おでかけ

24. 06. 03

別に追いかけられはしなかったけれど、 横浜(4)

金沢文庫に来るときは特快だったので、停車駅も少なかったのですが
金沢文庫から横浜に戻るのは急行だったので、結構な駅に停車を
していきました。

 

さて横浜に到着です。
今度はここからみなとみらい線の電車に乗ります。
みなとみらい線はすごく深いところを走っているのですね。
エスカレータを何度も使って降りていきました。
この電車で、終点の元町中華街まで行きました。
この電車も混んでいました。
ぎゅうぎゅう状態でした。

Img_8737

終点の元町・中華街まできました。
とりあえず地上に上がりました。
ここから神奈川県立近代文学〇へ行くことにしていたのです。
近代文学館は、謙介の敬愛するハシモトオサムの展示をしていたからなのです。
(実はこの展覧会を見に来るのが今回の出張の、隠れた一番の目的だったのです。)
スマホの地図をあけてみたのですが、道が表示されないのです!
ただ、方向性としてはそっちであっている、という感じで
とりあえず歩き始めました。
ここは港の見える丘公園、というところでした。
外人墓地とか、横浜の気象台とかが建っています。
またハイカラな洋館の建物もあって、左右をいろいろと
見ながら歩いていったわけです。

ところが、途中から現在地と、文学館の間に距離ができはじめ、、、
ということは方向が違っている、ということですよね。
謙介さん困ったので、とりあえず近代文学〇に電話をしました。
今、フェリスの資料館の前にいるのですが、、ここからどう行けば
いいのでしょう? と聞きました。
そうしたら、バスに乗ってくれとか言われて、、
「いや、私、1キロや2キロ歩くのは全然平気です」と
言いました。そこからは謙介が「今、〇〇という建物の前を通りました」
「そこをまっすぐ進んでください」
「今、気象台の角に来ました」「そこを右折してください」
「突き当りまで来ました。港の見える丘公園とあります」
「そこを今度は右折です」
というふうにずーっと文学館までナビをしてもらって、、
ようようのことに到着することができた、
というようなことでした。ふう。

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展覧会ですが、、まずは人出にびっくりしました。
ハシモトオサムの展覧会なんて、そう人が来ないんじゃないか
とそれこそ思っていたのですが、観覧券を買うところから行列ができていて、、
展覧会場も大変な人出で、、展示品をそうした他のお客さんの間から
覗く、というような見方しかできず、、、
もうそれにびっくりしてしまったのでした。

ハシモトオサムの生原稿とか、彼が編んだセーターとか、
今まで写真でしか見たことのなかったものがそこにありました。
なるほど、といちいち思いながら見ていきました。
ここでも小一時間過ごして、、
外に出ました。潮風が心地よかったです。
文学館の前からは、ベイブリッジが見えましたが
瀬戸大橋をいつも見ている身からすれば、なーんだ、という
感想でした。小さいなぁ、とか。

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さて、再びみなとみらい線に乗って横浜に戻りました。
この日はどこかで事故があったとかで電車のダイヤが乱れていて
ホームに降りたら11時30分でしたが、、また25分発の急行が
来ていなくて、、(しばらくしたら入ってきました)
それに乗って横浜駅まで行きました。
どこかでお昼ごはんでもと、思ったのですが、、
都会の土曜の昼下がり、、飲食店なんてどこも行列です。
やれやれということで、歩いていたらパン屋さんが
あったので、そこでサンドイッチと抹茶アンパンを買いました。

再び京急に乗ります。
時刻表示を見ましたら、この時間はあいにくと羽田方面の電車は
ありません。蒲田乗り換えかなぁ、ということで、、
泉岳寺行の電車に乗りまして、、蒲田で乗り換えです。
次の羽田方面の電車は上のホームです、ということで
上のホームに行きました。
7分ほど待つと電車が入ってきました。

横浜駅で飲食店を探したりしていたので、羽田に着いたのは1時過ぎでした。
コンビニで野菜ジュースを買ったので、次は座るところ探しです。
幸い柔らかそうな椅子が空いていて、、そこでさっき買った
サンドイッチと抹茶アンパンをいただきました。
ああ、おいしかった、と思って、カバンをまとめようとして
後ろを振り返ったら、そこにわらび餅を売っている店があったのですが
その店、謙介の実家近くの菓子屋さんで、、、
うちは貧乏だったので、ここの菓子屋のケーキの切り落とし
というのを時々買ったりしていました。スポンジケーキに少し
クリームがついている、というようなものでした。

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そういえば、ここの菓子屋、羽田だけじゃなくて
博多駅にも店があってびっくりしたことがありました。
羽田のこの店も池袋とか書かれていて、この店が四国出自
なんていうことは一カ所も書かれていなくて、、
博多の店もそうでした。四国というのは隠していますね。
そういえば、と思いました。
羽田空港で売っている、お菓子屋さん、あんまりお菓子の出自
(どこそこのお菓子屋、という土地名)を伏せているお店が
多いなぁ、ということを感じます。

さいきんはお菓子を郊外の工場で作るようになったせいか、
お菓子の出自を隠すところが増えたように思います。
前に京都のお菓子、ということでいただいたのですが、、
住所を見たら、まぁ確かに京都市ではあったのですが
その場所なんて、山科の一番東の端で「こんな場所で京菓子かぁ?
もうこんなんもうほとんど大津やんけ」とか思ったことが
ありました。
今やそういう人気のある菓子はその土地の名物ではなくて、企画力というのか
マーケティングでお菓子を売るという世の中になったのだなぁ、
という気がしました。

さて、そろそろ搭乗です。
青の航空会社、チェックインはすべて機械でしてね、
ということのようでした。
予約番号とかの書かれた紙と使ったクレジットカードを
持って機械のところにいきました。
機械の表示順にパネルをタッチしていき、
クレジットカードも入れました。
すると、「該当がありません」という表示が出ました。
何度やってもダメです。
これだから機械は嫌いなんだよーー
とか思います。
その日は幸いに近くに、タブレットを持った青の航空会社の人が
いたので、聞いてみました。「あの、決裁のクレジットカード入れたのに
認識されません」という表示が出ます。
「それでは別の番号でやってみますね」と言って、そこに書かれた
別の番号でやってみました。でも出ない。そうしてさらにもう一つの
別の番号でやったら、ようやっと謙介さんの表示が出てきました。
やれやれ。
おねいさんにお礼を述べて、後はパネルの指示通りにして
ようやっと搭乗券が発行されることになりました。
で、次は保安検査です。ここも結構混んではいましたが、、
何せ保安検査口がたくさんあったので、そうそう待たずに
終えることができました。

