おでかけ

18. 09. 21

秋はすさまじ(その8)

さて、食事を済ませて、、
もうひとつ、友達が行きたいところがある、
と言います。

どこなん?
と聞いたら、「ほら、新幹線といつもセットで
写ってる五重塔があるやろ、あそこ」

というお答えです。

Toujinozomi

これですね。(笑)
ということで、午後、最後に東寺に行きましょう、
ということになりました。
北白川から、北大路通りに出て、
千本北大路まで走りました。
千本北大路で左折して、千本通を南に降りていきます。
そうしますと、この道は、四条大宮で大宮通に合体
します。そうして大宮通をどんどん下がっていけば、
東寺の駐車場に着きます。

車の中で、友達は、かつて
東寺は東寺でも、
でらっくすなほうの東寺に
行った時のことを
ずーっと話しています。

でらっくすな東寺で、
天にも昇る心地の
経験をしたのだそうで、、

けんすけは、そういうところに
行ったことがないので
よくわかんなーいのですが、、

しかし、にもかかわらずなんで
知っているかというと、

謙介が中学とか高校の時には
そのでらっくすな東寺の宣伝カー
が、京都の町を時々走っていたのです。

京都には、そのでらっくすな東寺と
千中ミュージック、という劇場の
ふたーつがありまして、
それぞれ宣伝カーを走らせて
広報をしていました。

宣伝カーだけでなくて、京都の町の
辻に、千中とか、デラックス東寺の
ポスターが貼ってあったり
しました。そんなもの、嫌でも視界に
入ってきますし、、
車に、「本番なんたらショー」とか
ピンクの地に青いポスターカラーで
書いた文字のポスターが貼って
ありました。


「だけど、あれって、みんなの前で
するんやろ」と、あまりに即物的な
質問になってしまいましたが。

そう聞くと、友人は「うふふふふ」とだけ
答えたのでした。

今回はそんなでらっくすなところにはいきません。


まじめに教王護国寺だけまいりますよー。

あ、教王護国寺というのが東寺の正式名称です。

友達が五重塔五重塔、というので
いの一番にそこにお連れしました。

Img_5096


彼は興奮して、そうだこの五重塔だ!
と言って興奮していました。


この五重塔が、五重塔の中でも日本で
一番高い五重塔、というのは
結構知られたことですね。

でもって、この五重塔のてっぺんと
昨日泊まった旅館の高さがだいたい同じ
というと、友達は、こんな高いところ泊まって
たんか、とちょっと驚いていました。

これがまぁ京都の南北の標高差
ということでもありますね。
丸太町沿いにあった家から、
北大路方面に行くときは
丸太町をしばらく走っては、
馬代通りに出てちょっと北に走り、
一条通まで出ては、またちょっと西大路を走って
北に走り、という具合で少しずつ北上していくのが
常でした。だって一気に北へ走ると
ものすごい坂道でしんどかっただもん。

反対に、千本北大路の辺から、千本丸太町に
南に行くときはすんごい楽でした。
自転車なんかほとんど漕がなくても
どんどん走れたし、、。

東寺の諸堂をめぐりました。
ここは空海の開基ですから、
当然真言宗ですね。
しかも最初の形態は
国が作った寺院でした。

仏教が国教としているときは、
大きなお寺は、国の予算で運営しますから
資金繰りは何とでもなります。

しかし、やがてそういう時期は終わり
東寺は民間のお寺として運営をしていかなければ
ならない時期が来ます。

空海が作った時、東寺は真言宗の
教理を学ぶお寺でした。

ですが、そういう運営方針ですと、
お寺にお金が入ってきません。
そこでやはり東寺のお坊さんは
何とかお寺に人を来させて、にぎやかにして
お寺の勧進をしてもらう方法を考えなくては
と思ったのでしょう。

そこで「東寺の市」というのを始めたのだろうと
思います。東寺は決して教学ばかりのお寺では
ないんですよ。みなさんの信仰だって大切です。
なんたってお大師さんのお寺ですからねー
ということを京都の庶民に訴えたかったのだと
思います。

東寺のお寺のたたずまいを見ると
やはり真言教学のためのお寺だなぁ、
と思うところが大きいです。
下の写真、雨が降り出したところだったので
なんだかぼやーっとした写りになっています。
Img_5104


Img_5101


ということで東寺を参拝・見学した後は、
名神高速から新名神に入って、山陽道、と
走り(要するに行きと同じコース)
Img_5105

淡路島経由で四国に帰ってきたのでした。

今回も長々となりましたが
最後までお読みくださってありがとうございました。

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18. 09. 20

秋はすさまじ(その7)

