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15. 05. 22

巡礼にご報謝出張(その1)

去年は肝臓治療中ということで、
フォーラムでの発表をお休みしていました。

実は今年の3月ごろに、、

「治療終わったぁぁぁ?」という電話がかかってきまして、、。

治療そのものは昨年の10月で終わったのだけど
その後の追跡調査に時間がかかっている、
というようなことを伝えました。

そうしたら、今年はできるよね。

え、何が?

フォーラムでの発表。

え? ぼく、びょーきりょうようちゅうだから
できないぃぃぃぃ。


とか言っているうちに電話が切れました。
やったー撃退したぞ、と思っていたのですが

しばらくして、4月に入ると
今年のフォーラム案というのが送られてきました。
見たらそこに謙介の名前が入っていて、、。

え? なにこれ。 冗談も休み休みに言って。
と言ったら、そやから去年は休んだやないか。
休み休み言ってる。

えええええええそんなのしたくない。

それでプログラムのシラバス(講義概要)5月の末までに
出してね♪


どうしてもしないけいけないの?
うん。上の人の会議で謙介の名前出して「頼もうかと思ってる」
と言ったら「やってもらえ」って、了承された。
だからやってね。

ということになったのが4月の終わりの連休前のことでした。

うーん。どうしてもしないといけない、となると
一人でするのはしんどいので
それから考えて、、
徳島の別の職場の知り合い二人を誘い込むことにしました。

それでその二人にお願いをしに行かなくては、と
思い、20日に説得用の菓子折りを提げて
徳島に行ってきたのでした。

さてこれをお読みのみなさん、徳島って
どこにあるかご存じでしょうか???
(実は案外知らない人が多いんですけど、、笑)


謙介の仕事場の街が四国の西の端
徳島市は四国の東の端です。
この間の距離は200キロくらいあります。


みなさんは徳島と言えば何を連想しますかね。


前に東京で阿波踊りを見ていた時に
「四国にこんなふうな阿波踊りの祭りはないの?」 
と言われて、大きなショックを受けたことが
ありました。

ポカリスエッ○でしょうか?
LEDでしょうか?

謙介だとやっぱり人形浄瑠璃の「傾城阿波の鳴門」ですかね。


仕事場の街のアパートを出発したのが朝の8時前でした。
いつも実家に戻るときに乗るインターチェンジから
高速に乗ったのが8時半。途中休憩しつつ走って
徳島インターチェンジを降りたのが10時半でした。
ですから180キロを2時間で走った、ということに
なります。

せっかく徳島に行くのだから、ついでに
ちょっと寄りたいなぁ、と思ったその1が
阿波十郎兵衛屋敷でした。
高速のインターを降りて5分ほどのところにあります。

Jyurobe2_1
前は個人の経営している資料館でしたが、
いつの間にか県が買い取って、県立の施設になっていました。
重要な観光施設なので、もういたるところに上の写真のような
案内表示のでかいのがつけられていて、
決して迷うことはありません。

駐車場に到着です。 ここの駐車場は幸いなことに
木陰にあって、陽の光がさえぎられるようになっていたので
良かったです。ちなみにこの日の徳島の最高気温が29度です。
木陰に車をとめられたのは何よりでした。
Jyurobe1


人形浄瑠璃では、
「徳島藩のお家騒動にからんで、十郎兵衛・お弓の夫婦が
主君の盗まれた刀を取り戻すために
大阪玉造に盗賊銀十郎と名を変え住んでいます。
そこへたまたま西国巡礼の旅をしながら
両親を探しているわが娘と出会う、
というふうにお話は進んでいきます。

ですがこの浄瑠璃になったもとの話がありまして。

阿波藩では染料の「藍」の栽培が盛んでした。

その藍の染料を九州の久留米に売って
いたわけです。

そして藍の売買代金で得たお金で
徳島藩は九州でお米を買っておりました。

ところが江戸時代は大きなお米の売買は
難しかったのです。お米を買い付ける、
というのは戦時に備えるということで
幕府に謀反を起こすための準備として考えられて
いましたから、お米の買い付けはなかなか難しかったのです。


徳島藩がこっそりと買っていたお米は
相当の量でした。

ところがいつかその徳島藩がお米を買ってる
それも大量に、ということが幕府にばれて
しまいます。徳島藩蜂須賀家は外様でしたから
余計に目をつけられたのでしょう。


そこで、徳島藩は
責任逃れのために、お米を買ったのは
徳島藩ではなくて、十郎兵衛個人が勝手に
やっていたこと、と責任を十郎兵衛一人のことにして
しまいました。

十郎兵衛は捕えられ、全責任を取らされて
刑場で打ち首になってしまったのです。

こっちが元のお話。

この屋敷はその元のお話のモデルになった
十郎兵衛の住んでいた屋敷なのでした。
Jyurobe3

こうして学芸員の方が実際に人形を使って
どうやって人形を操るのか、実演してくださいます。

こうしたら、ここが動くでしょ、と
説明をしてくださった後で
謙介にも「やってみませんか?」と
おっしゃってくださいました。
少し触らせてもらいましたよ。
Ningyo2

こちらが十郎兵衛の妻のお弓です。
成人女性の人形の足はないのです。
昔は大人の女性は
人前で足を出してはいけない、っていうことに
なっていましたからね。
Ningyo3

こうした人形が展示されています。
Ninngyo4
人形浄瑠璃に使われる人形を作る人も
徳島には何人かいます。

謙介、中学校の時でしたか
宇野千代さんの
『人形師天狗屋久吉』を読みました。
そこではじめて人形師の仕事、を
知ったのでした。

徳島県内や昔は阿波の国だった兵庫県の
淡路島では人形浄瑠璃が盛んで、
人形の製作や修理をする人も何人かいます。

今回は行けなかったのですが
また機会があったらそういう人形作りの工房も
たずねてみたいと思いました。

今日はここまでにします。

(今日聴いた音楽 阿波のおはなし
 NHKみんなのうたから ♪あわのとくしま どーんな
 ところかなー という歌です。)

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