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17. 03. 21

2017年春 近江・京都の旅(その1)

今年もまた春がやってきました。

両親と春に旅行に行けるかなぁ、と思案しながら
去年の暮にホテルの予約をしていたのでしたが、、

両親の健康状態も安定しているようで、
これだと何とか行ける、と判断しました。

でもねぇ、オフクロも今年の6月で90歳なのです。
オヤジは83歳です。
正直なところ、あと何回、旅行ができるだろうか、
ということもあります。

ただ、高齢になったから、と言って、安全に
家にばかり居ては、今度は刺激がなくなって、(特に頭のほう)
しまいます。

機会をとらえては、外に連れ出す、
ということがやはり大切と思い、今回も旅行に行くことに
したのでした。

そういうことで
しばらくまた旅の話をいたします。
よろしければお付き合いください。

3月17日の金曜日。朝の6時過ぎに実家を出発しました。
高速道路で、大鳴門橋を渡って淡路島です。
いつものように淡路サービスエリアで休憩しました。
お天気が良くて景色も美しかったです。

Awaji

今回の旅行では、大阪の親戚の家に寄る、
という用事もありました。

さっきも書きましたが、両親も高齢なので、
ちゃんと歩けて、記憶もしっかりしている今のうちに
親戚に会ったり、話をしたりしておいて欲しい、
ということがあります。


そういうことでこういう機会をとらえて
なるべく会ってもらうようにしているのです

幸いというのか、自家用車での移動ですから、
出発も経由地も自由にアレンジできます。

公共交通機関だと、待ち時間とか、最寄りの駅から
またタクシーに乗る、ということをしないといけませんし、、。

行程ですが、
いつもは淡路鳴門自動車道から、中国道に入って
吹田から名神で京都南IC、というコースなのですが、
今日は大阪に寄るので、垂水ジャンクションから
阪神高速で東に走ります。

神戸市内の阪神高速って、正直走りたくないのです。
交通量がやたら多いし、、用地の関係で道路幅が狭いので
ものすごく圧迫感があるのです。

でもまぁ大阪の塚本に行くには、こちらの道でないと
行けないので、我慢して走りました。
西宮から名神に入って、豊中ICで降ります。

豊中で降りたのが9時半でした。
実家から休憩せずに走ったら、大阪までは2時間半くらいの
行程なのですが、途中休憩を入れたので、3時間での
到着になりました。

JR塚本駅で記念写真を撮りました。


Tsukamoto

というのがオヤジの姉が、結婚して川崎に住んでいるのですが、
彼女ももう85歳で大阪に帰省する、ということができなくなって
います。そういうことで、彼女にとってなじみのある風景を
できるだけ写真に撮って送ろう、ということになったのでした。

親戚の家に着いて、さらに写真を撮りまくりです。

そのあと、家の周囲をいろいろと撮りました。

あちこち写真に撮ったのですが、
なんといってもやはり今、世間の注目を浴びているのは、
ここでしょうかね。
Moritomo1


Moritomo2
「肇國」と書いてあるのですが、
謙介は「はつくに」と古事記・日本書紀での
読み方をどうしてもしてしまいます。

たぶん肇國の後ろに「舎」という字がありますから、
「ちょうこくしゃ」という音読みを
させるのだろうと思うのですが、、、

日本古来の読み方であれば、「はつくにのや」という読み方になりますね。

ここの理事長が常々言っているような、
日本の国の精神を生かしたい、と言うのであれば、
設置した園の名前も
中国風の音読みなんかにしないで、
ちゃんと大和言葉の読み方で読ませるようにしないと
いけないんじゃないかなぁ、と思いますけど。

なんだか矛盾していますよね。 

まぁその辺の言葉の読ませ方からして、謙介は
胡散臭い、という気がしてしまうんですけどね。
まぁいいや。

親戚の家で休憩をしたりお話をして、再び出発です。
元来た道を戻って、名神の豊中ICに行って
名神で滋賀県の草津まで行って、そこから新名神高速道路に
入りました。 新名神で信楽まで行って、信楽ICで降りました。
今日はここまでといたします。

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Comments

 ・・・臣下の分際で「肇国」などとは片腹痛い,などと美萬貴天皇あたりは思っておられるのではないでせうか(笑)
 というか,たぶん大抵の人は「筆国」と勘違いしてるのでは?(爆笑)
 まあ,所詮,いわゆる一つの「保守勢力」が守りたいと思ってるのは,せいぜい御一新以降に作られた伝統でしかないわけで,歴史の中から自分の好みに合う部分だけをつまみ食いして喜んでる(そして,それを歴史学の方向から批判すると激高する)お子ちゃまなんだよな〜と思っております(苦笑)

 それはともかく,ご両親が動けるうちは,ご希望に沿ってあちこち行かれるのはいいことだと思います。目先が変わって気分転換にもなるでしょうし,いつもと違う料理で食も進んだりするでしょうし。

Posted by: Ikuno Hiroshi | 17. 03. 23 at 오전 12:11

---Ikuno Hiroshiさん
 本当にその通りで、、
 「せいぜい御一新以降に作られた伝統でしかないわけで,歴史の中から自分の好みに合う部分だけをつまみ食いして喜んでる」だけですもんね。前に「やまとだましひ」について紫式部の言った言葉の意味を説明したら、「嘘だ!」と言い出すし、、。そういう困った人がいますです。
 両親と何か食事に行くわけですが、行って、その店の味が二人に合わなかったとしても(お店の人には残してご迷惑をかけたりするのですが)日頃食べないような新たなものを食べてもらって、それが刺激になるのでは、と思っています。嫌い、というのも刺激の反応になる、と思っています。

Posted by: 謙介 | 17. 03. 23 at 오후 3:19

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