心と体

17. 01. 28

しばらく更新をお休みします。

さきほど追突事故に遭ってしまいました。

幸い何とか生きております。
そういうことで、しばらく更新をお休みします。

また落ち着いたら更新しますので、
その時はどうぞよろしくお願いします。

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17. 01. 18

ストレスチェック結果

今朝勤務先の入り口のところ、、標識がこんなふうになっていました。
Img_1493_1


横から見たらこんなふうでした。
Img_1492_1
車がぶつかったらしいのですが、
見通しの良い道路です。どうしてぶつかったりするのでしょう。
加えて横は用水路で。 標識にぶつかったために
標識がガードレール代わりになって、車が
用水路に転落するのは避けられたようです。
(車が落ちたという形跡がない)


       ×      ×      ×

去年の11月の終わりだったかに
職場でストレスチェックを受けたんですよ。
今回、その結果が返ってきて見てみたら、
Img_1687

高ストレスの状態だ、と書かれてありました。 
Img_1688

産業医の受診をしてください、ともありました。

で、いろいろと書いてあるんですよね。
仕事をほかの人に代わってもらうように、とか。
そうなんですよ。
それができたらどんなにかいいのですが。

うちのセクションは4人で仕事をしています。

謙介と同僚の女性とほかに管理職と
後、非常勤の女性です。

謙介の仕事、確かに資格のいる仕事なんですけどね。
で、もう一人の専任の女性もその資格を持っています。

ですが、管理職はその資格を持っていません。
というのが、他のセクションから来た人で、
加えてその人は定年まであと2年ということなので、
二人のやっている専門的な仕事を覚えようとしてくれることは
ありません。


というより、二人がいるから、ということで
その仕事から逃げています。

人事担当者から、今の管理職を
うちのセクションに持ってくる、
という話があった時、「どうしてうちなのですか?」
と聞いたら、「だってほかに持って行くところがない」という
お返事でした。

要するに専門が二人いて、仕事をこなしているから、
そこに持って行っても何とかなるだろう、という考え方
だったのでしょう。

その時の人事担当者、そういう人事をしておいて
1年後に肝臓がんが悪化して亡くなってしまいました。


専門職二人の仕事は、それぞれが分担しあっています。
そういうと聞こえはいいのですが、

それぞれが自分の分担の仕事をするのに精いっぱいなので、
片方が休んだとしても、そのフォローはできない、
ということなのです。 

そりゃ最低限の書類を受け取るとか
伝言を伝える、という程度のことはしますが、
謙介が彼女の代わりに、彼女の業務をする、ということは
無理です。

なので、仮に体調不良で休んだとしても、
自分の机の上に不在の間の仕事がどんどん
積み重なっていくばかりなのです。

たとえばに謙介の仕事は、他の関係機関との
資料の貸し借り・送付という仕事もしています。

しかも以前にこんなことがありました。
木曜日・金曜日と出張があって、大阪に行っていたのです。
謙介が月曜に出てきたら、木曜に東京は本郷の某大学から
資料を送ってくれ、という依頼が来ていました。

ですが、さっきも言ったように、その依頼の資料を探し出して
送る係はうちでは謙介だけですし、そうした依頼は謙介の
仕事場のパソコンだけに来るようになっているので、
謙介が不在の間は、パソコンを立ち上げることもありませんから、
従って依頼はそのままで留め置かれていた、ということです。

そうしたら、月曜の朝いちばんにその本郷の某大学から、
資料がまだなんだけど! どうなってるの? という督促のお電話が
かかってまいったわけでございます。

出張明けで、居なかった間の出張報告にはじまって
溜まっていた職場内の事務処理をしている時に
そういう電話がかかってきたので、

「うちは1人で、他の業務と掛け持ちでやっています。
しかも木・金は出張で不在でした。そちらが
お急ぎ、というのであれば、こんな四国くんだりの機関に
依頼なんかせずに、都内の機関に依頼したらよろしいでしょう。」

「そちらでは、この係の方は何人いらっしゃるのですか?」
と聞きましたら「10名ですが」とのお返事。
と言っておきました。そりゃ、東大であればスタッフだって
何十人といるのでしょうが、うちはそんなこと無理です。

そういうふうなことで、ちょっと不在にしようものなら、
よその機関からもあれこれ文句を言われることもありますし、
全く休めないのです。

普通ならそういう時にこそ管理職が
仕事のフォローをするものだと思うのですが、
うちの管理職なんて、「ボクはよくわかんないから」と言って最初から
逃げていますし、、。

仕事場では業務の年間計画を作成して
さらに上のセクションに出さないといけないのですが、、
そういうの、って管理職の仕事だと思うんですが、
ボク、よくわかんないからやってねお願い、と言って
こちらに丸投げです。結局のところ、
謙介さんの仕事になってしまっています。

