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16. 03. 16

梅が枝餅

Kanko1

12日の土曜日、
ゑちごやに行ったら、九州の物産展をしていました。
九州の物産展ならたぶんあるだろう、とあてずっぽうな
見当をつけて行ってみたら、やはりありました。
梅が枝餅。(笑)

物産展にはもちろんほかの九州のお菓子、
長崎の福砂○のカステラとか佐賀の小城羊○とかも
来ていました。 その中でも
熊本のいきなりだんごにしようか、大宰府の梅が枝餅に
しようか、と悩んだのですが、いきなりだんごは家でも
作れるので、やはり梅が枝餅にいたしました。

大宰府に行ったら、梅が枝餅の店なんて何軒も
ありますね。
 
かつてソウルで働いていた時、何度か博多から
JRのビートル(ジェットフォイル)で釜山まで
行ったことがありました。

四国からの夜行の船が朝の5時に小倉港に着くのですが
そこから歩いて小倉駅まで行って、
快速で博多まで、1時間でしたので、6時半くらいに
博多駅に着いていました。

ジェットフォイルの出発は10時でしたので、
その間の時間に大宰府天満宮におまいりに行ったりしていました。

おまいりを済ませて、人の少ない裏の神苑を
のんびり歩いていると、これから外国に行って
仕事をしないといけない、というかっかとした
気持ちも一時的に抑えることができました。

外国人の中で、異文化の中で、一人、仕事をすると
いうのはとても疲れることでありました。
特にあの国はみんながみんな好意的でもありませんでしたし。

主張しないといけないところは、内心、そこまで
言わなくても、と思いながらもはっきりと言わないと
いけませんし、自己主張ばかりするって、本当に疲れるのです。

そんな中に出て行かないといけない直前に
大宰府で、少しの時間落ち着けた、という経験は
本当に得難い、心安らぐものでした。

裏の神苑にあるお石の茶屋も今では
人が押し寄せるようになった、と聞いていますが
あのころは静かで、落ち着いたたたずまいでした。
そこで、お茶と梅が枝餅をいただいて、
ふう、と大きな深呼吸をして、再び西鉄に乗って
天神に戻るのでした。

今回の物産展に出店していたお店は、
表参道側にあるお店でした。

このお店の前も通ったことがあります。

Kanko2

梅が枝餅は職人さんが福岡から来られて
作るところを見ることができました。
梅が枝餅は作り置きができませんもんね。

Kanko3
焼き色が美しい。

おいしそうな色です。
焼き立てをゑちごやで買ってきて、すぐにいただいたので
家に持って帰った時もまだホカホカでした。
Anko

添付のパンフレットに
「翌日、少しかたくなったら、電子レンジで40秒」と書いてありましたが
そんな電子レンジのお世話になることもなく、
おいしいおいしいといいつつその日のうちに
3人で食べてしまったのでした。

オヤジも仕事の関係で独身の時に
博多に数年いたとかで、
福岡は懐かしい場所です。

いつだったか、
オフクロがいないときに、オヤジの若いころのことを
きいたことがありました。その福岡にいた時に
付き合っていた女の人がいた、ということを
聞きました。 結局その人は病弱な人で
私とは結婚しない方がいい、と言われて
結婚することはできなかった、という話でした。

それから転勤で大阪のほうに仕事場が変わって
その後、オフクロと知り合うことになって、、
ということになった、と話を聞きました。

なのでオヤジにとって福岡は青春の場所だったし、
梅が枝餅も若かったころの懐かしい思い出の
お菓子だ、と言っていました。

そんなことを聞いていたので
今回食べている時のオヤジの顔を見ましたが
ニコニコと「これこれ、懐かしいなぁ」と
言っているばかりでした。ふふふ。

どんな思いがオヤジの胸中に去来していたのか、、
知る由もありませんけれど、ね。

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Comments

 親父,自分と博多の大学に行った上に,子供の頃はどういうわけか年に1回は博多へ家族旅行に行っていたので,博多:福岡は大変馴染みの深い街でございます。

 お題の梅が枝餅といえば。
 その大学お受験の時,当然博多のお宿に泊まったわけですが,共通一次(古)ならともかく,二次試験で直前にじたばたしても始まらんわい,とばかりに大宰府に行きまして。
 といっても,そこはそれ現実主義の上に,現世利益を願うような殊勝な心は持ち合わせてないもので,道真公にはお外から敬意を表しただけで,早速できたて熱々の梅が枝餅を頂いてリラックスしたという・・・あ,猫舌なので,ちょっと口の中焼いちゃいました(もしかして道真公のお戒め?)。

