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16. 03. 01

研究会に行く

謙介の所属する学会の四国地区研究会が
琴平町であったので出席してきました。

ほんとうは結婚式に出発する
土曜日の午後にこの会があって
それから神戸だったので、順序から言えば
こちらのほうが先なのですが。

研究会の報告を聞かされてもあまり面白くもないか、
と思って後回しにしたような次第でした。

土曜の四国は雨模様の一日でした。
降水確率も100パーセント。

会合は午後1時からでしたので、11時に
家を出ました。
途中ガソリンスタンドで給油をしたりしたので
ちょっと時間がかかって
12時に琴平に着きました。

ちょうど琴平でお昼、となったので、
地元の人ならみんな知っている榎井の藤の屋食〇に
行って、中華そばをいただきました。
Fujinoya


スープは鶏ガラベースにいりこの入った
おだやかな味でした。
これなら万人受けするだろうな、と思う味です。

お天気が良かったら、もっと早めに家を出て
こんぴらさんにおまいりに行って、
それから研究会に行こうか、とか思ったのですが
あいにくの雨だったのでまたの機会にしました。

それから研究会の会場へ行きました。
琴平町文化会館です。
Bunkakaikan1


琴平と言えば、来月はこんぴら歌舞伎が
ありますね。開催は例年通り金丸座で行います。

金丸座は1976年に現在建っている
丘の上へと移築されました。
早いもので移築されてからもう今年で40年が
来たのですね。


最初はこの文化会館が建っている場所にあったんですよ。
下の写真は上の文化会館と同じアングルの写真です。
Kanamaru

この旧文化会館時代の金丸座も
重要文化財、ということにはなっていますが、
移築される直前には、芝居小屋兼映画館
で、もうあちこちに改造をしたり傷んだりで
大変なことになっていたとのことです。

移築するときに、保存のために徹底的に修理して
創建当初の形に直した、ということです。


それから文化会館の入り口には
琴平町出身の歌舞伎役者、中村福圓丈の顕彰碑が
あります。 
Fukuen
書は戦中から戦後の大蔵大臣として
敗戦処理・日本国の負債の処理にあたった
地元出身の政治家、津島壽一の手になるもの。


この顕彰碑が竣工した時には
あの長谷川一○さんもかけつけて、お祝いした、と
聞きました。

文化会館の
ロビーには以前のこんぴら歌舞伎で金丸座で使っていた
座布団が置かれていました。
Ozabu

こんぴら歌舞伎は、
去年から座椅子が導入されました。
Kanamarru_2
前の座布団同様、今回も提供はAN○
スターアライアン○座椅子ですねぇ。


来月、こんぴら歌舞伎が始まる前に、役者のお練りが
ありますが、その時に使われる人力車です。
Rikisha


さて、今年、この車に乗るのは、坂田藤十○丈でしょうか、
鴈治○丈でしょうか??? 中車丈かも。

研究会の発表ですが、3本ありました。
3番目の発表はあまり興味を惹く内容では
なかったので、中座して帰ろうかしらん、と
思っていたのですが、帰るきっかけを失ってしまって、、
発表者の横で、パソコンを操作している人を見たら、
あれまぁ、元同僚でした。(笑)

最後まで聞いて帰ろうとしたら、
後ろから謙介の名前を呼ぶ人がいます。
さっきの元同僚でした。
短い時間でしたが、その後の近況を手短に話して、、
元気でね、とお別れしました。
その後
ほかの人たちは金丸座見学ツアーに
行ったようです。


謙介は一旦家まで戻って両親を乗せて神戸まで走らないと
いけないので、早々に会場を後にしたのでした。


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