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15. 07. 27

へんたいの特訓

今年の夏は、へんたいの特訓をしなければいけません。

いや、謙介が特訓するんではなくて
知り合いの大学生に特訓して教えるんですけどね。

テキストはこれです。じゃーん。
Sunshoan1

寸松庵色紙(すんしょうあんしきし)
これで変体仮名の読み方のお勉強です。

なーんだ。

これって「伝・紀貫之筆」って書いてあるんですけど、
「伝」というところがミソです。

貫之さんは、昔からひらがながうまい人、
ということになっていて、

美しい字の作品があって
「作者誰やろ」と聞かれたら、

大抵「そりゃ貫之さんが書いたんやろ」
ということになっておりました。

ということでかな書道の作品の
大概は貫之さんの字、ということなっておりますです。

あはは。まったくいい加減な話で(笑)

あ、そういえば、貫之さんで思い出したのですが
高知県の土佐市に土佐日記という名前の
ラブホがあったのですよ。

Tosanikki


あ、そんなことはどうだっていいんだった。
失礼失礼。

それより変体仮名ですよ「へんたいへんたい」。

「へんたい」は変態ではありません。
変態は、けんす、、えへん こほん

謙介がするのは、
変体かなです。

変体仮名、っていうのは、たとえば今の通常書体ではない
別のひらがなが昔はあったわけです。

たとえばこれ。
Kouyakire
これは高野切 というかな書道の古典ですが。


たとえば一行目

支(き)みをのみ お无(も)ひこしちの しらやま八(は)

いつ可(か)は ゆきの支(き)ゆる とき能(の)ある

この( )で書いた部分の字が変体かなというわけです。

 詞書のところですと
 
 こしなるひとにつ可(か)はしけ累(る)


謙介は国文科ですから、
当然こんなもの読めないといけません。

国文科のゼミの教科書は影印本といって、筆で書かれた字の
ものをそのまま読んでいました。
たとえばこんなの。

Yusai

これは細川幽斎の書いた新古今略註という本です。
これを読んで現代語訳をして、さらに筆者の幽斎は
新古今の歌にどのような評釈を書いているのか、を
読んで、さらにそれに対して学生各自の感想とか
学生各自の歌の解釈を付けてきて、それを
発表して話を聞いてディスカッションする、
というのが授業でした。


ですからまずこの本を読むためには
変体仮名が読めないと
どうしようもないわけです。 


謙介の場合はかな書道を習っていたおかげで
変体仮名は自然に覚えていましたから、
わざわざ変体仮名の授業というようなものは
受けなかったです。

寸松庵色紙は
謙介がかな書道を習っていた時に
つかっていたお手本のひとつです。

かな書道の勉強と言えば、
この寸松庵とか、高野切から入るのが
一番基本じゃないかなぁ。

Sunshoan2

お手本の余白にいろいろと習ったことのメモが書いてあります。
10代から20代の字なので、書いてある字が若い。

今書いている字とはまた違った書き癖があって、
見ているとああ嫌だ、とか思います。
でも仕方ないですが。

Sunshoan3

謙介のかなのお師匠さんは上嶋茂堂先生という先生でした。
この先生、本当に教えるのがうまい先生でした。

漢字の草書の先生からは下手だ下手だと
言われたのですが、上嶋先生は書いて持っていきますと
「うまいうまい」とほめてくださいました。
おだてられると人間やる気になるものですね。

あの時、自分自身が経験したので謙介、そうか、って
よくわかったんですよ。
人はきちんと褒めたら、どんどん伸びるんだって。

ただ、きちんと褒める、というのが難しいところではあります。

やみくもに何でもかんでも褒めるのではなくて、
その弟子がどういうところを頑張ってきたのか
そこをしっかりと観察して、見極めて褒める。


すると褒められたほうはぐん、と伸びますよね。


Sunshoan4

今年の夏中で、なんとかへんたいの特訓をして
変体仮名がばっちり読めるようにしないと
いけません。
目下その教材を作っている、というところなのです。

(今日聴いた音楽 時間よ止まれ 歌矢沢永吉
この時期になったら、いつも思い出します。
資生堂のCMの音楽でした。 )

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Comments

 ・・・一行目最初の文字,「よ」と読んでしまいました;;; 「支」と言われれば,ああそうかと納得しますが,次に見たらまた「よ」と読んじゃうに違いない(苦笑)
 それより「可」の字が小さいですね〜。「いつは」と読んで,ナンノコッチャと頭をひねる人,多いんじゃないですか?(←素直にそう読んだとおっしゃい!)

 こういうのは,やっぱり字形の変異の幅を頭に入れて読み解くんでしょうか? それとも文脈というかそこに入りうる単語も考慮して,ということもあるんでしょうか?

Posted by: Ikuno Hiroshi | 15. 07. 28 at 오전 12:58

---Ikuno Hiroshiさん
ちょっとこの写真、縮小をかけていますから
「支」と「よ」と見分けがつきにくいの
ですが、また今度通常の大きさの写真を
出します。そうしたら、Ikunoさんも
「支」と「よ」と判別がつくんじゃないか、
と思います。「可」とかけりの「介」という字も小さいんですよ。もうこれは
書いた人のセンスなんだろうとは
思うんですが、、謙介自身は、ずーっと
読んでいって、「あれ? 意味が通らない」
と思って、よーく見たら、ここ字がかくれとったわ、という感じで気がつくことが
多いです。ですから文脈のほうからの
気づきでしたが、中世文学の先生は
字形の変異の幅から、という方でした。

Posted by: 謙介 | 15. 07. 28 at 오후 8:21

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