 数学で失敗したと感じたので,帰りに地場の予備校のパンフレットをもらって帰りましたが,無事に合格していたのは梅が枝餅のご利益でしょうか(笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 16. 03. 17 at 오전 1:19

太宰府、懐かしいです。
博多で浪人した時、1年で浪人卒業したくて3回ほど太宰府天満宮に参拝しました。
天神から西鉄電車に乗り、二日市で太宰府線に乗り換え。
当時は西鉄1000形という古〜い電車が走っていました。
扇風機の時代です。

参道に『元祖梅ヶ枝餅』という看板の店がたくさんあり、毎回「どれが元祖なんだよ!」とツッコミを入れながら歩きました。
アツアツの梅ヶ枝餅は美味しいですよね。
冷めると途端に味が落ちたように記憶しています。
3度参ったおかげか、梅ヶ枝餅のおかげか、1年で浪人卒業できました(笑)。

西鉄太宰府線はとても短い路線ですが、車窓からの眺めが好きでした。
絶景というわけではなく、あちらこちらの発掘の様子が見られたことです。
九州北部は邪馬台国の時代からの歴史がありますので、掘れば遺跡というところです。
その風景にとても興味を持ち、大学入学の教養課程で“考古学”をとりました。
博多、懐かしいなぁ(^_^)

Posted by: 正憲 | 16. 03. 17 at 오전 11:50

---Ikuno Hiroshiさん
直前になって、歴史の年表とか英単語を見ましても、ねぇ。(笑)やはりそれまでの勉強が、ということでありますね。謙介、謎なことがありましてですね。西鉄の太宰府駅をおりて、大宰府までの道を地図で何度も見たのです。地図で見ると、方向としては駅から東の方角に大宰府があることになっているのですが、行って駅から歩き出した感覚がいつもなんだか西の方向に行ってるような気がするんです。いつも行った時が曇っていて、お日さまが出ていない、というのが影響しているのかなぁ、と思うのですが、地図を見て、あれ? と思っている謙介なのです。

Posted by: 謙介 | 16. 03. 17 at 오후 12:59

---正憲さん
謙介も大宰府に行くときは、天神から久留米行の特急に乗って、二日市で乗り換えていました。ホンの2駅でしたが、乗り換えが楽しいですよね。梅が枝餅はお伊勢さんの赤福みたいに一軒だけの製造ではないので、本当にいろいろなお店がありましたよね。元祖・本家・総本家、、もうねぇ、、一体どれが正しいんだよ、とか思ったことがありました。ずいぶん前は謙介の仕事の関係でほとんど毎年、九州に行くことがあって、大宰府も定期的、と言えるくらいに寄っていて、必然的に(笑)梅が枝餅もいただける機会があったのですが、、このところ九州にはとんとご無沙汰になっています。本当に大宰府の辺は掘ったら遺跡ですもんね。大宰府にはじまって、蒙古襲来の土塁も、、ですし。 謙介も大宰府だけでなくて、九州各地をあっちこっち行ってみたいなぁ、と思います。

Posted by: 謙介 | 16. 03. 17 at 오후 1:11

なるほど、おやじ様の青春、僕も、少し自分の青春思い出してみました。笑。
僕は、駒場東大前駅のなぜか、パン屋のコーンフレークが周りについてるクッキーと、10円に急に値段がついた、パンの耳を思い出しました。あはは。笑。

Posted by: holly | 16. 03. 18 at 오후 1:42

---hollyさん
みんな青春のいろいろな思い出がありますよね。たまに、もう一度、そういうところに行くとか、懐かしい味を味わって、「あのころ」を思い出すのもいいことかもしれませんね。

Posted by: 謙介 | 16. 03. 19 at 오후 10:18

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