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15. 12. 01

そこまで、だったなぁ

2015112_068


図書館で、借りてきて読んだんだけどさ、、
感想? 特にありません、じゃいけない?

この文章、ずーっと新聞に連載してたから
連載中にちらちらとは読んでたんだけどね。
完結して単行本になった、というので
改めて今回、全部通して読んでみたのけど、、。


正直に言って
すべてにわたって中途半端な内容でしかなかったなぁ、と
思った。

おそらく、筆者が意図したことは、
去年が四国八十八カ所霊場開創1200年だったから、
空海の生涯と、八十八か所の霊場めぐりの信仰が
現代にどんなふうにつながっているのか、ということを
改めて概観する、ということを書こうとしたのだろうけれども。


どうしてどれもこれも中途半端か、と言えば、、
空海の生涯のところ、
本当に筆者の高村さんが
空海の著作をすべて読んだうえで
この文章の執筆に当たったのか、と言えば
そうではない。そのほとんどが五来重先生を
はじめとして、高野山大○先生方の
空海の論考からの引用になっているし。

やっぱり、空海の息遣いを知ろうと
思えば、その著作という一次資料に当たらないと
いけないんじゃないかなぁ、と思うけどね。
その部分ができていない。


たとえばこういうふうに空海の評伝を書くときに、
高野山大○の先生の論考を引用することについては
よくよく考えないといけない、と考える。

特に学問的客観性をきちんと
担保できるのだろうか、というところ。

うちの家も真言宗だから、空海さんのことは
すばらしい方、とは思う。

ただ、評伝を書くとき、そういう敬意は一旦横に置いて
客観的な「人間空海」を書くことがやはり必要なのではないか。

そうした時に、宗門大学である高野山大○の先生が
果たしてどれだけ空海について「フラット」に見られるのか、という点
謙介、その部分についてはやはり疑問を持たざるを得ない。
贔屓の引き倒しにならないのだろうか。

事実、五来先生が「高野聖」を書いた時にだって
ずいぶん真言宗の側から批判があった。「あんな
もなんか書いて」という声すらあったし、いまだにそういう声を
聞く。
(五来さんが高野聖を書いたときは、高野山大○の
教員を辞めて、大谷大○に移っていた時だったと思う)
もちろん謙介も高野聖は読んだけど。

それから、高村さんの本に戻るけれども、
この本では空海が高野山の奥の院に入って
即身成仏して以降、どのようにして空海の信仰を
世間に広めたのか、そういう「ヒジリ」の書き方が
非常に少ない。

ヒジリの人たちが日本全国を回って弘法大師信仰とか
高野山への勧進を行ったからこそ、今、こうして
「お大師さん」の信仰が全国的になっているのに
その部分の記述も、思いのほか、少ない。

そうした専門書を読みこむのに
たぶん準備期間がなかったのだろうとは
思うけど。


それから、四国遍路の今日的意義として
取り上げているお遍路さんにしても
取り上げ方が、すごく狭い。
お遍路さんになって、四国を回る、という決心を
した人のその動機って、もうそれだけで一冊の本に
なってしまうと思うし。

そういうことで、なんだかとってもどっちつかずの
中途半端な内容の本だったなぁ、
というのが正直な感想かな。

もうちょっと準備に時間をかけて欲しかったなぁ、
と思う。

そこまで、しか書いてなかった、本だった。
本当に大切なのは、そこからなんだ、と思うけど。


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Comments

私この本は読んでおりませんのでわかりませんが、
昔修了論文を書くときに、フランスの作曲家についてフランス人は過大評価する傾向があるから、英語かドイツ語の
文献もいくつか当たっておくべきと言われました。
多方面からの意見て大事ですよね。

師走になりましたね、忙しい上寒くなりますから
どうぞお身体をいたわって下さいね。

Posted by: アリクイ | 15. 12. 02 at 오전 11:16

---アリクイさん
そうなんです。確かに空海さんのことは
宗門立の大学である高野山大〇か
種智院大〇の先生のお書きになった
ものを見れば、密教研究とか
空海の思想についてもよく分かるとは
思います。ですが、宗門の中では
どうしても客観視ができにくいのでは
ないか、と思います。やはりその部分を
良く見て差し引いて考えないと、
っていうことがあるように思います。
なかなか客観視というのは難しいこと
ではありますが、本質を見るためには避けて
通れないことですよね。
お見舞いの言葉、
本当にありがとうございます。
これから忙しくなるのですが、
適宜休憩しつつ、やって行きたいと
思います。

Posted by: 謙介 | 15. 12. 02 at 오후 10:53

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