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15. 12. 21

The End of Summer

浄瑠璃太夫の嶋太夫さんのインタビュー記事が
謙介の仕事場で取っているローカル紙に載っていました。

嶋太夫さん、お生まれが、謙介の仕事場のすぐ近くです。
ですからこのインタビューは、ご自身の故郷に対して
太夫が語った、ということになります。
その分、実際のインタビューでは割とはっきりと
いろいろなことについて語ったようです。

どうも記事の文章から推して、
あまりに正直に語ったので、
これでは記事にするとあまりにあけすけで、
ちょっとなぁ、と思ったのかもしれませんが、
どうも取材した新聞記者さんが表現を婉曲に
したような形跡があるのです。

人間、感情の動物ですから、テレビのチャンネルを
リモコンでパッパパッパ変えるようには決していきません。

引退との決断はしたものの、
きっぱりと引退する、ということではなくて、
今なお、きちんと整理がついていないのだなぁ、
ということが、その文章から読み取れたのでした。

引き際、といえば、もうひとつ。

原節子さんが9月に亡くなっていた、というニュース、
ああ、ついに来たか、という気持ちで受け取りました。

ここで小津安二郎監督の作品について
何度も取り上げましたが、
やはり小津さんの映画、となると、
原さんを取り上げないわけには
いかないでしょう。

原さんの亡くなったのは9月。
これからは自分の誕生月とともに、
原さんの亡くなったことを憶う、ということになるかもしれません。
ついでに言うと、夏目雅子さんの命日が
自分の誕生日なので、誕生日が来るたびに、
夏目さんのこともつい、
思ってしまいますが。


今年の夏に尾道に行った時も
やはり謙介の頭の中にあったのは、
小津さんの「東京物語」でした。

Onomichi

小津さんの作品の撮影中に、
助監督だった高橋(治)さんに原さんが
たずねたそうです。
「背中のトクホ○、うつらない? 」と。

よく見たら、原さんの背中に
トクホ○が2列に並べて8枚貼ってあったとか。

 
小津さんは、台詞だけでなく、スクリーンの中で
どういうアングルで役者がどういう動きをするのか、
というところまで事細かに指示した監督でした。

高橋さんは、その2列に貼られた8枚のトクホ○に
原さんの「癒しようのない疲労の深さ」を見た気がした、
と言っていました。


今まで、いろいろな人の引き際、というのを
見てきました。
すっぱりと辞めて、家庭に入ってしまう人。
他のことをはじめる人。


はてさて自分はどうなるのかなぁ、、。
まだもうちょっと先のことではありますが。

Kamakurakoko
(この写真、やや大きめに貼っています。でも、ここだったら
小津さんより、吉田秋生さんかサザンの風景ですかね。笑)


本日のお題の『The End of Summer』は
小津さんの映画『小早川家の秋』(こはやがわけのあき)
の英文タイトルです。
どなたが考えたのかは分かりませんが、
ホンに言い得て妙のタイトルですね。
こういう英訳しかつけようがない、というような
ものです。

この映画に出ていてご存命な方と言えば
司葉子さんと宝田明さんと白川由美さんくらいに
なってしまいました。

(ということで今日聴いた音楽は
山口百恵の「さよならの向こう側」1980年
この人の引き際もそれは見事なものでありました。)

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Comments

引退や引き際、自分にはまだ遠いことのように思いますが、今の職場からということを考えると、終身雇用ではありませんのでいつかは退職する時がきます。
「それではこの辺りで!」というのか、「もう辞めてくれ!」と言われるまでか・・・・・。

今日は天皇誕生日。
引退や引き際という点では、天皇陛下はendlessな人生でいらっしゃるので大変なお立場です。
今日のYahoo!ニュースに、82歳の誕生日に当たっての記者会見の記事が載っていました。
「戦時徴用された民間輸送船の犠牲者について、非常に心が痛みますと述べられた」
謙介さんがお祖父様のことをブログで書かれていたのを思い出し、国家としての戦後と個々の戦後はやはり異なるのだと改めて感じました。
天皇陛下には、在位の間、戦前戦中戦後の国内外の犠牲者への慰霊、遺族や貢献者への慰労が続くだと思います。
今年はパラオにご訪問されました。
来年1月にはフィリピンへのご訪問があり、戦争犠牲者への慰霊も日程に含まれるそうです。
戦時徴用の民間輸送船そのものについては話題になることは少ないです。
沖縄でも疎開や物資輸送でたくさんの船が徴用されました。
太平洋戦争の記録・記憶として、調査が進んでほしいと思いました。

Posted by: 正憲 | 15. 12. 23 at 오후 4:16

---正憲さん
 今、ちょうど発売中の朝日新聞のアエラ、
例の五郎〇さんが表紙ですが。(笑)
その中に彼へのインタビューがありました。いつまでラグビーをしますか? という問いに、身体が自分の思い通りに動かなくなったら、やめようと思う、というようなことが
書いてありました。先日は女子サッカーの
澤さんのことがありましたけれども、スポーツ選手の進退というのもまた難しいなぁ、と思います。自分の周囲の人たちを見ていても、本当にいろいろで、これがいい、というようなことはありませんね。難しい。
 それから太平洋戦争中の商船の沈没。
お話にありましたように、前に祖父のことで調べましたら、もう呆れるようなことが続々と出てきました。米軍に襲撃されるのが分かっているのに、南洋諸島へのルートを
全く変えなかった、というのです。
その結果、ご存知のようにバシー海峡では
ものすごい数の日本の商船が襲撃を受けて
沈没し、今なお引き揚げすら行われておりません。先日軍艦の引き上げが話題になっていましたが、私たち遺族からすると、軍艦だけが沈没したのではない、と言いたいです。
沖縄といえば、対馬丸を思い浮かべる方も多いのですが、本当にそれだけではありません。おびただしい船が犠牲になって、そこに乗っていた人もすべて犠牲になりました。本当に正憲さんのおっしゃる通りだと思います。少しでもそうしたことへの解明がなされることを平和の気持ちを込めて願います。

Posted by: 謙介 | 15. 12. 23 at 오후 9:48

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