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16. 05. 27

あっという間のひと(その2)

うちの仕事場に採用になって
1か月で退職してしまった人の話の続きです。

去年の秋にうちの仕事場では採用試験が
あって、人事の担当から、来年は謙介の
セクションに人を一人まわすから、
そのために新規で人をとったから、という
話がありました。

というのが謙介のセクションの仕事は資格が必要な
専門職の仕事で、誰もができる、という仕事では
ないのです。(国の法律で、謙介のセクションには
資格を持った人間を必ず置かなければいけない、
と規定があります)

そういうことなので、その資格を持った
人を早く雇って欲しい、と人事に再三再四言い続けて
きました。

というのも、この仕事は、資格のある人を雇いました、
これでオッケー問題解消、と簡単にいく仕事でもないのです。
まぁどの仕事でもそうでしょうが、
今、うちのセクションにいる人間から仕事について
一通りのことを習ってもらうだけでも3年くらいかかるのです。
ひとり立ちできるまでには、やっぱり5,6年はかかるように思います。

なので、謙介、新しい人に来てもらって、
5年くらいかけて仕事を習ってもらって、
その人を何とか独り立ちできるようにしなければ、と思って、
そういうことを人事にずっと言い続けてきたのです。

で、去年、人事担当が、謙介のセクションに入れる人を
と思って採用したのですが、なんとうちの最高責任者が
その人を別のセクションに回してしまったのです。

やれやれ。
確かにそのセクションも人が足らない、ということには
なっていましたが、、うちのセクションだって足りないのです。


しかも来年以降、ちょっとした大きな
変化がうちの仕事場にあるので、せめて1年の間に
最低限の仕事を覚えてもらってそれに備えなければ、
という目算でいたのも全部
吹き飛んでしまったのです。


その人は東京の大学の大学院を出て
うちの仕事場に採用になりました。


彼女がうちの仕事場に来て、しばらくたったころ
彼女の働きぶりが聞こえてきました。

いわく、ものすごく緊張をしていて、、
何の仕事をやっても、「全然私はダメ」とひたすら
言うばかりだったそうです。
実際は普通に仕事ができてた、というのですが
本人は、全然ダメ、と言い続けていたのだとか。

こういうことをちょっと前に聞いていて、歓迎会に出て、、
実際の彼女の様子を見て、
あ、この人はうちの仕事場で長く続かない
だろうな、ということを謙介が思った、ということでした。


彼女、実家から仕事場に通っている、ということでしたが、、


彼女の家の場所から仕事場まで、
片道60キロあります。
とすると往復で120キロの通勤です。


田舎の交通機関の便が悪いところで、
どういうふうになるのか、と言えば、

朝の6時くらいに自転車で最寄りの駅まで
走ります。(これが20分) それから6時半発の
JRの電車に乗ります。
これが40分。
それで仕事場の最寄りの駅から仕事場まで
徒歩で15分というような通勤経路になるのです。

実家から通っている、ということは、上の経路を毎日
通っていたわけです。しかも行ってしまえばそれでいいわけはなくて、
仕事場に着いてから勤務が開始され、
仕事をしないといけないわけです。
それで朝、6時の電車に乗るということは、
5時くらいに起きて食事やら身支度をして
出発ということになるでしょうね。

こんなの、往復の通勤だけで、
疲れ果てていたのではないのか、と思います。

うちの仕事場に勤務する大抵の人は仕事場近くとか、
仕事場のある街にアパートを借りる、
というのが普通です。
実家が近ければそりゃ実家から通うでしょうが
往復120キロもの通勤をする人はいなかった。

下宿したら通勤時間は20分か30分です。
でも彼女はそうはしなかった。

というのか、そういうことを家が許さなかった、
とのことです。

実家でおいしいご飯を作って、ちょっとでも娘の
世話をしたい、というご意向だったのかもしれませんが。
実家から通う分だけ、睡眠時間は削られ、通勤の疲労が
増すということはなかったでしょうか。


加えて彼女の「失敗したらいけない」「間違えたら
いけない」という性格は、おそらく仕事中もものすごく
緊張を強いていたに違いないのです。

通勤で疲れるわ、仕事で疲れるわ、
加えて、家に帰ってからも仕事の準備とか
いろいろと新しい仕事について覚えないと、
ということで予習をしていた、ということは
想像に難くありません。

そういうことで疲れ果てておそらく土日の休みは
家でずーーっと寝ていたのではないでしょうか。

で、そういう寝たままの娘の状態を親は見て、
これは過労に違いない。何というブラックな仕事場だ、
うちの娘を過労死させるのか、というようなことを
思われて、それで怒って、うちに怒鳴り込んできた、
ということになったのだと思います。

