
自分の意志に反した形になってしまうもの。&lt;br /&gt;
やっただけの成果が出たもの。&lt;br /&gt;
時間と周囲の状況の中で、その「結果」は&lt;br /&gt;
千変万化する。&lt;br /&gt;
本当に「仕事」はさまざまだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;果たして自分は仕事とどう向き合っているのか。&lt;br /&gt;
これから仕事とどう向き合っていけばいいか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;俺自身の回答は、いまだ出ていない。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>おもうこと</dc:subject>

<dc:creator>謙介</dc:creator>
<dc:date>2009-12-08T23:09:13+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/12/post-ded8.html">
<title>えっ！？</title>
<link>http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/12/post-ded8.html</link>
<description>もうちょっとで家に帰ろうか、と思って、パソコンをシャットダウンさせたり、 机の上...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;もうちょっとで家に帰ろうか、と思って、パソコンをシャットダウンさせたり、&lt;br /&gt;
机の上の片づけをしていたら、電話が鳴った。&lt;br /&gt;
「もしもし。」&lt;br /&gt;
「あ、謙介さん。急なことなんだけどさ、お願いがあるのよ。」&lt;br /&gt;
電話の主は総務のおねいさん。&lt;br /&gt;
「はぁい？　」&lt;br /&gt;
「明日、韓国から、お客様が来るんだけどさ。」&lt;br /&gt;
「ふん。」&lt;br /&gt;
「案内をお願いできないかしらん。」&lt;br /&gt;
「あ、それ、聞いてる。俺のセクションだけでいいんでしょ。」&lt;br /&gt;
「じゃ、なくてぇ、全部。」&lt;br /&gt;
「へ？　」&lt;br /&gt;
「キムさんが、急に熱出してしまったのよ。で、明日、急に&lt;br /&gt;
熱が下がるとも思えないしさ。」&lt;br /&gt;
「俺なんかでいいの？　向こうのお客さん、すんごい&lt;br /&gt;
偉い人なんでしょ。」&lt;br /&gt;
「だって、他に誰がいるのよ。」&lt;br /&gt;
「俺なんか、すぐ世間話になってしまうし、、さぁ。」&lt;br /&gt;
「だったら、原稿作っておけばいいのよ。」&lt;br /&gt;
「そんなの、面倒くさいじゃないか。」&lt;br /&gt;
「でも、資料室の本が何冊、とか、このセクションは&lt;br /&gt;
何名の人がいる、とか説明してもらわないといけないもの。」&lt;br /&gt;
「え？　」&lt;br /&gt;
「だから、お願い。」&lt;br /&gt;
「ちょ、ちょっと待って、そんなぁ、俺、自分のセクションのこと&lt;br /&gt;
くらいしか説明できないよー。」&lt;br /&gt;
「だったら、今から資料を渡すからさぁ。」&lt;br /&gt;
ということで、今、総務からもらってきた資料を&lt;br /&gt;
説明しやすいように加工中。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
あ、そうそう。前に俺ともうひとりの友達で共同で&lt;br /&gt;
編集担当をしたわが恩師の本が&lt;br /&gt;
ようやっと出版されましたぁ。&lt;br /&gt;
（とは言っても、まだ現物を俺は見てないんですよね。&lt;br /&gt;
アマゾンなんかでは好評発売中（笑）のようですが。）&lt;br /&gt;
俺と、もうひとりの友達の&lt;br /&gt;
二人で先生の本を編集するのは今度で３冊目。&lt;br /&gt;
また実物が送られてきたら、本の表紙の写真をアップします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;構成的には上下巻に分けての出版となりました。&lt;br /&gt;
上巻が２５８ページ。下巻が２９０ページ。&lt;br /&gt;
価格は上下で合計５２００円です。&lt;br /&gt;
（ええ根性してんなぁ、の強気価格設定です。&lt;br /&gt;
果たして何冊売れるのか。笑）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;昨日、先生から電話。&lt;br /&gt;
「ちょっと文章が焦ってへん？　」&lt;br /&gt;
「そうですね。そやかて、先生&lt;br /&gt;
先生の頭の回転の速度に書く速度が&lt;br /&gt;
ついていってへんのですよ。そやし、&lt;br /&gt;
先生、おっしゃりたいことがどんどん出てきて&lt;br /&gt;
それを十分書かれへんうちに、意識は別の&lt;br /&gt;
ほうに飛んでしまってるから、焦った文章に&lt;br /&gt;
ならはるんやと思います。」&lt;br /&gt;
「そんなん、直してくれたら良かったんや。」&lt;br /&gt;
「直しましたよぉぉぉ。」&lt;br /&gt;
「そしたら直してあれか？　」&lt;br /&gt;
「はぁ、まぁ、、。」&lt;br /&gt;
「ワシ、文章あかんなぁ。、、今度出すときは全面的に&lt;br /&gt;
あんたが書き直したらええから、遠慮せんとやってや。」&lt;br /&gt;
「はい。」　と一応の返事。&lt;br /&gt;
五来○先生の衣鉢を継ぐ、宗教民俗学からの&lt;br /&gt;
日本人の一生に対する考察です。&lt;br /&gt;
ひとつ、これで今年の成果が出ました。&lt;br /&gt;
ちょっとホッとしているところ。&lt;br /&gt;
さて、今からまた明日の資料作成です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ということで、今日は短めですが。これにて。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>いなかのせいかつ</dc:subject>

<dc:creator>謙介</dc:creator>
<dc:date>2009-12-07T22:37:17+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/12/post-187f.html">
<title>町の個性</title>
<link>http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/12/post-187f.html</link>
<description>今回のお出かけは 山の中の集落、 平野の集落、 漁師町 とそれぞれ個性のある街を...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今回のお出かけは&lt;br /&gt;
山の中の集落、&lt;br /&gt;
平野の集落、&lt;br /&gt;
漁師町&lt;br /&gt;
とそれぞれ個性のある街を歩いてみたかった、ということが&lt;br /&gt;
ありました。&lt;br /&gt;
そうして、ここに書いたそれぞれの町に行こうとすると&lt;br /&gt;
その町と町の間の境界にはそれぞれ&lt;br /&gt;
山がありまして、簡単には隣の街に行けないのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただし、今は土木技術が発達しましたから、そうした地形でも&lt;br /&gt;
橋をかけたりトンネルを貫いたりして、道路を作ったおかげで&lt;br /&gt;
自動車で簡単に移動ができるようになってはいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ですが、以前はなかなかそういう交通手段が&lt;br /&gt;
ありませんでしたから、人びとの娯楽だって&lt;br /&gt;
限られたものでした。&lt;br /&gt;
そうした中、こうした村々では文楽・人形浄瑠璃がさかんに&lt;br /&gt;
上演されていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今は最初に行った、田丸橋のある内子町では&lt;br /&gt;
夏になると、主として上方の有名な人形遣い、&lt;br /&gt;
浄瑠璃の太夫を招いて&lt;a href=&quot;http://www.town.uchiko.ehime.jp/bunraku/rekishi.htm&quot;&gt;文楽の会&lt;/a&gt;を&lt;br /&gt;
しています。俺も何度か行きました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これは、ただ単に都会から名人の人形遣いの方を&lt;br /&gt;
招いて四国の山村にある劇場で&lt;br /&gt;
文楽の公演をやっているということではありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;四国では、まだいろいろな場所で人形浄瑠璃が&lt;br /&gt;
上演されています。&lt;br /&gt;
徳島では、秋の農作業が終わって一段落する&lt;br /&gt;
シーズンになると、徳島のあちこちの町で人形浄瑠璃が&lt;br /&gt;
上演されています。&lt;br /&gt;
それから四国の西のこのあたりでも、人形浄瑠璃は&lt;br /&gt;
さかんなのです。&lt;br /&gt;
この八幡浜の隣の旧三瓶町（みかめちょう）&lt;br /&gt;
の高校なんて、部活動として文楽部、というのが&lt;br /&gt;
あるんですよ。&lt;br /&gt;
それで地元にずーっと伝承されてきた&lt;br /&gt;
朝日文楽を高校生が人形を遣って公演を&lt;br /&gt;
している活動だってやっています。&lt;br /&gt;
毎年２月に発表会をしています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;内子座で文楽の公演があるのは、&lt;br /&gt;
こういうふうにこの辺の土地の人の中に&lt;br /&gt;
文楽が身近で生活に根ざしたもの、という&lt;br /&gt;
背景なり土壌があるからこそ、なのです。&lt;br /&gt;
