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17. 06. 23

やれやれ。どこまでも迫ってくる「地元」・ツアー(3)

川崎大師におまいりした後は、やはり
あれですよ。

川崎大師と言えば、
もうこれはセットみたいなものですね。

名物の久寿餅をいただかなくては
なりません。

この久寿餅のお店は、参道のあちこちに
ありました。日持ちのしないお菓子なので
ここで食べることにいたしました。

正直なところ、久寿餅屋は何軒もあって、

おまけにどのお店も
「総本家」とか「元祖」とか
「老舗」とか名乗っていて、
どこがいいのかわかりませんでした。
大して違いはないと思いましたけど。

Sumiyoshiya


ここにはいることにしました。
しかし、それにしてもなんとでかい建物でしょう。

中に入ってみると、久寿餅だけでなくて、
うどんとかおそばも食べられるメニュー構成でした。

くずもち、と言いながら、
実際は葛で作っているのではなくて
小麦粉で、ということらしいですね。 
だから葛餅とは書かないで
(縁起かつぎもあるのでしょうね)久寿餅というような字を
充てているのかなぁ、と思いました。
さて。久寿餅が来ましたよ。

Kuzumochi


うわー量が結構多い。
半分でも良かった(笑)

それでもまぁ、ぱくぱくといただきました。
味は、、久寿餅本来の、というより、黒蜜ときなこの味ですし、、、。
まぁ想定内、というのか、大体想像していたような味では
ありました。


久寿餅をいただくと、出発です。
というのか、4時前に目白に行く約束をしていたので、
のんびりもしていられなかったのです。

川崎大師駅から再び京急に乗って、川崎乗り換えで
大門まで行きました。

大門で地下鉄の大江戸線に乗り換えです。

大江戸線はものすごく深いところを走っているので、
何回もエスカレーターに乗ることになりました。

しかも、今回は泊まる旅館の場所の関係で
大江戸線を利用することが多かったのです。

今回の旅行で、エスカレーターに
乗った距離を総合計すると
1キロ、いやそれ以上になっているのではないか、
と思いました。

今までの人生でエスカレーターにこんなに何度もそれも長距離
乗ったことはなかったなぁ、と思います。

今回の旅行で何が印象に残っているか、と言えば
エスカレーターに何度も乗った、それも長い距離のものに
ということで、一番印象が強いものになりました。
東京の印象→エスカレーター、っていうのも、、(笑)

地下鉄の大江戸線に乗って、麻布十番で降りました。

今回の旅館が麻布十番にあったから、なのです。

今回泊まるところは前に何度か泊まったことがあったのですが
最近は東京に行くような用事もなかったし、、
仮に東京で宿泊するようなことがあってもいつもはほかの
ホテルを利用していて、
ずいぶん長いこと泊まったことがなかったのでした。


今回は、出張で行かなければならない会議の場所が、
旅館のある麻布十番から、地下鉄で乗り換えなしに
すぐ行ける場所だったのです。
それでアクセスのことを考えて、今回はここにしたのでした。

この旅館に
以前泊まった時は、麻布十番って、
まだバスしか交通の便が
なくて、交通機関が不便でしたが、、
今では地下鉄の路線が2つも
できていて、すっかり便利になっていて、驚きました。

でも、その分、以前はちょっと田舎臭いというのか、
え? ここも東京なの? というくらい
身近であまり垢抜けた感じのしない(笑)商店街だったのですが
今や、とてもおしゃれな商店街に変貌していました。
(まぁ東京の港区ですもんね)


地下鉄を降りたのは麻布十番でしたが、
旅館の住所、ということでいえば、
三田でした。

このお家は以前と変わっていませんでした。
Sanuki1

旅館に到着です。東京讃岐会館です。
Img_2233

ちょっと木が茂っていて、建物の全貌がちょっと見えませんね。
ちょっと離れて撮りました。
Img_2236

まだ2時過ぎだったので、とりあえず荷物だけ預けて、
出発です。
周囲を歩いてみると、やはり年月の経過を感じました。
旅館の周囲には以前は小さい食堂とか、個人営業の
中華料理のお店がごちゃごちゃとあって、
港区なのに、下町っぽい家並みだったのですが
そうした家々がすべてなくなっていて、
ピカピカのマンションになっていました。

