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16. 05. 20

展覧会ふたつ(その5)

大阪で書道の展覧会があるよ、と聞いた時に
謙介、展覧会のサイトをすぐに見てみました。

出品目録のラインナップを見て
個人的に気づいたことがありました。


それは、誰がこの展覧会を言い出したのか、
ということと、この展覧会は、
絶対に東京では開催しない展覧会だな、
ということでした。


まぁ大阪市立美術館開館80周年記念の
展覧会だそうですから、あくまでこれは
大阪市立美術館だけの展示、ということは
分かりますが、謙介、別の意味でそう思ったのです。

出品される作品のラインナップを見れば、
あ、これは、日本書芸○が、1枚かんでるな、
とすぐにわかります。


王羲之が最初にあって、王鐸がきて、、ですからね。
日本の書家だって、良寛が入っている、というところ
にそれがよーくあらわれているように思いました。

王羲之はともかく、一時、日本書芸〇の系統の
先生の弟子が日展とか毎日展とか読売の
展覧会に作品を出す時に、王鐸風の作品ばっかり
出でた時期がありました。

誰が書いたのかは知らんけど、
とにかく王鐸風の作品ばっかり。
書芸〇の上の方の先生、王鐸とか良寛の書、
えらい好きですもんね。


書道の作品を作るときに、二つの方法があります。

1つは、中国や日本の古典作品をどんどん
習って、その作品の表現方法とか書き方の
個性を習得して、いろいろな表現力を学んだうえで
自分の書き方を創りだして、作品発表をしていく方法。

日本書芸○系統の先生は、この学習方法を
推します。

ところが、古典を系統的に学ぶためには
当然、さまざまな古典を学んで体系化して教えられる指導者が
必要なわけですが、そういう人ってあまりいません。

実はそんなことをきちんとやっているのは、
大学で書道の学科とかコースがある大学です。


そういうところに入学して授業を取ったら教えてくれますが、
一般の街中の先生では
あまりそういう体系的な指導はしてくれない、
というか、体系的に指導する知識を持った先生がいないのです。

で、どうするかと言えば、適当に字のうまい先生とか、
そこいらの○×書道会という団体に入って、
先生からお手本を書いてもらって
それを練習する、という方法です。

この方法で練習している人がほとんどだと思います。

ただこれだと、毎月、お手本をもらって
それの練習をするだけです。

これでは、いろいろな古典を学べませんから、
結局書に対する総合的な広い表現力はあまり身に付かず、
従って、自分なりの新しい書を創る、ということも
できません。


でも、実際のところ、字を習っている、と言った場合、
こういう練習方法の人がほとんどなんですよね。


もう1つは、そういう古典による書の研究を一切拒絶して
自分なりの書き方を作る方法。

言い方だけ聞いたらカッコ良さげです。

で、こちらのほうを前衛書道、と言ったりするわけです。

ところが、これですと、一切の古典の練習を拒絶しますから
基本も身につかないし、表現方法の引き出しだって
あまりありません。

作品作りでたちまち行き詰ってしまいます。

現在、前衛書道が尻すぼみになってしまったのは
表現力という地力がないから、作品製作が続かないからです。


結果、日本で前衛書道の力の強いのは
東京と愛媛と高知だけになってしまいました。

前衛の書家でも、最初のほうの人は、古典の素養も
きちんとあって、それに対する表現方法として
前衛を創っていったので、表現力が豊かだったのですが、
古典を習わない、というふうになってしまった結果、
表現力がどんどん落ちてしまった、ということです。

それはある意味予想されたことであった気がします。

それはともかく。

古典の作品から学ぶようなことなんて不要! といってる
前衛書道の牙城の東京ではこの作品展は開催しないだろう、
ということを思ったわけです。


だって先生が、「あんな古典ばかりの作品展行ったって
しょうがない!」と言ったら弟子は行きませんもの。


東京では前衛が強い分、
その反対に、関西は日本書芸○のほうが
強い、ということになりました。

なので、この大阪で開催する書の展覧会に、
地元の日本書芸○が1枚かまないはずは
ない、と謙介は踏んだわけです。

看板でございます。

Img_0779

で、よーく見たら、あーやっぱりねー。(笑)


Img_0778

この展覧会、何がすごいのか、と言えば、
書道史の各時代の代表的な書家の作品が
ほとんど網羅されて展示されている、という
ことです。それも代表作ばかり。

各時代の書家の作品として、
これは見ておきなさい、といわれるような名品が
ほとんど出ていました。

この展覧会をしっかり見たら、書道史の知識
すべて身につく、と言っても過言ではありません。


野球で言えば、オールスター戦です。


たとえば、空海の風信帖だけでも、
展覧会の目玉になり得る作品ですし、
欧陽旬の九成宮だけでも目玉です。
それから土佐山内家資料館が持っている
高野切なんて、高知の資料館でさえ、1年に
数日しか展示しません。もちろん国宝です。

そうした国宝がたくさんの出品作品の
1つにしかすぎない。

謙介が見て、ちょっと足りないな、と思ったのは
中国の清代末あたり。

呉昌碩(ごしょうせき)が
入ってなかったことがちょっと残念だったですね。

まぁ呉昌碩の作品はあちこちにありますから
割愛したのかもしれませんが。

おそらく展覧会を開催しようとするときに、
当然どの作品を展示しようか、というようなことは
何度も会議があって決めたと思うんです。

その出品交渉をする時に、
そうした名品を所蔵している各美術館や
文庫に、もちろん大阪市立美術館のスタッフも
依頼したでしょうけれども、
おそらく日本書芸○の理事あたりの上のほうの
人が、「この展覧会は特別やねん。
協力してやってくれへんか?」というような
ことをおそらく言ったはずでしょう。

でなければ、こんなすごい作品ばかり一堂に
集めて展示する、というようなことはできない、
と思いましたもの。


まぁそういう「政治力」を駆使した結果、
これだけの作品が一堂に会することができた、と
いうことも言えます。

ちょっと長くなりました。
なんだか今日は展覧会の話はあんまりなくて
書道界事情みたいな話になってしまいましたねー。
きょうはこれにて。


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