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16. 11. 29

事故調査結果

すみません。
本来なら「花かつおタウンのその5」に
行くはずだったのですが、
きょうのお話の元になった記事が、
早々に削除されそうなので
順番を飛ばして、今日はこちらのお話にします。

クンへあじゅまの自主退職要求デモ、
毎週毎週、すごいことになっていますですね。

で、とうとう早めに辞める、ということになったとか。
早めに辞める、ったって、いつになるやら
わかりません。 韓国民は可及的速やかに、
というのか「ぱりぱり」(急いで!)って
考えているでしょうが、クンヘあじゅまは、
切りのいいとこで、くらいに思っているのでしょうし。
むくげおばさんが大統領をやめて、次の大統領が
選出されて、かの国の世論が落ち着く、というまでには
一定の日数がかかりそうで、
まだしばらく混乱が続くのでしょう。

まぁ、だけど、
謙介、あのデモの写真、ちょっとムカムカしながら
見ていたりしているのですよ。

というのが、謙介がソウルにいたころ、
今、クンヘあじゅまのデモをやっている周辺は、
撮影が禁止の場所だったのです。

というのか、あのころの韓国って、
もうやたら撮影禁止場所が
ありましてですね。

ざっと言いますと、まず橋梁はダメ。
それから、地下鉄および地下鉄の駅もダメ、
高いビル、もしくは南山公園のような小高い場所から
市内を俯瞰するような写真を撮るのはダメ。
鉄道の線路もダメ。
大統領官邸を撮るのもダメ。

とまぁこんなふうにダメダメ尽くしだったのでございます。
どうしてか、と言えば、韓国は戦争中で、
そういう写真がまかりまちがって、北韓にそんな
写真が行ってしまって、向こうの連中がどこに爆薬を仕掛けたら
いいかが分かってしまうから、そういう場所の写真は
一切撮影まかりならーん! ということだったわけです。
(今も建前上は、韓国は戦争中です。もちろん
38度線以北、とですが)

(ついでに言いますと、2016年11月現在においても
韓国では、38度線以北の場所を北韓(ぷっかん)と呼びます。
テレビの中継の時なんか、韓国人はすべからく
北韓、と言っていますが、日本の同時通訳者は
北朝鮮と言い換えています。)


ソウルの中心部の一番広い通りに
世宗大路(せじょんてろ)というのがあります。

(以前は太平路 てびょんの、と呼んでいたのですが
通りの真ん中に世宗大王さまの像が建っております故、
そういうふうに名前が変わったのだと思います。)

徳寿宮(とくすぐん)の前のところから、
北に向かってまっすぐ伸びて、
景福宮(きょんぼっくん)の正門である
光化門(くんふぁむん)までの広い道です。

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この写真で人がわんさかいるのが、世宗大路ですね。

建物の説明をしますと、
右手前の白っぽい、通りに対して湾曲した
ビルが旧ソウル市庁舎です。その左斜め上
白っぽい塔で、アドバルーンの左側の建物が
ソウル市議会庁舎。
この二つは日本の植民地時代からの建物です。

ソウル市議会の塔の後ろのさらに白い
高い建物がコリアナホテル。
このホテルの建物も結構古いです。

正面奥に3つのトンネルみたいなアーチの
ある建物が見えていますが、それが光化門です。

その後ろが慶福宮で、さらにその後ろに
大統領官邸が見えています。

この写真なんか見ていたら、謙介、ホント腹が立ちますねぇ。

この沿道には、ほかに
世宗文化会館、美国大使館があるのです。

特に美国大使館の前あたりから、正面の光化門を
撮影しようものなら、お巡りさんがやってきて
「ダメダメ、ここは撮影禁止!」と言われ、
こっぴどく注意され、場合によっては
カメラを捕られそうになるようなこともありました。