ガソリンを入れて、今度は詩仙堂に行きました。
ここもお庭がきれいで、あまり観光客のこない
お寺です。
小ぶりの、さりげない門が好ましいです。

Img_5077

門をくぐると、石段があって、
自然に本堂へといざなわれていきます。
Img_5078

ちょうど行ったのが、お昼前ごろでした。

まぁ確かに人はいましたが、
ごったがえす、というほどでも
ありませんでしたし、しばらくすると
潮のひくように人はいなくなって
静寂が訪れました。
Img_5081


木々の紅葉は
ほんのり、と気配としての赤がちらっと
見え始めていて、、これはこれで風情があるなぁ、
と思いました。秋のきざし、とでもいうのでしょうか。

右京区在住だった
吉田兼好さんなんか好きな感じじゃない?
とか思ったりしました。

Img_5083
建物から、今度は庭に出て、庭から、撮ってみました。
ここは山の間でうまく風が来なかったのでしょうか。
庭もそう荒れた、という印象でもありませんでした。

Img_5087


ここのお庭もそうですが、、、

前はそんなことを思ったりしなかった
ことなんですけど、、

かつて来たことのある庭に来ると、

庭を見ながら、自分の来し方のことを
あれやこれやと思うようになりました。

前に一緒にここに来たのは、、とか、

人や一緒に来た時のことを思い出して
感慨にふける、というようなこともあって、、
そういうふうに最近なってきました。

Img_5088

北白川に来て、お昼はどうしよう、なんて
いうような野暮なことは言いません。

というのか、↓ここに来たいがために、
詩仙堂に行ったのよ、というようなもので。(笑)

Img_5090
天一の総本店でございます。
この店、マンションの一階にあるので
場所とか建物は全く変わりません。
その代わり内装がすっかり変わっていました。

秘伝のスープ、産業スパイに見られるといけない
ということなんでしょうかね。

前はオープンキッチンで、
キッチンの中でどうやっているのか
というのが全部見えていたのですが、今は
キッチンとカウンターの間に半透明のパネルがあって
キッチン内部の様子はうかがい知ることは
できなくなりました。(天一のどの店もそうですね)

ネギだって、以前はざるに入っていて
取り放題だったのですが、
やはりそれは止めて、適量(と思われる量)
がどんぶりに載って供せられるように変わりました。

メニューを見て、、なるほどなぁと思いました。
普通の店舗にあるような、ベーシックな
こってりの並み、というような品が書かれて
ないのです。

チャーシュー麺とか、具だくさんのつけ麺とか
いうふうに、具材を付加して、
その分客単価を上げた
品しかメニューに載っていないのです。

まぁねぇ、総本店、さっきも言いましたが
マンションの一階の店で、、、謙介の仕事場の
街にある天一より狭いですからねぇ。

だから客単価を上げないとなかなか利益が
出ない、ということがあるのだろうなぁ、と
思いました。

ちょうど、それって
南座と東京の歌舞伎座の違いですね。
京都の南座は、劇場のキャパシティが
決して大きくないので「一幕見」という
システムがありません。

東京の歌舞伎座は大きいので、
一幕見、というシステムがありますよね。

天一の本店でそんなことを
考えている人間も人間ですけど、、(笑)

とか言っているうちに頼んだ
チャーシュー麺が来ました。

Img_5092
(写真をアップしてから気づきました。
ちり蓮華が邪魔ですねぇ)


天一のラーメン、最初にここで食べたのが
1980年のことだったか、と思います。
だから考えたら、もう38年も折にふれては
このラーメンを食べてきた、というわけですね。

やがて京都を離れて生活するようになってしまいました。

最初のころは、京都に行ったときに
わざわざ北白川まで食べに行く、ということでしたが、
そのうち天一が全国展開をするようになって、
なんとまぁうちの近所でも食べることが
できるようになってしまいました。

(とはいえ天一も店によって
味が微妙に違いますが)

実は、この総本店に行った前々日にも
実家の近くの天一に行っていたのですよ。

その時は、普通のこってりの並でしたけど。

今日もおいしくいただきました。


ということで今日はここまでといたします。

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18. 09. 19

秋はすさまじ(その6)

