小説

08. 06. 13

緑、したたる頃に 5/5 (小説)

アメリカに行ってから、しばらくしたらシアトルの消印のついた
ヤツからのエアメールが来た。
「元気ですか? 」とあって、
「スミス先生は、人づかいが荒いけど、オレに、いろんなことを
どんどんさせてくれるので、いい経験になっている。」という近況
報告があった。そして、「ベースキャンプが決まったのでアドレスを
書いておきます」と、あって、シアトルの住所が書かれていた。
だけど、ボクはコーヘイに手紙は書かなかった。
だって、何を、いまさら書かなきゃならないのか? 
日本に戻ったら、話をしよう、か? 
話をしてどうなるものでもないんだし、、。
そう思ったボクは返事を書かずにいた。

そうしていたら、またしばらくしてやつから絵葉書がきた。
今、ナイアガラの滝の近くに来ています。朝日のいいショットを
狙っています、とあった。

それから一ヶ月に一度くらいの割合で、次々にポストカードが来た。
最初は市販の風景写真のカードだったのが、ある日から、
「これ、オレが撮った写真のカードなんだ。」という写真になった。
コーヘイの写真かぁ。
あ、そういえば。
ボクは聞くのを忘れていた、ことを思い出した。
どうしてコーヘイはボクなんかの写真を撮ったのか、ということを。
そう思うとボクは急にヤツに手紙を書きたくなった。
「こんにちは。
すっごい朝日の写真、どうもありがとう。何か気にいったんで、
写真、トイレに飾っています。
あのさ、ひとつ聞きたいんだけど、コーヘイ、
何でボクなんかの写真、撮ってたの? 」
それからまた一週間したころ、今度はいつものカードじゃ
なくて、封書のエアメールが来た。ボクは、ドキドキしながら
封を切った。すると中には一行。
「秘密! コーヘイ」
とあった。はるばる太平洋を飛行機で渡ってきたその手紙には、
たった一行、そう書かれていただけだった。
「バーカ! 」ボクはそう言うと、思わず笑ってしまった。
やっぱりあいつはあいつだ。

それからボクはもういい、と思った。
ヤツはこうして手紙をくれる。そのことをボクは思った。
ボクもいつまでも思っていても仕方がない。それこそ
ヤツはヤツの人生を歩くためにアメリカに行ったんだ。
ボクはボクなんだ。そう思うと、
今まで悩んでいた気持ちがさあっと軽くなっていった。


ヤツからカードが来る。
カードといってもヤツの撮った写真のカードで、
文字などほとんど書かれてはいなかったけど。
そうして筆不精のボクは5通に1通くらいはこちらからも返事を
書いていた。そのうち、一ヶ月に一度くらい来ていたコーヘイからの
連絡が、すこしずつ間隔があくようになっていった。
一ヶ月が二ヶ月に一度になり、二ヶ月が半年に一度になって。
そうしてヤツからの手紙は全く来なくなった。
それでもボクは彼は元気だろう、と信じて疑わなかった。
そうしてどこかで
ちゃんとヤツは自分の道を見つけて歩みだしているだろう、とも。


ボクは学校を卒業して、学生の時にバイトをしていた
会社にそのまま就職した。
気がつくと10年という歳月が流れていたのだ。
そしてボクはヤツに手紙を書いた。


Togetsukyou2


6月30日


朝の7時。
梅雨の中休みなのだろうか。
めずらしくすっきりと晴れ渡った空。
そして朝の光に川の両岸から差し出ている木々の
枝の緑が鮮やかに川面に映えていた。
少しずつ朝の車が増え始めたころだった。
ボクが何となく振り返った時、
街のほうから、以前と変わらない
人懐っこそうな笑顔を見せて
こちらにやってくるコーヘイの顔が見えた。

                 (了)

         ×      ×      ×

ながながとお付き合いくださいまして
ありがとうございました。
この前の小説、「はるのよい」を
書いているときに、イメージした場所として
念頭においていたのは、自分の育った
京都は右京区の常盤・鳴滝・広沢の池、あたりで、
今回の作品は、嵐山でした。
いわば「右京区小説」の第二弾、ということでしょうか。
(しかし、それにしても登場人物の会話、全く京都弁で
話させてはいませんでしたね。笑)

嵐山、と言っても、それは書いた本人だけの持つイメージであって
作品が作者の手から離れた瞬間から、
その作品から受けるイメージは読む人ひとりひとりの中の
自由な思いにゆだねられることは、言うまでも
ありません。

最近ちょっと更新が減っていたこともあって
そのお詫びかたがた、書いてみました。

この小説のイメージはもうずっと前に浮かんできて
いたんですよ。
「主人公が暗闇の中で自分の思う人の心臓の鼓動を
聞いている。外は雨で、その中で、相手の体温に
包まれて心臓の音を聞いている。」
そんな光景が目の前に。そうして
この光景をテーマにひとつ作品を書けないか、と、
考えました。
そうして何とか書いてみたのが、この作品でした。

ここまでお読みいただいたことに、まずもって感謝したいと思います。
それから、感想などもいただけましたら、
うれしいです。

今回も最後までお付き合いくださいましたこと、
本当にありがとうございました。
またいつか書きたいと思います。
そのときはまたよろしくお願いします。


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08. 06. 12

緑、したたる頃に 4/5 (小説)

ボクはもう逃げられない、と思った。
だけど、「それ」をコーヘイに伝えたとして
ヤツは一体どう思うだろう。

でも、でも、、、、もう後がないんだ。、、でも、、、。
ボクはさっきからずっとその答えの出ない
質問を繰り返していた。

でも、もしも、そんなことを言ったとして,,,,.
そう思うとボクの思考はそこで止まってしまうのだ。
ボクは、一体どうしたらいいのだろう。
どうすべきなのだろう、、。


ええい。
「あのさ。」 ボクはうつむいたままで言った。
「うん? 」
「ひとつ、聞くんだけどさ、コーヘイって、どうして
こんなふうにボクに親切なの? 」
「イテ! 」
「ご、ごめん。」
ボクの頭がヤツのあごに衝突した。
「痛かったじゃないか。」
「本当にごめ、」
ボクは無意識に彼のあごに手を当てていた。
あわてて引っ込める。


最初目を上げた時は、ぼんやりしてたけれど、
そのうち目が慣れてくると、ボクの目の前で
こちらを見てるコーヘイの表情がぼんやりと見えてきた。
「なんかすごく親切じゃないか。どうしてボクにそんなふうに親切に
してくれるの? 」
「オリエンテーションの時、オマエが歩いてるのを見た。」
「ああ。」
「その時のオマエの目だ。」
「目? 」
「哀しそうな目をしてた。」
「-----」
「その目がオレが中学から高校の時の目とすごく似てた。
あ、こいつとなら、自分に似てる部分があるかもしれない、
友達になれたらいいな、って思った。」
「オマエ、オレが誰とでも話をする人間って思ってるだろ? 」
「え? 」
「話が簡単にできそうなヤツとそうでないヤツとはっきり二つに
分かれるんだ。」
「ヒロユキを見た時、あ、こいつとなら話ができる、と思った。
そうして話をするようになって、あ、オレの第一印象は
合ってたと思った。......だけど、気の合う友達に親切に
しちゃいけねえの? 」
いけなくはないけど,,,,,。」
「ないけど何? 」
「何か親切すぎるような気がする。」
「だって友達だったら、そんなの当たり前じゃないか。それが
変、とかさ、いけない、とか。 そんなこと言うオマエのほうが
よほど変だ。 」
「------そんなこと言ったって、、。」
「何だよ。」
「いや、いい。」
「何だよ。言えよ。」
ボクはどうしてもその先が言えなかった。
そんなもの言えるはずがないじゃないか。
「いいから言えよ。」
ヤツがボクの身体を振った。
「じゃ、言うよ。言うけどな。聞いてから
なんだかんだ、って言うのは一切受け付けないからな。
いいんだな。」
「ああ。」
「ホントか? 」
「くどい。」
「----------。」
「言えよ。いいから。」


「------好きなんだ。」
「え? 」
「だから。-------コーヘイのことが好きなんだ。」
「--------」
「ほらみろ。」

「いつから。」ヤツはかすれた声でそう聞いてきた。
「はっきりとその感情を認めたのは最近だけど、ホントは
もうずっと前からだ。」
「-------」
「ふふっ。ほら。だから言ったんだよ。そんなこと
言われたら、気持ち悪いって思うよ、って。」
「オレみたいなヤツのどこが
いいんだ? 」
「そんなの、こちらが言いたい台詞だよ。
いきなり声をかけてきたかと思うと、どんどん
こっちのテリトリーに入りこんできて。」
「だめか? 」
「ダメじゃない。ダメじゃないけど、、、」
「ダメじゃないけど? 」
「そんなふうに自分みたいな人間に
どんどん距離を縮めてきてくれる、オマエを見ていたら、
こっちがどんどんオマエを、オマエのことを普通に見て
いられない自分に気がついた。そうやって、どんどん
好きになっていくのが分かったんだ。」

