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17. 04. 02

2017年春 近江・京都の旅(その6)

すみません。このところ、ものすごく忙しくて
更新がままならない、状態なんですよね。

というのも、勤務先のほうで、分室、というのが
できたのですが、そっちの準備とか、そこで
働く人への指示をあれこれとしないと
いけない、という仕事ができたのです。

本来であれば、それは、謙介の仕事では
ないのですけどねぇ、、。

人に教える、ということはその前に、謙介自身が
十分理解して分かっておかないといけないので、
そっちの施設の機械や、器具の取り扱い方、
さしあたっての準備、というようなものをしていたら
文章を書く時間というようなものがなくなってですね。
それで更新が、ちょっとお留守になっていた、
ということなのです。 しばらくちょっと忙しい
状態が続くように思いますが、、申し訳ありません。


と、言い訳を山のようにしておいて、(笑)

取り急ぎ話をすすめていきたいと思います。


話は京都に戻ります。
前回は朝、嵐山に行って、梅宮大社に行ったところまで
お話しました。

丸太町通りを東に走って、常盤から花園へ抜けました。
途中、丸太町と馬代通りの交差点を左折して北に行きます。
山城高○の前を通ってさらに北に行き、
嵐電の踏切を渡ってすぐに右折して、
今出川通りに入ります。
嵐電の北野白梅町の駅を右に見て、
北大路通りを突っ切りました。

北野天満宮の前を通ると、次の交差点が上七軒。
ここを左折して少し上に上がると、千本釈迦堂があります。
たぶんまだ桜は無理だろう、と思って来たのでしたが、、
やはりつぼみは固い、という感じでした。


ここは街中のお寺で、駐車場と本堂が隣接していて
お参りがしやすいのです。年寄りと一緒に旅をすると
こういう歩きやすいか、とか、駐車場に近いか、
ということが気になります。

自分だけだったら、そんなもの、駐車場が少し遠かろうが、
階段があろうが全然気にはならないのですが、、

釈迦堂にお参りして、再び車に乗って
今出川通りを東に行きます。

出町の交差点(河原町今出川)を右折して河原町通りを
今度は南に走ります。

ちょっと前、暴力団の組長が収監されないように
診断書を書いた書かなかった、ともめていた学長がいた、
某府立医大(笑)の前を通ります。 
某も何もないですけどねー。

府立医大と言えばいろいろな思い出があります。

大学2回生の春に、背中にできものができて、
しばらくここ府立医大の皮膚科に通ったことが
ありました。

背中のできものは日々大きくなって行って、、
これは困ったなぁ、と思って、ある日大学の恩師に
相談したら、皮膚科やったら府立医大がええよ、
というアドバイスをいただいたのでした。

早速、93番のバスで常盤から京都を横断して
河原町丸太町まで行ったのです。
河原町丸太町のバス停から北に歩いて
府立医大まで行く道のりの長かったこと。
特異な病気だったらどうしよう、とか思いながら
歩いたのです。
そのころは高野悦子さんの手記『二十歳の原点』
という本によく出てきた「しあんくれーる」という喫茶店が
まだありました。 

Img_2083
(物持ちがいいので、このしあんくれーるのマッチを
まだ持っていました)

謙介もその時は文字通り「しあんくれーる」状態
で、その道を通っていったのです。

ドキドキしながら
診察室に入りましたら、先生の後ろに
ずらっと医学生が立っていて、、
まぁ院内のあちこちに、府立医科大学ですので、
学生の実習のご理解を、というような貼り紙が
あったのでしたが、まさか自分がそうなるとは、
と思ったのでした。

背中のできものを見ながら先生が学生に
質問します。「これは何? 」と。
そうしたら、学生が緊張した早口で
何やらドイツ語の単語を言ったかと思います。
そうだね、じゃあ、そのなんたらかんたらには
何種類あるかな。

