いなかのせいかつ

17. 04. 19

デッドセクション

先月、両親と奥琵琶湖のほうをまわったお話は
ここで何度かに分けてしましたよね。

その時に、近江今津駅で、湖西線の高架を
走っている電車を見たのです。

すぐに敦賀行きの新快速の電車だと気づきました。
新快速、と言っても、近江今津から、
敦賀までは、各停になるんですけどね。

京阪神からの直流作動の電車が
送電方式の違う交流路線の北陸線の敦賀まで直通で走る、
などということは、ちょっと前までは考えられなかった
ことでした。

今も言ったように
北陸線は電気の送電が交流方式ですし、
東海道線は直流方式でしたから
米原から福井とか金沢方面に走る電車は
すべて両方の送電方式に対応できる
交直両用の電車でした。
なので北陸方面に使用する車両が
東海道線の電車とは
違った電車で、米原の駅で、見慣れない交直両用の
電車を見ては、珍しいということで写真を撮りまくった
記憶があります。


高架を颯爽と走って行く電車を見ながら
あ、そうだった、それが今は敦賀の駅の向こう、北陸トンネルの
手前まで直流方式になったのだった、と改めて思ったのでした。

さっきも言ったように東海道線は直流方式で
北陸線は交流方式なので、
直流の送電方式を交流の方式に変える区域がありました。

その何百メートルの間、電流は流されないのです。
電気を架線から取らない、取れない間、
電車は惰性で走って、その間に切り替える
という方法を取っています。
その区域を「デッドセクション」と言う、ということは
どういうわけだか(たぶん鉄道雑誌を読んでいて
得た知識だったのでしょうけれども)知っていました。

ずいぶん前に、今回と同じように
奥琵琶湖に行った時も
わざわざその北陸線のデッドセクションを
見に行ったほどだった
のです。(ヒマなヤツ)

それが今回そのデッドセクションを調べていて
とんでもないことが分かったのでした。
敦賀まで行かなくても、謙介の仕事場の街に
そのデッドセクションがあるのだそうです。
しかも、4月からの新しい職場の横!
ということで早速行ってきたのでした。

で、↓ここなのでございます。
Img_2138
まぁ見た通り、デッドセクションなんて
なんじゃそれ、というようなものですが。

実はこの鉄道のデッドセクションというのは
こういうことなのです。
郊外電車の路線が3本あるのですが、
そのうちの1本の路線だけ、電圧が600Vなのです。
他の2本の電圧は700Vなのです。
どうして1本だけ電圧が600Vなのかというと
その路線だけ、路面電車と平面交差しているから、
なのです。

Otemachi

市内線(路面電車)は600Vで、
郊外線は700Vなのですが、郊外線の中で、
この路線だけ市内電車に合わせて600Vに
なっています。

下の写真の手前の線路の路線が600Vの路線で
奥に走っている電車の路線は700V、ということ
なのです。
Img_2142
で、郊外電車は600Vの区間から700Vの区間へと
通しで走っていますから、途中、どうしても
600V⇔700Vに切り替えないと
いけなくなります。

それで電圧を切り替える場所を作る必要が
できた、ということなのです。

でもね、デッドセクションといっても、
ここのは600Vが700Vに電圧が変わるだけですし
その電圧の変わり方も600Vが1500Vになる、
というような大きなものではないので、電車は
走ったまま、電流も流れたまま、ぱっと
変わる、というだけのもののようです。
場所的にはこの辺なのですけどね。
Img_2139

この鉄道は電車の平面交差のほうは有名なのですが
デッドセクションのほうはあまり知られていないのです。
ということで見に行ってきた、というお話だったのでした。

最近、更新がままなりません。
というのも、仕事場が2つになって
仕事場のかけもちをしないといけない状態だから、
なのです。午前中は本務の場所で仕事をして
午後からは車で移動して、20キロ程離れた
新設のほうのオフィスに行って仕事をしています。
そういうことで、書きたいことはいろいろと
あるのですが、、時間が取れない状態です。

まぁ時間を見て、ぼつぼつ更新していきますので
またたまに来てくださって見てやってください。
よろしくお願いします。


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17. 03. 13

変な引力でもあるのでしょうか

昨日、コンビニに車をとめようとしましたら、
いきなり別の車(軽のワンボックス)が急にバックしてきて、
謙介さんの乗った車に当たってきたのです。

やれやれ毎月です。

運転していた人、その前にヤンキーのにいちゃんに
気づかず車を停めようとして、あやうく当たりそうになって
ヤンキーのにいちゃんが、その運転手さんに
怒鳴り込んでいたのです。それでその運転手さん
パニックになって、前後左右も見ないで、後ろに急に下がって
謙介の車に当たった、ということです。

前ほどひどいようなものではなくて、
タイヤの上あたりの車体が、
ホンの少し引っ込んだ、ということでした。


正直、車の傷、我慢したら我慢できる程度のものでは
あったのですが、車に乗るたびにそこを見なければならず、、
見るたびに思い出して嫌な気持ちになるのもどうかと
思ったので、直してもらうことにしました。


何か変なものを引き寄せる力でもあるのでしょうか??


