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14. 11. 26

2014年秋・西国巡礼の旅(その2)

この連休中に年賀欠礼のはがきが何通か来たのですが、
そのうちの1枚を見て、うちの家族は絶句してしまいました。

昨年のちょうど今頃のことでした。

オフクロの古い友達が、京都の南郊、城陽市にいたので
京都に行ったついでに会いに行ったのです。

そのお友達も心臓が弱く、もう四国までは来れないだろうと思い、
うちのオフクロだって、一人では無理なので、機会を作って
城陽まで行ったのでしたが、、そのお家から、
その人が亡くなったとの連絡を受けたのです。


今にして思えば、つまりは去年の秋が最期だった、ということです。
「よう会いに行ったもんやなぁ」と言うことばが出たのは当然でしたが、

今更ながら、会いたい、と思った時には何が何でもその時に会う。
そのうち会いましょう、はもう絶対にダメなのだ、ということを
うちの家族は改めて強くそう思ったのでありました。

さて話を西国巡礼の旅に戻します。
中国道の福崎インターからまっすぐ東に30分ほど走ると
神戸北三田(こうべきた・さんだ)インターにつきます。
東京の港区の三田は「みた」ですが、
兵庫県の三田は「さんだ」と音読み発音の地名です。

この三田インターを降りてずーっとまっすぐ走って、
途中から左折してさらに二股の道を左に行くと
番外札所の「花山院」に着きます。
そうですね。インターを降りて県道を走ること30分くらいでしょうか。
途中からすごいくねくねとした山道の上りになります。

ここは、西国霊場を開いた花山院さまが亡くなられた場所なのです。
それで「番外札所」になっています。
花山院は山の中腹にあります。正面の山は有馬小富士です。
やはりうねうねと登ってきただけあって、見晴らしが素晴らしい。
Kazan2

花山院のご廟所の石碑もありました。
Kazan1

境内はさすがに標高が高いので紅葉が美しかったです。
まだ緑のもの、黄色になったもの、紅のもの。本当に錦のように
さまざまな色の木の葉が綾なしていました。
加えて人が誰もいない!

静かな紅葉の境内ですわってしばし紅葉狩をさせていただきました。
Kazan3
御朱印をいただいた折に花山法皇の話をお寺の方がしてくださいました。

「この後どこにいかはりますか? 」と問われたので
「京都です。それで、ここから北上して篠山に抜けて、
それから東に行って園部か亀岡に出て、
京都に行こうと思てますねんけど」と
答えたら

「その道がよろしわ。神戸に出て名神走るのに比べたら
そのコースの方が早うおまっせ。
この辺の人、みなその道使うて京都出てますわ。」
ということで、地元の方のお墨付きということもあって、
当初の予定通り園部経由で京都に行くことにしたのでした。


花山院を下りて、県道に出ますと今度は北へ北へと走ります。
途中で道がものすごく細くなって、これで合うてんのかいな、
と不安になりかかると県道の標識が出て安心です。
峠を下りて丹波篠山に来ました。

ここまで来たら分かります。東へ走ると天引峠(あまびきとうげ)で、これを越えると
京都府南丹市。南丹市、って言われてもいまだにピンときません。
船井郡園部町と言われたほうがどれくらい分かりやすいか。

しかし去年の今頃も園部に来れましたし、また思いがけなくもう一度来ることが
できました。

園部の道の駅でちょっと休憩。コーヒーをいただきました。
山陰線は京都から園部までが複線で園部からが単線です。
ここは園部駅を過ぎた場所なので単線です。

それにしても園部は本当に懐かしい。
Sonobe

園部で思い出したのが隣の「吉富」にある豆腐屋でした。
園部から国道9号線を東に走ります。この辺、国道とJRの山陰線が
並走しています。 園部の次が「吉富駅」。

この吉富駅の前から左折して山の中へどんどん
走っていきますと、突然こんなものが立っているわけです。
丹波の山里にこの多大な違和感のあるモニュメント。(笑)


ここがあの男前豆腐の本社工場なんですよ。
男前豆腐は園部川の水で作られています。
Otokomae1
この園部川が亀岡に行って保津川になって、、、と、
その後下流に行くにしたがってどんどん名前が変わっていくのです。

ここが工場の入り口です。

ここで男前豆腐の前掛けを買いました。
Maekake


豆腐屋に来て、豆腐を買わない、って、、。(笑)
でも四国でもここの豆腐は売ってるし、、。
旅行は始まったばかりで、豆腐を持ってうろうろもできないし、、
Otokomae2

男前豆腐の工場からまた国道9号線に戻って少し行くと
八木を越えて亀岡に入ります。
前は木造の田舎の駅、っていう感じだったのが、いつの間にか
おしゃれな駅舎になっていてびっくりしました。
Kameoka1

あのころは山陰線は電化されていなくてディーゼルカーか
ディ-ゼル機関車牽引の客車で、、本当にのんびりと走っていました。
Kameoka3

これは亀岡駅から京都方面(馬堀・保津峡方面)を見た風景です。
この風景は昔とあまり変わっていません。
写真には撮れていないのですが、この時期
丹波の山里には柿の実の色が鮮やかです。
山里の茶色い風景の中に、柿のひときわ鮮やかな色が
目だって美しいのです。 本当に日本の秋だなぁ、と
思います。

Kameoka2

亀岡でちょっと時間があったので前に行った西国札所の一つの穴生寺に
行きました。夕陽が当たって山門が輝いていました。
Anoji

境内の銀杏の木が特に見事でした。
Anouji1

とはいえほかの紅葉もこんなふうで、本当に息をのむような鮮やかな色で、、
今回の旅行、両親はもう寒いのでは、と心配していたのですが
思ったほどでもなくて、、よかったです。今回の旅行では朝の姫路の書写山も
でしたが、紅葉が素晴らしく
良い時に来られた幸運にただ感謝感謝でした。
Anouji2

本堂の正面です。西国霊場の中では、階段も少なく
お年寄りにも比較的行きやすいお寺でした。
Anouji3

それから、兼好さんの「つれづれぐさ」の場所へ。(笑)

亀岡は旧国名で言えば丹波国にありますす。

ここが現代の出雲大社の亀岡分祀。
ですから丹波に「出雲といふところ」ということになりますね。

ただまぁ兼好法師の行った「丹波の出雲」はこことは違うのですが、、(笑)
しかし、出雲の勢力はここまで来ていた、というわけですね。

それでも出雲の文化は丹波までは来ていたのですが、
さすがに京都の街中では、今では出雲の影響はあまり見られません。
わずかに「出雲路橋」くらいで痕跡が残っていますかね。

やはりここから先、亀岡と京都の境の「老の坂」
が大きな地理的要因だったかもしれません。
亀岡(丹波側)と坂の向こうの京都市西京区では
雰囲気がガラッと変わってしまいます。
ただまぁ、西京区は、最近ものすごく開発が行われて
昔のイメージはすっかりなくなってしまいました。
西京区の物集女なんか、謙介が大学のころまで
ここにある四つ辻に女の幽霊が出るなんていう怨霊話が
ありました。今、物集女なんて、お化けなんて、、あはははは
というような場所です。

あ、老の坂と言っても別にオッサンの謙介のことではありません。
亀岡と京都の境の坂の名前が「老の坂」というのです。
Izumo

ということで、この後、本当に老の坂を越えて、京都岡崎の旅館に
入ったのでした。


(今日聴いた音楽 ジャンバラヤ 歌 江利チエミ 
 カーペンターズのジャンバラヤ、で聞き慣れていましたが
 こっちもおもしろいなぁ、と思いました。ちょっと中国風だったり、、)

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