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15. 03. 19

通し校正がおわって

今月出す予定のうちの仕事場の論文集の通し校正が
火曜に終わりました。

今年は、、、いや今年もかな。
最後になって大きな波乱がありました。

1編、ここまできて掲載中止、という論文が出まして。
それが巻頭論文だったために、ページ数や目次などが
全部変わってきてしまい、
ここにきて、版を組み替えないといけない、という
とんでもないことが起こってしまったのです。


いやまぁ実際に版の差し替えをするのは
印刷会社の方なんですけど
こちらはその仕事の大変さがある程度分かりますから、
ここに来て、なんだ、ということで、腹が立っているのです。

ごはんを作って御膳にならべて、、、

ちゃぶ台返しみたいなものですよ。

書いた人は論文の締切が来た後、2週間ぐらい遅れて
持ってきたのです。ようやっとかけました、とか言って。

で、今回見つかったミスは論文の中でアンケート調査を
しているのですが、そのアンケートを行うときに
アンケートに答えてくれた人に「アンケートの結果を論文に
発表しますが構いませんでしょうか。」という許諾を取って
いなかった、ということなのです。


おそらく慌てて書いたので、その許諾を回答してくださった方々に
取るのを忘れていたのか、と思います。
ですから、まず責任を取るべきは
執筆者本人ということになるのでしょう。

次に責任があるのは査読者です。
うちの論文は、査読と言ってこの論文を論文集に載せても
いいかどうか、という審査を行います。


その査読をした人が大甘の査読しかしていなかったのでしょう。
おそらくは文章の誤字脱字しかチェックしていなくて
内容にまで立ち入って細かくチェックをしていなかったために
論文の中に杜撰な個所があったのを見過ごす
というようなことになっていたのだろうと思います。
もしくは、そんな了承を得るなどと言うことをするのは
当然のことであるから、「了承を得ているものとして読んだ」
のかもしれません。

やれやれ。

まぁ不幸中の幸いだったのは
論文集の発行前だった、ということです。

間一髪、まだ何とかなった、ということです。
これが発行後に分かったら、配布先に
事情を書いたお手紙を送って(500くらいある)
返信用の封筒を入れて送り返してもらって
新しいものに交換する、というところまで
しないといけません。
まぁそれを考えたら、「この程度で済んだ」
ということで良かったのかなぁ、という気もします。

後、校正作業の時は、印刷会社から送られて来た
原稿に「これでいいのか」という確認の付箋がついている箇所が
相当数あるので
それを執筆者に電話して来てもらって原稿を読んでもらって
確認する、という作業もあります。

通し校正の時は、謙介は電話の前にずーっといないと
いけません。今回もそういうことが2時間で15回ほど
ありました。(この電話をかけて呼び出して、修正を
してもらう、というのも結構時間がかかります。)

今年は執筆者も少なくてページ数も薄かったので
まだましでしたが、執筆者は多いわ、ページ数も
300ページを超えるわ、という年は、この作業だけで
丸一日かかった年もありました。

とにもかくにもこの作業が終わったら、ちょっと一息です。
何とか今年も無事に終わって、、ホットとしている
というところです。

うちの仕事場に、謙介が出た学校の研究紀要という
論文集があります。

保存してある最初のほうのものは、もう黄ばんでしまっています。
その黄ばんでいるのは謙介がまだ現役の大学生だった時の
ものです。


今はもう黄ばんでしまっているその雑誌が、かつて出版されて
受け取った時のことも覚えています。
その時は新しく白かった紙がいつの間にか黄ばんでしまいました。


ほかの学校のものと違って謙介の出た大学の紀要には
卒業生全員の卒論の題目が名前とともに全部掲載されるのです。

もちろん謙介が卒業した翌年に出版された紀要には
謙介と同期で卒業した連中の卒論の題目と名前が
そこにありました。

文学部でも国文の専攻なんてそう多くないので、
全員顔と名前が一致していました。

薄暗い書庫でひとりひとりの顔を思い出しながら
(といっても21、2のころの顔ですけど)
今頃どこでどうしているんだろうな、とか
思いました。(何人かの人はお付き合いも
ありますが、でもそれは一部ですし、、
中にはもう亡くなってしまった人も何人かいます。)


紀要に掲載されている論文を執筆している先生も当然ですが
みんな知っている先生ばかりで、、。

先生の名前を見ながら、その先生の授業のことを
思い出したりしました。

あれからもう、、、
先生の中にはすでに鬼籍に入られた先生もおいでで、、

なんだか書庫でしんみりとそんなことを思い出していたりしました。


こんなふうに過去を思い出してはしんみりしてしまう、って
やっぱり卒業の季節だからでしょうかね。
今、こうしてウン十年が経って、、、って。

こうして思いもしなかった場所で
思いもしなかった仕事をしていて、、。


こないだ、加賀○さんのレッスンを受けた後の雑談で
日本文学の古典の話になりました。
「ついこないだ兼好が住んでいた双ヶ岡の辺を歩いたのですよ」
という話をしたり、、、。
加賀○さんはどうして古典を読むようになったか、ということに
ついて、動きの激しい報道というところにいて、自分が
流されないようにするための人生の指針を古典に求めたのだ、
ということでした。

大学の時の「中世文学講読」で1年間読んだ
徒然草をもう一度引っ張り出してきて読もう、
と思ったのでした。

     ×      ×      ×

米朝さん、お亡くなりになってしまったのですね。
80におなりになった時に、こちらで米朝さんの
落語会がありましして、拝見したのが最後でした。


(今日聴いた音楽 ラブストーリーは突然に 小田和正歌
 朝、NHKのラジオをつけたら聞こえてきたのがこの曲でした。
 梅津寺駅は通勤コースなのですよ。今日は大雨でした。)

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Comments

うちの大学も学部ごとに紀要があります。
卒論提出者は、全員、題目と名前が載り、指導教官が推薦したゼミ代表一名は、さらに論文概要も載せてもらえます。
論文の出来はともかく、ゼミ出席率が良かった私はゼミ代表に選んで頂けたので、卒業年度の紀要は今も大切に保管してあります。
紀要は国立国会図書館にも収められていますので、日本が潰れない限りは永久保存されるんだなあと、誇らしくも恥ずかしくも思ったのを覚えています。

Posted by: mishima | 15. 03. 20 at 오후 6:18

---mishimaさん
出席率ではないと思います。紀要は国立国会図書館だけでなくて、大学や研究機関にも交換で送られますから、その大学の授業の
水準ということも問われますから。
それはすごいです! mishimaさんがやはり
よくがんばったからではないでしょうか。

Posted by: 謙介 | 15. 03. 20 at 오후 9:51

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