はんとうもんだい

17. 04. 12

今後の展開

きょうは韓国のおはなしです。

むくげおばさん、あれまぁ、と思っているうちに
逮捕されてしまいましたね。

あじゅもにの自宅、報道で三成洞(さむそんどん)にあった、
ということを知りました。 

三成洞は江南にある場所なんです。

奉恩寺(ぽうぉんさ)というお寺があると思えば
COEX(貿易センタービル)と言った最先端の施設も
あるところです。 

三成洞の東隣は以前ソウルでオリンピックが
あった時のメインスタジアムだった蚕室(ちゃむしる)
のスタジアムがありますし、江南のお買いもの地域の
狎鴎亭(あぷくじょんどん)も比較的近い場所です。

実は、謙介、この三成洞に友達がいたので、
ソウルにいたころはよく遊びに行っていました。

なので、三成洞と言われると、
ああ、あそこ、と思いますし、懐かしい場所でもあります。
でも、住もうとは思いませんけど。

(だって三成洞なんて、高級住宅地で、
謙介さんには似合わないこじゃれた
お店だのお家だのが連なってた場所ですし) 

自宅にいること数日にして、今度は逮捕されて
収監、ということになってしまいました。

でもねぇ、、謙介、ずーっとむくげおばさんの
行状を見ていたのですが、、
事件として立件できるような明確な証拠が、、あるのかしらん、
と思うのですよ。

検察の言っているのは、
賄賂を受けたのは、すんしるアジュマなんだけど、
すんしるアジュマとむくげアジュマは、
利益を共有する一味だから、むくげアジュマも
いっしょなんだ、ということで、逮捕して取り調べている、
ということなんです。

利益を共有する、というのはどのような証明があって
そういうことを言えるのか、と言えば、すんしるアジュマが
むくげアジュマの服の制作代金を立て替えて払った、

(むくげアジュマは、立て替えてもらったお金に関しては
あとからちゃんと払っている、と言っている)
と言う程度のものです。

そんなもので、すんしるアジュマからむくげアジュマに
ものすごい額のお金が提供された、という証明になるのか、
ということなんですけど、、その部分を明確に立証しないと
いけないのですが、果たしてその部分の立証はできるのですかねぇ

直接の事実関係の把握なんて
相当に難しいのでは、と思うんですが、、

でもおそらく実際のところ、韓国の司法の判断というのが
どうもすんしるがわるいんだから、むくげだってわるい、
というようなめちゃくちゃな論理で判決が出て、
はい有罪、ということになりそうな気がします。

大統領候補、ジェニー(むんじぇいん)が優位なのかと思っていたら
ここにきて、チョリー(あんちょるす)のほうが支持率が上になった
とか言っていました。 

で、3つの新聞の記事を見てみたのですが
(ちゅんあんいるぼ とんあいるぼ ちょうすんいるぼ)
専門家の意見というのを見たら、「最後の投票まで分らない」というような
ことを言っていました。
ぱぼ(あ○)、かと思いました。専門家はそういう予測をするのが
仕事だろうが、とか。

(まぁそれはきっと、自分の予測がはずれたら、それはもう
各所から突き上げを食らって、自分が悲惨な運命になるのは
分かっていますから、予測は怖くてできない、
ということなんでしょうけど。予防線を張って言わないの。)

こないだまで、ジェニーったら、
「わしが大統領になったら、平壌に行って、平和のための
話をつけてくる」とか言っていたのが、この数日で
えらく対決姿勢を前面に出すようになってきました。

あんた、こないだまで言っていたのは?
と突っ込みを入れたくなるような豹変ぶりです。

こないだ、下のような「行程表」を謙介
提示してみたのを覚えておいでの方もおいで
だと思います。

最初の部分「選挙期間中にけんちゃなよなこと
(適当にその場その場で都合のよさげなこと)
をいいまくる、ということが当たってしまった、
という感じです。

以下、下のような過程を経ていくのでは、
と思っているわけですが、、

選挙期間中にけんちゃなよなことを言いまくる
(あちこちで公約の大安売りをする)

大統領になって、各所から情報が上がってきたら
候補の時のようなお気楽なことが言えないないことが分かる

あちこち調整したけど、無理

こないだの公約はどうなった、と不満の声が上がり始める

とりあえず求心力を復活させるために「反日」をしてみる
で、慰安婦問題の合意は破棄と日本政府に告知する

どうだ、日本に対して堂々と言ってやったぞ、と
えっへんと自慢をする

一時そのことによって世論は静かになる

それでもやはり公約実現はできていないので
各所から抗議の声があがる

内政でにっちもさっちもいかないところに
中国は「さあど問題」があるし、日本は「たけしま」やら、
「うぃあんぷ問題」があって、外交的にも内政的にも
行き詰ってしまって、しっちゃかめっちゃかの
じょうたいになる

やけくそ、もしくはけんちゃなよ、になって投げ出す

まぁねぇ、、ジェニーであろうとチョリーであろうと
誰が大統領になったとしても、
今まで40年間韓国政治を見てきて、想像できるのは、
こんなふうな経緯をたどるのは、想像に難くない、
という気がします。

ただ、以前駐韓大使をつとめられた武藤さんの
お話では、じぇにーさんのほうは、案外
現実的な考えをする、人だそうなので、

そういう意味では大統領になって、
現実的な状況を見せられて、意見を豹変させる
という可能性があるかもしれない、ということ
でした。 

でもねぇ、韓国の世論がその転換をどう見るか、
ということではありますねぇ、、。

これからも適宜状況を検証していきたいと
思っているのです。

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17. 03. 10

このあと

おとなりのけんちゃなよ国で、
大統領の弾劾裁判について、
今日判決が出ましたね。

まぁ、国民の情緒(じょうしょ、と読んでね)が
法規に勝る国ですから、
こうなるのは、予想のついたことでしたが、、
8人の裁判官全員一致だったとのこと。


うちの仕事場に、以前、大津事件で
判決を出した、児島惟謙(こじまこれかた)の
子孫が居たのですけど、今回のこの判決を見て
改めて児島惟謙のことを再認識いたしました。

で、5月あたりに大統領選挙があるそうですが、
今の予測ではむんたんがどうも当選するだろう、
ということですね。

そっから後は、まぁこないだ書いたようになるのでは
ないか、と謙介は思います。
(別に謙介でなくったって、見てたら誰しもそう思う、でしょ)


国内的には、当選するために気軽にあっちこっちで
ケンチャナヨな約束をしまくっていたことに対する
実行が求められる。

 ↓

でも、そんなことは簡単にはできない。

 ↓

あちこちでまーたまーたデモが起きる。

 ↓

で、必ず反対派がいて、
むんたんひめん! とか いいはじめる。
(くねのほうが良かった、とか言うかも、、
もっと積極的にくねは悪くなかった、とか)

 ↓

で、またむんたんを大統領から引きずり下ろそうと
いうふうになる。

こんな状態が続いて行くんじゃ
ないでしょうか。

で、対外的には、
中国は、米軍の「さあど」配備でげきおこ状態だし、
日本は、「ういあんぷむんじぇ」については
もう二度と話をしない、
と言ってるし、
アメリカは「貿易赤字の問題、分かってるだろうな」
とか言い出すし、、

周辺諸国とどのように話をつけるつもりなのでしょう。

うーん。誰が大統領になっても、画期的にあの国が
変貌をとげる、ということは難しいんじゃないですかねぇ。


それでは、当のむんたんが
外交についてどんな意見を持ってるのか、
と調べてみたら、「今は手の内を明かさない。ぴみる(秘密)!」とか
言っています。

(でもね、謙介はこの人、たぶんどうするのか、
具体的な方法は何も持ってない、もしくは、
超楽観的な考え方しかしていないと思うんです。きっと。)

