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15. 11. 19

ニッカリ青江(その3)

丸亀、という地名を聞くと、四国外の人にとっては
ああ、「丸亀製○」の「丸亀」ね、っていう方向から
頭に浮かぶんじゃないでしょうか。


でもね、
今回も丸亀に行ったから、ついでにあちこち見てきたのですが、
丸亀市にあの全国チエーンの丸亀製○のお店は
ありませんでした。

昔からあった方の別の会社の丸亀製○はありますが。(笑)

丸亀の観光地もいろいろとありますが
やはりお城は外せません。

それでは今日はお城山に上がってみたときのことを
書いていきたいと思います。

大手門は、文字通りの二段構えになっています。
今、この遺構が残っているのは、
江戸城と大阪城と金沢城と、この丸亀城だけだとか。

外側のやや小さめの門が、大手二の門で、
Kouraimon

Yagura11


こちらの内側の大きい門が、大手一の門です。
Ootemon2

この門は外からは見えないのですが
(通常は木製のふたがしてある)
門の建物の下に穴が開く構造になっていて、敵兵が
侵入してきた場合、上から石を落す、
という構造になっているそうです。
Otemon2

もちろん、鉄砲狭間もありますから、
そこから鉄砲を撃ちますし、さらに
上からの巨石の落下という攻撃がある、
ということのようです。

昔は、ここに太鼓が据えてあって、
時報として太鼓を打ち鳴らしていたので
太鼓門、という呼び方もあるのだとか。

ちょうど、今年の菊花展が終わったところで、
展示のための設備を解体しようと
しているところでした。

京都の二条城とか、四国のお城でも
高松城や今治城は平地にあるので、
山を登るということがありませんが、
この丸亀城は亀山、という山を取り込んだ
お城なので、当然山登りをしなければなりません。

でも、謙介の場合は、
前に標高263メートルの鳥取城にのぼった
ことがあったので、何とかなるだろうと思いました。
263メートルに比べて、亀山は標高66メートルだし。

それでも、丸亀城の場合、登山口から
いきなり半分のところまで登る直線の
坂があります。しかもながーい。

Mikaerisaka


これを見返り坂というのだとか。

ぜーぜーはーはー言いつつ、見返り坂を上りました。
ここからの石垣の眺めはすばらしい。
Ishigaki


さらにもう一つ、坂があります。
全く江戸時代の人の体力って、、。


いやまぁ謙介が軟弱なだけでしょうけど。

ふたつ目の坂を登りきると、
さすがにそこそこの高さに来ました。
去年上った飯野山が正面に見えました。

Iinoyama


ここからさらに上がると、天守閣のある本丸に
到着です。 66メートルとはいえ、
お城を築いたには、四周を見渡せる、
ということができないといけませんから、
やはり展望はすばらしく良いです。
Setoohashi

この日は瀬戸大橋だけでなくて、
対岸の岡山県の倉敷まで
見通せました。

せっかくここまで来たのですから
「矢倉」に登ってみることにします。
Yagura1

以前は、この建物、土日とか
休日しか公開していないこともあって
行っても見られない日、というのも
あったのですが、最近はなんたって
お城ブームだったりお城女子が増えたこともあって、
大体通年・毎日公開されるようになっています。


実は、こんな山のてっぺんにあって、位置からしても
建物の形状からしても、
この建物、どう見たって「天守閣」じゃないか、
ということになるのですが、、、。

実はこの建物の扱いは「天守閣」ではなくて
「矢倉」ということになっていたそうです。
というのも、武家諸法度ができて以降、
10万石以下の大名については、天守閣を
作ってはならない、という決まりになったとか。