車は、来週の3連休の後で、修理です。

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17. 02. 28

通ひが吸ひ込まれてゐってしまひました

先日、ちょっとお金をおろす用事があって
地元の地方銀行に行ったのです。

通帳を見たら、あと3件で、通帳の記入欄が
いっぱいになるみたいで、ひょっとしたら更新かなぁ、と
思いながら行ったのでしたが、、。

5万円ほど下しました。
そうしたら、案の定というのか
「通帳がいっぱいになりました。新しい通帳に
更新しますか?」という表示が出たのです。

時間はそうなかったのですが、
まぁ機械の通帳更新だから、
5分もかからないだろうと思いました。

というのも、1月に別の銀行で同じようにATMで
通帳の更新をしていて、その時だって3分くらいで
できた、ということがあったから、まぁその程度だろう、
と思ったわけです。

機械ががしゃがしゃ言い始めて、時々ジー、ジー、
と言っています。 更新の手続きをしているのだろう、
と思ったら、、、、、それっきり何も音がしなくなってしまいました。


そのうち、
「通帳更新手続き中」と表示されていた
ディスプレイが真っ暗になって、、、、、

あれ、暗黒だ。

しばらくその暗黒が続いたかと思うと、
ピポンっと言う警報音みたいのが鳴って、
窓口係員にご連絡ください、という表示に変わりました。

その時思ったのは、
あああ、これは5分では済まないなぁ、
ということでした。

実は9時に人と会う約束があったのです。
その時時間は8時50分だったのですが、、

仕方がないので、インターホンで、

通帳の更新手続きをしようとして
ATMに通帳を入れたら、出なくなってしまい、
係を呼んでくださいの表示が出ました、と
係りの人に言いました。

「はい、それでは伺います」という女性係員のお返事がありました。

その間にも刻々と時間が迫ります。
ATMを離れて電話したいのですが、
それもできそうにありません。

係のおねいさんが来ました。
「通帳が機械に入ったきり出てこなくなりました」と
もう一度その人に言いました。
その女性は「わかりました」と言って、そのATMに
「調整中」というボードを置いて、また立ち去りました。


そのうち機械の向こう側で、
バタン、ぎぎぎぎぎ ドシャッ! 
ガタッ! という大きな音がしました。

ちょっとその間に、謙介急いで9時のお約束だった人に
「今、銀行に来たら、ちょっとトラブルに巻き込まれてしまって、、」
と電話をしました。

「え、なに? 強盗とかに遭遇したん? 」

「そんなんと違います、って。(にいちゃんドラマの見過ぎよ)
それに強盗になんか遭遇してたら、こんな電話なんか
かけられへんやん」と言いました。

「どれくらいかかりそう? 」

「たぶん15分くらい遅れるくらいかなぁ
ATMのトラブルみたいで、、さっき通帳の
更新をATMでしようとして、通帳を入れたら
出てこなくなったの」と理由を説明しました。

「じゃあ、予定を変更しないで待ってる」という返事で
まぁそっちのほうは、何とかなったわけですが、、

さて。

問題は最初に戻って、、
ATMに吸い込まれていって出てこない通帳ですよ。

さっきものすごい音がしたので、
おそらくATMから通帳は取りだせていたのだろうとは
思いました。

でも、機械の向こう側のことなのでよく分かりません。

その間、3台あるATM
(1台は調整中なので2台ですね)
にはどんどんお客さんが来て、行列ができています。
いつもなら3台使えるから、もっとお客さんの動きも
スムーズだったのでしょうけど、1台が使えないので
そういう状態です。

申し訳ないなぁ、と思いつつ、
いつまでかかるのだろう、、
と思いました。

別にATMによその銀行の通帳を入れたわけでは
ないのです。そりゃ、地方銀行のATMにゆうちょとか
都市銀行の通帳を入れたら、おかしなことになるかも
しれませんが、、。

その銀行の通帳を入れてそれで
ダメ、っていったい、、、、

ただまぁ、もし仮によその銀行の通帳を入れたとしても
今時の機械だったら、
この通帳は使えません、というような表示が出ると
思うんですよね。


カードなんか入れた日には、よその銀行のカードだって
お金が下せます。(なおかつ手数料をしっかり取られて、
ですねぇ )

