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16. 06. 23

すいませんすいませんすいませんのご本

今、藤吉慈海先生の「真実の自己」という本を
読んでいます。

Fujirin

というのが、
こないだから、かつて自分が教えを
うけた諸先生方の本を再読する、
ということをなんとなくやっているのです。

最初はそんなことは
あまり意識していなかったのですが
気がついたら、大学時代に学恩をうけた
先生の本を次から次へと
読んでいたのでした。

どうもこういうことは、自分の中では数年に
一度くらいの割合で、くりかえされているようで、、。

何年か前の時は宗教学の梅原(猛)先生の本を
読み返したりしていましたが、今回は仏教関係が
中心で、大森曹玄老師の禅の注釈書とか
藤吉先生のこのご本とか、を読んでいます。


藤吉先生は佐賀のお生まれで、浄土宗の
お坊さんでした。そういうことで、
自坊は知恩院の中の塔頭、樹昌院にお住まい
でした。

それでありながら、大学時代には久松真一先生から指導を
受けつつ、臨済禅の研究もなされて、
浄土・禅の兼学で学問研究をされていった方です。


加えて、東西霊性の交流のプロジェクトでは
上智とか南山といったカトリックの学校の
ブラザー(修道士)とご一緒に、ヨーロッパの
修道院で黙想生活を送られたり、逆に
日本では禅堂にブラザーを案内して
一緒に座禅をしたり、というような
活動もされました。

それから岡崎の大樹寺の住職、
鎌倉の材木座にある大本山光明寺の法主に
おつきになりました。

晩年は白内障と眼底出血のために一時
完全失明の状態までいったそうですが
手術で多少視力は回復された、という
ことも聞きました。


藤吉先生には、授業以外で、
学校の近所の喫茶店で、ご一緒
させていただき、お話を聞かせていただいたことも
あります。


先生のお話ぶりは、いつも穏やかでした。
そして謙虚で、謙介みたいな出来の悪い学生の
焦点がまるで外れたような
アホな質問にも辛抱強く耳を傾け
お答えくださいました。


漢文学(ご当人はシナ文学とおっしゃっていた
のでそのまま書きます)の入谷先生は、
授業の時も、漢文の解釈について
どんどん学生に当てて答えさせていって、
よく予習やら下調べの勉強してきていないまま
授業に出てきた学生には容赦なく
「お話になりませんな、次!」
と言葉を浴びせかけるので、本当に怖くて緊張したものでしたが、
藤吉先生は正反対のやさしい先生でした。


この本は、謙介が大学生だったころに出版された
本で、先生がいろいろな哲学関係・仏教関係の
諸雑誌に発表したエッセイを1冊の本にまとめた
というものです。 当時の学生のことが書かれて
いる文章が結構ありました。


 「あれほど荒れくるった学園紛争の嵐も吹きやんで、
 今では善良な、むしろ気力に乏しい学生ばかり
 いるように思われる。 (中略) あまりおとなしいと
 気が抜けたようにすら感じられる」

先生すみません。気力に乏しい学生でしたよね。(笑)

確かにとっくに大学紛争は終わっていましたけれども、
何せ京都の学校だったので、その余熱はまだ冷めて
いなかったように思います。

まだ学内のあちこちに学友会の立て看板が
ありまして、当時の政府や国のありかたを批判する
集会も毎日のようにやっていました。


謙介のころは
政治的に左と言っても、いろいろでした。

共産党系のサークルの学生と
さらにもっと左のサークルの学生の間で、
毎日のように学内で小競り合いがあって
よく揉めていたように思います。

そこに今度は体育会系の右の人たちが来て
三つ巴で乱闘になっていた、ということも
ありました。

体育会系は体力に任せて乱闘をしようと
するのですが、左の学生はその分、人数で
対抗しようとしていて、、小競り合いから乱闘になって、、
ということが毎日のようにありました。


謙介の学年は、政治運動をしている学生を
ただただあっけにとられた感じで見ていた、
という人が多かったように思います。

学生運動に対して批判的とか、無視する、
というのでもなくて彼は、彼女はああやっている。
というのを批判も共感も交えず淡々と見ていた、
という感じでした。

あいつらは好きでああいうことやってはんのやし、
こっちは、別にしたいことあるし、それだけ、
という感じだったですかねぇ。


ところがもうちょっと下の学年になると、全然違っていました。

はっきりと、「ボクは、あんなこと(学生運動)しに大学に
来たんやないし」と、学生運動をする連中を批判的かつ
軽蔑したような言い方ではっきりと言う人も結構いて、
時代は変わったなぁ、ということを強く思ったことが
ありました。

ただまぁ、「あんなことしに来たんやないし、
勉強せんとあかん」と言っていた人の研究とか発表を
聞いたことがあったのですが、、、。


それはそれでなんだか指導教官の
先生のご説そのままの受け売りで、研究のスケールといったら
ちまちまと小さくまとまっているだけ、という感じで
聞いていて全然面白くなかった、ということは
ありましたけどね。

もしかしたら
藤吉先生は、そういう連中を評しておとなしくて
気が抜けたような学生、と言ったのかなぁ、とも
思いました。


この本の中に先生が教わった恩師の思い出を
書いているところがあって、
その最後にはこうありました。

 「これらの心豊かな先生方の教えを受け、今日まで
 懐かしくその想い出にふけることのできる自らを幸せ
 と思うが、当時の先生方の年齢に達した自分自身が
 若い学生諸君に何を与え得たであろうかと思うと、
 心もとないものがある。(中略) いたずらに過去を
 懐かしんでも仕方ないが、こんなことを書くのも
 先が短いからであろうか。」

もう先生がお亡くなりになって25年近くなりますが
久しぶりに先生のことを思い出しました。


先生の研究とか、お考えを述べられた文章を再読しながら
自分自身振り返ってみて、一体何をしてきたのだろう、
自分自身の仕事としてこれをしてきた、というような、
まとまったものがあるのか、と問うてみれば、何もないわけで、、。
情けない気持ちになりました。


その時々で
安易な方ばかりに流れてしまって、
一体今の自分は何なのだろう、とか。

もうちょっとしっかりやりなさい。このままでは
流されてしまったままで終わってしまいますよ、
と本を読んで、先生に注意されたような
気持ちになりました。 

先が見えない、とか
毎日の生活に追われる、ということを
言い訳に、ため息ばかりついているような自分ですが、
少しは自分自身のことを思って
建て直しをしないといけないなぁ、と
反省しました。
とか殊勝なことを書いていて、
果たしてどれくらいできるのか、と
問われたら、、、すぐにその反省も有名無実に
なっていて、もうダメダメなんですけどね。


すいませんすいませんすいません。
というのがこの本を読んだ正直な感想です。


そうして、最後に、
はあ、と大きなため息をついて、
本を読み終えたのでした。


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