ただ単に有名な方を呼んできて、文楽を&lt;br /&gt;
やっているだけではありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
それに、謙介は思うのですが、だいたいが&lt;br /&gt;
人形浄瑠璃って、そもそもが泥臭い、生活に&lt;br /&gt;
密着したようなものではないか、と思うのです。&lt;br /&gt;
雑駁で、それでいて人間臭くて、&lt;br /&gt;
人間の毎日の「たつき」に&lt;br /&gt;
根ざしたものじゃないか、って。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;俺は場所柄、徳島の人形浄瑠璃を見る機会が&lt;br /&gt;
多いのですが、阿波の人形は、大阪の辺の&lt;br /&gt;
人形と大きく違う点があります。&lt;br /&gt;
阿波の人形、と言うと、なんといってもすぐ思い出されるのは&lt;br /&gt;
「私、なんだか近頃、死なないやうな気がするんです。&lt;br /&gt;
おほほほほ。」でおなじみの宇野千○さんの小説で&lt;br /&gt;
「人形師天狗屋久吉」っていうのがありますよね。&lt;br /&gt;
（俺、高校生の時に読みました。）&lt;br /&gt;
阿波の人形は、大阪に較べて頭がでかいのです。&lt;br /&gt;
なので、パッとみたら、表情が大阪のに較べて&lt;br /&gt;
すごく大きく動くので、本当に印象的に見えます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あ、話が文楽方面に行ってしまった。（笑）&lt;br /&gt;
この内子、三瓶あたりも文楽がさかんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
話を元に戻します。&lt;br /&gt;
八幡浜の市内を抜けて、少し西に走ります。&lt;br /&gt;
以前は保内町、といっていたのですが、&lt;br /&gt;
今は合併して八幡浜市になりました。&lt;br /&gt;
その旧保内町の川之石、というところに来ました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここは湾になっていて、天然の良港でした。&lt;br /&gt;
ここからさまざまな物資が、九州をはじめ、&lt;br /&gt;
朝鮮半島、大陸へと送られた時期もありました。&lt;br /&gt;
かつてはここに紡績工場が作られ、さかんに&lt;br /&gt;
生産された時期もありました。&lt;br /&gt;
その時期は当然町も活気にあふれ&lt;br /&gt;
人口も増え続け、また経済も安定していましたから&lt;br /&gt;
立派な家もたくさん建てられました。&lt;br /&gt;
今では紡績工場も撤退してしまい、この街の産業と&lt;br /&gt;
言えば、そうですねぇ、「お菓子」工場くらいに&lt;br /&gt;
なってしまいました。スーパーの安売りのお菓子で&lt;br /&gt;
あわしま○っていうのを見たことありますか？&lt;br /&gt;
そのあわしま○の本社がここにあります。&lt;br /&gt;
まぁあわしま○はこっちに置いて、、。&lt;br /&gt;
早速駐車場に車を置いて、街の見学です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Kawanoishi1&quot; title=&quot;Kawanoishi1&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/03/kawanoishi1.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この洋館は白石邸です。&lt;br /&gt;
白石さんの後、町のドレスメーカー学院（洋裁の勉強をするところ）&lt;br /&gt;
になっていましたが、今では市の記念館になっています。&lt;br /&gt;
その隣のお医者さんの家がこれです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Kawanoishi2&quot; title=&quot;Kawanoishi2&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/03/kawanoishi2.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;川のほとり、かつての紡績工場の荷受場のあとは、&lt;br /&gt;
もっきんロードという散歩道になっています。&lt;br /&gt;
下の写真の左のほうに細い木を敷き詰めた&lt;br /&gt;
歩道が見えていると思うのですが、それが&lt;br /&gt;
もっきんロードです、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;Kawanoishi3&quot; title=&quot;Kawanoishi3&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/03/kawanoishi3.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;紡績工場のあとは、中学校の校舎になったり&lt;br /&gt;
食品加工の工場が来たりしています。&lt;br /&gt;
唯一、かつての工場の面影を残すものとして&lt;br /&gt;
レンガ造りの倉庫が南の端に残っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;Toyobo&quot; title=&quot;Toyobo&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/03/toyobo.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;レンガをよく見ていただくと、左から３つ目の枠に「川之石」の「石」の字が&lt;br /&gt;
かすかーに残っているのが、わかります、よね？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
この地は明治のころは内子周辺で取れた木蝋を世界に輸出&lt;br /&gt;
していました。全世界に、なんですよ。&lt;br /&gt;
加えて品質は非常によくて、パリ万博で、特撰に選ばれた&lt;br /&gt;
ほどだったそうです。ところが、今で言うエネルギー革命の&lt;br /&gt;
ためにろうそくが使われなくなると、一気に木蝋の需要は&lt;br /&gt;
なくなりました。そのころ、この地に紡績工場ができたのです。&lt;br /&gt;
それだけではありません。&lt;br /&gt;
紡績の前に、その原料となる「絹糸」を作る、ということが&lt;br /&gt;
ありました。絹糸を作るには、当然お蚕さまが要ります。&lt;br /&gt;
その蚕を育てて他に売る、という工場もできたのです。&lt;br /&gt;
それがこれです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Kawanoishi10&quot; title=&quot;Kawanoishi10&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/03/kawanoishi10.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これが蚕の製造工場でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Kawanoishi11&quot; title=&quot;Kawanoishi11&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/03/kawanoishi11.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
木造３階建てのトラス構造を持った建物です。&lt;br /&gt;
内部は、各部屋との間の仕切りが&lt;br /&gt;
レンガで造られ、防火にも配慮した構造に&lt;br /&gt;
なっているそうです。（内部は公開していない。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;かつて街は工場の生産で賑わい、&lt;br /&gt;
人の暮らしも裕福でした。&lt;br /&gt;
そういう面影が家々の建て方に&lt;br /&gt;
よくあらわれているように思います。&lt;br /&gt;
さっきの洋館もそうでしたが、&lt;br /&gt;
普通の家でも、しっかりとした&lt;br /&gt;
（お金を潤沢にかけて作った&lt;br /&gt;
建物）つくりの家ばかりでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Kawanoishi9&quot; title=&quot;Kawanoishi9&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/04/kawanoishi9.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
地域がお金持ち、ということは、&lt;br /&gt;
当然そこに銀行ができました。&lt;br /&gt;
ここに明治１０年代にできたのが第２９国立銀行です。&lt;br /&gt;
その場所は今はこうなっています。&lt;br /&gt;
（このお蔵は今も現役なのでしょうか？？？）&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;29thbank&quot; title=&quot;29thbank&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/04/29thbank.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
こんな四国の片田舎の場所に（１００いくつあった&lt;br /&gt;
銀行のうちの）全国で２９番目の銀行が設立されました。&lt;br /&gt;
となりの香川なんて１１４銀○ですから。&lt;br /&gt;
いかに２９という数字が早い時期に設立されたか、&lt;br /&gt;
ということがわかりますよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;設立が早い、ということは、前提条件として&lt;br /&gt;