通帳は果たして、、
どうなっているのだろう、と思って待っていたら
それからしばらくして、おねいさんがやってきました。
2冊の通帳を持って。


「ATMで更新できない通帳でしたから、
手動でしました」ということでした。

古い通帳だから機械が対応できなかった、のだそうで。

まぁねぇ、、古いと言えば、確かに古い通帳ですねぇ。

最初の印字が平成2年ですし、、。

27年前だ。

この銀行の通帳を解約してしまってもいいのですが、
やがて仕事を辞めて実家に戻ってきたら、
仕事場で給料の振り込みとか、いろいろな支払いに
使っている銀行は県外の銀行、ということになって、
こっちでは支店も少ないし、ATMも遠いので
使わなくなるでしょうから、こちらの銀行の口座を
使うようになると思うんですよね。

なのでまぁ置いてあるんですけど、、。


まぁそういうことで、無事に通帳の更新もできて
謙介は約束場所へと行ったのでした。
結局20分ほど遅刻、ということでした。


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17. 02. 24

車の修理が終わりました

先日、元の車の修理が終わって
引き取りに行ってきました。
ここ2週間、ワゴン車に乗っていて、
元の車に戻っただけなのですが、、、

それも、この元の車に乗って、
もう7万5000キロも走っていたのです。
慣れているはずだったのに、、

3週間、他の車に乗って、もとに戻ったら、、
ものすごく違和感がありました。
車の中が新車のようなにおいになっていて(笑)
あらまぁ、と思いました。

前の車の「標高」がやたら高かったので、
今の車のシートに座って思ったのは、
ものすごく低い! ということでした。
地べたすれすれ。(笑)

地面となかよし。

まぁこういうふうに重心が低いからこそ、
強風の時でもふらふらしにくいのですが。


ワゴン車に乗って、高速道路を走っていた時、
数回、風でグラっと流されそうになったことが
ありました。

それと、車が大きかった、ということもあるのですが、
ハンドル回しが大変でした。
よっこらしょ、という感じで大きく回らないと
いけなかったのです。

直ってきた車は、マーチなので、
小回りが利く上に、スポーツカー仕様なので
ハンドルの利きがすごい。
ちょっと回したら、即反応、という感じです。

それとこれも大きかったのですが、
速度感覚の違いです。

マーチは50キロ出していても、
やや遅い、という感じがして走るのですが、
代車で50キロで走りますと、
ものすごく速い速度で走っている、という感じに
なりました。60キロとか出したら、ちょっと怖い、
という感じがしました。

でも、改めて今乗っている車の性能とか
運転時の反応のよさも再確認できて、
その点は良かった、と思いました。


代車は代車で運転していていろいろな発見があって、
それなりに面白かったのですが、
その一方で、やはりあれは業務用の車でしたから
あの車をずーっと運転していたら、
気持ちが荒んでくるような気もしました。

無理して楽しげに乗ってはいましたが。

正直、運転していて、後続の車が車間距離をやたら
詰めてこられたりすると、事故のことを思い出して、
本当に嫌な気持ちになります。

でも、まぁ慣れていかないといけませんけれども。

まだちょっと「あっ怖!」というような気持ちもあって
運転していますが、、
しばらくすると慣れていくのでしょう、かねぇ。

そんなことで、また元の車に戻って
走る日が復活したのでした。

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17. 01. 20

22年の後

父方の親戚が淡路島の北端、
淡路市の岩屋、というところにいます。
22年前は、北淡町岩屋という地名でした。

阪神淡路大震災の震源がここだったのです。

あの日のことは、今も鮮明に覚えています。
謙介は仕事場の街のアパートで、朝食の準備を
していたわけですが、
淡路島からはるか数百キロも離れたこの場所でさえ、
思わずストーブのクイック消火ボタンを押して、
火を消した程の揺れでした。

それからテレビをつけてみますと、、、

地震発生の10日前に謙介、神戸の街を歩いていたのですが、
これが同じ街なのか、と目を疑うような風景が画面に
拡がっていました。

見慣れたはずの三ノ宮の阪急の駅周辺は、
ビルが倒壊したり、倒壊に至らなくても
途中の階が押しつぶされたようになっていたり、、、。

晩、友達と一緒に歩いた阪神高速下の道路は
その高速道路の高架が横倒しになっているし、、

長田の辺は黒煙が上がって、手の付けられないような
火事が起こっていましたし、、

最初は、ただただ画面を信じられない気持ちで
見るばかりでした。

そのうち、断片的な情報が、
怒涛のごとく押し寄せてきました。
震源が淡路島、それも北淡町と聞いた時には、、
目の前が真っ暗になったような気がしました。

神戸でさえ、ものすごい状態です。

ましてや島の木造家屋の多い、しかも、平地が少なくて
細い道が曲がりくねっている街並みです。

そんなところで、家が倒れたら、火事が起こったら、、
大変なことになる、実際そうなっているのでは? 
と思いました。 

電話をしましたが、そんなもの通じるはずがありません。
何度かけても、
「ただいま、回線が非常に混雑しており、、」と
いうメッセージが流れるか
呼び出し音が鳴るばかりでした。


