はんとうもんだい

17. 11. 19

あじょしが かろちょ とりぬんで

こないだある雑誌を見ていたんですけれどもねぇ、、。


ソウルの一番ホットな場所ということで
いくつか載っていましたよ。

弘益大周辺、梨花女子大周辺とか。
雑誌には弘大(ほんで)・梨大エリア、とか
書かれていました。
江南、それから市内に戻って明洞エリアとか。


この地図がまぁわかりにくい。
地下鉄の駅とか、主要な建物は
書いてありますけれども、
そんなもの、現地に行ったらすべてハングル表記でしょうし、、
店の位置なんて、きちんとわかるかなぁ、と思いました。


それと結構離れた場所なのに、地図では一緒くたに
載せられていて、、。
明洞(みょんどん)と、梨花洞(いふぁどん)が
一緒だったりしました。
Myongdong

梨花洞は鍾路区(ちょんのく)やし、明洞は
中区(ちゅんく)でんがな。

東京の地図でいえば、渋谷と御茶ノ水を
一緒くたに載せているようなものです。
それっていいの? (笑)

こういう雑誌にいろいろなお店が出ていました。

取材時は、おそらく数か月前だろうと思うんですけど、、、

果たしてこの雑誌が出た現在で、この店が営業しているか
どうかは、、わかりませんねぇ。


謙介がソウルにいた時、
下宿から大通りに出たところの角にあった店なんか、
1年間に3回、店が変わりましたからね。

最初は女性用下着の店だったんです。
それが、夏ごろには、ドーナツ屋さんになって
秋には魚料理の店になっていましたから。

日本だったら、かわっていったとしても、
居ぬきで同業種の店にかわることが多いと
思うのですが、韓国は全くの別業種にかわります。
で、そのかわり方も
もう数か月サイクルで店が変わっていた、
ということです。

韓国の人ってとっても気軽に引っ越しをします。
お店も、そんなことで、すぐに止めたり移転したり、
というのはしょっちゅうです。

ましてやこういう若い人相手のお店なんて
かわるのが早いように思います。

果たしてこの雑誌に載った店が今もやっているか
どうかは、、さぁ、、、ねぇ、、、。(笑)

それから、、
韓国の男の子と付き合う方法が載っていました。


ということは、
韓国の男の子と付き合いたい、っていう
日本人の女の子が少なからず、いる、
ということなんでしょうか???

韓国の男の子を3パターンに分けて、
それぞれは実際はどんなヤツなのか、
ということが書かれていました。

Namjya

友達っぽBOYのイラストは
謙介的に見ても正確に描かれて
いるように思います。
あんなふうに黒いマスクとかしている
男の子、普通にいるし、、。

普通の男の子っていうのは、
ちょっとぽっちゃり気味って書いてありましたが、
これもまぁ確かにそうですね。


年配の人には、
ちょっとぽっちゃり、というか、
身体は太っているのが福々しくて良い、
という価値観の人が多いです。
だもんで、子どもには、「食べろ食べろ」と
言います。

オモニドゥル(おかあさんたち)は
古い世代ですから、
息子が体型を気にしたりしてスリムだったら
「そんな細っこい身体でどうするの。
しっかりご飯を食べなさい」と注意をします。
それで、息子はややぽっちゃり、ということになります。

だから北朝鮮の例の「受話器頭のアジョシ」(おっさん)、
そしてそのアボジ(おとっつぁん)、そのハラボジ(じいさん)、
みんな太っていたでしょ。


大体が韓国の男の子はあんまり自分で
料理なんか作りませんからねぇ。

お母さんが作ってくれますし、
外食店が日本以上に多いですから
外に食べに行く、ということにあまり抵抗は
ありません。

それからチャラ男系、というのがいるそうで、、。
こういう人、江南とかに行けばいそうですね。
(ようしらんけど)

でね、基本的に韓国の男の子が優しい、
とあったので、謙介さん、飲んでいたコーヒーを
吹きそうになってしまいました。


まぁねぇ、、最初は誰だって、、ねぇ。

そりゃもう、相手の話をちゃーんと聞いてくれます。
それはそれは上にも置かず、というふうにかいがいしく
世話をしてくれます。

もうカカオトークで
しょっちゅう相手から、
「何してるの?」「どこにいるの?」「会いたいな」
「さらんへよ(愛してる)」とまぁこんな具合でして。

雑誌はここいらあたりまでの、韓国の男の子
の対応を指して、韓国の男の子は優しい、
と言っているのでしょう。

これが長続きしたらいいんですけどねーえ。(笑)

最初にも書きましたけれども、
韓国の人って飽きるのが速いですから。

そういう時期(謙介はゴールデンタイム、って
命名していますが)が去ったら、単なる付き合ってる「女」
ということになってしまいます。

あれほどマメにしてくれていた世話も
一切しなくなるし、今度は男の子からは
「あれをしてくれ」「これをしてくれ」の
くれくれ攻勢です。

そして何もしなくなります。

基本的に韓国の男ってめんどくさがりですし、、。
仕事を頼んでも、よほどの利害関係でもない限りは
さっさとしてくれません。

ええ、そういうことは何度も体験しましたともさ。


で、男の子が面倒くさがるようになって
女の子に何でもしろ、と命令します。
してくれない? ではなくて、しろ、と命令します。

女の子が「そんなのできない」
なんて言うと、力づくでさせようとします。
なんたって儒教の国ですから、
女は自分の従属物としか思っていませんからね。

ドメスティックバイオレンスからの殺人事件なんて
あまりに多くて、よほどの陰惨な事件でないと
報道されない、くらいです。


で、お付き合いするときの必須(笑)
韓国語言い回し集がついていたのですよ。


Panmaru


でも、パンマルだって。
うーん。イルボンサラム(日本人)のヨジャ(女子)
が男の子にパンマル、というのは、ちょっと
難しいんじゃないかなぁ。

それはともかく。
で、どんな言い方なの?
って見てみました。


一番上に日本語で「愛の言葉」が書いてあります。
(愛の言葉だってさ。 言ってて、けんすけあじょし、
すごく恥ずかしい)
その次にハングルのつづりが書いてあって、
一番下に発音が「カタカナ」で書いてあるのです。

日本語で「来月」と書いてあって、
カタカナの発音も正しく「タウムタル」と書いてあるのに
ハングルのつづりを読んだら「ネニョン」(来年)と
書いてあったり、、


日本語では「会っている時間が幸せ」と
書いてある韓国語訳が「같이 있을 때가 행복」
とありました。直訳したら「一緒にいるときが幸せ」
でしょうか。

会っている時間というのであれば
「만나고 있는 시간이 행복 」という別の言い方に
なりますもんね。

後は「さらんへよ」(あいしてる)
「ちょあへよ」(いいわー)というような言い回しで、、

あじょしは「あに」(いやよ)とか
「しろよ」(きらいよ)は要らんのか、とか
余計なことを思いながら見てたんですけど。


아저씨가 가르쳐 드리는데?
(おっちゃんが、教えてあげようか)
とか思いましたけど、、
ま、そんなもん余計なお世話ですねーえ。
やれやれ。

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17. 08. 27

アクセルとブレーキを同時に踏むようなこと

8月15日は、大韓民国では「くわんぼくちょる」(光復節)
というお祝いの日です。

この日の祭典で大統領が演説をすることになっています。

大体がこの祭典自体が、
日本が太平洋戦争で無条件降伏をして
朝鮮半島の植民地統治が終わった、ということで、
いつもより強い調子で歴史認識とか、それに対する
対日方針の表明がなされる演説になることが多いです。

日本のマスコミもその辺のことは
分かっているものですから
「絶対何か言うぞ、ほら言うぞほら言うぞ」
と半ば期待しているところがあって、必ず大統領の
演説を取り上げます。