で、仮に明確な外交のプランがあったとしてもです。
この人のプランは、支持層の韓国民には共感されたとしても、
(理解とは敢えて言わない) 彼の外交手法が
国際的には全然通じない考え方なんだ、というところが
あんまり分かっていない、んじゃないか、と思います。

韓国の政治家って、自分を消して、一度相手の主張とは
何か、冷静に分析する、とか、客観的に、見てみよう、と
いうことができません。

そこにはどうしても「自分」というバイアスが入ってしまって、
自分の主張から見た、相手、という見方しかできない。
だから慰安婦問題もあんなふうな経過をたどっているのだと
思うし、日本が大使をひきあげていることの意味も、
全然考えていなくて、日本が超強硬姿勢だ、とか言うのだと
思います。

どこまでも自分、しかないから、客観視することが
できないんですよね。


まぁ、あの国の大統領、という職務は、誰がやっても、国民の
理解を得られなくて、最後には、石もて追われるようなことに
なるのでしょう。


くねさん反対派(ローソク派)は歓喜して
韓国民主主義の勝利、とか言っています。
じゃあ、この後、どうすんのさ?
というところが聞きたいですね。

と言ったって、むんたんを担ぎ上げて大統領にした、として
その後の展開です。

まぁそんなこんなで、
眺めていきたい、と思いますです。
 

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17. 03. 07

一生その仕事をする

今日のタイトル、
「一生、その仕事をする」ということなんですが、、


謙介は小さい時から職人さんにあこがれていました。
今もありますが、太秦の三条通、撮影所の近くの
船○の自転車屋さんのおっちゃんのところ、
パンク修理とか、自転車の修理を見るのが好きで
よく行っていました。


書道をしていた関係で、和紙とか墨、筆といった
伝統的な職人さんの工房を見学する機会も多くて、、

そういうところに行くたびに、この道一筋の
職人さんの技術とか、その真摯な姿勢に
いいなぁ、と思うこともしばしばあります。


すごい技術ですね、と謙介が思わず言うと、
大抵の職人さんは、はにかんだ表情で
「これしかできないから」とおっしゃいます。

でも、よくよくそういう職人さんに、
仕事の話を聞いてみると、
毎日仕事をするために、道具について、
いつも手入れをしてベストの状態で使えるように
している、とか、
質にばらつきのある自然の原料を使いながら
品質を一定にするように苦心している、とか、
どういう段取りでやっていけば、品質がちょっとでも
良くなるようになるか、とか
本当に職人のみなさんは、陰でさまざまな工夫とか精進を
されているのが分かって、本当にすごい、と
思うのです。

この道一筋、ということ、本当に尊敬します。

ところが、
こういう一つの仕事を行う、ということについて
韓国では褒め言葉ではなくて、罵詈雑言になるんです。

「お前なんか、一生その仕事をやってろ! 」って。


前から何度も言っていますが、
あの国は転変が非常に速い、というのか
飽きっぽいというのか、、

謙介がはじめてソウルに行った時、
やたらめったら多かったのがドーナツ屋でした。
4、500メートルおきにドーナツ屋があって、、
あまりの多さにびっくりしたことがありました。
それから数年後、またその辺を通ったのですが、
ドーナツ屋は全く無くなってしまい、
今度はレンタルCD屋になっていました。

あれが流行るとなったら、その店を作り
今度はこれ、となったら、また別の店にする。

謙介の住んでいた近くの角の店なんて、
1年の間に、女性下着の店⇒トッポギ屋⇒
レンタルCD屋⇒海鮮料理の店、
と4回も変わりました。1年の間にですよ。

韓国では李朝時代の身分制度の考え方が
今も結構あって、商売をする、というのは
あまり良いイメージで語られません。


職人さんなんて、もっとひどいです。
はっきり言って差別的な言い方で
本当に身分の低い奴、という言い方です。

「あんな仕事」というようなニュアンスで
言われます。

だからモノづくりの喜び、とか、
(この国も大分怪しくなってきてはいますが)
職人さんに対する敬意というようなこともないし、
(リスペクトなんて言わない!)
そうしたことで道を究める、なんていうことは
理解できないのでしょう。

お店にしたって、老舗というようなものは
ほとんどありません。

そんなことばからでも、あの国の
ものづくりに対する考え方が
分かるように思うのです。

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17. 02. 23

例によって例のごとく

韓国のことに興味を持ったのが、
1979年くらいからでした。

当時はまだ韓国国内は半軍政の時代で
民主化を叫ぶ学生デモ、市民デモが
頻繁に起こっていた時代でした。

はじめてソウルに行った時なんて、
デモと警察との衝突にまともに
ぶち当たってしまい、
催涙ガスを浴びてしまった、
ということもありました。


まだあのころは金大中事件とか
KCIA(韓国中央情報部)とかの
記憶が残っていたころでしたし、
なんだか韓国自体が「危ない」
「やばい」ということで
謙介が韓国語を習う、と
言い出した時も周囲の人間の
反応は「変なことに巻き込まれたりしない? 」ということを
よく言われたものでした。

まぁ、それでも始めたのですが、
韓国語を外大の講座で習い始めて、
そこから興味の幅がどんどん広がっていきました。

韓国の歴史、文化、と専門の先生の指導もあったり
自分の専門分野に重なっている部分もあったりで
あのころはどんどん勉強して行ったように思います。
記憶力も良かったですしね。習ったことはどんどん
定着していきました。

それから社会的にはソウルでオリンピックがあったり
ワールドカップが共催であったりしたのち、
韓国ブームというのか、
よんさまの時代があったり、
日本の経済は全然だめだ、韓国を見習え
とかいうような時代があって、、
(途中は省略しますけれども)
まぁ今に至っているようなことです。

その間、ずっと韓国文化とか韓国政治を
見てきました。

韓国政治なんか見てて面白いの?
という質問をよく受けるのですが、
最初のほうは面白かったんですけどねぇ。
最近はもうまたか、という感じで、、
飽きてしまって。

じゃあ、どうして謙介は相も変わらず
韓国を見てるの? と聞かれたら
答えは一つです。

次はこうなって、こういう反応を示すだろう、
そうしてこういうふうになるのでは? 
と今までの40年近い学習に基づいて、
予測というのか仮説を立ててみるわけです。

で、その予測通りに行くのかどうか、
という確認作業をしている、ということなのです。


大体のパターンとしては以下のような感じですかね。

大統領選挙前 とりあえず有力候補を出す、
という目的のために、既存政党同士が野合して
新しい政党を作る。
       ↓
大統領選挙に勝っても、野合なので
政策とか、主張のすり合わせが「けんちゃなよ」な上に
旧政党間の自己主張の激しさのためにほどなく再分裂する。
       ↓
再び野合してまた新しい政党を作る

もうこの繰り返しだなぁと思います。

で、その時必ず党名につけるか
スローガンの中に入れるのが
「新しい」とか「正統」とかいう言葉です。

日本語の「新」は韓国語で「セ」と発音するのですが、
本当に韓国の政党って、「セ」が好きです。
というのか韓国文化として「セ」が好きです。

もう次から次へと「新」のオンパレード。


だからいつまで経っても、深化とか成熟ができない。
経験に学ばないから、
同じようなことが繰り返し起こります。

だもんでこっちとしても次の予想がつくのですが。

本題に入れずに永遠に入口でやいのやいの、
と言ってるだけ、という気がします。

新しい政治のうねりは
決まって「今までのはダメ」
「今度の新しいのが正統な政党」
とか言うのですが、それもまたすぐにつぶれてしまって、、。

今の政権与党だって、
ついこないだまで「セヌリ党」と言っていたのに、
先日(今月の8日)改名して、
自由韓国党(ちゃゆうはっぐったん)って
名前を変えたそうです。

