いなかのせいかつ

17. 11. 18

「暴走事件」で思ったこと

こないだ、謙介の住む市内を、一台の車が
暴走しまくった、という事件がありました。

最初に市の北の郊外で、接触事故を起こした、
ということだったのですが、
その後調査が進展して、きいてみたら
例のりかちゃん大学のある街から
すでに暴走をはじめていて、、
その段階で、警察に通報があったのだそうです。

それで白バイが追いかけたのだけど、
危険だと思って追跡を止めた、と
ニュースで言っていました。

どうして追跡をやめたのさ?
謙介、この理由がよくわかんないんですけど。

そこから、謙介の住む町の北のはずれで
事故を起こしています。

りかちゃん大学の町から、
最初に接触事故を起こした地点までの
その間の所要時間が20分だった、という話です。

謙介もその道はよく通りますから、大体どれくらいの
時間がかかるかは想像できますが、
信号をきちんと守って走ったら、50分はかかります。

そこをたったの20分で走った、ということは、
ずーっと信号無視で、しかも速度を上げて走っていた、
ということですね。

この間の道、海岸べりの道で、
結構カーブの多いところもあります。
それからいくつかの町の中心を走るので、
交通量も若干多いところもあるのですが、、、
その間はどうなっていたのでしょうか。

もっと言えば、謙介の仕事場の横の道路も走っていた、
ということです。同僚が、出張で午後3時ごろ仕事場を
出たのですが、もう数時間その出るのが早かったら
この暴走車と遭遇していたかもしれません。


北の郊外で接触事故を起こした後は、市内に入って
電車通りをしばらく走って左折して、
大学街の南側を走って、右折して、お城山の下を
南に走ったようです。このお城山の下の道は
北行き一方通行の道なので、逆走して行った、という
ことなのでしょう。
それから商店街のアーケードの中を走りました。
ゑちごやの前を駆け抜けて行ったのが
商店街の防犯カメラに映っていました。

自動車の走行禁止のアーケードを
北から南に走っていったようです。
その間、白バイが追跡しているのも
映っていました。

商店街は鈎型になって直角に曲がっているので
そのまま右折して西に向かって走り
突き当りの高島○の辺に出て
右折して北に行き、県警本部の中に入って
出て、今度は県庁の中に入ってぐるっと入り口付近を
一周して、出て、、

とうとう最後に、なんとまぁ、愛媛新○本社の前で
車から降りて、別の車に乗り込もうとしたところで
ようやっと捕まった、ということになりました。

14日付の新聞を見たら、愛媛新〇だけ、
容疑者が警察に逮捕されたところの写真が
出ていましたけれども、そりゃあ本社ビルの前で
捕まったのですから、それっ! と行って撮影だって
できたでしょう。

で、その原因は、と言えば、
職場の人間関係に悩んでいて、
自暴自棄になった、っていうことなのですが、、。

でね、今回のこの事件、このやった人が
車の窓を開けたまま、
市内をぐるぐる走り回っていたので、
あちこちで写真を撮られているのですが、


開けたドアの上に右腕をどん、と置いて
顔を見たら、へへへへどうだ、さまあみさらせ
という表情でしたねぇ。

何せ田舎のことなので、
すぐにこのやった人の住んでいる
住所もすぐに分かってしまったんだけど、、。

近所の人の話によると、
おとなしい人で、、
全然あんなことをするような人ではない、
ということでした。

よほどいろいろなものがたまっていて、
その鬱積してきたものが、火山の噴火みたいに
一気に放出された、ということになったのでしょうかね。

その放出された時には、本人の意識でも
統御ができなかった、ということなのでしょうかねぇ。

突然切れてしまうおじさん、という人がいて
それでよく問題になっていますが、
今回もつまりは、そういう人の起こした事件・事故
ということだったのでしょうか。


そういう心の解放が行われないまま、
自分を抑圧し続けていると、
「どうして自分はこんな目に遭わなければならないのか」
という気持ちだけをどんどん溜めていくことになって、、
やがて爆発に向かう、ということになりますね。

自分の場合、こんなふうなところまでは、
行きはしなかったですけど。
ばーんと感情が大爆発したことがありました。


時に自分を解放することで、
心とか気持ちのバランスを保つ、ということは
今のような時代、ますます
必要なことになっているような気がします。

自分を解放する方法、
みなさんは何かお持ちでしょうか?

