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15. 10. 13

南山城の古寺へ(その7)

今月号のちゅうおうこうろ○、
特集が「禅で克つ」だって。
あれまぁ。
なんだか企業の経営者とか、政治家って
行き詰まったら座禅をしに来る
という人が結構いますね。

謙介が妙心寺にいた時も
名前を聞いたら、経済とか企業名に疎い
謙介でさえ、その会社名は聞いたことがあるぞ
というような会社の人が座禅に来ていました
もんね。

001

で、禅ったら、たいてい反射的に
このどこじゃやらのお寺の庭が
写真で出てくるんですよねー。

      ×      ×      ×

さてご飯もいただきました。
友達が、龍安寺に行きたい、と言います。
ここから遠い? と重ねて御下問がありました。

そんなもの、自転車でだって行ける距離だよ、というと
行こう行こうということになりました。 

店の前の天神川の通りを北に上がっていきます。
双ヶ岡の西側を通り、嵐電の線路を越えて
福王子の交差点で右折します。
後は道に沿って行くだけです。

御室の仁和寺の前を通ったら、ほどなく龍安寺に到着です。
「着いた」
「ほんま近くやったんやな」と友達も驚いています。

駐車場に車を置いて、本坊のほうに
向かいました。

今は緑の葉が美しいですが、後一か月もすれば
ここは紅葉のトンネルになります。
今とはまったく異なった印象の風景になるでしょう。

Ryoanji1


龍安寺は妙心寺の塔頭寺院のひとつなんですよ。

妙心寺派ではそれぞれ傘下のお寺を
特1等地から7等までに分けて
それぞれ本山に上納金運営費を
おさめなければならない仕組みになっています。


上納金って言うとやくざの組織みたいですが、
大体がやくざの組織とお寺の組織って
ほとんど同じなんですよ。
鎌倉新仏教と、やくざなんて
その出自が表裏一体ですもん。

まぁいいや。
特1等から7等までの
分け方、立地条件(地方の人口の少ない
ところにある、檀家の数等々)やお寺の規模で総合的に
勘案して決まるのだそうです。

地方にあっても、お寺の歴史も古く、
また規模の大きなところであれば
特1等でしょう。
たとえば、歌で有名な
まっつしまーの さーよーーずーいがーんじほーどのー
の瑞巌寺も妙心寺派の寺ですが、あそこは格も高いでしょう。

しかし檀家の100軒程度のお寺であれば、
7等あたりだと思います。 

檀家100軒くらいでは、とてもじゃないけど
お寺の運営はできません。
最低300軒はないとお寺の運営って無理なんです。

お寺の建物の修理というのか建物のメンテナンスだって
必要になります。そういうのって、一回に百万単位で
お金が必要になります。場合によっては億単位でお金が
要る場合だってあります。そういうお金だって要りますし。

それは何も小さなお寺に限ったことではありません。
唐招提寺とか興福寺、醍醐寺といったような
大きなお寺が日本とか世界で展覧会をすることことが
ありますが、あれは展覧会をやって、お寺の運営に
必要な資金集めをしているわけです。

大きなお寺で、建物が重要文化財とか国宝の
場合は若干は国の補助は出ますが、それでも
自分のお寺で何とかしないといけない自己資金が
必要です。

大きなお寺はそれでも見せる寺宝があるから
何とかなりますが、別に見せるような寺宝のない
市井のお寺であれば、なかなかお寺の経営も
難しいと思います。


ですからお寺によっては住職さんが高校とか中学の
先生だったり、お寺で幼稚園とか音楽教室とかの副業を
やってるところも結構ありますよね。

でも、中にはキャバクラ行きまくったり
高級な外車に乗ったり、っていう坊さんもいますし、
あの手この手でお金を儲けている
お寺もありはしますが、、。(笑)

そうした妙心寺のお寺の分け方でいって
もちろんこの龍安寺は特1等です。


お寺の入り口ではものすごい人でごったがえしています。
ZEN GARDENを見ようと世界中から
人が集まってきているのですね。

実は謙介、龍安寺にお金を払って入るのって
これがはじめてなんですぅ。(笑)

Ryoanji2


ここで友達がバイトをしていましたので、
いつも龍安寺の閉門時間になってから行って
友達に会っていました。

まぁ時代ものんびりーとした時代だったのでしょうね。
バイト生の友達が来たって、
何も言われなかったですもん。

昼間は本当に人で押し寄せるこのお寺も
夜は静寂が支配する、本当の禅寺に戻っておりました。

中に入ってすぐ左側に、、
あった!


Ryoanji3
(龍安寺にくる観光客の人が年間で何百万人いるかは
知りませんが、こんな部屋の写真を撮ってひとり嬉しがって
いる奴ってたぶん謙介以外にはいないような気がします。)

友達は夜警のバイトをしていて
この部屋に詰めていたので、
夜になるとよくここに来て話をしていました。

関係者以外なんたらかんたら、と一応は
書いていますが、そんなのはふふふのふん♪
という感じで見なかったことにしていましたです。

夜警のバイトって
夜半になって見まわりの時間が来るまでは
何も用事がないのです。

この部屋で炬燵に入って
みかんを食べつつ、話をしたのが
つい昨日のことのように思い出されました。

そんでもってその部屋の前をさらに西に行くと、
上のちゅーおーこーろんの今月号の表紙にあった
お庭がある(笑)というわけですね。

Ryoaji4


前にもお話しましたが、
今はこの庭、毎日大きな鉄のがんじきで
砂に目を入れています。
模様がついていますよね。
でも、あれをやり始めたのは明治に
なってからで、昔はそんなことなんて
してなかったのです。 ただ白い砂の敷き詰められた
ところに石がいくつか置いてあった。
それだけの庭だったのです。

前に話した龍安寺のお坊さんは
「こうしたほうがきれいやろ」と言ったのですが、、
謙介は禅の教えからいけば、
あれこれと作為的にするのではなくて
そのままをポンと出すだけで十分じゃないか、
と思うんですけどねぇ。

いつも龍安寺に来て、この庭を見るたびに
そのことを思って考えてしまうんですよね。

そんなもう何十年も前のことを思い出したりしながら
龍安寺を後にしたのでした。

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Comments

市井のお寺はどこも台所事情が厳しいでしょう。
貴族や武士といった特権階級からの庇護もなく、寺領も明治時代や戦後に失い、檀家の帰属意識も薄れ、人々の信仰心も薄れていますからね。
お買い得とかコストパフォーマンスと言う尺度でお寺を測ってしまう人が増えているのも問題だと思います。院号の戒名ならいくらとか、いくらのお布施包んだのにお経が短かったとかよく聞きますから。

Posted by: mishima | 15. 10. 14 at 오후 1:12

---mishimaさん
 本当におっしゃるようにお寺の経営もなかなか大変な時期に来ていると思われます。
 仏教のことを「葬式仏教」という人がいるのですが、そもそも日本人は宗教については「役割」を振ってきた、という既成事実がありますからね。キリスト教信徒でもないのに、教会で結婚式を挙げたい、とか、というのもそうですよね。だから仏教については、お葬式の時に「供養をする宗教」ということでしか、認識していない人がいっそう増えているから、仏教の葬式宗教化が進んでしまうのだ、という気がします。
 加えて京都にある宗門立の大学の宗門の学科は、(龍○とか大○とか花○とか種智○とか仏○大とか)どこも定員割れを起こしています。お寺のほうもそういう状況ですから、お坊さんのなり手が少ない。カトリックも修道者になる人が減っている、といいますから宗教人養成もなかなか難しいそうです。

Posted by: 謙介 | 15. 10. 14 at 오후 2:04

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