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16. 04. 05

永き日や 欠伸うつして 別れ行く

3月31日の木曜日、
知り合いが県美術館で個展をしている、
という案内のパンフレットを送ってくれたので
お昼から休みを取ってでかけてきました。
美術館はお城の中、三の丸にあります。

県庁の西駐車場に車をとめました。
ここは美術館の利用する人も使える駐車場なのです。

県庁舎と、最新型の路面電車です。
(最新型と言っても走り始めてもう10年くらい経ってますけど)
Kencho
この場所から南に10メートルほど行くと、石碑があります。

ここに夏目の金ちゃんが一時赴任していた松山中学〇がありました。

石碑には、漱石が松山を離れて次の熊本に行くについて
詠んだ句「わかるるや一鳥啼いて雲に入る」の句が漱石の筆跡で
刻まれています。

Kinchan

実は漱石は離松するについて、もう一句、
「永き日や欠伸うつして別れ行く」という句も詠んでいます。

春の一日はいつまでも続くかのようにのどかです。
お互いの目の前であくびをしあえるくらいの
親しい仲であったのでしょうね。
うららかな春の日ではありましたが
お互いの別れの時は迫っていました。

距離的な別れはあっても、結ばれた友情は
かわらない。のんびりとした中に、別れの寂しさも
ほのみえて、、謙介的には、こちらの句のほうが
この季節の気分として、自分に合っているように
感じるのです。

漱石がこの地を離れたのが、
ちょうど120年前の4月12日でした。


この時期は年度の切り替わりで、多くの会社では異動があって
今まで親しんだ土地とか人との別れがいくつもある時期ですね。

謙介にとって今年は、最初の仕事場で一緒だった
(そのころ中堅だった人が)何人か退職しました。


あのころ、中堅でバリバリと仕事をしていた人が、
もうそんなことになってしまうのか、と思うと
時間の流れの速さということと、
これからの人生のことをいろいろと憶ってしまいます。


「人生の流れ」といえば、この場所もそうです。

県美術館に行く前に、ついついこの場所に来てしまいました。
Horinouchi
今は荒涼とした風景の場所ですが、以前はこの場所に
国立がんセンターがありました。

この場所に毎週数回通って
インターフェロンの注射をしてもらったこと。
何週間も入院したこと。
ここで出会った同室の患者さんのこと、、。

かつてこの場所に通った時のことを、
やはりいろいろと思い出してしまいます。

目を右上にするとお城が見えました。

まさに「春や昔 十五万石の城下かな」ですねぇ。
Oshiro

さて、ゆるゆると歩いて県美術館に到着しました。
Kenbi

案内をわざわざ送ってくれた知り合いと
久しぶりにお会いして挨拶などした後で、
作品を見せていただきました。

知り合いは二科の絵描きさんなのですが、今までの作品を
まとめて展示したい、ということで、この展覧会を催されたのだとか。

時代の経過順に展示されていたので、彼女の心境の変化が
どう反映されていったのか、ということもわかって興味深い
展示でした。

二人で期せずして話が一致したのは、
以前は先輩とかお師匠さんがいて、
分からないことは先生に聞くことができた。
だんだん歳をとっていくにつれて、気がついたら先生方は亡くなって
いってしまい、、相談をする人も、アドバイスをもらえた人も
いなくなってしまった。それが本当に不安だし、もう励ましの
言葉もいただけなくて、さびしい、ということでした。

やれやれ。いつのまにやら、そういうことになって
しまっていた、ということですね。

美術館を辞した後は、
堀端に沿って歩いて駐車場まで、戻りました。
桜が本当にきれいでした。
Horinouchi2


Horinouchi3


Horinouchi4

と、優雅な気分で戻っていると不意に市役所が見えました。
Cityhall

前に何度かお話をしましたが、
この「松山〇」という字を書いたのが、
謙介の草書の先生である
村上三〇先生です。

この先生に習っていた時は、しょっちゅう叱られて
「下手くそ」と言われるばかりでした。

前は市役所に来ると、
否が応でもこの字が目に入ってしまい、、、。
かつて習っていた時にしょっちゅう叱られていたことを
思い出して、情けない気持ちになったものでしたが、、


先生も、すでに亡くなってずいぶんな年月が経って、
今は、ああ、そういうこともあったなぁ、くらいで記憶をとめられる
ようになりました。

これも時間と思いの変化、ということなのでしょうか、、。
思いとか、感覚的な位置というものは
歳とともに、ずいぶんと変化をしていくものなのだ、
というのが最近知ったことです。

いつまでもずーっと同じ考えである、
というふうにはなりません。

そんなことをしみじみと感じた春の一日でした。

おまけ
仕事場の街と、実家の街の途中にある
朝日山公園に先日寄りました。

全山ソメイヨシノの木が植わっているので
今の時期、こんな感じです。
Asahiyama1


Asahiyama2


Asahiyama3

でも、ぱーぱーと派手に咲いているだけで、
落ち着きがない感じで、、
謙介的にはあまり好きな風情では
ないんですけどね。


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Comments

60歳定年とすると、私も折り返しをとうに過ぎてしまいました。
入社したての頃のお世話になった方々は昨年までに定年退職されました。
先輩方は年が近く、今となっては教えあうというよりも切磋琢磨の関係です。

教えを請うことができる方が亡くなったり、引退されたりすると、おっしゃるようにやはり寂しいものです。
ふと気づくと、自分の前にいた人よりも、後ろにいる人たちが増えてきている。
自分の先輩方がしてくれたように、これからは自分が後輩のためにいる立場になってくるのだと思うと、それはそれで不安です(苦笑)。
ここからは一人前ということはありませんし、自分自身もそこに達していないという思いがあります。
職場ではよく「下を育てることも仕事のうち」と言いますが、奥が深く、悩み尽きないことですね(苦笑)。

新年度が始まりました。
健康を気遣いながら頑張っていきましょう!

Posted by: 正憲 | 16. 04. 08 at 오후 5:16

---正憲さん
 実はうちの仕事場に、今年は新しい人を入れるから、という話でした。ところが、
最高責任者が、その人を別のセクションの
配属にしてしまったのです。
 うちのセクションは全員役付き(呼称だけ
ですけどね)なのですが、そろそろ若い人を入れて、今の我々の仕事のノウハウを教えておかないと、いけないのです。その伝達には最低でも1年以上はかかります。人を一人前にするまでに持っていかないと、組織が回らない、というのに、どうも責任者は、そんなことは、1日か2日でできちゃうだろう、と思っているようです。 うちのスタッフ、「もう知らんで」と言っているのですが、、。そういう次代への技術の伝承、ということを思うのですが、、、困るのは組織だと思うのですけどね。

Posted by: 謙介 | 16. 04. 08 at 오후 11:01

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