反日的なことを
言わなかったら言わないで、
「未来志向の日韓関係を希求」とか
見出しを出すのですけど。

先日、友人から、バスの少女像とか、徴用工の碑とか
一体あれはどうしてなの? という質問がありました。

ジェニー大統領は
「日韓関係の障害は過去の歴史そのものではなく、
歴史問題に対する日本政府の認識の浮き沈みにある(中略)
日本の指導者たちの勇気ある姿勢が必要だと述べた」
と光復節のスピーチで言っています。

勇気ある姿勢、って言うんですけど、

尹外交部長官と岸田外相との間で
慰安婦問題について「最終的かつ不可逆的合意」
がなされて以降、
日本はその取り決めに従って、決まったことを
全部実施してきました。

他方、大韓民国のほうは、と言えば、
大使・公使館前の像は撤去していない、
日本政府が出資して韓国が実務にあたる、とした
財団は今や崩壊状態で、、、それについて何らかの
手を打ったか、と言えば、何もしていない。

当事者意識もなく、ただ目の前の推移を
見ていた、と言っても過言ではありません。


一番ジェニーがしないといけないことは、
あなたが、そのワーワーいってる内国民の人たちに、
日本との交渉の結果、この補償の線で合意したのだから
こういうことで行きます。と勇気を持って
粘り強く説得していかなければ
ならない、はずなのです。

勇気ある姿勢、が求められているのは
あなた自身でしょうに、と謙介思うのですよ。

慰安婦のハルモニ(おばあさん)が
問題ではなくて、そのハルモニたちを
バックアップしている団体があって、
そこがもう暴徒化していて、手が付けられない、
と聞いています。

本来聞くべきはずのハルモニの意見なども碌に
きかずに、自分たちの好き勝手に歴史を捻じ曲げ
言いたいことは何でも通す、というような振る舞いも
目に余ります。

ですが、そういう相手にこそ、「勇気をもって」
交渉の結果を伝え(反発が出るに決まっていますが)
日本との約束の結果を忠実に履行する、
本来はそうあるべきだと思うのです。

でもまぁ謙介もはなからそれは無理だろうなぁ、
とは思っていましたけどね。

今のところ、ジェニーさん、
高支持率を保っていますが、痛みの伴う改革を
「何もしていない」からでしょう。

おそらくは、慰安婦問題は2015年のあの交渉で
決着したのだから、もうこれ以上はできない、
ということを内国民にはっきりと言ったとたん、支持率の急落、
あんな奴を大統領にしておくなんてもってのほか、
大統領の首のすげ替え、ということになってしまうのは
明かでしょう。

「反日」を言っておけば、
とりあえず韓国内からは表立っての
異論は出てこないでしょうし、
そういううるさい慰安婦の圧力団体だって
おさえることができますし。

でも、歴史認識ではそういう反日を言っていて、
日本との経済発展とか今後の友好関係は
積極的に伸ばしたい、ということなのだそうです。

それはそれ、これはこれ、の
ツートラックで行きたい、と
語っておいでです。

韓国でよく言われる言葉に「用日」という言葉があります。
経済力のある日本を(自国の経済発展に都合よく)使って行こう
という考え方なのですが、、

果たしてそんなご都合主義の考え方が
他国に通用するのか、
ということになりますが、、

アクセルとブレーキを同時に踏むようなことをして
うまく行くはずないじゃないか、って、思うんですけど、、

ジェニーさん、それで行ける、と踏んでいるみたいで、、

単なる外野から見ている謙介でさえ、
そこが無理、って思うんですけどねぇ。


謙介は、
そんなふうなこちらにしてみれば信じられないような
反応を示すところが、実に不可思議だなぁ、と思って、
かの国のことを見続ける興味がうしなわれない、
というところもあるんですけどね。


かの国との付き合い方は、前から言っていますが
「距離をおくこと」だと思います。

韓国の人は、仲が良いときは、「兄弟」とか「親友」と
言いますが、一度仲がこじれてしまいますと、
憎しみ合いになります。

仲が良い、というのも、なかなか注意を要する関係で
あくまで、韓国の人が思う方向に日本人がふるまっている限り、
という注釈がつきます。

自分たちの思う方向に相手がいかないとたちどころに
あれはだめだ、もうあんなやつとは付き合わないようにしなければ
という極端な方向に行きます。

それでいて、不思議なのは、数年たって冷却期間がおかれた後、
また、「なぁなぁ」と言って、すり寄ってくるのです。
それでまた我々は仲良し、親友、とか言います。
で、また喧嘩別れして、、ということの繰り返しです。

そういう相手と、冷静に付き合うには、やはり
相手がどんなに「お友達」だの「親友」だの、
と言ってきても、冷静にいることです。

その冷静さが、距離をとる、ということと
同義語であるのですが。

日本人ももうそろそろかの国との付き合い方を
学ばないといけない、と思うし、

そういう外国との付き合い方を性根に叩き込んだうえで
他国とお付き合いをする、ということが
本当の意味での日本の「国際化」ということなんじゃないか、
と思うんですけどね。

そもそもが日本文学専攻ですし
どめすてぃっく方面しかよくわかんない謙介さんだって
その程度のことは思うんですけど。


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17. 05. 15

東西問題

韓国の新聞、「チュンアンイルボ」に掲載されていた
今回の大統領選挙の結果の色分け図です。


まぁ、ものの見事に東西で色分けされた結果に
なっていますねぇ。

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これは、赤がちゃゆうはっぐったん(自由韓国党)の
ほんじゅんぴょ氏が得票率1位になった地域。 

青が今回当選したむんじぇいん氏の
得票率1位になった地域、ということです。


平面図だけ見たら、赤の面積も結構広そうに
見えはしますが、赤の部分は、山地のところで
人口が少ないんですよね。

それに対して、むんじぇいん氏は
ソウルとか、仁川、と云った人口の多いところで
票を稼いだ、という気がします。


ただ地図をよく見て見たら
忠清南道の中でも、必ずしもむんじぇいん氏が1位にならなかった
ところもあるんですね。(左側飛び地みたいになっているところ)
慶尚南道なんか、むんじぇいん氏の出身地である
巨済(こじぇ)は青ですけど、馬山とか、巨済の周辺は
全部ほんじゅんぴょ氏の支持のほうが強かった、
ということですね。

興味深いのは、むんじぇいん氏は、巨済出身なので
当然慶尚道の出身者になるのですが、
全羅道の得票が1位になっていて、
支持を集めていた、ということが分かる点です。

昔から、韓国では、全羅道と慶尚道の人同士は
仲が非常に悪い、ということになっています。

何せ全羅道は昔の任那で、慶尚道は昔の新羅です。
任那を滅ぼしたのが、新羅ですからねー。
もうその時代から仲が悪い、ということになっている。

そういうこともあって、むん氏が最初に行ったのが
首相人事を全羅道の知事を首相にした、
ということでしたもんね。

でも、今回の選挙結果を見る限り、
全羅道はむんじぇいん氏の得票のほうが多くて、
むしろ、慶尚道はほんじゅんぴょ氏のほうが
強かったりしているのです。

だから、全羅道、慶尚道の対立を和らげる、
ということではなくて、気心のしれた人を持ってきた
ということなんだろうと思います。

むんじぇいん氏の得票率を見たら、
前回、くんへアジュマと戦った時が、

14,689,974票で、得票率は48パーセントだったのが

今回は 13,423,800票で、41パーセントに落ちています。

当選はしたけれども、韓国の世論もいろいろで
必ずしも当選した大統領に、ということでも
ない、というのがこの数字なのかなぁ、という
ところなのでしょうね。

このむんじぇいん氏は、謙介がソウルにいた時に
日本語を教えていた学校の卒業生のようです。
もちろん学科は違いますけれども。

しばらく、どうしていくのかなぁ、と思って
見てみたいと思いますです。

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17. 04. 12

今後の展開

きょうは韓国のおはなしです。

むくげおばさん、あれまぁ、と思っているうちに
逮捕されてしまいましたね。

あじゅもにの自宅、報道で三成洞(さむそんどん)にあった、
ということを知りました。 

三成洞は江南にある場所なんです。

奉恩寺(ぽうぉんさ)というお寺があると思えば
COEX(貿易センタービル)と言った最先端の施設も
あるところです。 

三成洞の東隣は以前ソウルでオリンピックが
あった時のメインスタジアムだった蚕室(ちゃむしる)
のスタジアムがありますし、江南のお買いもの地域の
狎鴎亭(あぷくじょんどん)も比較的近い場所です。