このストレスチェックの結果、同僚の女性に
どうだったの? と聞いたら、彼女も同じく
高ストレスの状態で、産業医の面接が必要
とのことでした。

産業医の面接を受けたところで、
今の職場の人事環境が刷新されるとか
新しい人が入ってきて、仕事にゆとりができる、
ということがあって、職場環境が飛躍的にでも
変更のない限り、改善は難しいと思います。

保健担当の人に、そういうことですから
いくら医者の面接を受けたって
仕方がない、ということを申し上げました。

ストレスチェックは、毎年実施するとのことですから
来年度も実施して、その結果がやはり芳しいもので
なかったとしたら、その時、考えます、ということで
最終的な結論になりました。

これをお読みのみなさんの職場では
ストレスチェック、実施されていますか?
そして、どんな結果が出たのでしょう。

あーあ。もうちょっとお気楽に生きたいです。

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16. 11. 14

リスクは常にある

先週の水曜は、がんセンターで、
主治医による検診日でしたので、行ってきました。

以前、3剤併用の治療をしていた時は、
週に3回も通院していて、治療で行かないといけないのは
分かってはいました。でも、週に3回の通院は
正直辟易としていました。 

治療終了後は、月に一回と、行く回数も
減ってくれたので、ずいぶん楽になりました。

今回は超音波診断がありました。
暗い検査室で、何だかよくわからない
砂絵のようなものを見せられつつ、
担当医の解説があります。

機械が起動してすぐは、
直線が2本、画面の奥に向かって
対照に伸びていて、、
なんだか、夜の飛行場で、
飛行機がこれから滑走路を走って
離陸をする時の画面のような感じ
なのですが、、それが、版画のローラー
みたいな機械の先に、ゲル状のどろどろ
したものをつけて、おなかの辺を転がすの
です。その転がすたびに、息を止めろ、
じっとしていろ、と主治医から指示が来ます。

バリウムを飲んだ胃の集団検診の時も
そうですが、ものすごく無理な姿勢でいるときに
じっとしろ、息を止めろ、という指示が来るんですよね。

実は前回の検診が先月だったのですが
その時にちょっと異常な影が見えたので、
継続検査として、もう一度、超音波診断を
することになったのです。(通常なら半年に1回くらいです)

検査の結果は特に異常となるような
点はなかった、ということで安心しました。

検査の後、今度は主治医から、
写真を見ながらの解説が加えてありました。

やはり問題となるようなものは見当たらなかった、
ということで安心したのでしたが、、
主治医の先生は怒っていました。

来年ね、また新薬が出るんだけどね、と
主治医の先生はおっしゃいました。

また、ですか?

と謙介思わず言ってしまいました。

ここ4年ほど、毎年のように新薬が出ています。

去年出た薬は謙介が一昨年使った薬よりさらに進化した
薬でした。

謙介の時は、ソブリアードという薬を3か月間飲みつつ、
インターフェロンの注射とリパビリンという薬を半年
続けなければならなかったのですが、
去年出た新薬は、3か月間、その薬だけ飲んでいたら
オッケーという薬なんだそうです。

謙介の時は、どうしてもインターフェロンを使うので
やはり副作用がきつくて、本当にしんどい治療でした。

ですが今の薬なんて副作用がほとんどないのだとか。

でも、まぁ新薬の力というのはすごいので
今までどうしても除去できなかった
ウイルスを、ほとんどの人が除去できることになりました。

最初の頃はインターフェロンでウイルスを除去できるのは
5パーセント、って言われていました。それがリパビリン併用療法が
できて30パーセントになり、今や新薬によれば、99.8パーセント
くらいの人が除去できるようになりました。

で、主治医が怒っているのは、そこなのです。
確かに新薬によってウイルスをほとんど100パーセント近くまで
除去できるようになりはしたのですが、、、。

ウイルスを除去できたこと、イコール
「C型肝炎は治る時代になりました」と今、流れているCMが
言っているわけですが、あれは
正しい表現ではない、と言っているのです。

主治医の言うのは、確かにウイルスは消える、
しかし、今までウイルスに感染していたために
肝臓が相当に痛めつけられているために
非感染者に比べて、肝がんになるリスクは
非常に高いのだ、という話です。

だから謙介のように、新薬の治療が終わっても
継続して定期的に肝臓の状態を見て行かないと
いけないのだ、 という話でした。

たとえば、60歳まで煙草を吸っていた人が
60歳で禁煙したから、といって肺がんのリスクが
0になるのか、と言えば、やはり非喫煙者よりは
リスクは高いわけで、それと同じだ、と言う話でした。

