おでかけ

26. 03. 16

美術展へ行ったのでした(3)

あと、いつも新幹線の車内から見てて気になった場所がありまして、、
それが位置的に日〇のすぐ近くということはわかっていたのです。
日〇の近くにその一角だけ「時代が止まった」ような場所が
あったんです。

ということで今回行ってみることにしました。

それは常盤橋御門の一帯です。
江戸時代、備前の岡山藩主池田光政公が築いた江戸城の
小石川門の石を使って明治10年に作られたのが
この常盤橋だとか。 ということは、東京でも最も古い
石橋、ということでしょうね。
その後、長く東京市民に親しまれていたこの橋です。
ところが、大正時代の関東大震災でこの橋は、非常に大きな損傷を
受けることになりました。
その損傷の修理費用を出したのが、渋沢栄〇だったそうで。

Img_4443 

橋のところに行く途中で、一万円札の「渋沢栄〇」の像が
あったのですが
なにゆえ、ここに渋沢さん、と思ったのですが、案内文を読んで
わかりました。ですが、この橋の復旧完成を待たずして
渋沢さんは亡くなったので、この橋の復旧した姿は
見られなかったのだとか。

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その後、橋は太平洋戦争にも耐えてがんばっていたのですが、
先年の東日本大震災の折にやはりまた大きな被害を受けたのだとか。
そこで、その後、修復工事が行われ、それが完成して現在に
至っている、ということが書かれていました。
明治からもう5つの時代を経てきたというこの橋ですが、、、
それこそ東京の文化遺産として大切に残していって
欲しい橋だと思いました。

Img_4448_20260314213201

永年の懸案も解決をみることに至ったので(おおげさ)
歩いて東京駅までまいりました。
八重洲口の大〇に行って、いくつか品物の買い出しを
して、新幹線のホームに行きます。

 

たいていの新幹線は上りでやってきた列車が、乗客を降ろした後
車内清掃をして座席の整備を行い(これを最短の場合は5,6分で
行う)再び乗客を乗せて、(乗車時間2分)出発していきます。
謙介の乗るはずの電車は新潟からの上越新幹線の列車でした。
これで東京まで来た後、今度は北陸新幹線として長野まで
走る、という電車のようでした。

 

この日は新潟からのこの電車の到着が遅れたため、
乗客降車→車内清掃が少しずつずれて行って、結局東京発は
20分くらい遅れての発車となりました。
まぁ謙介の場合は、あとは信州へ帰るだけだったので、
遅れたって別に何の問題もなかったのですが、、。

 

ということで、今回の東京行のお話はこれでおしまいです。
今回もお読みくださって、どうもありがとうございました。

 

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26. 03. 15

美術展へ行ったのでした(2)

毎度東京に出てくると、困るのが昼食です。
たいていのお店が行列。
行列してないところは、と思うと吉野〇とか
マッ〇ということになります。いや、吉野〇でも
立派なお食事であって、決して吉野〇のことを
馬鹿にしているのではありません。
ただね、吉野〇なんて、どこにだってあるじゃないですか。
東京に来たのだから、まぁ東京でないと味わえないような
お店に行きたいとか考えだすと、、必ず予約がいるとか
(予約になったら、もうそれだけで日時が縛られてしまいます)
予約なしだと長時間待たないといけない、もしくは
非常にお値段がお高いお店、ということになります。
そこそこの値段で、待たずに食べられて、なんていうお店は
なかなかないのです。
まぁそんなことで、お昼は日本橋の三〇近くの立ち食いの
お蕎麦屋さんで簡単に済ませました。
(写真撮るの忘れてしまいました)

それからもう一度三〇の本店の前を通って、、。
今度は角を左折します。
これは三〇の北側の出入り口です。

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ここを通過して、もう少し行きますと四つ角があって
右斜め前に日〇があるわけですね。

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この日銀の建物と通りを挟んだ逆側に、日〇の別館がありまして
この中に貨幣博物〇があるのです。
一度、ここに寄ってみたかったんです。

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入り口でガードマンの方は、いらっしゃいませ、と
暖かく歓迎してくださるのですが、入ると
係りの人がいて、その後ろには、空港の保安検査場にある
機械と同じものが据えられています。