当然、そうした受け皿となる地域経済が&lt;br /&gt;
ある程度しっかりとしていなければ&lt;br /&gt;
作るのは無理だった、と思うのです。&lt;br /&gt;
だから、すでにこの地域には、よほどの経済力が&lt;br /&gt;
あったのだと思います。&lt;br /&gt;
話を聞きましたら、この辺は、江戸時代から&lt;br /&gt;
非常に裕福な場所だったようで、&lt;br /&gt;
万年赤字経済の宇和島藩の中にあって&lt;br /&gt;
この川之石からの、お金の寄贈が藩の&lt;br /&gt;
財政を支えていた、ということだそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そうした内懐豊かな状況は明治になっても&lt;br /&gt;
しばらく続きます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その経済力がすごかったのは&lt;br /&gt;
この町内の公会堂の建物を見ても&lt;br /&gt;
わかります。&lt;br /&gt;
これがちょっといったところにある内之浦の&lt;br /&gt;
公会堂です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Uchinoura1&quot; title=&quot;Uchinoura1&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/04/uchinoura1.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;田舎の（失礼）公民館で、この立派には、ちょっと&lt;br /&gt;
びっくりします。昭和９年の建設で当時のお金で５０００円&lt;br /&gt;
で建てた建物だそうです。（ここも中は見学できなかった。&lt;br /&gt;
ガラス窓から覗くと、１階は調理実習室が見えて、奥に座敷の&lt;br /&gt;
ようなものも見えました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかしなんとまぁ立派な玄関です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Uchinoura2&quot; title=&quot;Uchinoura2&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/04/uchinoura2.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうした江戸時代、明治時代の建物がこの辺には今も普通に残っていて&lt;br /&gt;
しかも生活の中で使われています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのことに驚きながら、一日あちこちを見て帰ってきました。&lt;br /&gt;
長々とした（いつものことやんか。笑）話になりましたが&lt;br /&gt;
これにて今回のお出かけの話は終了です。&lt;br /&gt;
長らくのお付き合い、どうもありがとうございました。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>お出かけ</dc:subject>

<dc:creator>謙介</dc:creator>
<dc:date>2009-12-04T00:25:31+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/12/post-1978.html">
<title>里から海へ</title>
<link>http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/12/post-1978.html</link>
<description>卯之町を後に、今度は道をショートカットして 県道を走って八幡浜に出ます。 この辺...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;卯之町を後に、今度は道をショートカットして&lt;br /&gt;
県道を走って八幡浜に出ます。&lt;br /&gt;
この辺に来ると、おばちゃんの話す会話を聞いていたら、&lt;br /&gt;
「そこにあるろー。」とか言ってて、&lt;br /&gt;
ああ、もう高知方言の影響が強いなぁ、&lt;br /&gt;
と思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;八幡浜はこの辺でも屈指の漁港です。&lt;br /&gt;
と、言っても、近海ではありません。&lt;br /&gt;
遠く外洋に出る漁船の母港として以前は&lt;br /&gt;
ものすごく栄えていました。&lt;br /&gt;
それが近年、外洋の漁船は魚全体の&lt;br /&gt;
漁獲高の急激な減少があって、資源を&lt;br /&gt;
保護しないといけない、というふうにいわれ&lt;br /&gt;
外洋に出る漁船はすっかり減ってしまいました。&lt;br /&gt;
昔は何十隻もが大漁旗をはためかせて、この&lt;br /&gt;
港を出て行ったようですが、今はなんとわずかに&lt;br /&gt;
１、２隻です。&lt;br /&gt;
そういうことで、どんどんと過疎の街になり、&lt;br /&gt;
人口も急激に減ってきています。&lt;br /&gt;
人口が減るから街の活力がなくなり&lt;br /&gt;
活力がなくなるから産業だってない&lt;br /&gt;
産業がないから働くところがない、&lt;br /&gt;
働けないからこの街を出る、&lt;br /&gt;
という悪循環で、どんどん減っています。&lt;br /&gt;
（まぁ八幡浜に限ったことでもないのですけど。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;車を置いて商店街を歩くと、こんな感じです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Yahatahama3&quot; title=&quot;Yahatahama3&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/02/yahatahama3.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
日曜日のお昼でこの状態です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;人がほとんど歩いていないなぁ、と&lt;br /&gt;
思いながら、市の中央公民館の中の&lt;br /&gt;
市民ギャラリーに行きました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この建物、一階が市立図書館で&lt;br /&gt;
二階が市立図書館のＡＶコーナーで&lt;br /&gt;
三階がギャラリーになっています。&lt;br /&gt;
さすがにここに来ると、結構人がいました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;実は何をしに来たか、というと&lt;br /&gt;
この展覧会があったのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;Yahatahama1&quot; title=&quot;Yahatahama1&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/02/yahatahama1.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
北大路魯山人の陶芸作品の展覧会です。&lt;br /&gt;
これが見たくて、わざわざこちらに寄ったのです。&lt;br /&gt;
ただ、魯山人という人、俺は人間的には好きではありません。&lt;br /&gt;
好きではない、というより、はっきり言うとそれこそ何の品も&lt;br /&gt;
なくて山師みたいな人で、人間的には全く尊敬できない人です。&lt;br /&gt;
でも、彼の陶芸の作品はすばらしい、それははっきり認めます。&lt;br /&gt;
きっと彼は自分の欲望にだけひたすら忠実だったのではないか&lt;br /&gt;
そんなふうに思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たまにいますね。こういう人。人間的には、？？？？？？ですが&lt;br /&gt;
技能とか才能はすごい、っていう人。&lt;br /&gt;
例えばピアニストのホロビッツ、とか。（笑）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;展示されていた作品は確かにどれもこれも&lt;br /&gt;
わぁーというような作品ばかりでした。&lt;br /&gt;
織部をベースにしたもの、&lt;br /&gt;
三島をベースにしたもの&lt;br /&gt;
備前焼をベースにしたもの、&lt;br /&gt;
どれもこれもすばらしい、と思いました。&lt;br /&gt;
一度通して見ておいて、後から気になった&lt;br /&gt;
作品だけ、もう一度丁寧に見ました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ゆっくり見たので、お昼が近くなっていました。&lt;br /&gt;
八幡浜に来たからには、&lt;br /&gt;
もう食べるものは決まっています。&lt;br /&gt;
去年も食べましたが。（笑）&lt;br /&gt;
それはちゃんぽんです。&lt;br /&gt;
前にはイーグルという店に行ったのですが&lt;br /&gt;
今回はそのイーグルと双璧と言われる&lt;br /&gt;
ロンドンに行くことにしました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ロンドンという店名ですが、&lt;br /&gt;
別にローストビーフとか&lt;br /&gt;
チップスアンドフィッシュが名物でもありません。&lt;br /&gt;
焼き飯はありの、オムライスはありの&lt;br /&gt;
カレーはありの、うどんはありの、&lt;br /&gt;
という至って大衆的な食堂です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;おばちゃんにちゃんぽんを頼みますと、&lt;br /&gt;
しばらくするとお待ちどう、&lt;br /&gt;