というわけで、これからもずっとこの砂絵のような
画面を見せられながら、主治医から状況の説明を受ける、
ということは続く、ということなのでした。


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16. 08. 24

えーっとあれは

土曜日に車のオイル交換をしました。
謙介の場合、
大体3000キロでオイル交換をしています。


謙介の場合、年間の走行距離は30000キロから
33000キロです。

実は、ごく最近まで、自分の走行距離って
他の人に比べてあまりに多いのだ、ということを
知りませんでした。

ほかの人もみんなこの程度は
走っているものだろうと思っていたのです。

どうしてほかの人の走行距離が少ないということが
分かったのか、と言えば自動車保険のCMからでした。

自動車保険のCMで、マイカーの平均的な
年間走行距離、というグラフがあって、出てきたグラフを
見たら、一番多いのが3000キロから5000キロ
とありました。

その時になってはじめて、自分の車の年間走行距離って
やたら多いのだ、ということが分かったのです。


そういうことで、他の多くの人は、年間の走行距離が
5000キロ以下だろうと思われるので、オイル交換も
年に1度か2度くらいで済むのではないでしょうか。

ですが、3000キロなんて、謙介の場合は
一か月半、くらいで走破してしまいます。

なので、オイル交換も、大体年に6回から7回
行う、ということになるのです。

オイルの交換は、自分で何とかできるのですが、
エレメントの交換はやはり工場に持っていって
やってもらわないとできません。

今回はそのエレメントを替える、ということが
あったのですが、、。

困ったことが起こりました。

謙介、その「エレメント」という名前を度忘れ
してしまったのですよ。

えーっと、あれって、どう言っていたっけ、、

まず出てきたのが、クレメントでした。

クレメントは、ホテルです。
Jr

クレメントじゃない。
えーっと、、
その次に出てきたのはなぜか
「エアロスコープ」というわけのわからない単語で。

思わず「?????」と思ったのですが、

その次が「エアインディア」
インド航空なんて全然関係ない!

で、次に頭に浮かんだのが
「トルハルバン」
違う! どうしてそこで済州島が出てくるのか。

「エアロビクス」
これも違う。

どうも頭に「え」がつくのと、
途中に「ン」がつく、というあたりで
頭が逡巡しているようです。


うーん。思い出せない。

こういう時に焦って、どうしても思い出そうとがんばっても
無駄なだけ、ということを謙介も学習しました。

思い出そうとして焦ると、却ってよくないのです。
だから思い出そうとするのを一旦措いて、
お風呂に入りました。

やっぱりお風呂に入ってリラックスすると
良いのですね。
「エレメント」というのがぽっかり出てきました。

おおっ! 線がつながった。

エレメントです。 クレメントとちょっと違っていただけだった。
たぶんクレメントの親戚(と言ったって、ホテル名と車の
部品では全然違うのですが)
と、意識が覚えようとしたのだと思います。


お風呂から上がって、まだ濡れた身体のまま、
メモ用紙をひきちきって、ボールペンで
エレメントの交換を言う! とメモしておきました。

(すぐに忘れそうだったので)


最近は忘れそうなことはすぐにメモをして、
目に見えるところに貼っておきます。
1日1回は必ず見て、用済みのものは
捨てる。
パソコンのネット上のスケジュール
を入力するのはダメです。

手で文字を書かないから。

書くことで意識づけになって、覚える、
ということですからね。

最近友達と話をすると、この物忘れのことが
ものすごーく頻繁に話題に上ります。

外出するとき、携帯を家に置き忘れて
車で途中まで行っていたのに取りに戻った、
という話から始まって、歯医者の診察日を
忘れて、お医者さんから電話がかかってきた、とか
もう忘れ物の話のオンパレードです。

で、最終的な結論としては、
忘れても、あ、そうだった、と思い出すことができるから、
とりあえず今のところは、
歳相応なのだ、というところに帰着するのです。

みなさんは、物忘れ、ないですよね。

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16. 08. 14

胃内視鏡検診(その2)

前回に引き続き胃の内視鏡検診の話の続きです。

名前を呼ばれると検査待合室に行きます。
謙介と同じ時刻に来た患者さんは6人でした。

ここにはストレッチャーが10台置いてありました。


そのうちの1台を指示されました。
そこに坐ります。

看護師さんがやってきて、
今ほかの病気で通院しているか、
どんな薬を使用しているのか、いろいろと
質問されました。

それが終わると、横になってくださいという指示があって、
横になったところに、口の中にどろっとした
甘苦いゲル状のものを含まされました。
3分間含んでおいてください、とのことです。


これはのどの麻酔ですが、これはがんセンターと同じでした。
その間に、腕に注射がはじまりました。
ここでいよいよストレッチャーに寝たままの状態で
検査室に運ばれました。

ストレッチャーに乗ったのは、もうずいぶん前に
がんセンターに入院した時に、肝臓の内視鏡検査を
した時以来です。


それが終わると、口にマウスピースをしたのですが、、。


「はい終わりました」と、看護師さんの声がしました。

「え?」と思った時には、すべて終わっていたのです。

あらまぁ。

オエッも、胃カメラが食道を通っていく不快さも、
ぜーんぶ気づかぬうちに終わっていたのでした。


はい、ゆっくりと立ち上がってくださいね。
と言われて、ストレッチャーから
身体を起こして、別室に移動しました。

そこには、コーヒー、紅茶、日本茶のサーバーがあって、
看護師さんが、これを一緒にひとつ召し上がってください、
と、フィナンシェをお皿に並べて持ってきてくださいました。