謙介、この機械、空港以外の場所で見るの初めてです。
荷物をこの検知器に通して、見学者も何も持たない状態になって
ゲートを通過いたします。保安検査が終わると
見学のご許可が出て、それではお二階へ、というご案内になるのです。

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とりあえず入り口の看板のところだけは撮影可能ということでしたので
撮影いたしました。
日本の貨幣の歴史 和同開珎とか富本銭にはじまって、
江戸時代の藩札、明治以降の紙幣、兌換紙幣とか
戦前の紙幣、太平洋戦争中の紙幣とか、戦後の紙幣~現行分まで
わーっとありまして、なかなかの圧巻でございました。

百円札の板垣さんとか五百円の岩倉さん、千円の伊藤さんとか
おやまぁ久しぶり、という感じで、懐かしく拝見しました。
三十分くらいで見終えるか、と思ったのが、気がついたら
二時間くらいいて、、時間の経過にもびっくり。
せっかく東京に来たので、買い物もあった、ということで、
急いで博物館を後にしました。

 

今回はここで措きます。

もう少し続けます。

 

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26. 03. 13

美術展に行ったのでした。

もう先々月のこと。東京に行きました。
今回はちょっと東京での滞在時間を長くしたかったので、新幹線を使用です。
前はJRとバスの価格差が結構あって新幹線なぁ、と思っていたのですが、、
JRの「ジジイ割引」を使って最近は乗っています。

ただ、今回は美術館にまいりますので、やたらめったら早い時間に
着いたところで、目指す美術館は10時開館なので、開いていません。
そういうことで、8時台の新幹線にいたしました。
これだと、9時半に東京駅で、そこから山手線に乗って恵比寿まで、
ということで、まぁ美術館に着くころには美術館も開いているかなぁ、
という時間の算段で出発したわけです。

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で、東京駅から在来線のホームに行きまして、恵比寿で降りた
わけでございます。ここの駅に降りたら、電車が発車する時の音楽が
映画『第三の男』のあれなわけです。当然のことに、アントン・カラス氏の
チターの映画音楽が先にあって、それを麦酒メーカーが自社のCM音楽として
使ったのですけど、今やもう麦酒メーカーの
音楽としか思われない使われ方になってしまっていますね。
だって、恵比寿駅だから、その音楽を使っている、って
そういうことになってしまっている、ということでしょ?

で、まぁ恵比寿で降りて、坂を上がりつつ、10分少々行きますと
目指す山〇美術館があったわけです。

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どうしてここに来たかともうしますと、今回は小林古径の
「清姫」が全作公開されるから、ということでした。

美術館に到着しまして、、早速中に入ります。
もうね、東京都内の美術館は建築からしてどこも
おしゃれです。それはもう展示スペースだけではなくて
トイレまですんごくおしゃれで、、、それはいいんですけど
用を足した後のスイッチ類がどこにどうあるのか、
どこをどう押せばよいのか、、あまりにおしゃれなデザインすぎて
わかんない、っていうことありません?

謙介だけか。まぁいいや。カバンもロッカーに一時預けて
ゆっくり見学するようにいたしました。

美術館もやっぱり今回の展示の目玉、ということにして
いたんだと思います。展覧会場の中心、最初からいろいろと
見てきて、ここ、という場所にこの連作は展示して
ありました。

奥州の若い僧、安珍が熊野詣の途中で牟婁郡真砂(むろごおりまなご)
のお庄屋さんの家に一夜の宿を乞うたわけです。
この安珍さんがまぁイケメンであった、と。
で、恋心を抱いたその家の清姫はしつこく安珍に迫ります。
困り果てた安珍は「熊野詣での帰りにまた立ち寄る」と告げ、
なんとかその場を切り抜けると、参拝後は清姫に会わずに
とっとと帰ってしまいました。
清姫さん、ようやっとなかなか帰らない安珍の裏切りに気づきます。
そうしたら今度は血相を変え、着物や草鞋を脱ぎ捨てながら
イケメン安珍を追いかけます。(文字通りストーカーですねぇ)

清姫さん、いつの間にやら、人から大蛇へと姿を変え、(すごー)
安珍にあと一歩まで迫ったところで、安珍は道成寺に
逃げ込み釣鐘の中に匿われます。
しかし清姫もすぐに追いつき、釣鐘に巻き付くと炎を吐いて
安珍を黒焦げにして殺し、自身も日高川へと身を投げて
死んでしまった、というお話です。

