« 何で変わるやらわからない | Main | 再びの、神戸へ »

16. 01. 25

寒かったですねぇ

23日から四国も大寒波が来る、という気象情報でした。
加えて、最低3日間の食糧は確保しておいてください、
停電になった場合の代替の暖房も備えておいてください、
との注意も再三ありました。

うちの暖房は石油ストーブなので、
停電になっても大丈夫です。照明については、
台風で停電になったらいけないと思い
夏にろうそくを買ってありましたので
それをつけて何とかするかなぁ、とか思っていました。
食べ物なんて冷蔵庫より外のほうが寒そうだから、
暖房機のない勉強をする部屋にでも置いておこうか、とか。

金曜の晩から、実家に帰っていたのですが、
土曜日、道路が雪で通行止めになったら
大変なので、土曜の午後に仕事場の街のほうへ
移動していました。

土曜の午後、実家を出たとき、お天気は快晴で、
もうちょっとゆっくりしていても良かったかな、と
思ったのです。

ところが、西へ行くにつれて
空は次第に曇りはじめ、県境付近では
雨になり、それからどんどん気温が下がっていったために
とうとう中間地点では霙から雪になってしまいました。

車については、いつも12月のはじめから、
スタッドレスの冬用タイヤを装着しているので、
雪道はオッケーなのではありますが、
ほかの車が走れなくなったら、結局一緒に
渋滞に巻き込まれてしまって、走れないのは同じこと、
になってしまうのです。

土曜日の移動の際、とうとう途中からは吹雪になって
しまいました。前を行く車も速度を
次第に落としはじめました。
えええ、こんなのろのろ運転じゃ、
高速道路のインターチェンジに
着くまでに、道路が閉鎖になるじゃないか、
と急に不安になりはじめました。

車にも結構積もって、これはどうなるのかなぁ、と
思いつつ走っていたのですが
5分ほどで激しい降雪はおさまりました。

高速道路もまだ雪の降り始めでしたから
速度制限程度で済んで、
最終的にいつもとあまり変わらない程度の
所要時間で仕事場の街に着くことができました。

日曜の朝に、道路情報を見ましたら、案の定、
高速道路は通行止めで、、
昨日のうちに移動しておいて
良かった、と思いました。

暑いのと寒いのとどっちがマシですか?
と聞かれると、寒いほうがいい、という謙介さんです。

寒いのは服を着たり、身体を動かしたら何とか
なりますが、暑いのは本当に嫌です。
四国なんて、ちょっと前に高知で41度なんていう
気温になって、全国ニュースに出ていましたけど、、。
京都にいた時も、夏はよく37、8度くらいまでは
あがりました。体温より高いなんてもうねぇ、、。
個人的に経験した中で一番高かったのは、39度
くらいですかねぇ、、。

39度なんて、エアコンのお世話にならなければ
熱中症になってしまいます。
普通に自然の涼しさの工夫とかで暮らせるような
気温じゃないですよね。

逆に人生で一番寒かった気温の経験は
マイナス23度、というのがあります。
これは日本じゃなくて、中国でのこと。
京都の学生訪中団の一人として
中国に行った時のことです。
行った時期がちょうど春節の終わった後。
つまり2月の中旬から3月の初めのころでした。

その時河南省の鄭州に行ったのです。
鄭州からバスで少林寺に行ったのですが、、
あの時に体験したのがマイナス23度、という
気温でした。 

それから3年間いたソウルも冬は寒かったです。
ソウルは日本の緯度で言えば、
仙台と同程度の緯度です。

ソウルの寒さというのは、空気が乾いているのです。
風は吹きません。雪も昔はよく積もった、と
聞きましたが、謙介がいたころは
うっすらと雪化粧する、という程度でした。
でもねぇ、怖いのが、台所とかで使った水を
道にバシャッと撒くパボがいるんですよ。
水なんか夜に撒いた日には次の日の朝は
当然のようにその水は凍結します。
道路がつるつるになります。
滑って転んで頭を打った日には、、、
実際転んで、打ち所が悪くて、
亡くなる人だっていたんですよ。

足もとから這い上がってくるような寒さです。

韓国にいたときに、12月の末ごろに
慶州に行ったのです。遺跡めぐりの旅に出たのでした。
この時は、風がビュービューと吹き付けて、ものすごく
寒かったです。(幸い雪にはなりませんでしたが)

