いなかのせいかつ

18. 02. 19

3軒行ったら疲れました

今朝は午前3時半に地震で目がさめました。
あ、揺れてる。早く揺れが収まってくれ。
これ以上ひどい揺れにならないでくれと
布団の中で祈っているうちに収束してくれたので
ホッとしました。


先週の金曜は、年休を取りました。

ちょっと前から、両親の通帳の整理をしようと、
いうことになって、それで、今日はお休みを取って
金融機関を回るということにしました。

最初に地方銀行の支店に行きました。
ここの銀行の通帳はもう解約する、
ということにしていました。

結構な混雑で、自分たちの番が来るまでに
20分くらいかかってしまいました。

最近、銀行へ来店するする人が減ってきているとかで
支店を整理する、というニュースを聞いたのでしたが、
こんなに混雑していて、整理もないだろうに、
と思ったりしました。

それから手続きです。
ああいう手続きって、本当にやたらめったら
書類を書かされて、、

全部手続きが終わって出てくるのに、
小一時間かかってしまいました。

後2軒もあるのです。
1軒済んだだけでうんざりでしたが、、
次の第2地銀でも通帳の確認をまずしてもらいました。
長らく記帳をしていなかったので、チェックしてもらったら
この口座が、オフクロの昔の勤め先の
共済年金の指定口座になっていて。

これはすぐに解約できない、ということがわかりました。
それでひとまず解約せずに口座を維持する、ということに
しました。

しかしここまでの手続きだけでまた40分かかりました。
一応口座を維持する、ということで、
銀行を後にしました。

銀行が違うと同じ手続きなのに
出す書類も全然違うので
戸惑います。


この2軒行ったら、もうお昼過ぎです。
まだ後1軒あるのですが、
もう1時前だったので、
お昼ご飯をいただくことにしました。

後1軒行ってからお昼ご飯なんて言っていたら
2時半とかになりそうでしたし、、。

ちょうど移動の途中にココイチがあったので
ここでカレーをいただきました。

ちょっと食後のコーヒーでホッとして
再び金融機関めぐりです。

今度は郵便局。

複数冊持っていた通帳をひとまとめにして
もらいました。いろいろと手続きをしてもらって
いるうちに、結局ここも小一時間かかりました。

帰ってから、オヤジの最初に行った地方銀行の
通帳が一つ残っていたのが
見つかったのでしたが、いい加減もう行く気力もなくて
これについてはまた後日、ということに。

それでもまぁ、思っていたことの9割がた
片づけられたので、よし、とすることにしました。

とりあえずオヤジもきちんと考えて判断を
できる能力がありますし、オフクロも書類に
字を書く、ということはできます。
なので、成年後見人、の手続きまでは
しないでおきました。

ただ、両親の
通帳の整理については、前々から思っていたのです。
と、同時にどれが年金の受取の通帳で、必要なもので
どれがもう要らない通帳かということも把握できましたし、、

今回、ようやっと行うことができて、ちょっとホッと
したのでした。


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18. 02. 14

うしろすがたのしぐれて、、(2)

前回行った浄瑠璃寺、八坂寺から北に数キロ
行ったところに西林寺があります。

前回の雪景色のところからほんの数キロ北に
行っただけなんですけど、、
こっちは全然雪なんてありません。

あまりの変化にきょとんとさえします。

Sairinji1

この西林寺、実は88カ所の札所の中で
ここだけ、というお寺の構造です。
(言う割には大したことなくて、聞いたら
そうなの? っていうようなものなんですけど)

それは何かというと、
普通、お寺って、山門が下にあって
そこから石段でのぼっていって
本堂に到達する、というお寺が多いのですが、、
このお寺だけ、橋を渡って、階段を下りて
お寺に行く、という構造なのです。
Sairinji2

ご近所の方に聞くと、川の横の田んぼの真ん中に
このお寺があって、川の土手をかさ上げしていった
結果、お寺のほうが下になってしまった、
という話でした。

お寺はこじんまりとしていて、
しかもお掃除がとてもよく行き届いていて
すがすがしいたたずまいのお寺でした。
(四国霊場のお寺はどこもみんなお掃除が
行き届いてはいますけどね。)
Sairinji3

