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16. 05. 09

ブラタモ○のおまけ

先週の土曜日(5月7日)
NHKのブラタモ○、伏見の巻を見ていて、
おおっ、って思ったところが2カ所ありました。

一つはようかんの駿河〇のお店が映ったこと。
もともとあのお店って、老舗中の老舗の
お菓子屋さんだったのですが、(ブラタモ○の中でも
そのことは当然触れられていた)

ですがちょっと前に経営に行き詰まって倒産して
しまって、伏見のあそこも店を閉めた、と聞いていました。

でも、やはりあのお店のお菓子でないといけない、という
人が多かったために、スポンサー先を探し、ようやっと
出資企業が出て、再開にこぎつけることができ、
あの店も再開されて、番組の中で太閤ゆかりのお菓子屋
と紹介されたのは良かったですね。


それともうひとつ
ちらちらっと、鉄橋が
映っていたので、触れないのかな、と思ったら、
最後に出ましたねー。

Naraden


謙介はあの番組、オヤジと一緒に見ていたのですが、
鉄橋が映ったとたん、
「あ、奈良電の鉄橋やんか」とコメントがありました。


そうなんです。
この鉄橋、奈良電気鉄道の橋梁として架けられました。
普通、鉄橋には、途中に支柱があって、その支柱間を
橋げたで渡す、という構造にずるのですが、
この橋梁にはその支柱と言うものがありません。

ブラタモ○の中では、橋の紹介はありましたが
どうして支柱を作らない構造の橋にしたか、
という説明はありませんでしたね。

実はこの橋の下の河原が軍隊の演習場だったのです。
それで、
「支柱を作ると演習上の障害物になる。
そんな邪魔なものを、作ることはまかりならん」と
軍隊がごねたので、
そうしたら支柱を作らんかったらよろしいのやな、
ということになってできた橋梁というのが
この奈良電気鉄道の澱川(よどがわ)橋梁だった、ということです。

謙介、大学の時に図書館で『奈良電鉄社史』という本を
見つけて、さっそく借りて帰って、熟読しました。

それでこの橋梁のできた経緯を知っていました。


奈良電は、この澱川橋梁建設時も横やりを入れられて
難渋しましたが、
確か、伏見の町中を通るときにも、問題が生じた、と
書いてあった、と思います。

電車の線路を作るときに
線路の基礎杭を打つことになったのですが、
それに伴って、井戸水が出なくなったらどうするんだ!
と沿線の酒造の蔵元から保証を迫られた、と
ありました。

何せ、伏見といえば、日本でも有名な日本酒の
醸造地です。

電車の工事なんかで、その酒を造るための
水が出なくなったら死活問題だ、と蔵元は
いきり立った、ということなのでしょうね。

奈良電は大阪をはじめとしていろいろな
方面に延伸計画が浮かんでは消え、
消えては浮かび、の繰り返しでしたが、
基本的に京都と奈良を結んで走る、
という程度でしたから、路線の長さも短く、
そのため経営基盤も弱かったのです。

今でこそ、小倉の辺にニュータウンができたとか
城陽の辺は住宅がぎっしり建っていますが、
奈良電が走っていたころは、
田んぼとか蓮池ばかりで、、
沿線人口なんて、知れたものでした。

その短い路線で経営基盤を強くする、ということも
できずに、やはり結果的に近鉄と合併、ということに
なってしまいました。

その奈良電のころは、丹波橋で
京阪と奈良電が相互乗り入れしていて、
奈良電の京都駅に京阪電車が来ていた時期も
あったそうです。 最初に書いた『奈良電鉄社史』に
奈良電の京都駅で停車中の京阪電車の写真が
あったのを覚えています。

番組にも出ていたコンクリート製のあの伏見城って、
やはり大きな建物でした。 伏見とは真反対の
京都の街の北西にあった常盤とか太秦辺の
高架からも、はっきりと見えていました。

伏見って、伏見稲荷に行く、という目的以外は
大抵、奈良に行く近鉄電車で通過することが
多くて、、その前の嵐山は同じ右京区だったので
しょっちゅう行っていたのに比べると、あまり
出かけないなぁ、という場所ですが、
また機会があったら行ってみたいなぁ、と
思ったのでした。


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Comments

駿河〇は京阪の伏見稲荷駅前にはずっとありますけど、あそこは分家ですね。
「夜の梅」は羊羹の代名詞というか、駿河〇の他に虎◯や塩◯でも作っていますが、やはり駿河〇が元祖なのでしょう。
伏見、このあいだ、御香宮神社の特別拝観に行こうかなと思いましたが、こちらは春と秋の特別拝観の常連なので、また次でもいいやとパスしてしまいました。

Posted by: mishima | 16. 05. 10 at 오후 5:38

---mishimaさん
 駿河○はややこしいですね。 ブラタモ○に出てきたのは、伏見駿河○で、これはmishimaさんのおっしゃるように和歌山の総本家駿河○から早い時代に分家した駿河屋です。それともうひとつ和歌山の駿河○の支店も伏見にはあります。そういえばうちの実家に、もう10年くらい放置されたままの駿河○の羊羹があったことを思い出しました。賞味期限なんてとっくのとおに済んでいますが、大丈夫なのではないか、(たぶん)と思います。そういえば、伏見稲荷の中にファイト一発をやってた西村和○さんの実家がありましたね。結構な高さのところに家があって、あそこから毎日通学していたのか、と思ったら、自分は無理や、でもこんな場所に家があったら毎日鍛錬できるわなぁ、と思ったことでした。

Posted by: 謙介 | 16. 05. 10 at 오후 11:04

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