それから数日後、電話がかかってきて、
家の中はひっくり返って、もうしっちゃかめっちゃかだけど
生きているから大丈夫、という連絡があった時は
本当に涙が止まりませんでした。

あれから22年が経過したのですね。


先日、その淡路の親戚から、
対岸の明石のお菓子を送ってきてくれました。
藤江屋分○の丁稚羊羹です。
(まぁ見たらわかりますけど)

Img_1689

電話でお菓子のお礼を言った謙介に、
「またこんなふうに明石の丁稚羊羹を
食べられる日が来るとは、思いもせえへんかったわ」と、
しみじみとした声が
向こうから聞こえてきました。

Img_1690


とはいえ、
もう22年では決してないと思います。

実際に淡路島とか神戸で経験された方にとってみれば
瞬く間の22年だった、と。

淡路島の街も、神戸の街も、外見上は
復興を遂げたかのように見えはします。

でも、人の気持ちや心はそう簡単に癒されるものでも
ないと思うのです。 

未だに復興住宅の仮住まいのままの方も
相当数おいでです。

時の流れ、人の暮らし、
そんなことを改めて感じた日でした。


     ×      ×      ×


あ、羊羹はおいしかったです。

Img_1694


丁稚羊羹は、昔、商家で働いていた
最下層の使用人のことを丁稚(でっち)と
呼んだのです。

丁稚さんには、お休みがほとんどありませんでした。
年に2回だけ、盆と正月に「やぶいり」と言って
各1日だけ休みをもらえました。

よくうれしいことのたとえに「盆と正月が一緒に来たような」
と言うのは、その「やぶ入りのお休みをもらえる丁稚さんの
気持ちのこと」を指して言った言葉です。

「やぶいりの休み」をもらって、
実家に帰っていたわけですが、丁稚羊羹は
その時のお土産用としてお菓子屋さんが
作った羊羹でした。

丁稚さんはお金をあまり持っていないので、
普通の羊羹より材料の配合を少なくして
価格を下げたものを作りました。

配合を少なくしたために、
普通の羊羹より、軽い味の羊羹ができて、
それが却って人気を呼んで
名物になってしまった、と。

明石のこの丁稚羊羹も有名ですし、
京都の新京極の西谷○の丁稚羊羹も
有名です。

久しぶりにいただきましたが、
結構濃厚な味で、これで軽い味かぁ? とか
思ってしまったのでした。

それにしても、22年だった、のですね。

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17. 01. 01

捨てる!

毎年のように、お正月になると、人口統計のグラフが出ていて
人口が減っている問題だ問題だ!
と言っているんですけど、あの記事を見るたびに
謙介は、いったい何なんだ、と思います。

謙介が中学とか高校生のころは
日本の人口は8000万程度が理想であって、
1億なんか越えたら危険だ、という話でした。
社会科の授業で謙介はそう習ったのです。

どうして日本の人口が1億を越えたら
ダメなのか、と言えば、食糧危機が起こる、
と真剣に言っていたのです。

ところが日本の人口は増加の一途をたどって、
1億を越えましたが、幸か不幸か食糧危機は
起こりませんでした。

それが、今や人口が減っている。
人口減少が大問題、ということになっています。
謙介、8000万が理想って言っていたのだったら
減ったらいいじゃないか、とか思ったりするのですが。
あのころ、人口が増えるのはよくない、って言っていて
今は減ったら困る、って、世の中っていったいなんだ、
って思うのです。誰もそう言っていたことの責任を
とらない。

日本の人口だって
減っているんだったら、減っているように
経済とか社会の仕組みを変えたら? と思うのですけど、、。
宅配便のドライバーが足りなくて
輸送が滞っているという話も聞きました。

都会のコンビニの24時間営業は分かるのですが、
田舎のあちこちのコンビニとかファミレスが全部
24時間の営業でなくてもいいように思うのです。
(最近、吉野○とかジョ○フルでも営業時間を
絞った店が出てきました)

それでいてコンビニの店の配置なんて
営業本部の一存で決まります。

田舎の、それまであった商店を駆逐して
コンビニができておいて、方や古くからのお店を
閉めさせてしまって、
その地区にはコンビニしかないような状況にしていて、
儲けが少ない、というような
営業本部の経営方針とかで、閉店してしまい、、
その場所にお店が全くなくなってしまった、というような
ことが四国の田舎に行くといくつもあります。