きっと地域の人が定期的に庭の掃除をしていると
思います。周辺に木々も多いですから
放っておいたら落葉でそれはそれは大変なことに
なるでしょうし、、、。

ここにものぼーるさんの句碑があります。


Sairinji4

秋風や髙井のていれぎ三津の鯛

この句に出てくる髙井というのは
ここ西林寺のある場所の地名です。

この辺に清らかな湧水の出るところがあって
そこに「ていれぎ」という水中植物が
生えるのです。

その「ていれぎ」は刺身のつまとして
この辺の食膳にのぼったのでした。

のぼーるさんは、この髙井のていれぎを刺身の
つまにして、鯛の刺身が食べたい、と
句にした、ということです。

大体地元に居たのであれば、
お店に行けば売っているわけで、食べたいと
思ったらさっさと入手できますから、
そもそも句になんてするほどの感慨は
起こらない、はずですね。

のぼーるさんのこの句は
東京で、はるかな故郷の味を懐かしく
思って作った句、というものです。


まぁそれにしてもあっちにも句碑
こっちにも句碑で、、、(笑)

うちの仕事場のバイトの大学生が、
夏休みの宿題の俳句と聞いて、
本当に嫌そうな顔をしたのも
むべなるかな、という気がいたします。


で、帰りの車の中でラジオをつけたら
地元の放送局が
夏井いつ○先生の俳句講座をやっていました。

もうここにいる限り俳句からは
逃げられないのだろうか、
とか思いながら家に帰ったのでした。

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18. 02. 13

うしろすがたのしぐれて、、(1)

12日に仕事場の辺は降雪注意報が出ていたので、
予定を繰り上げて、11日のうちに高速道路を使って
仕事場の街のほうに移動していました。
で、12日の朝に窓を開けたら、、まぁこんなふうでございまして。
Jyoruriji1

で、誰かさんときたら、この寒いわ雪が降ってるわの
さなかにお寺まいりに行ったのでした。

四国霊場46番札所、浄瑠璃寺でございます。

Jyoruriji2

で、門前にはお約束(笑)の「のぼーる」さん(別名子規)
の句碑があります。
「永き日や 衛門三郎 浄瑠理(ママ)寺」

この句碑の建立は1945年の秋の建立だとかで
戦後の子規の句碑の建立第一号だとか。
句碑の揮毫は柳原極堂。
で、この石、地元の古墳の石だという話もあって、、、
いいのか。(笑)

実はここ46番から53番の円明寺まで
しばらく平野部の札所なのです。
しかも街の周辺なので、コンビニとか商店、
温泉だってあります。

この一つ手前の札所までは
深山の札所なのでした。

ですからお遍路さんにとっては、
ちょっとホッとできる、コースではないかと思います。

このお寺に現在山門はなくて、石段を上がって
しばらく歩くと本堂が見えてきます。
以前に来たのは、何年か前の9月でした。
この近所の施設で、文化庁の著作権の講習会が
ありまして、、その帰りに寄った、と思います。
その時は暑くて暑くて、、、汗ダラダラだったのですが
この日はもうご覧のような雪の日で、、それはそれは寒くて、、(笑)

Jyoruriji3

境内のソテツや常緑の木にも雪が積もっていて、、
Jyoruriji4

柄杓で水を取って手や口を清めるところも
ご覧のありさまで、、、
Jyoruriji5
こんな日でしたが、おまいりする人は結構おいででした。

「こんにちは。寒いですね。」とおまいりする人同士で
声を掛け合いました。
こんな日のおまいりだから、何だか連帯感というのか
お互いよう来たなぁ、という感じで
声を掛け合ったりしたのでした。

浄瑠璃寺からちょっと降りると
次の札所の八坂寺でした。
ここの本堂、戦後の鉄筋コンクリート造なので
あまり建物に趣がないせいか、いつも
撮り忘れるんですよね。
この日も雪景色とかは撮っていたのに、、
またまた本堂の写真を撮り忘れていました。
本堂から逆に撮った写真はあるのになぁ、、。