しかしまぁ
この繰り返しがもう一体何回あったことか。(笑)

2015年の従軍慰安婦の問題についても
今の政権政府で合意したわけですが、
次の政権では、こないだのを破棄して
新しいのを作りたい、と言うようになるでしょう。

で、次の韓国の大統領候補で一番有力な人が
↓この人らしいのですが、、。

148163495358_20161213
謙介、この写真を見て、「ああ、まただ」
と思ったのでした。

この人の前に水色の手書き文字で
政治スローガンが書いてあります。

「わんじょに せろうん てはんみんぐ」って書いてありまっせ。


日本語に直すと「完全に新しい大韓民国」ですよ。

アジョシ、
やっぱり使いましたねぇ「せろうん(あたらしい)」

しかも「完全に」付きですよ。強力ですねぇ。(笑)


ね。 例によって
「新しい」なのですよ。


政党ができても、すぐに分裂⇒破壊⇒野合⇒分裂
なので、「新しい」とか「正しい」と言わないと
人に訴えかけないのでしょうし、
そういう言葉が一定の支持を集めるだろう、と
思ってそういう言葉を遣ってる、ということ
なんでしょうね。

韓国の大統領って、だいたい下のような
経過を経るような気がいたします。


支持を得るために選挙中は
あっちこっちで有権者に都合のいい
けんちゃなよなことを言いまくる。  (むんあじょしはここですね)
    ↓
あっちこっちで調子のいいことを言いまわった
結果、国民は、まぁそういうことまでしてくれるの、と
喜んで、支持をして投票をする。
    ↓
マスコミと市民の「うねりのような支持」を受けて当選する。
    ↓
自分は立派に大統領職をできると思っている。
自信満々で就任する。
    ↓
大統領選挙中に、あれもしますこれもします、と言っていた
そのつけがきて、にっちもさっちもいかなくなる。
調整がつかなくなって混乱が始まる。
    ↓
あちこちから「どうなっているんだ! 」と反発が起こる。
    ↓
反発はどんどん大きくなる。
    ↓
そのうち、側近の収賄とか、親族の口出しが明らかになる。
    ↓
より、反発が大きくなる。 
    ↓          (くねあじゅまはこのへん)
任期は5年なので、次第に陳腐化して
レームダック化していって
やけくその政権運営を行う。
    ↓
混乱のうちに退任する。
    ↓
大統領職務中の件についての弾劾裁判が起こる。

まぁこんなプロセスを経ていくのではないか、
と思うのです。

上のいま、一番有力な候補者だという人の
政治スローガンだという
「完全に新しい大韓民国」というのを見たって
あ、これは理想倒れに終わってしまうんじゃない?
という気がしました。


政治は「継続性」ということだって求められます。


完全に新しい政治なんてあり得ない。
そんなの無理です。

目標を高く掲げるのは結構ですけれども、
こんな政治、あなた本当にできるの? 
という気がします。


でもね、本人も、支持者も単純にそれができる、
と思っているのですよ。

と、いうのか、毎回新人が出てきて
「新しい時代」だの「新思考」だの、って
まぁ似たようなお題目を言ってるんですけどね。


ひとつ考えておかないといけないことがあります。

大統領と大統領候補者では集まってくる情報の量が
圧倒的に違ってくるのです。

外野から見ていたら、単純で、こんな問題は
こうしてああしたらすぐに片付くじゃねぇか、
って思っていても、いざその職について
集まってきたさまざまな情報を突き合わせていたら、
そんな単純な割り切りはできない、ということに
気づく、ってよくあります。


その職、その立場にならなければ分からないことって
あるんですよね。

そうなっていろいろな情報が集まってきたときに
果たしてこの方のおっしゃる「完全に新しい政治」とやらが
できるのか? っていうことなんですけど。

大丈夫なんでしょうか。


また例によって、あっちこっちでご都合主義の
お約束をしまくって、結果、首が回らなくなって
波乱と混乱が始まって、政権運営に支障が出る、
というふうになるんじゃないかぁ、とか、
謙介は思ったりしているのです。


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17. 02. 11

ぱんち

ブラタモ○、熊八さん出てこなかったですね。
過去にさかのぼって考えてみたら、
あの番組って、全体を巨視的に見ていって、
あまり一人の人に焦点を当てて考察をしていく、
ということはなくて、巨視的にそのまちの成り立ちを
見ていく、ということのほうが多かったですね。
次は神戸ですが、

予告編で須磨浦公園の「カーレーター」が出ていました。
昔は、滋賀の琵琶湖バレイにもあったんですけど、、
今は、日本中で須磨浦公園だけにしかない乗り物です。
謙介、中学生くらいのときに行って乗りました。

すこぶる乗り心地がよくない(笑)
だから普及しなかったんですけど、、。

でも、日本であそこしかない乗り物ですし、、
(正直いつまで営業するやらわかりませんし)
変なものに乗りたい! という人は、一度試乗体験を
お勧めします。
でもカガッチャガッチャと揺れまくって、、、
一度乗ったら、もうええわ、
という感じの乗り物ではありますが。


    ×      ×      ×

さてさて今日はケンチャナヨ国のお話です。
駐韓大使、日本に帰ってきて、ずーっとそのまんまですね。

謙介的には、まぁこうなるだろうなぁ、ということは
なんとなく予想がついていた、ことですけどね。

だって、今の韓国のあの政治状態で、
例の銅像を、ソウル直轄市中区および
釜山広域市東区が取っ払う、ということは
考えられません。


東区の区長なんて、絶対置いておきます、とか
言っているくらいだし、、。

そうなると、事態は動かない。
日本政府も大使を赴任地へ再度戻すことはしない、
(というのか、事態が変わらないのに、戻せない)

こんなの誰だって想像つきますよね。

今の日韓関係がこんなふうになったのは、
間を取り持つ人間が誰もいなくなってしまった、
という結果だろうと思います。

調整役をする人間が誰もいないのです。
というのか、大統領もああですし。


日本も韓国もそれぞれの主張をそのまま
ぶつけてきて、言いっぱなし状態です。

まぁ腹蔵なく、お互いの意見を言い合っている、
ということですから、謙介
公明正大で結構じゃありませんか、
とか思ったりもするんですけど。(笑)


謙介、1980年代からずーっと
韓国の情勢を見てきてた
わけですが、
これくらい日韓関係がクリアというのか明々白々に
対立している時期というのも
珍しいかもしれません。

今の韓国政府の中枢の人たちが受けた教育というのが
たとえば、国語教育ひとつとっても、漢字はけしからん
ウリナラの言葉と言えば「ハングル」だけで十分!
という教育を受けてきています。

これはどういうことか、と言えば、言語にしろ歴史にしろ
ものすごい愛国教育を受けてきた、ということです。

何でも韓国はすばらしくて、その韓国を植民地支配などした
日本と言う国はけしからん、という教育を受けてきた
わけです。

ですから最初から、日本に対して、「ふん」という態度です。

以前、韓国ブームとかがこの日本であったころに、
謙介、「どうして韓国の人が魅力的なの? 」と
韓国の人が好き、、と言っていた日本人に訊いたことが
あったのです。

そうしたら、「情が濃い」というお答えが返ってきたのでした。

ああ、なるほどねと思いました。
情が濃い、確かにそういう一面があります。

謙介、その時に言ったんですよ。

「情が濃いばっかりに、贔屓の引き倒しになって、
相手のことを冷静に見られないところがあるからね」
って。 

自分から見て気に入ったり、味方だと思ったら
もうべちゃべちゃというのか、自分の兄弟姉妹のように
接するのですが、その反対に気に入らない、となったら
手を返したように排斥するよ。そんなふうに
何をしてでもいい、という考え方だから、

と謙介言ったことがありました。


韓国の人は、「法律は法律として、運用は別」とよく言います。
「臨機応変の対応」が大好きです。


韓国では、公務員の便宜供与なんてよくあります。
その便宜供与は、親族に対して、です。
公務員が、親族に便宜をはかる、なんて
韓国の法律でも禁止です。

でも、「一族の栄誉のためになんとかしろ」と
親族の中の有力者が公務員である人間に
言ったら、何とかしてしまうんですよ。

今回の大統領と順実おんにの一件だって
そんな親密さから出たことでしょ?