加えて、親の立場から見てみると
最初に謙介のセクションで働く、ということで
採用になったはずなのに、違うセクションでの
勤務になってしまいました。

それも最初に言ったことと違っているじゃないか、
というような、ところもうちの仕事場に対して不信感を
作ってしまい、御両親の怒りの原因に
なっていたことは想像に難くありません。

ただし、その部分に関しては、
うちの仕事場の採用の文書の最初に
総合的なキャリア形成目的から、
専門の部署だけでなく、
仕事場のさまざまなセクションでの仕事を
経験していただきます
ということはきっちりと書いてあるんですよ。

でもねぇ、仮に最初の意図通りに
謙介のセクションに採用になっていても、
この人、おそらくは長続きしなかった、と
思うのです。


先日、親戚の人と話をしていて、そういう勤務のことに
なりました。その人は新聞記者です。

毎年、新聞社に新規採用の人が入ってくるのですが、、
新入の人の何割かは、自分は優秀な人間だから、
採用すぐにでも、VIPの記者会見に派遣されて
「〇〇新聞のなんとかですが、総理に2点質問します」
というようなことがばりばりやれる、と自信を持って入ってくる、
というのです。


でも、そういう立場になるには、いろいろな経験を
積んで独り立ちできて、しかも優秀だと、周囲に
認められなければできません。
それまでにはずいぶんな年月がかかります。

加えて、仕事ってなんでもそうなんですけど
イメージと実際は全然違います。

え? こんな仕事もしないといけないの?
っていうようなことだってしないといけません。


新聞社でも、内部の会議の時の
弁当の手配とかお茶の手配をしないと
いけないわけです。そういうのは
新人記者さんの担当になるそうです。
ところがそういう自信家の記者さん、
弁当は頼んだのだけど、お茶を頼むのを
忘れていて、上司に「お茶は? 」と聞かれ
「忘れました」ということがあったり、、
取材でも新採記者さんの回される
地道な取材をすることができないの
だそうです。

ボクは、政治部とか国際部に配属になって、
アメリカとかヨーロッパに派遣されて
VIPの記者会見に行くのが当然の人間なのに、

どうしてこんな四国のクソ田舎町に配属になって
こんな漁師のおっさん相手に
与太話を聞かされないといけないんだ、
と思って、「ボクの理想と違っていました」
と言って、すぐにやめてしまう記者さんも結構多い、
という話を聞きました。

仕事って、想像していたイメージの世界と実際では
天と地と程に内容が違う、ということだって
ありますねぇ。

野球選手だって、トレーニングをして
試合に出る以外にだっていろいろな
仕事をしないといけません。

下げたくもない人に頭を下げて
いろいろとお願いをしたり、
したくもない仕事でも、勤務のうち、
ということでしないといけなかったり、、


謙介だって学校出て、最初の仕事場で
コンクリートをこねて型枠に流し込んだり
するような土木工事の人夫さんの
仕事もしましたし、、。


もうね、「へ? 」っていうような仕事だって
働いていたらしないといけないのです。

外から見ているだけと現実は違います、って。
イメージ通りの仕事なんて
ないんじゃないかなぁ。

彼女の親御さんは、どうして大学院を修了して就職した
娘を独り立ちさせなかったのでしょう?

娘の勤務について、本人でなくて、
親が一方的に怒鳴り込んでくる、、、
60キロも離れた実家から通勤させる。

親が庇護の名のもとに、結果的に
子どもを心理的に支配して、
抑圧するようなことになっていたのでは、
と思ってしまいます。

たとえば、スピーチの席で異常にあがってしまったのは
彼女が失敗を極度に恐れる、という心理が働いたものでしょう。

学校を卒業して社会人になった今でさえ、
彼女の心理の中に親の目を意識しているところがあって、
「親に叱られたらどうしよう」
という潜在意識が今も色濃く残っているから、
失敗を異常に恐れるのだと思います。

きっと、彼女、学校時代は良い子で、優等生でずーっと
きたのだと思います。親にとってみれば理想の非の打ちどころの
ない娘で来たのでしょう。

それは彼女自身がいつもずーっと親に叱られないように
してきたから。 きっと人の気持ちも先回りをして
読んで、なんでも一生懸命で取り組む子だったのでしょう。

でも、その一生懸命さは、
そのことが面白いからそうしていたのでは決してなくて
親の目をずーっと極度に気にしていたから、だろうと思います。
真面目に一生懸命に取り組むことで、親から言葉をかけて
もらい、そのことで、自分の自我を安定させるような心理構造に
なっていた。