Yasakaji1

お寺の南側が竹やぶで、雪が吹き付けていました。
Yasakaji2

ここにも氷でした。
Yasakaji3

一面黒の濃淡の世界で、、
寒かったですが、景色は日頃見られない風景で
それはそれで良かったです。

2カ寺のおまいりをして、次のお寺に行くのでした。
今日はここまでといたします。

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18. 02. 06

やたら流行るようになった行事と、すたれてしまいつつある行事について

今年も節分が終わりました。

新年が明けて、松の内の飾りが取れるやいなや、
コンビニとかデパートではもうやたらめったら
節分の恵方巻のご予約、ということを
言いはじめます。

確かに京都の行事ではあったのですが、
謙介の小さい時は、にぎり寿司はともかく、
巻き寿司は家でオフクロとかばあちゃんが
作っていましたからねぇ、、。


京都には普通の寿司屋さんと
もうひとつ、大力餅、というお餅屋さんが
各町内に1軒くらいの割合であります。

Dairiki

 ↑ こんな感じのお店が各町内に1軒はあるのです。
ですから京都市内には、こういう名前の、こういうたたずまいの店が
何軒もあります。


看板はお餅のお店ではありますから
お餅も売ってはいましたが、
同じもち米から作る、おこわもありましたし、
うどんとかいなり寿司、巻き寿司を
店内で食べられるようにもなっています。

そんな大力餅の店は、普段から巻き寿司を
売っていましたから、巻き寿司を
作るのが面倒、という人は、
お寿司屋さん、というより
こういう大力餅のお店で、巻き寿司を買ってきて
食べていた、ということもありました。

第一、お寿司屋さんになると、やはり店舗数が
少なかったですし、、。コンビニだって
まだまだ数が少なかったですし、、。

謙介が最初にコンビニというのを見たのは
大学の3回生のころでしたかね。
実家の近所、嵐電の常盤駅の西側に
ローソ○ができた時でした。

京都で恵方巻の習慣がずーっと残っていった、
という裏には、そこいう大力餅の店が各町内にあって
そこで巻き寿司を日常的に買う習慣があったから、
ということもあるんじゃないかなぁ、と
思っています。

それがまぁ今や、もう全国的にあちこちで
恵方巻が喧伝される、という世の中になって
しまいました。

恵方巻のほうは、かくのごとく、
もう全国的な知名度になって
しまいました。

そういう行事の一方で同じように関西とか京都の
節分の行事なんですが、一方でもう絶滅寸前の
行事もあります。

それが「お化け」です。
かんたんに言えば、ハロウインのような仮装を
節分の日にする、という行事なのですが、、。

それでも、ちょっと前までは花柳界というのか
花街でこの遊びが残ってはいたのですが、、、。
今やお座敷遊びをする旦那もいなくなりましたしねぇ。


ハロウインの仮装だのゴスプレはあっちこっちで流行っていて、
今や社会現象にもなるほどのものになっている、
というのに、節分のお化けのほうは、今や絶滅寸前状態です。

だって、これをお読みのみなさんで、
節分の「おばけ」を知っている、という人なんて
古典芸能が好きで、興味を持っている、
というような人、くらいのものではないか、と
思うのですが、、。

はてさて。みなさんは「お化け」はご存知でしょうか?

恵方巻はあれほど流行っている、というのに、、
お化けのほうは完璧に絶滅種になっていて、、
その対称性にいささかの感慨を持つのでございました。

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18. 02. 04

降雪の道路を走る

毎日大変な寒さです。
四国でもこのところ毎朝の最低気温が
ずーっと氷点下です。

先週の金曜日は、
あまりの寒さで電車の架線が凍ってしまって
電車が運休してしまいました。

四国の平野部で雪なんて
全く積もらないか、というと、決して
そんなことはなくて、、
何年かに一度、くらいではありますが
積もります。
4、5年に一度くらいは、5センチくらいの積雪が
あります。

で、うちの車なのですが、
去年の12月に冬用タイヤに履き替えておきました。

というのが、四国の県庁所在地間を走る高速道路は
山間部を結構走るので、
降雪、ということが結構な頻度であります。
なのでやはり冬用タイヤは必需品です。

数年前でしたか、雪の日、日曜の夕方に実家から
仕事場の街に移動しようとしたことが
ありました。

高速に乗った段階で、すでに降雪のために
50キロ規制になっていました。
いつ通行止めになるかなぁ、と思いながら
ひやひやしながら走ったのですが、

通行止め、という表示はなくて、
とりあえず走っていました。

当然のこと、吹雪の状態です。
ライトに照らされた路面は雪がシャーベット状になっています。

その時も謙介の車、スノータイヤを装着していました。
でも、風もきつかったし、というので、
用心しながら50キロくらいで
走っていたのですが、、


びっくりするのは、そういうときでも
全然速度を落とさずに、追い越し車線を
100キロくらいで走って抜いていく車が
結構多くて、、それに驚きました。

で、そういうびゅんびゅん飛ばす車を見ていたら
不思議なことに全部ワンボックスカーばかり
だった、ということなんですが。

ワンボックスカーは大きいから、少々のことでは
ひっくり返らない、と思っているのか?


