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17. 08. 09

「くま」へ(1)

Kuma2

台風が通過していって、再び酷暑の日が戻ってきました。
気温が36度とか、37度なのでございます。

あと、3週間くらい、のこととはいえ、この辺、
今年は梅雨が大してなかったですから、
もう6月の末以降、ずーっと暑い毎日で、、
いい加減暑さは
もう辟易としています。

ということで思い立って避暑に行くことにしました。

くま、というところに行くのでございます。

くまは、謙介の住んでいる場所から、車で1時間ほど
行ったところにある山の中の町です。

ここは冬にスキー場が開設される場所なのです。
ですから夏も下界よりは、5、6度涼しいのです。
アパートを出発した時の気温が33度でした。

くま、という地名ですが、今は「久万」という表記です。

謙介の思うに、このくまの表記、
元は「隈」(くま)だったと思います。

くま、というのは道がくねくねとなった、そのカーブの場所とか
境界のことを古い日本語でくま、と言ったのでした。
万葉集にも「道のくま」という用法が出てきます。
そこから来ているのだろう、と、思います。

この町に行くには、文字通りくねくねと曲がりくねった
峠道を上がって行きます。

その峠が「三坂峠」(みさかとうげ)という峠道でした。
この「みさか」も由緒のある地名です。

単なる「さか」なのですから、「さか」だけでいいのです。
日本書紀に出てくる「孔舎衛坂」のように、
地名に坂をつけるとか。

にもかかわらず、
わざわざ「み」という接頭語をつけて「みさか」と
呼んだのです。

「み」という接頭語は「美称」であるとともに
「尊敬の対象」としての「敬意」を表します。
単なる坂、ではなくて「み」をつけた意味は
おそらくこの峠に「神さま」がおいでになる、
と、いう信仰を昔の人がしていた、
ということだろうと思います。


少し前に突然噴火をして大勢の人が
犠牲になった「御岳山」もそうですね。
山ですから単に「岳」だけでもいいのですが
昔の人は、そうはせずに
そこに「御」という敬称を付けたのです。
古くからこの山が信仰の対象であった、
ということが山の名からも分かります。

話を三坂峠に戻しましょう。

この峠は、土佐から伊予に入る重要な地点の
峠でした。そして非常な難所でもありました。

2012年に、別ルートのバイパスができるまで
冬になったら、道路の凍結、降雪のために
しょっちゅう道路が不通になっていたのです。
2012年なんて、今から5年前でしかありません。

つまりつい最近まで、この峠は
大変な難所だった、ということなのです。

下の写真が、その峠の方向を写した
行った日のお昼前の様子です。
Misaka

地形的に難所でもあったでしょうし、
気候もこの山の向こうとこちら側では
大きく変わっていたのでは、と
思います。

そうした地形・気候という
大きな境目だからこそ、昔の人は
この峠に神さまの存在を思い、
みさか、という名をつけたのだと
思います。


このくまは、ちょっと前は単独で「くまちょう」だったのですが
例の平成の大合併で近隣の町村と合併して、「くまこうげんちょう」
という名前になりました。
Kuma1

気温はくまに近づくにつれてどんどん下がって行って
くまに着いた時、車の温度表示を見たら、25度になっていました。

アパートを出たときが33度でしたから、8度下がった、
ということです。出たら確かに涼しいのですが、
今日は前日の台風の影響で、ものすごく湿度が高くて、、
まぁ気温が低かったので、それほどむしむしする感じは
なかったのですが、、でもものすごく湿気を感じました。

この町には四国霊場の札所が2か寺あります。
そのうちのひとつ、大宝寺へ行くことにしました。
お寺は山の中腹にあって、近くまで行こうと思えば
車で行けないこともないのですが、途中の道幅が狭くて
離合ができません。なので、手前で車を置いて
歩いて寺まで行くことにしました。
これがお寺への道です。
もうすでに深山幽谷、という感じです。
Taihoji1

道の右側には、清冽な水の流れがありました。
Taihouji2

次第に道は上り坂になっていきます。そして勾配もきつく
なっていきました。それにしても大変な湿度です。
もうじめじめむしむしです。 
そうしてようやっと山門に到着です。
Taihoji4
上の写真、山門がすべて入っていませんが、
山門は限られた平地に建っていて、山門の前には、下がって山門を
写す、なんていうような余分な場所がなかったのです。
もうこれでぎりぎり。

山門を入るとまたさらに坂道があります。(石段でなくて坂道)
それを上ると、ようやっと本堂が見えてきました。
Taihouji4

お寺が山の中腹の限られたような場所に
しがみつくように建てられていて、
ゆったりとした場所、というのはなかったのです。
Taihouji5

こちらは弘法大師をおまつりした、大師堂なのですが、、
なんだか建て方は「観音堂」というイメージの建物でした。
前に西国三十三カ所の観音霊場巡りをしましたが
その時の本堂が、すべてこんな感じだったのです。
Taishidou
このお寺は何度も火災に遭っていて、この大師堂も
1980年代に再建された、と聞いています。

Taishidou2

↓参詣を終えてお寺を出たところですが、、
Taihouji6
もう深山幽谷、という感じでしょ。
ここで火事になったら、そりゃ、大変なことだと
思います。道が狭いので消防車なんて入れませんし、、
お寺、って、お灯明とか、護摩供養で火を使いますし、、
この辺は冬寒いですから、暖房で炭や木を焚いたり
することもあるでしょう。

やはり火災、というのは、本当に怖いなぁ、という
ようなことを思いながら下山したのでした。
きょうはここまでといたします。

きょう聴いた音楽
くま、と言えば、誰がなんと言おうと
もうこの曲しかございませんですね。


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