この間も、長崎の対馬のお寺の仏像を盗んでおいて、
これは倭寇が来て盗っていったものだから返さなくていい、
というようなとんでもない判決を韓国の裁判所が出しましたが、
司法をつかさどる裁判所でさえ、あんなふうです。

謙介は必ずそういう時に、
「なら何のための法律なの? 
きちっと守ってこその法律だろうに」
とよく言い続けていました。

だから、「日韓外相が合意した内容」を
けしからん、もう一度やり直し、と言っている
韓国の政治家たちの発言を聞いていて、
「あ、やっぱりねぇ」と思ったのでした。

大体のパターンが、

お互いに決める→ほかのヤツが出てきていちゃもんをつける
→ご破算になる→新しい約束を決める→いちゃもんをつける
の無限連鎖ですもん。

前にも何度も言いましたが、
韓国人は「セ」(新)がもう大好きです。
約束したって、ちゃぶ台返しして、あれは無効、
と言って、「新しい」約束を、と必ず言い出します。

だから、
いつまで経ったって「深化」できない。
同じことの繰り返しです。

以前だったら、言うのやめるから金を出せ、
って言っていたのです。
それに対して日本は何度も何度も
それをやってきていました。
歴代の政権にお金を渡してきていました。

一昨年の日韓合意の時に「不可逆的」という文言を
入れよう、と言ったのは、ほかならぬ韓国の外交部長官だと
聞いています。で、結局これですもん。


日本政府もおそらくはこうなるだろうな、
と予想していた、はずです。

でも韓国の政治家って、中国にはあまり対抗しないのに
日本には何を言ってもいい、と思っています。

事態はどうせしばらく動きゃしないのです。

おそらくこのこう着状態はしばらく続くんじゃないでしょうか。

謙介、だもんで、日韓関係どうしたらいいの?
と訊かれたら、「ぱんちはだ」で行くしかないんじゃないですかね。

ちなみに「ぽんち」は漢字で書くと「放置」
「ほっとけば?」
ということですかね。


たぶん「ぱんちはだ」してたら、韓国政府から何かしらの
ある日突然のアプローチがあるんじゃないかなぁ。

ただまぁ韓国の人の慌て方、って、日本の人の慌て方と
ちょっとタイミングが違うんですよ。日本人よりよほど
切羽詰った状態にならないと慌てません。なので、
謙介なんかが慌てるタイミングより、ツーテンポくらい遅れて
慌てはじめるんですよね。


でも、そういう時って、極限まで来て慌てているから、
日本人より慌て方がダイナミックです。
で、その状況を変えようと思ったら、
結構大胆にそれまでの方針を変える。

理由「仕方がないじゃないか」です。


そこまで行ったら、何かしらのアクションが起こってくるかも
しれないですが、韓国は、大統領のごたごたで
それどころではないでしょうから、
しばらくこの状態がずーっと続いていくように
思います。

まぁ、しばらくは「ぱんち」で状況を見ていくしか
ないように思いますですね。


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17. 01. 07

感情のおもむくままに 

去年の暮れのことです。

ケンチャナヨ国の
釜山広域市は東区で、
なにやらもめていましたっけねぇ。

日本国領事館の前に、
『少女像』を設置しようとしたのだけど、
東区はそれは認めていなかったので、
像の設置は許可しなかった、と。

でもそこからが、とってもかの国らしい、
経緯をたどりました。

許可しなかったのは、そういうものは許可しない、
という規定があるから、で。
東区役所は「法律に照らし合わせて」
そういう判断をしたわけです。

ところが、そのことについて、
「どうして許可しないんだお前はパボノマ(バ○野郎)! 」
「このピョンシンノマ(病気野郎)!」
「屑! 死んでしまえ!」といった、
区役所を恐喝するような
電話が圧力団体からジャンジャンかかってきて
仕事もろくにできない状態になった、と。

それで一転設置を認めることになった、と
いうものでした。

前にもお話したこともあったエピソードですが、
謙介、ソウルに住んでいたとき、
○韓航空の本社営業部の
チケットカウンターに手続きに行っていたのです。
オープンチケットを買うためでした。


そうしたら、隣の席にいた、アジョシ(おぢさん)が、突然に
激昂なさって、やおらお立ち上がりになって、
カウンターのおねいさんに、椅子を投げつけたのです。

椅子は大きな音を立ててカウンターの中に
入りました。椅子は幸いにおねいさんにも発券関係の
パソコンにその椅子は当たらずに、
カウンター内の別のデスクにあたって、
そこで、大きな音がした、というだけで済みました。

ここはプロレスの会場かと一瞬思いました。
プロレス会場だったら、よくあるパターンの場外乱闘でしたが、
謙介のいたのは航空会社のチケットカウンターでした。
そういうことはあり得ないような場所でした。

アジョシはさらに大声をあげて
ひとしきり吠えると、おねいさんに詰め寄った
わけです。

アジョシの説明は、
何やら日本で1年間有効のオープンチケットを
買ったらしいのです。
それでも正式のルートで買った航空券では
ないらしかった。(だから購入価格は安かったはず)
でも、韓国国内で買うのよりは高い。

事実、あほみたいな価格差があります。
謙介がソウルにいた当時、
あしあな航○のソウル→高松の航空券を
高松で買ったら、片道が5万でした。
それをソウルで買ったら、往復で2万4000円だったのです。
つまり片道だと1万2000円程度、ということでした。

ある時にアシアナの窓口のおねいさんに
どうしてこんなに価格差があるのさ、って
訊いたら、「秘密よ♪」と言って
回答拒否されてしまいましたが。

大韓航○の窓口に来たアジョシは、
その生じた差額で、アップグレードしろ、
と言っていたわけです。

同じエコノミーで、大阪で買ったら、5万した、と。
ソウルで買ったら、1万円だと。

4万円の差額が出るのだけど、
その差額でもって、エコノミーのチケットを
ビジネスクラスにしろ、と言っていたわけです。

ちなみにアシアナの高松⇔ソウル便のビジネスクラスは、
当時、エコノミークラスの料金に
プラス7000円でアップグレードができていました。

アジョシすごいです。警備の別のアジョシが来たって
オフィス中に響き渡るような声で、
何だこの航空運賃は、と怒っています。

机をたたくわ大声で怒鳴りあげるわ、
すごいすごいです。


もうあっけに取られてしまっていました。

どうなるんだろう、と思っていたら、
おねいさんが、後ろの上司のところに相談に行って、
上司が出てきて、、また例によって、
アジョシはわめき散らして、、、


で、文字通りのすったもんだがあったのでしたが
最終的にそのアジョシ、アップグレードした
オープンチケットをもらっていましたよーん。

かの国では、声が大きくして怒鳴れば
事態はなんとでもなるのか、と謙介その時に
思ったのでした。

航空会社だって、運輸約款とか
規定というようなものがあるでしょうに。

でも、そんなものがあったって、アジョシが
怒鳴ったら、コロッと事態は変わったのでした。

法の秩序より、情の力です。
感情のおもむくままに、
大声でわめく、さけぶ、すねる。
そうするとその意見が通ってしまうのですね。

謙介その時に、ああこれがこの国の方法なのか、
と悟りました。

法がある、なんて言ったって
そんなもの文字通りの便法にしか過ぎません。

決めてあったはずの法も、「臨機応変」という美名のもとに
捻じ曲げられ、倫理もぶっ飛んでしまうのだ、
と謙介、その時に改めて感じ入ったのでした。

今回の釜山広域市東区で起こったことも
こうした国民性の延長線上にあると考えてみれば、
すんなりと理解ができるのです。

こんなこともありました。


それは、謙介の地区の担当の
郵便の配達のアジョシ(おじさん)のことです。

そのアジョシは、とても日本に対して反感を持っていました。
(反感を持つに至った経緯は知りません)
日本から、書留を送ってもらった時に、
配達するとき、その封書とともに、
「お前は日本人か? 日本人なんてろくな人間は
いやしねえ。 金、金、とか言って、金のことばっかりだ。」
とか、言ってきたわけです。

