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17. 02. 11

ぱんち

ブラタモ○、熊八さん出てこなかったですね。
過去にさかのぼって考えてみたら、
あの番組って、全体を巨視的に見ていって、
あまり一人の人に焦点を当てて考察をしていく、
ということはなくて、巨視的にそのまちの成り立ちを
見ていく、ということのほうが多かったですね。
次は神戸ですが、

予告編で須磨浦公園の「カーレーター」が出ていました。
昔は、滋賀の琵琶湖バレイにもあったんですけど、、
今は、日本中で須磨浦公園だけにしかない乗り物です。
謙介、中学生くらいのときに行って乗りました。

すこぶる乗り心地がよくない(笑)
だから普及しなかったんですけど、、。

でも、日本であそこしかない乗り物ですし、、
(正直いつまで営業するやらわかりませんし)
変なものに乗りたい! という人は、一度試乗体験を
お勧めします。
でもカガッチャガッチャと揺れまくって、、、
一度乗ったら、もうええわ、
という感じの乗り物ではありますが。


    ×      ×      ×

さてさて今日はケンチャナヨ国のお話です。
駐韓大使、日本に帰ってきて、ずーっとそのまんまですね。

謙介的には、まぁこうなるだろうなぁ、ということは
なんとなく予想がついていた、ことですけどね。

だって、今の韓国のあの政治状態で、
例の銅像を、ソウル直轄市中区および
釜山広域市東区が取っ払う、ということは
考えられません。


東区の区長なんて、絶対置いておきます、とか
言っているくらいだし、、。

そうなると、事態は動かない。
日本政府も大使を赴任地へ再度戻すことはしない、
(というのか、事態が変わらないのに、戻せない)

こんなの誰だって想像つきますよね。

今の日韓関係がこんなふうになったのは、
間を取り持つ人間が誰もいなくなってしまった、
という結果だろうと思います。

調整役をする人間が誰もいないのです。
というのか、大統領もああですし。


日本も韓国もそれぞれの主張をそのまま
ぶつけてきて、言いっぱなし状態です。

まぁ腹蔵なく、お互いの意見を言い合っている、
ということですから、謙介
公明正大で結構じゃありませんか、
とか思ったりもするんですけど。(笑)


謙介、1980年代からずーっと
韓国の情勢を見てきてた
わけですが、
これくらい日韓関係がクリアというのか明々白々に
対立している時期というのも
珍しいかもしれません。

今の韓国政府の中枢の人たちが受けた教育というのが
たとえば、国語教育ひとつとっても、漢字はけしからん
ウリナラの言葉と言えば「ハングル」だけで十分!
という教育を受けてきています。

これはどういうことか、と言えば、言語にしろ歴史にしろ
ものすごい愛国教育を受けてきた、ということです。

何でも韓国はすばらしくて、その韓国を植民地支配などした
日本と言う国はけしからん、という教育を受けてきた
わけです。

ですから最初から、日本に対して、「ふん」という態度です。

以前、韓国ブームとかがこの日本であったころに、
謙介、「どうして韓国の人が魅力的なの? 」と
韓国の人が好き、、と言っていた日本人に訊いたことが
あったのです。

そうしたら、「情が濃い」というお答えが返ってきたのでした。

ああ、なるほどねと思いました。
情が濃い、確かにそういう一面があります。

謙介、その時に言ったんですよ。

「情が濃いばっかりに、贔屓の引き倒しになって、
相手のことを冷静に見られないところがあるからね」
って。 

自分から見て気に入ったり、味方だと思ったら
もうべちゃべちゃというのか、自分の兄弟姉妹のように
接するのですが、その反対に気に入らない、となったら
手を返したように排斥するよ。そんなふうに
何をしてでもいい、という考え方だから、

と謙介言ったことがありました。


韓国の人は、「法律は法律として、運用は別」とよく言います。
「臨機応変の対応」が大好きです。


韓国では、公務員の便宜供与なんてよくあります。
その便宜供与は、親族に対して、です。
公務員が、親族に便宜をはかる、なんて
韓国の法律でも禁止です。

でも、「一族の栄誉のためになんとかしろ」と
親族の中の有力者が公務員である人間に
言ったら、何とかしてしまうんですよ。

今回の大統領と順実おんにの一件だって
そんな親密さから出たことでしょ?

この間も、長崎の対馬のお寺の仏像を盗んでおいて、
これは倭寇が来て盗っていったものだから返さなくていい、
というようなとんでもない判決を韓国の裁判所が出しましたが、
司法をつかさどる裁判所でさえ、あんなふうです。

謙介は必ずそういう時に、
「なら何のための法律なの? 
きちっと守ってこその法律だろうに」
とよく言い続けていました。

だから、「日韓外相が合意した内容」を
けしからん、もう一度やり直し、と言っている
韓国の政治家たちの発言を聞いていて、
「あ、やっぱりねぇ」と思ったのでした。

大体のパターンが、

お互いに決める→ほかのヤツが出てきていちゃもんをつける
→ご破算になる→新しい約束を決める→いちゃもんをつける
の無限連鎖ですもん。

前にも何度も言いましたが、
韓国人は「セ」(新)がもう大好きです。
約束したって、ちゃぶ台返しして、あれは無効、
と言って、「新しい」約束を、と必ず言い出します。

だから、
いつまで経ったって「深化」できない。
同じことの繰り返しです。

以前だったら、言うのやめるから金を出せ、
って言っていたのです。
それに対して日本は何度も何度も
それをやってきていました。
歴代の政権にお金を渡してきていました。

一昨年の日韓合意の時に「不可逆的」という文言を
入れよう、と言ったのは、ほかならぬ韓国の外交部長官だと
聞いています。で、結局これですもん。


日本政府もおそらくはこうなるだろうな、
と予想していた、はずです。

でも韓国の政治家って、中国にはあまり対抗しないのに
日本には何を言ってもいい、と思っています。

事態はどうせしばらく動きゃしないのです。

おそらくこのこう着状態はしばらく続くんじゃないでしょうか。

謙介、だもんで、日韓関係どうしたらいいの?
と訊かれたら、「ぱんちはだ」で行くしかないんじゃないですかね。

ちなみに「ぽんち」は漢字で書くと「放置」
「ほっとけば?」
ということですかね。


たぶん「ぱんちはだ」してたら、韓国政府から何かしらの
ある日突然のアプローチがあるんじゃないかなぁ。

ただまぁ韓国の人の慌て方、って、日本の人の慌て方と
ちょっとタイミングが違うんですよ。日本人よりよほど
切羽詰った状態にならないと慌てません。なので、
謙介なんかが慌てるタイミングより、ツーテンポくらい遅れて
慌てはじめるんですよね。


でも、そういう時って、極限まで来て慌てているから、
日本人より慌て方がダイナミックです。
で、その状況を変えようと思ったら、
結構大胆にそれまでの方針を変える。

理由「仕方がないじゃないか」です。


そこまで行ったら、何かしらのアクションが起こってくるかも
しれないですが、韓国は、大統領のごたごたで
それどころではないでしょうから、
しばらくこの状態がずーっと続いていくように
思います。

まぁ、しばらくは「ぱんち」で状況を見ていくしか
ないように思いますですね。


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