「好き、って、別にいいじゃねえか。人には好みってあるし。」
「違う。そんな簡単な好き嫌いの問題じゃないんだ。」
「じゃあ、どんな好き、なんだよ。」
「もっともっと、自分の深いところで、オマエのことが
どんどん忘れなくなっていった。そりゃびっくりしたさ。 
ダメだ。それだけはダメだ、って思ったさ。 」
「------」
「だけど人を好きになるのに、いちいち理由なんか
ないよ。そうじゃない? ------- 気がついたら、自分の中ではいつも
コーヘイがいてさ。------あ、そりゃ、俺だって最初は、っていうか
さっきのさっきまで、そういうの、認めたくなかったさ。
そんなこと、分かったって、どうなる? コーヘイに言ったって
どうなる? 言えって言われて言ったけど、思ってるだろ? 
気持ち悪いって。------- そうなんだよ。気持ち悪いよ。
だから、だから。自分だってそんなもの認めたくなんて
なかった。だけど、だけど。」
「待てよ。ヒロユキ、オマエ、人の気持ち、先まわりして勝手に
解釈してしまうなよ。」
「なら、聞くけど、好きです、って言われて、平気でいられるのかよ。え? 」
「---------」
「ほら見ろ。」
「---------」
「平気でなんかいられるはずないさ。 」
「どうしてそんなこと言えるんだ。」
「なら言うけどな。」
「何だよ。」
「キスできるか? 」
「--------」
「できねえだろ。」
そのときだった、ヤツはボクの顔を上向かせると、ボクの唇に
ヤツのそれを重ねてきた。

「うっ、う、ちょ、ちょっと待てよ。」ボクは息を荒く吐きながら
言った。
「何だ、キスできるか、っていうからキスしたんじゃないか。
ヒロユキとだったらやってもいいんだ。
コーヘイはそう言うと、もう一度ものすごい力でボクの身体を
引き寄せた。そうしておいて、ボクの唇を舌でこじ開けた。
もう何の音もしなかった。ただただ耳元では、キーンという
音にならないような音が聞こえてきていた。
ボクは身体のすべてをコーヘイと接している部分に集中させた。
彼の動きにボクも合わせた。だけど、だけど、不思議だった。
それまで聞こえてきてはずの彼の気持ちが、あんなにいつも
ボクに聞こえてきていたはずのコーヘイの言葉が、今日は
さっぱり聞こえてきてはくれなかった。
ボクの目の前には、確かにヤツがいて、そうして、、、、
なのに、なのに、ボクにはコーヘイがどこにいるのか
何を考えているのか、さっぱり分からなかった。
ボクは、コーヘイから身体を離そうとして押した。
「どうした? 」
「もういい。」 ボクは言った。
「え? 」
「だって。」
「だって、何? 」
「今日は聞こえてこないんだ。」
「何が? 」
「オマエの言葉が。」
「俺はずっとここにいて話をしてるじゃないか。」
「そんなものじゃない。もっと深いところから
聞こえてくる、コーヘイの意志とか気持ちだよ。 ボクには
それがいつも聞こえてきていた。なのに、今日は
どうしても、どうしても聞こえてはこなかったんだ。
だから、だから、それはやっぱり違う、っていうこと
なんだ。」
「違わない。」
「いや、やっぱり違う。ボクは、ボクは、コーヘイが
好きで好きでたまらない。だけど、じゃあ、聞くけど
コーヘイはボクのことをどう思ってるの? 」
「どうっ、って、そんなこと、
急に答えが出て言えるはずないじゃないか。」
「ほら、だから、ボクとコーヘイは違うんだ。」
「どこが? 」
「ボクは、こんなに、こんなに、思ってるのに。」
「-------。」
「ありがとう。ボクみたいな、こんなヤツに。」
そう言うと、ボクは、雨の中、穴を出て駆け出した。
「あ、オイ。」後から、コーヘイの声がした。
「待てよ。」
コーヘイが追いかけてきた。そしてボクの身体を引っぱった。
「違う。コーヘイは、ボ、ボクと、こんなことをしちゃダメなんだ。」
「そ、そんなことねえ。」
「それは、ボクに対する同情だ。」
「オマエだってそうじゃないか。オレがアメリカに行こうとするから、
目の前から消えようとするから、急に、って思ったんだろ。」
「ああ。だけど、自分がコーヘイのことを、オマエのことを思うように
なってたのは、さっきとか昨日なんてことはないからな。」
「オレ、オマエでいいよ。」
いや、それは違う。」
「違わない。」
「違う、っていうのがわかんないのか! 」
ボクは自分の全ての力を込めてヤツの身体を押し返した。
「さっさとアメリカに行け! 」
気がついた時、ボクは一番自分の気持ちと違う言葉を吐いていた。
それまで、力がこもっていたヤツの力がふうっと抜けた。
ボクは振り切って歩きはじめた。
そして、一切後は振り返らなかった。
13歳の時のボクが、両親に言われてこの橋を渡りきるまで
後ろを振り返ったらいけない、と言いつけられた時のように。

もと来たように橋を渡って、住宅街の中を抜けて、
どこをどう歩いたか、後から考えてさっぱり覚えてなんて
いなかったけれど、とにかくボクは家に戻った。
そして、案の定、それで風邪をひいて、一週間ボクは
ずっと布団の中で過ごすことになった。

その間、ボクは一切誰とも連絡をしなかった。
寝ていたとき、誰かが何度かボクの部屋の戸をたたいた。
ボクはずっと寝ていた。

一週間経って、ようやく熱も下がった。
まだふらふらとはしていたけど、家の中には
何も食べるものがなかったし、近くのコンビニまでは
行けそうな気がして、ボクはシャワーを浴びて
服を着替えた。
当座の食べ物を買って家に戻ってきて郵便受けを見ると
コーヘイからの手紙が入っていた。
アメリカに行くまでに一度会って話がしたかった、と
あった。
『話することなんて、何もないじゃないか。』ボクはヤツの手紙を
読みながらそう思った。
ボクはヤツのことが好きで、でも、コーヘイはボクのことは
友達、で。それだけのことだ。
そうして、コーヘイはアメリカに旅立っていった。

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08. 06. 11

緑、したたる頃に 3/5 (小説)

ぼんやりしているとコーヘイが横にやってきた。

「本当に行くのか? 」

ボクは聞いても仕方のないことを
もう一度繰り返した。
「ああ。,,,,,,,,急に決まったんだ。 ごめん。」
「謝ることはないよ。」 ボクは精一杯のやせ我慢で
そう言った。
『謝られたって、そんなもの仕方ないじゃないか。』

「後で話そ。」それだけ言うとコーヘイは、
また別のヤツのところに行った。

ボクは、その宴会の途中、何度ももう帰ろう、と思った。
だけど、その都度、荒島さんが声をかけてきたり
コーヘイがやってきたり、で、帰る機会を失ってしまって
とうとう延々と続いた宴会の最後まで居ることになった。
ひとつは、ヤツが言った「後で。」っていう言葉が
ひっかかっていた、ということもあったけれど。


最後にもう一度コーヘイが立ってみんなに話をした。
「今日は本当にどうもありがとう。
自分の未来、っていうか将来なんて、どうなるかは
わかんないんだけど、できたら10年後。そう、
10年後の今日。6月30日にまたみんなに
会いたいです。」と彼はそう言った。
最後の、最後のカンパーイ、と言ってようやっと
延々と続いた宴会は終わった。


6時半から始まった宴会は、終わったころには
日付が変わっていた。
ボクは、よろよろと立ち上がると、一人帰ろうと
していた。すると、その手をつかんだヤツがいた。
振り返るとコーヘイがいた。「だから後で、って
言ったじゃない。」
「あ、ああ。」みんなと店の前で別れた。
「えー、コーヘイ、次行こうよー。」
ってほかの連中は言ったけれど、「ゴメン、ヒロユキ
送らないといけないんで。」と言って彼は別れた。
「ウヘー。久しぶりだったから、ちょっといろいろ
食べすぎたぜぃ。」快活にヤツが言った。

だけどボクは何も答えなかった。
そんなの、どう答えたらいいんだ。

二人は黙って並んで歩いた。
しばらく歩くと大きな川のほとりに出た。
橋を渡ると中ノ島があってそこに公園がある。
いつもは往来の車や人でごった返すこの辺も
夜中の1時では川を流れる水の音だけが響いてくるだけだった。

ヤツは話がある、と言ったのに、何も話しだそうとは
しなかった。ボクは、言葉が出てこなかった。
何かを話そうとしても、それは、本当に自分の話したい
ことなのか、と考えてしまうと、話そうとする気持ちが
すーっとしぼんでいった。
何を話せばいいのか。そんなこと、いつもなら
全然考えなくても言葉が次から次へとあふれ出るはずなのに。
意識なんかする必要だって全くなかったのに。
今日のボクは、ただただ何も言えず、
黙って彼の横を歩いているばかりだった。