で、次は搭乗口です。それが、、、搭乗券に印字された搭乗口は58番とあって
パネルに表示された搭乗口61番となっていて、場所が違っているのです。
また青の航空会社の人に聞かなくてはなりません。やれやれ
たまたま一番近かった秋田行の搭乗口におねいさんがいたので、
券にはこう書いてあるんですが、空港の表示は、こうなんですけど、
どっちなんですか、と訊いてみました。そうしたら、本日は変更があって
61番となりました、ということでした。今時そんな搭乗口変更の印字なんて
すぐに直せるだろうに、とか思ったりしたのですが、、
こういうのって難しいんでしょうか。

ということで、搭乗口に行って、座っておりました。30分くらいしたら
搭乗開始になりました。帰りの飛行機はB787で大型の飛行機でした。
謙介は例によって通路側だったので座席案内は一番最後です。
帰りの飛行機は午後3時という中途半端な時間帯だったせいか
満席とはいかず、7割程度という感じでした。
帰りの羽田からの便はいつも離陸順で待たされることがあって
遅れが出るのですが、この日は全然待つこともなくてすぐに離陸に
なりました。
そのせいか、九州に着陸したのも、予定より15分も早く到着することになって
帰りのリムジンバスも飛行機が遅れたら1時間あとの便かなぁ、とか
思っていたのですが、全くの余裕で予定していたリムジンに乗ることも
できました。
というようなことで、今回も無事に帰ってくることができたのでした。

これで今回の横浜旅行のお話はおしまいです。長々とお読みくださって
ありがとうございました。

 

 

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24. 06. 02

別に追いかけられはしなかったけれど、 横浜(3)

さて。前夜はぐっすりと寝られました。
翌日は5時過ぎに起きました。シャワーを浴びたりして、、
6時半からレストランは開いているというので、
下に降りていって、(ホテルの部屋は13階でした)
朝定食をいただいて、7時45分にホテルを出発です。
今日は何処へ。
ヒカワマル? アカレンガソウコ? すみません、
横浜に来たんだったら、ねぇ、なんですが、、。
新横浜から、JRに乗りまして、横浜に出ました。
ここで京急に乗り換えです。
京急のホームに行ったら、ちょうど数分後に特快の
三崎口行が来ることになっていました。
ですが、、土曜日の朝、8時前って、すごい混雑なんですね。
田舎だと、こんなの平日のラッシュアワーじゃないか、くらい人がいて、、、
空いてる乗車口はないかしらん、とか思ってたんですが、、
どこも混んでいて、、まぁ適当に並んだのですが、、、

 

ホームの中央に一段高いところがあって
そこに駅員さんが立っていてホームの安全確認とか
次発の電車の案内をしていました。
次に来る電車の車両は2扉の電車ということでした。
そういうことで、「乗車口の白色の丸印のところには
電車は停車しません」ということをこんこんと
駅員さん放送していたのですが、
その駅員さんのすぐ横の乗車口がその白色の丸印の
乗車口のようでしたが、、全然気が付かないのか、
次に来る電車のその次の電車にでも乗ろうとしているのか、、
次に来る電車の乗車口ではないところに並んでいる人が
結構な人数いました。 駅員さん、白色の〇の乗車口には
電車の乗車口はありません、ということを、5,6回
言っていましたが、、、それでもお客さんはその乗車口から
全然動こうとしませんでした。

 

駅員さん、もう最後は「知らんぞ」という感じで、
その乗車列からプイと身体を背けて、列車の案内放送を
していました。
結局その白〇印に並んでいた人がどうなったのか、
どころの話ではなくて、、
何とか乗れた! ということでホッとしていた、
というようなことでした。

 

横浜から15分。
電車は金沢文庫に到着です。
ここで降りまして、、
駅の東へ向かいます。

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この辺もやはり起伏のある土地のようで、、
駅から東へは少し上り坂になった地形でした。
そうですね。駅から10分少々歩きましたか、、
道の左側にお寺の門が見えました。
ここが稱名寺です。門をくぐってまっすぐ伸びた
参道を歩いていきます。

Img_8708
今は住宅が建っていますが、かつてはお寺の塔頭寺院が
たくさんあったことでしょう。
やがて山門の前に出ました。大変立派な門だと思いました。
鎌倉のお寺にも匹敵するような立派な門だと思いました。

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このお寺、今は真言宗西大寺派のお寺になっているのだとか。
でも雰囲気としては、真言宗というより禅宗のお寺の
雰囲気です。山門をくぐると池を配したスケールの大きな
お庭が拡がっていました。
緑が本当に美しく、たいへん静かな寺域です。
ああ、来てよかった! と思いました。

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今回の旅行では鎌倉に行けなかったのですが、
このお寺に来ることができて、この風景を見られただけでも
よかったーと思いました。本当に心癒されるお寺、と言えば
よいのでしょうか。大変気持ちよくお庭を拝見しました。
本堂にお参りしました。わずかに開いた戸の間から
お堂の中を拝見しましたが、、なるほど内部の様式は
すっかり真言宗寺院の様式になっておりました。

 

このお寺に来たのは、お寺を見学することもあったのですが
このお寺の西側に、県立の金沢文庫の資料〇があったからです。
金沢文庫というのは、北条氏が建てた「図書館」で、日本の
図書館史では必ず出て来る名前なのですが、、、
この稱名寺の横の小さい山を隔てた西側の谷に金沢文庫が
あったとされています。(実は正確にはどこに文庫が建てられて
いたのか今も詳細は分かっていないのです)
歴史の中で、この稱名寺自体がすっかり荒廃してしまった時期も
あったり、この金沢文庫から貴重な資料があちこちに
持ち去られたりして、すっかり散逸してしまったこともあって
(いくらかは残っている資料もあった)
あまりいい状態でありませんでした。

 

戦前に神奈川県がここに金沢文庫を建てて、残された資料の
保存を行うようになり、戦後その建物が老朽化したこともあって
平成の時代に今の資料館の建物が建てられた、という
ようなことでした。お寺側から、文庫に行くには、中世に掘られた
らしいトンネルもありましたが、今は危険ということで
そのトンネルは閉鎖され、横に最近のトンネルがありました。
もちろんそっちを通って文庫に行きました。

Img_8726

この日は、旅の記録文書を展示している企画展があって、
それを見ることができました。

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小一時間ほどそこで過ごして、再び京急の金沢文庫駅まで戻りました。
ホームに降りたら、泉岳寺行の急行が入ってきたので、それに乗りました。
ラッキーなことに、この電車は全然混んでいなくて、、
座ることができました。この電車で再び横浜に戻るのでした。