で、唯一撮影可になっていたのがこのイケメンを必死の形相で
追いかける清姫さん、の場面の絵でした。
この絵もすごく有名ですよね。

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このお話は伝説なわけですが、この現代でも決して過去の
言い伝えに終わっていない、というところが
いろいろと考えさせられますね。
21世紀の現代だってこういう話は普通にありますもん。

よく文学なんて絵空事じゃないか、という人も
いますけれども、こういう話を読むと、決して
何百年前のお話とは思えません。

この連作の絵、最後は満開の一本の桜の木が
描かれて終わっているんですが、、
そんなふうな「安寧」な風景になるまで
どれくらいの歳月が流れたのだろうか。
ということを考えます。

おととしの夏の終わり、南島原の原城の跡を
訪ねました。今は畑が広がる一面の丘陵地ですが、、
かつてはここに何万もの人が立てこもって幕府軍と
戦っていたわけです。
そんなことを思い出しつつ、展覧会の絵を
眺めておりました。

東京行の話、長くなってしまいました。
とりあえず今日はここまでといたします。

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26. 03. 02

九州へ(6)

朝、ホテルを8時過ぎにチェックアウトしました。
朝ご飯は、ホテルの中ではなくて、近所のパン屋さんへ
行こうと思っていたので、ホテルで朝食は食べませんでした。

ホテルの朝食って高いんだもん。
外に出ると、まだ朝でしたが、いやはや本当に暖かい。
(結局その日の最高気温は23度。
市電は冷房が入っていました)
電車通りをしばらく歩くと、、坪井川があります。
この川が「あんたがたどこさ くまもとさ
くまもとどこさ せんばさ せんばがわには
たぬきがおってさ」のせんば川、ということになっています。


せんばは漢字で書くと「洗馬」なんですね。この辺で馬を洗っていたので「洗馬さ」
ということなんだそう。

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洗馬を少し行きますと、松〇のパン屋さんがあります。
ここは変わった種類のパンがいろいろあって、、
奥のイートインコーナーでは、無料のコーヒーをもらって
店で買ったパンが食べられるようになっています。

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本当にいろいろあって迷ったのですが、、。
ヤンニョムチキンドッグと
餡バターパンを選びました。

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焼きたてのパンで本当においしかったです。

(ホテルの食事の4分の1の値段だったし、、)


パン屋さんの近くには交番があって、、、
熊本県警のパトカーのロゴは活字じゃなくて手書き風の
文字のところが気に入っています。

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もう一度さっきの「せんばさ」まで戻って、坪井川沿いに
歩いていきますと、、熊本城に到着です。
熊本城に到着したのが、8時50分でした。
見学開始時間は9時だったので、見学ゲートのところで、10分ほど
待ちました。

熊本城に来るのは一体何年振りかなぁ、と
記憶をたどっていくと、、もう35年くらい前のことだと
と思い至りました。30年以上も来ていなかったのです。
お城も必然的に先年の熊本地震で大変な被害を受け、目下城内のあちこちで復元工事の最中です。
中には本丸御殿のようにいまだ手が付けられていない建物も
いっぱいあって、、この地震の被害箇所の修復には一体何年かかるのだろう、
と改めて思いました。

Img_4910

それでも熊本の出身者や、現在熊本居住の知り合いに聞くと、
とにもかくにも天守閣が復興したのが良かった、
ということでした。熊本市民・県民にとってお城は特別な意味の
象徴ということが良くわかりました。

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下の写真は宇土櫓です。目下解体修復工事中。

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観光客のみなさんも多く来ていました。
聞こえてくる言葉を聞いていると、韓国と
台湾の方が多いなぁという印象でした。

お城見学をしてお城下まで降りて、辛島町から市電に乗りました。
駅へ向かいます。
駅で新幹線への乗車まで15分ほど時間があったので、もう一回ダメ押しで
いきなり団子を買って、(またぁ?)と。
九州新幹線で一番早い「みずほ」が来たので、その列車に乗って
もう一度福岡県内へ。いきなり団子はみずほの車中でいただきました。