橋を半分ほど渡ったところで、雨つぶがポツ、ポツ
と当たりはじめた。
橋を渡りきったところで、ヤツは川沿いの道へ曲がった。
木々はぼんやりとした翳の濃淡でしか分からない。
昼間なら、木の枝が川面に差し出て、それを見ながら
歩く、というなかなかの散歩道だったのだけど。
そのうちコーヘイがぽつりぽつりと話をしはじめた。
「今回、屋久島に行って、自分は写真がやっぱり
好きだったこと、だけど、あまりに技術とか写真の
勉強とか、もっともっとたくさんの知っておかなくちゃ
ならないことが全然自分にはないことに気づかされたんだ。」
彼は話しはじめた。
「どれくらい、行ってるの? 」
「行ったら最低5年は勉強してこようと思ってる。」
彼がそう答えたとき、ボクは、またさっきの大きなものが
喪われていく気持ちがふっ、と、蘇ってきた。


ぽつぽつと木々の間から降ってきていた雨は
次第にざあざあと降るようになってきた。
「この先、ちょっと行ったら、山のところに
人が入れる穴があるんだ。」
ボクは言った。
そう言って走りはじめたのだけど、言った
穴はなかなか見つからなかった。え? 記憶違い
だったかな? それとも、もうなくなった? と
思いながらもボクたちは雨の中、濡れながら走った。
「あった!あった! ほら。」ヤツが穴を見つけた。
「ふう。」穴は、人二人が入れるくらいの大きさで、
2メートルくらいの奥行きがあった。
「一体これって何の穴なの? 」コーヘイが聞いた。
「うーん。昔の人のお墓かも。」
「やめろよ。」
「あ、怖いんだ。」
「バカ。」
「あーあ。びしょぬれになっちゃったよ。誰かが
話がある、って来たらさ、こんなことになっちゃって。」
「うるせ。」
「雨、すごいね。」ボクの言ったことにヤツの
返事はなかった。
さっきよりもっと雨脚は強くなってきた。
「ふえくっしょん」ボクは大きなくしゃみを
した。
「体が冷えたんだろ。」
「うーん。」
「ほら。」
「何? 」
「こっちこいよ。」
コーヘイは、そう言って身体をずらしてくれた。
「いいよ。そんなの。」
ボクは急にドキドキしはじめた。
「ふぇーくしょん」もう一度くしゃみが出た。
「ホラぁ、ったく。」ヤツがボクの手を引っ張った。
「こっちに来る。」ボクは、少し身体をずらせてヤツのほうに
寄った。「何を遠慮してるんだよ。」
不意にヤツの手が伸びてボクの身体はコーヘイの身体の中に
包まれることになってしまった。
「ホラ、すっかり冷えてしまってるじゃないか。」
ボクはどう返事したらいいのか、すっかり頭がポーっとなって
しまって、言葉が見つからなかった。
ボクは身を硬くしてそこにいた。
ボクはあふれ出てくる気持ちをどう言えばいいのか分からず、
ただただ身を硬くして、そこでじっとしているばかりだった。
外の雨の音が聞こえる。
それから対岸を走っているのだろう。遠くを自動車が走る音がした。
それ以外、聞こえてくるのは、お互いの息遣いだけだった。
少しコーヘイが身体を動かした。
「どう、ちょっとましになった? 」
「う,,,,,ん。」ボクはうつむいたままくぐもった声で答えた。
そう言うと、ヤツはボクを抱く手をもっと強くした。
ボクはコーヘイの身体にさらに密着することになった。
ボクの横にはコーヘイの胸があって、ボクはコーヘイの
身体の打っている心臓の音を聞くことになった。

「心臓の音が聞こえる。」
ボクは言った。
「そりゃ、そうさ。」コーヘイはちょっとかすれた声で
そう答えた。
その音を聞いていると、さっきまでの緊張が
少しずつ緩んでくる。暖かい体温と心音。
人の体温って、なんて暖かいのだろう。
ボクはそんなことを思った。
「きつくない?」声が上から降ってきた。
「大丈夫。」

ボクは、そんなふうに答えたけれど、本当のところは
ちっとも大丈夫じゃなかった。

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08. 06. 10

緑、したたる頃に 2/5 (小説)

今日は来るかな?

そう思いながら教室に行ってもヤツの姿はなかった。
ボクはとうとう学生会館の中にある写真部の部室に
行った。

ドアをノックすると中から返事があった。
ドアがあくと、薬品のにおいがする中、
ロングヘアの女の人が出てきた。
「あ、あの。コーヘイ、来てます? 」
ボクが言うとその女の人は、「あ、ヒロユキくん、だよね。」
と唐突にボクの名前を呼んだ。

「コーヘイの写真で見たのよ。」
やっぱ、アイツ、撮ってたんだ。
「わたし、4回の荒島。…….あ、コーヘイはね、
彼の写真のお師匠さんの撮影旅行にアシスタントで
付いていってて、それで学校にいないのよ。」
「え、撮影旅行って、海外ですか? 」
「ううん。屋久島。コーヘイはね、人物じゃなくて
風景撮りたい、って。」
「でも、なのにどうしてボクを撮るんでしょう? 」
「だから、不思議なのよね。」
荒島さんはそう言うと、ボクをちょっと引いて見た。

「あ、あの。」
「はい? 」
「アイツ、いつ帰ってくるんでしょう。」
「それが分からないのよ。写真の出来次第だから。
いいのが撮れたら今日にでも帰ってくるだろうし、
ダメっていうのなら、もうしばらくかかるかも。」
「そうですか。」そう言ってボクは帰りかけようとした。

あ、
ボクは思った。
「あの、コーヘイがボクを撮った写真、って、今
見ることができますか? 」

「ホントは人の作品だから、ダメなんだけど、、。
暗室につるしっぱなしになってるから、ちょっと持ってきて
あげる。」

そう言うと荒島さんは奥の暗室から紐につってあったままに
なってる、というヤツが撮った写真を持ってきてくれた。
「え、こんな写真いつ撮られたんだろう。」
ボクは思わずそう言った。
ちょうど講義棟から、授業が終わって出てくる時だ。
授業が終わってやれやれ、という顔をしている。
「何かね、その写真の表情がすごくあなたらしくて
いい、とかって言ってたわ。 そうね、
そう言われてみたら自然な感じだし、表情も
やわらかくて落ち着いていて、うまく一瞬を
とらえた、っていう気はするけど。 だけど、
撮るよ、とか一言も言わなかったの? 」
「ええ。」
「そうなの。」
「あ、どうもありがとうございました。
ボク、これで。」
「早く帰ってくればいいんだけど。」
「そうですね。でも、期待しても、、
いい写真が撮れるまで帰ってきそうにないし、、。
あんまり期待しないで待つことにします。」
「あははは。」
荒島さんはそう言ってのどかに笑った。

季節はいつか新緑から緑の濃い季節へと
移ろうとしていた。

ボクが写真部の部室に行って10日ほど
して、英語の教室に行くと、真っ黒に焼けた顔を
したヤツがいた。ボクが入ってくるのを見ると
大きく手を振っている。
「帰ってきたんだ。」
「昨日ね。」
「びっくりしたよ。何も言わないで
いなくなるんだもん。」
「心配した? 」と、ヤツが覗き込んで聞く。
「ちょっとね。」
「なーんだ。ちょっと、か。」
「予習、してないよね。」
「夕方とか時間取れる? 」
「今日? 」
「うん。」
「いいよ。」
「じゃあ、4時に正門。」
「わかった。」
それだけ言うと彼は、立ち上がった。
「あ、受けないの? 」
「ふふん。」ヤツは口許だけで
少し笑うと、教室を出て行った。

約束の4時。ボクは正門のところで
コーヘイを待っていた。一昨日梅雨に
入ったせいだろうか。雨こそ降っては
いなかったけれど、空はどんよりと曇っていた。
「あら、ヒロユキくん。」
振り返ると後ろに荒島さんがいた。
「コーヘイと待ち合わせなんですよ。」
「あ、あなたも? 」
「え? 」
「わたしも来て、って。」
「あ、そうなんですか。」
二人で、入り口のところで待っていると、
「あ、ゴメンゴメン。」と言いながらコーヘイが
やってきた。一緒に40代くらいの男の人と一緒だ。
「宇佐見先生。」荒島さんが声をあげた。
「今日はね、撮影旅行と留守の間、ご心配を
おかけしました、という慰労会なんだ。」
コーヘイが言った。
「どこで? 」
「ランブル・イン。もうマスターに話してあるんだ。」


その店は学校から程近い住宅街の中にある、とのこと。

コーヘイに連れられて店に行く。
近くまで来て、なんだ、と思った。

店の前は何度も通ったことがあったのだ。
外見はごく普通の住宅、なのだけど、
ドアのところに大きなカバのオブジェがあって
だからみんな「ランブル・イン」なんて
いう正式の店の名前より、「カバの店」とか「カバ」って
いう名前で呼び合っていた店だ。
「何だ、カバか。」ボクは思わず言った。
「あ、ここランブル・インなんていう名前が
あるのね。私もはじめて知ったわ。」と荒島さん。

「会場は2階だからね。」
キッチンで調理をしていたマスターがそう言った。
2階に上がると、ボクたち以外に何人かの人がきていた。
じゃあ、早速、と全員揃ったところで
コーヘイが立った。