高齢者が運転するのは事故の元!
で、免許証を返納した、んだけど、
スーパーはない、買い物サービスの車は来てくれない、
ということで仕方なくタクシーでスーパーに買いものに行く
というお年寄りが田舎では目につきます。
スーパーの入り口でタクシーがよく止まっています。

でも山奥に住んでいる人なんて、
1回タクシーに乗ってスーパーに行こうとしたら、
往復で5000円以上払わないといけない人も結構います。

限られた年金の額で、タクシー代に、毎月1万も2万も払うことも
できません。

お年よりですから、インターネットなんて使えませんから
ネットスーパーの利用だって難しい。

介護サービスの利用をしようと思ったって、
まず申請をして認定を受けて、そこからですもんね。
そういう申請ができない、申請方法がわからない、
というお年寄りだって結構います。

経済の雑誌を読むと、物が売れない時代だ、と
書いてあります。

でも、どこの家に行ったって、
どの家もそこそこ必要なものは持っています。
物があふれている、というのに、よほどのことでもないと
そんなもの、買おうとか思わないでしょうに。

日本なんてそんなふうなのに、
企業っていうのは、いまだに以前のような大量消費
大量供給、っていうことを考えているんですかねぇ、、

もうそういう社会構造でないことなんてはっきりしているでしょうに。

もうちょっと今の社会の仕組みに見合ったように、いろいろと
変えていかないと、いけない時期にとっくに来ているように
思います。

にも拘わらず、従前の方針とか、システムは維持しなければ、
たって、それは無理、というようなものではないのでは?
と謙介なんて過疎地に住んでいるものとしての実感として
ひしひしと感じるのですが、、。


なんだかお正月から、暗い話になりましたけれども、、。

年末年始、家の片づけをしていました。

スーパーの袋とか、
いろいろな店の包装紙を取っておいていたのですが
それがあまりにたまっていて、こんなの使えない、
というような量になっていたので、思い切って捨てよう、と
両親に言って、どんどん片づけていきました。


そのついでに今まで部屋の片隅に積み重ねていた箱を
片っ端からあけていって、どんどん整理する、捨てる
という作業をしていました。


ある箱を開けたら8年前の賞味期限のビールなんか出てきて、、
どんどん捨てました。


両親はやはり捨てるのを嫌がっていたのですが、、
「置いておいたって、使わないでしょ。」
と言って、どんどん片づけました。

両親も高齢になって、自分の使う、
使えるも道具も限られてきています。

いつかは使うから、置いておこうと言ったって、
若い時のようにあれこれと、使う、使いこなせる、
というものでもないでしょうし、、。

使わないものを大量にしまい込んでいたって
ただでさえ狭い限られた空間をより狭くして、
場ふさぎになるだけだと思います。


そのかわり、今、あるものを十二分に使いこなして、
という中で生活をしていかなければ、
と強く思います。


そういうことで、これからは物を増やさない、
減らしていく、という生活に入りたいと思います。
そういうことで、今年のテーマは決まりました。
捨てる。軽くしていく。というの。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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16. 12. 30

べにまどんな

こないだ来月の家賃を大家さんのところに持っていったんです。
まぁいつものことなんですが、12月はいつもお歳暮を持っていきます。
お歳暮、たって、例によっての『うどん』なのでございますが。

でも普通のうどんでは面白くないので、
毎年、ここは、という製麺所に頼んだものを
箱に入れてもらって持っていくようにしているんです。

今年は、まだ県外に出ていない新しい小麦の品種
「さぬきの夢2009」でうどんを打ってもらって
それを持って行きました。

そうしましたら、大家さんが、ちょっと待ってね、
と言うと奥に引っ込んで、、ややあって
段ボールの箱を持って出てこられました。

「紅まどんな、もろたから、ちょっと食べてみてくださいや」
と大家さんはおっしゃいました。

謙介は、その段ボールの箱の中の何個かを
いただいて帰るのか、と思いましたら、
「いいえいいえ、箱ごとです」
「えええええええ」と思わず言ってしまいました。


かんきつ産地の愛媛が、高付加価値かんきつとして
売り出すことになった品種です。
食べた人の話によると、食感はゼリーのような味わいで、、
ということでしたが、、、。

たぶんね、漱石先生の例の小説(笑)の登場人物の
「マドンナ」からとった名前だと思うんですけどね。


この紅まどんな、スーパーとかデパートにも
売ってはいるのですが、謙介、いつも横目で
見るだけで、買って食べたことはなかったのです。


スーパーの売り場で見て、何度か手に取ったりしましたが、、
謙介には縁遠いものでした。

だって、1個が500円くらいするんです。これ。
お歳暮用でスーパーに売っているものですと、
進物用で平たい箱に10個も入っていないものが
5000円ってありました。