どうしてか、と言えば、この光化門の彼方に
青瓦台(大統領官邸)があるからなのです。

それが今や、毎週この辺で
デモをやっていますし、もうなんでもありで、
写真バシバシ撮っています。

時代が変わると、こうですからねぇ。
謙介、ものすごい口調で注意されて
とても嫌な気持ちになったことは
今もはっきりと覚えています。

それでつい、なんだこんなに撮りやがって、
とかテレビに向かって思ったりするのです。

先日のデモでは、青瓦台の手前200メートルの
ところまでデモが許された、ということでした。
地理的に見ますと、景福宮の東側にブラジル大使館が
あるのですが、その辺か、もしくはもうちょっと南の
国際ギャラリーのあたりくらいまでデモが許された、
ということなんだなぁ、と思いました。

ただ、まぁ ブラジル大使館は、ブラジル大使館で
警備の人がいるでしょうから、国際ギャラリー前くらい
かもしれませんねぇ。


謙介がいたころは、あの辺に
韓国の有名なデザイナーの、
アンドレ・キム先生のアトリエがありました。

キム先生は数年前にお亡くなりになって
しまって残念です。先生の御作は本当に斬新なファッションで
見る分には結構楽しくて、好きだったんですけどねぇ。


ただ、今もグーグルマップ見たら、
大統領官邸(青瓦台 ちょんわで)に
行く道路は、意図的にそこだけ省かれていて
書かれてないんですよね。


というのか、大韓民国で発行された
どの地図を見ても、景福宮の北側は
ただ緑色が塗られているだけで、
何にもないことになっていますけどね。

ぴみるえよ(秘密なの♪)というところなんでしょう。


はてさて。 くんへアジュマは、この後、どうしますかねぇ。


      ×      ×      ×


で、ここからが今日のお話の本題になるのですが。
(え? 今までは前置きだったの?)

去年、韓国のタイヤ会社グループがやってる航空会社が
広島空港で事故を起こしたのですが、
その事故報告書が出来上がった、という記事を
見ました。

調査報告書の結果、は、機長の着陸強行が原因
だそうで、謙介の感想は、「あ、やっぱりね」というものでした。

「視界悪化により滑走路の位置を
把握できなかったのに、
着陸をやり直さずに降下を続けたことが原因」と
記事にはあって、思わずため息が出ました。


前に謙介、その航空会社の便で、ソウルの金浦空港から
広島空港に戻ってきたことがありました。

その時は広島空港、今の場所じゃなくて
広島市内の南部にありました。

あのころ、広島空港に着陸しようとする直前には、
宮島がいつも見えていました。

宮島の厳島神社の上空を飛んで、
着陸するようなコースだったと思います。

ですが、ある時、その宮島が全く見えない日が
ありました。視界不良で、全くの五里霧中状態です。

これは大丈夫なんだろうか、と思いました。
でも着陸態勢はどんどん行われて行きます。
主翼の後ろの席だったので、翼の出し入れが頻繁に
なって、その動作音が聞こえてきます。

客室乗務員のおねいさんは、
「よろぶん、あんねとろげっすむにだ、、」とか言って
着陸のご案内アナウンスをはじめました。
でもまだ陸地が見えません。

飛行機はどこを飛んでいるのか、、
機種によれば、機内にスクリーンがあって
コックピットからの着陸の状況が
スクリーンに映される、というのがありますが
謙介の乗った、B3の飛行機は小さい飛行機だったので
そんなものはありません。

横の席のおばあさんはお念仏をとなえはじめるし、、
でも、エンジンの音がどんどん変化しているのが
分かります。

大丈夫だらあか、とドキドキしていると、
やがて滑走路が見えてきました。
と、思うと、ドーンといつもより強い衝撃がありました。
続いてさらにドーン。

ジェットエンジンが逆噴射を始めます。
飛行機は滑走路の端まで行くと、Uターンをして、
エプロンのほうに行きました。

飛行機から降りて、空港ビルに入って
帰国の審査をしてもらい、荷物を取って
タクシーの乗り場まで来ました。
あのころの広島空港は、広島の宇品の港から
そう遠くなくて、良かったんですけどね。
(今はものすごーく遠くなってしまいました)