 

今日はここまでといたします。

 

 

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24. 06. 01

別に追いかけられはしなかったけれど、 横浜(2)

羽田の京急のホームに降りたら、ちょうど運よく逗子行きの急行が
ホームに入っていたので、これに乗りました。
向かい側のホームには泉岳寺行の電車が入っていましたが
こちらは大変な人で、乗るのも難渋している、という感じでした。
でも横浜方面の電車は人も少なくて、、、おかげで座って
行くことができました。
京急の電車、高速で走る、というイメージだったんですが
横浜の中心部はカーブが多いみたいで線路がくねくねとしているから、
さすがにスピードを出せないのですね。
電車を日ノ出町で降りまして、、人と会いに行きます。

Img_8664
10時のお約束だったのですが、9時半に着いて
しまったので、少し時間をつぶしました。
10時から約2時間ほど、仕事上のことで、いろいろと
打ち合わせとか質問をしたりしました。

用件も終わって、、建物を出たらちょうど昼前になっていました。
まぁ横浜に来たら、やっぱり中華かなぁ、と思いまして、、
この近くの中華で検索をしたら、三幸〇というお店がヒット
してきました。チャーメンがおいしいとありました。
まぁ近くだし、、ということで行ってみました。
人が一人、外で待っていましたが、、すぐに空くだろうと思って
待ちました。店内はそう広くなくて、「相席お願いします」
というのか、中国人のお店の人は当然という感じで
「相席ね」と言っていました。
お客さんは、全員男性で、、、謙介が店を出るまでにも
何人もの人が来ましたが、全員男性でした。
お店の人にチャーメンを頼みました。
頼んでから、壁のメニューを見たら、お昼だけチャーメンセット
とかあったみたいですが、、まぁいいやと思いました。
お昼でお客さんが立て込んでいましたから、
料理が出来上がって出てくるまで、20分くらいかかりましたかね。
はい、と、お店の女性が持ってきてくれたのが
これでした。

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麺がもちもちしていて、、九州の辺の麺とはまた違った
感じです。「チャー」なので漢字で書くと「炒」ですよね。
だから焼きそば、ということになるのでしょうが、
麺の味付けが独特で、、これは他店にはない味だなぁ、と
思いました。
途中から、卓上にあったお酢を少しかけてみたりして
味の変化を見たりして、、おいしくいただきました。

 

次は、1時半からまた別の場所で、仕事上の別の打ち合わせが
入っていました。こちらも、だいたい2時間くらいで終わりました。

 

その後、折角近くに来たから、ということで神奈川県立図書〇へ。
この図書館、つい数年前にできた図書館で、、
おそらく都道府県立図書館では新しい図書館のうちに入ると
思います。

Img_8680

どういうものか、港町って、平地が少ないですねぇ、、
長崎もそうでしたし、神戸もそうでしたし、
横浜も土地がやたらアップダウンしています。
そういう制約があるせいか、この神奈川県立図書〇、県立と言ったら
驚くくらい小さい図書館でした。1階入ったところではくつろぎながら
本を読めるコーナーがあって、いいなぁ、と思いました。
この図書館、今の知事が一般貸出を中止して図書館間の貸出に
限る、というようにする、というプランを出したことがありました。

というのも、この図書館からたった500メートルくらいの
ところに横浜市立中央図書〇があるんですよね。この図書館の
蔵書冊数が日本で1,2を争うくらいの所蔵冊数の多い図書館で、、
そういう図書館が近くにあるから、一般貸出はそっちでやってもらったら?
ということだったのですが、県立図書館は、神奈川県全体の資料なんかを
持っていて、、県立でなければ見られない資料もあるから
それは困る、という声が多く寄せられて結局その計画は中止になった
というようなことがありました。

新館はさすがに新しく、図書の閲覧スペース以外に
ゼミナールとか、ちょっとした共同勉強会の出来るスペースもあって
さすがに最近の図書館での活動が考えられている図書館だなぁ、と
思いました。
その後、隣接した、前川国男設計の旧本館(こちらは
図書館の書庫にするらしいです)を見学しました。
今、書庫化工事中で、外見だけしか見られませんでしたが、、。

Img_8684

色々と見ているうちに夕方になりました。
桜木町から一駅だけですが電車に乗って横浜で降りて

Img_8694
高島〇の地下で鳩サブ〇を買いました。(同僚へのお土産です)
晩ごはん、面倒だったので、どうしようかなぁと思っていたら
同じフロアに崎陽〇があったので、シウマイ弁当を買って
ホテルにそのまま帰りました。

 

今回の出張、行くことを決定したのが1か月前だったので
ホテルを検索したら横浜市内ではもうなくて
(そりゃ部屋代の高いホテルは結構あったのですが、
そんなもの、泊まれません。笑)
新横浜のホテルになった、ということでした。

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結果的にシウマイ弁当を買ったのは正解だったように
思います。シウマイ弁当はおいしかったですし、
ホテルに着いて、また食事に出かける、ということも
しなくて済みましたから、、、、

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そういうことで、ホテルに着いて、部屋着に着かえ
食事もしてお風呂に入って、、のんびりと過ごす
ということで、その日は終わったのでした。

きょうはここまでといたします。

 

 

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24. 05. 30

別に追いかけられはしなかったけれど、 横浜(1)

仕事の調査がありまして、5月24日、25日の両日
横浜に行ってきました。
最初は新幹線で行くつもりだったのです。
それが、お会いする方のスケジュールの都合で
どうしても午前中に、ということになって、、
ああ、こうなりゃ、飛行機だよなぁ、ということで
九州から飛行機に乗って、羽田まで行って
そこから京急で横浜ということになりました。

お会いする時間が午前10時だったのですが、、
逆算していくと、飛行機には始発の7時発の便に乗らなくてはならず
そうなると空港には6時過ぎに着いていなければならず、
空港行きのバスに乗るには、5時過ぎのバス、という
ことになってしまいました。(ひええええ)

ということで家を出たのが5時10分です。
バス停に着いて、空港行きのバスを待ちました。

空港行きの午前5時20分のバスは、
到着がたいてい遅れます。遅れた時は10分くらい遅れることもあります。
で、この日も結局バスが来たのは、5時半くらいだったでしょうか。
そしてようやっと来たバスに乗りましたら、、殆ど満席
だったんですよね。 かろうじて1席空いていたところに座りました。
この空港行のバス、謙介が乗ったところから後も何カ所か
停まったんですが、そのたびにお客さんが乗ってきて、、
最後は補助席まで全部埋まってしまうというような
ことになってしまいました。