いただいた
段ボールには、ぱっと見たところ、30個くらい入って
いましたから、、、、それで謙介、ええええええと
言ってしまったわけなのでございます。

まぁ、いただいたのは、皮の感じから見て、
あまりご器量がよさげには見えなかったので、
出荷できなかったランク落ちのものだと思いました。
(でないと、箱いっぱいなんてくれませんよね)
Img_1508


まぁ外見はあまりご器量良しではないですが、
そこはそれ、中身は紅まどんなには
違いないのですから、、、。

この紅まどんな、皮が非常に薄いです。

Img_1510


でも結構しっかりした皮で剥きにくい。
加えて中の果肉が以前、テレビで試食して
いた人が言っていましたが、ゼリーみたいに
柔らかいので、ちょっと力を入れて皮を剥こうと
すると中の果肉がつぶれかけてしまいます。
剥くのになかなか技術が要ります。

なんとか剥いて半分に割ってみました。
Img_1512

内側の皮はとても薄くて
一緒に食べても大丈夫のようです。

これが果肉の状態です。
Img_1522

味は、ネーブルをもっと繊細にしたような
味ですね。

上等なフルーツですが、、、
でも、1個食べたら、もう十分、という感じで、、
あまりたくさん食べなくてよい、というものでした。

今までのかんきつ類と一線を画して、味が全然違う、
というようなものだったら、おおっ! と思うこともあるかもしれないの
ですが、、。まぁかんきつ類はかんきつ類ですし、、。

ともあれ、
お正月はこれをいただきながら過ごそうと思います。


  ×         ×          ×

(2016.12.31 追記)

シスター渡辺が12月30日にお亡くなりになりました。 
つい、9月にお会いしたばかりで、、、。あの時は、
お元気そうで、まだまだこんなことになるなんて、
思っていなかったのですが、、。
ご冥福をお祈りしたいと思います。


今年もこのブログ、見ていただいてありがとうございました。
いつまで続けられるかわかりませんが、、、。


そのうち、書くのができなくなったら、
そこでおしまいにするとは思いますが、、。


書きたい、と思ううちは、続けて書いていこうと思います。
来年もどうぞよろしくお願いします。

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16. 12. 25

年末作業

ここのところ更新があまりできていなかったのは、


実は年末に仕事場の作業を計画していまして、、。
目下その作業のことで頭がいっぱいで、、
他のことまで気が回らない、というところなのです。

作業というのは、仕事場の書庫の整理でして、、。

算数以前の問題なのですが、、、
うちの仕事場の書庫、
11万冊まで図書資料を収容できる、、
という設計で建物を作ったわけなのです。

2016年12月1日現在の書庫の資料数、、
14万3000。

それまであった空きスペースに書架を無理やり増設していって
何とか資料を納めている状態です。

ですが、要らないから、と言って簡単には廃棄は
できないのです。
なぜかと言うと、受け入れた資料は、
資料台帳に記載しているので、
それは「資産」になるわけです。
資産を廃棄するためには
一定の手続きが必要なのです。

要らんから、と言って勝手には捨てられない。

というのか、必要な資料なので捨てられない、
ということが前提にあるんですけどね。

なので、雑誌の書架の資料を動かして、
空きスペースを無理やりひねり出す、というのが
年末の作業なのでした。

しかも、これは一人でしないといけないのです。
というのが、うちの書庫は、電動書庫なので
通路が1カ所しか開きません。
同時進行でいろいろなところから手をつける、
ということもできませんし、
余裕のややあるのが書架の最後のあたりなので、
そこから前へ前へと詰めていく必要があります。


しかも学術雑誌の刊行状況を考えながら、
謙介がどれくらいの間隔を開けておけば
数年間置けるか、という按配を考えつつ、
詰めていかないと仕方がないのです。

雑誌の発行形態は本当にまちまちで、
毎週刊行されるものもあれば
1年に1冊か2冊しか刊行されないものもあります。

ですから、それに合わせて開ける空間も
考えていかなければならない、
ということになるのです。

加えて雑誌の大きさもいろいろです。

ですから雑誌によって書架の上下の寸法を
かえなければなりません。

じゃあ、同じ寸法の雑誌ばかり置けば?
と言われそうですが、それはできません。

雑誌は基本的に五十音順に置いていかないと
いけないのです。
置いた人間だけが置き場所を分かっているのでは困ります。
誰もが分からなければなりません。
他の人が行って探した時にすぐに分かる方法ということで
雑誌の排列(配列ではありません。排列です)
は五十音順にしています。

雑誌の刊行頻度・判型を考えつつ、書架に置くところを
決めていかないければならないので、
パスル的な要素もあって、どうするのか、
と考えながら雑誌を配置していく必要が
あります。

