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17. 07. 26

二人の人間国宝

人形浄瑠璃文楽の人形遣いの
吉田和生さんがこのたび、
人間国宝の指定を受けることになりました。

この吉田さんも謙介の仕事場のある県の
地元出身の方です。県出身の方で言えば、
加えて文楽の関係で言えば、
豊竹嶋太夫さんに続いて、お二人目の
人間国宝、ということになりました。


吉田さんの人生を以前にお伺いしたことが
ありました。 吉田さんは野村町、というところの
ご出身でした。(今は野村町は合併して西予市)

野村って、養蚕と、酪農の町、という
イメージのところです。後、相撲が盛んです。

11月の九州場所の後、この野村町では
乙亥(おとい)大相撲という相撲大会が
市営の相撲会館(そんな施設があります)で
あります。九州場所を終えた力士の何人かが
参加しています。

吉田さんはこの吉田町で高校卒業まで暮らしたそうです。

高校を卒業して、さて、何をしようか、
となった時に、大学は行かない、ととりあえず
決めた、と言います。

謙介の思うに、吉田さんが高校を出たころ、
って、大学紛争があちこちであって、
大学なんてデモばかりしていて、
まともな授業なんてしていなかった、
できなかった時代だったから、
吉田さんも大学なんか行っても仕方ない、
と、いう考えになったか、と思いました。


大学は行かないで
何をしようか、遊んでいようか(いいなぁ)とも
思ったのですが、伝統工芸の世界が好きだった
ということで、京都の国宝の修理場を見学したり
徳島の人形浄瑠璃の人形師、
大江巳之助のところに行ったそうで。
大江さんのところでは、新しく弟子を入れる、
ということはしない、ということで、
弟子入りはかないませんでしたが、

大江さんのところに、吉田さんが行くちょっと前に
吉田文雀さんが来ていて「人が足らへんのや」
という話を聞いていたので、「文雀さんのところへ
行ったらどうか」と勧められて、行くことになった、と。

そこでやってきた19歳の若者を家に泊めた
文雀さんは、「どうするか? 」と聞いたそうです。
その返事は「やってみます」ということでした。

前に嶋大夫さんの人生についてお話を伺うことが
ありましたので、つい、比較してしまうのですが、、。

嶋大夫さんは、幼少時から、浄瑠璃を習わされていて
ある程度下地、というものがありました。

しかも、その習いに行っていたのが、家から
40キロも離れたところの先生の所に
小さい子がひとりで汽車に乗って行く、
というようなことをしていたわけです。

嶋大夫さんの場合は、ある時、大阪から
プロの浄瑠璃の大夫さんがやってきて
本格的な語りを聴かせてくれた、と。
その時に、今まで習っていたのは所詮は
素人芸だった、ということに気がついて、
大阪に行って、玄人の浄瑠璃語りになるのだ、
ということになって、郷里を出た、ということでした。

しかし吉田さんの場合は、、お話を聞いていて
やはり戦後の昭和40年代の話だなぁと
思いました。 小さい時から、やっていなくて
フラッと来て、それをやってみよう、と思った、
というところがやはり、戦前生まれの人の
生き方とは違うなぁ、と思いました。

でも、吉田さんの生き方も今の若い人とは
ちょっと違うようにも思います。

吉田さん、おそらく修行時代の中でつらい経験も
山ほどあったと思いますが、それでも
食いついて、今に至りました。

今の世の中、今の若い人って、どうなんでしょう?
ひとつのことをずーっと長く続けて仕事にする、
というのがなかなかできない社会ですよね。

若い人の頭の中に、
ひとつの仕事を、30年、40年と続けていく、
ということ、って、どんなふうに響いているのか。

人によったらそんなに長い期間、ひとつの仕事ばっかり
できるかよ、と思う人もいるかもしれません。
また、仕事の中身も、そういう長期の修練を
要求するような仕事ではない、ところも
ありますし、、。

こうしてお二人の人間国宝の人生を伺ってみると、
やはり、その時々の日本の社会の情勢とか
ものの考え方の違い、というようなことが
明確に出ていて、おもしろいなぁ、と
思ったのでした。

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Comments

国立劇場で文楽研修制度が始まったのは昭和47年だそうで、今では現役技芸員の55%が研修生出身だそうです。
和生さんは内弟子経験者の最後の世代になります。
内弟子経験の有無だけで芸が左右されることはないと思いますが、一定期間、師匠と24時間寝起きをともにすることは師弟の人間的な結びつきに大きな影響があるでしょう。情を語る、表現する文楽には、こういった人生経験は大きな糧になると思います。

Posted by: mishima | 17. 07. 27 at 오후 1:24

---mishimaさん
 弟子入りする以前、文雀さんのところにいった吉田青年に、お師匠さんは一緒に芝居を見に行ったそうなんです。お師匠の文雀さんが無類の芝居好きだったからなんですけど。(笑) その時にお師匠さんから、芝居について、いろいろと見方とか、ここはこうなんや、という解説を受けた、と言います。その引き出しの多さに吉田青年が、この人なら、と思って正式に弟子入りすることになった、と聞きました。mishimaさんのおっしゃるようにそういう弟子に対する折に触れての薫陶があったのでしょうね。

Posted by: 謙介 | 17. 07. 30 at 오전 8:53

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