帰りの新幹線は14時ごろのものを予約していました。それまで3時間
あったので途中下車をして最後の九州の食べ物をいただきました。


最後の九州での食事、日田の焼きそばかラーメンかと迷ったのですが、、
歩いていると、ラーメン屋さんに行き当たったので
ラーメンにしました。日田焼きそばはまた今度。

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中はお昼時で混んでいたのですが、何とか座ることができて、、
最後のラーメン、堪能しました。

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それから、ラーメン屋の近所のスーパーで九州のお土産を
買って、再び駅へ。

さようならぁ。また来るよぉぉぉ。

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謙介の乗ったさくらはどんどん九州から離れていきます。
とうとう小倉駅を出て、、列車は関門トンネルも通過しました。
列車が再び地上へ上がり、あっという間に新下関の駅を通過したのを見て
本州に入ったのを確認しました。


今回一気に通過した都府県はこんな感じです。
熊本→福岡→佐賀→福岡→山口→広島→岡山→兵庫
→大阪→京都→滋賀→岐阜→愛知→静岡→神奈川
→東京→埼玉→群馬→長野。
18都府県、新幹線のおかげでたちどころに通過して、、
21時半過ぎには無事に信州に到着しました。
朝は、熊本のパン屋でパンをいただいていたのが、
夜は長野の自宅で風呂に入っている、というようなことになりました。

1360キロを一気に通過です。
そう考えると本当に新幹線はすごい乗り物だなぁと
改めて思ったことでした。

ということで、今回の九州出張のお話は以上です。
お読みくださってどもありがとうございました。

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26. 03. 01

九州へ(5)

福岡での仕事を終えて、翌朝、新幹線で熊本まで。
新幹線を使ったら、熊本まで30分です。
もうねぇ、あっという間に肥後でございます。

この日の列車は「さくら」なのに「つばめ」車両での運用で
ございました。つばめの車両は全車JR九州の車両なので
熊本駅到着のチャイムは「おてもやん」っぽい音楽が
流れます。ちなみに鹿児島中央到着は「おはら節」っぽいやつ。
このチャイム、向谷実さんが作曲したのですが、
曲ができあがって、JR九州の人に聞かせたら
鹿児島はおはら節のアレンジで、熊本はおてもやんの
アレンジにして、と指示があったそうな。そういう依頼で
「おてもやんっぽいのにしてみました」と本人がおっしゃっているのです。
ということで、「おてもやんっぽい到着チャイム」を聴いて
ああ、久しぶりの熊本だなぁ、と思いつつ、
駅に降りたったのでした。

 

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ここで新幹線から在来線に乗り換えて数駅で
その日の熊本の仕事先に到着です。

あ、その前に駅の中のショップで、、、
熊本に来たので、まずはいきなり団子。

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謙介の頭の中では、熊本出張が決まった段階で、「いきなり団子」が
食べられるぅ、というような脳内変換が起こっておりました。

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まぁ名称は団子、ということになっていますが、
どう見たって芋とあんこを中心にした
ふかし饅頭じゃないか、というようなものですが。
駅の待合室で、いきなり団子を食べてから在来線の乗り場に
行きました。もちろんおいしかったことは言うまでもありません。

午前中かかって仕事をして、お弁当をいただいて
辞去いたしました。ホテルのある市内に入って、、
とりあえずホテルに荷物だけおいて街に出ました。

仕事も終わったんだから、午後の新幹線で熊本を発てば、夜の9時くらいには
信州に着くことはできたのですが、、。せっかくの熊本です。
仕事だけ済ませてさっと帰るというのもちょっとなぁ、と
思ったので、熊本に一泊することにしました。
ということで、とりあえずホテルに荷物を置いて、、
まずは藤崎天満宮にお参りをしまして、、

Img_4850
それから歩いて市電の味噌天神まで行って、電車に乗りました。


いっとき熊本の市電は全国のICカード使用から離脱していたのですが
ちょっと前に方針を変えて全国ICカードに再対応するようになって、ほっと
しました。市電で きよこ 水前寺公園まで。

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水前寺公園は熊本の水の流れを生かした本当に美しい
公園でした。しばらくお庭を鑑賞してですね、、

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再び電車に乗って、、辛島町まで。
ホテルに入って、ほっとしました。

