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16. 01. 06

書道パフォーマンスっていうヤツがよくわかんない

年末年始、ずーっと実家にいたのですが、
そうしたらNHKのローカルニュースで、
ショッピングモールで、某高校の書道部が
書道パフォーマンス、っていうのをずーっと
映していました。

最近なんだか流行ってるみたいですね。

もともとああいうのをはじめたのは、
謙介の仕事場の県の高校なので、
あれがどういう事情ではじまったものなのか、
っていうのは大体理解しています。

あのパフォーマンスをはじめた高校がある街って、
実は製紙産業の街なのです。

いつだったか、社長が外国行って、ばくちで負けてしまって
そのばくちの借金を会社に払わせて、特別背任で逮捕された、
社長のいた会社も、あそこにあったりしますし、、。

それでですね、
紙の作り方には2つの方法があるわけです。

1つは、楮とか三椏といった木の枝を蒸して叩いて
それから繊維を取り出して、、、という方法。
洋紙だったら、木のチップスを蒸して煮溶かして、、
っていう作り方ですね。

もう1つは、古紙を粉砕してもう一度煮溶かして
漉き直しを行うという再生紙。

今ではおしゃれに再生紙なんて呼び方になりましたが、
謙介のように書道をやっていた人間なんて、
ずっと前から「漉き直し紙」という呼び方で呼んでいました。

ああいう紙の作り方って昔からあったんですよ。

さっき言った「王子」ではなくて、「王子」より偉くなりたい、
ということで名づけた「大王」という名前の紙会社も、
先々代の社長の時代には、紙の漉き漉き直しをするために
あちこちの家を回って古紙の回収をしていました。

この辺の街のお年寄りは、
今も「イセキチさん(大王製○の先々代の社長)が
よう(しょっちゅう)紙を集めに来よったで」ということを話してくれます。

今のNHKの朝ドラは商家のお話ですから
いたるところで、帳簿、が出てきていますよね。

古くなってしまった帳簿を集めて回って
そんな紙を漉き直して紙を作っていたわけです。

書道をやっている謙介はともかくとして、
墨を摺って、和紙に字を書くということを
現代の人はあまりしなくなってしまったために、
和紙の需要というのが急速に落ち込んでしまいました。

そこで低迷する和紙製造産業を何とかしなければ、
ということになって、
紙の街にある高校として、何とか地場産業を振興してもらえまいか、
という話がその高校にあったわけです。

それで考え出したのがあんなふうにじゅうたんみたいに
やたら大きな紙に字を書く、ということをはじめた、ということでした。

だからもともとは学校の授業とか、部活動というような
教育的なことではなくて、どちらかと言えば
地場産業振興という経済的な側面からの要請だったわけですね。

で、高校生のおねいさんたちが、居合道かなぎなた競技の時の
ような恰好をして、大きな紙に勿体つけて字を書くの、
まぁ最初は「ふーん」と思ってみてたんですけどね。


ただ、ああいうことを学校で「書道」としてするのであれば、
謙介は感心しません。

だって、あんなことやったところで書道の練習になんて
全然なっていませんもん。

まずどこが問題なのか、と言えば、
彼らの書いている字の大きさです。

書道作品を見るときにまずポイントとなるのは
「余白の美しさ」なのです。


墨で書かれた字の部分と、何も書かれていない紙の白い部分との
対比をまず見ます。

文字がまったく書かれていない部分の
余白の美しさ、というものを尊ぶのです。


下の作品は、俺の書の先生のそのまた先生だった
日比野五鳳先生の作品です。


M_p1180294500

「めづらしき鳥のきてなく木の芽かな」という高浜虚子の句を書いています。

こういうふうに墨の濃淡・筆の潤渇・紙の余白。
それぞれの部分の割合が
大切なのです。字ばかり書きゃいい、というものでは
決してありません。

あのパフォーマンスで書いている字には
そんな余白の美しさなんて、
全く感じられない。

むしろ余白があればそこに字を書いて、
余白を作らないようにさえしています。

なぜ彼らがそうするかと言えば、
彼らの字を書く技術がまだ未熟なので、
たとえば広い面積の紙にたった1文字だけ書いて
作品を構成させるような技量がないからです。


まず練習しなければならないことは、
広い紙の面積にも耐えられるような字が書ける
技量を養うべきであるはずです。

そのためには、文字の構成要素である基本点画
をどこに配置するのかというような分析からはじまって、
筆の線をどう生き生きとしたものにするか、
まずはそうしたことを練習することが先決でしょう。