翌日は朝の6時に起きました。

障子を開けると、どんよりとした
模様です。地面を見ると
細かな雨が降ったのか、降っているのか
ちょっと湿った、という程度の色の地面でした。

ふぁーあ、とあくびをしながらお風呂に
行きます。
朝風呂で、ちょっと目が覚めたおっさん3人は
7時半に食事に行きました。
ここの食堂はバイキングスタイルです。
いつも両親と行くと、両親のおかずやご飯を
取っているので、こちらはゆっくりと
ご飯が食べられないのですが
今回は、ゆっくりといただくことができました。

朝食をいただいて、部屋に戻って荷物を
まとめ、忘れ物はないか、とチェックをしました。
フロントに行って、会計を済ませて、出発です。

どこに行きたい? 
と聞いたら、昨日車の中で、二条城の話が
出たので、「二条城」に行くことにしました。
旅館を出て、右折し、北山通をずーっと西に
行きます。

今回の旅行は、謙介は、右に行って、左に行って、
というカーナビ担当なので、楽でした。

堀川北山で左折して南に降ります。

北大路を越えて、紫明通りを越えて、
今出川通りを越えて、丸太町を越えると、
右斜め前に二条城が見えてきました。
駐車場に車を入れようとすると
係の人がやってきました。
「先日の台風で、今は二の丸御殿だけしか
見学できませんが、それでもいいですか?」
「はい」ということで、駐車場に車をとめます。

入場券を買って、中に入ります。
Nijyo1


昨日行ったところは、日本人ばかりの見学者
でしたが、今日はやはり外国人が多かったですね。
ヨーロッパ系もアジア系も、多いです。
周囲から聞こえてくるのは日本語以外の
言語ばかりでした。
唐門に来ました。

前に海外旅行に行ったら、日本人はやたら
めったら写真を撮るばかり、というような
批判を外国の雑誌で読んだことが
ありましたが、あっちこっち携帯を向けて
写真を撮りまくる外国人を見ていたら、

写真を撮るのは日本人だけじゃないぞー
と思いました。外国人だって
写真を撮りまくってましたけどね。

Nijyo2

さて。御殿に到着です。
御殿の内部は写真撮影禁止なので
写真はありません、、。
Nijyo3
御殿を歩きながら、
そういえば大学の時に、史学科の
友達と来たなぁ、というようなことを
思い出したりしていました。
御殿の途中にガラス張りのところがあって、
外の庭を見られるところがありましたが、
見た限りでは、(きっと見えるところだったから
ちゃんと整備していたのだろうとは思いますが)
全然荒れ果てたところもなくて、
きれいに整った感じでした。

さて。
次はどこにしよう、と言ったら、
二条城を見たので、今度は御所に行こう、
ということになりました。

で、御所に行ったら、寺町御門のところに
でっかいクレーン車が来ておりました。
Gosho1
見ると、御所の大木が折れていて、
それを切って、クレーンでよそに移す作業を
しているようでした。
中に入りますと
まぁいたるところ枝の折れた木、
Gosho2

倒木があちこちにあって、、
改めて台風の被害が大きかった
ことがよくわかりました。
Gosho3

これは、松の木で、枝を支えていた支柱から枝が
外れて地面近くに枝が落ちた状態です。
このままで置いておくと、枝の重みで
枝が折れてしまう可能性があるように思いました。
Gosho4

承明門のところまで来ました。
Gosho5

土塀がこういうふうになっていました。
Gosho6

まぁねぇ、御所の場合はさっきのクレーンのように
宮内庁がさっと手配して、直すことができますが
民間の寺社の場合は、本当に大変だと
思います。実際、あとから大学の時の恩師に
電話しましたら、
「あのなぁ、、庭に置いてあった物置が、風で飛んで
しもてなぁ。阪急の柵、突き破って、京都線の
線路に落ちてしもてたんや。 それを阪急の人と
うちの娘の婿と、5人がかりで、もとに戻して
据え付け直したわ。せやけど、テレビのアンテナが
折れてしもうてなぁ。 直しに来てもらえるやろか?と
言うたら、工事が立て込んでますよって、いつのことに
なるやらわかりませんねん、言われたわ」
ということでした。
御所から丸太町へ戻って、西に行きました。
丸太町を突き当たりまで行くと嵐山です。
嵐山は、というと、こんな状態でした。