その当時も、竹島問題というのが非常にうるさい時期でして、
そのことについてもあれやこれや、とそのアジョシは
謙介に言ってきたのです。

最初は、いちいちこちらも聞いていて、
真摯に受け取って、胃が痛くなったり、
落ち込んだりしていたのですが、

○韓航空のカウンターのおねいさんの受け答えを
見てから、「ああ、こういうふうにすればいい」と
思ったのでした。

ある時に、書留が来て、例によってアジョシが
持ってきて、例によって、日本批判を繰り広げたわけですが、
あまりにバカバカしくなって、「だから? 」
と一言だけお答えさせていただき、わたくしもドアをバターンと
締めて、お引き取り願いました。

で、それだけ謙介に悪態をついた人がですよ、
書留を配達してきてなんと言ったか。
「今度日本に帰るときがあったら、当時のナショナ○、
の電気炊飯器を買ってきてくれないか」
と言ってきたわけです。

みなさんだったら、どう言いますか?
あれだけ謙介に悪態ついていた人間が、ですよ。
自分の都合のいい時だけ、要求をしてきます。
それも、自分の依頼です。


ええ。謙介だって言いましたよ。
「あんたね、こっちが日ごろ日本人だから、って言うので
言いたい放題言っていて、散々嫌な気分にさせておいて、
自分の依頼の時だけ、そういうことを言ってくるのか?
韓国人はみんなそんな人間なのか?
よくもまぁいけしゃあしゃあと
そんなことを言うよね。 
それに仕事上で、そんなことを頼んで来たら服務規程違反だろうが?
絶対にそんなことはしない! ぴょんしんのま、帰れ!」

最初は郵便局のアジョシ、反論してきたのですが、
こちらが大声で、ぎゃんぎゃん叫んで
文句を言ったので、これは勝ち目はない、と
思って、書留を渡すと帰って行きました。

ソウルで身元保証人になってくれていたソウルの姉から、
罵詈雑言のハングル、というのを習っていました。

そんなもの、使う機会があるのか、と思っていましたが、
いやはや、実践の機会があった、ということです。

一発殴ってやろうかと思いました。

自分の言いたいことは言う。 相手のことは
(自分によほどの利害関係がない限りは
言いたいことばかり言い募る)

自分の都合によって、自分が利して、使えるときは
親友だの、お友達だの、と、言う。
でも一度利害関係がややこしくなって、
自分にとって都合が悪いようなことになったら
徹底的に相手のことをこき下ろします。

ですが、カーッとなった分、忘れるのも速いです。

相手に対して怒るときは、
理知的、冷静なロジックの組み立てなんて
ないのです。 ただただ情に流されて
事態は動くばかりなのです。
きちんとした「法」とか「原理原則」「法則」は
感情の前には、無視されたり、破棄されてしまう、
ということは本当によくあります。

それで、すぐに新しいものを作ります。
ですから、韓国でやたら聞くのが、「セ」という言葉です。

日本語で言えば、「新」です。
次から次から「せっせっせーのせ」です。

いつまでも壊しては新しいものを作ってばかりですから
成熟とか、深まり、というものがありません。

短期集中型勝負には強いけれども、
じっくりと、時間をかけて、
ひとつひとつ地道に丁寧に積み重ねていく、
ということができない。

(だから研究だって、一時の感情に引っ張られてしまって、
真理を見誤ります。 客観的にものを見ない
見ようとしないし、地道な積み重ね、っていうのが苦手です。

かの国の学問研究というものが一事が万事、
こんな状態ですから、韓国からノーベル賞を受賞するような学者が
出てこないのだと、謙介は思います。)

大統領の親友のご令嬢の全なんとかさんが、このたび
北欧で捕まったとか。


あの子がもし、そういう親の力を利用することもなくて、
乗馬なんていうようなこともしていなくてですよ。

例えば、彼女があまり有名でない韓国の地方の地味な大学に行って、
ボランティア活動でもして、お年寄りのお世話が好き、
というふうな学生だった、としたら、国民の反感だって
あそこまで大きなことにはならなかった、はずです。


ところが、彼女の行った大学は名門の「いで(梨花女子○」だったし、
行動のひとつひとつが母親が権力と金を裏付けにしてやったことで、
勝手のし放題、好き放題なことをやっていました。

その言動すべてがあまりに目立ちすぎていて、、、
それがただでさえ大統領とおっかさんの関係で
カッカと来ている国民の反感を否が応でも高めることになった、
のでしょう。まさに火に油を注いだ状態でした。


大統領のご親友のこれからも、
そのご親友のご令嬢の運命も、
すべてはあの国で「大声で言っている人々」の
感情のおもむくままに決定し、処理されていくのだろう、
と思います。


でも、まぁ、今は大騒ぎですが、
数年経ったら、みーんな忘れているでしょう。
いや、ひょっとしたら数か月かも、、、(笑)

そのうち、
「ちょんゆら? ぬぐえよ?(だーれ?)」とか言うように
なるに決まっているのです。

昨日、日本政府は、大使・総領事の一時帰国を命じて、
週明けに帰国するそうですが、、。

これは韓国向けにやった措置というよりも、韓国以外の
諸外国に向けての示威措置のような気がします。


どうなるんでしょうね♪

ちょっと離れたところで、当事者意識を持たずに

(当事者意識なんて持ったら最後、腹が立って
しょうがない、ということになりますから。笑)

あの国を見ていたら、本当にいろいろあって、
興味が尽きることがありません。

謙介、もう40年近くかの国を
眺めておりますですが、、全然変わらないなぁ、
相も変わらずだなぁ、、と思いながら
見ているのです。

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16. 11. 29

事故調査結果

すみません。
本来なら「花かつおタウンのその5」に
行くはずだったのですが、
きょうのお話の元になった記事が、
早々に削除されそうなので
順番を飛ばして、今日はこちらのお話にします。

クンへあじゅまの自主退職要求デモ、
毎週毎週、すごいことになっていますですね。

で、とうとう早めに辞める、ということになったとか。
早めに辞める、ったって、いつになるやら
わかりません。 韓国民は可及的速やかに、
というのか「ぱりぱり」(急いで!)って
考えているでしょうが、クンヘあじゅまは、
切りのいいとこで、くらいに思っているのでしょうし。
むくげおばさんが大統領をやめて、次の大統領が
選出されて、かの国の世論が落ち着く、というまでには
一定の日数がかかりそうで、
まだしばらく混乱が続くのでしょう。

まぁ、だけど、
謙介、あのデモの写真、ちょっとムカムカしながら
見ていたりしているのですよ。

というのが、謙介がソウルにいたころ、
今、クンヘあじゅまのデモをやっている周辺は、
撮影が禁止の場所だったのです。

というのか、あのころの韓国って、
もうやたら撮影禁止場所が
ありましてですね。

ざっと言いますと、まず橋梁はダメ。
それから、地下鉄および地下鉄の駅もダメ、
高いビル、もしくは南山公園のような小高い場所から
市内を俯瞰するような写真を撮るのはダメ。
鉄道の線路もダメ。
大統領官邸を撮るのもダメ。