「今日はどうもありがとう。突然宇佐見先生と
屋久島に行ったので、あいつ、どうしたんだ、
死んだんじゃねえのか、なんて思った人も
いるかもしれませんが、、」

「みんな思ってたぞー。」と外野から。

「そういうことで、ご心配をおかけ
しました。無事に行って写真を撮ってくることが
できたのと、ご心配をおかけしたのと、、」
「まだあるのかよー。」

「実は、ちょっと発表が
あるんだ。聞いてください。」
「今度屋久島に行って、オレ、やっぱきちんと
写真の勉強をしたい、っていうことに気づいたんだ。
それで、宇佐見先生の友達でアメリカにいるスミスさん
っていう人のところで、写真の勉強をすることになりました。」
「え? 」 思わずボクは声を上げてしまった。
「で、オレ、今月で学校をやめて、アメリカに行くことに
したんだ。 ここに集まってもらったのは、オレがここで
会った大切な仲間、って思ってるので、その人だけでも
今までのお礼と、ちゃんと報告をしたかったから、なんだ。」

「もう決めたの? 」荒島さんが聞いた。
「はい。」

9月から正式にそのスミスさんのところで助手見習い、という
ことで、勉強をしてキャリアを積んで行きたい、ということ
なのだそうだ。

その後もコーヘイはみんなが口々に言う質問に答えて
いたが、ボクはもうそんな言葉は一切耳に入ってこなかった。
『ヤツがいなくなるんだ。』その事実だけがボクの中で
何度も何度も繰り返されて響いた。

それから乾杯になった。
1階から料理が運ばれてきた。
大きな話し声、何度も行われた乾杯。


ボク以外の連中は、みんな元気よく大声で話し、
ジョッキを空けて、お皿を空にしていった。
「どうしたの? 」ちっとも減ってないボクの
皿やジョッキを見た人が声をかけてくれた。
「あ、はい。」とは言ったけれど、ボクは何も
食べる気が起こらず、何も飲む気が起こらなかった。

          ×         ×

すいません。
いきなりの漢文ですが。(それも横書きで。)

日本書紀 巻二七 天命開別天皇十年
あめみこと ひらかすわけのすめらみこと (天智天皇)

(十年)夏四月丁卯朔辛卯、置漏剋新台、始打候時。
動鍾鼓、始用漏剋。

(天智天皇十年)夏、四月の丁卯のついたちにして、辛卯に
漏剋を新しき台(うてな)に置き、はじめて 候時(とき)を打つ。
鍾鼓をとどろかし、はじめて漏剋を用ゐる。

と、まぁ書紀にある旧暦の4月25日が、新暦では
今日、ということで
だから6月10日が時の記念日。

自分の生活を振り返っても、
先の予定をあれこれ考える、っていうことは
よくあるのだけど、じゃあ、今、この瞬間はどうだろうね。
今のこの瞬間だって二度とかえらない時間なんだけど。

今としっかり向き合って、一生懸命に生きないと、って思う。
つい先のことをあれこれと考えたりするのだけど、そういう「先」の
ことと同じように「今」を大切にしないとなぁ、と。
今がしんどいから、今が決して自分として
いい時間に思えないから、と言って逃げの気持ちで
先を見る、って分からないことはないんだけど、
でも、今をちゃんと生きていなかったら。
まずは足元、って、俺は考える。

そんなことを「時」ということであれこれと考えていた。


日本書紀の後でいきなり地下鉄の話をするのも
いかがなものか、とは思うのだけど。(笑)

今度の東京の副都心線の車両、ってまだ
一般公開してなかったの?
今日、報道関係者に公開した、って。


俺、この車両、ずいぶん前に、そう、
去年の夏の終わりに見たよ。
どこで、って、JRの岡山駅で。(笑)

岡山に出張がありまして、岡山駅から帰ろうとしたらさ、
あれ、山陽線の上りのホームだったと思うけど
目の前に茶色の丸っこい車両が電気機関車に
併結されてのろのろ走ってきて、時間調整かなんか
だったのだろう。向かい側のホームにとまったんだ。

で、その車両、もちろん車内の照明なんかはついていなくて
中の椅子にはビニールがかぶせてあって、
しかも東京メトロのマークが車両のあちこちについてたから
あ、これは工場でできあがって今から東京まで
運ばれていくんだろうな、とは思ったけど。

車についてた東京メトロのマークが明るめの青でさ、
(空色っていうのかな。) それで、
この車両が茶色だったから、茶色と空色なんて
色の組み合わせがちょっとあってないなぁって見てて思ったの。
そんな感想。

やがて、時間が来たのか、また、機関車に引っ張られて
ゆっくりと東のほうへ走っていったけど、、。
今にしておもえば山口にある工場で作られた車両が
回送されていくのに、遭遇した、ということだったらしい。
もうすぐだね。新線開通。

しかし『日本書紀』から、地下鉄の話へ、って、まとまりのなさというか
話の飛び具合って、、ここまでくると、もうねぇ、、(笑)

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08. 06. 09

緑、したたる頃に 1/5 (小説)

ボクは先週の日曜日、短い手紙を書いた。

こんにちは。元気にしてる?

コーヘイ、覚えてるかな。 
荒島さんたちと最後に酒飲んだときにオマエが言ってたこと。
10年経って、もう一度この橋の上で会えたらいいな、って。
あの時の言葉、ちゃんと覚えてるよ。
6月30日の朝、橋のところにいるから。

                
                 ヒロユキ


こんな手紙だ。
これだけ書くのに、3度も書き直しをした。
最後は、もうこれでいいや、とあきらめた。
そして書いた便箋を封筒に入れて、
ヤツの実家の住所を書いて、
そのままポストに投函した。

コーヘイと最初に話したのは、大学に入ってすぐの
学外オリエンテーションのハイキング。
学校が始まって一週間経っていたけれど、
友達ができるでもなく、ボクは、
列の後ろのほうを、ひとりでゆっくりと
歩いていた。遠くに愛宕山が見えて
ようやっと春の芽吹きの季節がはじまった嵯峨野は、
新緑がきれいだった。
「小倉山って、どの山? 」不意に声がした。
すぐ横に背の高いヤツがいて、そいつはこちらを
まっすぐに見ていた。
え? あ、 これって、ボ、ボクに聞いているんだよな。
「あそこに出っぱってる、あの山。」
「どれ? 」そう言ってまたヤツはこちらに身体を
ぐいっ、と近づけてきた。
「ほら、だから、あれ、だけど。」
ともう一度指を差した。ヤツはボクの指に顔をギリギリまで
近づけてきた。な、何なんだ、この近づけ方は。
「あ、ああ。わかった。 あれだね。」
「うん。」

「ひとり? 」
「うん。」
「俺、コーヘイ。」
で、彼はぼくの顔を首を傾けて見てる。
「あ、ヒロユキ。」ボクは口の中でボソッとそう答えた。
「ヒロユキくんか,,,,じゃ、よろしくヒロくん。」
彼はにっこりとしてそう言った。
「あ、ああ。」
これがボクとヤツとのきっかけだった。
とはいえ、それからしばらくは、ボクは黙って歩いた。
初対面のヤツとはどうしても簡単に仲良く話を
することができないのだ。

「馬酔木はね、二種類あるんだ。」
「え? 」肩の近くで息がかかるのを感じたボクは、
どきん、として振り返った。するとそこには、やはり
そこにいるのが、ごく当たり前のように
コーヘイがいて、ボクの顔をじっと見ていた。
「こっちの馬酔木は、名前のように馬が食べたら
酔ったみたいになるほうの木。」
「じゃあ、ならないほうは、どんなの? 」
多分その時、ボクは、ヤツにそんな質問をしたと思う。
そして、ヤツもその答えを返してくれたはずだ。
ボクは、ドキドキしていた。
一体これはどうしたことなのだろう、と、ボクは思った。
今まで経験したことのないようなこの気持ち。
ボクが教室に入っていくと、向こうのほうで
手を振っているヤツがいた。
はじめは彼のやたら元気なところに面食らったり
またいたよ、なんて思っていたのに。

「あ、その唐揚げ、うまそ。」
声がした、と思うと、ボクが箸でつまんでいたはずの
唐揚げは箸ごとヤツの口のほうにまわされてしまった。
「な、何だよ。」
「だって、その唐揚げうまそうだったんだもん。」
「------ったく。」
「コーヘイくんは、もう一個欲しいなぁ。」
「やだ。これ以上はやんない。」
「そう言わずに、さぁ。」
「や。」

ヤツはまるでボクの前に疾風のように現れては、
つむじ風をビューンと吹かせて、そうしてボクを
きりきり舞いさせておいては、
また忽然といなくなるのだ。
確かに突然現れて、ボクを慌てさせることも
山ほどあったけれど、不思議なことに
そんなヤツのしたことについて
あまり腹は立たなかった。

いつからだろう。
気がついた時、ボクはいつかコーヘイを
探すようになっていた。


もちろん
ボクにもコーヘイ以外にも、授業で共同発表が
当たったり、少人数でする授業で、ちょっとした
話をする程度の相手は簡単にできた。
だけど。そう、だけど。
そんな連中と話をする時というのは
自分の中にガードがあって、そこから出るような
ことがあまりなかった。してた話と言えば、
当たり障りのないような、ことばかりだった。
ところが、だ。