実は、謙介、この三成洞に友達がいたので、
ソウルにいたころはよく遊びに行っていました。

なので、三成洞と言われると、
ああ、あそこ、と思いますし、懐かしい場所でもあります。
でも、住もうとは思いませんけど。

(だって三成洞なんて、高級住宅地で、
謙介さんには似合わないこじゃれた
お店だのお家だのが連なってた場所ですし) 

自宅にいること数日にして、今度は逮捕されて
収監、ということになってしまいました。

でもねぇ、、謙介、ずーっとむくげおばさんの
行状を見ていたのですが、、
事件として立件できるような明確な証拠が、、あるのかしらん、
と思うのですよ。

検察の言っているのは、
賄賂を受けたのは、すんしるアジュマなんだけど、
すんしるアジュマとむくげアジュマは、
利益を共有する一味だから、むくげアジュマも
いっしょなんだ、ということで、逮捕して取り調べている、
ということなんです。

利益を共有する、というのはどのような証明があって
そういうことを言えるのか、と言えば、すんしるアジュマが
むくげアジュマの服の制作代金を立て替えて払った、

(むくげアジュマは、立て替えてもらったお金に関しては
あとからちゃんと払っている、と言っている)
と言う程度のものです。

そんなもので、すんしるアジュマからむくげアジュマに
ものすごい額のお金が提供された、という証明になるのか、
ということなんですけど、、その部分を明確に立証しないと
いけないのですが、果たしてその部分の立証はできるのですかねぇ

直接の事実関係の把握なんて
相当に難しいのでは、と思うんですが、、

でもおそらく実際のところ、韓国の司法の判断というのが
どうもすんしるがわるいんだから、むくげだってわるい、
というようなめちゃくちゃな論理で判決が出て、
はい有罪、ということになりそうな気がします。

大統領候補、ジェニー(むんじぇいん)が優位なのかと思っていたら
ここにきて、チョリー(あんちょるす)のほうが支持率が上になった
とか言っていました。 

で、3つの新聞の記事を見てみたのですが
(ちゅんあんいるぼ とんあいるぼ ちょうすんいるぼ)
専門家の意見というのを見たら、「最後の投票まで分らない」というような
ことを言っていました。
ぱぼ(あ○)、かと思いました。専門家はそういう予測をするのが
仕事だろうが、とか。

(まぁそれはきっと、自分の予測がはずれたら、それはもう
各所から突き上げを食らって、自分が悲惨な運命になるのは
分かっていますから、予測は怖くてできない、
ということなんでしょうけど。予防線を張って言わないの。)

こないだまで、ジェニーったら、
「わしが大統領になったら、平壌に行って、平和のための
話をつけてくる」とか言っていたのが、この数日で
えらく対決姿勢を前面に出すようになってきました。

あんた、こないだまで言っていたのは?
と突っ込みを入れたくなるような豹変ぶりです。

こないだ、下のような「行程表」を謙介
提示してみたのを覚えておいでの方もおいで
だと思います。

最初の部分「選挙期間中にけんちゃなよなこと
(適当にその場その場で都合のよさげなこと)
をいいまくる、ということが当たってしまった、
という感じです。

以下、下のような過程を経ていくのでは、
と思っているわけですが、、

選挙期間中にけんちゃなよなことを言いまくる
(あちこちで公約の大安売りをする)

大統領になって、各所から情報が上がってきたら
候補の時のようなお気楽なことが言えないないことが分かる

あちこち調整したけど、無理

こないだの公約はどうなった、と不満の声が上がり始める

とりあえず求心力を復活させるために「反日」をしてみる
で、慰安婦問題の合意は破棄と日本政府に告知する

どうだ、日本に対して堂々と言ってやったぞ、と
えっへんと自慢をする

一時そのことによって世論は静かになる

それでもやはり公約実現はできていないので
各所から抗議の声があがる

内政でにっちもさっちもいかないところに
中国は「さあど問題」があるし、日本は「たけしま」やら、
「うぃあんぷ問題」があって、外交的にも内政的にも
行き詰ってしまって、しっちゃかめっちゃかの
じょうたいになる

やけくそ、もしくはけんちゃなよ、になって投げ出す

まぁねぇ、、ジェニーであろうとチョリーであろうと
誰が大統領になったとしても、
今まで40年間韓国政治を見てきて、想像できるのは、
こんなふうな経緯をたどるのは、想像に難くない、
という気がします。

ただ、以前駐韓大使をつとめられた武藤さんの
お話では、じぇにーさんのほうは、案外
現実的な考えをする、人だそうなので、

そういう意味では大統領になって、
現実的な状況を見せられて、意見を豹変させる
という可能性があるかもしれない、ということ
でした。 

でもねぇ、韓国の世論がその転換をどう見るか、
ということではありますねぇ、、。

これからも適宜状況を検証していきたいと
思っているのです。

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17. 03. 10

このあと

おとなりのけんちゃなよ国で、
大統領の弾劾裁判について、
今日判決が出ましたね。

まぁ、国民の情緒(じょうしょ、と読んでね)が
法規に勝る国ですから、
こうなるのは、予想のついたことでしたが、、
8人の裁判官全員一致だったとのこと。


うちの仕事場に、以前、大津事件で
判決を出した、児島惟謙(こじまこれかた)の
子孫が居たのですけど、今回のこの判決を見て
改めて児島惟謙のことを再認識いたしました。

で、5月あたりに大統領選挙があるそうですが、
今の予測ではむんたんがどうも当選するだろう、
ということですね。

そっから後は、まぁこないだ書いたようになるのでは
ないか、と謙介は思います。
(別に謙介でなくったって、見てたら誰しもそう思う、でしょ)


国内的には、当選するために気軽にあっちこっちで
ケンチャナヨな約束をしまくっていたことに対する
実行が求められる。

 ↓

でも、そんなことは簡単にはできない。

 ↓

あちこちでまーたまーたデモが起きる。

 ↓

で、必ず反対派がいて、
むんたんひめん! とか いいはじめる。
(くねのほうが良かった、とか言うかも、、
もっと積極的にくねは悪くなかった、とか)

 ↓

で、またむんたんを大統領から引きずり下ろそうと
いうふうになる。

こんな状態が続いて行くんじゃ
ないでしょうか。

で、対外的には、
中国は、米軍の「さあど」配備でげきおこ状態だし、
日本は、「ういあんぷむんじぇ」については
もう二度と話をしない、
と言ってるし、
アメリカは「貿易赤字の問題、分かってるだろうな」
とか言い出すし、、

周辺諸国とどのように話をつけるつもりなのでしょう。

うーん。誰が大統領になっても、画期的にあの国が
変貌をとげる、ということは難しいんじゃないですかねぇ。


それでは、当のむんたんが
外交についてどんな意見を持ってるのか、
と調べてみたら、「今は手の内を明かさない。ぴみる(秘密)!」とか
言っています。

(でもね、謙介はこの人、たぶんどうするのか、
具体的な方法は何も持ってない、もしくは、
超楽観的な考え方しかしていないと思うんです。きっと。)

で、仮に明確な外交のプランがあったとしてもです。
この人のプランは、支持層の韓国民には共感されたとしても、
(理解とは敢えて言わない) 彼の外交手法が
国際的には全然通じない考え方なんだ、というところが
あんまり分かっていない、んじゃないか、と思います。

