« みんな嫌なんだ | Main | 1週間のち »

15. 01. 22

それがプロの技術というものなのですね

今朝、新聞を見ていると某雑誌の新刊が出たとのことで
その広告に表紙写真が載っていました。

見ててああ、これがプロの技術なんだ、と
思いましたです。

その表紙に写っていた方と以前、謙介一緒に
写真を撮っていただいたことがありまして。

その謙介の持っている写真は、その場にいた別の方が
謙介のデジカメで撮影してくださったので、
ごく普通のスナップ写真なわけです。

ですが、雑誌の表紙の場合は
衣装にはじまって
ライティングもあるし
当然カメラマンの技量だってそこにありますよね。
カメラだって相当の性能のいいものでしょう。
何カットだって撮るし。

おまけに写真が良くなければ、雑誌ですから
売り上げにだって影響するでしょうし、、。

同じ人なのにこの写真の違いは何?
そう思うと
なるほどプロの仕事っていうのは、こういうことなんだ、
と改めて思ったのでした。

ひとつのことを長年取り組んできて、すばらしい
仕事をする。そういう職人さんとかプロの仕事に
本当にあこがれます。

今の世の中、雇用にしても期限付きとか
短期でいろいろな職場を経験していく、
というふうに一つの技能を磨いて
自分を高めていく、ということが非常に
できにくい世の中ですね。
キャリアという考え方自体も、
一つの専門の中で、というふうに考えるのではなく
いろいろな仕事を経験してその中での自分、
というふうにトータルに考えないといけなくなって
きているように思います。

そのプロ、という仕事のことなのですが。
それでここ数年、謙介、自分自身で思っていることが
ありまして。
自分って、本当に中途半端だなぁ、って思っているのです。

今までいろいろな仕事をしてきました。

その中で、本当に自分が一生をかけて
信じてやっていく仕事は何なのか。
自分は何ができるのか、
ということを思い、探し続けてきました。


で、その割り振られた仕事に集中して何年かやっていくうちに
うーん、どうしてもこれじゃない、ということを
思うようになってしまうのです。

傍目では、ちゃんとやれていてそれなりに実績も出ているのに、
と言われるのですが、でも、そうじゃない、もっと自分のすべてを
かけてできるものがあるだろう、
という気がしてくるわけです。

そうやってまた別の何かを探す。そしてやってみる。
やっている間は、そのことに集中してやります。

それは飽きるから投げ出す、というのではありません。
自分の心に、これを一生をかけてするのは何だかこれでは違う、
という気が起こり始めるのです。
そうしてそれを置いてまた別の何かに取り組みはじめて、、。
その繰り返しばかりで。

そして振り返ってみると
そうした中途半端なものが累々と放置されていて、、、

そうしたら、自分は一体何をしてきたのだろう、
と思い始めて、、さらに、本当に中途半端で
なにひとつまともにひとつのものをつくりあげて
ないじゃないか、ということを思ったのです。

自分の核になるようなものは何だろう、
と思うと、そこには大きな空洞しかないことに
気がついてしまった。

自分が何をしたいのか、
分からなくなったときは、とりあえず
目の前のことをひとつずつやってみる
ということにしています。
その中から見えてくるものもあるように思いましたし、、。

そうやって今まできたのですが、
振り返ってみたら、
なるほど目の前のものは片付いたのですが
それだけしかないじゃないか、と
いうことになって、、。

こんなものでいいのか、とふと疑問におもいはじめたのです。
そんなのは、考える余裕があるからなんだよ。
考える余裕さえなくて、目の前のことだけしかできないような
ぎりぎりの生き方でここまできたんだ、
オマエは甘い、と言う方もおいでかもしれません。
(うちの親の仕事を見ていたら、
そういうふうにぎりぎりのところでやってきたの
わかりますもん。)