とまぁこんなふうにダメダメ尽くしだったのでございます。
どうしてか、と言えば、韓国は戦争中で、
そういう写真がまかりまちがって、北韓にそんな
写真が行ってしまって、向こうの連中がどこに爆薬を仕掛けたら
いいかが分かってしまうから、そういう場所の写真は
一切撮影まかりならーん! ということだったわけです。
(今も建前上は、韓国は戦争中です。もちろん
38度線以北、とですが)

(ついでに言いますと、2016年11月現在においても
韓国では、38度線以北の場所を北韓(ぷっかん)と呼びます。
テレビの中継の時なんか、韓国人はすべからく
北韓、と言っていますが、日本の同時通訳者は
北朝鮮と言い換えています。)


ソウルの中心部の一番広い通りに
世宗大路(せじょんてろ)というのがあります。

(以前は太平路 てびょんの、と呼んでいたのですが
通りの真ん中に世宗大王さまの像が建っております故、
そういうふうに名前が変わったのだと思います。)

徳寿宮(とくすぐん)の前のところから、
北に向かってまっすぐ伸びて、
景福宮(きょんぼっくん)の正門である
光化門(くんふぁむん)までの広い道です。

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この写真で人がわんさかいるのが、世宗大路ですね。

建物の説明をしますと、
右手前の白っぽい、通りに対して湾曲した
ビルが旧ソウル市庁舎です。その左斜め上
白っぽい塔で、アドバルーンの左側の建物が
ソウル市議会庁舎。
この二つは日本の植民地時代からの建物です。

ソウル市議会の塔の後ろのさらに白い
高い建物がコリアナホテル。
このホテルの建物も結構古いです。

正面奥に3つのトンネルみたいなアーチの
ある建物が見えていますが、それが光化門です。

その後ろが慶福宮で、さらにその後ろに
大統領官邸が見えています。

この写真なんか見ていたら、謙介、ホント腹が立ちますねぇ。

この沿道には、ほかに
世宗文化会館、美国大使館があるのです。

特に美国大使館の前あたりから、正面の光化門を
撮影しようものなら、お巡りさんがやってきて
「ダメダメ、ここは撮影禁止!」と言われ、
こっぴどく注意され、場合によっては
カメラを捕られそうになるようなこともありました。

どうしてか、と言えば、この光化門の彼方に
青瓦台(大統領官邸)があるからなのです。

それが今や、毎週この辺で
デモをやっていますし、もうなんでもありで、
写真バシバシ撮っています。

時代が変わると、こうですからねぇ。
謙介、ものすごい口調で注意されて
とても嫌な気持ちになったことは
今もはっきりと覚えています。

それでつい、なんだこんなに撮りやがって、
とかテレビに向かって思ったりするのです。

先日のデモでは、青瓦台の手前200メートルの
ところまでデモが許された、ということでした。
地理的に見ますと、景福宮の東側にブラジル大使館が
あるのですが、その辺か、もしくはもうちょっと南の
国際ギャラリーのあたりくらいまでデモが許された、
ということなんだなぁ、と思いました。

ただ、まぁ ブラジル大使館は、ブラジル大使館で
警備の人がいるでしょうから、国際ギャラリー前くらい
かもしれませんねぇ。


謙介がいたころは、あの辺に
韓国の有名なデザイナーの、
アンドレ・キム先生のアトリエがありました。

キム先生は数年前にお亡くなりになって
しまって残念です。先生の御作は本当に斬新なファッションで
見る分には結構楽しくて、好きだったんですけどねぇ。


ただ、今もグーグルマップ見たら、
大統領官邸(青瓦台 ちょんわで)に
行く道路は、意図的にそこだけ省かれていて
書かれてないんですよね。


というのか、大韓民国で発行された
どの地図を見ても、景福宮の北側は
ただ緑色が塗られているだけで、
何にもないことになっていますけどね。

ぴみるえよ(秘密なの♪)というところなんでしょう。


はてさて。 くんへアジュマは、この後、どうしますかねぇ。


      ×      ×      ×


で、ここからが今日のお話の本題になるのですが。
(え? 今までは前置きだったの?)

去年、韓国のタイヤ会社グループがやってる航空会社が
広島空港で事故を起こしたのですが、
その事故報告書が出来上がった、という記事を
見ました。

調査報告書の結果、は、機長の着陸強行が原因
だそうで、謙介の感想は、「あ、やっぱりね」というものでした。

「視界悪化により滑走路の位置を
把握できなかったのに、
着陸をやり直さずに降下を続けたことが原因」と
記事にはあって、思わずため息が出ました。


前に謙介、その航空会社の便で、ソウルの金浦空港から
広島空港に戻ってきたことがありました。

その時は広島空港、今の場所じゃなくて
広島市内の南部にありました。

あのころ、広島空港に着陸しようとする直前には、
宮島がいつも見えていました。

宮島の厳島神社の上空を飛んで、
着陸するようなコースだったと思います。

ですが、ある時、その宮島が全く見えない日が
ありました。視界不良で、全くの五里霧中状態です。

これは大丈夫なんだろうか、と思いました。
でも着陸態勢はどんどん行われて行きます。
主翼の後ろの席だったので、翼の出し入れが頻繁に
なって、その動作音が聞こえてきます。

客室乗務員のおねいさんは、
「よろぶん、あんねとろげっすむにだ、、」とか言って
着陸のご案内アナウンスをはじめました。
でもまだ陸地が見えません。

飛行機はどこを飛んでいるのか、、
機種によれば、機内にスクリーンがあって
コックピットからの着陸の状況が
スクリーンに映される、というのがありますが
謙介の乗った、B3の飛行機は小さい飛行機だったので
そんなものはありません。

横の席のおばあさんはお念仏をとなえはじめるし、、
でも、エンジンの音がどんどん変化しているのが
分かります。

大丈夫だらあか、とドキドキしていると、
やがて滑走路が見えてきました。
と、思うと、ドーンといつもより強い衝撃がありました。
続いてさらにドーン。

ジェットエンジンが逆噴射を始めます。
飛行機は滑走路の端まで行くと、Uターンをして、
エプロンのほうに行きました。

飛行機から降りて、空港ビルに入って
帰国の審査をしてもらい、荷物を取って
タクシーの乗り場まで来ました。
あのころの広島空港は、広島の宇品の港から
そう遠くなくて、良かったんですけどね。
(今はものすごーく遠くなってしまいました)

空港から乗ったタクシーの運転手さんが
訊いてきます。
「今のソウル便で着いたのですか? 」
「あ、そうです。」

そのあと、運転手さんが言ったのが
「今日は視界不良でねぇ、JA○も
AN○もみんな引き返したんだけど、
アシア〇だけ、着陸したんですよ。
だから、あの飛行機が、今日広島空港に
着いた最初の飛行機ですわ」

というお話でございました。

このときも、言ったらまぁ強行着陸した、
ということだったのでしょう。 ですが、
たまたま運が良くてうまく行った、と。
で、いつものようにちょっとくらいの
悪天候なんかへへへのへ、とか言いながら
強行着陸をやったのだけど、
たまたまうまく行かなかった、
ということなのだろうと思います。

こんなふうに、強行着陸をやってでも
着陸してみせる、というのは、
アシア○というのか、韓国の人の
思考・志向パターンなのではないか、と
思うのです。
いちかばちかやってみて、
成功したらオッケーだし、
失敗したら、まぁ仕方がないかなぁ、、

それが一個人の場合だったら、
失敗しても自分だけが責任をかぶればいいのですが、
こんなふうに公共交通機関の場合でしたら
乗客がいて、その乗客に被害が及ぶ、
ということになります、よね。