もちろん
ボクにだってコーヘイ以外にも、授業で共同発表が
当たったり、少人数でする授業で、ちょっとした
話をする程度の相手はできた。
だけど、そう、だけど。
そんな連中と話をするときは、ボクは
自分の気持ちの周囲にガードがあって、
そこから出るようなことはなかった。
話と言えば当たり障りのない、授業のことくらいだった。
誰とでもすぐに打ち解けて、というようなことは
ボクにはできなかった。一体何を話せばいいのか。
相手を前にそんなことを考えているうちに時間は
どんどん経過して、気がつくと、何か話そうと、
と思っていた相手は、もうどこかに行ってしまってる、
だからボクは他の人と話をするのが苦手のはずだった。
ところが、だ。
コーヘイときたら、今までのどんなヤツとも違っていた。

つむじ風はTPOなんて
一切関係ないのだ。

ある日の朝早く、アパートのボクの部屋のドアが
ガンガン叩かれた。
「誰だよー。こんな朝から。」
ベッドから起きあがってドアののぞき窓から外を見ると
ドアの向こうにコーヘイがいて、ガンガン
叩いているのだ。
「何? 」思いっきり不機嫌な顔をして
ボクはドアを開けた。まだ外は暗い。
「頼む。寝かせて。」
ヤツはそう言うと、ボクの横をすり抜けて部屋に
入り、ふとんがめくれあがったままになっていた
その中にそのまま入った。
「お、おい、コーヘイ、ってば。」
「昨夜ずっと学校の暗室で写真の現像してて、、」
ヤツが言ったのはそこまでだった。
何時だろ? 
腕時計の針は5時23分、と針が示していた。
静かになった部屋には、ヤツの寝息だけが聞こえてきた。

ボクはもうすっかり目がさめてしまった。
思わず部屋の中を何度も見渡した。
いつもは自分しかいないはずの部屋に
こうして誰か他の人間がいると、
いつもの見慣れたはずの部屋なのに、
なぜだろう。すっかり様子が違って見えた。
ベッドの中で静かに寝息を立てている
ヤツの顔を見た。


何だか学校で見ていたコーヘイと全然違う
顔つきをしていた。ボクの知っているコーヘイ
って、とにかく元気で、いつもニコニコしてて、
うーん、後、どんなだっただろう。そう思うと
ボクはコーヘイについて
何も知らなかったことに気がついた。
今、ボクの目の前で寝息を立てている
ヤツの顔は、そんな学校の彼とは違っていて
何だか少しのことでもろく壊れそうな
繊細な表情をしていた。

その日は、英語の授業があったので、ボクは
机の上に学校に行くから。部屋のキーは
郵便受の中に入れておいて、とメモを残して
部屋を出た。
夕方、ボクは帰ってくると郵便受に手を入れた。
キーは、ない。
え? まさか。
ボクは慌てて階段を駆け上がった。
ドアを開けようとして、気がついた。
キーがない以上、開かないのだ。
今度はボクがドアを叩くことになった。
マジかよ。

ドンドンドンドン。
ドンドンドンドン。
一体どのくらいの時間、ボクはドアを叩いた
だろう。ひょっとしてもうヤツは居ないのか。
キーを持ったまま、さっさと家に帰ってしまったのか。
そんなことをあれこれと思いながらボクはドアを
叩いた。
もうダメか。あきらめるか、と半ば思いかけた頃、
ガチャ、っと、ドアが開いた。
「よく寝れたわ。」のんびりとした声でコーヘイは言った。
はぁ。ボクは大きなため息をひとつつくと、部屋に上がった。


「あ、じゃ、オレ、またガッコ行くわ。」
「え、何? 」
「現像の続きしないと。」
「写真撮るの? 」
「言ってなかったっけ。オレ、写真部よ。」
「あ、そうだったの? 」
「今度、ヒロユキの写真見せるわ。」
「何? 」
「だから、オマエの写真さ。」
「いつ撮ったんだ? 」
「秘密秘密。 じゃ、ありがと。もう行くわ。」
薄暗い部屋の中で、彼の表情は一瞬停まり、
ボクの顔を正面から見た。
何だかそれはいつものヤツとは全然違う表情だった。
そんな緊張したような表情がふっ、と緩んだ。そして
目がそれていつもの明るいヤツの顔に戻った。
「ホント、世話になったよな。ベッド、
占領してごめん。」と言うと、
彼はカバンをひっつかみ、スニーカーに
足を入れると、バタンとドアを閉めて、出て行った。

それからはまた相変わらずの日々が続いた。
いつだったか、ボクはコーヘイに言った。
「写真、見せてよ。」
「何? 」
「ホラ、前に、ボクを撮ったとか言ってたの。」
「え? オレ、そんなこと言ったっけ。」
そう言いながらヤツはニヤニヤしていた。
「言ったじゃないか。」
「わかったわかった。じゃ、今度な。」
ヤツはいつも今度な、と言って話を終わらせた。
その頃からだ。コーヘイと学校で会うのが
だんだん少なくなってきたのは。

取っているのが同じ授業なのに、
前ならボクが教室に入っていった時、手を振って
待ってるヤツがいたのに、そういうヤツを見かけ
なくなっていった。

「コーヘイどうしたの? 」

ボクは周囲の顔見知りに
訊いてみた。そんなふうに訊いても、相手からは
「さぁ。アイツのこと、よく知らないんだよね。」とか
「ヒロユキのほうが知ってるんじゃない? 」
という返事しかかえってこなかった。

気がつくとヤツを見なくなってもう1カ月が
来ようとしていた。どうしたんだろ。身体でも
壊したのかな。そんなボクの気持ちは少しずつ
大きくなりはじめていった。


         ×         ×


ちょっと前から、俺の頭の中を占領していたひとつの光景が
ありました。
その光景をいかして、ひとつ、作品をつくれないか、と
思っていました。
ところが。
なかなかヒロユキくんもコーヘイくんも勝手に遊びまわって
作者の思うように動いてくれませんでした。

やっと、少し、作者の中で、気持ちが進んで
いろいろなものが見えて、ヒロユキくんも、ちょっと手伝ってやろうか
と言ってくれました。そこで、えい、と一気呵成に書いて
みました。何せ一気呵成なので、打ったすぐ後から読んでみてでさえ、
ちょっとおかしいぞ、というところがありました。
それであちらを直し、こちらを直し、していたら
今度は、文章そのものの生きが失われていくようで
これもなぁ、、、と思いました。
ちょっと荒削りの部分は否めませんが、
アップしたいと思います。
どうぞ読んでやってください。
よろしくお願いします。

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08. 03. 17

はるのよい (小説)

駅で降りた人間はぼくだけだった。

電車はすぐに動こうとせず、しばらく
停まったままだったのだけど、そのうちドアを
ごろごろと閉めると、ゆっくりと動きはじめた。

からんからんというのんびりとした音を
伴奏にしながら、車体を前後左右に揺らして
電車は遮断機の向こうを
ゆっくりと移動していく。

そうして白っぽいあかりを窓の外に放出しながら、
電車は、次第に小さくなっていった。
警報機は最後に二度、からんからんと
まったくやる気のなさそうな音を鳴らして止まり、
それをしおに、ぎしぎしと音を立てて遮断機が
上がった。

やっぱり満月のせいなのかな。こんなに明るいのって。
ぼくはそう思いながら、踏切を渡ると、山のほうに続く
住宅街の坂道をゆっくりと上がっていった。


そう言えば、、、と、ふっとあのころをぼくは思い出す。
こんな遅くなると、正純は必ず駅まで迎えに
来てくれてたっけ。
電車のドアが開くと、
無愛想な顔をしたあいつが立っていて。


おかえり、でもなく、遅かったね、でもなく、
ぼくの顔をじっと見て、それだけ。
「行こうか。」 って言って、後は何も言わず、
あいつは歩き出して。俺も一緒にその横を
歩いた。

並んで歩いていると、かすかに正純の手がぼくの手に
触れた、と思ったら、ぼくの手は
彼の大きな手でぎゅ、っと包みこまれるように
握られていた。 そのままぼくたちは手をつないで
夜道を帰った。

ぼくは正純の気持ちをその手で知った。
言葉に出して自分の気持ちを話す、と
いうことはしないヤツだったけど、
その手のあたたかさは、
彼の気持ちを雄弁に語り、
ぼくの中にしっかりと伝わっていた。

もう3年か。
ぼくは振り返って思う。
あいつがいなくなってから、
ぼくがひとりで過ごしてきた時間を。
ひとり、になれば、それなりにひとりで
やってこれるものだな、と。


ぼくも少しはましな人間になったのだろうか。
進歩はしたのだろうか。

どう思う? まさずみくん。


いつか住宅街が途切れて、道の両側には
畑が拡がっている場所に来た。

こんもりとした竹やぶが見えてきた。
その竹やぶの前の小さな古い一軒家がぼくの家。
正確には、なくなったおばさんの家だったけど、
おばさんが、いなくなった後、ぼくが借りて
そうさなぁ、 もう10年になる。