生き方なんて他人と比較してはいけないのですが
果たして自分はこれでいいのか、というところと
後の人生の中で果たして自分はどうしたいのか
どの方向に進みたいのか、
どれだけのことができるのか、
というところで、悩んでいるように思います。
今自分はどうしよう、と立ち尽くしている、というのが
偽らざる気持ちだと思います。


でも、ここまで書いてきて、ひとつよかったことが
ありました。自分の考えがある程度整理できた、
ということでした。
どういうことに悩んでいて、どうしたいのか、
ということが少しわかったように思います。

今日もこんな長く読みづらい文章を
お読みくださったこと、本当に感謝感謝です。


果たしてこれをお読みのみなさんは
ご自身の仕事について、
どんなふうにお考えなのでしょうか?


(今日聴いた音楽 ムーンライトセレナーデ
 歌 阿川泰子 あーさんでございます。
 こんな時にこんな頭に霞がかかったような曲を聴いて
 いるのはやはりどこか太平楽なところが
 あるんですかねぇ。)

|

« みんな嫌なんだ | Main | 1週間のち »

おげいじゅつ」カテゴリの記事

Comments

僕は、その時に、宇宙からおあずかりした仕事をやってるってスタンスみたいで、あんまり崇高に考えたことがないです。
ある意味自由ですが、もう少し真摯にとりくんんだほうがよいのかもです。反省。

よくよくかんがえると、あ、これにつながるだって…出来事が人生で出てきたりするので、人生って無駄がないって思えます。
謙介さんは、人生にとってもまじめで真摯ですね。僕は、不良かも…汗笑。

自分を整理できたなんて、とってもすばらしいではないですか、僕も、考えてみようと思いました…。

Posted by: holly | 15. 01. 25 at 오후 12:10

---hollyさん
たまたまずーっと専門で一筋にやってきた
友だちと話をしたんですよ。
「俺はこれしかできんから」とか
言って笑うんだけど、本当にそういうの
すごい、って思いました。
今の世の中あること習っても
数年でそれが使えなくなったり、
全く別のことをしないといけなくなったり
します。習熟とか、円熟という言葉が
全然顧みられなくなってきてて、、
何でも変化するのは分かるんですが、
そういう技術の深まりのないまま
次へ次へ、っていうのは
何か納得できないんですよね。
で、振り返ってみたら自分もそういう
ふうなことになっていて、、
一筋にやってきた、というのが
いいなぁ、と思ったので、
こんな文章を書いてみた、ということです。

Posted by: 謙介 | 15. 01. 26 at 오후 4:16

私は20代30代に転職が多かったので、長年一筋と言う訳ではないです。
それぞれの職で頑張りましたし、その時に取得した資格も残っていますから、無駄な積み重ねではなかったと信じたいです。
父は中卒から75歳までずっと金属加工をしていましたので、父への憧れはありますし、父と比べると自分は中途半端だと思います。
その辺りは、謙介さんと似た感覚だと思います。

Posted by: mishima | 15. 01. 27 at 오후 12:04

---mishimaさん
今の世の中、ひとつのことを永年、という
ようなことはなかなか難しいですね。

大体が国だって、「雇用の活性化」とか
美辞麗句でもって期限付き雇用とか
非正規雇用を推進するようなことを
言っていますし、、。
アメリカは終身雇用はしない、なんて
嘘を言っている人もいます。あれは
でたらめです。 外資系企業でも
アメリカ本土では終身雇用ですし、
最初の数年間はお試し雇用で
その人を見ていて、人となりが分かったら
終身雇用に切り替える、という会社も
多いです。まぁそれはともかくとして。
あれこれやってきてもmishimaさんの
ように、そういうやってきたものが
蓄積されて次のステップに生かされて
いるのはとてもいいと思います。
自分の場合は、本当に一体何を
してきたのか、とこの歳になって
おもうことがあります。

Posted by: 謙介 | 15. 01. 28 at 오후 12:26

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/61013264

Listed below are links to weblogs that reference それがプロの技術というものなのですね:

« みんな嫌なんだ | Main | 1週間のち »