このバス、途中から高速道路を走るので、少々の遅れは高速道路
走行で取り戻せるのですが、、今日は途中の停留所でも
結構時間かかかったので、、空港到着はやはり10分遅れ、
ということになりました。

まぁ他の空港だったら10分くらい、ということなんですが、、
福岡空港はその10分が結構大変なことになるのです。
謙介さん、バスを降りて、急いで青い航空会社の
カウンターに行きました。
実は今日乗る飛行機は黒い飛行機の会社なんですけど、、
青の会社のコードシェア便なので、青の会社でも面倒を
見てくれることになっていました。
だもんで、青のカウンターに行ったのです。
カウンターでの手続きは5分で終わりました。
さて次が問題の保安検査です。

この保安検査が、、、福岡空港、すんごく時間がかかるんです。
前の時は、保安検査の列に並んで、検査をしてもらって
荷物を受け取るまでに30分かかりました。
今回も謙介さんが保安検査の列の最後尾に並んだのが
飛行機の出る35分前でした。
この前みたいに30分かかっていたら、、搭乗が微妙な
時間になってしまいます。

どうだろうか、と思っていましたらこの日は結構、列が進んで
行きました。結局前回より早くて、18分で終わりました。
荷物を取って、搭乗口に行きますと、、
もうすでに搭乗が始まっていました。

Img_8662
ただ謙介さんの席は通路側だったので、一番最後に
乗って、と言われる席なので、その時点では
まだだったのですが、、、

それから5分ほどして謙介の席のあるグループ5が呼ばれました。
カバンを座席上の物入れに入れて、席に腰をかけました。
この航空会社の座席、他の航空会社の席よりも
シートピッチがゆったりしている、ということになって
いたはずなんですが、、この日の飛行機は全然そんなことはなくて
結構狭いなぁ、という気がしました。
(まぁそれはともかく)
通路側だし、飛行機の窓は小さい上に窓際の人が、パシャっと
窓にブラインドをおろしてしまって全く外の景色が
見えない、ということになってしまいました。
仕方がないからずーっと謙介は本を読んでおりました。
途中、キャビンアテンダントの方が飲み物を、
とおっしゃってくださったので、コーヒーはもらいましたが、、
それ以外はずっと下を向いて本を読んでいました。
1時間少し経った頃、ドーンという衝撃があって、、
飛行機は羽田に着陸、ということになりました。

飛行機がターミナルビルに横づけになって
みなさん降りるようになりました。
謙介も降りたわけです。
当然のことながら、降りたら東京都です。
謙介はずーっとうつむいて本を読んでいたので頭の中が九州のまま、
だったのですよ。そこにいきなり「東京」が現れてしまったので、
頭が追い付かず、しばらく、頭がぼーっとしていたようなことでした。
長くなりました。今日はここまでといたします。

 

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24. 05. 14

鄙の温泉に行く(20)

嬉野温泉で今回入浴に行ったのは嬉泉〇という旅館
でした。というのが、嬉野温泉にも公衆浴場や
ホテル、大きな旅館は結構あるんですが、源泉かけ流し100%
のお風呂で、地元の人が推奨してくれたのがここだったから、
ということでした。

これが建物です。本当にこじんまりとした旅館です。

Img_8608
玄関に入ると、そのまま入り口から奥に廊下がのびていて、、
旅館の人がどこにいるのか分からない構造でした。
恐る恐る声をかけると、中から旅館の人が出てきてくれました。
立ち寄り湯に来ました、ということを言って料金を払います。
お風呂は廊下突き当りを下に降りてくださったらあります、
ということでした。
地下で暗いのかしらん、と思ったのですが、、
よくよく思い出したら、玄関に上がる時に階段を上ったことを
思い出しました。2階が玄関だったから、1階が浴室だった、
ということですね。
だから浴室は全く暗くなくて明るかったです。

旅館自体がこじんまりとした建物だったから
収容人数も多くなくて、お風呂の大きさも
そうそう大きなものではありませんでした。
お風呂は岩風呂、というしつらえでした。
こんなの。(ここも他に人がいなかったから
写真を撮りました)

Img_8605

早速身体を洗ってからお湯につかってみました。
家で使っている水道水をガス湯沸かし器で加熱して
出てきたお湯とは全く肌触りの違うお湯でした。
温泉の成分なんて全然わからない素人ですが、
お湯が柔らかいというのか、触感が全く違うものでした。
前に入った温泉と違って、硫黄のにおいがするとか
いうようなことはありませんでしたが、、
15分くらい出たり入ったりを
繰り返していたわけです。
洗い場に座って、肘とか少しこすってみたら、角質化した
皮膚がぽろっとはがれたのには驚きました。
前に大分の夜明温泉というところに行った時も
こんなふうに角質化した皮膚が取れたことがあったので、
そのことは驚かなかったかったのですが、、
こういうことがあるから、嬉野温泉は美肌の湯とか言われて
いるわけだ、ということが「身をもって実証された」という
ことでした。本当にここの温泉の効果はすごいと思いました。

結局ここの温泉も30分くらい出たり入ったりしましたが
他に誰も来る人はいなくて、、貸し切り状態のまま、
ゆっくりと入ることができたようなことでした。

お風呂を出て、また服を着て、旅館の人にお礼を述べて
出ました。
帰りのバスは、13時ちょうどで、まだあと45分くらい時間が
ありました。温泉街を少し回ってみました。

Img_8603

どういうものでしょうかね。九州の温泉街、いろいろと
行ったのですが、、行った範囲の温泉だけでしか言えないのですが、

どこも温泉街全体としては、栄えている、というようなところは
ありませんでした。それは別府みたいな超有名な温泉地でも
そうでした。有名旅館とか、名物の店、という単体では
それなりに人も来ているところもありましたが、、
温泉街全体で活気にあふれている、というような温泉地は
今回、いくつもの温泉地をめぐりましたが、、
どこもなかった気がします。

というのが、前任地は松山だったわけですが、
道後は温泉街全体で活気があって、賑やかな温泉地だったので、
余計にそういう温泉街の賑わいを見てしまう、というところが
あったかもしれません。

まぁひょっとして夜のむふふタイムに来たら、また温泉の
別の顔があって、それなりに賑やかだったのかもしれませんが、、、
温泉街をぐるっと回って最後に川辺に出ました。
一部分、親水公園になっているところがあって、、
両側の緑の木々が本当にきれいでした。