コーヒーと、そのフィナンシェをいただきつつ、
なんだか狐につままれた、という感じです。

本当に終わったのかなぁ、と思って時計を見ましたら
しっかり1時間近く時間は経過していて、
終わったのだ、ということのようでした。

がんセンターの検査はこんなふうに寝ていて、
なんていう検査ではありませんし、
検査の最中はモニターの画面を患者さんのほうに
向けてくれて、主治医が逐一説明してくれるのです。
いつも受けている肝臓の超音波画像も同じように
主治医が横で機械を使いながら、ここが胆嚢、ここが
肝臓、ここが膵臓、と説明をしてくれるのですが
素人には何が何だか正直よく分かりません。

しかし胃の内視鏡は、先にライトがついていて
胃の中をリアルに照らし出すので、素人が見ても
はっきりと胃の中のようすが分かります。

過去2回とも腫瘍とかなかったから良かったのですが、
見ていて、ここに腫瘍がありますね。これは切除しなければ
なりません、とかいうようなことになったら、、
それはそれでショックですし、、。

今回は寝ていたためにそういう自分の胃の中を
リアルタイムで見る、ということはなかったのです。

しばらくして診察室の前に来てくださいと言われ
クリニックのお医者さんから写真を見せていただきながらの
結果説明がありました。

「これが胃の中です。特に問題のあるようなところは
なかったです」

ということでした。

ということで11時20分に会計を済ませて
クリニックを後にしたのでした。
費用は3割負担ですので、4300円ほどでした。


お菓子もコーヒーもついて、
全然痛くなかったし、、、
これだったら毎年受けてもいい、とさえ
帰りに謙介は強く思ったのでした。


もちろん、帰ってから、推薦してくれた
友達の御母堂にもお礼の電話を早速にしたのでした。

聞いたら、そのクリニックの先生が、
まだ20代に御母堂のいる大学の附属病院に
いたときからの知り合いだとか。
「上手だったでしょう」
「いや、まぁ、なんだか気がついたら終わっていました」

というようなことで、胃の内視鏡検診は
終わったのでした。

まぁ自分の胃の中の状況をリアルタイムで見られなかった
ですけど、、。(別に胃の中をリアルタイムで見られなくても
構わない、と謙介は思いました。)それより、あのオエッと
するのと胃カメラが食道を上下する嫌な気持ちが
なかったのはうれしかったです。


来年の検診では、引っかからないことを祈りたいですが
もしまた、要精検、ということであれば、
今回のクリニックに行こうと思ったのでした。


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16. 08. 12

胃内視鏡検診(その1)

うちの職場では、毎年4月に健康診断があります。

うちの健康診断は、
休暇を取って、指定の病院に行って受ける、
というのではなくて、
病院からスタッフが大挙してきてくれて、
仕事場に検査室を設えて、
そこで健康診断を受診するというものです。

で、内容は、というと、採血にはじまって、聴力、視力、
腹回りの寸法測定(笑) 胸部レントゲン、
とあって、担当医の問診があります。
それから40歳以上の人はオプションで
バリウムによる胃の撮影と大腸がん検診も
あります。(両方ともします)


それが4月にあったわけですが、
5月のはじめに
結果が来て、胃が要精検、
というお知らせが来ていたのでした。

と、いうことはバリウムでの検診で、ちょっと怪しいところが
あったので、今度は胃の内視鏡(胃カメラ)による検診を
受けてみなはれ、ということなのですね。

以前は毎週がんセンターに行っていましたから、
(ひどい時なんて、週3回もがんセンターに行っていた)
主治医に言ったら、
「それでは早速に胃カメラ検診の予約をしてね」
と言われて、ささっと受けさされてしまっていたのです。