横風なんか受けたら、
重心の高いワンボックスカーなんて
一発で簡単にひっくり返るのですが、、。


人って、興味深いのは
結構大変な状況下になっても
自分がいつもやっている方法を
なるべく変えたがらない、もしくは変えずに、
そのままの方法でやってしまう、という
ところがあるんですよね。


特にオッサン、というのは、
変更したがらない、ものですね。

カーナビに出てこないような山間部を走っていて
道に迷ったようなときでも、とりあえずイケー、
と言って、なかなかUターンして元来た道に
戻ろうというようなことをやりたがらない。

相当に進んでしまって、
にっちもさっちも行かなくなっても
前進あるのみでひたすら突き進む。

だから、いつものようにいつもの方法で
走っている、ということ、なんでしょうかね。


オヤジにその話をしたら、
単に雪道の走り方を知らんだけやろ、
という答えでしたが、、。


その時は、何時も降りるインターチェンジの
ひとつ前のインターチェンジを通りすぎたところで
高速道路が通行止めになりました。

元に戻ることはできませんから、
とりあえず、いつも降りるインターまで
吹雪の峠道を走りぬくしかありません。
吹雪はどんどんひどくなって、
それに伴って、雪もどんどん積もってきて、、
ひやひやしながら走ってたんですけどね。

謙介の車の横を、やっぱり
凄いスピードで走って行ったワンボックスカーが
何台かありましたが、、。

どうなるかなぁ、と思いながら
何とかいつものインターで降りられた時は
ホッとしました。


毎週高速道路を走っていると
本当にいろいろな気象状況の時を
走ることになります。

横風のきつい時、
熱帯夜の夜、
どしゃ降りの中、
吹雪の中、
シャーベット状の路面の時、
濃霧の時。

その気象状態に合わせて、やはり細心の注意をして
走らないといけない、ということだと思います。

自然の猛威の前には、人間の力なんて
本当に非力なものです。

阪神淡路大震災とか東日本大震災で
学んでこなかったんでしょうかね???


いくら科学技術が発達して、自動車の運転が
機械制御で楽になったとしても、
やはり自動車は自然と向かい合って走っているんだ、
ということだけは、
忘れてはいけないように思うんですけどね。

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18. 01. 27

いんすた映えする(笑)豚丼屋

前にも一度、お話したことがありますが、
月に一度の割で、友人とお食事会をしています。
それがもう15年くらい続いているのです。

ただ単に会って近況報告して、
ごはんを食べに行く、というだけなんですけどね。

ごはんを食べに行く、というだけ、
なので却って長続きしているのかもしれません。

途中、彼は転職をして、
会った時はホテルマンだったのですが
今は実家に帰って、郵便屋さんになりました。

15年も続いているので、
店の中には、その後閉店してしまって
今はもうない、という店も何軒もあります。

今回も「どこにする?」
という話がありまして、、
2年ほど前にできた「マ○ラの森」という店にしよう、
ということになりました。

実はこの店って、いつも行っている
がんセンターからそう遠くない場所にあるんです。
さっきも行ったように、何せがんセンターには
ずーっと前から通っているので、
この店ができる前からこの辺は良く知っていました。


実はこの施設ができるまで、
場所、産廃業者の資材置き場だったり
廃土捨て場だったりしたんですよね。

大体この店のあるあたりの地名が
水泥町、というくらいで、、、
まぁ住宅地には向かない低湿地だったわけです。

で、おそらく産廃業者が、
いつまでもこんな廃土捨て場とか
資材置き場で放置しておくのはもったいない、
何かしら事業を起こそう、ということになったのでしょう。

それで、その広大な土地に「マ○ラの森」という
施設にしようということになったようです。

ただのだだっ広い土地だったところに
建物を建てたので、
やたら駐車場だけは広いのです。
普通の自動車のとめられるスペースだけで
100台分以上あって、その上に
大型バスだって置ける、ということのようです。


で、施設の名前は「マ○ラの森」というのですが
木が、5、6本しか植えられていません。
森、ったってねぇ、、。(笑)

で、何があるかと言えば、ドッグランと
食堂棟があるのです。


外観はこんなイルミネーション(というようなものでせうか)
があって、目立つ造りにはしています。

Matera1


この食堂では、この店でしか味わえない
マ○ラ豚の料理が味わえる、ということでした。
この豚肉は独自の方法で熟成した豚肉だとかで、
赤身は柔らかく、脂身までおいしい、という肉なんだそう。


