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17. 01. 01

捨てる!

毎年のように、お正月になると、人口統計のグラフが出ていて
人口が減っている問題だ問題だ!
と言っているんですけど、あの記事を見るたびに
謙介は、いったい何なんだ、と思います。

謙介が中学とか高校生のころは
日本の人口は8000万程度が理想であって、
1億なんか越えたら危険だ、という話でした。
社会科の授業で謙介はそう習ったのです。

どうして日本の人口が1億を越えたら
ダメなのか、と言えば、食糧危機が起こる、
と真剣に言っていたのです。

ところが日本の人口は増加の一途をたどって、
1億を越えましたが、幸か不幸か食糧危機は
起こりませんでした。

それが、今や人口が減っている。
人口減少が大問題、ということになっています。
謙介、8000万が理想って言っていたのだったら
減ったらいいじゃないか、とか思ったりするのですが。
あのころ、人口が増えるのはよくない、って言っていて
今は減ったら困る、って、世の中っていったいなんだ、
って思うのです。誰もそう言っていたことの責任を
とらない。

日本の人口だって
減っているんだったら、減っているように
経済とか社会の仕組みを変えたら? と思うのですけど、、。
宅配便のドライバーが足りなくて
輸送が滞っているという話も聞きました。

都会のコンビニの24時間営業は分かるのですが、
田舎のあちこちのコンビニとかファミレスが全部
24時間の営業でなくてもいいように思うのです。
(最近、吉野○とかジョ○フルでも営業時間を
絞った店が出てきました)

それでいてコンビニの店の配置なんて
営業本部の一存で決まります。

田舎の、それまであった商店を駆逐して
コンビニができておいて、方や古くからのお店を
閉めさせてしまって、
その地区にはコンビニしかないような状況にしていて、
儲けが少ない、というような
営業本部の経営方針とかで、閉店してしまい、、
その場所にお店が全くなくなってしまった、というような
ことが四国の田舎に行くといくつもあります。

高齢者が運転するのは事故の元!
で、免許証を返納した、んだけど、
スーパーはない、買い物サービスの車は来てくれない、
ということで仕方なくタクシーでスーパーに買いものに行く
というお年寄りが田舎では目につきます。
スーパーの入り口でタクシーがよく止まっています。

でも山奥に住んでいる人なんて、
1回タクシーに乗ってスーパーに行こうとしたら、
往復で5000円以上払わないといけない人も結構います。

限られた年金の額で、タクシー代に、毎月1万も2万も払うことも
できません。

お年よりですから、インターネットなんて使えませんから
ネットスーパーの利用だって難しい。

介護サービスの利用をしようと思ったって、
まず申請をして認定を受けて、そこからですもんね。
そういう申請ができない、申請方法がわからない、
というお年寄りだって結構います。

経済の雑誌を読むと、物が売れない時代だ、と
書いてあります。

でも、どこの家に行ったって、
どの家もそこそこ必要なものは持っています。
物があふれている、というのに、よほどのことでもないと
そんなもの、買おうとか思わないでしょうに。

日本なんてそんなふうなのに、
企業っていうのは、いまだに以前のような大量消費
大量供給、っていうことを考えているんですかねぇ、、

もうそういう社会構造でないことなんてはっきりしているでしょうに。

もうちょっと今の社会の仕組みに見合ったように、いろいろと
変えていかないと、いけない時期にとっくに来ているように
思います。

にも拘わらず、従前の方針とか、システムは維持しなければ、
たって、それは無理、というようなものではないのでは?
と謙介なんて過疎地に住んでいるものとしての実感として
ひしひしと感じるのですが、、。


なんだかお正月から、暗い話になりましたけれども、、。

年末年始、家の片づけをしていました。

スーパーの袋とか、
いろいろな店の包装紙を取っておいていたのですが
それがあまりにたまっていて、こんなの使えない、
というような量になっていたので、思い切って捨てよう、と
両親に言って、どんどん片づけていきました。