韓国の政治家って、自分を消して、一度相手の主張とは
何か、冷静に分析する、とか、客観的に、見てみよう、と
いうことができません。

そこにはどうしても「自分」というバイアスが入ってしまって、
自分の主張から見た、相手、という見方しかできない。
だから慰安婦問題もあんなふうな経過をたどっているのだと
思うし、日本が大使をひきあげていることの意味も、
全然考えていなくて、日本が超強硬姿勢だ、とか言うのだと
思います。

どこまでも自分、しかないから、客観視することが
できないんですよね。


まぁ、あの国の大統領、という職務は、誰がやっても、国民の
理解を得られなくて、最後には、石もて追われるようなことに
なるのでしょう。


くねさん反対派(ローソク派)は歓喜して
韓国民主主義の勝利、とか言っています。
じゃあ、この後、どうすんのさ?
というところが聞きたいですね。

と言ったって、むんたんを担ぎ上げて大統領にした、として
その後の展開です。

まぁそんなこんなで、
眺めていきたい、と思いますです。
 

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17. 03. 07

一生その仕事をする

今日のタイトル、
「一生、その仕事をする」ということなんですが、、


謙介は小さい時から職人さんにあこがれていました。
今もありますが、太秦の三条通、撮影所の近くの
船○の自転車屋さんのおっちゃんのところ、
パンク修理とか、自転車の修理を見るのが好きで
よく行っていました。


書道をしていた関係で、和紙とか墨、筆といった
伝統的な職人さんの工房を見学する機会も多くて、、

そういうところに行くたびに、この道一筋の
職人さんの技術とか、その真摯な姿勢に
いいなぁ、と思うこともしばしばあります。


すごい技術ですね、と謙介が思わず言うと、
大抵の職人さんは、はにかんだ表情で
「これしかできないから」とおっしゃいます。

でも、よくよくそういう職人さんに、
仕事の話を聞いてみると、
毎日仕事をするために、道具について、
いつも手入れをしてベストの状態で使えるように
している、とか、
質にばらつきのある自然の原料を使いながら
品質を一定にするように苦心している、とか、
どういう段取りでやっていけば、品質がちょっとでも
良くなるようになるか、とか
本当に職人のみなさんは、陰でさまざまな工夫とか精進を
されているのが分かって、本当にすごい、と
思うのです。

この道一筋、ということ、本当に尊敬します。

ところが、
こういう一つの仕事を行う、ということについて
韓国では褒め言葉ではなくて、罵詈雑言になるんです。

「お前なんか、一生その仕事をやってろ! 」って。


前から何度も言っていますが、
あの国は転変が非常に速い、というのか
飽きっぽいというのか、、

謙介がはじめてソウルに行った時、
やたらめったら多かったのがドーナツ屋でした。
4、500メートルおきにドーナツ屋があって、、
あまりの多さにびっくりしたことがありました。
それから数年後、またその辺を通ったのですが、
ドーナツ屋は全く無くなってしまい、
今度はレンタルCD屋になっていました。

あれが流行るとなったら、その店を作り
今度はこれ、となったら、また別の店にする。

謙介の住んでいた近くの角の店なんて、
1年の間に、女性下着の店⇒トッポギ屋⇒
レンタルCD屋⇒海鮮料理の店、
と4回も変わりました。1年の間にですよ。

韓国では李朝時代の身分制度の考え方が
今も結構あって、商売をする、というのは
あまり良いイメージで語られません。


職人さんなんて、もっとひどいです。
はっきり言って差別的な言い方で
本当に身分の低い奴、という言い方です。

「あんな仕事」というようなニュアンスで
言われます。

だからモノづくりの喜び、とか、
(この国も大分怪しくなってきてはいますが)
職人さんに対する敬意というようなこともないし、
(リスペクトなんて言わない!)
そうしたことで道を究める、なんていうことは
理解できないのでしょう。

お店にしたって、老舗というようなものは
ほとんどありません。

そんなことばからでも、あの国の
ものづくりに対する考え方が
分かるように思うのです。

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17. 02. 23

例によって例のごとく

韓国のことに興味を持ったのが、
1979年くらいからでした。

当時はまだ韓国国内は半軍政の時代で
民主化を叫ぶ学生デモ、市民デモが
頻繁に起こっていた時代でした。

はじめてソウルに行った時なんて、
デモと警察との衝突にまともに
ぶち当たってしまい、
催涙ガスを浴びてしまった、
ということもありました。


まだあのころは金大中事件とか
KCIA(韓国中央情報部)とかの
記憶が残っていたころでしたし、
なんだか韓国自体が「危ない」
「やばい」ということで
謙介が韓国語を習う、と
言い出した時も周囲の人間の
反応は「変なことに巻き込まれたりしない? 」ということを
よく言われたものでした。

まぁ、それでも始めたのですが、
韓国語を外大の講座で習い始めて、
そこから興味の幅がどんどん広がっていきました。

韓国の歴史、文化、と専門の先生の指導もあったり
自分の専門分野に重なっている部分もあったりで
あのころはどんどん勉強して行ったように思います。
記憶力も良かったですしね。習ったことはどんどん
定着していきました。

それから社会的にはソウルでオリンピックがあったり
ワールドカップが共催であったりしたのち、
韓国ブームというのか、
よんさまの時代があったり、
日本の経済は全然だめだ、韓国を見習え
とかいうような時代があって、、
(途中は省略しますけれども)
まぁ今に至っているようなことです。

その間、ずっと韓国文化とか韓国政治を
見てきました。

韓国政治なんか見てて面白いの?
という質問をよく受けるのですが、
最初のほうは面白かったんですけどねぇ。
最近はもうまたか、という感じで、、
飽きてしまって。

じゃあ、どうして謙介は相も変わらず
韓国を見てるの? と聞かれたら
答えは一つです。

次はこうなって、こういう反応を示すだろう、
そうしてこういうふうになるのでは? 
と今までの40年近い学習に基づいて、
予測というのか仮説を立ててみるわけです。

で、その予測通りに行くのかどうか、
という確認作業をしている、ということなのです。


大体のパターンとしては以下のような感じですかね。

大統領選挙前 とりあえず有力候補を出す、
という目的のために、既存政党同士が野合して
新しい政党を作る。
       ↓
大統領選挙に勝っても、野合なので
政策とか、主張のすり合わせが「けんちゃなよ」な上に
旧政党間の自己主張の激しさのためにほどなく再分裂する。
       ↓
再び野合してまた新しい政党を作る

もうこの繰り返しだなぁと思います。

で、その時必ず党名につけるか
スローガンの中に入れるのが
「新しい」とか「正統」とかいう言葉です。

日本語の「新」は韓国語で「セ」と発音するのですが、
本当に韓国の政党って、「セ」が好きです。
というのか韓国文化として「セ」が好きです。

もう次から次へと「新」のオンパレード。


だからいつまで経っても、深化とか成熟ができない。
経験に学ばないから、
同じようなことが繰り返し起こります。

だもんでこっちとしても次の予想がつくのですが。

本題に入れずに永遠に入口でやいのやいの、
と言ってるだけ、という気がします。

新しい政治のうねりは
決まって「今までのはダメ」
「今度の新しいのが正統な政党」
とか言うのですが、それもまたすぐにつぶれてしまって、、。

今の政権与党だって、
ついこないだまで「セヌリ党」と言っていたのに、
先日(今月の8日)改名して、
自由韓国党(ちゃゆうはっぐったん)って
名前を変えたそうです。

しかしまぁ
この繰り返しがもう一体何回あったことか。(笑)