で、そのマテラ豚のお料理というのは
何があるのかと言えば、
まぁ豚肉ですからねぇ、、
そう毛色の変わったものもないのですが、
ロースとんかつ定食、と
ヒレカツ定食と、
豚丼と、豚汁定食というのがメニューでした。

で、豚丼を頼みました。
お店は食券形式になっていて
食券を買って、それを注文受け口に出して、
札をもらって、できたら呼んでくれて
品物と食券を引き換え、という方式でした。


お店には、、謙介たちより前に入ったカップルが
注文を済ませて待っているようでした。

そのカップルが「できました」と言われたのが
謙介たちが窓口で注文して10分くらい経ったころでした。

で、それっきり、、、、。


「ちょっと時間がかかりすぎちゃう?」
「豚、捕まえに行っとんやろ」
というようなアホな話をしていました。

謙介の注文したものができました、
と呼ばれたのは、
結局注文してから30分くらい経ったころでした。

お客さん、って、その後2組入ってきただけなので、
最終的には8人になりましたけど、
謙介たちの頼んだ時には、前に2人しかいなかったわけで、、


豚丼ですから、、
そうそう複雑な調理工程があるとか、
いろいろな食材を使ったものが
後から後から出てくる、というようなものでもない、と
思うんですけどねぇ。

さっきも言ったように、このお店、
広大な駐車場があるわけです。


もしも、仮にですよ。
4人分の豚丼の調理に30分もかかっていたら、、

ここに一度に10台くらい車でお客さんが来るとか
バスで一度に20人くらいのお客さんが来て
みんな一度に豚丼を頼んだら、どうなるんだろうね、
というような話をしていました。
1日がかりじゃない? とか。


文字通り、豚丼が来るまで
ぶーぶー言っていた二人でしたが、、。

Matera2

豚丼がまいりました。
さっそくいただいてみたのでしたが、、。

あ、この豚肉、大変おいしい!
濃厚なあまからじょうゆたれが
かかっていても、
豚肉のそのもののおいしさは
ストレートに伝わってきました。
肉質は柔らかいですし、
宣伝通り、脂身も非常においしかったです。

言うだけのことはあるねぇ、、と
さっきまでの文句はどこへやら。

うまいうまい、と言って一気呵成にいただいて
しまったのでした。


味は、確かにマ○ラ豚、と
名前を付けて喧伝するだけの値打ちのある
豚肉でした。


ただ、このお店、一人ではちょっと入りにくい、
という感じです。

吉野○とかすき○みたいに、
さっと入ってきて、注文したものがさっと出てきて
パパッと食べられる、
という感じでは全然ないので、、

丼ものって、簡便な食べ物、という位置づけだと
思うんですよ。注文して料理が出てくるまでに
30分近くかかる、っていうのは、、ちょっとなぁ、と
思いました。今回は、たまたま二人で、
お食事会、ということだったので、行ってみよう、
ということになりましたが、
がんセンターの帰りに、面倒だからここで
食べて帰ろう、というようなことには、、ちょっと
ならないなぁ、という話をして店を出たのでした。


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18. 01. 22

アドレスブック

年始に仕事場の方のアパートの
部屋の中を片付けていました。

そうしたら、学校に在学中から就職して
2、3年目くらいまで使っていた
アドレスブックが出てきました。

大体が、こんなにたくさんのアドレスの書ける
アドレス帳自体、もう歴史を感じさせるような
ものですね。今なら携帯の中に、
ということでしょうし、、。

開いてみたら、やはりさまざまな感慨が
ありました。

まず入ってきたのは、やはり書いてある文字でした。

そうだったそうだった。20歳のころはこんな字を
書いていたなぁ、ということを思いました。

学校に行っていた時分は、
やはり自由に使える時間も
それなりにあったために、
アドレスブックの文字も丁寧でそろっています。
字も万年筆で書かれていたりしました。

でも、その字を見ていて、ちょっと良かった、と
思ったことがありました。 

今とあの頃と比べたら
やはり格段に今書いているいるほうの字が
ずっとまし、
ということです。

あの頃の字は、変にくねくねとしていたりして、、
今はそういう「くねくね」が無くなって実直な字に
なりました。


それが、就職してから出会った人の
アドレスについては、
鉛筆書きで、それもメモのように
殴り書きをしたような字になっていて、、、

やはり自由に使える時間がなくなる、
という変化、ということを感じました。

で、その中にあった
肝心の友人知人のアドレスですが、、

50人ほど書いていた、友達のアドレスで
今も付き合いがある人は
8人ほどでした。

そして、2人の友達が亡くなっています。
後の40名はもう、、どうなってしまったのか、、
今ではもうわかりません。

大学の時にお世話になった先生のアドレスも
12人ほどあったのですが、
そのうち3人がお亡くなりになって、
2人はご高齢のために年賀状のやり取りは
もう無くなっています。