そのついでに今まで部屋の片隅に積み重ねていた箱を
片っ端からあけていって、どんどん整理する、捨てる
という作業をしていました。


ある箱を開けたら8年前の賞味期限のビールなんか出てきて、、
どんどん捨てました。


両親はやはり捨てるのを嫌がっていたのですが、、
「置いておいたって、使わないでしょ。」
と言って、どんどん片づけました。

両親も高齢になって、自分の使う、
使えるも道具も限られてきています。

いつかは使うから、置いておこうと言ったって、
若い時のようにあれこれと、使う、使いこなせる、
というものでもないでしょうし、、。

使わないものを大量にしまい込んでいたって
ただでさえ狭い限られた空間をより狭くして、
場ふさぎになるだけだと思います。


そのかわり、今、あるものを十二分に使いこなして、
という中で生活をしていかなければ、
と強く思います。


そういうことで、これからは物を増やさない、
減らしていく、という生活に入りたいと思います。
そういうことで、今年のテーマは決まりました。
捨てる。軽くしていく。というの。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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いなかのせいかつ」カテゴリの記事

Comments

あけましておめでとうございます♪
本年もなかよくしてくださいね。

ほんと物にあふれている時代ですね。
僕の家も、使わないものが沢山あって、捨てようと提案してもなかなか捨てなかったりする両親がいます。24時間営業は、もっと少なくてもいいかもですね…。ヨーロッパのように夜は、大都会ももう少し電気使わなくてもいいかもです…日本は、世界から見ても、少しおかしいですよ。グーグルでみても日本は、どこの国より東京などは、夜、電気を使っていて明るくてびっくりします。
それよりお年寄りのためのサービスとかが増えたほうが、暮らしやすい国になるかもです、でも企業は、生産性ばかり、「物質=1番のパワー」、って考えが戦後から続いていて、特に企業の上の方々、団塊の世代の人はかえられないのかもです。
もうそろそろ気がついてもいいと思うんですけど、人間の健康より、生産性、利益って、企業のトップがいまだにいますから…。

Posted by: holly | 17. 01. 02 at 오전 11:58

---hollyさん
こちらこそ今年もどうぞよろしくお願いします。
 都会の人口密集地のコンビニならともかく、田舎の国道にコンビニが数百メートルおきになくったっていいじゃないか、って思うんです。どう考えたって、ベースの人口が少ないのですから、コンビニが何軒もあったら立ち行かなくなるのは、誰が考えったって、ダメだろうと思うのですが。 もういい加減でそういう数で勝負、っていうシステムはやめにしたら? って思うんですけどね。人口が減っているのですから、お年寄りが使いやすい道具とか、人の代わりをする道具をもっと加速して作ってくれたらいいのに、と思います。そういうの作るのが、新しいイノベーション、っていうことなんじゃないかと思うし、そこから新しい商機だって生まれてくると思うんですが、、。

Posted by: 謙介 | 17. 01. 02 at 오후 2:23

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
「捨てるのはいつでもできる」「まとめて整理しよう」と思ってしまうのがいけないのでしょうね。
本なら本棚、洋服はこのクローゼットと収納場所を決めて、入り切らなくなったら捨てるだけでもずいぶん違うのですが、頭で理解するのと実践するのとでは差があり、悩ましいところです。
一番困っているのが演劇のパンフレット。記念だからと買ってしまうのですが、あとから読み返すこともなく、でも二度と手に入らないから捨てるのもためらわれ、残したままになっています。

Posted by: mishima | 17. 01. 04 at 오전 11:05

---mishimaさん
 自分も前は観に行った歌舞伎とか文楽のパンフレットやら、ポスターやらおいていたのです。加えて自分の出たコンサートのプログラムもおいていました。でも、ある時に、そういうのほとんど片付けてしまいました。どうしてもおいておきたかったものだけ、数種おいておきましたが、、あとは、、(笑) 
 ひょっとしたら、あとから困るようなことが起こるかもしれません。でもそれはその時のことと思うことにしました。

Posted by: 謙介 | 17. 01. 04 at 오후 11:06

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