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17. 10. 20

選挙の時の市役所職員

昨日、期日前投票に行ってきました。
新しい仕事場の隣にデパートがありまして、
その中に市のサービスセンターがあって
そこで期日前投票ができるのです。
べんりべんり。

で、選挙と言えば、、、、
友達で、大阪府内の某市役所に勤務しているヤツが
いるのですが、、
彼が選挙の時の話をしてくれました。


「投票が終わるやろ?」
「ふん」
「そしたらな、投票箱の施錠ができているのを
立ち合い人ら含めて確認してもらって、
封紙をして、ハンコをおしてもらうねん」

「やっぱり厳重やね」
「そらそうや。 でな、タクシーに乗んねん」
「タクシーで、中央開票所に持っていくわけか」
「そうそう」

「で、タクシー乗るやん?」
「ふん」
「そしたら、NH○なんかの選挙のラジオニュースが
かかってんねん」
「まぁそやろな」

「そうしたら、8時過ぎたら、即当確が出る、というのか
当確をだすのよ。放送局」

「ああ、よう言ってるわなぁ。出口調査の結果、とか
なんとか」
「でも、こっちは今から開票所行くし」
「あはははは」

「なんや当確出てんのに、開票所まで持っていくの
むなしうなってくるで」
「まぁ仕方ないやん。立派なお役目やで」
「そらわかってるけどな」

と、ここまで言って彼はふふふとニヒルに笑ったのだった。

「でな、開票してみるやろ。
そうした時に、やっぱり○HKはすごいねん。」

「何がすごいの?」
「票読みよ。さすがにドンぴしゃ、というところまでは
いかへんけど、何十万票単位の得票の選挙やったら
誤差は千票程度やで」
「そこまで読むか?」
「うん。取材で、そこまで調べてるっていうのか分かってるみたい」
「すごいなぁ」

「普通の人は選挙が終わって開票結果を見たら
そんでおしまいやけど、こっちはまだ仕事やねん

そうやなぁ。我々は投票したら、あとは開票状況を
見るだけやけど、市役所の人とかは、
投票に至るまでの準備やら、投票日当日の仕事やら
終わってからは開票もあったり、
その設置したいろいろなものの片づけもあるわけで、、、

しかも日常業務の片方で、、
それはそれで大変なことやなぁ、と思ったりしたのだった。

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17. 10. 18

ま、適当です

来週、24日に出張があるのですが、、
果たして行けるのか、、
ちょっと不安になっている謙介さんです。


   ×        ×       ×


きょう、うちの仕事場に、JR○国の
広報の方がおいでになりました。

このたびJR○国が創立30周年に
なったので、記念誌を出したとかで
うちにご寄贈に見えたのでした。

わざわざお越しいただくなくても、
どこの会社とか学校でも一方的に
送りつけてくるので、お送りいただくので
構いません、と申し上げたのですが、

律儀にお持ちくださいました。
お持ちいただいたのは、JR○国の
広報の方でした。

謙介さん、ここを先途と今まで疑問に思っていたことを
いろいろと聞いてみたわけです。

JR○国の車両なのですが、
各停運用の電車の車両として

121系、6000系、7000系
というのがあります。

特急電車の車両として、8000系と8600系というのが
あるわけです。

この「なんたら系」の数字の付け方なのですが、
どういう基準で、この数字を付したのか、
長い間の謙介さんの疑問なのでした。

そこに、今日はうってつけの方が現れた、
ということです。なんたってJR○国の
広報の方ですから。(笑)

「この番号の付け方、というのは
規則性はあるのですか?」

「ありません」(きっぱり)

「じゃあ、適当ですか?」

「ま、そうですね。適当です」

「まぁ」(軽い驚愕)

