« 南山城の古寺へ(その2) | Main | 南山城の古寺へ(その4) »

15. 10. 07

南山城の古寺へ(その3)

車はしばらく木津川沿いに走った後、
京都と奈良を結んでいる国道24号線に合流しました。

24号線、今回の旅行ではなるべく走らないように
したかったのです。 というのも、上下1車線ずつの
対面通行の上に交通量が多いのです。そのうえ
信号のある交差点は多いし、右折の車も多くて、
慢性的に渋滞しています。

まだ加茂の辺はそれでも人家が少ないので
渋滞もあまりなくて、比較的スムーズに走れるのですが、
もうちょっと北の城陽市から宇治にかけては、本当にひどい
渋滞です。 

しかもこの渋滞、今に始まった
ことではなくて、謙介が京都に住んでいたころから
ずーっと今に至っても解消されていません。
今回もできるだけ24号線を走らずに行こうと
いう裏道作戦でいきました。

しばらく走って、再び国道から分かれて、
川沿いの道を東に走りました。
ここに蟹満寺(かにまんじ)があります。

Kaniman1

ここは今昔物語に出てくる「蟹のお話」の
お寺です。


昔この地に深く観音さまを信仰する娘さんがいました。
近所の人が食用に捕らえた蟹を助けて逃がしてやったのです。

その後、その娘の父親が別の場所で
蛙を呑もうとした蛇を見ます。その時に娘の父が
娘を嫁にやる条件で蛙を助けました。

夜になって蛇はイケメンに変身して
娘を貰いにきました。
そこで蛇に3日の猶予をしてもらい、
家の戸を固く閉ざして家の中で
観音経を唱え続けました。
外で大きな物音がしましたが、家族は一心に
お経を読み続けたのです。 そうして外は静かに
なりました。 外に出てみると
多数の蟹が現れて蛇と刺し違えて、蛇も蟹も
死んでいました。その蟹と蛇の冥福を祈り、
埋葬して出来た寺というのがこのお寺の起こり
とされています。

このような話を説話文学の中では「報恩譚(ほうおんたん)」
と呼んで分類しているのですが、「蟹の報恩譚」が
お寺の起こり、ということになっています。

お堂そのものは、つい5年前に建て直されたばかりで
今もピカピカでした。

Kaniman2


寺の創立縁起からいったら、観音さまが本尊に
なりそうなのですが、本尊は観音さまではなくて
釈迦如来でした。この仏さまは白鳳時代晩期から
天平初期の製作と考えられる由緒ある仏像でした。
高さは3メートルはあったでしょうか。堂々とした
仏さまでした。

仏さまの近くまで寄って拝むことができるのが
良かったです。

蟹満寺をおまいりした後、もと来た道を少し戻り、
今度は府道を走っていきます。
宇治の手前で、運動公園の横を通り
宇治の立命館高○の横を曲がって
市内に入りました。

友達が、修復工事の終わった平等院を見たい、
ということで、宇治の平等院に寄ることにしたのです。

朝から回った浄瑠璃寺とか岩船寺と違って
とても有名なお寺なので、さすがにここは
混雑していました。 案内の表記も
日本語・英語・漢語繁体・漢語略体・ハングルの
5種類ありました。

Annai_1


すれ違う人も、インド人、韓国人、中国人、
フランス人と外国の人を多く見ました。

ここは平等院に入るのに入寺料600円を取られ、
さらに鳳凰堂に入るのに300円取られます。

以前は、1度払って、全部見られたのにのにのに。

いろいろな会計ですが、最初に各自1万円ずつ出して
それで駐車料金、拝観料をまかなうことに
していました。


鳳凰堂に入るのは、人数制限と時間指定があるので
行ってすぐに入って拝観できる、というわけではありません。

われわれの場合は、14時45分に行った時に、
14時50分からの案内の分で入れたのですが
人数が多いと、その次の回を待たなければならなかった
かもしれません。

時間が来たので案内がありました。
鳳凰堂の外は写真を撮ってもいいので
こんなふうに撮ってみました。

Hououdo2


藤原頼通が思った極楽浄土の姿が
ここだったのですね。
鳳凰堂前面のお庭です。
Oniwa


これは10円硬貨に出ている建物ですから
われわれは無意識のうちに毎日この建物を
見ているわけですね。(笑)


午後なので逆光になってしまい、
なかなか思うような写真が撮れませんでしたが、
それでもちょっと方向をずらして撮ってみました。

Hououdo1


前にここに来たのは学部の時だったと
思います。源氏物語のあとを訪ねる、という
ことで、大学の友達と来たのでした。
その時、宇治橋で撮った写真が今もあります。

その写真に写った友達で今も付き合いのあるのは
一人だけ。お浄土に行ってしまった友達もいて、
時の流れの変化を感じざるを得ません。


古典作品を読むたびに
そのころの人が、自分の人生について
どう思い、どう感じていたのかを知りたい、
と強く思います。 天変地異や
疫病、都大路には死体が転がっている
ことも多かったはずです。
そんな社会の中で、生きて行く、ということを
どう思っていたのか。 平安時代にも
人は歌や文学作品を多く残していますが
どういう気持ちでそんな


後、宝物館へ行って、平等院を後にしました。

でもね、せっかく宇治に来たのですから
宇治のお茶の何かを食べようということになりました。
この日は暑かったので(29度くらいまであがった)
やはり抹茶ソフトを食べようということになりました。
お店に行ったら、店頭にこんな掲示が。

Mise1

ソフトクリームをいただく前に無常を
感じてしまいました。

ややあって来たソフトクリームがこれでございます。
Mise2


抹茶ソフトの上にさらに宇治の抹茶をかけたものでした。
上からかかっている抹茶が香り高く、
そして少し苦味があって、それが却ってクリームの味を
引き立てていて、なかなかのものでした。

家に帰って抹茶アイスの上に
さらにうちにある柳桜園の抹茶なんかを
かけていただいたらおいしいだろう、と
思ったのでした。

平等院を見学し終わったのが4時前でした。
もうちょっと時間があったら、醍醐寺まで行こうか
と思っていたのですが、今から醍醐に行っていたら
見学終了時間になってしまうので、今日はここまで
ということで宿に行くことにしたのでした。

今回は西本願寺の聞法会館に予約をしておりました。
宇治からですと途中どうしても六地蔵とか
伏見桃山で(時代ではありません。場所です)
道路が渋滞をしているだろう、ということで
小倉ICから高速に乗りました。
おかげで5時前には宿舎に入ることができました。

Monbo

|

« 南山城の古寺へ(その2) | Main | 南山城の古寺へ(その4) »

おでかけ」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/62420762

Listed below are links to weblogs that reference 南山城の古寺へ(その3):

« 南山城の古寺へ(その2) | Main | 南山城の古寺へ(その4) »