夜は、やはり熊本に来たのですから、〇花のラーメンを
食べに行きました。

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食べ終わってから、再び店を出て市役所のほうからお城の傍を
歩いて帰りました。(ちょっと遠回りをして)
その時の黄昏の空が本当に美しく、
(一生忘れない、とさえ思った空で、、)

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無理して熊本に一泊してよかった、と本当に思いました。

やはり九州は西だなぁと思ったのが日没の時間ですね。
長野に比べて完璧な日没になって真っ暗になるまでの
時間が40分くらい違うなぁ、と感じました。

御堀端をゆるゆると歩いて、、本当にこの一年は早かったなぁ

というようなことを思いながら歩いていました。
この日は2月の21日だったのですが、昨年の2月22日に
母が亡くなって、急いで九州から四国に戻るという
ようなことがありました。
去年の2月は本当に忙しくて、、バタバタでした。
2月のはじめに長野の新しい仕事先が決まって
そこから九州での仕事の整理と長野の新しい仕事先からの
連絡があっていろいろと手続きをしないといけませんでしたし、
長野への引っ越しの手続きがはじまりました。
そこに母が亡くなって、お葬式ということになって、
一度に4つの仕事がどーんと来たものですから、、
去年の2月は本当に今までの人生の中で一番忙しい月だった
ように思います。もうあれ以来、「あの2月を乗り切ったのだから
なんだってできる」という変な自信さえついたようなことで、、
そうだよな、あれからもう1年だよなぁというようなことを
思いながら、、

1年後の2月。再びまた九州に居て仕事をしている
自分が面白かったりしました。
そんなことをあれこれと考えているうちにホテルに戻って、、
その日は早くにお風呂に入って寝たのでした。

 

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26. 02. 28

九州へ(4)

2月の16日の月曜日からは、去年の3月までいた職場で
1週間ほど仕事がありました。
ホテルを一歩外に出たら、知っている街で、
(移ってから1年もたっていませんから、たいして変化など
ないわけで、)ほぼ変化なくて、去年通りで、、
長野に行ったのがうそみたいな気さえました。
でもまぁ西鉄のバス運賃とか、JR九州の運賃がどーんと
あがっていて、やはり、多少はあれまぁ、というような
こともありました。

仕事は単調なので、せめてお昼ご飯だけでもあちこちの
知った店に行こうと思っていました。
仕事場の近くに2軒のパン屋さんがあって、それぞれ
ひいきにしていました。 特に仕事場の南側のパン屋さんは
好きなパンがあって、それを食べられると楽しみにしていたのです。
月曜は休みなので、火曜日の朝、そのパン屋に行ってみたら
シャッターが下りています。張り紙があって
「店主急病のためしばらく休みます」と書いてありました。
がーん。ご店主さんの急病なら仕方ありません。
でも、楽しみにしていたんだけどなー、
まぁそういうことはありましたが、ちゃんぽんも食べられましたし、

(某店のみそちゃんぽん おいしかったです。)

Img_4803
もう一軒のパン屋さんはちゃんと営業していて、、
そのパンを買うこともできました。
また仕事帰りにスーパーに寄って、九州の食べ物を買って帰ることも
できました。
仕事は突発的な困ったことも起こらず、無事に終わりました。
(元同僚と夜2回宴会やらお食事会をしました)

元職場での仕事は20日の夕方終わりました。
仕事終わりが夕方6時だったので、そこから信州に帰ることができず、、
(東京までは行けるのですが、そこから先の北陸新幹線がもう終わっていました。)
ただ、今回はもうひとつ仕事がありまして、、、
翌日の朝、九州新幹線に乗りまして、、今度は熊本に向かったのでした。

 

今日はここで措きたいと思います。

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26. 02. 27

九州へ(3)

柳川というところは、鹿児島本線は通っていません。
これは、鉄道を敷設した当時の県知事、安場氏とことごとく
意見が対立する政敵の岡田氏が柳川に住んでいたたため
鉄道なんか通してなるものか、と県知事が考え、
柳川から離れたところに鉄道を通したということが理由のようです。
後にそれではやはり不便ということで、やがて佐賀線が矢部川駅
(今の瀬高駅)から佐賀まで開通し、その途中に筑後柳川駅が
できる、ということになりはしましたが、昭和に入って
この佐賀線、赤字路線で廃止されてしまい、やはーり柳川から
国鉄の駅はなくなるということになってしまいました。