ですが韓国の冬は寒い、というのが前提ですから
画期的な暖房がありました。
オンドルです。
昔はかまどの熱を家の床全体にいきわたらせる
という方法でした。その時、火を安定して
燃えさせるために練炭を使っていたのですが
その練炭の不完全燃焼で、一酸化炭素が床から上に出てきて
その一酸化炭素を吸って亡くなる人も結構いました。
毎冬、そういう一酸化炭素中毒の死亡者の新聞記事が
出ていました。 今は温水を床に循環させるような
方式になったので、そういうことも無くなりましたが、、。

オンドルは本当に快適な暖房でした。寝る時も
本当に心地よく暖かかったです。日本みたいに
電気毛布とか、湯たんぽなんて要らないです。

韓国の布団は冬用の布団でも薄い布団です。
今、謙介が使っている冬用の布団の3分の1くらいの
厚さしかありません。

部屋がオンドルの部屋で床全体があたたかいので
その熱を身体に伝えるために布団が薄いのです。

日本国内で一番寒かったのは、12月の25日に
友達と二人で和歌山の高野山に行った時でした。
その時でマイナス11度でした。

クリスマスの日に宿坊に泊まったのですが、、
お寺の方に「ほかに宿泊客はおいでですか? 」と
聞いたら、「あなたがただけです」とのこと。
(そりゃあ、厳冬の時期に高野山に行こうという
だけで酔狂な人間だと思います)


でも厳冬の高野山はそれはそれで人も少なく
空気もきりっとしていて大変良かったです。
やはり寒かったですが。

そして昨日の最低気温はマイナス1度でした。
今朝はプラスの2度。

人間の感覚って、やはりすごいもので
昨日マイナスの気温を経験した後、
翌日すぐにプラスになったので
今朝なんてあたたかい、と思ったほどでした。

今週末には、四国も日中の気温が
14度くらいにまで戻りそうとのこと。

ですが、今さっき仕事から帰ってくる途中では
やはり雪がちらちらと降っていて、、。
もうちょっと寒い日が続きそうですね。
みなさまもどうぞお体ご自愛ください。


|

« 何で変わるやらわからない | Main | 再びの、神戸へ »

いなかのせいかつ」カテゴリの記事

Comments

 僕が経験した最低温度は,ソウル留学中の-17℃でした。
 大陸的な気候なのか,確かに乾燥した寒さでしたね。
 下宿の前の道の誰も歩きそうもない端っこの部分に,昼飯食うために外出する前にちょっとだけ水を撒いてみたら,2時間後に帰ってきた時にはきっちり凍ってました。風の通り道だったせいもあるんでしょうけど,あれにはびっくりしました(苦笑)

 でも部屋の中はオンドルであったかくて快適。床にあぐらをかいて机に向かってると,尻から太腿の裏から温かさが伝わってきて,ものすごく幸せな気分になれました。
 ただ,寝床については,下宿のアジョシが「外国人は床に直接寝るのは抵抗があるだろう」と考えてベッドだったんですよね〜;;;
 冬場に日本から訪ねてきた酔狂な友人が滞在中に風邪をひいた時は,嫌がるのを説得して薄い布団で床に寝かせました。そしたら,その温もりで翌日には快癒(あやしげ(笑)な韓方薬のおかげもあったかも)。半万年の歴史の知恵はさすがだな〜と(笑)

 今回の寒波,昨日北部の名護で雪,今日は那覇で霰が観測されたそうです。
 温暖化が進んで,天気変化の振幅がひどくなると,こういうのも珍しくなくなるのかなあ・・・と,心配。,

Posted by: Ikuno Hiroshi | 16. 01. 26 at 오전 12:49

---Ikuno Hiroshiさん
 ソウルに行く前に、作家の檀一雄のエッセイを読んでいたら、オンドルはいいオンドルはいい。とやたら書いてありまして。
 その時は、ふーん、そんなに激賞するようなものやろか、と、思っていたのですが、本当に良かったです。ソウルの冬、そうですか。マイナス17度まで下がったのですね。謙介は、マイナス9度くらいまでだったか、と思います。なんだかソウルの冬の匂い、
というものがありましたね。石油ストーブの匂いと、烏賊とか魚を焼く匂いの混じったような匂い、というのか。コメントありがとうございました。久しぶりに懐かしく思い出しました。

Posted by: 謙介 | 16. 01. 26 at 오후 3:04

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/63114992

Listed below are links to weblogs that reference 寒かったですねぇ:

« 何で変わるやらわからない | Main | 再びの、神戸へ »