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15. 11. 29

古い古い道路標識

ちょっと知り合いの家に行くために、
山のほう集落に出かけていました。
Yasuhara
ここいら辺なのですが、、。

実はこんな山の中にいた、学者の先生、
みなさんもたぶん知ってる大阪の建物の
命名者だったりするんです。

これ↓って、ご存知ですよね。
Shinsekai

大阪の新世界にある通天閣です。
(ただし上の写真は2代目のものですが)
実はこの「通天閣」の名前を命名したのが、
高松藩の儒学者だった藤沢南岳という人でした。
この藤沢南岳が住んでいたのがこの辺です。

歴史上のいきさつって面白いです。
どこで何がどう結びついていることやら。


で、ここに来たついでに、前から見たかったものを
見学に行くことにしました。

この近くに、道路標識があるんですが、、。
ええ、これなんです。

Hyoushiki


大正11年11月ですから、関東大震災の2か月後、
のこと。この時期にできた道路警戒標及び道路方向標に基づいて作られた道路警戒標
という標識です。
つまり戦前の標識がいまだ残っているということです。

どうして残ったのか、といえば、
おそらく消去法だった、と思います。
実は、↑一番最初の写真に道路が写っていますが、
その道路沿いにこの標識はあります。

昔は、この上の道路が、香川から徳島に至る
国道だったのです。
それが、戦後、その西側に新しい国道ができました。
それで、こちらの道は国道でなくなってしまったわけです。

で、それまでは国の管理だった道が
県に移管されたわけですが、、。

この標識、山村にあって、
しかも旧道のわかりにくい場所にあるので、
この標識の存在自体が忘れ去られてしまっていた、
ということなのではないか、と想像します。

もっと簡単に言ってしまえば、
忘れ去られて放っておかれた結果、
たまたま残った道路標識だった、
ということじゃないか、と想像します。

この金属板部分、3つ、腐食してしまった穴が
ありますが、昔は、この3つの穴にねじか
金具で止められていたのでしょうね。

Img_0017

今はとりあえず落ちたらいけない、と、近所の人が
間に合わせで針金を巻いた、ということでしょうかね。

昔の車がいかに速度が遅かったか、
(まぁ、あんな道幅の狭い道で速度も
出せませんけど)ということもわかります。
屈曲多し 百米先 なんて、
字数が多すぎです。
今の車の速度であれば、字数を減らすか
標識や字の大きさをもっと大きくしないと分からないと
思います。

道路改良の行われた結果、百メートル先に屈曲は
無くなってしまいました。この標識はお役目御免にして、
これ以上傷まないうちに博物館にでも置いたらいいのに、と
思いました。

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