はぁ、疲れた。
とりあえず風呂に入ってゆっくりしたい。
どうせ明日は休みだし。
のんびり入浴。


ぼくはしばらくお湯のたまるのを見ていたけれど、
待ちきれず服を脱いで、浴槽に入る。
ふぅー
身体中の力が抜けて、とろけそうになる。
気持ちいい。極楽極楽。
風呂場の上の方にあるガラス窓の外がやたらと明るい。
すりガラスの向こうに白っぽく見えているのは
月だろうか。
ぼくは、立ち上がって、ガラス窓を開けてみる。
射しこむ月の光。
うぉー、なんだかすごいぞ。
ぼくは、風呂場のあかりのスイッチを切った。
白い光が、柔らかく風呂場に入ってくる。
全然暗くないや。
ぼくは浴槽の中でおもいっきり足を伸ばした。

しばらく浴槽の中につかってぼんやりしていると、
風呂場の外で、がたがた、という音がした。
え? 何? ぼくは慌てる。
ガラス戸の向こうに白いぼんやりとした
人の影のようなものが映っている。
あ、え、どろぼうか? 
何だ、何だ。どうしよう。
ぼくは焦った。え、さっき家に帰ってきた時に、
玄関のカギ、ちゃんとかけたよな。えーっと、、
どうだったっけかな。

それに、こ、こんな、ボロ家なんか泥棒に入ったって
金なんかあるわけないじゃないか、
えー、マジかよー。どろぼうだったら、どうしようか。
何か、武器になるようなもの、
たとえばこのヴィダルサスーンのシャンプーの
ボトルは、武器になるだろうか? 


そのときだった。
白い人影は、戸の外からぼくに言った。
「俺だよ。」 とガラス戸の向うの白い影が言った。
「え? 正純? 」
「ああ。」
「ちょ、ちょっと待って。」
ぼくは、恐る恐る戸をあけて、外を見ると
見覚えのある青いジャケット姿のヤツがいた。

「俺も一緒に入っていい? 」
「ん。」
ぼくの喉の奥から出てきたのは、ただ
ん、という言葉にならないような音だけだった。
外で服を脱ぐ音がした。やがて戸が開いて
正純がこちらに顔をみせた。
「やぁ。」
ぼくは思わずふきだしてしまった。
「やあ、ってさぁ。」
「何だよ。」 そういいながらヤツは浴槽の湯を身体にかけている。
「入るよ。」
入れさせてくれる? でもなく、入ってもいい? でもなく、
それは入るよ、だった。
ぼくは答える言葉を失ってただ黙っていた。
ヤツの身体の匂いがふっと、して、ぼくの目の前に
その大きなかたまりが視界を圧するように迫ってきた。
「俺が下になるから。」そう言って正純は僕の身体を
少し押した。
「あ、」声にならない声がぼくの喉からもれた。
ぼくが少し身体を浮かせた隙間にヤツはするり、
と自分の身体をすべりこませた。ぼくの身体は
正純の大きな身体の中に、後ろから大きく
抱え込まれた形になった。
「お月夜だね。」
「月の光って、結構明るいんだね。」
「そりゃそうさ。」
「どうして? 」
「狼男を豹変させる魔力だってあるんだ。」
「あ、はいはい。,,,,,でも、なんかこの月の光を
こうして浴びながらいるとちょっと別な世界にいる、っていう
感じがする。」
「どう? あたたかい? 」彼がぼくの耳元で
小声でそう聞いた。
「う、、ん。」
身体全体が包まれるような気持ちよさ。
こんな感覚は本当に久しぶりだった。
「オマエ、少し痩せたんじゃないのか?」
「う、、ん。 どうかなぁ。」
「まさくん。」
「うん? 」 
「どこに行ってたのさ。」
「うん? ああ。」ヤツは寂しそうに微笑むだけで、答えない。
「どこにいたの? 」
「だから、帰ってきた。」
「もう、どこにも行かない? 」
ぼくはヤツの顔を見ようとして、首を一生懸命後ろに
回そうとした。彼は、言葉のかわりに
僕の口を、唇でふさいだ。

ぼくは必死で彼の唇を求めた。
彼もぼくの気持ちにこたえてくれた。
ぼくたちは息をするのももどかしいくらい
唇をかさねあった。やわらかな唇の感触が
ぼくの中にすっかりわすれかけていた
正純の記憶を次々に呼び起こしてきた。

「さみしかった。」
少し唇が離れたとき、ぼくはこらえきれずに
そう言った。そう言うと一緒に涙があふれた。
「------」
「もう、いなくなってどうしようかと思った。」
「------」
ぼくはキスの間にそんなことばをとぎれとぎれに
ヤツに言った。
「泣くな。」
彼はそう言った。
「俺はここにいる。」
そう答えた正純の目は、
それはそれは哀しそうな目をしていた。
まるで世の中の哀しみをすべて見据えてきたかの
ような。哀しい目だった。
ぼくはその目を見ていると、もうそれ以上
何も言えなくなってしまった。

「まさくん。」
「うん? 」
「あったかいや。,,,,,,あ。」
「何? 」
「おっきくなってる,,,,,よいしょ、っと。」ぼくは、
身体を回して向かいあうように座りなおした。
もういちどぼくは彼の唇を求めた。

ぼくの気持ち、ぼくの思いはどれくらい今、彼に伝わって
いるだろうか。ぼくはもどかしくてならなかった。

「あっ! 」
ぼくは、その大きくなったものを握ると正純が声をあげた。
「気持ちいい? 」
「うん。 あ、 ...... 」
ぼくは、彼のを大きくなったものを見ながら
手を上下させていた。すると、彼がぼくのあごを軽く握って
上にあげた。近づいてくる彼の顔。 唇が軽く、触れるか触れないか
くらいに、そっとあたる。そうしておいて、今度はぐっ、と顔が近づき、
ぼくの口の中に舌がさしこまれる。
彼の舌がぼくの口の中に入ってくる。
ぼくは彼のすべてが欲しかった。

毎日のルーティンな生活で、ぼくがすっかり
忘れ去ってしまっていたものが、急に
噴き出してきた。
しかしぼくはそのことを決して忘れていたのではなかったことを
改めて知った。
それは、出口を失って、そこにただただあっただけなのだ。
ぼくの身体の反応はそんなことを改めてぼくに強く
訴えかけてきていた。

息をするのももどかしい。
ぼくは彼の口を必死でむさぼった。
彼の息づかいがぼくのすぐ前で聞こえる。
ぼくは彼を彼のすべてを全身で感じたかった。
今というこの瞬間を、ぼくは永遠に感じていたい、と思った。

「あ、あ.....はあっ! あ、あぅっ!」
彼がぼくの乳首を少し力をこめてつまんだ
瞬間、思わず身体の奥からこみあげてくる
大きなかたまりに身体を貫かれて、ぼくはあっけなく射精していた。

ぼくは身体ががくがくと揺れた後で、
正純の広い胸の中に倒れこんだ。
しばらく何も言わず、ぼくはその胸の中で
じっとしていた。静かな中で、彼の心臓の音だけが
ぼくの中にあった。

「なぁ,,,,」 しばらくして正純がぼくに話かけてきた。
「うん? 」
「月見に行こう。」
「え? 」
「ホラ、この竹やぶの向こう側に池があるじゃない。
あそこに行こう。」
「行こう、って今から? 」
「うん。」
「俺、もうちょっとこうしていたい。」
「行こう。」
「そんなぁ。今から外、なんて風邪ひくかもしれないじゃないか。」
「よく拭いて、暖かくして行けばいい。」
正純はこういうとき、一切ぼくの話は聞いてくれなかtった。
行こう、とは言うけれど、本当は行きたい、だから行く、じゃないか、
ってぼくはいつも思う。
ヤツはぼくの身体を抱えたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「えーー。マジ? 」
「うん。」 
「はぁ。」
一度言い出したら、もうどうしようもない。
ぼくは、ため息をひとつ吐くと、頭をかきながら、彼から離れて
タオルで身体を拭きはじめた。


竹やぶを抜けると、そこに池があった。
向こう岸に桜が植えられていて、何本もかたまって植わっているものが
月の光に照らされて、白っぽい靄のように拡がっていた。
水面は月の光と岸辺のその靄のような桜の木を映して
あたりは静まりかえっていた。

「あれ、いつだったかな。こうやってここに来たよね。」
「4年前じゃなかった? 」
「よく覚えてるね。」
「だって、その次の年、、。」
ぼくがそう言った時、正純はぼくの手を強く握ってくれた。
「よかった。元気そうでいてくれて。」
「元気じゃなかったよ。」ぼくはかすれた声でそう言った。
「そうか。」
「どんなに寂しかったか。どんなに、、どんなに、、」
「会えて、安心した。.......俺、もうそろそろ行かなきゃ。」