2015年の従軍慰安婦の問題についても
今の政権政府で合意したわけですが、
次の政権では、こないだのを破棄して
新しいのを作りたい、と言うようになるでしょう。

で、次の韓国の大統領候補で一番有力な人が
↓この人らしいのですが、、。

148163495358_20161213
謙介、この写真を見て、「ああ、まただ」
と思ったのでした。

この人の前に水色の手書き文字で
政治スローガンが書いてあります。

「わんじょに せろうん てはんみんぐ」って書いてありまっせ。


日本語に直すと「完全に新しい大韓民国」ですよ。

アジョシ、
やっぱり使いましたねぇ「せろうん(あたらしい)」

しかも「完全に」付きですよ。強力ですねぇ。(笑)


ね。 例によって
「新しい」なのですよ。


政党ができても、すぐに分裂⇒破壊⇒野合⇒分裂
なので、「新しい」とか「正しい」と言わないと
人に訴えかけないのでしょうし、
そういう言葉が一定の支持を集めるだろう、と
思ってそういう言葉を遣ってる、ということ
なんでしょうね。

韓国の大統領って、だいたい下のような
経過を経るような気がいたします。


支持を得るために選挙中は
あっちこっちで有権者に都合のいい
けんちゃなよなことを言いまくる。  (むんあじょしはここですね)
    ↓
あっちこっちで調子のいいことを言いまわった
結果、国民は、まぁそういうことまでしてくれるの、と
喜んで、支持をして投票をする。
    ↓
マスコミと市民の「うねりのような支持」を受けて当選する。
    ↓
自分は立派に大統領職をできると思っている。
自信満々で就任する。
    ↓
大統領選挙中に、あれもしますこれもします、と言っていた
そのつけがきて、にっちもさっちもいかなくなる。
調整がつかなくなって混乱が始まる。
    ↓
あちこちから「どうなっているんだ! 」と反発が起こる。
    ↓
反発はどんどん大きくなる。
    ↓
そのうち、側近の収賄とか、親族の口出しが明らかになる。
    ↓
より、反発が大きくなる。 
    ↓          (くねあじゅまはこのへん)
任期は5年なので、次第に陳腐化して
レームダック化していって
やけくその政権運営を行う。
    ↓
混乱のうちに退任する。
    ↓
大統領職務中の件についての弾劾裁判が起こる。

まぁこんなプロセスを経ていくのではないか、
と思うのです。

上のいま、一番有力な候補者だという人の
政治スローガンだという
「完全に新しい大韓民国」というのを見たって
あ、これは理想倒れに終わってしまうんじゃない?
という気がしました。


政治は「継続性」ということだって求められます。


完全に新しい政治なんてあり得ない。
そんなの無理です。

目標を高く掲げるのは結構ですけれども、
こんな政治、あなた本当にできるの? 
という気がします。


でもね、本人も、支持者も単純にそれができる、
と思っているのですよ。

と、いうのか、毎回新人が出てきて
「新しい時代」だの「新思考」だの、って
まぁ似たようなお題目を言ってるんですけどね。


ひとつ考えておかないといけないことがあります。

大統領と大統領候補者では集まってくる情報の量が
圧倒的に違ってくるのです。

外野から見ていたら、単純で、こんな問題は
こうしてああしたらすぐに片付くじゃねぇか、
って思っていても、いざその職について
集まってきたさまざまな情報を突き合わせていたら、
そんな単純な割り切りはできない、ということに
気づく、ってよくあります。


その職、その立場にならなければ分からないことって
あるんですよね。

そうなっていろいろな情報が集まってきたときに
果たしてこの方のおっしゃる「完全に新しい政治」とやらが
できるのか? っていうことなんですけど。

大丈夫なんでしょうか。


また例によって、あっちこっちでご都合主義の
お約束をしまくって、結果、首が回らなくなって
波乱と混乱が始まって、政権運営に支障が出る、
というふうになるんじゃないかぁ、とか、
謙介は思ったりしているのです。


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17. 02. 11

ぱんち

ブラタモ○、熊八さん出てこなかったですね。
過去にさかのぼって考えてみたら、
あの番組って、全体を巨視的に見ていって、
あまり一人の人に焦点を当てて考察をしていく、
ということはなくて、巨視的にそのまちの成り立ちを
見ていく、ということのほうが多かったですね。
次は神戸ですが、

予告編で須磨浦公園の「カーレーター」が出ていました。
昔は、滋賀の琵琶湖バレイにもあったんですけど、、
今は、日本中で須磨浦公園だけにしかない乗り物です。
謙介、中学生くらいのときに行って乗りました。

すこぶる乗り心地がよくない(笑)
だから普及しなかったんですけど、、。

でも、日本であそこしかない乗り物ですし、、
(正直いつまで営業するやらわかりませんし)
変なものに乗りたい! という人は、一度試乗体験を
お勧めします。
でもカガッチャガッチャと揺れまくって、、、
一度乗ったら、もうええわ、
という感じの乗り物ではありますが。


    ×      ×      ×

さてさて今日はケンチャナヨ国のお話です。
駐韓大使、日本に帰ってきて、ずーっとそのまんまですね。

謙介的には、まぁこうなるだろうなぁ、ということは
なんとなく予想がついていた、ことですけどね。

だって、今の韓国のあの政治状態で、
例の銅像を、ソウル直轄市中区および
釜山広域市東区が取っ払う、ということは
考えられません。


東区の区長なんて、絶対置いておきます、とか
言っているくらいだし、、。

そうなると、事態は動かない。
日本政府も大使を赴任地へ再度戻すことはしない、
(というのか、事態が変わらないのに、戻せない)

こんなの誰だって想像つきますよね。

今の日韓関係がこんなふうになったのは、
間を取り持つ人間が誰もいなくなってしまった、
という結果だろうと思います。

調整役をする人間が誰もいないのです。
というのか、大統領もああですし。


日本も韓国もそれぞれの主張をそのまま
ぶつけてきて、言いっぱなし状態です。

まぁ腹蔵なく、お互いの意見を言い合っている、
ということですから、謙介
公明正大で結構じゃありませんか、
とか思ったりもするんですけど。(笑)


謙介、1980年代からずーっと
韓国の情勢を見てきてた
わけですが、
これくらい日韓関係がクリアというのか明々白々に
対立している時期というのも
珍しいかもしれません。

今の韓国政府の中枢の人たちが受けた教育というのが
たとえば、国語教育ひとつとっても、漢字はけしからん
ウリナラの言葉と言えば「ハングル」だけで十分!
という教育を受けてきています。

これはどういうことか、と言えば、言語にしろ歴史にしろ
ものすごい愛国教育を受けてきた、ということです。

何でも韓国はすばらしくて、その韓国を植民地支配などした
日本と言う国はけしからん、という教育を受けてきた
わけです。

ですから最初から、日本に対して、「ふん」という態度です。

以前、韓国ブームとかがこの日本であったころに、
謙介、「どうして韓国の人が魅力的なの? 」と
韓国の人が好き、、と言っていた日本人に訊いたことが
あったのです。

そうしたら、「情が濃い」というお答えが返ってきたのでした。

ああ、なるほどねと思いました。
情が濃い、確かにそういう一面があります。

謙介、その時に言ったんですよ。

「情が濃いばっかりに、贔屓の引き倒しになって、
相手のことを冷静に見られないところがあるからね」
って。 

自分から見て気に入ったり、味方だと思ったら
もうべちゃべちゃというのか、自分の兄弟姉妹のように
接するのですが、その反対に気に入らない、となったら
手を返したように排斥するよ。そんなふうに
何をしてでもいい、という考え方だから、

と謙介言ったことがありました。


韓国の人は、「法律は法律として、運用は別」とよく言います。
「臨機応変の対応」が大好きです。


韓国では、公務員の便宜供与なんてよくあります。
その便宜供与は、親族に対して、です。
公務員が、親族に便宜をはかる、なんて
韓国の法律でも禁止です。

でも、「一族の栄誉のためになんとかしろ」と
親族の中の有力者が公務員である人間に
言ったら、何とかしてしまうんですよ。

今回の大統領と順実おんにの一件だって
そんな親密さから出たことでしょ?

