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16. 03. 06

肝細胞がん

先日、うちの仕事場の部長が亡くなりました。
死因は肝細胞がん、ということでした。

話は2年半前にさかのぼります。

部長とは定期的に仕事のこととか、
組織全般のことで気になっていることや、
仕事場の人事の将来的なことについて
話をする機会がありました。

その時、謙介は仕事のこと以外ではありますが、
と言って、肝臓の治療をします、その関係で
休暇を取ることが増えるかもしれません、という
ことを部長に告げておきました。
それでお互いの身体のことに話が移って、
その時に、部長もC型肝炎である、とのことを聞いて
いました。それで謙介の治療がうまくいったら
自分も試してみようか、というような話だった、
と思います。

その時は、部長もそうだったのか、と驚くくらい
傍目には元気そうで、血色も良かったし、
何の問題もないように見えました。

ところが、それから2か月くらいしたころでしたか
仕事場のイントラネットでの広報で
部長が2週間休むから、書類の決裁は
先に済ますか、後閲になる、との知らせが
ありました。

別のセクションの人に聞くと、部長が入院する
とのことでした。「どこが悪いの? 」と聞いても
部長は言わないのよ、良くわからない、とのことでした。

それから2週間して退院してきた部長の顔色は
とても悪くなっていました。

それ以来、
仕事場のスケジュール表の部長の動静のところに
休暇、と書いてある日がぐんと増えました。


そうしているうちに謙介の治療がはじまりました。
その詳細については、ここでライブ版(笑)でずっと書いて
きましたよね。

予定では2月から始まって、7月には終わる、
とされていたのが、
薬剤がきつくて治療の中断が再三あったせいで
梅雨が明けて、夏休みがはじまって、
やがて夏休みが終わっても
ずーっと続きました。 結局のところ、
治療が終わったのは、10月のことでした。

治療がようやっと終わり、
肝臓悪化の原因となるウイルスの再生を
すべて阻害することができたために
ウイルスはすべて消えて、
寛解、ということになりました。

治療が終わって年も改まり、部長と来年度の人事について
話をする機会がありました。近くで見る部長の顔色は
一層悪くて、本当に心配な状態と思われました。

謙介、前に肝臓の話をしたことがあったので、
人事の話が一段落した後で、
部長の体の状態について
尋ねてみたのです。
すると肝細胞がんであるということ、
肝臓に今、がんが4か所ある、と
いうことを部長から聞いたのでした。

それで、身体のこともあるけれども、
とにかく今やっているプロジェクトが
来年度にはまとまるので
それを最後に退職したい、
ということを聞きました。


肝臓は臓器が少々ダメージを受けても
ダメージを受けていない部分が何とか
働きをしていってくれます。
なので、肝臓がよほど悪くなってしまって、
はっきり言えば、治療の方法が無くなるほど
悪くなるまでは症状が出ないのです。

ですから顔色が悪いというふうに
はっきりわかる状態であるということは
肝臓の状態が極度に悪い、という
状態なのだろうな、ということですよね。

謙介はがんセンターに入院していた時に
実際にそういう患者さんをもう何人も
見ていました。

最初入院した時は別になんともなさそうで
謙介と同じ大部屋に入院してきた人が
やがて、黄疸が出るとか、
急激に顔色が悪くなるとか、
腹水がたまる、という症状が出るようになりますと、
個室に移されるのです。

当時のがんセンターには個室、というのは
2部屋しかなくて、
それは看護師の詰所の横にあって、
よほどの重篤な患者さんでしか
入れないところでした。

個室に移されると、主治医が患者さんの家族を
呼んでいました。あのころは、主治医の説明が
看護師詰所で行われていたのです。

看護師の詰所なんてガラス張りですから、
外から誰が何をしているのか、なんて
普通に見えてしまいます。
(今なら主治医が説明するための
部屋があるのですが
あのころなんてそんなものはなくて、
ナースステーションでやっていました。)

そういう主治医からの説明があって、
それから程なくすると、入院していた患者さんの
ネームプレートが外されて、
その患者さんがいなくなる、
ということを何度も見ていました。

正直言って、部長の顔色は、
その個室に移される直前の
患者さんの顔色と同じでした。

くわえて、部長が肝臓にがんが「4つ」と
言ったことで、謙介は、すべてを了解することに
なってしまいました。

肝臓病の治療の指針については謙介も主治医から
毎度毎度詳細な説明を受けていました。

その中で肝臓にがんが4つ以上あった場合は、
積極的な治療はしないで、
緩和ケアを中心としたものとする
ということが決まっている、と
いうことを聞いていました。

つまりもう「手の施しようのない状態」なのだ、
ということだったわけです。

部長の話を聞いて、後は体力が
いつまで持つかだろうか、と
思っていたのですが、、。

今年の2月の最終週に部長が構内を歩いているのを
見ました。それでも歩いていって、自販機で
飲み物を買っていました。
やはり顔色は相当に悪かったですが、、。

その翌日から部長は長期で休む、という
知らせが入りました。

その時謙介は正直、、、、ああ、もう
ターミナルな状態なのだ、と
思いました。

部長が休暇に入ったのが、水曜でしたが、
土曜日、両親と昼食に行って帰ってくると
留守番電話のメッセージありのランプが
点滅していました。
再生してみると総務課の人から部長が亡くなったこと、
お通夜と葬儀の日程についての
メッセージが入っていました。

部長は肝炎だったのですが、忙しくて
病院に行けない、ということを言っていました。
謙介も年休は年間40日ありはするのですが
結局1年で取る休暇の日数は5~6日くらいしか
取れません。
部長も病気が表面化するまでは
おそらく同じくらいしか取っていなかったと
思います。


