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17. 07. 02

やれやれ。どこまでも迫ってくる「地元」・ツアー(11)

御茶ノ水から、今度はJRで一駅、水道橋まで行きます。
御茶ノ水の駅は、今、駅ごと移設するとかで
大規模な工事の真っ最中でした。
そもそもが、川の崖にへばりつくような構造で
この駅があるために、大きな地震の時に
崩落の可能性もあって、そのために安全な場所に
駅を移動させる、ということだとか。
友達は「地震に間に合うのかなぁ」と言っていましたが、、。

電車を待っているのですが、
快速は来るんですが、黄色の電車がなかなか来ません。

ようやっと来た電車に乗って、一駅移動しました。
水道橋からは、都営地下鉄の三田線で千石に移動です。
ここにある、東洋文庫を見学する依頼をしていました。

千石の駅を降りてしばらく歩きます。
見学のお約束までまだ1時間くらいあったので、
せっかくここまで来たので、と思って、近くの
六義園に行くことにしました。
Rikugien1


ちょうど行ったら、ボランティアガイドさんによる
「園内案内がはじまりまーす。」という呼びかけがありました。
「時間は? 」とお伺いしたら、「1時間です」ということでしたので、
お願いすることにしました。

謙介、六義園と言えば、あの柳沢吉保が作った庭、
ということくらいの知識で、、、名前は知っていたのですが
行ったこともなかったのです。

Rikugiensakura

明治になってから、六義園は三菱財閥の岩崎弥太郎の
手に移ったそうです。その後岩崎家の元で管理されて
いくのですが、岩崎家から、東京市に寄贈されて
東京市の管理となって、今に至っているのだとか。

太平洋戦争中は、この六義園も火事になり、
お茶屋や、木々もずいぶん焼けてしまった、
ということをガイドさんから聞きました。

ただ戦火は、六義園すべてを焼き払ったのではなくて、
部分的だったそうで、焼けたところもあったし、
残ったところもあった、ということでした。

今はさっきも書きましたように東京都がすべて維持管理を
している、ということでした。資金に余裕がありますから、とも
お話でした。

この日、隣のグラウンドでは、近くの中学校の運動会を
やっていて、笛の音や、応援の声や歓声が聞こえて
結構にぎやかでした。

六義園は、柳沢の下屋敷として作られた施設の
庭園部分だそうで、江戸時代は、この庭園の南側に
広大な下屋敷があったのだそうです。
下屋敷、というのは別荘のことですね。

庭は万葉集や、古今集の和歌をもとに
作庭された、とのことでした。
中でも和歌浦の風景を模して
造られた部分が大きい、ということでした。
庭は中央に大きな池があり、それを取り囲むように
小高い丘を作ったり、茶室があったり、と
回遊式の庭園になっていました。

Rikugien2

入り口すぐにある大きな枝垂桜です。
大樹ですが、植えてからまだ60年程度しか経っていないとか。


ついこの手の庭を見ると、うちの近所の
栗林公園と比較してしまうんですよね。
ちょうどそこここに植えられたあじさいのが見ごろでした。


Rikugienajisai


これ、つつじの巨木です。こんなに大きなつつじは
みたことがありませんでした。


Rikugientsutsuji_2

ここは、六義園の一番奥の場所で、細い水路の横に
同じような細い道がついています。
この道、蜘蛛の糸のようだ、というので
蛛「ささがに」の道、という名前がついています。
ささがに、というのはやまとことばで蜘蛛のことです。
Oku


六義園で一番古いあかまつです。
樹齢は400年だとか。この辺は戦災に遭わなかったそうです。

Akamatsu

ガイドさんは庭園のいたるところで立ち止まっては
熱心に説明をしてくださいました。


これは岩崎家の管理時代に、岩崎弥太郎が新潟から
運ばせた「赤石」だそうです。あのひと、石を庭に置くのが
趣味だったとか。

Iwasakiakaishi

ここが藤代峠、という場所で、六義園の中では一番高い場所だそうです。
富士見山、という名前もあるそうで、、昔はここから冨士山が見えた、
ということなのでしょうね。
Takai

この石の橋は「渡月橋」と呼ばれる橋だそうです。
「わかのうら あしべの たづの なくこゑに 
よわたるつきの かげぞさびしき」
の歌から名づけられた橋だとか。
Ike

このお蔵が最後です。 これも岩崎時代に建てられた
ものだったそうです。ほかにもいろいろと建てられていたそうですが、
すべて戦災で焼けてしまって、唯一このお蔵だけが残った、
ということでした。
Okura

1時間にわたって熱心に案内してくださった
ガイドさんにお礼を言って、六義園を後にしました。


おそらくガイドさんの説明がなかったら、
きれいな庭だねぇ、、で通り過ぎていたかもしれませんが
ガイドさんのおかげで、庭の故事来歴も分かって
案内してもらって本当によかったです。
歌枕に準拠した庭造り、というのは
元の歌を知っていましたから、
謙介にとっては余計に興味深いものでした。

今まで柳沢吉保、というとあまりいいイメージの
なかった人でしたが、、
今回六義園に行って、なかなか歌にも
造詣の深い人で、文化人だった、ということも
わかって、そういう意味でも、イメージ一新(笑)
で良かったと思いました。やはり実際に
こういうところへ来て見てみるものですね。
改めてそんなことを思いました。


六義園を見た後で、すぐ近くの東洋文庫に移動です。
ここは以前は国立の施設だったのですが、
今は組織がかわって民間の施設になっています。
東洋、という名前の通り、中国・朝鮮・東アジア関係の
蔵書が中心の図書館です。
ここの見学も楽しみのひとつでした。

Img_2404


Img_2406

書庫まで入れていただいて、1時間半くらいここでも見学をしました。
見たい本が次から次へと出てきて困りました。

この後の移動もあるので心を残しながら
東洋文庫を後にしました。
再び千石の駅へ戻り、地下鉄で巣鴨に出て
ここから東京駅に行きました。

(地下鉄で大手町に出て、そこから歩く、
というコースもあったのですが、巣鴨からだと
山手線に乗ったら、そのまま行ける、
というのでこちらにしました、巣鴨経由の
ほうが時間がかかる、ということは知っていたのですが)

今日はここまでといたします。

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