ということでした。あんなものは他と区別ができたらいいので
便宜上につけた、というようなもの、ということですね。

「だったら、お千代とか、お米とか、長兵衛とかいうのでも
いいんだ」

「お千代はちょっと、、、、」

やはーり、理工系の人は数字にこだわるし、
文系の謙介さんは、そういう時に人の名前にしてしまえ」
というふうになるのでした。

ちゃんちゃん。

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17. 10. 16

運転していると、、

先日、今の車になってはじめての車検をお願いしてきました。
初めての車検で、走行距離は9万4千キロほど。

9400キロではありません。
年間3万キロちょっと走るので、
3年間でまぁ9万を超える、という走行距離になる、
ということです。

そういうことなので、普通の人は車のオイル交換も
せいぜい1年に1回あるかないか、というところでしょうが、
うちの車は、毎月オイル交換です。

結構走りますから、エンジンオイルは3000キロで入れ替えして
います。

たとえば午前中通常勤務に出勤して
昼前に退勤して、160キロ離れた実家に戻って
午後3時から、オフクロのケアマネさんとの
打ち合わせ会に出る、というようなことも
車があるからできるのです。

田舎に住んでいたら、車なしでの生活なんて
考えられません。

カーシェアなんておしゃれなことも
できません。日常的に毎日車が必要なわけで
たまにだけ乗る、というようなことはありませんので。

ということで、車の運転は毎日、ということになるのです。


この間から、6月に東名高速道路で起きた
死亡事故のニュースが話題になっています。

警察が慎重に捜査をしていって、
このほど高速道路の追い越し車線にワゴン車を
停めさせた、という人を逮捕していました。

あれで、無理やりワゴン車を高速道路の追い越し車線に
停めさせた容疑者のとった行動が
あちこちから非難をされています。


さっきから言っているように謙介の場合は、
車に乗る機会が多いもので、本当にいろいろな
ドライバーに遭遇します。

つい先日は、謙介、出勤しようとして
いつものように車を走らせていたわけですが、
後ろにランドクルーザーが来ました。
バックミラーで見ると、40代の女性でした。

この人がまぁ、車の車間距離をやたら詰めてきたのです。
もう煽っているとしか思えないような距離の詰め方です。

こちらが日産のマーチなので、
小ばかにしていたのでしょうかねぇ。

謙介の場合、マーチの前は、ノートに乗っていて
その前はウイングロードだったのです。
(もう外車は懲り懲りです。笑)

ウイングロードに乗っていた時は、割り込みをされるとか
煽られる、ということってなかったんですけど
マーチに乗り換えてから、煽られる、
急に突っ込んでこられる、というような
ことが結構出てくるようになりました。

マーチだと思って、きっと軽く見られているのかなぁ、と
思います。 そういう人も結構多いです。

ハンドルを握ったら人間性が変わる、
という人がいますねぇ、。
それと、前にも言いましたが、最近の車って
性能がいいものですから、
車を運転している人が全能感、を持ちやすいのだと
思います。

車を降りたら、素の自分に戻るわけですが、
車に乗っている間は自分は特別な存在、
なんでもできるのだ、というふうに錯覚しやすいの。

で、たまに車に乗る人ほど、車の運転から
全能感を得る、という心理状態に
なりやすいんじゃないか、と思うのです。

日常的に車を運転していたら、まずは現実的な
対応を考えるでしょうから。 どうしたって
安全に車を走らせる、ということを考えますもん。

謙介、高速道路は、90か100くらいで
走っています。

え? 日本の高速道路は100キロが
最高速度じゃないの? ということですが、
実際高速道路を走ってみたらわかります。

90とか100なんかで走っていたら、たちまちに
「おらおら、どかんかい、われ、トロトロ走るなあほが」と
言わんばかりの運転をしている人が
すんごく多いのですよ。

いまどきJRの高速バスだって120キロくらいで
走っています。

目に血を入れて、走るのって、
たまにそうするであれば、
おもしろいんでしょうけれども、

謙介の場合、高速道路は日常的に走る道ですし、
アホみたいにスピードを出して走りまくる、というのは
もう飽きました。 

それに燃費だって悪くなりますしねぇ。


東名での今回の事件のように
走っていたら、急に前に車をとめられて、
車から降りてきたオッサンに文句を言われた
ということもありましたよ。

別にその車に注意をしたとか、こともないんですけど。
片側二車線の道路の走行車線を60くらいで走っていて
それで、そんな目に遭ったのですが、、。

車を走らせていると、本当にいろいろな人が
いるものだなぁ、と思うのでした。


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17. 10. 08

やれやれアウトドア

3連休、みなさまはどうのようにお過ごしでしょうか?