なので柳川の鉄道駅は西日本鉄道だけ、ということです。

柳川は、水郷の街で、市内至る所に水路が走っています。
道路もその水路に合わせて道路が出来ているようなところが
あるため、場所によったら五つ角とかいうような変則的な
道路になっているところがあって、車の運転、難渋するんじゃ
ないか、と思います。

西鉄の駅から柳川の市内までは少し離れているので
(2キロくらい)バスに乗って街の中心部に行きました。
バスを水天宮入り口というところで降りて、すぐ近くに
あった江戸時代の武家屋敷である、旧戸島家邸宅に行きました。
ちょうど座敷にはひな祭りのしつらえがしてありました。
福岡の南のほうの習慣で、ひな祭りには「さげもん」を
吊るします。小さな布製の細工物をいくつも作り
それをひもでぶら下げる、というものです。その細工物
ひとつひとつに女の子の無事な成長を祈る意味が込められていて
大変きれいなものでした。

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住宅を見学した後、歩いて10分かからないくらいで
白秋の生家に到着しました。

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白秋の家は造り酒屋だったそうですが、白秋がまだ
学校に通っていたころ、家が破産したりして、それからは
なかなかに経済的に大変なことが続いた、と
ありました。しかし、白秋自身の才能や、白秋の周囲の
人のおかげで世に出て、詩人として名をなすことに
なった、ということが資料と共にわかりやすく解説されて
いました。また白秋が晩年に自分の詩を読んだ
録音資料もあって、白秋の肉声を聞けるように
なっていました。
中庭には「からたちの木」が植わっていたり、ざぼんの木もありました。

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白秋生家を見学することが柳川に来る目的だったので、来れて
本当に良かったです。
それから帰りに、旧柳川藩主の邸宅「御花」によって見学して

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駅の方に向かいました。柳川の川下りも経験したかったのですが、、
ちょっと遅い時間で、、最終の船に間に合いませんでした。
(タッチの差だったんですけどね)

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行きはバスだったのですが、帰りは歩いて柳川駅まで。
柳川に来たら、ぜひと勧められていたお菓子があります。
「越山もち」という小さなかわいらしい餅菓子です。

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日持ちがしないお菓子なので、柳川の辺だけでしか
売られていません。そのお菓子を買って、、、
せっかく柳川に来たので立〇うどんに寄りました。

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このお店、謙介が住んでいた町にもあって、ものすごい人気の
店なんです。柳川が本店、と聞いていたので
ここもぜひ寄りたいと思っていました。

たいてい福岡で食べるうどんは、肉ごぼ天うどんです。
こんなの。

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久しぶりに肉ごぼ天うどんをいただき、満足して西鉄の駅へ。
西鉄のメインの線路、天神大牟田線は柳川駅の辺では単線なんですよ。

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帰りは西鉄の特急に乗りましてホテルのある街へと帰りました。

 

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26. 02. 26

九州へ(2)

朝はいつものように5時50分に家を出て、、
6時過ぎの新幹線に乗りました。
自由席なので、ちょっと早めにホームに行って並んでいたのですが、、
ホームに立っていた時間は10分にもならない、7,8分だったかと
思うのですが、気温は零下5度で、本当に寒かったです。
というのが、九州の予想気温が20度台とあったので
いつもの信州での通勤スタイルではなくて、やや薄着だったわけです。
もうねえ、寒い寒い。本当に凍えそうでした。
ようやっとホームの向こうにあさまの車体が見えた時には、
はよついてくれーと思いました。

日曜日の始発のあさまはそう混んでいなくて、、無事に座ることが
できました。
これが、軽井沢あたりからの「浅間山」

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東京駅からのぞみに乗り換えて新神戸まで。
途中見えた富士山。

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これは「かくとだに」の伊吹山。

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のぞみを新神戸で乗り換えます。
のぞみは椅子が狭いわ、硬いわで、正直乗っていたくないんです。
さっさとさくらに乗り換えたかったのですが、
のぞみから後続のさくらへの乗り換え時間は
3分です。この乗り換え時間、
新大阪の駅だとホームを駆け下り、また駆け上り、目的の
車両の号車まで駆けつけなければならず、
それを3分間でする、というのはしんどいのですが、、
新神戸駅だと、ホームは1本しかありませんから、
15号車から8号車に移動、というふうに
横の移動だけで済みます。1分で移動が済みます。