Img_8620

最後にバスセンター近くに行った時に、おまんじゅう屋さんを
発見してしまいました。いろいろな種類のおまんじゅうが
あったのですが、、

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自家製カスタード入り、とあった
カスタードクリームまんじゅうを1個買いました。
お店の横に椅子があったので、ここでいただいても良いですか?
とお店の人に聞くと「どうぞどうぞ」ということでしたので
ここでおまんじゅうをいただきました。
カスタードクリームの甘さもほどよく、おいしいおまんじゅうでした。

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バスの発車時間まであと10分なので、そろそろバスセンターに
行くことにしました。
バスセンターの前には、うなぎのかば焼きを売るお店だったのでしょうか。
驚いたのは看板でした。有明海が近いという場所柄なんでしょうかね。
うなぎと一緒にむつごろう料理とも書いてありました。
ですがお店を閉めてもう長い時間が経過したのでしょう。お店の玄関前には
草が生えていました。

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バスは12時55分に乗り場に来ました。JR九〇のバスは
「オムニバス」という名前です。再び40分かけて武雄温泉まで行って
リレーかもめに乗り換えて、帰宅しました。

今回、嬉野温泉に行きましたが、温泉までの行き方も、温泉のお湯の良さも
分かったので、機会があったらもう一度行きたいなぁ、と思ったことでした。
(行けるんか? 笑)

ということで今回は嬉野温泉の記録でした。
お読みくださってありがとうございました。

 

 

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24. 05. 13

鄙の温泉に行く(19)

嬉野温泉ですが、、前に職場の同僚から聞いた話では
武雄は温泉中心だけど、、嬉野はどちらかと言えば
温泉より、夜に遊ぶ方の要素のお店が結構多い、という
ことを聞きました。こちらは何も知りませんから、聞いたら
まぁそんなものか、くらいにしか思わなかったのですが、、
今回、こうして嬉野に来たので、そういう夜の歓楽街って
あるのかしらん、と思っていたのですが、、時間の関係で
あんまり温泉街全体をまわることができず、、夜のむふふ
方面のお店確認はできませんでした。
まぁ、昼間そういう店を見たって営業はしていないから
見たってあんまりそそられるようなことはないんでしょうけど、、

謙介さんは色気より食い気なので(笑)嬉野に来たら
ここでしょう、という温泉湯豆腐のお店に行きました。
温泉湯豆腐というのは、お豆腐を、この嬉野温泉の
お湯で炊くと、お豆腐が柔らかくなって味も
変わるという名物料理です。

この嬉野の温泉湯豆腐ですが、実は謙介の住む街の
スーパーの豆腐売り場にも嬉野温泉湯豆腐のセットを
売っています。でもこのセット結構高いんですよね。
セットで1000円超えます。お豆腐だけだったら
90円なのですが、温泉水が結構なお値段で、、
ついつい躊躇するような値段でですね、、
試したことがなかったのです。
今回はさすがにその名物をまずはいただかなくては
ということで、この温泉名物を創始したお店に行ってみました。

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お店は10時半開店で、行ったのが11時過ぎでした。
入り口のところに名前を書くスタンドがありましたが
とりあえず中を覗いてみようと思って戸をあけましたら
空席が何席かあって、お店の人もどうぞ、と言ってくれたので
中に入りました。
謙介、もう食べるものは決めていて、、
冷ややっこ単品と、温泉湯豆腐単品を注文しました。
冷ややっこは、元のお豆腐の味を知りたかったから、で
そのお豆腐が温泉によってどのようになるかを比較するために
温泉湯豆腐を頼みました。

謙介が店に入ってからも後から後からお客さんが来て
とうとう満席になりました。
後の方からはお店の入り口横に椅子があったので
そこで待つ、ということになりました。
見渡すとたいていの人の所にはお料理が来ていたので
湯豆腐はともかく、冷ややっこなんて切ったらおしまい、
というものなのですぐに来るだろう、とか思ってたんですが
案外と時間がかかって、(注文してから15分くらい)
冷ややっこが来ました。

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九州のスーパーにもいろいろなお店の豆腐を売っていて
木綿豆腐と書いてあるのに、すごく柔らかい絹ごしみたいな
ものもあれば、かためのお豆腐もあります。謙介はいつも
熊本の阿蘇の名水豆〇、というのを買っています。
で、このお豆腐、形状もしっかりとしたかたさが
ある豆腐です。で、今回の嬉野の豆腐製の冷ややっこですが
この阿蘇の豆腐と同じようなかためのしっかりした豆腐でした。
九州に来てから、こういうしっかりしたかたさの豆腐が
好きになりましたねぇ。

それからしばらくして待望の温泉湯豆腐が運ばれてきました。

このお豆腐の入っている温泉水には味が付いているので
この鍋の中にショウガとかネギとか鰹節とかの薬味を入れて
お召し上がりください、ということでした。

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まずちりれんげでこの湯豆腐のおつゆを掬って
味見をしてみました。なるほど確かに味が付いていました。
それからお豆腐をいただきます。
このお店の前のご店主が嬉野の温泉水でお豆腐を煮たところ
豆腐が柔らかくなって、豆腐自体の味もマイルドになるということを
発見して、この料理を出すようになったとのことでした。

お豆腐は確かに柔らかくはなっていたんですが、、最初に言ったように
元々の豆腐がかためですからねぇ、、温泉のお湯で煮て、
ようやっと他所の地方の木綿豆腐に近いものになった、
という感じでした。ですが温泉のお湯のおかげなんでしょうか、、
さっき冷ややっこをいただいた時より、お豆腐の味が穏やかな
感じになっているのは確かだと思いました。

冷ややっこと湯豆腐の両方をいただいて、満足してお店を
出ました。

今日はここまでといたします。

 

 

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24. 05. 12

鄙の温泉に行く(18)

今まで田舎の温泉ばっかりだったんですが、、
今回は「新幹線の駅」もあるところで、、
一応「市」でもあるので、鄙か? と言われたら
ちょっとうーんというところもあるし、今回は割と有名な温泉です。
しかし、だからと言って、博多とか小倉みたいに大きな街かと
言われたら、それっはそうではないので、田舎の温泉シリーズの
まま、改題せずに続けることにします。
今回も温泉は佐賀の温泉です。
ということで、鳥栖まで来ました。

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鳥栖から特急のリレーかもめに乗ります。
その前にホームにある自由席特急券の自動販売機で
自由席特急券を買っておきます。
先月からJR九〇は、特急列車に乗ってから、車掌さんに
発券してもらう特急券について、200円割増料金が
加算されることになりました。