Arashiyama1

もうちょっと近づいてみますと、、。
Arashiyama2

渡月橋は、欄干が倒れてしまって、、
ガードマンがいて、通行人の安全を見ていました。
Arashiyama3

清 少納言さんやったら、どないに言うてたかなぁ、と
思いながら、橋を渡りました。

これもやっぱり「すさまじきもの」ですよねぇ。

橋を渡って、松尾に出て、そこから四条通を通って東に。
太秦を通って、再び丸太町に出て、
今度は真東に走りました。

岡崎のガソリンスタンドで給油をして、
もうひとつ、お寺に行こうと、
いうことになりました。
きょうはここまでといたします。

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18. 09. 18

秋はすさまじ(その5)

蓮華寺から元の白川通りに戻って、
曼殊院に行ってみました。

ここもあまり人の来ないお寺です。
やはり通りから相当に奥まっているから、
だろうと思います。

最初に行ったのは、高校生くらいの
時だったでしょうか。
自転車で行きました。
行きは、ひたすら山の方向に上っていく
ばかりなのでしたが、、
まぁあの頃は10代でしたし、元気に自転車を
漕いで行くことができたのでしょう。

住宅地の中の道をうねうねと
走って、曼殊院に到着しました。

Img_5034


ここだけ見たら、まぁいつものたたずまい、
ではありましたが、、。

やはり駐車場のほうは、大木が折れていました。
枝は半分折れて、半分木に残っている
状態のようでした。
しかもその枝が建物の屋根に落ちて
その拍子に瓦屋根が壊れてしまっていました。

Img_5030


それをお寺の作業係のような人が、チェーンソーで
ひとまず枝を切って(枝と言っても相当に太い枝です。)
建物から枝を除く作業をしているところでした。

枝を小さく切って、建物の横に積み、
また建物は建物で補修しないといけないでしょう。
ここもやはり被害があったのだなぁ、と
思いました。

お庭のほうは、大急ぎで片付けたのでしょう。
Img_5031

こちらのほうは、きれいなお庭でした。

京都中のお寺がこのように大なり小なりの
被害を受けているのだと思うと、
今年の秋の京都観光は、いろいろと
制約がある中になるかなぁ、と思いました。
この台風で楓の木も相当に折れているようです。

お庭を眺めたり、あちこち写真を撮ったりして
曼殊院を後にしました。

旅館には5時に入ろう、ということで
ちょっと時間があったので、鴨川の辺を
少し走って、旅館に入りました。

旅館はいつも両親と行くときに泊まる
ところにしました。

この旅館、北山にあって
静かで、使い勝手もよくて気に入っていたのに
来年の3月で何と閉館、ということになって
しまったそうで、、。

謙介的には本当によい旅館だったのですけどねぇ。


友人は酒飲みなので、
よそに食べに行くとはせずに
この旅館のレストランで、
ご飯を頂くことにしました。

前菜とおつくり、鍋物です。
1
前菜は、秋の白和え、サーモン小袖寿司、松葉銀杏、
三色柿博多、鴨ロース照り焼き 花蓮根
だそうです。
2_1

焼き物は丹波鶏のケイジャン風味、南瓜ソース
3

揚げ物は生麩玄米揚げ、赤パプリカ 舞茸 青唐辛子
(この青唐辛子、ホンマに辛かったです)
5

蓋物は海老芋饅頭 しめじ 五色あられ 山葵銀杏
4


酢の物は戻り鰹の紫蘇ポン酢漬け
6

ご飯(丹波のコシヒカリ)香の物 赤だし
7

水物
8

というお品でした。

謙介は酒を飲まないのですが、
後の友達二人は酒を飲むのです。
なので、まぁ食事に
暇のかかること。暇のかかること。

どうして謙介が料理の写真全部撮れたのか、
と言えば、暇だったからですね。
二人ともよく飲みましたけど、
酒品っていうのか、酒を飲むとき、
上手に品よく飲んでいたのが印象的でした。
とてもよかった。

でね、食事が終わってから、
上の写真にも一応あるけど、
デザートが出たのですよ。

けどね、なんか締めが足らんとか、
おっしゃるもので、、。

何が欲しいの?
と聞くと、アイスクリームとかなんだかんだとか
いうわけです。まったく酒飲みって、、

じゃあ、一緒に行こう、ということで
近くの叡電、修学院駅近くのお店まで
行きましてですね、アイスクリームだの
オレオだのを買って帰ったのでありました。

締めにはラーメン!とか言われたら、
北白川の天一の本店まで車を運転して
行くかなぁ、と思っていたのだけど、
そこまでにならなくてよかったです。

ということで今日はここまでといたします。

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18. 09. 17

秋はすさまじ(その4)