よく行っていた店の電話番号もありました。
書道用品のお店とか、お茶のお店は今も
すべて健在です。

無くなったなぁ、としみじみと思ったのが
昔、河原町三条にあった「ちきりや」という
喫茶店。 

あれは小体な店だったけれども
本当に良かったなぁ、、。


48ページあって、見開きで10人書けますから
480人のアドレスが書ける、というものなのですが、、
実際書いて使っていたのは、そのうちの15ページ
ほどで、、3分の1強しか使っていなかった、
ということです。後の3分の2は白いまま。


Img_3614

さてもさても。

この書かれていないページ、
どうしましょう、、か。


(今日聴いた音楽 唇よ熱く君を語れ 
 渡部真知子 歌 1980年
 確かカネボウ化粧品のCMソングでしたね。)

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18. 01. 18

いんちきくさい

仕事場のメールアドレスのところにこないだから
Rマークのカード会社らしきところを
装ったメールが来るようになったんですけどねぇ。

だって同じ内容のメールが
何度も何度も何度も何度もくるんだもん。
仕事場のメールだし、
そのそもRマークのカードなんて作ってないし。

京都の○命館大学の学生証ですかぁ?
あそこも校章がRマークですけど。(笑)


で、ホラ、変なメールがやっぱり来たら
詳細に文章を読んでいくのが、
国文科の卒業生の性(さが)なんでしょうね。


ついつい
「どっかに文章の間違いないかなぁ」という
気持ちで、読んでいったわけです。


そうしたら、以下のような文章がありました。


「カード利用お知らせメール
楽天e-NAVIへについて詳しいことは こちらでしお調べください。

「しお調ください」っていうのは、謙介の打ち間違いではなくて
最初からそう書いてあったんです。

普通さぁ、そこそこの会社だったら
ネットに流すまでに、文字の校正なんて
ちゃんとすると思うんですけどね。

(いや、まぁ、たまに全然していない新聞社とかあって、
その都度、Ikunoさんに馬鹿にされている、というのも
ありはしますが)

で、こういう打ち間違いを見て、
どうしてここでこういうふうな間違いをしたのか、
というのを考察する、というのが言語学とか、日本語教授法の
研究にあるんです。

そういう分析から行くと、
たぶん「こちらでしらべてください」とでも最初に打って
パソコンの文字変換以前に
途中で気が変わって「お調べください」とぱぱっと
打って後から文章の表記の確認をしなかった、
ということなんでしょうかねぇ。

まぁこういう間違いをそのままにしている、
というところからして胡散臭さ爆発、
というようなものですが、、。


それで思い出したのが、、、

最初に韓国に行った時、
ソウルのホテルに泊まっていた時のことです。

(前にも書いたけど)

その時に泊まっていたのが、今もソウル市役所前にある
「ソウルプラザホテル」です。韓国語では「プラザ」の
「ざ」という発音がないので、
韓国語の発音は「ぷらじゃほとぅ」ですけど。

で、まぁ当時でもそこそこのランクのホテルでした。

街をぶらぶらして帰ってきたら、電話がかかってきたわけです。

「わたーしわぁ、にほーんじんの のーむらといいますがぁ」
(どう聞いたって、ネイティブとは思えない発音です)
「はぁ」
「あなーた、きれいなじょしだいせいのおんなのこぉーは
いりーませんか? 」
「は? 」
「きれーいでぇ、ぴっちぴちのおーんなのこぉでぇす」
「ピルヨ オプソ!」(必要ない!)