空港から乗ったタクシーの運転手さんが
訊いてきます。
「今のソウル便で着いたのですか? 」
「あ、そうです。」

そのあと、運転手さんが言ったのが
「今日は視界不良でねぇ、JA○も
AN○もみんな引き返したんだけど、
アシア〇だけ、着陸したんですよ。
だから、あの飛行機が、今日広島空港に
着いた最初の飛行機ですわ」

というお話でございました。

このときも、言ったらまぁ強行着陸した、
ということだったのでしょう。 ですが、
たまたま運が良くてうまく行った、と。
で、いつものようにちょっとくらいの
悪天候なんかへへへのへ、とか言いながら
強行着陸をやったのだけど、
たまたまうまく行かなかった、
ということなのだろうと思います。

こんなふうに、強行着陸をやってでも
着陸してみせる、というのは、
アシア○というのか、韓国の人の
思考・志向パターンなのではないか、と
思うのです。
いちかばちかやってみて、
成功したらオッケーだし、
失敗したら、まぁ仕方がないかなぁ、、

それが一個人の場合だったら、
失敗しても自分だけが責任をかぶればいいのですが、
こんなふうに公共交通機関の場合でしたら
乗客がいて、その乗客に被害が及ぶ、
ということになります、よね。


でもねぇ、おそらく自分=乗客という考え方で、
あんまり他者、という意識がないように思います。
ソウルのバスなんか、ちゃんと停車しませんもの。

バス停にバスが来ても、バスの車両はずーっと動いてる。
乗車口のドアが開いてもバスは動いている。

そこに乗客は飛び乗らなければなりません。

ソウルの友達に「そんなの危険じゃないか!」と言ったら、
「エスカレーターを見ろ、ずっと動いているところに
ぽん、と乗るではないか」
と言われてしまいました。

バスが停まらない、なんて、
日本では考えられないようなことですが、
そんなのあの国では至って普通のことです。

そういう志向の延長で、考えたら、謙介は
まぁ、強行着陸、と言うのも、そう変わったことではない、
とか思うのです。

と、いうようなことで、機長の強行着陸、
という事故調査結果を聞いても、全然驚くようなことはなくて、
まぁ、いつものことね、くらいにしか思わなかったのでした。


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Comments

 すんしるオンニとそのアッパについては,くんへアジュマの故父君が,背後を疑って調査させたことがあるとかないとかという報道がありました。
 今頃,あの世で苦虫をまとめて何匹も噛み潰してるかもしれませんね・・・

 そういえば,ソウル留学出発は宇品の旧広島空港からで,1年後に終えて帰ってきた時は新空港だったのでした。まあ,なんて立派になって・・・でも不便ね,と(笑)
 そうは言っても,県の中央部ですから,県の東部からも広島便が使いやすくなったというのは,ありますね。

 昔のでーはんはんごんのパイロットは,空軍上がりが多かったので,テクはあるけど荒っぽいとうちの親父が言ってましたが・・・

Posted by: Ikuno Hiroshi | 16. 12. 01 at 오전 1:16

---Ikuno Hiroshiさん
宇品の旧広島空港の国際線、すでに東広島への移転が秒読みでしたから、プレハブの建物だったような気がします。 松山からは、宇品のほうが圧倒的にアクセスも便利で、高速艇からの乗り継ぎも良かったのですが、、、もう言っても詮方ないことですけど。 タイヤ屋グループのこの航空会社のパイロットも、空軍上りの人が多かったから、あんな強行着陸したんじゃないか、と言われていますが、、果たして真相は??? くんへアジュマ、はてさていつきちんと辞めるのでしょうか?

Posted by: 謙介 | 16. 12. 01 at 오후 8:40

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