そういうことで胃カメラ、
過去に2回ほど検診を受けたのですが、、
もう「塗炭の苦しみ」というのはああいうことを指すのだ、
と思われるようなしんどい検査でした。

正直、今度も要精検と言われた段階で、
あの嫌な記憶がふつふつとよみがえってきたのでした。


今回はまたあのげーげーオエッは回避したい。
そういう思いが強くて、友達に電話をしたのです。
彼の御母堂が、以前某大学病院の総看護師長だったのです。

彼女に「謙介の住む街で、胃カメラ検診の
上手な人、どなたかご存じありませんか」と訊いたのです。

そうしたら、「○○クリニックの先生、お上手よ。 私が保証します」
という力強いご推薦をいただきました。

いつもはがんセンターでの検査だったのですが、
今回は、御母堂のそのお勧めに従って、その○○クリニックに
行くことにしました。

クリニックのホームページを見ますと
胃の内視鏡検査は予約が必要とありました。
そこで8月8日の予約を入れました。


8月8日は、うちの仕事場、電気工事のために
終日停電する、ということで、一斉休業日になったのです。
それでその日の設定したわけです。

予約はすんなりと通り、8月8日の午前8時20分にお越しください
ということになりました。

検診日が決まったのですが、過去2回のしんどい検診を
思い出しては、またオエオエ言って苦しまないといけないのか、と
思うと、本当に憂鬱で、、、。

その検診の何が不快かと言って、
胃カメラがのどを通過するとき
オエッとなることと、食道を内視鏡が
通って行くのが感覚で分かるのです。
あれも不快です。

前の検査も、本当に嫌だったのですが、
やはり要精検と言われて受けたのでした。
結局問題はなかったのです。
今度もそうじゃないのかなぁ、と思いました。
でも、もし万が一、腫瘍とかできていて
手遅れとか言われたら話にならないし、、
と、煩悶する日が続いたわけです。

さて、時間は容赦なく過ぎて、
とうとう8月8日になりました。

予約を入れたときに前日の晩の10時以降は食べ物を
摂らないでください、という指示だったので
飲まず食わずで、出かけることになりました。

アパートからクリニックはそう遠い距離ではありません。
混雑がなければ、車で10分くらいで着くと思われました。

しかし、朝の8時頃と言うのは、
田舎でも一応朝の通勤帯なので
混雑はあります。 はて、どんなものか、と思い
ちょっと早め、7時50分に家を出ました。

そうしたら、渋滞も混雑もなく、
8時10分にクリニックに着いて
しまいました。
駐車場に車をとめて病院の建物に入りました。

待合室に行きましたら、8時20分から受付開始だったのですが、
すでにもう何十人も人が居て、、驚きました。

受付のところを見ると、初診者の方へ、という紙が置いてあったので
それを1枚もらって必要事項を書き込んでおきました。

受付開始になったので、保険証のカードとその紙と
職場でもらってきた要精検の紙を渡しました。
そうしたら、別に胃カメラ受付、というのがありますから
そちらに行ってください、とのことです。

早速胃カメラ受付に移動します。
血圧と脈をはかってください、とのことで、
血圧を測ります 上が104 下が62です。
すごいです♪ この日は血圧、100を越えていました。
(いつもは上のほうが96とか98あたりです)

それから検査の時に、鎮静剤を使うとかで
その同意書に署名捺印してください、という書類の
作成がありました。

刻々と運命の時が近づいてきました。
またオエッとなる検査をしないといけないと思うと
「屠所の羊」状態なのでございました。
いやだなぁ、と思いつつも、友達の御母堂の
アドバイスですから、多少はいいのだろう、ということも
思いつつ、、待合室で待っていました。

こんな話、1回で終えようと思いましたが、長くなったので
後半を次回に回します。 すいません、いつもながらの
だらだらとした話で。

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16. 05. 11

階段をのぼりつつ・泳ぎつつしりとり

笑点も司会者がかわることになりましたね。

笑点で思い出したのが
座布団運びの山○くんのことです、、。

謙介が小学生だった時、道徳の授業で
「明るいなかま」というテレビ番組を見ていました。

そのテレビ番組は20分くらいで、
見終わった後、
番組の中の登場人物の行動をクラスで話し合う、
というような流れで授業があったのです。

その時に、いつも問題を起こすのが、
今、笑点で座布団運びをしている
「山〇くん」だったように記憶しています。
(そのころはもちろん子役でしたが)
つまりは謙介が小学生のころから
山〇くんはテレビに出ていたのです。

彼がそのドラマ仕立ての番組の中で
どんな行動をしていたのかは、
今ではもうすっかり忘れてしまったのですが、
テレビの中で別の人が「まーた山田くんったら」とか
「山田くーん」と困ったようにほかの人が言う
セリフが頻繁に出ていて、、。それが結構印象に残っていて
覚えているんですよね。

そう思うと、笑点の座布団運びの前の
ずうとる○の前のさらにその前から
山田くんをテレビで見ているわけです。

だから彼の芸歴って
もう50年くらいになるんじゃないですかねぇ。

     ×      ×       ×

話は変わって。

この間、大山のぶ○さんの旦那さんの
砂川啓○さんが最近の大山さんのことについて
書いた本を読みました。

大山さんが認知症になった経緯、今の状態を
書いた本ですね。

大山さんは、かねてから認知症になってはいけないと、
「葡萄」とか、「薔薇」というような難しい漢字を書くような
練習をしていたり、いろいろと対策を講じていたらしいの
ですが、、、、。

それでもやはり認知症ということになった、とありました。

嗚呼物忘れ。


謙介の場合はもともと本当に頭がザルで、
記憶力なんて、、最初からひどいものでしたが、、
それが最近はは、もうザルを通り越して、
ダダ漏れのように忘れるようになりました。