謙介は土曜日の午前中は両親の通院に行って
午後は庭の草ぬきをしました。

明日は午前中買い物に行って
午後は仕事場の街に移動です。

よくこの時期、キャンプに行ったとか
山登りをした、というような話を聞きます。

でもね、田舎なんかに住んでいたら、
アウトドアなんて趣味とか、娯楽なんか
じゃありません。

自動的に生活の一部なのですよ。


大体が文学部の国文科の人間なんて
一番アウトドアから遠そうなものでしょ。
それでも、田舎に住んでいたら、
開墾作業なんて普通にしないといけないのです。

うちの同僚の女性は、実家に山を持っているのだそうです。
お父上が先年他界されてしまったので、山の管理も
しないといけない、ことになったそうです。

そういうことで、週末は実家に帰って
チエーンソーで、木を切ったり、
斧でまきわりをするんです、
と言っていました。

田舎に住んでいたら、アウトドアなんて
趣味とか娯楽とかなんていってられないのです。

よく都会の人がキャンプとか、
青少年自然の家とか行って、
キャンプとかしていますけど、
あんなものは、
管理された人工物の中で、
疑似自然を味わうだけじゃねえか、
って思います。

こちとら荒れ地を開墾しているようなものなんだから。
石を転がす、木を切る、草を引っこ抜くですよ。

先代の林家三平じゃないですが、
「もう大変なんすから」の世界ですよ。

謙介なんか全然アウトドアだって
園芸だって趣味でもなんでもありませんけどね。

でも、田舎に住んで、それなりの土地があったら
そういうところ、片づけておかないといけない、
という作業が自然に入ってくるのです。
否が応でもアウトドアをしないといけないのです。

ただ単に庭が荒れているのは見栄えが悪い、
というだけではありません。

庭が荒れているということを、
セールスマンとかが見ていて、
あ、あの家は自己管理能力がなくなっているな、
というふうに見るわけです。

家に不必要なメンテナンスのセールスに来たり、
年寄りをだますようなセールスに来たり、ということの
原因にもなりますし、そういうことで
泥棒も入ってくる、という原因にもなります。
家をきちんと管理できている、できていない、
ということは、そういうこともあります。

去年の秋に植木屋さんに入ってもらって
木の剪定はしてもらったのです。

植木屋さんに電話をしたのですが
ちょうど10月の今は、仕事が立て込んでいて
忙しい、と言われてしまいました。
そういうことで、じゃあ、やらなくては、ということに
なったのでした。

何せ植物ですから、その後、枝だって伸びますし、、。
そういう枝を剪定ばさみで切っていきました。

そのあと、雑草が生えまくりだったので、
その雑草も片っ端から抜いて行きました。

雑草と言っても、セイタカアワダチソウみたいに、
1メートル以上になっている草もありますし、
そういう草、って、手で引っこ抜こうとしたって
なかなか抜けません。

剪定ばさみで大まかに切っておいて、
さらに切ったり抜いたりしていきました。

最初は気合を入れて抜き始めるのですが、
抜いても抜いても、まだあるんだもん。

そのうえ、二日とも気温が高くて、、
29度ですよ。セミだって鳴いてるの。
10月、という気なんて全然しません。

虫が来るから、長袖で、帽子をかぶって
手はゴム引きの軍手。
普通の軍手だと、草が軍手の網目をくぐって
手を刺してくる場合があるので、
庭作業には、ゴム引きの軍手です。


40分くらい抜いたら、嫌になってきました。
1日目、1時間半。
2日目、2時間と、合計3時間半ほど
頑張りました。

まだ抜かないといけない個所はあるのですが、
剪定ばさみの使い過ぎで、腕はヘロヘロになるし、
草をずっと抜いていたので、親指と人差し指が
痛くなってきて、、
とりあえず措くことにしました。

スポーツジムなんかへ行くより
よほど体を動かした、
という感じです。(笑)