ですから、同僚には手伝ってもらわず
一人でやるしかない作業なのです。

しかも雑誌は結構重いですし、、
エアコンなんていう上等なものは入っていませんから、
この時期書庫の気温は10度いかないのです。

こうやって、空間を開けたところを、、

Img_1496

後ろから詰めて行くのです。
これは詰めて行った後です。
Img_1495


ところどころ、思い切って一棚ほとんど空いているところも
見えますが、そこには週刊の雑誌が入ります。
もしくは雑誌一冊の厚さが厚いとか。
なので空けるところは思い切って一棚分くらい空けます。

一棚まるまる空いていても、2年間経ったら
もう一杯になるのです。


あ、世間は降誕祭、だったですねー
謙介的にはそういうの、全く関係ないですし。

世間はどうあろうと、
こういう作業を一人黙々とするのって、
自分の場合はあまり苦にはならないのです。

作業が遅れたら、1月に入ってもしばらくこの作業かなぁ、
と思っていたのですが。
おかげで何とかめどがつきました。

これで2年~3年は何とかなりそうです。

(今日聴いた音楽 浪漫鉄道 JR九州社歌
 うた ハイ・ファイ・セット この曲、社歌の中では
 なかなかすぐれているのでは、と思います。1989年)

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16. 12. 20

今更

7年前にあった、浜田の女子大生殺人事件の
犯人が特定された、というニュースを見ました。

彼女の実家は、謙介の地元にあります。
そういうことで、この事件については、起こって以来、
大きな報道がなされてきていました。

実は、謙介がここ10年くらいずっと通っている
散髪屋さんというのが、彼女の通っていた高校の正門から
数十メートルのところにあります。


もちろん散髪屋の前が、
その高校の通学路ですから、
もしかしたら、高校時代の彼女と謙介は
すれ違っていたかもしれないのです。


彼女はおそらく大学へ進学をしていろいろなことを
勉強もし、吸収して行きたかったのだと思います。

そのために高校選びも慎重に選んでいるなぁ、と
地元の人間であれば、彼女の行った高校・学科から
容易に推察できるのです。

さっき、散髪屋の近くの高校、と言いました。
そこは県立の商業高校です。

今年の春の甲子園で準優勝した学校、と言えば
他地方の人でも、ああ、とお気づきになるかもしれません。

ですが、その商業高校は、彼女の実家の街からは
結構距離のある県庁所在地の商業高校なのです。


彼女の実家の街にも、県立の商業高校は
あるのです。でも、彼女はそこに行かずに県庁所在地の
商業高校に行きました。

実はその商業高校には
普通の商業科とは別に、英語実務科という
学科があります。 この実務英語という学科、
実はこの高校の特別進学コースなのです。
彼女はそこの卒業生です。

彼女の住んでいた地域で、普通科の学校、
と言えば、○亀高校があるのですが、
そこは成績的に無理だったのかもしれません。

その次の普通科の高校は、
彼女の住む町にある高校なのですが、
そこになると、ちょっとレベルが下がり過ぎ、
と思ったのでしょう。

こちらの県には、高校の学区制が
あって、彼女の住む街からは、県庁所在地の
普通科高校には通えない決まりです。

但し、例外として、商業高校とか、工芸高校は
そういう学区の制限がないのです。

そこで、彼女は次善の策として、その商業高校の
実務英語科を希望して入試を受けて合格したのでしょう。

丸亀には私立の進学校であれば
○手前高校というのがあります。
でも、そこは私立なので学費が高いです。
そういうことで公立の学校に行ったのでしょう。

地元の人間であってみれば、
彼女のそういう進路選択を見ただけで、
この人は、大学に行って、積極的に勉強しようという
明確な意思を感じることができるでしょう。

そうして進んだ大学で、
彼女は突然にして、生命を絶たれなくてはならなかった。


一人の男の下半身の欲求から来る
どうしようもない衝動というあまりにも
ひどい方法で。

犯人は特定されることになりはしましたが、
今になって、それが分かっても、もう彼女は
戻ってきません。

前にもこんなことがあって、こんな文章を
書いたのですが、、。

将来のある若い人が、こんなことになるのは
本当に辛いです。


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16. 12. 06

地図が好き

もう何年も前から、オートマチック車が、
突然暴走して事故を起こした、
という新聞記事をよく見るようになりました。

この間も福岡の病院にタクシーが突っ込んで
大変な事故が起こってしまいました。
福岡の事故は、まだどのような理由で
車が暴走したのかは分かっていませんが、、。

それでそういう時の事故を起こした
運転手さんの言葉というのが、

ブレーキが突然利かなくなった、と
言っています。
それで、よくよく調査をしてみたら、
本人はブレーキを踏んでいるつもりで
間違ってアクセルを踏んでしまっていた、と、
書いてあったりします。

