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15. 12. 28

水曜日のハルモニのこと

謙介がソウルにいた時に、毎週水曜日になると
中学洞の在大韓民国日本大使館の前で
マイクを持って、演説をするおばあさんがいました。

ソウルの友達に、「あの人は何で言ってるの? 」と聞いたら
「何か戦争中に慰安婦(ウィアンプ)だった、
って言ってるハルモニ(おばあさん)」という話でした。
くわえて、
「あれって、本当のことなんだろうか? 」って
謙介が聞いたら、「違うよ。生活費がないから、ああいうふうに
言ったら、日本政府が金を出すかもしれないから、演説してるんだよ」
と、言う答えが返ってきました。
みんなあのころはそういう認識だったのです。

謙介が聞いてまわった何人もの韓国人でさえ、「そんなこと、、、
お金欲しさに言ってるハルモニやろ」と思う人が
多かったのです。

それが証拠に謙介水曜日何度か、日本大使館の前を
通りましたけど、演説を聞いている人がいなくて、みんな忙しそうに
そのハルモニの前を通りすぎていくばかりでした。

日本のマスコミで、そういう大使館前の演説とか異変について
いち早く報道できたのは、TB○でした。

なぜなら、当時TB○のソウル支局は、
日本大使館の真ん前にありましたから。

支局の窓を開けて、カメラを回したら、
それで取材できてましたもんね。


慰安婦問題については、さっきも言ったように
ソウルの人でさえ、あのころ、
あのばあさんたちは、正当な抗議じゃなくて
単に金をもらいたいためにやっている、
という声が高かったのですが、いつしか
あの団体が政治的な圧力団体のようになって
くるように組織の規模が大きくなっていきました。

謙介的には、政治問題になる前に
きちんと歴史的な事実としてどうだったのか、
ということを見たかったのですが、
そういうことはできずにただただ感情論で
突っ走った意見ばかり聞くようになりました。

もちろん謙介は、植民地時代の旧京城の街に
遊郭があったことも知っています。
街の南に「龍山」(りゅうざん ノンサン)
というところがあります。ここには日本軍がいましたが、
その近くとか、ソウルの東、忠武路を東に行って
東大門に行くちょっと手前の辺とかに遊郭があったそうです。


旧京城だけではなくて、「府」(日本の市に相当する)
となっていた、平壌とか、釜山、馬山、大邱、仁川
といった規模の大きな街や
中程度の街に遊郭があったことも知っています。

そういうところがあったことに加えて、
光復後、大韓民国の世になっても
前に書きましたように、謙介がいたころ90年代半ばごろは
清涼里駅(ちょんにゃんりよく)の周辺とか、
弥阿サムゴリのあたりに売春窟がありました。

謙介、前にそういう施設について調べてみたことがありました。
でも、慰安婦問題について、歴史的に客観的な史料
というようなものは見つかりませんでした。

その一方でウイアンプムンジェ(慰安婦問題)についての
声はどんどん大きくなっていきました。

謙介はいまだにその問題が歴史的にどういうふうに
起こって、どういうふうな犠牲を強いられ、
戦後はどうなったのか、ということについての
史料を見ていません。
客観的な史料が見つからないのです。


こういう問題が起こる一つに、日本人が日韓の近代史を
ほとんど知らない、ということもあると思います。
マスコミに出てくる知識人と言われている人の発言を
きいても、時々「え? 」と思うような発言があって、、、。

例えば大阪の鶴橋は韓国人の多い場所ですが
あの辺の韓国の人たちがどういう経緯であそこに
集まったのか。

鶴橋がコリアンタウンということはみんな知っていますが
なぜ鶴橋がコリアンタウンになったのか、
それすら知っている人がいったいどれくらいいるでしょうか。

そういうことの経緯(ここで何度もお話しましたから
またここで繰り返すことはしませんが)もぜひ知って欲しいと
思うんですよね。


それはともかく。
慰安婦関係の客観的な資料・史料を見て、自分なりに
あ、そういうことだったか、と納得したい、
と思うのです。

しかし慰安婦問題って、実際の真偽が横に置かれたままで、
感情的な口げんかに走っていってしまって、そのあげくに
「政治的決断」で結論を出してしまった、ということでしょ。
それこそ謙介は全くもって腑におちないのです。


しょっちゅうしゃしゃり出てくる「支援団体」の思惑なんて、
はっきり言ってどうでもいいのです。

そんなことより、その慰安婦だったという
ハルモニ本人がいったいどう思ったのか、本心では
どう思っているのか、どう考えているのか、ということ
それ自体だけが知りたいのです。

(補筆・その後、その支援団体が、さらにさらに
どんどんと突っ走っていくので、
慰安婦の人たちも引きずられてしまって、最初の
コメントと違ったふうになっていきましたね)


今回の合意が最終になると、尹ウエギョブチャンクワン
(外交部長官)と岸田外○が約束した由ですが、
個人的な感慨としては、
「今の政権でだけ有効な」というふうにしか思えないんですけどね。

次の政権になったら、「クロカン イルン モルンダ」
(そんなことは知らん)とか言うのでは困ります。
案の定、そんな意見も出てきていますが。


「あの時は前政権だった」の「今回は今回」とか
いうふうに抗弁してきて、
またぞろあーだこーだとか言ってこないかしらん。
とか、思ったり、、、。

果たしてどんなことになりますことやら。
まぁ今は直後ですから、ワーワー言っていますが、
後、数年した時に慰安婦問題がどんなふうに


謙介、もう「チョンマリエヨ」(ほんまか!)とか
言いたくもないですけどねぇ。

(今日聴いた音楽 「恨五百年」 歌パティ金
 これ、大河ドラマのタイトルでしたね。 ソウルは東大門区の
 下宿でアジュマと一緒にテレビを見てたら、いきなり画面いっぱいに
 このタイトルが出てきて、驚愕した覚えがあります。)

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Comments

 次にミンジュダン系(中でもノムヒョン系)の政権になったら,「いーやうちとこはそんなもん関与しとらんけんね」と蒸し返すのは目に見え・・・ゲホゲホ。
 ・・・レガシーにでもしたかったんでしょうか,誰かさん。

Posted by: Ikuno Hiroshi | 15. 12. 29 at 오전 12:08

---Ikuno Hiroshiさん
むくげおばさん、目に見える政治的な業績、いまだ全然ないままですし、日本も近隣諸国との政治的平和的安定を果たしつつある、という説明にもなりますし、それこそお互いの利害が一致したために、こういうことに至った、ということなんでしょうね。Ikunoさんがおっしゃるように、またぞろ言い出すように思いますです。

Posted by: 謙介 | 15. 12. 29 at 오전 9:42

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