即位儀礼
今上天皇の退位・次の天皇の即位の日程が
決まった、というニュースが先日報道されていました。
謙介、毎度言いますが、
学部の時に研究していた内容が
一部、天皇の即位儀礼に関係した箇所もあったり、
大学院の時の研究が、六国史に出てきた
死亡記事全部を比較検討する、
というものだったので、
当然、六国史に記載された天皇の崩御、
新天皇即位 改元 という記事は
ずーっと調べていました。
明治以降は、天皇一代で
ひとつの元号、
ということにはなりました。
ですが、日本史的にみれば、そんなもの
ごく最近のことであって、
江戸時代以前は、もう
数年でぱっぱぱっぱと元号を変えていたり
したこともありましたし、
飛鳥時代なんて、天皇が変わったら
都もぱっぱぱっぱと変えていましたのでね。
謙介的には、元号が変わる、と言っても
「ああ変わりますねぇ」という程度
のことなのではありますが。
新しい天皇が即位して、元号が変わったら
新しい時代になったのか、と言えばそうではないのです。
やはり、大嘗祭を経なければ、
正式に天皇が即位した、
ということにはならないように思います。
まぁその前に即位礼正殿の儀という儀式が
ありまして、即位を公に宣明し、
即位を内外の代表がことほぐ儀式というのが
ありますが。
大嘗祭は、音読みすれば「だいじょうさい」
なのですが、やまとことばで言うと
「おほにへのまつり」と言います。
日本の国のうち、卜占でもって
悠紀(ゆき)と主基(すき)の国をそれぞれ
選定しまして、天皇がそこで採れたお米を
神さまとともにいただく、という儀式です。
ちなみに平成の時の悠紀の国は秋田県で
主基の国は大分県でした。
神さまと一緒にこの悠紀・主基の国で
それぞれ作られたお米を
いただく、ということで、この国を統治する
力を体内に宿す、という呪術的な儀式です。
この大嘗祭は即位後、一度行い、
その後は、毎年新嘗祭という祭りを行います。
新嘗祭の日は11月23日。
今は「勤労感謝の日」ということになっていますが、
あれは本来新嘗祭の日だ、ということです。
毎年、秋にこの国で作られたお米をいただくことで
天皇はこの国を統治する力を体内に宿す、
という意味がありました。
冬至は、今の暦では12月の21日~22日ごろですが
旧暦ですと、11月です。
冬至は昼間の長さが一番短くなった日ですね。
天皇家は太陽信仰ですからね。
アマテラスさんのご子孫ですもん。
つまりは一番統治の力が弱まるのが
冬至の日、ということになります。
そこで、大嘗祭・新嘗祭で、
この国で採れたお米をいただいて、
今風に言えば、パワーチャージをしていた、
ということです。
この大嘗祭を経て、天皇ははじめてこの国を
統治する力を得る、ということだったわけです。
だもんで、宮中の数ある儀式の中でも
践祚大嘗祭は別格の儀式なのです。
この体内に祖霊の力を取り込む、
という儀礼は、今でも痕跡のように
あちこちに残っているのです。
京都の葵祭の時に、参列者が
髪に葵を挿すのもそれですね。
葵の持つ呪術的な力をそこに取り込もうと
したわけです。
お寺の本堂の前に、大きなお線香立があって、
そこからもうもうとお線香の煙が上がっていますが、
そのお線香の煙を、頭とか手とか足とか
いろいろなところにつけるようなことをしている人が
よくいますが、あれだってそうですね。
仏さまの功徳を身体の悪いところにつけて
治してもらいたい、という信仰ですよね。
即位儀礼は、その時々の記録に残っていたりはしますが、
案外その時々の経済事情とかで、方法が違っていたり
します。
ああいう儀礼になったら、やたら伝統的伝統的
という人が必ず出てきますが、謙介はちょっと
聞いてみたい気がします。
「あなたの言う伝統的、っていつのことなの? 」とか。
「六国史にそうあったのですか? 」とか。
なので、その基本的な「思想」の部分として
どうしても変えられない、譲れない、という部分は
残して、改変ができそうなところは、現代風に変えても
いいんじゃないか、と思うんですけどね。
そんな思いで即位儀礼を見てみたい、と
思っているのです。
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Comments
・・・伝統伝統と言い募る人達が言ってる「伝統」って,大抵の場合,御一新以来のたかだか150年くらいの浅い伝統でしかないんですよねえ(笑)
大体,即位の儀礼でも,二条家の当主による密教的な「即位灌頂」が行われてた時期の方が長いですもんね。
神道で純化(?)したのは解りやすいといえば解りやすいけど,なんか大事なものをどっかに置き去りにしてしまったような・・・
Posted by: Ikuno Hiroshi | 17. 12. 07 AM 1:02
---Ikuno Hiroshiさん
本当におっしゃる通りで、明治以降に作った、っていうだけのものが多いんですけどね。江戸期以前は、形式で硬直することもなくて、結構フレキシブルというのか、できなかったら、出来る範囲で、ということでやっていた、と思うんですけど、、。明治時代も最初のほうは、違っていたはずなんですが、やがて天皇の権威化、ということが声高に言われるようになったあたりから、思考停止状態になって「さも古そう」=「伝統的」となっていることがあまりに多いように思います。
Posted by: 謙介 | 17. 12. 07 PM 5:04
謙介さん
おはようございます。
今回も勉強になりました。
古代エジプト神話ではラーは夜になると葦の船にのって冥界をとおり、再び地上に現れるとされていたようです。
どこの社会も神様も仕える人も大変ですね。
新しい元号になって、さらに平和な国なればと心から祈らずにいられません。
横須賀線の電車の中で年配のご婦人が「私は国家の安泰を毎年お祈りするの。戦争を知っているから、国が平和であることがどんなに大切かよくわかるの」と話されていました。
今年もあと少しになりましたね。
お風邪などひかれませんように。
新しい年が良い年でありますように。
Posted by: ラジオガール | 17. 12. 16 AM 8:41
---ラジオガールさん
毎日寒い日が続いていますが、お元気でしょうか。もうすぐ冬至です。ちょうどこのころが、一番太陽の勢いが弱くて、それが大嘗祭・新嘗祭を開催する意味となったようです。古代の考えが垣間見れる儀式がまたありそうです。
こちらこそ、今年もいろいろとお話できてよかったです。どうもありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
Posted by: 謙介 | 17. 12. 16 PM 9:44