もうそういうことを何度も聞いてきているのですが、
そういうペダルとか踏み間違いを防止する
安全装置の開発って、何とか
ならないのでしょうかねぇ。

謙介の車は、マニュアル車なので、そういう
ペダルの踏み間違い、というのは
比較的起こりにくい、とは言われてはいますが、、。


しかし運転していたら、
どういう緊急事態が起こるかもしれません。
なのでよほど気をつけなければ、と思いながら
運転はしています。


その、うちの車ですが、カーナビはついていません。
というのか、車を買う時にディーラーで、カーナビは
どうしますか? と訊かれたのですが、要りません、
と断りました。

謙介、カーナビに一々行く道路を
指示されるの嫌なんです。


謙介のブログ、いろいろなところに行った旅行の記録を
書いています。

その時、通りを右に行って、左に行って、
と書いてありますが、それは行く前に道をチェックして
出かけています。

グーグルマッ○で、地図を見て、さらに
目標の建物を見ておいて、ここで曲がるとか
ここから右の道だとか、ということをチェックしておくのです。

そんなの面倒じゃない? とか聞かれるのですが、
全然そんなことはありません。

実は、謙介、地図を眺めるのが、大大大好きなのです。

どこも行く予定がなくても、空いた時間があったら、
いつも大抵は地図を見て、
あ、ここにこんな道がある、とか、
ここの地形はどうなっているのだろう、というような
ことを見て遊んでいます。

それって結構実用的な面もありまして、、。

たとえば、いつも帰るときに使う道が、
日によって、ものすごく混んでいることがあります。

混まない日は10分で通過できるところが
混んでいる日に限っては、40分くらいかかる、
という日もあるんです。

空いた時間で地図をチェックしながら、
そういう時のために日頃から自分用のう回路、というのを
考えておいたりしています。


それで、この道が混んでいたら、あ、こっちから
こう出て、ここを抜けたら行ける、とか
抜け道コースをチェックしているんです。

そんな作業を繰り返しているうちに道も覚えますし、、。


謙介、小学校以来、高校まで
ずーっと地理も好きだったんですよ。

多分オヤジが道路を作る人だったので、
ここにこういう道をつけていくんだ、とか
この辺をこういう道路を通す、という地図というのか
図面をしょっちゅう見せられていたから、かもしれません。

道路地図とか、地図、好きですねぇ。


大学に行って、歴史地理学専攻の友達が
できたことで、さらに輪をかけた、ということも
あります。

今は無くなってしまったのですが、
昔、北野の上七軒の入り口に
「大黒屋」という地図屋さんが
ありました。(今は自転車屋になっている)
歴史地理学の友達に教えてもらって
その店に行くようになったり、、。
でも、あのころは、地図って結構高かったんです。
今はグーグルマッ○がありますもんね。

そういうことで、旅行に行くときは、
自分の行くところの行程を考えて、
どの道で行けば、楽しそうか、
早く行けそうか、というのをあれこれと探してみます。

大体のコースが決まったら、A4サイズの紙に、主要な
交差点のメモをしておいて、出かけることに
しています。


実際に行ってみて、あ、地図はこうなっていたのが
ここかぁ、とかチェックをしたり、、。

旅行から帰ってきたら、もう一度グーグルマッ○を
出して、行ったコースをなぞって行くのです。
ここで右に曲がったよなぁ、とかチェックをしていきます。

こんなふうにやっていると、
結構道を覚えることができます。


ところが、
カーナビに頼って車を走らせると、
いつまでたっても、
全然道を覚えないように思います。

それから、新しい道路が毎年どんどんできます。
ところが古いカーナビですと、
それが載っていなかったりします。

実際は新しい道路ができていて
直進できるのに、カーナビは行き止まりになっていたり、、。

まぁ確かにグーグルマッ○でもそういうことは
ありますが、、、。

そういう時でも事前に地図を見ておいて
東西南北の方角というのか、今は
どっちの方角に向かって走っている、
という方向さえ分かっていれば、
少々道を外れたとか、あっても
何とかなるものです。 わからなかったらコンビニででも
訊けばいいのでしょうし、、。


自分が頭で考えながら、この交差点は右へ、
この三叉路を左に、というふうに
意識づけて車を走らせないと、
ただ単にカーナビの指示通りに、
「300メートル先、北大路堀川交差点を
左折です」とか「この先2キロ道なりです」
と、聞いたまま漫然と車を走らせていては、
いつまで経っても道路を覚えない、
ということになるんじゃないか、と思うんです。

まぁそこに行くのはおそらくこれっきり、だろうと
いうような場合もあって、確かに
覚えなくてもいいような場合もあるんですけど、、。

でも、道って、いろんな道を知っていて、
そしてはじめて実用の役に立つ、
っていうこともありますからね。
地図を眺める、ということは止められそうにありません。(笑)


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