今回の特急券で言えば、鳥栖から武雄温泉までの特急券は
事前にホームや駅の自販機で買えば、1000円なのですが
乗ってから車掌さんに発券してもらって買うと、1200円
かかるということになったのです。

鳥栖での乗り換え時間は8分です。
この8分の間に特急券を買って、階段を降りて2番ホームから
5番ホームに移動して、自由席の乗車口まで行って並んでおかないと
いけない、ということです。

幸いなことに列車を降りたら、目の前に自販機があって
特急券は早速に買えました。
そこからホームの階段を降りて、地下通路を通って、5,6番ホームに。

階段を上がったところは、リレーかもめの1号車の
座席指定車の乗り口です。自由席は、6号車から、
結構な距離をさらに歩いてホームの端のほうまで行きました。

(この距離が結構な長さなんで時間がかかるんです)
ようやっと6号車の乗り口に到着です。

 

乗車口に着いて1,2分したら列車が入ります、というアナウンスがあって
例の装甲車みたいな787系(だって、いつもあの列車見たら装甲車を
想像してしまんですよね)列車が入ってきました。

Img_8588

土曜日の朝の、しかも9時台の列車でしたから、今回は列車も結構
混んでいました。幸い鳥栖駅で降りた人がいたようで、一カ所だけ
空いていた席に座ることができました。

このリレーかもめで終点の武雄温泉まで行きます。
途中の停車駅は、新鳥栖、佐賀、江北でした。
(まぁ特急ですから停車駅はこんなものでしょう)
終点の武雄温泉には、9時58分でした。

Img_8590
ここで接続の西九州新幹線に乗り換えても良かったのですが、、
(接続の新幹線は嬉野温泉駅に停まる便だったので)
武雄で降りてバスで嬉野温泉まで行きました。
というのが、嬉野温泉駅から嬉野温泉の中心部まで
2キロくらいありまして、、
また嬉野温泉駅から温泉街中心部に行くバスの
接続便が今回の新幹線の便にはなかったので、、
(新幹線で嬉野に着くのが10時7分。バスが来るのが
10時52分ですからねぇ。しかも嬉野まで新幹線を
使うのと、武雄からバスを使うのでは、嬉野まで
新幹線で行く方が高くつく)
まぁそういう事情で今回は
武雄からバスで行くことにしました。


この日は駅前広場で何か大がかりなイベントがあるらしく
キッチンカーが5台くらい来たり、テントで何かイベントの
準備をしている人を見ました。
その真ん中にモニュメントがあって、そこから
水が噴水のように出たり、霧状になった水が噴き出したり
という装置がありました。

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次の嬉野温泉行のバスは10時27分
(それでも武雄で30分くらいバスを待ちました)
武雄温泉から嬉野温泉までバスで約40分です。

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嬉野温泉街の中心部にあるバスセンターに
到着です。

Img_8595

嬉野のバスセンターに着いて、一応帰りのバス便の時間を
確認しました。ここから武雄行のバスは1時間に1本程度
ですかね。
嬉野は行政区画では佐賀ですが、佐賀県でも西のほうなので
長崎の各方面行のバスも結構出ていました。
長くなりました。今日はここまでとします。

 

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24. 05. 06

鄙の温泉に行く(17)

ここも温泉は、崖のところにあるため、入り口は上のほうに
あって、浴場に行くには階段を下っていく構造になっています。
ここは洗い場も30人分くらいあったし、浴槽も室内に3つ
やや温度高め、低め、ヒノキぶろ +サウナ用の水風呂が
ありました。案内板によると、この温泉は毎分500リットル
の湧出量があるから、浴槽も大きくとれたし、その結果
洗い場も多人数の洗い場を設定できたのでしょうね。

外の露天風呂に行ってみます。ここも広々とした露天風呂でした。
周囲の植栽は前回行った壁湯と違って、自然に生えた植物ではなくて
人工的に植えられた木々のようでした。
それはともかく、新緑の美しい時期の入浴は癒される感じがします。
40分ほど出たり入ったりを繰り返して、出ることにしました。
もうちょっと入っていたかったのですが、帰りのバスのことも
あったので、引き上げることにしました。
着替えて外に出ました。
ゆっくり歩いて、バス停のところまできました。
(一応バス停は数キロおきにあります。前回言ったように
この辺はバスはどこでも停まってくれますが)
バスが来るまで5分ほどありました。

バスは定刻に来ました。
また小一時間かけて、佐賀駅北側まで戻ってきました。
ちょうど佐賀駅に戻ってきたのが12時過ぎでした。

駅の建物の北側にビッグワ〇というラーメン屋さんが
あります。駅に近いですし、おいしいので
佐賀に来た時には、いつも寄るお店です。

Img_8534
入って最初に自販機で食券を買ってお店の人に渡す方式
なんですけど、、久しぶりに来てみたら、やっぱり
結構な値上げになっていました。しょうがないですよね。

いつもは野菜ラーメンを注文するのですが
たまには違ったものを食べてみようということで
今日は特製ラーメンにしました。
佐賀のラーメンには特徴がありまして、、
それは海苔が必ず入っていること。
有明海の海苔です。

Img_8533

特製ラーメンはチャーシューの枚数が多いのと
卵が入っているところが違うんだとか。
卵について、職場の佐賀の人は早めに卵の黄身を
崩して、ラーメンのスープをマイルドにする、
という人が結構多い、ということを教えてくれました。
その方法でいただいてみると、なるほど
スープが穏やかな味になったように思いました。
途中で胡椒をふってみたり、紅しょうがを入れてみたり
すりごまをふってみたりして
味の変化をいろいろと楽しみながらいただきました。

 

食事を終えたのは12時40分でした。
次の鳥栖方面行の電車は12時58分の鳥栖行でした。
佐賀駅に入って、改札を通ってホームに上がったのです。
その時アナウンスが聞こえてきて、、
次の鳥栖行は2両連結です、ということでした。
まだその時は、ホームにいる人もそう多くなくて、、、
それが後から後から人が増えてきました。