という声とともにちゃんぽんが来ました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;London&quot; title=&quot;London&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/02/london.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;スープはさすが漁港なので&lt;br /&gt;
肉のだしだけでなく、魚のだしもとってそれを&lt;br /&gt;
うまく割ったものを使っているそうです。&lt;br /&gt;
野菜もたまねぎ、にんじん、もやし、ねぎ、にら、&lt;br /&gt;
といろいろ入っていて、豚肉も入っていて&lt;br /&gt;
ホント、おいしかったです。&lt;br /&gt;
八幡浜市内の数十軒の食堂では&lt;br /&gt;
それぞれの店の味の&lt;br /&gt;
ちゃんぽんを売りにしていて、&lt;br /&gt;
ちゃんぽんで町おこしをする、という&lt;br /&gt;
計画が進んでいるとか。&lt;br /&gt;
そういう食べ較べもいいかもしれないですね。&lt;br /&gt;
でも、うどんの食べ較べより、おなかに負担が&lt;br /&gt;
来そうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
ロンドンでちゃんぽんをいただいてから、&lt;br /&gt;
市内を少し歩きました。&lt;br /&gt;
商店街に渋い金物屋さんが&lt;br /&gt;
ありました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Yahatahama2&quot; title=&quot;Yahatahama2&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/02/yahatahama2.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;すべて銅版で葺いた金物屋さんですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
思わずかっこいい！って言ってしまいました。&lt;br /&gt;
ぶらぶら歩いて、市役所の近くに来ました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Yahatahama4&quot; title=&quot;Yahatahama4&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/02/yahatahama4.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というか、右側の建物、八幡浜市役所なんですが。（笑）&lt;br /&gt;
この市役所の後ろの山、すべてみかん畑です。&lt;br /&gt;
ここ八幡浜は県下でも指折りのみかん産地です。&lt;br /&gt;
この写真の左は海です。&lt;br /&gt;
なのでここは浜風が吹きつけます。海からの風が&lt;br /&gt;
吹いて木に当たるところでないと甘いみかんは&lt;br /&gt;
できにくいので、ここはそれで言うと甘いみかんが&lt;br /&gt;
取れる条件を充たした場所、ということがいえますよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;市役所の近くにおいしい、と評判のパン屋がありまして&lt;br /&gt;
はじめて行ってみたのです。&lt;br /&gt;
塩パンが名物、ということで&lt;br /&gt;
３つ買って、ひとつすぐに食べたのですが、&lt;br /&gt;
これがうまい！&lt;br /&gt;
あんまりうまくて、買った３つ、写真を撮る間もなく&lt;br /&gt;
全部食べてしまいました。（笑）&lt;br /&gt;
市役所から、駐車場のほうに戻ります。&lt;br /&gt;
この街にも、古い家々が残っていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;Yahatahama5&quot; title=&quot;Yahatahama5&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/02/yahatahama6.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここは染物屋さんでした。&lt;br /&gt;
こいのぼりとか船の大漁旗なんかを&lt;br /&gt;
作ってくれる染物屋さんということだそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こんな洋館もありました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;Yahatahama5&quot; title=&quot;Yahatahama5&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/02/yahatahama5.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なんだか今回は建築ウォッチャーの謙介です。（笑）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これで、八幡浜市内を見たので、最後に&lt;br /&gt;
同じ八幡浜ではあるのですが、郊外のほうに行くことにします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>お出かけ</dc:subject>

<dc:creator>謙介</dc:creator>
<dc:date>2009-12-02T23:00:37+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/12/post-62fa.html">
<title>森の中から里へ</title>
<link>http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/12/post-62fa.html</link>
<description>さて。 大瀬から今度は、里に下りて行きます。 途中、柿の無人市があったので１袋買...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;さて。&lt;br /&gt;
大瀬から今度は、里に下りて行きます。&lt;br /&gt;
途中、柿の無人市があったので１袋買います。&lt;br /&gt;
この辺は柿の産地。&lt;br /&gt;
大きな富有柿が７個も入っていて１００円。&lt;br /&gt;
柿ってやっぱり売れないんでしょうね。&lt;br /&gt;
果物は好き、という人も、柿については&lt;br /&gt;
苦手、とか、あんまりなぁ、、っていう人が&lt;br /&gt;
多いです。おしゃれじゃない、とか。&lt;br /&gt;
俺も小さい頃はあんまり好きじゃなかったんですけどね。&lt;br /&gt;
たまに無性に食べたくなります。&lt;br /&gt;
今年はどうしたことか&lt;br /&gt;
ずっと柿が食べたい、という気分で、、。&lt;br /&gt;
車から無人市をみかけると&lt;br /&gt;
ささっと降りて買いました。&lt;br /&gt;
道は再び大きな国道に。&lt;br /&gt;
しばらく行くと新谷というところに出ます。&lt;br /&gt;
そういえば、先日マキハラくんとマツモトさんの和解が成立した&lt;br /&gt;
とニュースにありました。&lt;br /&gt;
この新谷は、そのマツモトさんが小さい頃過ごした町です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
さらに車はいくつかの街や峠を越えます。&lt;br /&gt;
その街へ通じる坂を下りると、午前９時。卯之町（うのまち）に到着です。&lt;br /&gt;
大瀬を出たのが午前８時だったので、ここまで１時間ほど&lt;br /&gt;
かかっています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここは、事前に市の観光課の人に駐車場はありますか、&lt;br /&gt;
と聞いていました。お話にあった駐車場に車を停めました。&lt;br /&gt;
町並みの見学者は、駐車場は無料です。&lt;br /&gt;
というか、田舎って大抵駐車場なんてタダなんですよね。&lt;br /&gt;
何で車を停めるのにわざわざ金がいるんか、&lt;br /&gt;
という意識です。その辺に停めておいたって&lt;br /&gt;
別にいいじゃないか。　&lt;br /&gt;
そういう意識が抜けないものだから&lt;br /&gt;
どこに行っても「その辺に停めて、、」しまって、駐車違反になったり&lt;br /&gt;
停めた近隣の人とトラブルになったりするんじゃないか、って&lt;br /&gt;
思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まぁいいや。&lt;br /&gt;
車を停めて早速ここも歩いてみます。&lt;br /&gt;
駐車場の横にこんな家がありました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Unomachi1&quot; title=&quot;Unomachi1&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/01/unomachi1.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さらに行くとこんな場所に出ます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;Unomachi2&quot; title=&quot;Unomachi2&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/01/unomachi2.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Unomachi3&quot; title=&quot;Unomachi3&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/01/unomachi3.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;別に人のいない時を狙いすまして撮ったわけでもなんでもなくて&lt;br /&gt;