それから、大きな筆で書くのですから、
筆先のコントロールが全く利きません。
だからあのパフォーマンスで書ける書体というのは
せいぜいが楷書か隷書まででしょう。

書道の練習と言うのであれば、ましてや高校の書道というので
あれば、いろいろな書体を練習すべきなのです。

篆書・隷書・楷書・行書・草書・かな こうした6つの
それぞれの書体の特徴や個性を学んで、いろいろな作品が
書けることが大切です。

楷書と隷書だけしか書けないのでは、偏りが出ます。
これが2番目の問題。


3つ目の問題点として、作品は絶対に汚してはいけない、
ということです。

人前に作品として出すとか、
書道展に出す作品としては、字の部分以外に紙の上に
墨がぼたぼたと落ちていたら、それだけで失格落選です。

紙の上の墨の汚れについては、
それくらい厳しいものなのです。

ところが書道パフォーマンスの字ときたら、
ぼたぼたと字以外のところ、そこいらじゅうに墨液が落ちまくりです。
あれでは、書道の作品としては認められません。


4つ目の問題点として。果たして字を丁寧に書いているのか、
と見てて思います。

ああいうパフォーマンスを見ていると、
最近では字の練習をするための書道ではなくなっていて、
ろくに基本点画とか字の構成も練習もせず、
ただただ我流で大きな紙に字を書くこととか、
袴をはいて、大きな筆を持って、紙の上を走り回るのが
書道パフォーマンスだ、とか思ってるんじゃないか、
とさえ思います。

「書道」という名称が付いていたり、
あれを教育活動の一環で行っている、というのであれば、
まず最初は指導者について基礎基本の字の練習を
十二分にしてから書くべきなのではないでしょうか。

漢字かな交じりの作品を書くのは、
それぞれの書体の十分な練習があって
そうした実力のたくわえの延長線上に
はじめて可能になるのです。


以上のような理由で、謙介は
ああいう書道パフォーマンスいうものが、
一体何を目指しているのか、
ということがちっともわかんないんですよ。

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Comments

私はまだまだ人に自信もって自分の文字を見せることはできないですが、それでも余白を気にします。ハガキなんかでもハガキ一杯に文字を書くことはとても不自然に感じますから、余白には気を使います。

書展を見に行ったりすると、前衛書として掲げられてあるものは、理解が難しいものです。ただそれは価値観の違いが大きいんだろうな、と思います。一発勝負、は同じでも、目的と達成目標が違う。だから、わからない分野は絵画としてとらえるといいのかなぁ、なんて。パフォーマンスはどういう目的を持って書いているかは聞いてみないとわからないですが、人前で書いてどうだ!と見せるのが一番の目的なのかもしれない、と、コメントを書きながらふと思いました。

でも、前衛書に限ったことでもないですが、飾られた作品の下に、作者、題名、内容を記した小さな作品紹介の文字がひどく貧相だったり雑だったりすると、とても残念に思います。

Posted by: ヒシ | 16. 01. 10 at 오후 2:32

---ヒシさん
 ここだけの話(笑)ですが、、。謙介の師匠は日展・読売書法展・毎日書道展の審査員でしたが、審査の時のことを話してくれたことがあるのですが、審査の時に、裏に書いてある出品票の文字を見る、と言っていました。それがあまりに下手だと落選、という話でした。ほんまかいな、とも思ったのですが、出品作品の裏まで見るのか、というインパクトが強くて今もその話ははっきりと覚えています。
 前衛書は、もうちょっと古典に学ぶ、ということをすればいいのに、と思います。前衛は古典なんかは必要ない、っていう態度だから、書のテクニックの引き出しが貧しくなってしまって、行き詰ってしまったんじゃないですかね。もうちょっと古典から、いろいろな書法を学んで、基礎のすそ野を広げておかないといけないのに、自己流ばかりを進めてしまった結果、すそ野がなくなってしまった、というのが今の前衛書の現状のような気がいたします。

Posted by: 謙介 | 16. 01. 10 at 오후 6:16

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