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15. 03. 24

米朝さんのこと

今日のお話は一度書いたことがあるのですが。

10年ほど前のちょうど今頃でした。
謙介の仕事場の街で米朝一門の落語会がありました。

県民文化会館というところであったのですが、、。

その日は大ホールでフジコ・ヘミン○のピアノコンサート。
小ホールのほうで米朝一門の落語会の公演が
それぞれ行われていました。

究極の選択でしたが、謙介は迷った末に
米朝さんの落語会のほうにいたしました。

年齢から逆算して、米朝さんはそのころ
79歳くらいでなかったかな、と思います。

その日の米朝さんの噺は「鹿政談」
奈良のお豆腐屋さんが朝、店に並べた卯の花(おから)
を犬が食べにきたと思って、薪用の木をその動物に
投げつけたところ、それが犬ではなくて鹿だった、
という事件がありました。
江戸時代、鹿は春日大社の神のお使いとされて
鹿を殺したものは死罪でありました。

鹿が豆腐屋によって殺された話はたちまちに奈良の街に
広まります。奈良奉行のもとでお白州が開かれることに。

そうしていよいよお白州で吟味がはじまるのですが、
奉行はその豆腐屋が非常にまじめな人であったために
どうしてもその命を救ってやりたい、と思います。

そうして「これは鹿のようには見えるが、犬じゃのぅ」と周囲の者に
確認をしていきます。
途中落語ですからいろいろとありはするのですが

みんなお奉行の言葉に「鹿ではありません。犬です。」
と主張し、犬だということになるのでしたが、、、。

ここまできて米朝さん裁きのところを3度語りました。

そして握っていた扇子を膝前に置いて手をついて、
「すんまへん。さいぜんから噺のサゲが思い出せんようになりまして。
どなたかご存じの方、此処へあがってきてどうぞ教えてください。」
とおっしゃいました。 

会場があたたかい笑いに包まれた中、
その時、出番前で、まだトレーナーにジーパン姿だった
桂ざこ○師匠が出てこられて、米朝師匠にそっと
耳打ちをして、サゲを伝えました。

米朝師匠、「今、サゲを思い出しました。
続けさせていただきます」
とおっしゃって
(奉行)与兵衛(豆腐屋さんのお名前)、きらず(おからの別名)にやるぞ
(豆腐屋)マメで帰れます…

とおっしゃって、師匠の噺は終わりました。

そう広い会場ではなかったですし、
ホールの照明も明るかったので
観客のみなさんの顔を見ていましたが
みなさん、満足したような表情でお帰りでした。

生の米朝さんを見られたらそれでよかった、
少々の瑕瑾(かきん)が一体何なのだ、
と思った人が多かったのではないか、と思いました。

その終わりの部分に至るまでの
登場人物の個性の描写、奈良の街の描写、
話の間。


やはり本当に名人だなぁ、と思いました。


芸に破綻があろうが、収まりがどうだろうが
とにかく生きてさえいてくだされば、
それでよかったのです。

人間国宝というのは、各界において
そういう存在なのではないか、と思うのです。

謙介としては米朝さんを近くで拝見することができて
良かったと思いました。

それとともに、
これ以降「観られるものはどんな機会をも作って
見られる時に、ちゃんと
観ておかなくては、とこれ以降、心に強く感じたのでした。


このたびのご逝去は本当に残念でなりません。

どこかで「わはははは死んだと見せかけて、
生きてましたんやがな」とかおっしゃって出てきて
くれへんかな、とも思いました。

うそやろ、と思いたい。
でも、米朝さんのお亡くなりになったのは
どうもホンマのようで
ございます。


仕方がありません。 でも道頓堀で、こちらの県民文化会館で
それぞれ拝見した師匠の高座の思い出は自分の記憶の中に
今もはっきりと残っています。

つつしんでご冥福をお祈り申し上げたいと思います。


そうそう。

米朝さん ジブリのアニメ映画の
声優もなさっておいででしたね。


米朝さんがおやりになった阿波の金長狸は
徳島の銘菓になっています。


ということで。

(今日聴いた音楽 いつでも誰かが
 『平成狸合戦ぽんぽこ』から 歌上々颱風
 1994年)