俺がこの場所を見学していた最初っから最後まで俺以外の観光客は&lt;br /&gt;
誰もいませんでした。&lt;br /&gt;
歩いているのは、近所のおっちゃんおばちゃんばかりです。&lt;br /&gt;
家々を見ていたら、ちょうど江戸の終わりから明治の頃の&lt;br /&gt;
建物がそのまま、残っている、という感じでした。&lt;br /&gt;
前にも言いましたが、京都に住んでいたときは、太秦の隣の常盤&lt;br /&gt;
だったのですが。&lt;br /&gt;
映画村の江戸の商家は全部セットです。裏に回ったらがっかりします。&lt;br /&gt;
ですが、ここ卯之町は正真正銘本物（笑）です。&lt;br /&gt;
だから建物の存在感がまるで違いました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この街に、江戸時代の末期二宮敬作という蘭法医が住んでいました。&lt;br /&gt;
こちらの土地の人で、長崎に出て、シーボルトに医学を学び、&lt;br /&gt;
そうしてまた故郷に戻って医者をしていました。&lt;br /&gt;
やがてシーボルトが国外追放になるとき、彼の娘イネを&lt;br /&gt;
医者にしてくれと、依頼されて預かります。&lt;br /&gt;
敬作は、彼女を引き取り、医学を教え、&lt;br /&gt;
彼女は日本で最初の産科の女医になりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また敬作は、シーボルトの鳴滝塾で一緒に&lt;br /&gt;
医学を学んだ高野長英をひそかにかくまったりもしています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;天保８年、浦賀沖にきた米国モリソン号を幕府が砲撃します。&lt;br /&gt;
長英は「夢物語」を、渡辺崋山は「慎機論」を書き、&lt;br /&gt;
幕府の怒りに触れ、長英は永牢の刑になり入獄するわけです。（蛮社の獄）&lt;br /&gt;
入獄６年目に、獄舎が火災になり一時釈放されるのですが、長英は&lt;br /&gt;
そのまま逃亡します。&lt;br /&gt;
そうして諸国の数多い門人や学者、また宇和島や&lt;br /&gt;
薩摩藩主などに守られ、信越、東北、江戸、上方、&lt;br /&gt;
宇和島、鹿児島などを巡り６年間潜行しています。&lt;br /&gt;
宇和島藩内には嘉永元年４月２日に入り、宇和島&lt;br /&gt;
横新町の宇和島藩家老・桜田佐渡の別荘に身を隠しました。&lt;br /&gt;
翌年１月、追っ手から逃れるため宇和島城下を去り、&lt;br /&gt;
卯之町のこの二宮敬作の自宅裏の離れ二階に&lt;br /&gt;
ひっそりとやってくるわけです。&lt;br /&gt;
４月には鹿児島に向かったのですが、落ち着くことなく&lt;br /&gt;
再び宇和島を経由し６月３日卯之町に到着。&lt;br /&gt;
１０日間余滞在しています。&lt;br /&gt;
８月には江戸を経由し、下総に潜伏。&lt;br /&gt;
翌年の嘉永３年再び江戸に帰り、&lt;br /&gt;
青山百人町に居を構え、医業を営んでいます。&lt;br /&gt;
そうしてとうとう１０月３０日、捕吏７人に襲われ、&lt;br /&gt;
自刃してその一生を終えることになりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
これが、その高野長英がひそかに隠れていた&lt;br /&gt;
建物です。離れの2階部分だけ残して保存されたのが&lt;br /&gt;
この建物です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Takano&quot; title=&quot;Takano&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/01/takano.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;長英の隠れ家を見学した後、今度は&lt;br /&gt;
街の中をぶらぶらと回ります。&lt;br /&gt;
歩いていたら、臨済宗妙心寺派のお寺の看板が&lt;br /&gt;
ありました。つい懐かしさに惹かれ、&lt;br /&gt;
坂を上がっていったら、びっくり。&lt;br /&gt;
こんな建物がありましたよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Kaimei1&quot; title=&quot;Kaimei1&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/01/kaimei1.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
開明学校です。&lt;br /&gt;
明治のはじめにここに建てられた最初は私塾だったのですが&lt;br /&gt;
後に公立の尋常小学校となりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;観覧料（200円）を払って早速入ってみます。&lt;br /&gt;
中はこんな感じです。&lt;br /&gt;
ここは建物の中に二宮金次郎の銅像がありました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Kaimei2&quot; title=&quot;Kaimei2&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/01/kaimei2.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;教室はこんな感じです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Kaimei4&quot; title=&quot;Kaimei4&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/01/kaimei4.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;振り返るとあれま。&lt;br /&gt;
坂雲の作者の写真が。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Kaimei3&quot; title=&quot;Kaimei3&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/01/kaimei3.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;司馬さん、この街がお気に入りだったそうで、&lt;br /&gt;
何度も何度もこの辺に来ています。&lt;br /&gt;
そういえば司馬さん、宇和島に一時いた大村益次郎の&lt;br /&gt;
小説「花神」も書いてますもんね。&lt;br /&gt;
司馬さんがこの辺に何度も足を運んだ理由は&lt;br /&gt;
分かる気がするんですよ。&lt;br /&gt;
この辺、江戸の末期から、明治の初めの混乱の&lt;br /&gt;
時期に、歴史の表舞台に出てはいなかったけれども&lt;br /&gt;
結構重要な役回りをした人が出ています。&lt;br /&gt;
どうしてそういうふうに一気に人材が&lt;br /&gt;
出たのか。&lt;br /&gt;
人材が出る、っていうのは、ものすごく時間と&lt;br /&gt;
労力がかかることだと思うのです。&lt;br /&gt;
簡単に人なんか育てられないですよね。&lt;br /&gt;
人材というのは、親から子、孫くらいまでの&lt;br /&gt;
文化的な積み重ねとか、教育の蓄積があって、&lt;br /&gt;
はじめて人材が育ってくるように思います。&lt;br /&gt;
お金をドンドン使って、無駄なこともやってみる&lt;br /&gt;
いろいろな経験を積む。そうした時間といろいろな&lt;br /&gt;
経験と、お金を使う、ということでようやっと&lt;br /&gt;
人というのは育ってくるように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;予算の仕分けで、役にたたないから、&lt;br /&gt;
といって文化的なことやものがどんどん&lt;br /&gt;
切捨てられましたけれども、&lt;br /&gt;
文化なんて、そういう効率ということで&lt;br /&gt;
言えば、全然効率的ではないです。&lt;br /&gt;
「私が」「私は」と違っていたからといって&lt;br /&gt;
人類の発展に具体的にどう寄与するのか&lt;br /&gt;
と言われたら、「さぁ、、」です。（笑）&lt;br /&gt;
奈良で巻向に大きな3世紀と思われる時代の建物跡が&lt;br /&gt;
見つかった、と。それがそうしたの？　と言われたら&lt;br /&gt;
俺だって一言も言い返せません。&lt;br /&gt;
文化っていうものは、そういう効率とか&lt;br /&gt;
予算を使用しての具体的な効果と言ったって&lt;br /&gt;
その成果を、目で検証なんて無理だと思います。&lt;br /&gt;
ですが、そうした目に見えない文化の蓄積は&lt;br /&gt;
やがてこういうふうに人とか豊かさというところで&lt;br /&gt;
出てくるのだと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、それにしてもどうしてこうすぐれた人が出たのか。&lt;br /&gt;
ひとつは、この辺の人たちは教育に熱心で、&lt;br /&gt;
また、お殿さまも仙台の伊達の分家だったために&lt;br /&gt;
外様で、江戸幕府の言うことは聞かず、西洋の&lt;br /&gt;
文化も積極的に取り入れようとした、ということも&lt;br /&gt;
ありました。時代とか、人の気風とか、いろいろな&lt;br /&gt;
ものが複雑に絡み合って、こうした人を生んだ、&lt;br /&gt;
ということになるのでしょうね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;俺は街を歩きながら、どうしてそういうふうになったか、&lt;br /&gt;
と考えていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて。卯之町の見学も終わったので、今度は&lt;br /&gt;
浜辺の街に向かうことにします。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>お出かけ</dc:subject>

