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23. 02. 13

太刀洗まで(1)

最近結構更新頻度があがっています。(こころなしか 笑)
というのか、ようやっと忙しい時期を脱出できた、
ということです。
とはいえ、こんなの一時的なもので、もうすぐまた忙しくなるのは
目に見えているのですが、、。

先日、太刀洗へ行く用事がありました。
太刀洗まで行ったのであれば、隣の甘木まで行って
折角だから温泉に入ってこようということになりました。

以前にも太刀洗、甘木方面に行ったのですが、、
その時はJRに乗って、基山(きやま)まで行って
そこから甘木鉄〇に乗り換えて太刀洗まで
というコースでした。
今回はJRではなくて、西〇で行きました。
西〇で小郡(おごおり)まで行きました。
余談ですが、以前は新幹線の駅に小郡がありました。
しかもそれが隣県で比較的近くの駅名同士だったため、
どっちの小郡なの? とややこしいことになって
いましたが、幸い新幹線の「小郡」駅は
新山口に名称変更されたので、
前のように混乱することもなくなりました。

西〇で小郡まで行きます。小郡の駅を降りて、
100メートルほど歩くと、甘木鉄〇の小郡駅があります。

Img_4690
西〇の小郡は、急行も止まる駅でそれなりに駅も大きいのですが
甘木鉄〇のほうは、、高架の線路上にある小さな駅です。
西〇はともかく、甘木鉄〇は便数も少ないので、
事前に接続を調べて行きました。
おかげで5分ほどの待ち時間で
甘木鉄〇に乗ることができました。

甘木鉄〇に乗って、12,3分で太刀洗です。

Img_4692

Img_4693
この駅前にある平和記念館に用事があっていきました。
ここの学芸員の方に会う用事でした。11時過ぎに行って
用事の話は15分ほどで終わったのですが、、
学芸員の方がせっかくだから見学して行ってください、と
おっしゃってくださったので小一時間、館内を見学しました。

今ではこのあたり、のんびりとした田園風景が広がって
いるのですが、戦前はこの場所に飛行場がありました。
ここは東京と大陸の中継地点でありました。
国内便は東京からの飛行機がここに到着し、
大陸(朝鮮半島 満州方面)へと飛行機が飛んでいたのでした。

後に民間の飛行場は福岡の志賀島のほうに移転し、
ここは航空隊の軍用基地になりました。
航空学校ができて、最盛期は1万人もの軍関係者がいたとか。
そういうことですから、この辺は鉄道はできる、人は集まってきますから
商店街ができる、ということで大変な賑わいだったようです。
それが1945年の3月に大空襲を受けて壊滅的な被害を
被り、そのまま8月15日を迎えることになり、
軍の飛行場もそのまま廃止され、再び田園へと戻った、
ということでした。

そういう事実は知っていても、今のこの風景を見れば
どこに飛行場があって、飛行機が飛んでいたのか、
ということがただただ不思議にしか思えないのです。
それほど今の風景と80年前の風景は変わってしまっているのです。
往時の写真を見ながら、やはり信じられないなぁ、と
思いながら写真を眺めておりました。

それからここにはゼロ戦の飛行機が2機、保存されています。
(前回、写真をアップしたので今回はアップしません。)
それから航空兵として体当たり攻撃をした人が出発前に
書いた遺書も展示されておりました。
本当に誰が考えて、実戦に持ち込んだのか、知りませんけれども
愚の骨頂としか思えないことです。
本心はどんな気持ちで出発して行ったのだろう、
今の高校生か大学生くらいの年の、将来のある人たちが
こんなくだらない戦術の犠牲になって、尊い命を
喪わなければならなかったこと、
一般の人たちを戦争に駆り立てた国家責任は大きい、
と改めて思いました。
1時間ほど館内を見学して辞去し、

再び甘木鉄〇に乗って、終点の甘木まで行きました。

Img_4701

 

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