変わったなぁ、と思いながら町を歩きました。


再び地下鉄の麻布十番から地下鉄で代々木に出て、
ここから山手線で目白まで出ました。


さて。目白に着いたのですが、時刻は2時半でした。


やっぱり都会は交通機関の便数が多いので
助かりますねぇ。 田舎は電車が行ってしまったら
次の電車まで15分や30分はざらに来ませんが、、
うちの仕事場なんか、朝のバスが行ったら昼まで来ない。
都会は2,3分待ったら、すぐ来ますもんね。

約束の場所へ行く前に、ちょっと寄りたかったところが
2カ所ほどあったので、そこに行くことにしました。
2つとも、画家のアトリエなんですよ。

目白駅から15分ほど、住宅街の中を歩いていきますと
画家の中村 彝のアトリエを保存した記念館があります。
Tsune1


中は二つの建物になっていて、
中村 彝の年譜や資料を展示した記念館と、
中村のアトリエから成り立っています。
こちらが、そのアトリエ。

Tsune2


自然光があまねく採られるようになっていて、、
よく工夫された建物だ、と思いました。

だけど、、。

画家はお金がないお金がない、
ということを言っていたらしいのですが、、。

しかし、これだけのアトリエを建てるお金は、、
まぁ、何とか工面したから、
このようにできたわけでしょ。

本当にお金がないのか???


やはりあの時代、画家とか文学者、
にでもなる、というのは
実家がそこそこ、資産家だった、と
いうことなのでしょうねぇ。

ツシマシュージさんとこも、相当の資産家
だったわけですし、、放蕩をするのも
なまなかのことではできません。

で、中村さんのアトリエからさらに西へ歩いていきますと
今度は佐伯祐三アトリエ記念館があります。

これは通りからちょっと入り組んだところにあったので
分かりにくかったのですが、地図を頼りに何とか
行くことができました。

Yuzo

アトリエ、とアトリエの周囲が公園になっていて、
ここだけ、緑も多くて、ちょっとホッとするような
場所でした。

こちらがアトリエの外観です。
佐伯は、大阪の人で、行った学校もうちの
オヤジの先輩になのです。

Yuzo1

中はこんなふうになっていました。


Yuzo2

彼がもう少し長生きをしていたら、どんな作品を残していた
でしょうかね。 あまりに生き急いで、亡くなってしまった、
という気がするのです。
彼が亡くなったあと、すぐに娘も亡くなって、
彼の奥さんは、パリで片づけを終えて日本に帰国し、
一時実家に身を寄せますが、その後はここで彼女自身が
絵を描きながら暮らして、最期に至った、ということでした。

木々の下のベンチに腰かけて、彼の生涯を思いました。


きょうはここまでといたします。

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Comments

中村 彝のアトリエ、美しいですね。
確か、若くして結核か名かで帰幽された画家さんですよね。現代の芸術家の方も、ご苦労はあれど、もともと実家が資産家な人も確かに多いですね。文豪の話も聞くと多かったりします。
そうでない人もいますが…幼い時の豊かさは、なにか美意識に繋がることも多いのかもですね。

美しいアトリエうらやましいです。笑。

Posted by: holly | 17. 06. 24 at 오전 9:08

---hollyさん
 やはり、あの時代に絵とか文学をしようというような人は、家庭にそういうことを許す資産がそれなりにあった、ということなんでしょうね。と、いうのか、文系の学問とか芸術っていうのは、一見無駄そうなものもいっぱい見たり、経験したり、アホなことも一通りやって、経験しないと見えてこないものもあるように思います。なんでも費用対効果とか、実利を、というような方向とは全く違うように思えるのです。 佐伯も中村も、高校の時に画集を買ってずーっとみていたことを
思い出します。hollyさんと違ってそっちのほうは全然でしたが、そうした経験もまた今の自分のどこかに役立っているの、だろうと(笑)思います。

Posted by: 謙介 | 17. 06. 24 at 오후 5:29

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