この間も、長崎の対馬のお寺の仏像を盗んでおいて、
これは倭寇が来て盗っていったものだから返さなくていい、
というようなとんでもない判決を韓国の裁判所が出しましたが、
司法をつかさどる裁判所でさえ、あんなふうです。

謙介は必ずそういう時に、
「なら何のための法律なの? 
きちっと守ってこその法律だろうに」
とよく言い続けていました。

だから、「日韓外相が合意した内容」を
けしからん、もう一度やり直し、と言っている
韓国の政治家たちの発言を聞いていて、
「あ、やっぱりねぇ」と思ったのでした。

大体のパターンが、

お互いに決める→ほかのヤツが出てきていちゃもんをつける
→ご破算になる→新しい約束を決める→いちゃもんをつける
の無限連鎖ですもん。

前にも何度も言いましたが、
韓国人は「セ」(新)がもう大好きです。
約束したって、ちゃぶ台返しして、あれは無効、
と言って、「新しい」約束を、と必ず言い出します。

だから、
いつまで経ったって「深化」できない。
同じことの繰り返しです。

以前だったら、言うのやめるから金を出せ、
って言っていたのです。
それに対して日本は何度も何度も
それをやってきていました。
歴代の政権にお金を渡してきていました。

一昨年の日韓合意の時に「不可逆的」という文言を
入れよう、と言ったのは、ほかならぬ韓国の外交部長官だと
聞いています。で、結局これですもん。


日本政府もおそらくはこうなるだろうな、
と予想していた、はずです。

でも韓国の政治家って、中国にはあまり対抗しないのに
日本には何を言ってもいい、と思っています。

事態はどうせしばらく動きゃしないのです。

おそらくこのこう着状態はしばらく続くんじゃないでしょうか。

謙介、だもんで、日韓関係どうしたらいいの?
と訊かれたら、「ぱんちはだ」で行くしかないんじゃないですかね。

ちなみに「ぽんち」は漢字で書くと「放置」
「ほっとけば?」
ということですかね。


たぶん「ぱんちはだ」してたら、韓国政府から何かしらの
ある日突然のアプローチがあるんじゃないかなぁ。

ただまぁ韓国の人の慌て方、って、日本の人の慌て方と
ちょっとタイミングが違うんですよ。日本人よりよほど
切羽詰った状態にならないと慌てません。なので、
謙介なんかが慌てるタイミングより、ツーテンポくらい遅れて
慌てはじめるんですよね。


でも、そういう時って、極限まで来て慌てているから、
日本人より慌て方がダイナミックです。
で、その状況を変えようと思ったら、
結構大胆にそれまでの方針を変える。

理由「仕方がないじゃないか」です。


そこまで行ったら、何かしらのアクションが起こってくるかも
しれないですが、韓国は、大統領のごたごたで
それどころではないでしょうから、
しばらくこの状態がずーっと続いていくように
思います。

まぁ、しばらくは「ぱんち」で状況を見ていくしか
ないように思いますですね。


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17. 01. 07

感情のおもむくままに 

去年の暮れのことです。

ケンチャナヨ国の
釜山広域市は東区で、
なにやらもめていましたっけねぇ。

日本国領事館の前に、
『少女像』を設置しようとしたのだけど、
東区はそれは認めていなかったので、
像の設置は許可しなかった、と。

でもそこからが、とってもかの国らしい、
経緯をたどりました。

許可しなかったのは、そういうものは許可しない、
という規定があるから、で。
東区役所は「法律に照らし合わせて」
そういう判断をしたわけです。

ところが、そのことについて、
「どうして許可しないんだお前はパボノマ(バ○野郎)! 」
「このピョンシンノマ(病気野郎)!」
「屑! 死んでしまえ!」といった、
区役所を恐喝するような
電話が圧力団体からジャンジャンかかってきて
仕事もろくにできない状態になった、と。

それで一転設置を認めることになった、と
いうものでした。

前にもお話したこともあったエピソードですが、
謙介、ソウルに住んでいたとき、
○韓航空の本社営業部の
チケットカウンターに手続きに行っていたのです。
オープンチケットを買うためでした。


そうしたら、隣の席にいた、アジョシ(おぢさん)が、突然に
激昂なさって、やおらお立ち上がりになって、
カウンターのおねいさんに、椅子を投げつけたのです。

椅子は大きな音を立ててカウンターの中に
入りました。椅子は幸いにおねいさんにも発券関係の
パソコンにその椅子は当たらずに、
カウンター内の別のデスクにあたって、
そこで、大きな音がした、というだけで済みました。

ここはプロレスの会場かと一瞬思いました。
プロレス会場だったら、よくあるパターンの場外乱闘でしたが、
謙介のいたのは航空会社のチケットカウンターでした。
そういうことはあり得ないような場所でした。

アジョシはさらに大声をあげて
ひとしきり吠えると、おねいさんに詰め寄った
わけです。

アジョシの説明は、
何やら日本で1年間有効のオープンチケットを
買ったらしいのです。
それでも正式のルートで買った航空券では
ないらしかった。(だから購入価格は安かったはず)
でも、韓国国内で買うのよりは高い。

事実、あほみたいな価格差があります。
謙介がソウルにいた当時、
あしあな航○のソウル→高松の航空券を
高松で買ったら、片道が5万でした。
それをソウルで買ったら、往復で2万4000円だったのです。
つまり片道だと1万2000円程度、ということでした。

ある時にアシアナの窓口のおねいさんに
どうしてこんなに価格差があるのさ、って
訊いたら、「秘密よ♪」と言って
回答拒否されてしまいましたが。

大韓航○の窓口に来たアジョシは、
その生じた差額で、アップグレードしろ、
と言っていたわけです。

同じエコノミーで、大阪で買ったら、5万した、と。
ソウルで買ったら、1万円だと。

4万円の差額が出るのだけど、
その差額でもって、エコノミーのチケットを
ビジネスクラスにしろ、と言っていたわけです。

ちなみにアシアナの高松⇔ソウル便のビジネスクラスは、
当時、エコノミークラスの料金に
プラス7000円でアップグレードができていました。

アジョシすごいです。警備の別のアジョシが来たって
オフィス中に響き渡るような声で、
何だこの航空運賃は、と怒っています。

机をたたくわ大声で怒鳴りあげるわ、
すごいすごいです。


もうあっけに取られてしまっていました。

どうなるんだろう、と思っていたら、
おねいさんが、後ろの上司のところに相談に行って、
上司が出てきて、、また例によって、
アジョシはわめき散らして、、、


で、文字通りのすったもんだがあったのでしたが
最終的にそのアジョシ、アップグレードした
オープンチケットをもらっていましたよーん。

かの国では、声が大きくして怒鳴れば
事態はなんとでもなるのか、と謙介その時に
思ったのでした。

航空会社だって、運輸約款とか
規定というようなものがあるでしょうに。

でも、そんなものがあったって、アジョシが
怒鳴ったら、コロッと事態は変わったのでした。

法の秩序より、情の力です。
感情のおもむくままに、
大声でわめく、さけぶ、すねる。
そうするとその意見が通ってしまうのですね。

謙介その時に、ああこれがこの国の方法なのか、
と悟りました。

法がある、なんて言ったって
そんなもの文字通りの便法にしか過ぎません。

決めてあったはずの法も、「臨機応変」という美名のもとに
捻じ曲げられ、倫理もぶっ飛んでしまうのだ、
と謙介、その時に改めて感じ入ったのでした。

今回の釜山広域市東区で起こったことも
こうした国民性の延長線上にあると考えてみれば、
すんなりと理解ができるのです。

こんなこともありました。


それは、謙介の地区の担当の
郵便の配達のアジョシ(おじさん)のことです。

そのアジョシは、とても日本に対して反感を持っていました。
(反感を持つに至った経緯は知りません)
日本から、書留を送ってもらった時に、
配達するとき、その封書とともに、
「お前は日本人か? 日本人なんてろくな人間は
いやしねえ。 金、金、とか言って、金のことばっかりだ。」
とか、言ってきたわけです。