と言って電話を切ったのです、、、。

「にほーんじんののーむら」なんて、、、
ネィテイブでは絶対にないような
変なアクセントの日本語だし、、

その変なアクセントで「にほーんじん」と
言われたって、、、ねぇ、、。(笑)


どうしてこういう電話がかかってくるのか、というと
どうもホテルのフロントが、ある、売春組織の業者に
宿泊者名簿をこっそり渡している、ということらしい、
というのが、後からソウルに住むようになって、
ホテルに知り合いができて、分かったのでした。

で、「いるぼんさらむ」(日本人)だと
なんでもかんでもこういう電話をしてきていた、
ということらしいのです。


変な日本語には、気をつけたいと思います。


そのころは、ソウルで一流と言われている
ホテルのロビーにも、売春をするおねいさんが
座っていて、、(風体とか、たえず男の人をじーっと見て
ニコッとするとかいうような振る舞いで、そんなもの
分かります) うわーこういう人が座っているんだー
というようなことがあったりしたのですが。

あ、その変な電話と、
前回のオリンピックの話で思い出したのですけど、、。

謙介が住んでいた時、ソウルから江陵(かんぬん)方面に行く
ターミナルは「清涼里駅」(ちょんにゃんり)という駅でした。

清涼里、なんて、地名としてはなんてすがすがしい、と
思いますが、行ったら、あーた。もうとんでもないところでして、、
駅の周囲は売春窟! というようなところでございました。

韓国のアジョシに、「オーパルパル」と言えば、
みんな即座に、ああ清涼里のあそこ、ということで
理解できた、というような有名な場所だったのですが、、。

江陵方面からやってきた、地方のアジョシが、
いっぱつやりたい 
女性とふれあう機会を持ちたい、というような欲望を
膨らませてこのおーぱるぱるに行った、というような
話をよく聞きました。 その清涼里の売春窟も
ずいぶん整理されて無くなった、と聞きます。

今や江南(カンナム)の永登浦(ヨントゥンボ)のほうへ
移転したのです。

でもさぁ、片方で今もこういう売春窟があっちこっちにあるのに
ウィアンプの像を建てまくっててさぁ、イルチェ(日帝)はけしからん、
とか言っているわけですが、それでは、あんたの国は今、ちゃんと
女性に対する尊厳とか、女性の権利保護とか、
ちゃんと守られていくようにしているのですね、と聞いてみたい、
ものですが。

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18. 01. 15

試す

謙介、こないだ友達に、文書を作るときに
何を変なことやってんの?と言われてしまいました。

実はね、謙介の仕事場で使っている
ワープロソフトが、アメリカの会社産なもので
やまとことばで文字を打っても出てこない、
というわけです。


たとえば、「とつくに」と漢字で打ちたい、とします。
で、素直に打ったら
「と突くに」としか出てこないわけです。
「遠つ國」とは出てこない。

次に「みちのしり」を漢字で打ちたい、と。
でやはり打ってみます。
「道の尻」と言う表記が出てきます。

決して「道後」とは出てこない。

道後温泉ですが、もともと「道後」なんて
いうのは単なる地域の名前で、それは
どこの地方にもあったのです。
今は謙介の仕事場の辺の地名が
やたら有名ではありますが。

「おとど」はどうかと思って打ってみたら、
これはさすがにありましたねー。(笑)
おとどと打ったら、「大臣」と出ました。

普通の人間はこんな読みはしねえんだよ、バカ
と言われたって、謙介の場合、日常的にこんなの
使ってるし、、。(笑)


で、まぁ、どうせアメリカ産のソフトだし、
やまとことばの読みなんてろくに出てこない、
と思ったわけです。

さっきの「とつくに」(遠つ國」だって
「とつくに」と打って
出てこないのわかってるから、最初から
「おんごく」と打ちます。遠国だったら
「遠国」とサッと出てくるし。

実はそういうふうに
「あ、この読み方ではこのソフトでは出てこないだろうな」
という経験を何度もしているうちに変な癖がついて
しまったのです。
最初から、ワザとに変わったふうな読み方で
入力してみて、果たして自分の思い通りの表記が
出てくるかどうか、試して遊ぶようになってみました

たとえば東京に「溜池山王」という場所がありますよね。

これを打つ時にわざと「ためいけさんのう」と打たずに
「りゅうち」で溜池は出てくるだろうか? とか。
「やまおう」で山王は出てくるだろうか? とか。

まぁ「溜池山王」なんて地下鉄の駅名なわけですから
「ためいけさんのう」とさっさと打ちゃ、
出てくるんですけどね。(笑)