独り立ちできた娘なら、「就職したんだから、
私は下宿して自活します」くらいのことは言うでしょう。

そして親はいつまでも娘を自分の監督下に置きたかった。
それが実家からの往復120キロ通勤を
させてしまうことになってしまった。

おそらく彼女と彼女の親御さんの間の
親離れ、子離れがうまく行っていないんじゃ
ないのかなぁ、と想像します。

今月、彼女は退職してしまったので、
うちの仕事場との縁はもうなくなってしまいました。

ただまぁ、この支配・被支配型の親子関係とか、
彼女自身の性格を何とかして変えない限り、
根本的な部分をなんとかしない限り、
仮にどこかに再就職したとしても、
また同じことの繰り返しに
なってしまうような気がします。

就職する、というプロセスで、
そうした親離れ、子離れということを
きちんとしておかないといけないね、ということと、
彼女がそういう人だった、ということを、
人事担当は見ぬけなかったのかなぁ、という
ふたつのことを、謙介は思ったのでした。


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Comments

うーん、コミニケーションが苦手だったり、人前であがってしまうあがり症の人は確かにいて、克服していく人もいますが…その彼女が自立と自律がうまくできないというか、ある部分が成長できてないのですね。お話を読ませていただいて、こういう親御さんのもとで育った彼女が僕は気の毒になりました。ある意味、彼女も親御さんほ犠牲者かも。
親御さんが元気なうちは、いいけど、年を重ねた時に、就職しないでお嫁にいったとしても、彼女、大丈夫か、お話を聞くと心配になりますね。
それとも、他の部署でそうとうプレッシャーがあったのか?イジメとかあったわけでは、ないのでしょう?
ほんと、いろんな性格や考え方の人がいますね。


Posted by: holly | 16. 05. 28 at 오전 10:32

---hollyさん
そのセクション、去年も新しい人が入ったのですが、その人は今も続いています。おっとりとしておもしろい人なんですけど、、。そのセクションの上司、よく知っている人ですが、新採の人を暖かく見守るタイプの人で、いじめがあったとも思えないんですよね。たぶん本人の性格とか意識的な部分と、仕事をすることとの間に、大きな齟齬があって、ということなんだろうなぁ、と思います。彼女が退職してから、そのセクションに別の用事があって行ったのですが、その上司のほうが疲れたような表情でした。
 プレッシャーという点では、本人の意識に非常に大きくのしかかかっていた、と思います。結果的にそれに押しつぶされようになって退職したわけですし、、。ただ、そのプレッシャーの原因が、本人の親子関係から来る、精神的な部分だった、というのが、やはり大きく作用していたと思うんです。hollyさんのおっしゃるようにこの人、仮に結婚して新たな生活をはじめたとしても、なかなかに難しいところがあるかなぁ、と思います。

Posted by: 謙介 | 16. 05. 28 at 오후 5:32

うちの娘も自宅通勤なので耳の痛い話です。
ただ、学校の教育がよろしかったおかげで、半端仕事を喜んでしなさいとシスターに教えられて育ち、下っ端仕事をせっせとやってるみたいです。誰かがやらなきゃ仕事が消えてなくなるわけじゃないでしょ、そうしたらそれは若手の仕事。と言っていますから、シスターには感謝です。
今は皆さん頑張ったことを評価されてるので、頑張っても結果が出なければダメ、頑張らない人が結果を出せばそちらが評価されるっていう仕事の世界に馴染めなかったりするみたいですよ。
地道に努力してるのを見てる人は見てるんですけどね。

Posted by: アリクイ | 16. 05. 30 at 오전 9:10

---アリクイさん
今の世の中、でんでんむしみたいに、「成果を出せ」としょっちゅう言われます。人事の活性化という美名のもとに、期限付き採用で、3年とか長くても5年の契約で、終わったら、ポイ、というような勤務形態が小泉さん以降ものすごく増えました。こんな短期間で仕事の成果を求められたって、と、本当に腹が立って仕方ありません。
仕事の成果が目に見える形で出る、というのはなかなかあることではありません。その一方でアリクイさんのおっしゃるように、口先だけでうまく立ち回って、その実何もしないでいて、自分のした仕事っぽく見せる、というような糊塗してうまく立ち回る人も多いですね。(うちの仕事場にもそういう人が結構います。)派手に実績を強調するんですが、本当にやったのは別の人だったりします。
 そういう地道にコツコツとやっている人というのは、報われることが少ないですね。
 うちのオヤジから、就職した時に言われたのは、職場には必ず目立たないけれども、地道にコツコツとやっている人がいるから、そういう人の仕事をよく勉強してやって行かなあかん、ということでした。しかし、そんな職場であっても、自分はそういう人をやはりしっかり見ていかないといけない、ということは強く思います。

Posted by: 謙介 | 16. 05. 30 at 오후 12:36

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