人の名前が出てこない。忘れ物をする。

毎日そのことで、数回はやれやれと
悲しくなる瞬間が訪れるのです。

うーん。

こういうの、どうしたらいいんでしょうね。

うちの職場には、
老人向け体力保持についての論文を書いて
学位を取った人がいるので、
その人に聞いてみました。


前に謙介が時々歩いていてバランスを崩して
おっとっと、となることがあるんですよ、
これはどうしてなんでしょう?
と聞いたことがありました。

その人のお答えは
「老化です」と一言でした。

じゃあ、それを何とかする方法はないのか、とその
知り合いに聞くと、同時に2つの事をすれば?
ということでした。

たとえば、

階段をのぼりながら、100から7ずつ引く計算をする。
早足で歩きながら、しりとりをしてみる。
ということだそうです。

それからよく健康のためにウォーキングすればいいとは聞くので
効果はあるのか、と聞いてみたら、
長距離を歩けばいいのではないのだそうで。
1万歩も歩くのは却って体に良くない、のだそうです。

距離を歩くのではなくて、どういうふうに歩くか、という
徒歩運動の質についてが大切なのだ、
とのことでした。

謙介は、週に4回フィットネスクラブに行って、
プールで泳いだり、水の中でエアロビクスをしたりして
身体を動かしているので、身体は動かしているほうじゃないか、と
思います。


しりとりかぁ、、

で、謙介、早速やってみることにしました。


フィットネスクラブで、水の中でエアロビクスをしながら、とか
仕事場で階段を1段飛ばしで上がりつつ、
かごめ⇒めだか⇒かいがら⇒らっきょう
⇒うめぼし
とぜえぜえはぁはぁ言いつつ、
ひとりしりとりをやっていくわけです。

愕然としました。
すぐに詰まってしまって、
しりとりがつながらないの。

何人かで、ゲームでやるんじゃなくて
自分一人でずーっと日本語の単語をつないでいかなくちゃ
なんない訳なのですが、単語が出てこない。


うめぼし、しぃしぃしぃしぃ しまうまっ!
ま、まんじゅう あ、また「う」がきた。
うんどうかい⇒いろり(一体どういう展開なんだ)
り、りりりりり リンパ腺 あ、だめだ。んが来た。
り、りんどう、また、「う」だ。
う、うどんや⇒屋根⇒寝言⇒とうへんぼく⇒串カツ

本当にひどいです。
これは、ザル化が加速されて当然だと思いました。
みなさんはいかがでしょう、か。

これをやって、驚異的に頭の回転が速くなるのか?

さぁ、、、、。(笑)


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15. 10. 20

聞いておきました

前回検診のことを書きましたが、
もうちょっと身体のことを続けます。

先週の土曜日、うちの両親に前々から
聞こうと思っていたことを聞いてみたのです。

それは何かというと、
将来的に病気になって、それが重篤になって
口から食事ができなくなった時にどうするのか、
ということです。

具体的に言うと
胃ろうという手段を取るかどうか、
ということでした。

おそらく胃ろうをするようになる状態というのは
寝たきりになってしまっていて、
自分の意思を伝えられない状態に
なっているのではないかと想像します。

そうなった時に周囲がどうしようどうしよう、と
あわててもなぁ、ということをずっと思っていました。


今は両親ともおかげさまで元気です。
だからこそ、今のうちに
聞いておかないと、と思ったのです。

聞いた結果は
オフクロのほうは、そこまでしなくてもいい、
ということでした。

オヤジは、胃ろうをしてでも生きていたい、
ということでした。

二人から異なった結論を聞かせてもらって
謙介としては、ああやっぱり聞いておいて
良かった、と思いました。


それは今までがんセンターに入院をして
一緒の病室になった人の家族の様子を
見てきて、これはちゃんと聞いておかないと、
ということをずーっと思っていました。

なかなかこういうことって
聞きづらいことではありますよね。

本人たちにとっても、
こんなことを聞かれて
「死ぬのを待ってんのか」と
考えられても困りますし。

ですが、ずーっと聞かずにいて
その時がやがてやってきて、
ただただあたふたと慌ててしまう、では
もっと困ります。
それで、一応今の気持ちとして、
「どうなの? 」ということで聞いてみたのです。

ただまぁこれは今両親は元気ですし
冷静に考えて、ということで
話してくれたことではあります。

仮にそういう状況になったとして
意見が変わらないのか、と言えば
変わる可能性だってあるかもしれません。
謙介の気持ちだって変化するかもしれません。

けれども、やはり本人の意思を聞いておく、ということは
大切だと思います。

いざとなった時に、こちらとしても
さっぱり手がかりが無い状態で
どうしようどうしよう、と悩まないで済みますし。


そのあとで、当然自分の場合は
どうか、ということも考えました。
たぶん胃ろうを行うというような状態まで行かずに
もっと早くにほかの病気で亡くなりそうな
気がしますが。