でもねぇ、おそらく自分=乗客という考え方で、
あんまり他者、という意識がないように思います。
ソウルのバスなんか、ちゃんと停車しませんもの。

バス停にバスが来ても、バスの車両はずーっと動いてる。
乗車口のドアが開いてもバスは動いている。

そこに乗客は飛び乗らなければなりません。

ソウルの友達に「そんなの危険じゃないか!」と言ったら、
「エスカレーターを見ろ、ずっと動いているところに
ぽん、と乗るではないか」
と言われてしまいました。

バスが停まらない、なんて、
日本では考えられないようなことですが、
そんなのあの国では至って普通のことです。

そういう志向の延長で、考えたら、謙介は
まぁ、強行着陸、と言うのも、そう変わったことではない、
とか思うのです。

と、いうようなことで、機長の強行着陸、
という事故調査結果を聞いても、全然驚くようなことはなくて、
まぁ、いつものことね、くらいにしか思わなかったのでした。


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16. 11. 09

タシ ハンボン チンシムロ は、いけない

博多駅前の道路陥没事故、
とてつもない穴がボコッと開きましたね。

あそこ行ったことがあります。
というのが、
Wst1611080033p5

上の写真の左に某地方銀行の看板が
写っていますが、
そこ、謙介の使っている銀行なので。

福岡に行った時に、通帳の切り替えで
ここに行きました。
支店そのものは1階になくて、
2階だったと思います。階段で上がった
記憶があります。

昨日から、この福岡支店は営業できない状態だそうで、
(そりゃそうだ)同じ銀行の北九州支店か
(遠いじゃないか)ATMは同じ四国の
114銀〇を使ってくれ、とサイトにお知らせが
ありました。四国の地方銀行4行間は
平日のATM利用は手数料がかからないのです。


    ×       ×       ×


青瓦台のアジュマ(おばさん)の一件、
どんどん問題がエスカレートしてきて
一体どうなるのだろうか、と思いながら
見ています。

知り合いの韓国人に、アジュマの一件
「おっとっけ せんがかむにだ? 」(どう思うの? )
と聞いてみましたが、「公私混同は許せない」と
いうような声でした。支持率が5パーセント、
と言いましたら「なぜ、まだ支持率が5パーセントも
あるのか!!!」と怒っていました。

今回のクネアジュマの一件、謙介的には
もうそのシーンが目に浮かぶような話です。


くんへ:オンニ、ちょっとこの書類見てくれない?

すんしる:あら、いけないわ、これ「ぴみる」の書類でしょ?
      わたしなんかが、こんな書類を見てはいけないのよ。

くんへ:そんな重く感じないで。
     ちょっと見てもらって、オンニの感想というのか
     意見を聞かせてもらったらそれでいいのよ。

すんしる:だめよ。わたしなんかが、こんなの見たら。

くんへ:お願いよ。ぜひぜひおんにの感想が聞きたいの。
     ね、ね、 いいでしょ?


とかいうような始まりだったんじゃないですかね。
そのうち「ぴみる」(秘密)の書類をあれやこれや見せられているうちに、、
それがいつしか常態化していって、見させる方も、見る方も
それを「いさん」(異常)なこととも思わない、思えない、という
ことになっていったんじゃないですかねぇ。
で、今度はすんしるアジュマのほうが、次第に味を覚えて行って
何でもかんでも口出しするようになっていった、とか。


韓国の人と話していて思うことは、
大統領の地位というのが、われわれが思っている大統領の
イメージとは、ちょっと違うようにも思うのです。

韓国の人に言わせると、大統領というのは、
確かに政府の代表ではあるのだけど、
政府の一つ上の立場にあって、
「こうしろ、ああしろ」と指導をする立場なのだ、
ということなのだそうです。

日本だって首相が実務の細かいところまで
承知はしていないとは思いますが、
それでも答申が上がってきたのであれば、
目を通したりすることはあるでしょう。

それが韓国の場合は、そうした答申ですら
大統領の耳に入ってくる、ということは
あまりないんだとか。

制度上、閣僚から、いろいろな意見が
具申されることはありますが、
閣僚の具申だって、各部に適宜上がってきて、
会議で共有される、ということも
ないようなことを聞きました。

他国ですと、そうした問題は当然閣僚間で話し合いがあって
そうした話し合いの中で方向性が出ることも
少なからずあると思いますが、
韓国の場合は、システムこそ近現代の国家ですが
その国家の政治形態の実質は、国王がおさめていた
李朝時代とあまり変わらなないんじゃないか、と思います。

国王という地位が名称だけ変わって
大統領になっただけじゃん、とか
思ってしまうんですよね。

そうした韓国の大統領の地位の特殊性、
加えて以前からくんへアジュマは「不通」大統領
とか言われいて、ただでさえ情報が上がってきにくい
ところにさらに輪をかけて閣僚とのコミュニケーションが
できていなかったよう、ですし、、、


そんなこんなことが絡み合わさって
今回のような事件を招いた、ということ
なんじゃないかなぁ、と思うのです。

先週末だったかあった、今回のくんへアジュマの会見も見ました。
「タシハンボン チンシムロ、、」(もう一度心から)
謝罪する、と言っていました。

それを見て、やり方があまりに
まずいなぁ、と、謙介感想を持ちました。

「心からの謝罪」というのであれば、
ましてや、トップの人間であれば、謝罪は
何度もしてはいけないのです。

約束を破ったとして謙介が「ごめんごめん」と
何度も謝るようなことと、大統領の言葉では
その言葉の重みが全く違います。

だったら、「ごめん」の安売りみたいに、
国家元首が何度も謝罪することは、
言った言葉が安っぽくなってしまいます。
信用も無くします。(というか、すでに十分になくしていると思いますが)

何度も繰り返して同じように言っていると、聞かされるほうは
「ああまた言ってる」くらいにしか思わなくなります。

そして、「ああまた」と思われることで、
大統領の言葉の内容が軽く見られるようになって
しまうと思います。

ましてや、くんへアジュマ、「セオウルホ」の時も
謝っています。 韓国民にしてみれば
「何か事件があったら、謝るだけしかしない大統領」
というイメージしか持ってないのでは? と思うのです。

率直な物言いも結構ですが、大統領の発言なんですから
もっと重く、意味のあるものでなくては。

こんなふうな謝罪が重ねられるたびに
ことばの意味はどんどん軽くなるし、
国民が誰も彼女の言葉に対して
耳を傾けなくなる
ようになるのだと思います。

まぁねぇ、でも、この問題も一時のことかもしれません。
日本では「人のうわさも七十五日」と言われますけど、、
韓国ですからね。

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16. 10. 06

インチョンウォルミドウナレール

「インチョンウォルミドウナレール」が今回のお題です。


なんだこれは、何かの呪文か?

というようなものなのだろうととは
思いますが。(笑)

日本語で書くと、以下のような表記になります。

「仁川月尾島銀河レール」

で、意味を取りながら切ってみます。

仁川 月尾島 銀河レール
こう書くと少し意味も分かってくるように
なったのでは、とも思うのですが、
いかがでしょう?