博物館、もーっと丁寧に見ていったら、1日でも足りない
ということだったろうと思いますが、
おじさん長いことずーっと立っていると
しんどくなるのですよ。
それでまぁ蒸気機関車にも体験乗車できたことですし、
ここでお昼ご飯の店に行くことにしました。
お昼は、大徳寺のサカ○の冷麺か、
北白川の天一の本店でラーメンか
どっちかを考えていました。
まぁどちらにしろラーメンなんですけれども。
で、この日、蒸し暑かったので、大徳寺の
サカ○にしようということになりました。
ここが本店です。

Img_5006

ここは春夏秋冬、いつも冷麺です。
中華のお店なので、焼き飯だって
シューマイだって餃子だって
鶏のから揚げだって、八宝菜だって
麻婆豆腐だってありはするのですが
大抵の人は、もうサカ○=冷麺
という感じで、冷麺を注文する人が多いんです。

で、まぁ我々も冷麺を頼んだのでありましたが。
Img_5004
こっちは上等のほうの冷麺です。
上等のほうは焼き豚のスライスが入っています。
普通の分はハムです。
麺と、このたれが本当においしく、
連れて行った友達も「こらおいしいわ」ということで
一気に食べてしまっていました。
良かった良かった、と満足してくれました。

さて。ごはんもいただいたので、
お寺を見に行こうということになりました。
前回のツアー(3年前)は京都の南、
奈良北部、南山城の浄瑠璃寺、
岩船寺、海王山寺、蟹満寺、宇治の平等院、
とまわったので、今回は京都の北を巡ろうと
いうことでした。

お店から一度北大路に出て、東に行って、
賀茂川を北上していきます。
このへんは先日の台風の大水がうそのような
穏やかな流れになっていました。

Img_5007

それが、山間部に一歩入ったら
大変なことになっていました。
これは叡山電鉄の鞍馬に行く線路ですが
いたるところ倒木だらけで、、
これは電車が走る、などと言う状態では
ありませんでした。

Img_5009

それからこれは北山杉の美林があったところです。
杉の木が軒並み途中で折れています。
Img_5010
もうこうなると商品価値はほとんどありません。
加えて、この杉って、急傾斜地に植えられているので
重機が入って機械的に木を切っていく、
ということが困難な場所もたくさんあります。


もうこの変わり果てた景色を見ていて
胸が締め付けられるような気がしました。
そうなると1本1本昔ながらの人が入って
木を切るということをしないといけないのですが
それですと、1本あたりの木の伐採コストが
100万くらいかかるという話でした。
1本100万ですし、何百本も(1山について)
伐採しなくてはならず、これはどうなるのでしょうかねぇ、、。


鞍馬寺の前までは行ったのですが
ここに行った9月7日の時は
鞍馬地区全体に電気が来ておらず、地区全体が
真っ暗で、、人もほとんどいない、
という状態でした。
今は電気も通って、鞍馬温泉も通常営業しています。
ただし鞍馬寺は、やはり一部だけの参詣拝観に
なっているようです。

残念なことでしたが、引き返すことにしました。
もと来た道を引き返し、上賀茂神社におまいり
することにいたしました。

Img_5011
ここは地理的なこともあったのでしょうかね。
折れ枝があちこちに飛んでいた、
ということはありましたが、
大きな被害、というのはさなそうな感じでした。


いつものように朱塗りの門が緑に映えて美しかったです。

Img_5014

拝殿の一部は目下解体工事中でした。


今回のツアー、最初に言っていたのが
京都であまり人の行かない静かな
お寺を巡ろう、ということでした。

そんなの簡単なことで、
清水と祇園と嵐山さえ行かなければ
大抵は静かですし、、。(笑)

で、上賀茂を出て、今度は北山通りを東に行きました。
先日の出張の会場の場所を通って、
北山通りから北白川のほうにむかいました。

大原・八瀬のほうへ行こうとしたのですが、
大原方面は何と、八瀬のところで
倒木があって、通行止めになっている、
ということでした。

大原へも行けなかったので、
Uターンして、花園橋の近くの
蓮華寺に行くことにしました。

このお寺もいつ行っても静かで
落ち着いた風情のお寺です。

Img_5022
蓮華寺も観光客の目に見える範囲では
大したことなさそうでしたが、お寺って、裏の山を持っている、
というところもあって、その山の木が折れてしまった、
というところもあるそうです。
そうなるとなかなか手も入れられず、、
本当に大変です、ということでした。

