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23. 12. 04

晩秋ふたたび(8)

次の日は、7時半にホテルを出ました。
今回は素泊まりのプランだったので、食事がありません。
朝食は、神戸市役〇近くの喫茶店(カフェではありません
昔ながらの喫茶店)でモーニングを頼んで、いただきました。

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それから、阪神の三宮駅に行って、姫路行きの特急に
乗りました。電車は山陽電〇の赤いラインの入った電車でした。
これで明石まで行くことにしていたのでしたが、、
途中、須磨浦公園まで来た時、海を見ていたら、すごくきれいだったので、
時間の余裕もあったし、、途中下車してみました。
やはり須磨とか隣の舞子は景色のきれいなところですよね。
須磨浦公園で降りて、海をしばらく眺めたあと、近くの
敦盛塚に行きました。


このあたりの住所、「神戸市須磨区一ノ谷町5丁目」です。

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つまり平家物語に出て来る一の谷の戦いがあった場所、ということです。
山陽電車の須磨浦公園から少し西に行ったところの
山裾に、敦盛塚があります。案内板によると一の谷の戦いで熊谷直実によって
わずか16歳で討たれ亡くなってしまった平敦盛の塚と
されていますが、、実際はこの一の谷の戦いで敗れた平氏の
人たちの亡骸を集めて供養した「集め塚」が訛って敦盛塚と
なったという説もあるとの説明がありました。

Img_7145
かつてこの辺に赤旗と白旗が風に吹かれ、人と人が殺し合う殺戮が
あったということを思いました。
今は目の前のJRの線路を山陽線の列車がひっきりなしに走って、
ここでかつてそんなことがあったなんて、全然想像もせきませんが、、
かつてはそういう時代もあったのだ、ということをしばらく考えたりして
おりました。
しばらく海を見たり、振り返って山を見たりして、再び須磨浦公園駅から
山陽電〇に乗りました。明石の一つ手前の人丸前で降りました。

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人丸というのは、柿本人麻呂のことです。人麻呂さん明石の歌も詠んでいて、、
明石には柿本神社もあります。その人丸神社への参道口で、人丸前です。

この人丸前駅のホームからは、明石の天文科学〇が一望できます。

ということはホーム上が東経135度、というわけですね。

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ここで降りたのは訳がありまして、、ここからほど近いお寺に
父方の菩提寺があって、そのお墓にお参りに行った、ということでした。
明石も神戸に近かったですし、軍需産業の工場もあったりしたため
第二次世界大戦のときは何度も米軍機の空襲に遭っていますが、
明石の東のほうのこの辺は空襲に遭わなかったようで、、
戦前の古い民家が今もなお少し残っています。
お墓にお参りして、一応記念写真を撮った後、街並みを見ながら、
明石駅まで歩きました。明石駅から北に行くと明石城があって
その中に明石の博物館があるのですが、、、
博物館近くに、救急車が来ていて止まっています。
なんだなんだ、と思っていましたら、博物館の駐車場の方が
そこで高校生が急に倒れた、という話をしてくださいました。
石で転んだとかですか?
いや、ふらふらーっとなって倒れましたんや、
ということで、急病だったみたいで、、
まぁそういう時にやたら救急車をのぞきこんだりするのも
いかがなものかと思い、そのまま博物館にはいりましたれど、、
博物館、その日は年に数回の無料開放日で、、
展示されていたのは、明石の歴史的をさまざまな資料で
教えてくれる展示でした。明石は何せあの明石原人の
いたところですからねー。源氏物語だって須磨明石ですもんね。
いろいろと見て回りました。
どうせ30分くらいで見終わるんじゃないか、とか
思っていたのですが、出てきたら2時間が経っていて、、
充実した展示でした。
博物館を出て、お城の中にある県立図書館に行きました。
今日はここまでといたします。

 

 

 

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