というふうに謙介は背中をめくった状態で
授業が進行したのでしたが、、。

ドイツ語の単語のやり取りが終わった
ようだったので、謙介はおずおずと
先生に尋ねました。
「先生、これは何か変わった病気ですか?」
「うーん。雑菌が入ってできものができたようやねぇ」
「この薬を処方しておきますから、朝、晩、うすーく塗って
ください。1週間くらいでおさまりますよ。せやけど、おさまった
あともしばらく塗ってください。薬がなくなるまでずーっと
塗ってください。そうしたら治るでしょう。心配するような
大変な病気やないから、安心しなさい」
そうおっしゃってくださった先生の言葉、今も覚えています。

そして先生のおっしゃったように薬を塗っていった結果、
そのできものは、え? できもんなんかあった?
というようなふうで、1週間後に姿を消し、3週間後に
その塗薬もなくなって、すっかり元通りになったのでした。

大森一〇監督の「ヒポクラテスたち」は、
この府立医大が舞台です。
そういえば、映画の中で、その皮膚科に
「いんきんたむし」の薬をもらいに来た患者さんが
医学生の(伊藤〇)問診を受けなければいけなくなって
こっそり逃げ帰ってしまう、という小さい描写が出てきましたっけ。

かつてそんなドキドキしながら北へ歩いた道を
今日は逆に車で南に走って行きます。
かつてあった「しあんくれーる」ももう今はなく、
コイン駐車場になってしまいました。

河原町丸太町の交差点に来ました。
もう少し下がって、河原町二条の交差点を
右折して、二条通りを少し西に進み
寺町に入る一つ手前の交差点でまた右折して
お茶の一保堂の駐車場に車を入れたのでした。

一保堂でお茶を買って、今度は寺町通りを上がり、再び
今出川まで出ました。出町の商店街を見ながら、鴨川に出て
堤の道を川沿いに上がって行きます。
紫明通り、北大路、北山、と上がっていって、
御薗橋まで来ました。
右折をすれば、上賀茂神社なのですが、
今日は左折して西に行きます。
ずっと行くとナベ○ン家具の店があるのですが
ここを右折して北に行くと、神光院というお寺が
あります。ここにお参りします。

京都で、真言宗のお寺と言うと
東寺、御室の仁和寺、 嵯峨野の大覚寺あたりが
観光客には良く知られたお寺なのですが、
この神光院は、京都市民に知られた
真言宗のお寺です。 目に霊験があるということで
目のお大師さん、と呼ばれています。

ここも花の名所なのですが、、洛北ですから
やや気温が低いので、桜のつぼみはまだまだ
かたい、という感じでした。

この神光院でオフクロがご朱印をいただきたい、
というので、書いていただいたのですが、、、
ここのおばちゃん、結構話好きの人で
世間話で盛り上がってしまいました。

北大路駅にある、京都市の交通局に
バスの路線案内のマップをいただきに行ったら、
すごく嫌そうな顔をされて、5枚しかくれへんかった
しぶちんやわ、というような話です。
「神光院から来たんですけど、と言わはっても?」
「はぁ、言うたんえ。言うたけど、なんや嫌そうな顔しはってねぇ」
「そうしたら、北大路駅より、京都市観光協会にでも
訊かはったらどないですか? 」
「そこどこにありますのん」とか言われて調べて、、
15分くらいそんな話をしていました。

お昼はどないしょ? と言う話になったのですが、
「花館」で食べたい、と両親が言うので
今度は北区の上賀茂から、右京区の花園へ移動です。

千本北大路の佛大の横を通ったら、
ちょうど卒業式の日のようでした。

北大路に出て、そのまま北大路から西大路へと
走ります。妙心寺道を右折して、細い道を西に行くと
花園会館の前に出ました。 やはりお彼岸だったので、
妙心寺も凄い人でした。 

少し待ちましたが、松花堂弁当をいただいたのでした。
今日はここまでにします。

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