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16. 01. 27

再びの、神戸へ

1月3日のこと。姪から電話がありまして。
2月の〇〇日に結婚式をするので、
ご出席いただけますか? とのこと。

え? 誰と? どこで?  いつ?

やれやれ。
おぢさんったら周章狼狽してしまいまして、
文節で聞き返すようなありさま。

お相手はコウタくんという人で、
聞くと、姉一家が左京区の某所に住んでいた時、
通っていた小学校の同級生だとか。

え? ずーっとお付き合いしてたん? と聞くと
何でも去年の夏に小学校の同窓会があったのだそうな。
その時に久しぶりに会って、それで意気投合して、
というようなことになったらしい。

身長が187センチでね。

すごいすごい。

顔はこんな顔で、、。(と言って、送ってくれた顔を拝見したら
あれまぁと驚くイケメンで)

すごいすごい。

おっさん、「すごいすごい」としか言えないの。
まったく、、、アホですな。

結婚式はどこで挙げはんの?
ねえちゃん、京都ホテ〇やったし、
あんたも一緒か?

違い(ちゃい)ます。神戸でしようと思てますの。

六甲山のホテルか?

いや、海のほうですねん。 中突堤のほうの。
それで謙介おぢさん、ご出席は、、、

しまんがな。しまっせ、しますします。
万障繰り合わせてご出席させていただきますわ。

結婚式場を二人であれこれと選んでいて
神戸のそのホテルの式場に行ってみて、
オーシャンビューの式場を見て、
ここにしよ、ということになって即決だったとのこと。

あんた、やっぱり京都のお子やなぁ。
海、そんなに珍しぃか?

うん。というお返事でした。

謙介なんか毎日海岸縁(べり)が通勤コースなので
海なんて大して珍しいとも思えません。
就職して最初の仕事場だって離島の施設でしたしね。


ということで来月、神戸に行く口実予定が
できたのでありました。


しかし。
改めて思いました。
阪神淡路大震災の時、
中突堤も本当にひどい状態になってしまいました。
Nakatottei

中突堤、というのは、
かつて別府⇔松山⇔高松⇔小豆島⇔阪神を走っていた
関西汽船の瀬戸内海航路の神戸の着船場でした。
前日の夜に四国を出帆した汽船は
早朝5時くらいにこの神戸の中突堤に
接岸していました。そうして、乗客を降ろし、
再び大阪に向かって走りだすのでした。

港町神戸にはいくつもの突堤がありましたが、
この中突堤はそうした経緯があったので
とても懐かしい場所でした。

前にもお話しましたが、1995年の1月の4日に
謙介は、ソウルから一時帰国しました。

その時は飛行機便がどれもこれも満席で取れず
釜山から阪神行のフェリーに乗船したのでした。

フェリーが着いたのが神戸でした。
埠頭で入国の手続きを済ませて
三宮の駅に行きました。
さんちか、センター街、南京町と
神戸の街を一通り歩いて、淳〇堂の本店で本を買って、、
新神戸から四国へと帰ったのでした。

それから二週間とたたないうちにあの地震が起こったのです。


テレビの画面や新聞の写真は、神戸の惨状を
あますところなく映し出します。
焼野原になってしまった商店街。
途中階が圧され、つぶれてしまったビル。
倒れてしまった高速道路の高架橋。

つい先日歩いたばかりの、自分の長年見てきて知っていたはずの
あの神戸の街のあまりの変わりように、
すっかり落ち込んでしまいました。

震源地近くの淡路島の親戚は、家が鉄筋の家だったので
倒壊することもなく、(家の中はもうしっちゃかめっちゃかに
なったとのことでしたが) 命も無事で、それは本当に良かった
と思いましたが。

あれからもう20年以上が経過したのですね。
未だあの震災の問題はいろいろとあって
天災の影響の根深さ、を思います。

その一方で、あの神戸の街で、
あの中突堤の近くのホテルで
こんなふうに結婚式ができるようになった、
というのも、復興の一つの形なのだなぁ、と
いうことも思ったのでした。


   ×     ×     ×

去年の暮、12月の半ば。
うちの同僚の家の近くで「ブラタ、、の撮影をしてたで」
ということを聞いていました。いつやろか、と思っていたら
この週末、30日らしいとのこと。
これは見てみようと思います。

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Comments

東北の復興はどうなるんでしょうかね、五○で復興が遅れるなんてならなきゃいいんですが…省庁の移転ですがYK○なんて本社は東京じゃないし、いいと思いますよただ何故消費者庁なのか⁇確かに東京の方が情報が集まり易いという利点はあると思いますけど。鈴木真砂女さんの銀座に生きる?でしたか旅館なんかも旦那は釣りでもしていれば良い、実質的に女将が全てを取り仕切っているようですが…大店なんて番頭さんが実質的に経営をしていたのかもしれません。逆なら凄い責められるような気がします。母の体調もよくなりいいのですが相変わらず横たわる父が目○りで、一言母に労わりの言葉でも掛ければいいのにとなんだか腹が立つのは私の了見が狭いんでしょうか、私がいるからいいと思ってんのか、いっそ家出してやろうか‼︎
橋之助さんは4人同時、芝雀さんもで1年に2回も襲名ってどうなんでしょうか?歌舞伎座3部を検討って益々歌舞伎から人を遠ざけている様な気がしますが⁈目先の¥$にしか興味がないんですね。大幹部の後を考えたら新作ばかりでなくきちんと古典を菊之助さんだけでなく勘九郎・七之助・猿之助さんにやらせるべきなんじゃないかと思うんですが。談志師匠も最後は小さん師匠の落語をやっていたそうですし。私は捻くれてるんでしょうか。

Posted by: ゆき | 16. 01. 29 at 오후 8:22

---ゆきさん
謙介も実感するのですが、異状が起こるのを早期に発見したいですし、異状が起こってからあたふたしてもいけない、と思ってオフクロを定期的に通院させているのですが、「私はどこも悪くないのに病院に行って、薬を飲まされている」というわけです。実際は血糖値が高くて、血糖値をコントロールする薬を毎日飲んでいるから安定した状態になっているのですが、本人はそんなことはわかっているのかどうか。今でこそ、病院もあきらめた感じで行くようになりましたが、最初のころは本当に毎回喧嘩のようになって行くようなことでした。こういう感じで本人からは感謝されません。ですが、通院して医師にみてもらって、それなりのケアをしているから、何とかなっているんですけどねぇ、、。わかってはいますが、むなしくなる時がありますねぇ。
 いつだったか、橋之助一家が出てきて襲名への決意やら抱負を言っていましたけど、、おっかさん三田、、だし、今の橋之助もなかなか華のある顔だと思うのですが、なんだか子どもは、正直言って、あまりぱっとしない、というのか凡庸、という感じがしました。ゆきさんはどうでした?

Posted by: 謙介 | 16. 01. 30 at 오후 10:31

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