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Comments

買物に車で片道40分程度かかるのですが歌丸さんが来てくれたみたいです、地方(ど田舎)ですが何故⁇…鈴本演芸場でしたか1回行ったんですがクーラーが苦手で寒かった。
お風呂場のカビ取り(天井含)+洗濯槽の掃除年末にしたんですが再度ちょっと疲れました、綺麗にしたのに甘かったのかと反省してます。父母ではなく担当は私ですので‼︎
発音ですかN◯Kも地方中継だったりするとアクセントが…小学生のクリスマスに枕元に国語辞典がありましたね(重くて何だろうと開けたら…)
ヨーグルトついお安い物を購入してしまうんです、個人的にはケフィアの方が好きですが店頭にはないです。
猿之助さんス◯キのCM迄ご苦労様というよりお気の毒、海老蔵さんなら伊◯園だけでいいのでしょうが…更にユ◯クロでパリ迄+東京、秋にはワンピース、中車・團子さんの事もあるでしょうし嫌とは言えないんでしょうが長生きは難しいのではと心配です。
芝雀さんが雀右衛門になるのは嬉しいですが松竹の襲名オンパレードチケット高騰戦略には疑問を感じています。松竹座でも藤十郎さんが酷使されているんだろうなと、大事な方ですので無理させないでほしいです。花形の方々でも菊之助さんぐらいのスケジュールが普通なのでは⁇

Posted by: ゆき | 15. 03. 24 at 오후 10:01

米朝さんの十八番「地獄八景亡者戯」には、地獄寄席の出演者に米朝の名前があるのをみて「まだ米朝は死んでないと思いますが?」「よう見てみ。近日来演と書いてある」というくだりがあります。
訃報に接し、私は一番にこのネタを思い出しました。同じ思いの人はたくさんいたようで、Twitterでは地獄寄席にて「米朝枝雀親子会」開催と話題になっていました。
自分の知っている人があちら側にいってしまうのは悲しいですが、また会えると思うと、いつの日かあちらにいくのが楽しみにもなる、そんな落語でした。

Posted by: mishima | 15. 03. 25 at 오후 1:00

---ゆきさん
猿之助丈、それに加えて今年の5月
大三島の大山祇神社でしまなみ歌舞伎を
するそうです。今朝のニュースで言って
いました。そこここで意欲的な公演を
されているのは頭が下がる思いが
するのですが、それが果たして報われて
いるのだろうか、という気がします。
しまなみ歌舞伎、去年は海老蔵丈だった
のですが、、
あれももうちょっと観客の数を増やして
安くして見やすいようにしてあげないと。
ただでさえバカ高い橋の通行料金も
払って見に行くわけですから、、。
歌舞伎と落語を一緒にしてしまっては
いけないのかもしれませんが、
演者の熱をもっと生かせるような
興行にしないと、演者も観客も
たまったものではありません。
ゆきさんがいつもおっしゃって
くださいますように
興行的に、もっともっと改善の余地が
あるように謙介も思います。

Posted by: 謙介 | 15. 03. 25 at 오후 1:39

---mishimaさん
名人、上手と呼ばれた人が去っていくのは
この世の習いとはいいますが、
やはり残念でなりません。
どんなことがあっても生きていて
欲しかったなぁ、、。
でも湿っぽくしていても仕方がないですし、
落語はそんな人の死さえ茶化してしまう
ところがありますね。
今頃、冥土で、「せーねんがっぴ、を」
とか枝雀さんとご一緒にやっているので
しょうか。
またいつかそんな公演を、と思いながら
亡くなった師匠をしのびたいと思います。
ありがとうございました。

Posted by: 謙介 | 15. 03. 25 at 오후 4:24

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