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17. 10. 05

月を眺めて

先日は中秋の名月でした。

謙介、夏はぜーぜー言って下ばっかり見て
空を眺める、という余裕さえありませんでした。

暑さも去ったこの時期になると、
心にも空を眺める、という余裕ができるように
思います。

夏が好きな方もおいででしょうが、
謙介はこの時期が一番好きです。

どうしてかと言うと、もう暑い日は来ない、
と名実ともに思えるからです。

(それくらい暑い日が好きではないのです。
四国なんて、今年例年通りでしたが、気温が
36度、37度、という体温みたいな日が
10日以上続いて、もうヘロヘロになります。
夜だって気温が30度から下がりませんし。)

そんな気温でしみじみと空を眺めよう、などという
気にはなりません。

先日の夜も、仕事帰りに空を眺めていました。
京都に住んでいた時に、夜、月に誘われて
嵯峨野を自転車をこぎながら回ったことが
ありました。

あのころは丸太町沿いでもまだところどころ
田んぼが残っていて、、京の郊外、という
印象がありました。

嵐山の渡月橋まで行って、それからまた戻って、
大覚寺のほうへ行きました。

丸太町から大覚寺へ行くところで、
ふと見上げた時に、空にかかった月は
本当に神々しく、きれいな月でした。


Daikakuji

あの時見た、あの月の美しさは、
もうずいぶんと歳月が流れたにもかかわらず、
断片的になってはしまいましたが
今も記憶の中にはっきりと残っています。

先日、久しぶりで、空を見上げ、月を見ました。
嵯峨野で見た、あの時の月と、
先日の月に違いはないはずなのですが、、

心の動きのせいでしょうか。
自分には、やはりどこか違って見えたのです。

月が冴え冴えとした空気の中で
美しく見える時期になりましたね。


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17. 09. 17

嵐くる

今朝、起きた時、空は晴れていました。
え? 台風は? とか思いました。
外に出てみても、空は晴れていたので、
洗濯をして、干したりしたのです。

そのうちスーパーの開店時刻になったので
委佐子の店に買い物に行きました。
そうしたら、同じように台風の来る前に買い出しに、
という人が多くて、店はとんでもなく混んでいました。

そのまま、お昼まで晴れていて、洗濯はすっかり乾いて
しまい、ラッキーとか思いました。

それが午後3時過ぎになりますと、
雨がぽつぽつ降ってきて、4時には本降りになりました。
そのうち、午後5時頃になると真っ白になって
遠くが見通せないくらいの雨になって、、
土砂降りです。
土砂降りは5時過ぎから7時くらいまで2時間ほど
続きました。
午後7時ごろ、全国ニュースで、四国が台風で、、
と言っているころ、実は雨が一時止んでいました。
今から思うに、台風の目に入っていたのでしょう。
再び大河ドラマのはじまるころになると、土砂降り再開に
なりました。

そういうことでしたが、10時過ぎになると雨も小降りに
なって、おそらく、嵐が過ぎ去りつつある、ということ
なのでしょう。
こちらでは雨が相当降りました。

ダムの貯水率が、35パーセントくらいまでに
低下していたので、これで回復してくれたら、
なぁ、と思うんですけどね。

みなさまのところではどうだったでしょうか?
大きな被害が出ないことを祈るばかりです。

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17. 09. 13

地元をあちこち見てまわる(その3)

りかちゃん大学のところから、
海辺を通って、正憲さんのホテルのある街のほうへ
戻りました。

車を駐車場に置いて、
夕食の場所に行きました。
最初がイタリアンでお昼が創作野菜料理の店だったので
夜は郷土料理のお店にしました。

ホテルからほど近いビルの地階に最近できた
かどや、というお店に行きました。

さすが金曜の晩ですね。行ったら
入り口で数名待っている人がいました。
でもまぁ、そんなに待ち時間はかからない、と
踏んで、名前を用紙に書いて待ちました。
ものの5分ほどで、名前を呼ばれて
カウンター席に案内してもらいました。

この店は、もともとが県の南のほうの街にあって
その地では有名な店でした。それが今回、
県庁所在地に出店してきたのでした。

なので、郷土料理と言っても、県の南部地方の
お料理でした。

折角なので、その辺の郷土料理が
全部味わえる、という定食にすることに
しました。

Kadoya


右上の鯛の皿に鯛の細切りの切り身が入っています。
(本当は薄づくりでもいいんですけど、たぶん
量を減らすためにそうしたんだと思う)
それを右下に卵の入った甘辛いたれがありますが
それをまずかき回します。卵をほぐすわけです。