ただ謙介の場合は、知り合いに恵まれた、
ということがありました。肝炎が分かった時に
国立大学の医学部の附属病院の総婦長だった
友人の御母堂にまっさきに相談しました。
そうして、当面どうすればいいのか、ということに
ついて教えてもらって、
それから、医学部の附属病院から
がんセンターに転院して、継続して専門医からの
治療を受けられていた、というところ、本当に
恵まれていたと思います。

(やたら新しい治療法を試してみましょう、と
勧められたのは、多少閉口しましたが)

加えて仕事に影響を与えないように
がんセンターの主治医が遅い時間に診てくれていました。

なので仕事が終わってからがんセンターに行く、
というようなことができていました。
 

告別式の日、同僚とその話になりました。
「いくら忙しいからと言ったってねぇ、、、、」
「大病院なら、そりゃ診察ったって
時間はかかるだろうけど
クリニックだったら、30分とかで済むんやし、、」
「そこまで行く時間がなかったのかねぇ」
という話になりました。


部長はおそらく肝炎から肝硬変になって
肝がんになって、どんどん悪化していって
手遅れになってしまった、ということなのだろうと
同じ患者の身であった謙介は推察できます。

部長の仕事は結局、プロジェクト途中で
交替となりました。
そして3月1日付で人事の異動があって、
部長の後任として、赴任してきて事務引き継ぎを
していた人が後任の部長になりました。
その段階で、イントラネット上に出ていた
前部長の予定表は一切消されてしまい
すっかりあとかたもなくなってしまった、
という状態になりました。

組織の仕事なんて、そんなもの、と
謙介も思います。身体を壊してまで
やったところで、翌日にはすっぱりと
消えてしまい、次の人と交替してしまうのです。

改めて仕事の意味、というようなことを
考えました。考えざるを得なかったです。

そして、だからこそ、自分のことは自分が
きちんと守っておかないといけない、
ということを改めて思ったりしたのでした。


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Comments

私は、病気退職者の後任で引き継ぎゼロからのスタートを経験しています。
社員も取引先も急な交代の事情はわかっていましたから協力的でしたし、新規会社を立ち上げたつもりで一から業務手順を作っていきました。
なので、私に万が一のことがあっても何とかなると思っています。
自分の人生の中で組織はその一部でしか無いと同時に、組織にとっても自分はその一部でしか無いと言うことだと思います。

Posted by: mishima | 16. 03. 10 at 오전 10:09

---mishimaさん
一から業務手順を作っていかれたとのこと。さらっと書いておいでですが、業務上のわからないこととか、疑問もあって、大変だったのではないか、と思います。ある程度勤務が長くなると、マニュアルとか仕事のノウハウとかをまとめておかないといけないなぁ、と最近特に痛感しています。ですがうちの仕事場は退職した人の補充がなくて、もとからいた人間はだんだん歳をとってくるし、次の人にいろいろと教えておかないといけないことがあるのに、新規採用の人がないので、どうしようもない状態が続いています。ずーっと上層部に言ってきているのですが、、新しい人が来て、その人がいろいろと仕事のノウハウを身につけるところまでいくのは、結構な時間がかかると思うんですけどね、、、。

Posted by: 謙介 | 16. 03. 10 at 오전 10:30

寛解おめでとうございます、でもあまり無理しないで下さいね。私も先生が亡くなってしまってショックでしたまだ50代だったのに…多分何か変だなぁと思った事はあったのではないかと仕事を優先してしまったんじゃないかなぁ。
企業なんて結局人ですものね、大昔いた会社ですが電話は壊れてる、壊れてしまった備品はそのまま、明らかに必要な物なのに古過ぎて使いにくい物をそのまま…家族+同族でしたが、40代以降が90%(その方々はお給料も良い)しかしそれ以降には…→若手がやる気なくサボる→いつかない
社長は人がって思ってたかもしれませんがそりゃ人なんかい行きませんよ‼︎今は何度も合併を繰返し→国有化された銀行ももう融資に応じなくなって…予想どうりでビックりです、辞めた後も5年程追いまわされましたが、父にも声をかけたみたいですが目的が謎ですが怖いです。
N◯Kで「会社が辞めさせない」なんてやっていたようですが、時代を先取りしてたのか⁇退職するなら代わりを確保しろ、損害賠償を請求されたetcあるみたいですよ、完全にブラックでしょ‼︎日本なんて皆ブラックだなんて意見もありますが。安倍さんの1億総活躍ですがどなたかが「赤ちゃんも自分の事は自分で…」そういう事でしょうね、あの方何かあるとすぐ激昂するというかあれってどうかと

Posted by: ゆき | 16. 03. 12 at 오후 9:37

---ゆきさん
保育所に入れない子どもさんたちを
何とかしてほしいという署名を
持って行ったら、松山選出の大臣が
(謙介はあんなのに票は入れていませんのですが)息子は無認可保育所に入れた。
費用は月20万した、というニュースが
こちらでも報道されていました。
生活費だけでさえ、カツカツで
お給料でさえ20万ももらえないでいる
人が多い中、何が保育所に20万だ、
○ホか、と謙介も思います。
厚労相がこの程度の認識ですからね。
そらブラック企業がはびこりますわ、
保育料だってかかります。小学校だって
そう。中学になると部活があって
いろいろと費用もかかる。高校になったら、、そういう教育費を何とか国が
援助しない限り、少子化の流れは
続くと思いますし、これからも
少子化はずーっと続くと思います。
ゆきさんの元会社も、、本当に
やれやれですね。ご退職されて本当に
良かったですね。

Posted by: 謙介 | 16. 03. 12 at 오후 11:04

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