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15. 04. 16

あわてて国際電話をしたあの日のこと

OZ(アシア○)の広島便が、
広島空港で事故を起こしたとか。

Oz

うちの「あしあなはなこ」でございます。
これがアシア〇の旧塗装の飛行機です。


今回のことで
広島空港といえば自分が乗った時のことをいろいろと
思い出したのでした。

今は、高松からも松山からもアシア○の直行便が
あって便利がよくなったのですが、謙介がソウルに
いたときには、直行便でこの辺に着くとなったら
広島便しかありませんでした。
(最後のほうに松山便ができたと思う。)

あのころは仁川でなくて金浦空港でしたし、
広島空港も今のように広島市内から
すごく遠い三原でなくて、今の広島西飛行場が
当時の広島空港だったので
広島市内、太田川放水路の横にありました。

謙介が乗ったころの広島便は
朝の9時くらいの出発で10時半には
広島空港に着いて、
そこから広島港までタクシーで走ったら
15分か20分くらいでした。
そして広島港から高速船に乗って
1時間で松山、という所要時間でしたから、
ソウルで朝ごはんを食べたら、
昼ごはんは松山で、ということもできていたのです。

広島市内に広島空港のあった時は、
アシア○の広島便は宮島を目指して
飛んできました。
宮島の赤い鳥居を見ながら
着陸態勢に入る、というパターンでした。

ですから謙介にとっては、厳島神社の赤い鳥居が
日本に帰ってきたことの象徴であったのです。

そして広島の海に浮かぶ牡蠣の養殖いかだの
上を次第に高度を落としながら、広島空港へと
アプローチしていったのでした。


ソウル市内から金浦空港に行くときには
大抵KE(大韓航○)のリムジンバスで
行っていました。あのころはまだ
地下鉄が金浦空港まで通じていなかったのです。

前にもお話しましたが
リムジンバスはソウルの主要なホテル
を回って客を乗せて金浦まで走っていました。

で、その日も広島便を予約していて、
金浦空港に行ったわけです。

その時にはもう広島空港は移転をしていて
今回事故のあった山中の空港になっていました。

金浦空港に到着して、バスを降りて
アシア○のカウンターまで荷物を引きずりつつ
行ってみると、1枚の紙がぶら下がっていました。

韓国語で「本日の広島便の出発は午後5時です」と
ありました。「オチョン」(午前)でなくて、そこにははっきりと
「オフ」(午後)と書かれていました。 

もう「なんじゃこりゃ」の世界です。

国際線ってこういう機材のやりくりの関係で
出発時間が大幅に変わるということが
有り得ることは知ってはいましたが、、まさか
こんな時に自分が経験するとはなぁ、とか
思いました。


その日も謙介は
広島から松山までの高速船を
予約していました。
 
2時に宇品(広島港)を出る便だったのですが、
金浦を午後5時に出るのですから
広島空港着は6時半くらいです。

予約便になんて全然乗れません。

しかも、広島空港から一旦JR広島駅まで行って
それからまた広島港まで行かないといけません。

高速船の最終便の午後8時発の便に乗れるかどうかも
怪しい話です。

でもまぁ、急いで広島の高速船の会社に電話をして
予約の変更をしてもらわないといけないなぁ、と
思いました。
あの時は携帯電話なんて持っていなかったので、
急いで公衆電話ボックスに駆け寄りました。
韓国のテレホンカードを持っていたので
それを電話機に差し込みます。

日本の国番号を押して、、、呼び出し音が
のんびりと鳴っています。
出てくれるまでちょっと時間がかかりました。
「予約の変更をお願いします」といって
2時の予約を最終便の8時のにお願いします。」
と変更しました。

手続きは簡単にできました。
さて、です。朝の9時の飛行機に乗るつもりで
来ましたから、まだ朝の8時前です。飛行機の出発は
午後5時です。 空港にいるのもバカバカしいので
荷物だけコインロッカーに預けて
またソウル市内に戻りました。
昼ごはんは松山だ、と思っていたのが
降ってわいたようにソウルでの時間が
できました。家に帰るのもちょっとなぁ、と
思ったので、本屋さんに行ったり、CDショップをのぞいたり
して2時半のバスに乗って再び金浦空港に行ったのでした。