韓国はソウルの西に、
仁川(インチョン)という昔からの港町があります。
日本の植民地時代には
「ジンセン」と発音されていた街です。


でも、うちのオヤジなんて、いきなり「にがわ」と
読んでしまったりします。

なぜかと言えば、阪急の今津線に
同じ表記の「仁川」(にがわ)という駅があるからです。

関西の人間は「仁川」という場所になじみが
あります。
なぜかと言うと、仁川には阪神競馬場があるから。
テレビとかラジオの放送で仁川の競馬場、
ということをよく聞くのです。

そういう経験をしてきているので、
何のためらいもなく「にがわ」とうちのオヤジは
読むのです。


あ、今回の話は宝塚のにがわでなくて、けんちゃなよ国の
いんちょんの話でしたね。

仁川はソウルの西で海に面した港町です。
ちょうど関係的に言うと、
日本では東京と横浜のような感じでしょうかね。

昔、海運しか物資の輸送手段がなかったころ、
ソウルへの物資は、この仁川に下ろされて
ソウルへと運ばれて行きました。

Nikawa

その関係で、韓国最初の鉄道も、ソウルと仁川間を結ぶ
京仁線(きょんいんそん)が最初に敷設された、
という経緯があります。

最初の日本の鉄道が、新橋⇔横浜に敷設されたのと
これまた同じです。

その後、朝鮮半島の港町もあちこちにできて
いっとき、輸送手段も多様化して
仁川からの輸送だけ、ということもなくなっていたのですが、、、。

最近この仁川に従来の金浦に代わる国際空港ができたので
またここがソウルへの人やモノの往来の中継基地として
注目を浴びるようになってきていました。

でも仁川の観光地というと、、。
同じソウル近郊でも水原(すぅおん)のように
歴史のある街でもありませんし、、。

近代になって開港場としてできた街ですから、、
観光地たって大してなかったのです。

ただまぁ、開港場だったせいで、
早くから交易の中国人が住んでいて
そのためにチャイナタウンができていました。

ですが、謙介がソウルにいたころは、
韓国と中国はあんまり仲が良くなかったですから
そのためにかつての中華街がどんどん減っていっていて、
寂れ果てていたのです。

それが最近になって、新たな観光資源にしようということで
チャイナタウンをもう一度作ろう、とか言い始めて、
またチャイナタウンが復活した、というふうになっています。

後仁川の数少ない観光地、と言えば、月尾島(ウォルミド)ですかね
「島」とありますが、日本の植民地時代に埋め立てられて、
陸続きになっていました。

日本の植民地時代にはここに海水浴場と塩水プール、
しお湯の大きな入浴施設ができて、結構にぎわっていた、と
聞きます。往時の絵葉書が↓ですが。

Shioyu


Img_13

今はこの施設はありません。6.25(朝鮮戦争)の時に
仁川は、上陸地点になりましたから、おそらくそのどさくさで
破壊されてしまったのでしょう。


で、せっかく国際空港ができた、というのに、
何の観光資源もない、ということでは
地元にお金が落ちませんから、
ここで一発、ということで、
この月尾島を回遊するモノレールを
作った、というのです。

それが、今回のタイトルの
「月尾島 銀河レール」というわけなのです。

で、モノレールですから、建設費、車両製造費、
そのほかで合計853億ウォンというお金がかかったそうです。

で、まぁモノレールの走る軌道を作ったのですが、、
得意パターンの突貫ケンチャナヨで方式
建設しちゃったもので、
↓こういう出来上がりになりました。

121120monorail


上の写真の区間は、直線区間ということで
建設されたものだそうです。

謙介、目が悪いのですが、
上の写真、どう見ても、歪みまくっている、としか
見えないのです。

この写真をご覧のみなさまは、一直線に見えます?(笑)

で、まぁこんな軌道で試運転をやったのだそうで。

すごいですよね。モノレールが軌道を走ったら、
歪んだ軌道が直線に変化する、とでも考えたのでしょうか。

で、こんな軌道ですから、少し走らせただけで、
当然のごとくあっちこっちで障害が起こって、、
試運転の後、通常営業運転になることは一度もなく、
その後ずっと放置されていたらしいのです。

最初にも言いましたように、仁川は港町です。
海辺です。ですから潮風による腐食が進んでいて
放置を続ける、ということは危険なことになったようで、、。

で、853億ウォンのこの代物、車両は廃棄して、再工事の上
もっと小型の遊覧用のモノレールを走らせる、
ということになったのだとか。


ただ、それも当面の計画であって、
この先どうなるやら、、、。

といういつものパターンの話です。


ただね、謙介は、このウナレールのこと、日本は
全然批判なんてできない、と思うんですよ。

福井県のもんじゅはどうなんだ?
ということです。

金額で言えばウナレールなんて日本円で
7億8千万程度です。
もんじゅは一体その何倍かかっているのやら。
で、結局、あれは無し、ということになりそうな雲行きです。

しかしまぁ、それにしてもこのモノレールの建設工事、、

写真を見て、ちょっと言葉がなかったのは確かです。
こんな軌道で通常運行させようとした、というのが
ちょっと信じられません。

設計図段階では決して曲がっていなかった、
と思うんですよねぇ。
直線区間、と謙介も聞きましたから。

それがどこをどうやったら
こんな歪みまくりの軌道になるのでしょう???


時あたかもノーベル賞各賞の発表時期ですが、
この時期になるといつも韓国が「ウリナラはなぜに
ノーベル賞の受賞者が出ないのか」という新聞記事が
出ます。 


出ないのか? って、
どうしておさまりかえって、そんな問いを発するかなぁ。

そりゃ、出ないだろうよ、と謙介だって思います。

何も医学とか生理学とか物理学だけじゃ
なくて、韓国は学問全般に対して、
客観的な実証性を追求せずに、
感情で押し切ってしまうからじゃないですか。

何の実験結果や論理的な根拠もなしに、
もしくは、非常にいい加減な証拠でもって、
「これでいいのだ」と言っているのが
現状です。 
だから同じような事故・事件が
繰り返されます。

学問的な客観性、実証性を
感情や情緒で一方的に押し切ってしまうなら、
学問は発展なんてするはずありません。


どうしてこうも簡単なことが分からないのですかねぇ。

もし仮に、そうしたことへの冷静な理解が進んだならば、
謙介はけんちゃなよ国の学術水準も、飛躍的に進歩するだろうに、
と思います。

でもそれは、「百年河清を俟つ」ということなのでしょう。

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16. 01. 10

両てんびんにかけてみて

テジアジョシ、(テジはハングルで豚、アジョシはおっさん)
またやったのですね。

ここ数年はテジアジョシのところ、最悪の経済状態から
少し上向きになった感じだったし。
(と言っても、今まで-10だったのが、-6か-5くらいになった程度
ですかね)

それでも2012年に平壌に行った人に話を聞いたり、
写真を見せてもらった限りでは、
日本のいろいろなマスコミで言われているほど
極限まで悪化して、もうどうしようもない、というようなところまでは
行っていない、と思いました。

まぁ、外国人に見せるところですから、
極限までひどいところは一切見せない、
見栄を張ったところだけ、ということではあるんでしょうけど。
それでも、平壌の街の様子とか、農村へ向かう道路沿いの状況を
見る限りでは、あまりにひどい、というふうではありませんでした。

だから今がそういう多少ましになった
経済状況、食糧状況だということ。
それから、自分の事績もここいら辺で一発作らないといけないし、、
というような現在状況ということだったのでしょうね。

中国は絶対に自分の目の前の鴨緑江の対岸に
テジアジョシのところが倒れて、むくげおばさんの国が
吸収合併をしてしまった結果、
大韓民○の国旗、大極旗が翻るのだけは
なんとしても阻止したいですから、
その緩衝地帯として、テジアジョシのところは
戦略上もなければ困るわけです。
そのことは当然テジアジョシだって知っているわけです。

下品な表現で申し訳ありませんが、
ここいらで一発ぶっ放したって、美帝とむくげおばはんと
ウエノム(ハングルで言うところの日本人の蔑称)は
どうせまたいきり立つだろうけど、
北京とモスクワがふにゃふにゃ言って
それで終わりよ。

一発やってみての影響としても
どうせ外野はいきり立ったところで、口先ばっかで
実効的な制裁措置なんて取れやしないんだから、
というようなあたりのプラスマイナスの情勢を両てんびんにかけて、
一発やったっていうようなところでしょうかね。

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