Img_5025

鞍馬はめちゃくちゃでしたし、
大原へも行けませんでしたし、、。

今回の被害が大きく京都の観光にも影響を与えて
いたのだ、ということに気が付いたのでした。

きょうはここまでといたします。

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18. 09. 15

秋はすさまじ(その3)

今日も鉄分多めです。

前々回言いましたように、
京都鉄道博物館は、もともとあった
梅小路蒸気機関車館に大阪の施設を
合併させて作ったものです。
今日の写真は、そのもともとの
梅小路蒸気機関車館のほうです。

Img_4988

お召し列車牽引用の機関車ですね。
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ブルートレインに対して、一時レッドトレイン、
って言われていました。謙介が学生だった時
山陰線で、この車両が導入されました。
それまで、おしっこ臭い、古い客車が多かったのですが、
これが入って、とりあえず、面目が一新されました。
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最新鋭の電車と、蒸気機関車。

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この機関車は、この日「びわこボーイ号」ということで
この試運転の後、大津のほうに行ったそうです。
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梅小路の機関車館には、SLに曳かれたトロッコ列車に乗れる、
というコーナーがあります。この日の牽引は8600でした。
大正生まれの蒸気機関車ですよ。
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機関庫の煙出しです。先日の台風で損傷した、ということでした。
Img_5001


いつもここに来たら思うのですが、
第二次世界大戦の時に、京都にも
原爆を落とす地点に指定されていた時もあって、、

その投下目標地点がこの梅小路だったのです。
もしも、原爆がここに落ちて、炸裂していたら
どうなっていたかなぁ、と思います。

今日はここまでといたします。

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18. 09. 14

秋はすさまじ(その2)

今日は「鉄分」多めでお送りいたします。
まぁこんなのを見て回ったのでした。
見りゃわかるだろう、っていうので
説明は最小限にいたします。
これでも写した写真のうちの一部なんですけどね。


これは最初の湘南塗装の電車と、0系ですね。
Img_4942

新幹線の2等車
Img_4952

で、こっちが1等車 グリーン車・普通車になったのは
後からですし、、。
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ビュッフェ 窓外の景色を見ながら
カレーとかサンドイッチをいただきました。

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パンタグラフ(見たらわかる)
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1979年ごろから、普通車の座席、
前側の簡易リクライニングシートに変わっていきましたですね。
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この機関車、山陰線で走っていたディーゼル機関車なんですけど、
あまりに故障が多くて、、、。しょっちゅう立ち往生してた、
と新聞記事にあったのを思い出します。
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右はトワイライトエキスプレスの機関車。
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このジオラマは宇高連絡船のあくまで、宇野桟橋の
ジオラマです。高松桟橋になるとJR四国ですから。(笑)
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椅子の白いカバー、ビニールシートになっていますが、
謙介実際に乗った時は白い布製でしたよ。
このころの特急の2等車のシートって、
全部こんな感じでしたねぇ、、。
Img_4983


この電気機関車、箱型じゃなくて、かっこよかったです。
はじめて見た当時はいかにも最新鋭! という感じがしました。
スピードも速そう、という感じでしたし、、、。
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18. 09. 13

秋はすさまじ(その1)

友達2人と一緒に、9月7日、8日の2日間、
京都に行ってきました。(実は今月、
もう一回京都に行く予定があります)

ちょうど台風が通過してすぐの時でした。
マスコミの報道は、関空の橋脚に
タンカーがぶつかって、橋が壊れて
しまったニュースばかり目立って、
その印象ばかりが強かったのですが、
行ってみて、決してそうではなくて
通過したところ、全部がひどい被害を
受けたのだなぁ、ということがわかりました。
そんなことも併せてご報告したいと
思います。


今回は謙介は助手席に座って
右に行っての、左に行っての、
という係りだったので、こんなふうに
写真を撮ることもできます。
つい橋を通ろうとすると、
このアングルで写真を撮りたくなるのです。
Img_4934

朝の6時半に出発しました。
今回は今年の春にできたばかりの
新名神を走ろう、ということでした。
新名神に、宝塚北サービスエリアが
できて、そこがなかなかきれい、という
話を聞いていました。

8時半に宝塚北サービスエリアにつきました。
Img_4935

建物がなんとなく宝塚大劇場っぽい
と思いました。

こっちが宝塚大劇場
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雰囲気を似せた、という気がしました。