その当時も、竹島問題というのが非常にうるさい時期でして、
そのことについてもあれやこれや、とそのアジョシは
謙介に言ってきたのです。

最初は、いちいちこちらも聞いていて、
真摯に受け取って、胃が痛くなったり、
落ち込んだりしていたのですが、

○韓航空のカウンターのおねいさんの受け答えを
見てから、「ああ、こういうふうにすればいい」と
思ったのでした。

ある時に、書留が来て、例によってアジョシが
持ってきて、例によって、日本批判を繰り広げたわけですが、
あまりにバカバカしくなって、「だから? 」
と一言だけお答えさせていただき、わたくしもドアをバターンと
締めて、お引き取り願いました。

で、それだけ謙介に悪態をついた人がですよ、
書留を配達してきてなんと言ったか。
「今度日本に帰るときがあったら、当時のナショナ○、
の電気炊飯器を買ってきてくれないか」
と言ってきたわけです。

みなさんだったら、どう言いますか?
あれだけ謙介に悪態ついていた人間が、ですよ。
自分の都合のいい時だけ、要求をしてきます。
それも、自分の依頼です。


ええ。謙介だって言いましたよ。
「あんたね、こっちが日ごろ日本人だから、って言うので
言いたい放題言っていて、散々嫌な気分にさせておいて、
自分の依頼の時だけ、そういうことを言ってくるのか?
韓国人はみんなそんな人間なのか?
よくもまぁいけしゃあしゃあと
そんなことを言うよね。 
それに仕事上で、そんなことを頼んで来たら服務規程違反だろうが?
絶対にそんなことはしない! ぴょんしんのま、帰れ!」

最初は郵便局のアジョシ、反論してきたのですが、
こちらが大声で、ぎゃんぎゃん叫んで
文句を言ったので、これは勝ち目はない、と
思って、書留を渡すと帰って行きました。

ソウルで身元保証人になってくれていたソウルの姉から、
罵詈雑言のハングル、というのを習っていました。

そんなもの、使う機会があるのか、と思っていましたが、
いやはや、実践の機会があった、ということです。

一発殴ってやろうかと思いました。

自分の言いたいことは言う。 相手のことは
(自分によほどの利害関係がない限りは
言いたいことばかり言い募る)

自分の都合によって、自分が利して、使えるときは
親友だの、お友達だの、と、言う。
でも一度利害関係がややこしくなって、
自分にとって都合が悪いようなことになったら
徹底的に相手のことをこき下ろします。

ですが、カーッとなった分、忘れるのも速いです。

相手に対して怒るときは、
理知的、冷静なロジックの組み立てなんて
ないのです。 ただただ情に流されて
事態は動くばかりなのです。
きちんとした「法」とか「原理原則」「法則」は
感情の前には、無視されたり、破棄されてしまう、
ということは本当によくあります。

それで、すぐに新しいものを作ります。
ですから、韓国でやたら聞くのが、「セ」という言葉です。

日本語で言えば、「新」です。
次から次から「せっせっせーのせ」です。

いつまでも壊しては新しいものを作ってばかりですから
成熟とか、深まり、というものがありません。

短期集中型勝負には強いけれども、
じっくりと、時間をかけて、
ひとつひとつ地道に丁寧に積み重ねていく、
ということができない。

(だから研究だって、一時の感情に引っ張られてしまって、
真理を見誤ります。 客観的にものを見ない
見ようとしないし、地道な積み重ね、っていうのが苦手です。

かの国の学問研究というものが一事が万事、
こんな状態ですから、韓国からノーベル賞を受賞するような学者が
出てこないのだと、謙介は思います。)

大統領の親友のご令嬢の全なんとかさんが、このたび
北欧で捕まったとか。


あの子がもし、そういう親の力を利用することもなくて、
乗馬なんていうようなこともしていなくてですよ。

例えば、彼女があまり有名でない韓国の地方の地味な大学に行って、
ボランティア活動でもして、お年寄りのお世話が好き、
というふうな学生だった、としたら、国民の反感だって
あそこまで大きなことにはならなかった、はずです。


ところが、彼女の行った大学は名門の「いで(梨花女子○」だったし、
行動のひとつひとつが母親が権力と金を裏付けにしてやったことで、
勝手のし放題、好き放題なことをやっていました。

その言動すべてがあまりに目立ちすぎていて、、、
それがただでさえ大統領とおっかさんの関係で
カッカと来ている国民の反感を否が応でも高めることになった、
のでしょう。まさに火に油を注いだ状態でした。


大統領のご親友のこれからも、
そのご親友のご令嬢の運命も、
すべてはあの国で「大声で言っている人々」の
感情のおもむくままに決定し、処理されていくのだろう、
と思います。


でも、まぁ、今は大騒ぎですが、
数年経ったら、みーんな忘れているでしょう。
いや、ひょっとしたら数か月かも、、、(笑)

そのうち、
「ちょんゆら? ぬぐえよ?(だーれ?)」とか言うように
なるに決まっているのです。

昨日、日本政府は、大使・総領事の一時帰国を命じて、
週明けに帰国するそうですが、、。

これは韓国向けにやった措置というよりも、韓国以外の
諸外国に向けての示威措置のような気がします。


どうなるんでしょうね♪

ちょっと離れたところで、当事者意識を持たずに

(当事者意識なんて持ったら最後、腹が立って
しょうがない、ということになりますから。笑)

あの国を見ていたら、本当にいろいろあって、
興味が尽きることがありません。

謙介、もう40年近くかの国を
眺めておりますですが、、全然変わらないなぁ、
相も変わらずだなぁ、、と思いながら
見ているのです。

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16. 11. 29

事故調査結果

すみません。
本来なら「花かつおタウンのその5」に
行くはずだったのですが、
きょうのお話の元になった記事が、
早々に削除されそうなので
順番を飛ばして、今日はこちらのお話にします。

クンへあじゅまの自主退職要求デモ、
毎週毎週、すごいことになっていますですね。

で、とうとう早めに辞める、ということになったとか。
早めに辞める、ったって、いつになるやら
わかりません。 韓国民は可及的速やかに、
というのか「ぱりぱり」(急いで!)って
考えているでしょうが、クンヘあじゅまは、
切りのいいとこで、くらいに思っているのでしょうし。
むくげおばさんが大統領をやめて、次の大統領が
選出されて、かの国の世論が落ち着く、というまでには
一定の日数がかかりそうで、
まだしばらく混乱が続くのでしょう。

まぁ、だけど、
謙介、あのデモの写真、ちょっとムカムカしながら
見ていたりしているのですよ。

というのが、謙介がソウルにいたころ、
今、クンヘあじゅまのデモをやっている周辺は、
撮影が禁止の場所だったのです。

というのか、あのころの韓国って、
もうやたら撮影禁止場所が
ありましてですね。

ざっと言いますと、まず橋梁はダメ。
それから、地下鉄および地下鉄の駅もダメ、
高いビル、もしくは南山公園のような小高い場所から
市内を俯瞰するような写真を撮るのはダメ。
鉄道の線路もダメ。
大統領官邸を撮るのもダメ。

とまぁこんなふうにダメダメ尽くしだったのでございます。
どうしてか、と言えば、韓国は戦争中で、
そういう写真がまかりまちがって、北韓にそんな
写真が行ってしまって、向こうの連中がどこに爆薬を仕掛けたら
いいかが分かってしまうから、そういう場所の写真は
一切撮影まかりならーん! ということだったわけです。
(今も建前上は、韓国は戦争中です。もちろん
38度線以北、とですが)

(ついでに言いますと、2016年11月現在においても
韓国では、38度線以北の場所を北韓(ぷっかん)と呼びます。
テレビの中継の時なんか、韓国人はすべからく
北韓、と言っていますが、日本の同時通訳者は
北朝鮮と言い換えています。)