で、不思議なことに後から来る人がみんな水色のTシャツだとか
ポロシャツを着ているわけです。
なんだなんだと思っていたら、、理由が分かりました。
駅のアナウンスがこう言ったのです。
「サガン鳥〇の試合にいらっしゃる方にご案内します。
次の鳥栖方面の列車は、、」ということでした。
その時思ったのは、こりゃ鳥栖まですごい混雑だよなぁ、、
ということでした。
やがて電車が入ってきました。いつもなら佐賀で結構人が降りて
座席だって空いて座れるのですけど、、
この日は電車の中に水色の服を着た人ばかりが乗っていて
みなさん、佐賀では降りませんでした。
そのうえ、大変な人数が佐賀で乗りましたから、、
車内は大変な混雑で、、都会のラッシュアワーみたいな混みようでした。
まさか佐賀でこんな電車に乗るようなことになろうとは、、
とか思ったりしたのですが、、
混雑はそれだけではありません、佐賀から鳥栖までの各駅から
水色の服を着た結構な数の集団が乗ってきました。
最後の停車駅の新鳥栖に来ました。
ここは新幹線の乗換駅でもあるので、謙介みたいにサッカーとは
関係ない人も結構乗るわけですが、、
電車が駅についてドアが開きました。外にはベビーカーを
抱えた親子づれがいたのですが、、、、
ベビーカーなんて乗るような空間なんかありません。
何せぎゅうぎゅう状態でしたから、、、
その人は乗るのをあきらめたようでした、、。
再びドアが閉まって電車が動き始めました。
結局電車は5分遅れて鳥栖駅に着きました。
到着したのは3番ホームでしたが、謙介さん6番ホームに
急ぎました。鳥栖駅での乗り換えは普通3分なので、
6分もあれば余裕なのですが、5分遅れですから
乗り換え時間は1分しかありません。
水色の服軍団をかき分け、階段を急いで降りて、
地下通路を走って、今度は階段を駆け上がりました。

乗るのは羽犬塚行きの赤い快速電車でした。
何とか車内に入った数秒後、電車のドアが閉まって、、、
いや、鹿児島本線の電車に乗り遅れたっていいんです。
鹿児島本線の電車は結構な頻度で走ってくれるので、、
問題はその次に乗る線の列車が1時間か1時間半に1本しか
ない、ということです。
羽犬塚行きの快速だったら10分で接続してくれているのですが
それを見送ったら、1時間半ほど待たないといけないのです。
だからもう必死で走った、というようなことでした。

ということで、後は乗り継ぎもうまくいって
無事に帰ってくるようなことができたのでした。
これで今回の温泉行のお話はおしまいです。
(さすがに後は行っていません。笑)

長々とした文章、お読みくださって
どうもありがとうございました。

 

 

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24. 05. 05

鄙の温泉に行く(16)

今回の温泉は佐賀の熊の湯温泉です。
前回が大分で今回は佐賀。(こういう機会はもうないでしょうから。
東奔西走で温泉行きまくりです。)
鹿児島本線の上り各停電車に乗って
とりあえず鳥栖まで行きます。
鳥栖は九州の交通の要衝です。というようなことで、
この鳥栖の辺にはさまざまな会社の物流倉庫とかロジスティクス
が所在しています。
今日は佐賀へ行くということで、鳥栖から江北行きの
各停電車に乗ります。


今、謙介各停電車と書きましたが、JR九州の各停電車、決して
侮れません。決してのろのろ走るようなことはなくて、、
速度計を見ていたら、110キロから120キロを出して
走ります。鳥栖から30分ほどで佐賀に着きました。
九州に住むようになって、九州内の県庁所在地の都市にも
結構な割合で行くようになりました。その中でも佐賀は
一番行った回数が多いですね。謙介の住むところからだと
一時間はかかりません。

去年長崎新幹線が出来ましたけれども、佐賀県知事が
鳥栖から武雄温泉までの建設については全面反対をしていて、
ルートも決まっていません。 そりゃそうでしょう。
鳥栖から各停でさえ、30分で行けるようなところに
わざわざ新幹線通して、在来線の列車を大幅減便させるか
第三セクター化させるような全く佐賀県に何のメリットも
ないような新幹線建設に反対するのは当然だと思います。

Img_8535

佐賀駅に降りたら、帰りの切符を買っておかないといけません。
というのが、佐賀駅の切符の自販機、いつも長蛇の列なんですよ。
1つは、佐賀からの唐津線がICカード利用が出来ないので、
みんな唐津線の切符とか買う、ということと、みどりの窓口の
窓口が2つしかないので、こちらも並んでいる人が多い、
ということです。
この日もやはり結構な人が並んでいたのですが、
大勢と思っていたのは、どうも中国人のグループのようで、、
その人たちが一斉に一つの機械のところに行ったので
さーっと後が空いたようなことでした。

ひとまず帰りの切符も確保できたので、駅の東側にある
バスターミナルに行きました。
佐賀は今年、国民スポーツ大会(昔の国民体育大会)
があるとかで、その掲示物がやたら目立ちました。

Img_8522

バス停に行くと、、謙介の乗るバスの到着まで
あと10分ほどだったのですが、、
その下に(3分遅れ)とありましたから、
まだあと15分はしないと来ないなぁ、と
思いました。
やはり15分ほど待ったころ、向こうの方に謙介の
乗る予定のバスがこっちに来るのが見えました。
古湯温泉行のバスに乗ります。
所要時間は佐賀駅前から40分ほどでしょうか。
方向的に言えば、佐賀駅から北に行った山ふところに
ある静かな温泉郷です。

何度かこの古湯温泉の温泉には行ったことがありました。
同じ温泉施設ばかり行くのも芸がないので
その都度違った温泉施設に行くことにしています。
今日行く温泉施設は、そのあたりの温泉施設の中で
一番ゴージャスな温泉施設です。
施設がゴージャスな分、入湯料金もなかなかゴージャスで、、、(笑)

久しぶりに古湯温泉行のバスに乗ったら、バスの運行経路が変わっていて
ちょっと驚きました。 前は佐賀駅の西側、
「どんどんどんの森」の方を経由して
(どんどんどんの森には市立図書館があります)北に方向転換して行って
いたのでしたが、、
今回は佐賀駅からすぐ北に行くコースになっていました。
そんなことで、温泉までの所要時間は少し
短くなっていましたかねぇ、、。

バスは最初は市街地を走っていましたが次第に郊外になっていって
途中からは渓谷を縫うように走っていきました。
渓谷沿いに走り出すと、、バスはフリー乗降車区間になりました。
どこで「おろしてください」と言っても停まってくれますし、
どこで「手をあげても」バスに乗せてくれます。
(もうこれでどれくらいの田舎なのか分かってくださるのでは、、笑)
というようなことで、温泉の目の前で停めてもらってバスを
降りました。

これが、この日行った湯招〇という温泉です。

Img_8526
温泉というより温泉旅館というのか料亭のようなしつらえだと
思いませんか?