このサービスエリア、今までの建物と違っているのが
サービスエリアの建物が、
高速道路の上下線の境目に造られている、
ということです。

今までのサービスエリアですと
上り車線、下り車線、それぞれにサービスエリアの
建物があるのですが、このサービスエリアは
上下線合わせてひとつ、という構造です。

朝早かったので、まだすべての店が開いておらず、
フードコートも、パン屋さんとコーヒー屋さんと
うどん・どんぶりの店が開いているだけでした。
(本当は洋食屋だの、ラーメン屋だの、お土産物の
コーナーだの、屋台のお店だのといろいろと
あったのですが)

でも、その分、人は少なくて、ゆっくりと見て
回ることができました。

何と言っても宝塚ですからねー
宝塚歌劇で使われた衣装が
こうして飾られていました。

Img_4936

それから宝塚と言えば
手塚治虫さんでもあります。
宝塚市営の手塚治虫美術館もあるので、、
リボンの騎士の人形もおかれていました。

Img_4937

これがトイレの入り口です。
Img_4939

大きな壁画のディスプレイもあって
壁に映る映像が音楽とともに
変わっていったりします。
とっても「お芸術」ちっくだなーと
思いました。

ここのパン屋さんでパンを買って
コーヒーショップでコーヒーを買って、
簡単な食事をいたしました。
トイレも済ませて、9時にここを出ました。

京都には10時前に着きました。
(大山崎から京都南まで渋滞していたので
遅くなりました)


Img_4941

まず行ったのが、京都鉄道博物館です。
以前は大阪の弁天町にあって、そこには
何度か行ったことがあったのですが、
こっちにはもともと梅小路の蒸気機関車館が
あって、それと一緒にして大きな博物館をつくる
ということでできたのだろう、と思います。


博物館へのアプローチには
京都市電の車両が案内所、ということで
置かれていました。
Img_4940
この車両は謙介の町を走っていて
おなじみの車両です。
↓こんなの。

Iyotetsu

今日はここまでといたします。

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18. 09. 12

満願!(その11)

再び岩出図書館前から
バスに乗りました。
何度も言いますが、この日は本当に暑かったです。
前回見ていただいた、旧和歌山県議会庁舎
から、岩出図書館前まで、やはり日向を
15分くらい歩きましたか、、
もうヘロヘロになりました。

バス停近くに桜の木が植わっていて
木陰がありました。
そこでバスが来るまでの10分近く、
おりました。さすがに木陰で
ちょっとましでした。

バスは5分遅れくらいで、到着しました。
バスに乗ったら、こんな張り紙がありました。
Img_4918
この張り紙、お年寄りのバス乗車の注意喚起
の張り紙でしょう。和歌山弁で書かれています。
そこがとても面白かった。

こけて骨折する人が
「がいに増えてきちゃーる」
とあります。
「がいに」というのは西日本一帯で
割と使われる言葉ですが
程度がはなはだしい、という状態を
あらわします。
ですから「とても増えてきている」
という言葉になりますが。
「きちゃーる」は「きている」の
発音が楽なように音便化したものですが、
この「ちゃーる」というのは、関西ではあんまり
なくて、どちらかと言えば中部地方で
使われます。和歌山は関西ではありますが
そういう中部地方と、西のほうの言葉が混じった
形の方言なんだなぁ、ということが、この張り紙から
見て取れて、それがなかなかにおもしろかったのです。

大阪だったら「ごっつ増えてきてんねん」
という言い方もしくは
「えらい増えてきてんねん」
でしょうね。

それが神戸に行ったら
「ばり、ふえとお」


ね。同じ関西ではありますが、
大阪と和歌山でも方言は異なりますし
和歌山でも、和歌山市内と
海南とかさらに南の白浜とかと
比較するとそれぞれ違うのです。


だから関西弁なんていう方言は
存在しない、って言ってるんですけどねぇ。
相も変わらずに、関西弁とか言っている人が
多くて、、、。 やれやれ。

南海樽井駅に到着です。
ここから、泉佐野まで「普通車」に乗りました。

Img_4919

これは和歌山から難波まで走っている特急の
「サザン」です。 この電車、半分から前が
この古い電車で、後ろに「サザンプレミアム」とか言う
座席指定の車両をつないでいます。
前のほうの電車はわざとこんな古い車両をつないで
後のプレミアムな車両(こっちはもちろん最新鋭)に
乗せようという魂胆です。どっちにしても樽井は止まらない。
Img_4921