「天王寺」も「てんのうじ」と打たずに
わざと「あまおうでら」とか打ってみるわけです。
すると「あまおうでら」でもちゃんと「天王寺」と
漢字変換したものが出てきます。


で、この読み方で打ってみたら、出てきた
出てこない、とその都度やって遊んでいるわけです。


いつもこんなふうにワープロソフトを、
試しつつ、字を打っているのです。

謙介的にはおもしろい実験が毎回できていて
楽しいのですが、、。

きっと変なヤツ、と思われること、必定ですね。
ではでは。


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18. 01. 04

どれでもいっしょ

この間ある雑誌を見ていたら、ペンに非常なこだわりを
持った方のエッセイが載っていて、思わずふーんと
読んだのでした。

たまに「書きやすいボールペンとか
サインペンとかありますか? 」って
訊かれることがあるんですが、、
「よく分かりません」としか答えられないのです。

というのも、実は謙介、
今までずーっと人からもらった
ボールペンばかり使ってきていて、、、。
自分でボールペンとかペンを買った、
ということって、ここ最近は全然ないのです。

今使っているのは、新聞屋さんの粗品だし
その前のは○村証券のだし、その前のは、、
という具合なのです。

もらったボールペンなんて、粗品にくれる
ようなボールペンで、実際書いてみても
あーあ、というような書き心地
(まぁ書き心地なんていう「心地」なんて
ないようなペンペンですけれども)
のもの、ばかりです。

でもせっかくもらったのに、勿体ないでは
ありませんか。書きにくいペンであることは
百も承知です。

でも、使っていない新品のペンが
来たのであれば、どんなペンだろうと
ちゃんと最後まで使い切ってあげるのが
品物を大切にする、ということだと思うのです。

それと、実はもう一つ変なプライドだって
あるのです。

安物の書き心地のよくないペンを
どうやったら使いこなせるのか、という
ことです。

どうやったら、上等なペンで書いたような
字が書けるのか、やってみようじゃないか、
という気持ちがあるんですよ。

そういう気持ちで、今までもらい物のペンを
ずーっと使ってきました。

でねぇ、大抵のその安物のペンですが
最初は書き心地がひどくても、そのうち
いろいろなところが摩耗してきます。

摩耗するのは悪いことばかりではありません。
摩耗することによって、安物のペンは
書きやすくなってきます。


それとともに、こちらもそのボールペンを
使いこなせるようになって、この角度で
こうやって書いたら、きれいな線が出るな
とか、分かっても来ます。

そうしてそのペンに書きなれた頃に、
そのボールペンのインクが無くなって、
次のものを使い始める、
ということになるのです。


ですが、ちょっと前まで使っていた
某証券会社の粗品の
ボールペンだけは、正直最悪でした。

いつまで経っても、書きなれない、書き心地は
ずーっとゴリゴリとしていて、、もう本当に
最低でした。

でも、ゴリゴリと硬ければ硬いなりに
我慢して使っていたのです。

そのボールペン、ある日、突然に謙介の前から
遠いところに去って行ってしまいました。

知り合いがスペインから一時帰国していて
たまたま会った時に、「筆記具貸して」というから
貸したわけです。「後で返すわ」と言ったまま、、
彼女は再びスペインに行ってしまって、、。

謙介の使っていた〇村証券のボールペンは、
はるか遠く、スペインのレオンにいってしまひました。


その次が今使っている某新聞屋さんの
集金の時にくれたペンです。

このペンですが、もうあと少しでインクが無くなります。
おそらくは今月中には、インク切れになるでしょう。
そうしたら、、次、ということなのですが、、。

次のボールペンも人からいただいたものでは
あるのですが、今までものとは決定的に違うのです。
それは、昨年の夏、人事異動があったのですが
その時のお祝いでいただいたもので、

今までもののように100円やそこいらのペンではなくて
千円少々という値段のするものです。
(普段の謙介の使っているペンの10倍のお値段!!)

○イロット ジャパン と刻印のあるものなんですが、、
書き心地は、まぁ滑るように書けて
書く上でのストレスはないのですが、、
このボールペンが非常に重い。

この重さが結構なストレスになるんです。
実はそれで昨年の夏にもらったまま
一度使ったっきり
放っていた、ということなんですが。

でも、今の新聞屋さんがくれたペンのインクを
使い切った後は、
この高級なものを
しばらく使っていく、ということになるでしょう。

書き比べてみたんですけどねぇ。

Img_3575


安いものも、お高いものも
あんまり変わらないのでした。


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