「------」 ぼくは何も言えなかった。やっぱりそうだったんだ。
やはりぼくの前からいなくなってしまう。
これが現実なんだ。
やっぱりこれは,,,,,,,ぼくは、しばらく俯いていた。
正純は、どんな顔をしているのだろう。
ぼくはどんな顔をしていればいいのだろう。
こわごわと上げると正純の少し笑っている顔が
そこにあった。
あの時とちっとも変わらない顔。
ぼくの中のヤツの顔はいつもあのときのままだ。
「行かないでほしい。」
ぼくはやはり言ってしまっていた。
彼が行ってしまうことが、ぼくにはたえられないように
思えた。
彼は少し困ったような顔をして、
ただただ寂しそうな表情でかすかに笑うだけだった。
「ねぇ、答えてよ。」
「もう時間がないんだ。」
「どうしても行かなきゃなんない? 」
「------」彼は返事の代わりに黙って首を縦に振った。
ぼくは思わず彼に抱きついた。
彼も力いっぱいぼくの身体を抱きしめてくれた。
正純の身体のあたたかさ、ぼくは、ぼくは,,,,
が、しかし、すぅっとぼくの身体はいつか正純から離されて
しまった。

「じゃあな。」
差し出したあいつの手を、ぼくは両手に包んで、力を込めて握った。
ぼくの手が離れると、ヤツはゆっくりと歩きはじめた。
「まーくん。」
「泣くな。また必ず来るから。」
そうして彼はゆっくりと桜の靄の中に消えていった。

ぶぇーくしょん
顔が水の中にすっかりつかってしまって、
ぼくは目をさました。
射し込んでいたいた月は、すっかり窓からは見えなくなって
浴槽のお湯もすっかり冷えてしまっていた。


シャワーを浴びて、もう一度身体を温め、ぼくは
ながいながい入浴を終えた。


あれから、3年。

ぼくが喪ったものは元に戻ることはもうないけれど、
あしたはあいつの好きだったイノダのコーヒーを魔法ビンにつめて
「東大谷」に眠っているヤツのところに持って行ってやろう。
眠る前にぼくはそう思った。


          ×          ×           ×


rhinoさんに、俺、小説を書きたいんですけど、何かキーワードを
いただけないでしょうか? と相談したら、「踏み切り」なんてのは
いかがでしょう、というお題をいただきました。
そこで「踏み切り」をきっかけに話を書いてみました。 
お読みくださったみなさん、最後までおつきあいくださいましたこと、それから
キーワードを与えてくださったrhinoさん、どうもありがとうございました。


(BGMは、素直に森山くんの「さくら(独唱)」 がよろしいかと。)

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07. 12. 25

After the Game(後編 その10・完結)

「ハル、今度の日曜日、ヒマか? 」シンジが
教室から出ようとした俺に、呼びかけるように
訊いた。

「何? 」
「ちょっとつきあってくれる? 」
「一日? 」
「いや、そうだなぁ…..2時間くらいでいいや。」
「どこか行くの? 」
「うん。まぁ、な。」
「分かった。」 


俺は簡単にOKした。 しかし、めずらしいことも
あるもんだ。シンジ、っていうより、クラスの連中と
なんて俺、教室よか外で待ち合わせたことなんて
なかったから。

待ち合わせの本屋で、マンガを立ち読みしてると、シンジが
肩をたたいた。「ワリィ、ワリィ、遅くなっちゃって。」
「いいよいいよ。でもさ、それより、今からどこに行くんだ? 」
「まぁな。」とやっぱりシンジは何も言わなかった。「来たら、
分かるさ。」そりゃ、そうだけど。まぁ、それはそうなんだけど、さぁ。
でも、どこに行くか知りたい、ってあるじゃないか。

俺たちは本屋を出て、10分ほど歩いた。そうして
県立美術館の前まで来た。
「冗談。俺、こんな絵とか、わけのわかんねぇ彫刻とか
苦手だぜ。」
「まぁ、来ればいいって。」


ヤツは、俺の意見などまるで気にかけないで、どんどん中に
入っていく。「県展」とか言う大きな看板が建物の入り口の
ところに掲げられていて、どうやら今、この展覧会が
中で開かれているのだろう、ということは分かった。
シンジは、受付で二言三言、そこにいた女の人に言うと、
サッとそこを抜けた。俺がぼんやりつっ立ってると
「関係者はかまわねえんだよ。さっさと来いよ。」と言った。


「え? 」
「オイ、こっちだ。」 俺たちはガラス張りの広々とした
エントランスを抜け、2階に上がっていった。そこは
写真の部門の会場のようで、いろいろな作品が
架かっていた。シンジはなおもずんずんと歩いていった。


「ほら。」
「あ! 」
それは何枚かの組写真になっていた。一枚目の、
その飛び込もうとしている何人もの水泳選手の
中心にいたのは、まぎれもなく、この俺だった。
二枚目から後は、泳いでいる俺がさまざまなアングルで
写っていた。プールの壁にタッチしているところ。
プレストで流していた時の表情のアップ。
コースロープに手をかけてタイムを聞いている時の
表情。コーチと練習のメニューについて
話をしている時---------。
へーえ、俺って、こんな表情をしたりするんだ、なんて
ちょっとびっくりしたり、えー、ちょっとこりゃ
ひどい顔だよな、とか、いろいろなことが頭の中に
浮かんできた。
「これを見てもらいたかったのさ。」
「ふーん。」
「おかげでさ、入賞したよ。」 言われたら、作品のタイトルの
上に、金色の小さなリボンがついているのに気がついた。
「やっぱ、実力だよ。………でも、マジ、すげえよな。
良かったな。」
「ありがとう。ハルのおかげだよ。」
「んなこと、ねえって。」 だけど俺も、なんだかスゲエいい
気持ちになった。

 8


部のほうは、もう高垣さんは
引退しちゃったけど俺は俺できちんと出てる。 

練習? ちゃんとしてるぜ。
毎日しっかりオニガワラに怒鳴られながら、泳いでる。
部長もさ、俺たち2年の中で、マジメで面倒見のいい
サカモトってヤツに変わった。 

高垣さんも時々来ては
俺たちに文句をつけたり、身体がなまる、なんていいながら
筋力トレーニングの機械をがちゃがちゃと動かしてる。
部のほうはそんだけだけど、俺は携帯でずっと
高垣さんとメールをやりとりしてる。もちろん電話で
直接話だってするけど。電話で話してると、あっという間に
時間が経っちゃってて、時計見てびっくりすることもある。

でも いろんな話してるとさ、みんな案外似たような
ことで悩んでるんだ、なんて、少し分かったりした。


俺だけがこんなことで悩んだりしてるのかな、なんて
最初は思ったりしてたけど、高垣さんと話をしてると
あ、先輩もこんなことで悩んでたり、とかするんだな、
なんて分かった。 なんかさ、俺、うまくは言えねえ
んだけど。 それで、一週間に一度会って、(ホントは
もっと会いたいけど、忙しいだろうしさ。)エッチしたり
するの。やっぱ、すっげえイイ。


んでも、この先、俺と先輩がどうなるのか、って
そんなことはわかんない。けど、今は何となくだけど
俺、自分がどうしなきゃいけないのか、っていうことが
わかりかけてるから、しばらくは、これでやってみよう
って思うんだ。


ま、これからもいろいろなことは、
きっとあるんだろうけど、さ。

                                     (おわり)

ながながと引っ張ってしまいましたが、
After the Game これでおしまいです。
ハルくんの話につきあってくださって
どうもありがとうございました。

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07. 12. 21

After the Game(後編 その9)

「俺…….」もう何も言えなかった。
返事のかわりに、俺はまるでガキみてえに
高垣さんの胸に顔を埋めた。だって、
俺のこんな泣きそうな顔を見られたくなかったから。

「こら、くすぐってえよ。クックックッ。」
含むような笑いをしながら、先輩の返事が
聞こえてきた。

そのまま、俺は高垣さんのよく灼けて、がっしりとした
胸板の先端に飛び出している乳首を舌先でなめた。
「コラコラッ。」 高垣さんがかすれた小さな声で言う。
けれども俺は知らん顔をして、さらに歯を軽く立てる。
今度は何も返事がなかった。


胸からゆっくりと腹へ下ってゆく。腹筋のきれいな
凹凸をなぞるように、俺は軽く舌を這わせていく。
「ああ……..」耐えきれないのか、高垣さんの口許から
声がもれた。 プールの塩素と、部室にしみこんだ
汗の臭いと、高垣さんの体臭がないまぜになって
俺の鼻先で匂う。 さらに俺は身体を下げていく。
高垣さんの身体は、俺と違って、割に毛深かった。 
へその辺りから、濃い繁みがはじまっていて
その根元にひくひくと動いている先輩のペニスが
あった。


俺は舌先でペニスの先っちょをぺろりとなめてみた。
「ああっ! 」今度は低い声で反応があった。
口で軽く挟むようにして、ペニスに刺激をくわえる。
「はっ、ああっ……..」高垣さんはこらえきれずに
仰向けになった。身体の中心から、ぐっ、と伸びた、
っていう感じでペニスがエレクトしてた。 俺は
その先をゆっくりと舌で包みこむみたいに刺激した。
高垣さんはすごく感じているようだった。俺が口を
上下させて、ペニスをリズミカルに刺激すると、
それに反応するみたいに、腰を動かした。 