ですがターミナルな状態になったときには
胃ろうまではしてもらわなくてもいいと
思います。

胃ろうをしても、一時的に少しの間
とりあえず持つ、ということだけでしょうし、、。

何もできない、分からない状態で
天井だけ見て、生きているような実感が
持てない、というのも、どうだかなぁ、、。
と思いますし。

そういうことで、両親のことについて
聞くことができて、ちょっとホッとしている
謙介なのでした。


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15. 10. 18

検診には行きましょうね

先週の木曜のこと。
仕事をしていましたら、午前11時を少し回ったころ
うちの仕事場の統括責任者の人から電話がありました。
「ちょっと相談したことがあるから、来てもらえないだろうか」
ということでした。
「急ぎますか? 」と尋ねたら、「早い方がいい」ということで
すぐに部屋に行きました。
何事かと思って行ったら、
「早ければ今年の12月か遅くとも来年の3月で
退職したい。来年の人事のことで、意見を聴いて
おきたい」ということでした。

この人、2年くらい前までは元気そうだったの
ですが、、、

2年前の1月、主治医と相談して新薬での
治療を始める、ということになった時に、
一応この人にも話をしておいたほうがいいと思い
身体のことで、話をしに行ったことがありました。
その時は元気そうだったのです。

ただ、その時に「私も肝臓が良くないのだ。
だけど、経過観察で、ずっと来ている」というような
話をしてくれました。「謙介の治療がうまく行ったら
私も治療をしてみようか」とも。

謙介の治療が始まったのが、去年の2月だった
わけですが、それからしばらくしてその人は
1か月くらい急に入院をした、という話を聞きました。

退院して職場に復帰してから会うと、
ものすごく顔色が悪いのです。

こちらも去年は本当にしんどい毎日で
他の人のことどころではなかったのでしたが、
何度か書類の決裁をもらいにいく必要が
あって、仕事場内の事務連絡用の
スケジュールを開けてみると
あれ、また休みになってる、
と思ってみていたものでした。

前にも肝臓が良くない、と言っていたことも
ありましたし、肝臓の病気で顔色の悪い人っていうのは
謙介、もう山ほど見てきましたから、
おそらくあの顔色の悪さは肝臓由来なのだろうな、
ということはなんとなく想像していました。

話は先週のその時に戻ります。
重要な人事の話が終わった後で
その人の病状のことについて
幾つか聞いてみたのです。
病名とか、治療法とか。

病名は「肝細胞がん」ということでした。
それで、主治医からは緩和ケアで行きましょう、と
言われたのだ、という話でした。

謙介は「そうですか」とだけ言ったのでしたが
そりゃさっさと退職しないと、と思いました。

謙介なんて、もう主治医から何度も聞かされて
覚えてしまったのですが、肝臓には治療の
ガイドラインというのが決まっています。
軽度であれば、この治療、腫瘍が1つだったら
この治療、2つだったらこの治療というふうに。

そして緩和ケア、というのは、肝臓に腫瘍が
4つ以上できた状態であって、
それはもう根本的な治療ができない、
ということなのです。

肝臓の病気は、よほど重篤な状況にならないと
症状が目に見えるように出てきません。

だからついついまだ大丈夫、とか思って
状況を楽観視してて、病院に行くのが
遅くなってしまうんですよね。


謙介、去年の治療で何とか今は小康状態に
なってはいます。
しかし、他の人よりも肝がんになる確率は
4~5倍は高いのだ、と主治医から繰り返し
説明は受けています。

確かに病院に行く、って面倒ですし、、、
行って、何か病気が見つかったら、、、と思うと
恐かったりしますよね。
でも手遅れになったりすると、よほど厄介です。

検診にはちゃんと行ったほうがいいなぁ、と
謙介、その面談が終わってから
改めてそう思ったのでした。

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15. 09. 13

セメン菓子ふたたび

セメン菓子については前に一度取り上げたことが
あったのですが、、。

それと今日のお話は尾籠な表現が
ありますので、お食事時はあまりお勧めいたしましせん。

小さい時に祖母からセメント菓子を寝る前に
食べさされたことがありました。

味はすっかり忘れていたのですが、、、
(なんだか落雁のようなものだった記憶があります)
名前だけはしっかり覚えていました。
だって普通なら結びつかないような
「セメント」と「菓子」なんだもん。

で、あの「セメント菓子」というのがいったい
何だったか、ということが分かったのが、
つい数年前のことでした。

場所は大阪の四天王寺の門前。
そこにセメント菓子の看板のあるお店を
見つけたのでした。

でも、それを商っていたのは
お菓子屋ではありませんでした。
薬屋さんだったのです。

とりあえずそのお店に入って
「セメント菓子、ってありますか? 」
と尋ねました。
お店の人は、「今は作ってませんねん」
という話でした。
あれは正しくは「セメント菓子」ではなくて「セメン菓子」という
こともその時にききました。
固めるセメントではなく、駆虫成分のサントニンを含む
セメンシナというキク科の植物の略称からきているので
セメン菓子、ということも教えていただいたのです。