そうやってできたたれに鯛の切り身を浸して
おいて、お茶碗にご飯をよそいます。

よそったご飯の上にそのたれごと
鯛の切り身を載せていただく、
といものです。 別名がひゅうがめし、
というので、宮崎の辺から伝わったものでは?
とも思います。

左下の小皿にもお料理がありますね。
左から「ふくめん」です。
これはでんぷの下に糸こんにゃく(しらたき)
が入っていて、うえのでんぷをこんにゃくに
まぶしながら食べます。

まんなかが「ふかのゆざらし」です。
鮫の切り身を湯がいて冷やしたものを
からし味噌をつけていただく料理です。

鮫は淡泊な味でした。

右はしは「じゃこてん」
はらんぼ、という魚をすべて(骨も全部)
すり身にして揚げたものです。
食べるとちょうど「はも」みたいで小骨が
しゃりしゃりといいます。

カルシウムは取れそうですが、謙介は
歯にしゃりしゃりと骨が当たるのがあんまり
好きでなくて、、出されたら食べはしますが、
自分から積極的にスーパーに売っている
じゃこてんを買い求めて、ということは、、
ちょっとしません。


あ、でもおいしかったです。


ごはんもいただきました。
和食のお店を出て、ホテルまでお送りして
正憲さんとお別れをしました。

もうちょっと時間があったら、と惜しみながら、
お別れをしたのでした。

正憲さん、いろいろとありがとうございました。
またお会いできるのを楽しみにしつつ。

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地元をあちこち見てまわる(その2)

二日目は、お昼にホテルで待ち合わせです。

昨日と打って変わって快晴で、
しかも暑かったです。
車の温度計を見たら、車外の気温は32度でした。

まぁ8月に比べたら、多少は涼しくはなっていたのですが。
ちょっと前まで、連日35度とかでしたし。


車は近くの駐車場に置いて、
昼食に行きました。

お昼は、ホテルからほど近い
お野菜料理主体のお店「草草」
(そうそう)というお店に行きました。

Sohsoh

ここは野菜料理主体のランチが食べられるお店です。
謙介さん、ここでも料理の写真を撮るのを失念いたしました。

ご飯を食べたら、歩いてすぐのお城山に登ります。
登るたって、ロープーウエイで途中まで上がって、
そこから徒歩で登ったのでしたが、、

ロープーウエイの横には、リフトも併設されていて
どっちで上がっても同じだったのです。

Ropeway


この日はとっても暑かったので、
むき出しのリフトは止めて
ロープーウエイにしましょう、ということに
なりました。


お城山にあがる途中でも、
ずーっと民俗学の話とか沖縄の方言の話で、、
本当に話題には事欠きませんでした。

本丸に着いて、天守閣に登りました。

天守閣はさすがに眺望が良くて
市内が見渡せます。

四方の方角にある建物のそれぞれの
説明をして下りました。

行ったのは金曜の午後だったのですが
結構観光客が訪れていて、、
意外な人の多さにちょっとびっくりしたりしました。

駐車場に戻って、古い民家の街並みのある
ところにご案内しました。

高速道路を使ったら、そこまで30分くらいで
行けるのですが、高速道路のインターチェンジまで
行くのに、高速道路の所要時間と同じくらいの時間が
かかって、着いたら、やはり1時間くらい経過していました。


落ち着いた街並みの中を歩きます。
Img_2735
写真で見ていただいているように、
平日だったので、観光客の姿もあまりなくて、、

観光客が少ないので、大半のお店も開店していなくて
まぁその分街並みをゆっくりと見ることはできました。

Img_2736

古い街並みの地区の見学が終わったのが、
午後4時前でした。
最初時間が足らなさそうだったので、
行くの、どうしようか、と思っていたところが
あったのですが、、これなら行けそう、ということで、
そこに行ってみることにしました。