この丸亀藩の石高は6万石でした。ですから
幕府にはこの建物、「天守閣とはちごとるきんな。
矢倉やきんな。やぐらで! 」と抗弁して建てたのだとか。

まぁ今ではこの建物、どのお城の本を見ても天守閣、と書いて
ありますし、実態は天守閣以外の何物でもない、
のですけどね。

ということで以下は天守閣、
という解釈で書いて行きます。


松山城の天守閣もそうですが、
本当に天守閣の階段、って、ものすごく急傾斜で
怖いです。

Kaidan1

三階にあがってみました。
窓が小さいので、窓からの眺望、
ということはあまりできませんが、
それでも沖行く船の様子や、
周囲を眺めることができました。

江戸時代はこの丸亀は金毘羅参詣の時の
メインルートの上陸地だったので、
沖合には、大坂からの参詣客を乗せた船が
しょっちゅう出入りしていたことでしょう。

三階から見た階段です。
Kaidan2

三階の屋根裏はこんなふうになっています。
梁などの木材は、そのままではなくて、ちゃんと角材にして
さらに面取りをしています。丁寧な作りになっている、
と感心しました。
Yaneura


天守閣をあちこちと眺めて、もう一度、外に出ました。
秋の空は美しく、気持ちが良かったです。
日はいつか西に傾いていました。
今から仕事場の街に移動しなければ。

途中、石垣の美しいところに戻ってきました。
逆光になりましたが、石垣のシルエットが
美しかったので。
Ishigaki2

そういうことで今回のニッカリ青江の見学記録は
これでおしまいです。
長々とした文章、お読みくださいまして
感謝感謝。


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おげいじゅつ」カテゴリの記事

Comments

こんにちは!
沖縄にも丸亀製○の店舗が何店かありますよ。
“うどん”よりも“そば”、しかも“和そば”ではなく“沖縄そば”が当たり前という土地柄なので、儲かっているのか分かりません。
リンガーハットも一時期大展開しましたが、今では数えるぐらいです。
私はまだ行ったことがないのです。
うどんは好きなので一度は行きたいのですが、高めですので友人を誘っても行きたがらないのですよ。
うどんで一番安いのが390円、トッピングが一つ100円~150円ですので、いろいろ載せると600円以上してしまいます。
それなら沖縄そばやソーキそばがいいかなぁとなってしまうのです(苦笑)。
ラーメンよりは安いですが・・・・・。

城マニアや鉄道マニアなどは沖縄ではあまり縁がありません。
お城なんて、復元されているのは首里城だけですので、他の城は石垣のみです。
謙介さんがときどき紹介して下さるお城の様子や写真を見ていますと、日本本土のお城の素晴らしさが伝わってきます。
沖縄の城は写真はもちろん、絵や図面が残っていませんので、おそらくこれからも復元されることはないと思います。
首里城のみ、戦前に米軍が撮影した写真がありましたので、復元ができたということだそうです。
首里城、いちどご覧になってください♪

Posted by: タウリ | 15. 11. 21 at 오전 8:30

---タウリさん
前にもお話しましたが、○亀製麺、基本的に
高くつくんですよね。やはり那覇だったら
そうですよね。消費量の多いものは
相対的に安くなりますし、地元の人が普通に
食べているもののほうが、みんな食べるから
味だって永年の間にみがかれるでしょうし
価格だってそう高くできませんし、、。
香川の相場で言えば、やはり○亀製麺の
店って、1.5倍くらい高いです。
その上、やれ鶏の天ぷらとか、一緒に
いなりずしとか取っていたら、瞬く間に
500円で済まない、ということに
なります。
沖縄の首里城のお話、再建、ということが
難しい、ということ本当にそうですよね。
ひところ、あちこちに考証なんてむちゃくちゃのコンクリート製のお城ができたのですが
最近は、ああいうコンクリート製のお城は
建築許可が下りなくなりました。岡山城なんてエレベータがあります。あれは以前だったからオッケーが出たので、今では創建当時の工法、木組、建築方法でないといけなく
なった、と聞いています。本当に首里城は
すばらしいと思います。伝統と、沖縄の文化が凝縮された建物ですね。

Posted by: 謙介 | 15. 11. 23 at 오전 11:10

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