ソウルの中心部の一番広い通りに
世宗大路(せじょんてろ)というのがあります。

(以前は太平路 てびょんの、と呼んでいたのですが
通りの真ん中に世宗大王さまの像が建っております故、
そういうふうに名前が変わったのだと思います。)

徳寿宮(とくすぐん)の前のところから、
北に向かってまっすぐ伸びて、
景福宮(きょんぼっくん)の正門である
光化門(くんふぁむん)までの広い道です。

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この写真で人がわんさかいるのが、世宗大路ですね。

建物の説明をしますと、
右手前の白っぽい、通りに対して湾曲した
ビルが旧ソウル市庁舎です。その左斜め上
白っぽい塔で、アドバルーンの左側の建物が
ソウル市議会庁舎。
この二つは日本の植民地時代からの建物です。

ソウル市議会の塔の後ろのさらに白い
高い建物がコリアナホテル。
このホテルの建物も結構古いです。

正面奥に3つのトンネルみたいなアーチの
ある建物が見えていますが、それが光化門です。

その後ろが慶福宮で、さらにその後ろに
大統領官邸が見えています。

この写真なんか見ていたら、謙介、ホント腹が立ちますねぇ。

この沿道には、ほかに
世宗文化会館、美国大使館があるのです。

特に美国大使館の前あたりから、正面の光化門を
撮影しようものなら、お巡りさんがやってきて
「ダメダメ、ここは撮影禁止!」と言われ、
こっぴどく注意され、場合によっては
カメラを捕られそうになるようなこともありました。

どうしてか、と言えば、この光化門の彼方に
青瓦台(大統領官邸)があるからなのです。

それが今や、毎週この辺で
デモをやっていますし、もうなんでもありで、
写真バシバシ撮っています。

時代が変わると、こうですからねぇ。
謙介、ものすごい口調で注意されて
とても嫌な気持ちになったことは
今もはっきりと覚えています。

それでつい、なんだこんなに撮りやがって、
とかテレビに向かって思ったりするのです。

先日のデモでは、青瓦台の手前200メートルの
ところまでデモが許された、ということでした。
地理的に見ますと、景福宮の東側にブラジル大使館が
あるのですが、その辺か、もしくはもうちょっと南の
国際ギャラリーのあたりくらいまでデモが許された、
ということなんだなぁ、と思いました。

ただ、まぁ ブラジル大使館は、ブラジル大使館で
警備の人がいるでしょうから、国際ギャラリー前くらい
かもしれませんねぇ。


謙介がいたころは、あの辺に
韓国の有名なデザイナーの、
アンドレ・キム先生のアトリエがありました。

キム先生は数年前にお亡くなりになって
しまって残念です。先生の御作は本当に斬新なファッションで
見る分には結構楽しくて、好きだったんですけどねぇ。


ただ、今もグーグルマップ見たら、
大統領官邸(青瓦台 ちょんわで)に
行く道路は、意図的にそこだけ省かれていて
書かれてないんですよね。


というのか、大韓民国で発行された
どの地図を見ても、景福宮の北側は
ただ緑色が塗られているだけで、
何にもないことになっていますけどね。

ぴみるえよ(秘密なの♪)というところなんでしょう。


はてさて。 くんへアジュマは、この後、どうしますかねぇ。


      ×      ×      ×


で、ここからが今日のお話の本題になるのですが。
(え? 今までは前置きだったの?)

去年、韓国のタイヤ会社グループがやってる航空会社が
広島空港で事故を起こしたのですが、
その事故報告書が出来上がった、という記事を
見ました。

調査報告書の結果、は、機長の着陸強行が原因
だそうで、謙介の感想は、「あ、やっぱりね」というものでした。

「視界悪化により滑走路の位置を
把握できなかったのに、
着陸をやり直さずに降下を続けたことが原因」と
記事にはあって、思わずため息が出ました。


前に謙介、その航空会社の便で、ソウルの金浦空港から
広島空港に戻ってきたことがありました。

その時は広島空港、今の場所じゃなくて
広島市内の南部にありました。

あのころ、広島空港に着陸しようとする直前には、
宮島がいつも見えていました。

宮島の厳島神社の上空を飛んで、
着陸するようなコースだったと思います。

ですが、ある時、その宮島が全く見えない日が
ありました。視界不良で、全くの五里霧中状態です。

これは大丈夫なんだろうか、と思いました。
でも着陸態勢はどんどん行われて行きます。
主翼の後ろの席だったので、翼の出し入れが頻繁に
なって、その動作音が聞こえてきます。

客室乗務員のおねいさんは、
「よろぶん、あんねとろげっすむにだ、、」とか言って
着陸のご案内アナウンスをはじめました。
でもまだ陸地が見えません。

飛行機はどこを飛んでいるのか、、
機種によれば、機内にスクリーンがあって
コックピットからの着陸の状況が
スクリーンに映される、というのがありますが
謙介の乗った、B3の飛行機は小さい飛行機だったので
そんなものはありません。

横の席のおばあさんはお念仏をとなえはじめるし、、
でも、エンジンの音がどんどん変化しているのが
分かります。

大丈夫だらあか、とドキドキしていると、
やがて滑走路が見えてきました。
と、思うと、ドーンといつもより強い衝撃がありました。
続いてさらにドーン。

ジェットエンジンが逆噴射を始めます。
飛行機は滑走路の端まで行くと、Uターンをして、
エプロンのほうに行きました。

飛行機から降りて、空港ビルに入って
帰国の審査をしてもらい、荷物を取って
タクシーの乗り場まで来ました。
あのころの広島空港は、広島の宇品の港から
そう遠くなくて、良かったんですけどね。
(今はものすごーく遠くなってしまいました)

空港から乗ったタクシーの運転手さんが
訊いてきます。
「今のソウル便で着いたのですか? 」
「あ、そうです。」

そのあと、運転手さんが言ったのが
「今日は視界不良でねぇ、JA○も
AN○もみんな引き返したんだけど、
アシア〇だけ、着陸したんですよ。
だから、あの飛行機が、今日広島空港に
着いた最初の飛行機ですわ」

というお話でございました。

このときも、言ったらまぁ強行着陸した、
ということだったのでしょう。 ですが、
たまたま運が良くてうまく行った、と。
で、いつものようにちょっとくらいの
悪天候なんかへへへのへ、とか言いながら
強行着陸をやったのだけど、
たまたまうまく行かなかった、
ということなのだろうと思います。

こんなふうに、強行着陸をやってでも
着陸してみせる、というのは、
アシア○というのか、韓国の人の
思考・志向パターンなのではないか、と
思うのです。
いちかばちかやってみて、
成功したらオッケーだし、
失敗したら、まぁ仕方がないかなぁ、、

それが一個人の場合だったら、
失敗しても自分だけが責任をかぶればいいのですが、
こんなふうに公共交通機関の場合でしたら
乗客がいて、その乗客に被害が及ぶ、
ということになります、よね。


でもねぇ、おそらく自分=乗客という考え方で、
あんまり他者、という意識がないように思います。
ソウルのバスなんか、ちゃんと停車しませんもの。

バス停にバスが来ても、バスの車両はずーっと動いてる。
乗車口のドアが開いてもバスは動いている。

そこに乗客は飛び乗らなければなりません。

ソウルの友達に「そんなの危険じゃないか!」と言ったら、
「エスカレーターを見ろ、ずっと動いているところに
ぽん、と乗るではないか」
と言われてしまいました。

バスが停まらない、なんて、
日本では考えられないようなことですが、
そんなのあの国では至って普通のことです。

そういう志向の延長で、考えたら、謙介は
まぁ、強行着陸、と言うのも、そう変わったことではない、
とか思うのです。

と、いうようなことで、機長の強行着陸、
という事故調査結果を聞いても、全然驚くようなことはなくて、
まぁ、いつものことね、くらいにしか思わなかったのでした。


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