古い街並みの地区から、再び高速道路に乗って、1時間ほど
反対方向に走ります。

この街の中心部まで高速道路はまだ通じていなくて
南の郊外までしかありません。
そこから街の中心部まで、結構な距離を走りました。

JRの駅から、しばらくJRの線路沿いに走ります。
(5分くらい)そうしたら交差点がありまして、
そこを左に走らせます。
道は次第に上り坂に差し掛かります。
丘陵のまんなかにできた道をのぼりつめると、、
ありましたよーん。

りかちゃん大学獣医学部の建設現場で
ございます。
Img_2738
謙介の仕事場の隣の市にあるんですよ。
でもね、帰る方向とは真逆の方向なので
行く機会がなかなかなくて。

お客さんが来た時でもなければ
こんなところにわざわざ行くこともありませんし、、。

古い町並みとかお城や温泉なんかより、2017年現在、
国内的には、一番有名なところかもしれませんね。

謙介なんか今年の春には、両親と大阪の塚本に行った時に
↓に行きましたし。

Moritomo1


Moritomo2


それから再び謙介の仕事場のある街へと戻ったのでした。

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17. 09. 10

地元をあちこち見てまわる(その1)

うちのブログとリンクしてくださっている
清ら言葉 清ら心』の正憲さんが
謙介の仕事場のある街に来る、という用事があったので
会いましょう、ということになりました。

地元なんて、お客さまが来るようなついでが
なかったらあちこちなんてしません。

加えて謙介はお酒が飲めないので、
仕事帰りに盛り場に飲みに行ったり、
ということもありません。

市内の中心部なんて、年間に2回
(歓迎会と送別会)の時くらいしか
出かけないのです。なので、たまに
そういう盛り場に行ったら、行くたびに
新しい店ができていて、ここは前になんだったかなぁ、とか
思いながらあっちこっちいろいろと見てしまいます。

木曜日の晩に、正憲さんが宿泊していた
街の中心にあるホテルにお迎えに行きました。

この日は珍しく雨が一日中降っていました。
市内の中心部からちょっと離れたところにある
イタリアンのお店に行きました。

それがねぇ、このお店、大体が倉庫を改造したお店で、、
倉庫みたいな建物なので、最初気が付かずに
店の前を通り過ぎてしまっていました。

前に一度、仕事場の宴会で使ったことがあって
知っていた店だったんですけどね。
(だからここに来た、ということだったんですけど)

交差点まで出てしまって
(もちろんその手前にあったのですが)
あれぇ、ないぞ、と思って後ろを振り返ったら
ちゃんと目指すその店はありました。

何とか到着することができました。
Marubun

ここでトマトのサラダをいただいたり
地元野菜を使ったパスタ、瀬戸内の鯛を使った
ソテーをいただきました。
(話に夢中で、写真を撮る暇がなかったの)

食事の後、まだ晩の8時前だったので、
ちょっとドライブということで、謙介の仕事場を
案内したりしました。


謙介、正憲さんが来られたら沖縄の問題とか
民間信仰とか、それはそれは質問したい
訊きたい、と思っていたことが山ほどありました。

例えば辺野古の基地のことについても
マスコミで聞こえてくる報道でなくて
沖縄の地元の人は、どういう意識なのか?

たぶんマスコミの伝えない、実際の考え方、
というのがあるんじゃないか、とか思っていたわけです。

知事さんの言っている主張が、果たしてどれくらい
沖縄県民の意見を集約したものなのか?

知事さんはオール沖縄って言うんだけど、、
本当にそうなっているのか。
そういうことについて、ひとつひとつ
質問をしていきました。

やはり地元の人の意識と、マスコミの伝える
沖縄の間には相当の乖離があることを知ったのでした。

なぜか、辺野古にハングルで書かれた反対のポスターが
やたら貼られている、ということだったのですが、、
沖縄の人でなくて、外から来た人が反対運動をしている、
とか、反対運動をしている人が、勝手に道路で検問を
したりしている、という話を聞きました。

どういう権利とか理由があって、その人たちは
道路の検問なんかしているのか??
正憲さんも言っておいででしたけれども、、

そういうことも初めて知ったようなことでした。

そんなことで、話はあっちこっち飛びまくりでしたが
経過する時間が惜しいような夜でした。


それから、温泉のほうに下りて行って
その辺をぐるっと回って、ホテルまで
お送りしたのでした。

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