線路も下りは1本しかありませんから、先発ののぞみを
後発のさくらは絶対に新神戸で追い越すことはできません。
ということで、謙介はたいてい新神戸乗り換えをします。
ちなみにこれがのぞみの椅子。横は3人がけと通路を挟んで
2人掛けです。

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で、こっちがさくらの椅子。横はそれぞれ2人掛け。
座り心地は応接間のソファ、という感じでございます。

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新神戸でさくらに乗り換えた時、なんだか慣れ親しんだ
車両に乗れて、、自分ちに帰ってきたような気分になりました。


4年間の慣れってすごいなぁ、と改めて感心したりしました。
だって、毎月九州から四国へ帰っていたわけで、、
さくらには延べ100回は乗った計算になります。
やっぱりなじんでいたんですね。

今回の移動、周囲の人は、長野から福岡まで、まぁ大変でしたねぇ
とか言われるんですが、、窓に映る景色を見ていたら
本当にいろいろなことが分かって、全然飽きたりしないです。

謙介からしたらどうしてみなさん景色を見ないの?って思うんですけど、、
朝の6時過ぎに長野を出た謙介さん、福岡へ午後1時過ぎに
到着しました。

ホテルに荷物を置いて、、少し遅めのお昼を食べて、、
まぁかの地にきたわけで、お昼は当然こんなので、、(笑)

Img_4700

お昼をいただき、西鉄の電車に乗りまして、、
柳川に行きました。
謙介、福岡にいた時に、柳川に行く計画を立てていたんですよ。
それが、ここ数年の間に父が亡くなったり、母が亡くなったり、
長野に引っ越しになったり、という身辺の変化が
あったのと、仕事も忙しかったので(その割には
あんさん、うろうろしてはったんと違う? と言われそうですが)

まぁ諸般の事情で柳川に行けていなかったので、、今回行くことに
したわけです。

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柳川出身の方というと、北原白秋さんですね。それから現在の人と
いうことでいえば、妻夫〇くんになりますか。


長くなりました。今日はいったんここで措きたいと思います。

 

 

 

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26. 02. 23

九州へ

先週、2月15日から2月22日まで、九州へ仕事で行って
きました。仕事とはいえ、合間にあちこち行ったり、食べたかった
ものをいただいたりできて、本当に楽しい旅でした。
また次回から少しずつお話をしてまいりたいと
思います。


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15日の朝、長野の新幹線ホームで5分待つのも
寒くて寒くて、凍えそうだったのに、、
久しぶりの九州は暖かいというより暑くて
(〇鉄のバスなんか冷房が入っていました)
この暖かさのおかげで、信州で足のかかとに
できていたしもやけがあっという間に治癒しました。
往復2720キロの旅行でしたが、、旅行は
好きなので、たいして疲れることもなく、
戻ってきました。
またぼつぼつ書いてまいりたいと思います。
よろしかったらお付き合いください。

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26. 02. 15

列車にいっぱい乗った旅でした(5)

翌日は午前8時半にホテルを出て、、
9時から人と会う約束がありました。
2時間ほど話をさせていただいていろいろなことを
おうかがいすることができて勉強になりました。

会場を出たのが11時。
この日はぜひ、そこでご飯を食べよう、と思っていたところが
ありまして、そこまで歩きました。
30分ほど歩いて、、
到着しました。
じゃーん。栃木県〇舎でございます。

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この建物の15階、あ、栃木では「じゅうごかい」とは
言わないんだそうで。「いちご階」なんだそう。

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さすが「とちおとめ」の栃木でございます。
今、栃木は県を挙げてイチゴを推しているようです。
だっていちごの石碑だってあるんだもん。

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で、そのいちごかいにエレベーターで上がったのです。
ここに実は展望レストランがあって、県庁ですから
比較的お安いお値段で、栃木の農産品を使ったお料理が
いただける、ということでやってきたのでした。

お店に行ったのが11時半だったのですが、、
お店に入って驚いたのが、、空席かと思ったら
すべてご予約の席で、後はもうお客さんが座って
おられました。かろうじて空いていた1席に
何とか座れたようなことでした。