泉佐野から、2分で関空急行に乗りかえて、
難波に着いたのでした。
Img_4924
謙介の行ったのが、台風前だったので、
この電車が走っていたわけです。


難波の高島○で、バスの中で食べる豚まんを買って
OCATに行きました。

想定していた時間より、1時間も早く難波に到着できたので
予約していたバスより2便早いバスにかえてもらいました。

早割で買っていないので、
この予約の変更ができるんですよね。

早割だと、時間変更ができないので、
こういう時に臨機応変な時間変更が
できる、できない、って自分の場合は
結構大きいのです。

ということで、早い時間のバスに乗れて
無事に帰ってくることができたのでした。


これで高野山のご報告を終わりたいと
思います。長々と書いたのをお読みくださって
どうもありがとうございました。

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満願!(その10)

根来寺を出たところに、
古民家レストラン、というのがありましたので、
(というのか、そのレストランしかお寺の
近くにはない、と思っていた)
そこに行くことにしました。
12時でしたが、駐車場には車が
いっぱいとまっていました。
もう満席かなぁ、と思いながら、
店の戸を開けたのですが、
案外店の中は広くて、
おひとりさま用の席も
何席かあいていたので、そこに
案内されました。
お昼は、下の定食をいただきました。
紀州というと梅ですが、
軽く表面を焼いて香ばしくした梅干しが
添えられていて、これが疲れ果てた体には
とてもよかったです。(写真右下)


Img_4894
もうこうれでシャキッとしました。

ご飯をいただいてから、行きたかったところへ、
と移動しました。
この根来寺の近くに
和歌山県の旧県議会議事堂の建物が
移築されていると聞いていたのです。
そこに行こうと思いました。

店の中でいっとき汗がひいていたのですが
戸外に出ると再びの猛暑です。
この日の気温は34度くらいでした。

暑さに耐えつつ、坂道を登っていくと
ありました。ありました。

これが旧の和歌山県議会の旧建物です。
Img_4914

ところが、正面玄関に行きますと、、
今日は見学できません、
との看板がありました。
Img_4895
行く前に、この場所のサイトを
確認しました。
火曜日がお休みとありました。
行ったのは金曜だったので
全然問題ないはずだったのですが、、
行ったら今日はダメ、という
表示なのです。

そこで、その中にいた人に
「今日はダメなんですか?」
と聞きました。
次の日(9月1日)にこの場所で
紀州の酒のフェアがあるとかで、
その準備ということでした。


だったら、
今日は臨時休館しますから見学できません
と書いておいて欲しかったです。こちらは
四国からわざわざ来たのに、と言いました。


それと根来寺で買った入場券、というのが
根来寺の見学と、この旧和歌山県議会議場の
両方が見学できる、という券だったのです。

券ももちろん買ってありました。

そうしたら散らかっていますが、
ということで見せていただける
ことになりました。


なので、以下の写真ですが
散らかって何かの準備中
ということになっている写真なのです。


これが議場の後ろの唐破風でした。
この唐破風がこの建物で
一番精巧にできている部分だそうで。
Img_4896
天井は威厳を持たせるための
一重の張り上げ屋根です。

Img_4897

二階の傍聴席から一階を
見渡したところ。

Img_4899

二階の傍聴席です。
昔はここに椅子を置いてあったとか。

Img_4900

全景を見渡したところ
Img_4901

これが議場であった時の机の配置だそうです。
文字通りのU字型になっていたのですね。
Img_4904
実は、ここに訪れたのは
もう一つ目的がありました。
実は夏目漱石が、大阪朝日新聞の
行事で、この議場で講演をしていたのでした。

ここで講演されたのが「現代日本の開化」と
題した講演でした。
謙介は講談社学術文庫で読みました。

日本の近代化は、外国からもたらされた
もので、ただ上皮(うわかわ)を滑って行き、
また滑るまいと思って踏張るために
神経衰弱になるとすれば、
どうも日本人は気の毒と言わんか憐れと言わんか、
誠に言語道断の窮状に陥ったものだ」と述べられて
います。

「一等国だ一等国だといって
間口ばかり広げて、その実日本には
何もないじゃないか」と漱石は
作品の中で、そういう日本の近代化について、
批判をしていますが、
この和歌山での講演も
そのことが多く語られています。


無理やり見学させてもらった
お礼を言って、旧議事堂庁舎を
後にしました。

今日でこの文章終えるつもりだったのですが、
もうちょっと書きそうなので、一旦今日のところは
これで措きます。

長くなって(いつものことぢゃないか)
どうもすみません。

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