<dc:creator>謙介</dc:creator>
<dc:date>2009-12-01T22:59:28+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/11/post-3cac.html">
<title>森の里へ（その２）</title>
<link>http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/11/post-3cac.html</link>
<description>さて大瀬に着きました。 ですが、車を停める場所がありません。 近くで道の掃除をし...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;さて大瀬に着きました。&lt;br /&gt;
ですが、車を停める場所がありません。&lt;br /&gt;
近くで道の掃除をしていたおばあさんに&lt;br /&gt;
「おはようございます。」とあいさつをして&lt;br /&gt;
「車を停めて街なみを見学したいのですが、どこかに駐車場&lt;br /&gt;
はありますか？　」と、聞いてみました。&lt;br /&gt;
「今日は日曜でバスも来ないから、そこの橋のたもとの邪魔に&lt;br /&gt;
ならんところだったら、ええですよ。」となんとまぁ&lt;br /&gt;
のんびりしたお答えでした。&lt;br /&gt;
おばあさんにもそう言われたので、そこに車を置き、&lt;br /&gt;
集落の中をカメラを持って歩くことに。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まずはやはり土地の神さまにごあいさつを、と思い、&lt;br /&gt;
近くの三島神社におまいりをしました。&lt;br /&gt;
肘木の重なりがものすごく立派なので、思わず一枚&lt;br /&gt;
撮ってしまいました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Mishimagu&quot; title=&quot;Mishimagu&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/29/mishimagu.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;去年の暮れに行った大三島の大山祇神社&lt;br /&gt;
の分霊をおまつりした神社です。&lt;br /&gt;
こういう山里ではやはり、山の神さまである&lt;br /&gt;
大山祇神社、をおまつりするということになりますね。&lt;br /&gt;
しかしどうして山の神さまが海の島にご鎮座されて&lt;br /&gt;
いるのでせう。&lt;br /&gt;
まぁ海の神さまだって、海から離れた山の上に祀られて&lt;br /&gt;
いるのですが。&lt;br /&gt;
加えてこの神さまは日本の神さまではありません。&lt;br /&gt;
日本書紀を読むとよく分かるのですが、&lt;br /&gt;
日本固有の神さまでなく、外国から渡ってきた、&lt;br /&gt;
という出自の神さまも結構おいでです。神社の&lt;br /&gt;
神さまのご出身は決して日本だけ、ということは&lt;br /&gt;
ありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;神社のお参りを済ませて集落の中を歩きます。&lt;br /&gt;
町の人は、こんなカメラ片手の胡散臭そうなおっさんにも&lt;br /&gt;
にこやかにあいさつをしてくれます。&lt;br /&gt;
小学校は参観日にでもなっていたのでしょうか。&lt;br /&gt;
日曜というのに小学生の集団登校の&lt;br /&gt;
列に何組もあいました。もうみんな元気に&lt;br /&gt;
「おはようございます。」とあいさつをしてくれます。&lt;br /&gt;
それだけではありません。&lt;br /&gt;
高校生くらいのにいちゃんも&lt;br /&gt;
庭を掃いているおっちゃんおばちゃんもみんな&lt;br /&gt;
あいさつをしてくれるので、ちょっと驚きでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まずは旧大瀬村役場をたずねます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Yakuba&quot; title=&quot;Yakuba&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/30/yakuba.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
ここは、ずいぶん昔に近くの町に合併したために&lt;br /&gt;
役場の機能はもう今はありません。&lt;br /&gt;
地域交流の建物として「大瀬の館」というものに&lt;br /&gt;
変わっています。１日１組か２組の限定ですが&lt;br /&gt;
宿泊も可能、だそうです。（この日、宿泊ｊ客は&lt;br /&gt;
ないようでした。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;旧役場の前には農協の旧米蔵と精米所があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Komegura&quot; title=&quot;Komegura&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/30/komegura.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
今はこの米蔵は米蔵としての使用は終わり、&lt;br /&gt;
ギャラリーとなって活用されているようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;再び町並みに戻ります。&lt;br /&gt;
観光客は、俺以外いなさそう（笑）ですし、&lt;br /&gt;
落ち着いた風情が本当にいいなぁ、と&lt;br /&gt;
思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Osechuou1&quot; title=&quot;Osechuou1&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/30/osechuou1.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;br /&gt;
こんなふうに誰も歩いていないのです。&lt;br /&gt;
小さな集落です。よそ者はすぐに分かるはずですし、&lt;br /&gt;
おまけにカメラ片手の挙動不審のなおかつ胡散臭そうなおっさんが&lt;br /&gt;
歩いているわけです。&lt;br /&gt;
そんな怪しいおっさんにちゃんとあいさつをしてくれるなんて、、、。&lt;br /&gt;
まぁいいや。街なみをさらに歩きます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この家、、、、。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;Oe&quot; title=&quot;Oe&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/30/oe.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
以前はここは燃料店をしていたのですが、&lt;br /&gt;
最近はどうなのでしょう？？？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;街路灯にも燃料店、とあるのですが&lt;br /&gt;
どう見てもこの風情、燃料店という感じではありません、よね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、問題です。&lt;br /&gt;
ここはある人の実家です。&lt;br /&gt;
ヒントはノーベル賞。（笑）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;謙介がノーベル賞と言うと、&lt;br /&gt;
「またまたー。ほんまにノーベル賞かぁ？&lt;br /&gt;
のーへる賞とかいうようなフェイントと違うやろなー。」&lt;br /&gt;
というようなツッコミをもらったりするのですが&lt;br /&gt;
いえいえ。正真正銘のノーベル賞でございます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;え？&lt;br /&gt;
さっさと言え？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここは大江健三○の実家です。&lt;br /&gt;
ほぉら、ちゃんとノーベル賞じゃないかぁぁ。&lt;br /&gt;
俺がソウルにいた頃に、大江さんがノーベル賞受賞&lt;br /&gt;
ということになったのですが、&lt;br /&gt;
韓国語には「ざ」の発音がありませんから、朝鮮日報の&lt;br /&gt;
ハングル表記、音に忠実にそのままに読むと「オエ・ケンジャブロ」&lt;br /&gt;
になっていて何じゃこれわ、と笑わせてもらいました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;地元の中学を卒業した大江少年は、&lt;br /&gt;
近くの県立高校に行くのですが、&lt;br /&gt;
途中から県庁所在地の街にある高校に&lt;br /&gt;
転校しています。&lt;br /&gt;
（そこで、伊丹十三と会うわけです。）&lt;br /&gt;
ところで、大江さんと故郷の間には&lt;br /&gt;
ちょっと複雑な屈折があるように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というのも、この県は、今もずーっと保守勢力が強い&lt;br /&gt;
土地柄なのです。&lt;br /&gt;
そうした風土では、大江さんの目指す方向&lt;br /&gt;
とは、全く相容れないわけです。&lt;br /&gt;
大江さんもそうした「この土地の人間」というものに&lt;br /&gt;
対しては表立ってこそ言いませんが、やはり&lt;br /&gt;
素直に喜べないものがあった、のでしょう。&lt;br /&gt;
ノーベル賞の受賞祝賀会を県が開きたいと&lt;br /&gt;
言った時、即座にそれを断り、それは沙汰止みになりました。&lt;br /&gt;