メニューを見て頼んだのが那須高原ポークのせいろ蒸し御膳
というものでした。
何せお客さんが入ったばかりで最初に入った人たちの
注文のお料理を作るので精いっぱいだったのでしょう。
ちょっと遅くはなりましたが、、
こんなお料理が運ばれてきました。

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那須高原ポークは蒸してあったので、脂が落ちていて
しかもいただくタレがポン酢しょうゆだったので
あっさりとした感じでいただけました。

これだけのお料理とあと、コーヒーと小さいデザートが
ついてきました。

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もちろん大きく拡がった窓からは
宇都宮の風景がはるかかなたまで見えて
眺望もすばらしいお店でした。

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お食事をいただいたあと、このいちごかいをぐるりと回って
展望を楽しみました。この日はお天気も良く
遠くまで見通すことができ、本当に素晴らしい眺めでした。

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県庁の北側に「ひなびた感じのタワー」があったのですが
調べてみると、「宇都宮タワー」というものだとか。
帰りの新幹線の時間もあったので寄らずに帰ったのですが、、
もうちょっと詳しく見ることができたら良かったなぁ、と
思ったことでした。

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帰りの新幹線は午後2時台のものだったのですが、
それまで、お土産を買ったり、もう一か所行きたかった
ところがあったりしましたので、県庁舎を後にしました。

県庁舎を出て南に少し行きますと
栃木の県産品を売っているお店があったので、入ってみました。
知り合いから「ミツハフルーツソー〇」という
ソースがいいということを聞いていたのでしたが、、、
その店に入りますと、そのソース売っていたので、これこれ、と
思って買って店を出たのでした。
しばらく歩いて、右折して、、東武宇都宮駅の方へ行ってみました。
東武百貨〇があったので、入ってぐるっと一通り見て出ました。

駅のほうへ向かいます。
ずーっと歩いて行きますと宇都宮二荒山神〇という大きなお社が
あったので、途中寄って、参詣をいたしました。

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という感じでぶらぶら歩いて駅近くまで来た時に
前にお話しした大きな事故の現場に偶然行き当たった
というようなことでした。

 

しばらくなんだなんだどうなっているんだと
野次馬になって見ておりました。
すでにマスコミの人も来ていて、中には記者の人に
インタビューされている人も見ました。

それから駅に行きます。

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帰りの新幹線、どうしても
乗りたかった新幹線がありまして、、
その新幹線、全席指定だったので、座席指定まで取ったのです。
その新幹線で大宮まで行って、乗り換え時間5分少々で
北陸新幹線に乗り換え、ということにしていたのですが、、
その新幹線、「雪のために宇都宮駅到着が10分遅れます」
というアナウンスがありました。
ということは、大宮で接続している北陸新幹線の列車には
乗れない、むーりー、ということになりました。
不幸中の幸いは、北陸新幹線なんていつも空いているから
というので、座席指定を取らずに自由席にしていた、
ということですね。
で、乗るはずの列車の次の列車を調べると、、なんと小一時間も
先までないのです。まぁ仕方がありません。

やれやれと思っていましたら、向かい側のホームに
やまびこ&つばさが到着しました。たまたま待っていた場所の近くに
連結部分があったので、パシャっと撮影することができました。

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でね、謙介が乗りたかったのがこのつばさだったんですよね。
謙介の乗る予定のつばさですが、アナウンス通り
きっかり10分遅れて宇都宮駅のホームに入線してきました。
つばさは在来線も走りますから、車両がほかの新幹線車両と比べて
一回り小さいですね。
入った感じは、その小さめの車両に、シートはそこそこ大きいので
ちょっと車内が狭い感じがしました。
シートの色は黄色と赤を使った(きっと山形の紅花の色なんでしょうね)
暖色系のシートでした。

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宇都宮から乗ったのですが、何せ次の停車駅が大宮で、、
つまり一区間だけの乗車だったのですが、、それでも
車窓から筑波山が見えたりして、、風光を愉しむことが
できました。
大宮で、、小一時間本を読みつつ、くだりのあさまを待って
予定より1時間ほど遅れで、帰ってきたのでした。

 

ということで今回の旅のご報告はこれでおしまいです。
最後までお読みくださってありがとうございました。
さて。来週は九州だぁ。(ちなみに仕事です。)

 

 

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