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17. 01. 15

鹿のいる島・泉屋番頭屋敷(5)

今治市内から国道196号線を南に下っていきます。
一旦小松というところまで出て左折して
東の方に向かって走ります。

小松町も今は合併して伊予西条市になったのですが、
もともとの西条というのか、旧の西条市内に入って
出かかったあたりを右折します。

そのまま山のふもとまで走ると、
王至森寺(もうしもりじ)というお寺に到着です。

え? 泉屋の番頭屋敷はいつ出てくるのだ?
あ、もうちょっとしたら出てきますので、、、。

このお寺、秋になると、ものすごい人出があります。
というのも、ここに、日本で最大の天然記念物に指定されている
キンモクセイの木があるのです。

Oshimoritera1


4キロ四方にわたって
このキンモクセイの香りが香ってくるそうです。

キンモクセイの花が咲くころになると、
この辺では西条祭りが開催されます。

花が香り始めた、それ、祭りだ、ということなのでしょう。

西条と言えば、

♪わたしのー おはかのー まーえでー

の秋川さんの出身地なのですが、あの方、今まで
どこに居ても西条祭りになると、必ず帰省して
だんじりを担ぐのだそうで、、

お寺の境内は静かで、雰囲気も良かったです。

Oshimoritera3


落ち着いた中、おまいりをして、後にしました。

再び車に乗って、、
西条から今度は新居浜に入ります。
西の端(これは位置でなくて、西の端という地名)
の生協が見えたら、右折して南に行きます。
とたんに結構な傾斜の坂が続いていきます。

新居浜って、いつも東西にしか通っていなかったのですが、
南北に走ってみると、、平地って、本当に少ないんだなぁ、
と思います。 神戸みたいなの。

結構な坂を上ると突き当りに「広瀬公園」という
標識が見えました。

Hyoshiki1

ここに江戸時代の終わり、慶応元年から
明治27年まで30年にわたって別子銅山の総責任者、
住友家総代理人(総理事)となって勤め上げた
広瀬宰平の屋敷と、その広瀬の業績を紹介した
資料館があるのです。

明治維新の時期には、別子銅山が国に差し押さえ
られそうになったのを回避しています。また、フランス人
鉱山技師ラロックを雇い、別子銅山の近代化の方針を
立てさせたりしています。大阪商法会議所の設立発起人に
なったほか、大阪商船を作り、初代の頭取にもなりました。
しかし内実は、広瀬と創業家との間に次第にいろいろな
確執が生じることになって、それで退職に至った、
とも聞いています。

67歳で住友家を依願退職し、70歳までここで暮らしました。
70歳から、87歳で亡くなるまでは、須磨に移住して
そちらで暮らしていたそうです。
去年のお正月に
彼を主人公にしたドラマが放送されていたんですけど、、ご存知でしたか?

結局87歳で大正3年に亡くなっていますが、
あの時代から考えると、驚異的に長寿な方
だったなぁ、と思います。

須磨に引っ越してからは、
ご近所に新島さんがいた関係で
あの八重さんともお知り合いだったようです。

住友は、ここに産出された銅の生産をもとに
次第に大きくなっていきました。
逆に言うと、住友の屋台骨を支えたのが
この別子銅山であった、ということができると思います。

もう40年ほど前に銅の生産は終わり、かつて銅を
掘っていた場所は、産業遺産になっています。

一度住友の人に、どうして銅の採掘を終えたのですか、
と謙介、聞いたのですが、地下坑の地熱で50度くらいになって
人間が入っていって採掘する、ということはできない環境・状態
だから、ということでした。

銅の生産関係はもうありませんが、そこが今は住友化学の
工場となっています。 またこの町で一番大きな病院が
住友病院だったりしますし、、そういうことで今もなお
住友との結びつきは強い、という感じがします。


Hirosetei1


この屋敷は、明治期の豪商の屋敷として
そのまま使われてきました。
1971年にご家族から市に寄贈を受けて、
市が維持管理をしてきたようです。
20年くらい前に重要文化財に指定されました。

早速中に入ってみます。
Shomen


家は大きく3つの部分に分かれています。
もともとの母屋。
母屋の南側に増築された新座敷。

Shinzashiki


それから母屋の北側の倉庫・離れです。
Hanare

この建物が建てられたのは、一度に、ではありません。
もともと別の場所で建築がはじまったのですが、
途中で今の場所に移設して、造園もやり直したりしていますし、
建物も何度かに分けて増設しているので、、
明治時代、という長いスパンの中で、造られていった、
と考えたほうがいいそうです。