（まぁそういうふうな面で目立つことの嫌いな、ということも&lt;br /&gt;
あるでしょうが。）&lt;br /&gt;
保守的なこの地の人間と大江さんはやはり&lt;br /&gt;
いわく言いがたい、確執がある、ということを聞きました。&lt;br /&gt;
うちの仕事場に高校のとき大江さんと同級生だった&lt;br /&gt;
人がいて、その人から直接話を聞きました。&lt;br /&gt;
そういうふうに故郷の人とはあまり好ましい関係はないのですが&lt;br /&gt;
故郷の土地には、その一方でものすごく深い&lt;br /&gt;
気持ちを寄せています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Osechuo3&quot; title=&quot;Osechuo3&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/30/osechuo3.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえば、万延元年のフットボールでもそうですが、&lt;br /&gt;
大江作品の主要なテーマである、&lt;br /&gt;
「四国のとある森の中の村」というのは、実はこの&lt;br /&gt;
故郷の大瀬がやはり下敷きになっています。&lt;br /&gt;
はっきり、この大瀬とは言わない場合もありますが&lt;br /&gt;
「オダ川」などというふうに、川の名前が&lt;br /&gt;
明確に出た作品もあります。&lt;br /&gt;
先に出した大瀬の写真で写っている川が、その小田川です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;何よりご自身が、出身の大瀬中学での講演会で&lt;br /&gt;
この大瀬こそが自分の文学作品の中での大切なテーマである、&lt;br /&gt;
と語っているのですからもう間違いはありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;人には距離はあるけれども、土地には強烈な結びつきが&lt;br /&gt;
ある。ということでしょうね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
文学作品というのは、ひとたび作者の手許を離れたら&lt;br /&gt;
それはどんな読み方をされても、文句は言えないのですが&lt;br /&gt;
それでも分析的な読み方をしようと思ったり、専門的に&lt;br /&gt;
そのある作者の文学を専門として研究しようと思えば&lt;br /&gt;
その作者の行った後を追体験するとか、現地調査ということも&lt;br /&gt;
やはり大切になってくる場合だってありますよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういえば、さっき農協の米蔵を紹介しましたが&lt;br /&gt;
その米蔵の2階には本がたくさん置いてあって、&lt;br /&gt;
大江少年はその本を全部読んでしまった、という&lt;br /&gt;
ことだそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この大瀬、小田川の流れに沿った&lt;br /&gt;
美しい集落でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今度は夏に来てみたい、と思いました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
さらに移動して、今度はちょっと離れた、&lt;br /&gt;
街に行くことにします。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>お出かけ</dc:subject>

<dc:creator>謙介</dc:creator>
<dc:date>2009-11-30T22:32:18+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/11/post-8550.html">
<title>森の里へ（その１）</title>
<link>http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/11/post-8550.html</link>
<description>今週は、土曜日に自分の専門の勉強会があったのと その晩に仕事場の忘年会（11月に...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今週は、土曜日に自分の専門の勉強会があったのと&lt;br /&gt;
その晩に仕事場の忘年会（11月に忘年会）があったので&lt;br /&gt;
実家に帰りませんでした。&lt;br /&gt;
滅多に市内の中心部には出ていかないので&lt;br /&gt;
たまに行くと街中のいろいろなものが変っていて&lt;br /&gt;
あちこち見てしまいます。&lt;br /&gt;
ですが、街中はもうあちこちにこればっかりです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Okaido&quot; title=&quot;Okaido&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/29/okaido.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;商店街の店の表示灯の下、ずーーーーーーっと&lt;br /&gt;
全部坂雲のポスターだらけ。（笑）　これはゑちごやの前ですが。&lt;br /&gt;
建物の入り口にもこんなふう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Sakakumo&quot; title=&quot;Sakakumo&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/29/sakakumo.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先週来てた市の広報紙だって、これです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Koho&quot; title=&quot;Koho&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/29/koho.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;忘年会では、行った店のバイトのにいちゃんが体操のウチムラくんに&lt;br /&gt;
似た人がいて、バイトの女の子たちがウチムラくん、と言って&lt;br /&gt;
大騒ぎしていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;次の朝。&lt;br /&gt;
つまり今日ですが。&lt;br /&gt;
前から行こうと思っていた「森の中の里」に行くことに&lt;br /&gt;
しました。&lt;br /&gt;
朝の6時過ぎに街を出発です。&lt;br /&gt;
森の中の里に行くには、高速に乗ります。&lt;br /&gt;
対面通行の高速なので、走行車線を&lt;br /&gt;
ゆったり走るわけにも行かず&lt;br /&gt;
後ろから来る車にくっつかれるのも嫌なので&lt;br /&gt;
それなりに根性はめて走りました。&lt;br /&gt;
普通に走ったら30分くらいのところ、15分くらいで&lt;br /&gt;
到着です。&lt;br /&gt;
高速のＩＣを下りてしばらく国道を走り、やがて&lt;br /&gt;
県道に入ります。&lt;br /&gt;
道は山の間を縫って横の川の上流へと&lt;br /&gt;
上がっていきます。&lt;br /&gt;
道は土地の広さにあわせて急に狭くなったり、&lt;br /&gt;
また拡がったり、を繰りかえしていきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あ、目指す橋が見えてきました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Tamarubashi1&quot; title=&quot;Tamarubashi1&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/29/tamarubashi1.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もうちょっと近寄ってみます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Tamarubashi3&quot; title=&quot;Tamarubashi3&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/29/tamarubashi3.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
これは田丸橋という屋根つきの橋です。&lt;br /&gt;
屋根つきの橋というとマジソン郡の、、ですが&lt;br /&gt;
実はこの国にだってあったのです。&lt;br /&gt;
そうしてこの橋、坂雲のドラマの中にも出てきます。&lt;br /&gt;
子規の妹の律と秋山弟がここで会って、&lt;br /&gt;
二人の微妙な位置関係のお話が&lt;br /&gt;
この橋であるのだそうで。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;Tamarubashi2&quot; title=&quot;Tamarubashi2&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/29/tamarubashi2.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この橋は、夏になったら地区の人たちの納涼の場にも&lt;br /&gt;
なったそうですし、日常では、風通しがいい、という&lt;br /&gt;
ことで、ここに荷物とか置いて保管した、ということも&lt;br /&gt;
あったそうです。　昭和18年の洪水でこの橋は&lt;br /&gt;
一度流されてしまうのですが、地域の人たちの&lt;br /&gt;
熱意でもう一度架けられ、大切にされてきた橋だそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この橋の話を地理学をやっている友達に聞いて&lt;br /&gt;
