« やれやれ。どこまでも迫ってくる「地元」・ツアー(1) | Main | やれやれ。どこまでも迫ってくる「地元」・ツアー(3) »

17. 06. 22

やれやれ。どこまでも迫ってくる「地元」・ツアー(2)

川崎大師というと、毎年お正月の初もうでの人の多い
寺社、ということで、謙介はその名をよく聞きます。

でも今まで行ったことがなかったので、
今回、行ってみたい、という気持ちがすごくあって、、
それでまずは、ということで行くことにしたのでした。

京急の支線に乗り換えて、
Keikyu2

川崎大師駅で降りました。
Keikyu1


東に向かって
門前町を歩きます、、。

Daishi1

お正月は人が多い、というのを聞いていたのでしたが、、
あまりご参詣の人はいなくて、、上の写真を見てもらったら、
と思うのですが、シャッターをおろしている店さえあって
四国の商店街と同じ、というのか
閑散とした、という感じでした。


京急の駅から10分ほどで、山門の前に到着しました。
Daishi1_2


一礼をして境内に入ります。


参道を歩いていて、、
ちょっと不思議な感じがしたのです。
四国からきたせいかもしれませんけれども、、。


「川崎大師」ということは書かれているのですが、
川崎は地名であって、本来は「弘法大師」を
信奉している、はずですよね。


実際参道の途中に一本の幟があって、
「南無大師遍照金剛」と書かれていたので
真言宗であって、弘法大師のお寺には
間違いない、ということなんでしょうけれども、、。

四国の真言宗のお寺であれば、
やはり「弘法大師のお寺」ということを
はっきりと出してくるのです。

それが、この川崎大師では、弘法大師の
お寺、という印象が非常に希薄な感じがしました。

それと参道を見ていて、、
あ、西のほうと全然違うなぁ、とおもったのは、
仏具屋さんとか、真言宗の礼拝用の品を売っている
お店が皆無だった、ということです。

あったのは「飴」のお店に「久寿餅」のお店に
という具合で、徹頭徹尾「食べ物屋」ばかりでした。

ただ京都の東本願寺と西本願寺の周囲に仏具屋が
あるのは、当然なのです。

どうしてかと言えば、浄土真宗の仏壇は
本山の須弥壇と同じように作らなければならない、
と決まっているからです。

本山の御用達のお店、
というような決まったお店でなければ、そういう
細かなことは分かりませんので、本願寺の周囲は
そういう仏具屋が多く、信徒の人もそこの仏具屋で
必要な仏具を買います。

なので東西の本願寺の周囲に
仏具屋があるのは必然的なことで
ありました。

そういう事情は措くにしても、京都とか高野山、
四国の真言宗のお寺の近くには、仏具屋が
あるのですが、、。川崎大師の参道には
そういうお店がほとんどありませんでした。
これがびつくりのその1。

びつくりのその2は、さっきも言ったように
「弘法大師」のお寺、真言宗のお寺
という感じが非常に希薄だった、ということです。

それから、本堂の中に提灯が吊られていて、、
これがびつくりのその3でした。
Daishi3


うちの家も真言宗なので、その関係もあって
善通寺とか東寺、仁和寺、金剛峯寺と
真言宗の本山をいろいろとまわりましたけれども、、、
↓これは京都の東寺。
Kyougokoji

こっちは和歌山の高野山。
Kouya

提灯なんてどこにもありません。

こんなふうにでかい提灯があちこちにぶら下がって
いたのは、珍しかったです。

さっき弘法大師のお寺、真言宗を表に出していない、
ということを言いましたが、そうやって、真言宗に
属している、ということを薄めて、いろいろな人に
門戸を開いている、ということなのだろうなぁ、と
思いました。

たぶんそれだけ川崎大師が庶民の信仰に支えられてきた
お寺だったから、ということなんだろうな、と思いました。
というか、そうする方法でしか、これからの寺院の経営は
成り立っていかないのかなぁ、とも思いました。

ただ、善通寺とか兵庫の清荒神といった他の真言宗のお寺が
庶民の信仰に支えられてきていない、ということはありません。

、、
川崎大師の周囲がほとんど食べ物屋ばかり、
というのも、そうした庶民の娯楽の延長としての
おまいり、というものがあって、そういう庶民の切実かつ
現実的な願いに、この川崎大師が応えてきた、向き合ってきた、
という結果なのだろう、ということを考えたのでした。

長くなりましたので、ここでいったん措きます。


|

« やれやれ。どこまでも迫ってくる「地元」・ツアー(1) | Main | やれやれ。どこまでも迫ってくる「地元」・ツアー(3) »

おでかけ」カテゴリの記事

Comments

園児が連続して突然死したのが川崎大師の経営する幼稚園だったので、思わぬことで注目を浴びています。まだ原因がはっきりしていませんが、既知の感染症で園で予防対策ができるようなものではなかったと聞いています。
大提灯は庶民信仰の象徴とも言えますね。浅草寺の大提灯が一番有名でしょうか。真言宗だと石山寺には大提灯がありました。

Posted by: mishima | 17. 06. 23 at 오후 12:58

---mishimaさん
その幼稚園の横も実は通ったのですが、ひっそり、としていました。行った時もずいぶんとニュースになっていましたが、その時はまだ原因が良くわからない、ということでした。しかし、こうなるともう防ぎようがないですよね、、、。川崎大師の提灯も、浅草寺と同じく「魚河岸」の名前が大きく入っていました。

Posted by: 謙介 | 17. 06. 23 at 오후 10:49

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/65435594

Listed below are links to weblogs that reference やれやれ。どこまでも迫ってくる「地元」・ツアー(2):

« やれやれ。どこまでも迫ってくる「地元」・ツアー(1) | Main | やれやれ。どこまでも迫ってくる「地元」・ツアー(3) »