Img_8528

温泉旅館のような感じですが、宿泊施設ではありません。
日帰りの温泉客だけの施設です。

もうたたずまいからして、ゴージャス感があふれている、
という感じです。(笑)
長くなりました。きょうはここまでといたします。

 

 

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24. 05. 04

鄙の温泉に行く(15)

今回は大分の壁湯という温泉に行った時のご報告です。
例によって、久大線の列車に乗ります。
前に久大線に乗った時は、結構混んでいたのでしたが、、
今回もやはり座席はすべて埋まっていて、、、
結局、謙介は列車の終点の日田まで、小一時間でしたけど
立っていました。 まぁ列車の一番前に立っていて、
前面展望が楽しめるから、立っているのも悪くはないんですが、
ただ足はしんどいです。

列車は途中、夜明駅で運転手さんが乗客の質問に対応したり、
連絡バスに乗るための割引券を発行したりしていたので
時間がかかって、3分遅れくらいで日田に到着しました。
ホームの反対側に止まっている大分行きの列車に乗ります。
日田で下車する人はそう多くなくて、大半の人が
大分行きの列車に移乗しました。
殆どが、湯布院に行く外国人観光客の人でした。

由布院って、外国人にものすごい人気です。
いやまぁ確かに良い温泉地ではあるとは思いますが、、
由布院以外にだって九州に風情のある温泉はたくさんあるのに、、
結局、この前に言った、お城と言えば姫路城だけ
温泉と言えば別府か由布院、という決まったところしか
見ない、行かない、というようなことなんでしょうか。
でもそのおかげで、他の所はあまり行く人はいなくて
静かで落ち着いた風情を楽しめて、こちらとしては助かるんですけどね。

日田から30分ほどで、3月に行ったのと同じく豊後森で下車しました。
1か月経過して同じ駅に降り立ったのですが、感想は、緑が濃いなぁ
ということでした。駅前の木々の緑が本当に美しくなっていました。

Img_8498_20240504080201
四国から九州に来て思ったのは、やはり雨が多いせいでしょうか、
木々の緑が濃いななぁ、ということでした。
アニメの隣のトトロの中に、緑がグワーッと生長するシーンが
ありますけれど、九州へ来てみたら、あんな風景アニメじゃなくて
実際にそこここで見られることにものすごく驚きました。

Img_8520

3月の豊後森はすごく寒かったのですが、この日はまぁまぁの
御日和でした。今回はバスの待ち時間は、わずか10分です。
駅横のバス停に行ってバスを待ちます。しばらくすると
宝泉寺行のバスが来ました。
乗ってからバスの運転手さんに、
「このバス、壁湯は通りますか?」と確認をしました。
「とおりますよ」とのことで、バスに乗ります。
豊後森から壁湯までは時刻表では20分ということでしたが
実際は30分ちょっとかかりました。
バスは国道を避けて、旧街道の方を通ります。
そっちのほうが集落の中を通っているので人も乗りやすいから
なのでしょう。でも、旧街道だから道幅が狭くて、、
そこを運転手さんは本当に上手に運転していきます。
お客は例によって謙介だけです。
うねうねと狭い道を通ってきたバスが、国道に出たところに
壁湯のバス停がありました。

 

バスを降りてすぐに目指す温泉の看板が見えていました。
ここも杖立の温泉と同じく、本業は温泉旅館なのですが、、
人気があるのですが、室数が6部屋しかないため
いつも満室で、、結局泊まることができないので
立ち寄り湯で来た、というようなことでした。
バスを降りたところは、ずいぶんと高いところでした。
旅館はその道のところから少し坂を下ったところに
崖にへばりつくように建てられていました。

Img_8501
旅館の入り口で立ち寄り湯の料金、400円を
払います。旅館の方が温泉はこの下です、
と教えてくれました。
行ってみると、、女性風呂は屋根がある建物の中にあったのですが


男性風呂は露天風呂です。
そうして脱衣場は、、塩化ビニールのトタンで囲った
だけのところで、、、なかなかワイルドな造りでした。

露天風呂といいましたが、半分洞窟みたいになっていて
そこに岩を囲って、一応お湯が溜まるようにしてある
天然の岩風呂というしつらえです。
洞窟の上を見たら、岩に「南无阿弥陀仏」と彫ってありました。
洞窟からは間断なく水滴がしたたり落ちてきて、、
それを避けながら入浴します。
泉温は40度ない感じで、ぬるいお湯です。
(日なた水、という感じ)なので、長く入っていられます。
というのか、長く入っていないと温まらない。(笑)
謙介が来た時に、4人ほどの先客がいました。
(ここは人気のある温泉なのだと後から知りました)
謙介入ってから20分ほどして、2人の方が上がっていきました。
この時期の露天風呂は、新緑の美しさを見ながらの入浴で、、
本当に風情がありました。

Img_8503_20240504080201

謙介は30分ほど入って出ました。
ちょうど謙介が出た時にまた二人入ってきて、、
さらに階段のところでまた一人来た人とすれ違いました。
こんな山奥の温泉ですが、入浴客が
次から次へという感じで来るのですから、、
やはり人気があるんだなぁ、と思いました。

今度は温泉の建物のわきの階段を上がって
バスの走っている道路に出ました。
10分ほどでバスは来ました。
今回は、学校の下校時刻のバスだったのでしょう。
乗ったら小学生が2人座っていました。

「こんにちわー」と元気に挨拶をしてくれたので
「こんにちわー」と挨拶しました。
小学生は謙介が乗った壁湯から10分ほど行った
ところでバスを降りていきました。

また、謙介以外の客はいないのかなぁ、と
思っていたら、、途中で年配の女性が乗ってきたりして
帰りのバスはお客さんが乗っている、というようなことでした。
バスはまた30分ほどで豊後森に戻ってきました。
帰りの列車は珍しく豊後森始発の列車だったので、発車時間の
10分前でしたが、すでにホームに入っていて、列車のドアも開いていて
乗れる状態でした。

Img_8515_20240504080201

さすがに今回は始発からの乗車でしたから、、座席にも座ることが
できました。
東の大分方面からの列車は、特急ゆふとか
ゆふいんの森みたいな特急は別として大分発の各停の列車は
たいていは日田までなのですが、この列車は珍しく日田以西も
そのまま運転される列車でした。謙介みたいに日田から先まで
行く人間にとってみれば、やはり乗り換えは煩わしいので
直通列車の方が助かります。
日田からたくさん人が乗って来るかと思ったのですが
案に相違して、あまり乗ってきませんでした。
それより福岡県側のうきはとか筑後吉井から人が大勢乗ってきました。
結局そういうようなことで、謙介が降りる頃にはこの各停の列車
満席状態だったです。

というようなことで、大分の壁湯温泉に行ってきました。

 

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