でもね関西では固めるセメントも語尾の「ト」を抜いて
みんな「セメン」って呼ぶんです。だからセメン菓子と言ったら
セメントのお菓子かと思っていたのですね。

ただそのあと、お店の人の言った
一言が衝撃的でした。
「虫下しの薬やからねあれは、もう今は作ってませんよってなぁ」

なんとあれは虫下しの薬だったのです。

と、言ったって、今の人に「虫下し」って言っても
分からないかもしれませんね。

以前は農作物に化学肥料を使っていなくて
人糞を使っていたわけです。

つまり汲み取り式のトイレで、糞尿をためる槽から
汲み取ったものを肥桶で運んで、それを畑の一隅に溜めておくツボを
設けておりましてそこに入れて、しばらくその糞尿を
発酵させておいて、それを畑の肥料にして
撒いておりました。

で、そのつぼは畑の端っこのあまり目立たないところに
ひっそりとあったものですから、以前はそこに
小学生がよく落ち込んだりする「事件」がありました。


そのツボを「野壺」と呼んだのですが、関西は
語頭に「の」がつく場合は「の」が「ど」に
変わるということがあります。

ですから「野壺」が「ドツボ」になったのです。
困ってしまうことを「ドツボやんけ」というのは
ここから来ています。
つまりは、その糞尿のツボに墜ちてしまう、
ということですね。墜ちたら困り果ててしまうでしょ。
今は「ドツボ」という言葉で残っていますが。

だもんで昔は田舎に行くと、そこここにそういう
糞尿を発酵させるのつぼがありまして、
非常に臭くてですね。

野壺から流れ出る臭いを「田舎の香水」
と呼んでいたのでありました。

謙介の居た右京区は区とかいいながら
すんごい田舎でしたから、農村地帯でした。
で、右京区から京都の市内にお百姓さんが
そういう糞尿を集めにまわっていたのです。

京都の街がおいおい水洗化していって
糞尿があつめられなくなると、
今度は鶏糞に肥料が変わりました。
今はもう全国チエーンの量販店の並ぶ
右京区の丸太町沿いも、以前はそこここに
養鶏の鶏舎が建っていました。
その鶏舎から出る鶏糞を肥料に使っていました。

しかし鶏糞も臭いです。
やがて太秦に映画村ができたあたりから
そうした鶏舎はみんな駐車場にかわっていきました。
それでも1970年代から80年代の初めまでは
丸太町沿いに田畑があって、そこで鶏糞を使って
居た記憶があります。だって本当に臭かったんだもん。

そういう糞尿が肥料だったので、昔の小学生は
おなかの中にギョウチュウとか回虫といった寄生虫が
いました。今の検便は胃腸の調子を見るためですが
昔の検便は体内の寄生虫を見るためもあったように思います。


それでその寄生虫を体外に出す薬として
虫下しの薬を飲まされたりしたのでした。

それがやがて肥料が化学肥料になって
そういう寄生虫の心配をしなくてよくなったために
虫下しの薬も必要がなくなり、
セメント菓子の販売もやめたのだろうと思います。

で、時は21世紀の2015年9月のことでございます。
がんセンターの内科外来でございます。

前回の採血の結果を見ながら主治医が
謙介さん、好酸球の値が高いねぇ、と言ったのです。
花粉症なのはうなづけるなぁ、、
好酸球はアレルギーの人が数値が高くなるのだそうで、、。

「ただ好酸球の高くなる要因がもう一つあってね」
と主治医は言ったのです。

「せんせいそれはどういう理由からですか?」と聞くと
「寄生虫が体にいたら高くなります」

「寄生虫ってサナダムシとかギョウチュウとか
回虫っていうようなあれですか?」

「そうです」

「いまどきそんなものいるのですか? 」

「いますよ。輸入物の有機野菜の中には、
人糞で作ってるのが結構ありますからね」
ということでした。

「化学肥料ではないでしょ。人糞だったら。」
とせんせいはおっしゃいました。
そのあとで先生は
「何でもかんでも有機野菜が良いように言う人もいるけど、
寄生虫の害っていうのもあるからね。」と言いました。

謙介はその時久しぶりに昔は当たり前に言われていたことを
思い出したのです。人糞肥料から化学肥料にかわった時に
これで寄生虫の害が無くなるぞ、衛生的になる、
とお百姓さんが言っていたことを。

セメント菓子がまた要るようになるかもしれないねぇ
とか少し思いました。


まぁマリア・カラスさんのようにおなかの中に
サナダムシ飼ってた人もいるけど、、。


好酸球の値の高いのは、しばらく経過をみてみませう、
ということでおちつきまして、
結局ギョウチュウとか回虫の検査はしなかったんですけどね。


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