俺は空いているほうの手で、ちょっと手荒に乳首を
いじってみる。「あっ、ああっ、あ、ああっ、
ダメ。ハ、ハル……」

俺は高垣さんののを口から解放すると、手に
持ちかえた。その時、力を入れたり、抜いたり
しながらしごいてみた。「あっ! イイッ、すっげえ
気持ちいい! 」
その時だ。今度は、高垣さんの手が、ぐっと俺の
ペニスを握ってきた。そのごつごつとした手の動きは、
ぎこちなくてずいぶん手荒だったけど、その刺激は、
一直線に俺を感じさせた。
俺も負けずに高垣さんを握った手の動きをさらに
早くした。

「はあっ、はあっ、あ、あ、あ! 」
高垣さんは短くそう叫ぶと、その鍛えられた褐色の
腹筋の上に白濁した液を撒き散らした。
その時、高垣さんの手が、俺のペニスを大きく引っ張る
みたいにしごいた。その刺激に俺はひとたまりもなかった。
「あ、ダメです。俺、もうあっ、ああっ! 
あ、あ、ああっ、イク、イクッ! 」
俺は身体がバラバラになりそうな気がした。


しばらく、俺と高垣さんは抱きあったまま、じっと
していた。今までの中で、こんなに気持ちよく
感じてしまったことはなかったような気がした。
誰かと抱き合う。やがていろんな刺激があって
それから射精っていうことになりはするの
だろうけど。そういうセックスって、
終わってしまうと、何て言えばいいんだろう。
すっげえ空しさだけが後に残ってた。 だから
金もらえたらいいや、って思って、で、
やった後はさっさと帰る。もうこの繰り返し
だった。だけど、高垣さんとは、全然違ってた。
こんなに気持ちのいいのって、俺ははじめてだった。

                      (つづく)


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07. 12. 20

After the Game(後編 その8)

高垣さんはまた立ち上がると、
今度は俺の背中から腰、
足へと石鹸を滑らせていった。
俺って言えば、じっと
立ってるだけだった。
なんだか情けねえ、って思ったけど、
自分は一体、こんなとき、どうすればいいんだか、
わからなかったんだ。

「流すぞ。」 シャワーのノズルから、ちょっとぬる目の
湯が、勢いよく流れた。泡がさあっと足元に向かって
流れていく。ややあって、高垣さんのごつごつした
大きな手が、俺の身体の上を動きはじめる。
手が、胸の周囲を大きく何度も上下する。
乳首の先にその堅い手がゴシゴシ当たる。
そうやってこすられるたびに、俺は声を
あげそうになってしまう。
「あっ! 」 不意にペニスをつかまれて、
俺は声を上げてしまった。そして、その俺の
「先端」に高垣さんはシャワーの流れを当てた。
生ぬるいお湯の無数の水圧の刺激が、俺のペニスの
先から腰へと、痺れるようなうねりになって
だんだんと拡がっていった。
「ハアッ、あ、ああ----あ。」 俺の口から、我慢
しきれずに声が漏れた。
「どうしたんだ、痛かったか? 」
高垣さんは、動作をやめて、俺の顔を見た。
俺はかすかに首を横に振った。
「で、でも、立ってるのが、苦しいっス。」
とぎれとぎれの息の中で、俺は高垣さんに
そう言った。
「じゃあ、あっちへ行こう。」 そう言うと、
高垣さんは、俺と自分の身体を、近くに置いて
あったバスタオルで拭いた。そしてボサッと
していた俺は、「いいか。」っていう声と、同時に
高垣さんに抱きかかえられていた。


隣の部屋には、ミーティング用の大きなテーブルが
ある。10人くらいがその周囲に座って部会を
したりする時に使うテーブルだ。 そのテーブルの
上に、バスタオルごと俺はおろされた。


もう一度高垣さんの顔が近づく。
ゆっくりと、キス。けど、さっきと違って
今度は俺のほうから求めていった。

ああ、何ていいんだろう。こんなの
はじめてだ。
キスだけでも俺は全身がしびれたように
なっていた。
高垣さんは、キスをしながら、俺のかたわらに
同じように横になった。唇を離す。ああ、これは
嘘なんじゃない。
夢でも見ているんじゃないか、なんて思ってしまう。
「俺、ずっと前から、高垣さんのこと、気になって
いました。嘘じゃないっス。」
「ああ。」 と、彼は白い歯を見せて、
少し照れたように答えた。


「でも、正直言って、高垣さんのことが好きだ、
って分かった時、俺、びっくりしたんです。すっげえ迷って。
だって、こんなこと思ってたって、言える訳ねえじゃねえか、
って。それで、ずいぶん悩んだんです。」
「----------」高垣さんは何も言わずに、ただ、俺の顔を
じっと見たまま、話を聞いていた。
「何度もあきらめようとしたんスよ。それに、俺、ホラ、
あんなバイトしてたっしょ。なんか、ムシャクシャすんのを
バイトで消してた、ってみたいなこともあったし、
もう、、俺、どうしたらいいんだか、バカだからよく
分かんなくて、そんなのよくねえ、って思ったんスよ。 で、
それは俺の中だけで、思っていれば、もうそれでいいや、
って。それだけにしとこう、って。.,,,,,,, だから、俺、
今スッゲエ、うれしいんスよ。

「こんなこともあり、ってさ。意外な展開だったよなぁ。」
高垣さんは苦笑しながら、俺の腰に軽く手をおいた。
「ハル。」
「はい。」
「俺の中で一番のヤツになってくれるか? 」
「オ、俺みたいなんで、いいんスか? 」俺は思わずそう
聞いていた。「女の子だって、いっぱいいるでしょう? 」
「そんなの関係ねえさ。ハルしかいねえんだよ。」
高垣さんは、力強くそう言った。


                  (つづく)


元々不景気はずーっとこのところ、”恒常的”だったうえに
やっぱり今年はいろいろ値上げがあったからだろうか。

毎年やってた「ご近所ウチナリエ」をしてる家、
今年は、庭の木に、ちょこっと電飾を巻いてるだけ。
去年の今頃なんか、もう毎晩不夜城のように
ウチナリエやってたのに、、。今年はえらく質素と
いうか地味。
去年は12月の電気代だけで、3万とか言ってたけど、、。

読んでいただいてるこの小説、After the Game の連載も
もうあと数回になりました。 
こないだ、セカンドオピニオンで京都に行ったときの話も
ありますし、、また連載が終わったら、通常のブログの
形に、、あ、なんて言ってるうちに降誕祭がきて、お正月
ですね。(笑) でもまぁ、年内は書けるところまで、
書いていきたいと思います。
よろしかったら、どうぞつきあってやってくださいね。

(今日聴いた音楽 Dream Catcher 歌 EXILE
アルバム EVOLUTION から 2007年)

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07. 12. 19

After the Game(後編 その7)

「高垣さん、---------俺。」
「ああ。 気がつかないはずはないぜ。  
ったく、ハルの視線は独特なんだよ。 
いくら俺が鈍いったってな。」
「鈍くなんてないっス。」
「けど、ハル。じゃあ、俺の気持ちは
知ってたか? 」

俺は首を横に振った。
「そっか--------。」そう言った後で、もう一度
高垣さんの唇が重なってきた。ああ。 俺は もう
頭の真ん中あたりがぽおっとして、
何も考えられなかった。
けど、どうしたと言うんだろ。身体は、俺自身、
思った通りにストレートに反応してしまっていた。
高垣さんは、すげえ積極的だった。少し開いていた
俺の唇から舌をさし入れる。そうして俺の舌にからめる。
はあっ、うーん、
短い声が時々漏れた。耳のまわりでツーンと
音がしていた。


俺は息をするのもうまくできないほどで、ただただ
そこに立っているのがやっと、という感じだった。
ホントにどうにかなってしまいそうだった。そして、
こんなことがあっていいのか、とも思った。
口がゆっくりと離される。高垣さんが、切なそうな
表情で俺のことを見てくれている。

俺はどんな表情をして高垣さんのことを見て
いるんだろう。
「ハル、好きだぜ。」
「----------」 俺は何も言えなかった。
俺も、、だなんてそんな普通に重ね合わせるだけの
言葉じゃ済まねえ
くらいの気持ちだった。


しばらくの間、俺と高垣さんはそうして二人でいた。
俺ははじめて「わかった」ような気がした。そこに
自分がいて、同じように「相手」がいるんだ、っていう
ことに。


「へーっくしょん」 俺は大きなくしゃみをひとつした。
「ほら、洗ってやるから、じっとしてな。」


肩から背中、胸、腕、腹、そして高垣さんは
しゃがみこむと、俺が隠そうとしてるのを無理に
払いのけて、「ホラ、ここも洗わなくちゃダメだろ。」
って言って、俺のペニスにも石鹸の泡をたてた。
「ハルさぁ。」 不意に高垣さんが見上げて俺に言った。
「は、はい。」俺はようやく平衡を保ちながら、という
感じで返事をする。


「最近も、バイトに行ってんのか? 」高垣さんは
割に落ち着いた声で、俺に尋ねてくる。

「い、いえ、もう、やってないっス。それに、やっぱ-----」
「うん? 」
「俺、やっぱ、泳ぐことしかない、って思うし。」俺は
何とかそう答えた。高垣さんに、動くな、って言われた
けど、そんなの、俺の頭は、もうショートしそうでさ、
立ってる、っていうだけで、精一杯だった。


                (つづく)


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