ようやく出国手続きをして、
広島行きの乗り場に行きました。
4時40分から搭乗がはじまり、5時前に扉が閉まって
5時に飛行機は動きはじめました。

飛行機は黄昏のソウルを飛び立って
広島に向かいます。
広島までの所要時間は1時間半ということには
なっていますが、水平飛行の時間なんて40分程度です。
あっという間に「たんぎぬん ちぐんうぃろぶっと
ちゃくりょっく てせえ とらかむにだ」(当機はただいまから
着陸態勢に入ります)という案内がありました。

それからが実は大変でした。ソウルはお天気でしたが
広島は雨でした。飛行機ががたがたと揺れています。
風もきついとか言っています。着陸前に機体がふらふらと
揺れました。 客室乗務員のあじょし(おっちゃん)が
「天候がよくないので、もしもの場合は着陸をやり直すかも
しれません」とか言いはじめました。
時間にしたら、5、6分だったのでしょうが、外も暗いですし
あの時は機材がB737だったので、スクリーンもなく
着陸のようすが映し出される、ということもありません。
ですからどうなっているかはわからない。ただ窓の外を
雨粒が水平にすごい勢いで流れていくのが見えるだけでした。
加えてすごい揺れです。
まったく生きた心地がしませんでした。


ややあって飛行機にドン、ドンという衝撃がありました。
何とか着陸できたようです。
「手に汗をにぎる」というのはこういう状態のことだ
とはじめて納得できたようなことでした。

飛行機は無事に広島空港に着きました。
バスに乗った時に、バスの運転手さんが
「今日はじめてここ(広島空港)に着いた便だった。
JA○もAN○もみんな引き返した」と教えてくれました。


そのときはさすがのアシア〇
けんちゃなよ着陸じゃあ、と思ったものでしたが。


預けていた荷物を受け取り、空港ビルの中を走って
広島駅行きのバスに乗りました。広島駅に到着は
7時30分でした。 
ここからのんびりと広電の路面電車で
広島港まで行っていたら絶対に間に合いません。
広島駅から広島港まで電車に乗ったら
小一時間はかかります。

もう仕方がないのでタクシーで港へ行こうと
思いました。
タクシーは25分ほどで広島港に着きました。
広島港に着いたのが7時55分。
急いで船の切符売り場に行き乗船券と
引き換えてもらいました。

謙介が桟橋を走っているときに、業務連絡の
放送が聞こえました。「1名今から乗船でーす。」

1名の謙介さんが何とか乗るやいなや船の扉が
締められ、係留のロープが外され、高速船が
動き出したのでした。

広島空港ということであの時の走りに走った
乗り換えのことを思い出したのでした。

今だったらあの時と同じようにはもう
走れないかもしれません。(笑)

(今日聴いた音楽 元気です
 よしだたくろう 広島、つながりということで。
 これ宮崎美子さんのドラマの主題歌でした
 1980年 )

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Comments

ほんの20年前までは国際電話なんて高くてかけられませんでしたし、携帯電話も馬鹿でかい上に高価でした。
ポケベルがやっとの時代でしたので、海外に行ってしまうと連絡を取るのに難渋しましたね。
今や簡単に電話ができる時代ですし、国内の電話・スマホをそのまま使えます。
以前なら海外に行ってしまうと職場から解放された嬉しさがあったものですが、現在はアマゾンの秘境やアフリカ、イスラム圏、旧共産圏に行かない限りはほぼ連絡がとれてしまいます。
ある意味、残念な時代です。

アシアナ航空、どうしちゃったのでしょうか。
天候がどうのとか言いますが、肝心のパイロットの話がなかなか出てきません。
GWを前に、搭乗をキャンセルする人が出てきそうです。

Posted by: タウリ | 15. 04. 17 at 오후 6:12

---タウリさん
以前は国際電話はKDDでしたね。
KDDのオペレーターを呼んで
それから相手国やら電話番号を告げて
かけていた時代もありました。
みんな過去の話になってしまって、、。
先日もソウルの友達から
元気? とか言って電話がありました。
本当にお気軽に電話を
かけられるようになりました。
この金浦空港からかけた時は
まず、国際電話のかけられる
公衆電話を探して、
(首都の国際空港だから国際電話の
公衆電話はやたらありましたが)
それから、メモを出して、日本の
国番号の81をつけて広島の、、
とやっていたことを思い出しました。
おっしゃるように機長とか
機関士のコメントが全く出てきません
ね。本当に不思議な事故です。

Posted by: 謙介 | 15. 04. 17 at 오후 11:29

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