そのうち、一般公開しているのは母屋と
新座敷です。

びっくりしたのは茶の間ですねぇ。
掘りごたつは、まぁあの時代だから
別に珍しいこともなかったのですが、
茶の間にフランス製の暖炉がありました。

Chanoma

でも、掘りごたつがあって火鉢があって、暖炉があって、と
3つも暖房器具があるわけですが、、火鉢、掘りごたつはともかく、
暖炉の暖かさはイマイチだったのでしょうかねぇ。

それから、トイレは洋式でした。

こっちは1階の男子用
Kawaya1

それからこっちは2階の男女兼用
Kawaya2


当時のイギリスから輸入したものを
据えてありました。
Daidokoro


台所は本当に広くて、、驚きました。
台所に付随して、味噌・醤油を保存しておくお蔵が
別に建っているのですからびっくりです。

お寺の台所くらいありました。

おそらく、主人一家から使用人、書生、女中、
丁稚といったこの家に住んでいる人間だけでなくて、
新座敷は、当時、別子銅山に来た客をもてなす建物
であった、とのことですから、そういう来客のお膳も
まかなえるような規模の台所であったのだろうな、と
思いました。

台所には、泉屋のはっぴが置いてありました。

Izumiya


かつてこの辺のお年寄りは、今でも住友のことを
屋号の「泉屋」という呼び方で呼ぶ人がいましたが、、

もうおいおいに屋号の泉屋は使われなくなっていくのでしょうね。

ガラス障子も、明治のころのガラスがそのままなので
横から見ると、少しゆがんだりしていて、、味わいが
ありました。
Shouji


新座敷には、有栖川熾仁(ありすがわたるひと)親王の書
がかかっていました。先憂後楽ですねぇ。

Taruchan

お風呂ですが、これは薪を焚いてなんていうような
ものではありません。 外にボイラーが据えてあって
それで焚くのです。
Ohuro


この家の主は住友の銅山の管理人だったわけですから
そういうあたり、最新の工業技術が入っていたりします。
(ボイラーの部分は非公開)


それから茶室が新座敷の隣の部屋と、、
Chashitu

お庭のほうに独立した茶室の2つありました。

Chashitu2


さっき、この住宅は移転してきて今のところに来た、
とお話しましたが、2階へ上がるとその理由が
分かります。

ここからですと、新居浜の街が一望できます。
新居浜の街、というより、別子銅山で算出された銅を
製錬する工場を一望したかった、ということなのでしょう。

Nikai

自分の会社が、毎日操業をしている、という有様を
見て暮らしていく、ということに誇りを持っていたのだと
思います。

それからこれがお蔵
土蔵でなくてレンガ造り、というところが
やはり明治の新しさ、ということなのでしょう。
Okura

こちらの旧広瀬邸に隣接して、市立の広瀬資料館が
ありました。
Hirose10

資料館の前には広瀬の銅像がありました。
この銅像、なかなかおもしろい経緯があります。

そもそもこの銅像は明治31年、
宰平の古希に、住友家が東京藝術大学の
高村高雲に依頼して作ったものでした。
高村さん、この後で、今も東京にある
楠木正成像を作っています。

それが戦時中の金属供出でこの像も出されてしまって
長らく台座だけ残っていたのです。
それを広瀬の娘、四姉妹が、お金を出し合って
もう一度作り直す、ということになりました。
像の鋳型は東京藝大にあった(ただし土中に埋まっていた)
のを掘り出して直したそうです。それでその鋳型を使って
もう一度作り、それを新居浜市に寄贈して、ここに建てられた、
ということでした。


広瀬宰平という人の生涯がよく分かる
まとまった資料館でした。

ですが、広瀬自身が、住友の当主でなくて、
番頭さんという陰の存在だったこともあって
イマイチ知名度がないように思います。

さきほど引用した東京放○のドラマの副題も
「知らざれる」とあったくらいですしねぇ、、。

おそらくこれをお読みのみなさんだって、
広瀬って誰? ふーん、そんな人がいたのか?
という程度だろうと思うんですよね。

この旧広瀬邸も、広瀬資料館も本当によい
施設でした。もうちょっと知名度が上がって
見学者が増えたらいいのになぁ、と思いながら
資料館をあとにしたのでした。

今回の写真は、逆光の写真が多くて、、
記念館なんて、やたら立ち入り禁止の場所があって
決まった方向からでないと写真が撮れないんですよね。
それで、陽射しの方向だって決まっているし、、
ということで逆光になるのは分かってたんですが、
仕方なくシャッターを押した、っていう写真が多かったです。
見づらい写真で失礼しました。

きょうはここまでとします。
(もう一か所行くのであった)


(今日聴いた音楽  STAY TUNE うたSuchmos
 この曲、今のところ一番のお気に入りです。
 かっこいい! )


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