一度来たかったのです。&lt;br /&gt;
画面がまだ少し暗いのは、この橋に着いた時間が&lt;br /&gt;
朝の7時前だったからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;橋から川を見るとこんな感じです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;Yamarubashi4&quot; title=&quot;Yamarubashi4&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/29/yamarubashi4.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
橋の見学が終わったので、今度はもうひとつの森の里に向かいます。&lt;br /&gt;
一度国道まで下りて、しばらく走り、今度は別の国道に入ります。&lt;br /&gt;
入ってから15分くらいゆっくりと走ると、こんな集落が見えてきました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Osechuo2&quot; title=&quot;Osechuo2&quot; src=&quot;http://tamafu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/29/osechuo2.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大瀬です。&lt;br /&gt;
もうひとつの森の里はこの大瀬の集落でした。&lt;br /&gt;
今日はここまでとします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>お出かけ</dc:subject>

<dc:creator>謙介</dc:creator>
<dc:date>2009-11-29T21:44:46+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/11/post-258e.html">
<title>風呂屋の釜</title>
<link>http://tamafu.cocolog-nifty.com/2262/2009/11/post-258e.html</link>
<description>昨日、がんセンターで。主治医との話。 「先生、来年あたり肝炎患者に障害者手帳の ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;昨日、がんセンターで。主治医との話。&lt;br /&gt;
「先生、来年あたり肝炎患者に障害者手帳の&lt;br /&gt;
交付がされることなったんです、よね。」&lt;br /&gt;
「え？　そんなこと知らないよ。聞いてない。」&lt;br /&gt;
「へ？　」&lt;br /&gt;
「ニュウスソウスは？　どこに出てたの？　」&lt;br /&gt;
「８月ごろの全国紙に出てましたけど。」&lt;br /&gt;
「少なくとも現場には一切知らされてないよ。&lt;br /&gt;
そんなこと何も降りてきてない。」&lt;br /&gt;
「現場が一切承知していないなんて、、。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「こういうのね、よくあることなんですよ。政治家って&lt;br /&gt;
こういうことは自分の功績にしたいから、現場よりも&lt;br /&gt;
先に報道機関に情報を流してしまう。で、現場には&lt;br /&gt;
実施直前まで一切具体的な方策が知らされないから、&lt;br /&gt;
情報だけ先にどんどん流れはするけれど、さっぱり&lt;br /&gt;
分からずにいて、ギリギリになって知らせが来たと思ったら、&lt;br /&gt;
○月○日からこれは実施です、とか急に言われて、、&lt;br /&gt;
現場なんてそんな準備なんて事前に全く聞かされて&lt;br /&gt;
いないから、たちまち準備不足で混乱してしまう、っていうこと&lt;br /&gt;
もうしょっちゅうだから。」&lt;br /&gt;
「実施期日だけ決まっていて、さあ、やれ、っていう&lt;br /&gt;
ことですか？　」&lt;br /&gt;
「そう。」&lt;br /&gt;
「でもそれって、具体的に行う病院なんかが全く&lt;br /&gt;
知らない、なんて大きな問題じゃないですか。」&lt;br /&gt;
「だけどそういうの、本当に多いんだよ。」&lt;br /&gt;
「あ、それから、肝炎の法案が通りそうですね。」&lt;br /&gt;
「通ってたとしてもねぇ、、。」&lt;br /&gt;
うちの主治医は肝炎の法案にはあんまりいい印象を持っていない。&lt;br /&gt;
前にも書いたけれども、&lt;br /&gt;
現行で言えば、今でも肝炎の患者には一定の割合で&lt;br /&gt;
補助は出ている。&lt;br /&gt;
ただその患者が問題で、実は大きな線引きが存在する。&lt;br /&gt;
補助が受けられるのは、過去に一度も肝炎の治療をして&lt;br /&gt;
いない人。&lt;br /&gt;
つまりは一度やって、その治療の効果のなかった人は&lt;br /&gt;
その対象には入らない。&lt;br /&gt;
はっきり言えば「どうせ一回やってダメだったんだから、&lt;br /&gt;
何度やっても無駄。」っていうことで放っておかれている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;どうしてこんなふうになっているか、&lt;br /&gt;
誰がこの人はオッケーで、こっちの人はダメ、って&lt;br /&gt;
線引きを決めたか、といえば&lt;br /&gt;
財務省が決めた。&lt;br /&gt;
一回やって効果のない人は、一回やっているから&lt;br /&gt;
ご遠慮してもらって、まだやっていない人に機会を&lt;br /&gt;
与える、という方針なのだろう。&lt;br /&gt;
なぜ一律補助をしないか、といえば、金がないからだって。&lt;br /&gt;
ここまでしか予算を出せない、と財務省が言ったから。&lt;br /&gt;
ということらしい。&lt;br /&gt;
この話は前にしたよね。&lt;br /&gt;
だから肝炎の対策は厚生労働省の管轄でなくて&lt;br /&gt;
財務省の管轄なんだ、って。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;財務省が「あんたの治療補助なんて知りまへん。&lt;br /&gt;
そんなもの金がありまへんがな。」&lt;br /&gt;
と言ったら、そこでおしまい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だから肝炎の対策については財務省が&lt;br /&gt;
主導して線引きを行っている、&lt;br /&gt;
とうちの主治医が教えてくれた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回、肝炎の法案は来週の月曜に通るメドがついた。&lt;br /&gt;
しかし、それはあくまで方針であって、&lt;br /&gt;
実際の運用は全く何も決まっていない、って。&lt;br /&gt;
昨日、主治医に聞いたら、「全然。何にも決まってないよ。」とのこと。&lt;br /&gt;
すべてはこれから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
ほら、法律の文言によくあるじゃない？&lt;br /&gt;
「保護しなければならない。」とか&lt;br /&gt;
「尊重されるべき」なんて書かれてあるの。&lt;br /&gt;
今回もまたあんなふうなことなんじゃないか、って&lt;br /&gt;
危惧する。&lt;br /&gt;
そんなもの、たとえば児童憲章に子どもは&lt;br /&gt;
保護されなければならないなんて書かれて&lt;br /&gt;
たってですよ、現実には虐待されて本当につらい目に&lt;br /&gt;
遭ってる子どもなんて、山ほどいるじゃないですか。&lt;br /&gt;
だから俺は法律がきちんと整備されて&lt;br /&gt;
どういうことができたか、&lt;br /&gt;
実施がされたか、そこまでの現実的な&lt;br /&gt;
具体性がはっきりとしないとねぇ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;方針は決まりました。&lt;br /&gt;
だけど、それは単に言っているだけで何の具体性も持ってはいない。&lt;br /&gt;
こういうのを大阪の辺ではよく風呂屋の釜、っていうよね。&lt;br /&gt;
「ゆーだけ。」&lt;br /&gt;
言うだけだったら誰だって言える。&lt;br /&gt;
法律なんて、ホントに風呂屋の釜みたいな条文が多いんだから。&lt;br /&gt;
具体的に、何年の何月の何日から、こういうふうにします、&lt;br /&gt;
っていうことが明確に決定されて実施する、ということにならない&lt;br /&gt;
限りは、俺は全く信用しない。&lt;br /&gt;
役所なんて、明確にこうします、っていうことを&lt;br /&gt;
確認しない限りは、尊重しましょう、守りましょう、&lt;br /&gt;
なんて言ってる分には、何の具体性もないもの。&lt;br /&gt;
具体性のないものについては、信用できない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;果たして実際のところはどういうふうな&lt;br /&gt;
運用がなされるのか、現状のように&lt;br /&gt;
患者に差をつけてこっちは適用するけど&lt;br /&gt;
こっちはしない、なんて差別のないような&lt;br /&gt;
利用する側が納得できる、実施細則の&lt;br /&gt;
制定もお願いしたい、と思う。&lt;br /&gt;
風呂屋の釜じゃあるまいし&lt;br /&gt;
理想を言うだけでは何の解決にもなりはしない。&lt;br /&gt;
そんなことより、実際の運用をどうするのか。&lt;br /&gt;
解決はそこにきてはじめて&lt;br /&gt;
一歩が踏み出されるのだ、と俺は思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>おもうこと</dc:subject>

<dc:creator>謙介</dc:creator>
<dc:date>2009-11-27T22:22:05+09:00</dc:date>
</item>


</rdf:RDF>
