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15. 11. 06

天下分け目の結願・卒論ツアー(その3)

関ヶ原の古戦場からさらに西に5分ほど走ると
伊吹山ドライブウエイの入り口に至りました。
伊吹山は↓こんな山です。
標高は1377メートル。
これをドライブウエイで走って一気に登ってしまおう、
という計画です。


Ibukiyama3
伊吹山は岐阜・滋賀の県境、というのか
もっと言えば東日本と西日本の境界の場所
なのではないか、と思っています。
この山、学部生の時に卒論の調査で一度来たことがありました。

謙介の卒業論文は古事記のヤマトタケルの歌の解釈でした。
ご存知のようにヤマトタケルは東征を終えて
尾張の美夜受比賣のもとに戻ってきます。

そうしてそこに草那藝剣を置いて、伊服岐能山(いぶきのやま)
に登ります。ところが山の神の祟りか大氷雨に遭ったりして
体力を消耗しきって降りてきて、伊勢の能褒野まで来て
ここでとうとうミコトは亡くなってしまうのです。

卒論でヤマトタケルをテーマにしましたし、
しかもミコトの亡くなるときに歌った
「命の全けむ人は、、」の歌の作歌事情を考察するのが
卒論だったわけですから、伊吹山はどうしても
一度行かなければいけない山だったのです。


あの時は、冬にはスキーで使われるリフトに乗って、
行けるところまで行こう、と言って、中腹まで登りました。
行ったのは8月のはじめで京都市内は連日35度以上の
気温の日が続いていたのですが、伊吹山の中腹まで
のぼると、それはそれは涼しくて、、。
ヒガンバナが咲いていたのは驚いてしまいました。

8月の猛暑の時期でさえ秋の気候なのです。
今回は10月のおしまいなのですから頂上はもう冬だろうと
想像しました。

伊吹山のドライブウエイは全長が17キロ
(ですから往復では34キロですね)で、
一気に9合目 1266メートルまで登ってしまうのです。

この伊吹山のドライブウエイ、17キロという長さも長さですが
なんたって山岳ドライブウエイですから、カーブと急こう配の
連続で、登るだけで30分くらいかかりました。

紅葉は7合目から8合目のあたりが見ごろでした。

おまけに平地から一気に標高1200メートル以上の高山に
来てしまいましたから、さすがにちょっと頭が痛くなったり、、。

両親はどうだろうか、と思って聞いてみたのですが
「別になんともない」ということだったので
ちょっと安心しました。
30分ほどでドライブウエイの終点に到着です。
車のドアを開けると「寒い!」
両親は、急激な気温変化で体調を損ねては大変
ですから、ほんの少し、車外に出て風景を眺めて
トイレに行くと車に戻ってもらいました。

山上から見下ろしますと、山上付近の木々は
落葉も終わっていて、もうすっかり冬の風情でした。
Ibukiyama1
この日はことのほか雲の流れが速くて
天候がどんどん変わって行きました。
この寒いのに何人もの人が、要所要所に
三脚を立てて、望遠レンズのついた
カメラで風景を狙っていました。
本当に写真を撮るのもここに来たら
体力勝負だなぁ、と改めて思いました。

謙介は車の力を借りて一気に登ってしまいましたが
ヤマトタケルさんは、自力でこの荒ぶる山に登った
わけです。
しかもこんな山くらい簡単に征服してやる、と
いうような生半可な気持ちで登って、結局それがために
伊吹山の神の威力や疲労によって命を落としてしまう
ことになったわけですが、、。

もしもミコトが、草那藝剣を持って山に登っていたとしたら
落命するようなことはなかった、と物語は伝えたかったのでしょう。
徒手でミコトが登ってしまった。逆に言えばそれだけ
草那藝剣には力があったのだ、ということも物語は伝えようと
したのでしょう。そこには草那藝剣を信奉してきた豪族の伝承が
古事記の物語の中に入っている、ということが透けて見えてきます。
(下の写真は伊吹山から濃尾平野方面を見たところです。)
Ibukiyama2

謙介にとっては、吹き飛ばされそうな風の強さ、
真冬のような気温、
どれもこれも自然のすごさを体感するようなものばかりでした。
改めてこうして山上に来て、自然の力のすごさを
実感することになりました。

結局ドライブウエイの終点では10分少々写真を撮ったり
景色を見たりして、下山して来たのでした。

元の関ヶ原町に降りてきたのが16時5分でした。
ここから名神高速で、京都東インターまで走りました。

米原とか彦根の辺は結構びゅんびゅん走れた
(といっても、110キロくらいでしか走っていません。
追い越す時だけ、130キロくらいは出したけど。笑)
のですが、大津に近づくにつれて、例によって
のろのろ運転になりました。前に来た時も栗東から
大津までは渋滞でしたが、今度もやはり栗東からは
渋滞でした。

大津を抜けるまでのろのろ運転で、ようやっと
走り出したか、と思ったら、もう京都東インター到着でした。

5時過ぎに山科です。

ここから山科の街中を抜けて、蹴上へ。蹴上から
東大路を抜けて北山にある旅館に入りました。

東大路、夕方の混雑を想像していたのですが
こちらのほうは案に相違して
混雑もなくてスムーズに走れたので
5時45分に着くことができました。

今日はここまでといたします。

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