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14. 10. 13

治療日誌(第30・31週:9月14日~9月27日)

台風19号も現在四国西部からは過ぎ去りつつあります。
台風が来るというので、謙介、昨日の12日のうちに
仕事場の街のほうに移動していました。

あんな大きな台風です。高速道路、一般国道なんて
通行止めになることは当然予想していましたから。
移動できるうちに、と思って繰り上げて戻っていました。
朝、夜が明けてみると、すでに嵐かなあ、と思ったらまだ小雨でした。
片づけやら掃除機をかけて掃除をして、9時になったのですが
まだ小雨だったので、何軒か買い物に行きました。

友達が来月ミュージカルの公演をするので、
そのお祝いの花束を花屋さんに注文に行ったり、その後、スーパーに行って
ささっと買い出しを済ませて10時半には家に戻りました。
幸い、戻ってしばらくすると雨がひどくなって、、。
台風といっても、謙介の住んでいるのはどちらかと言えば内陸部
なので、風もそう吹かず、雨が少し激しく降った程度でした。
朝の10時半から午後2時半ぐらいまでが雨のピークで
3時過ぎにはもう小雨になっていました。

今、午後7時過ぎですが、雨は止んで虫の音が
あちらこちらから聞こえています。

これから、台風は東上していくでしょうから、
東のほうの方は、どうぞお気をつけください。


さて。振り返りますと、2月19日からはじまった
この治療ですが、10月の8日で、何とか終了しました。

最初の予定では8月のはじめまでには終わる、ということでしたが
結果的には2か月余分にかかった、ということです。

10月8日に主治医から10月1日に行った採血の結果をもとに
診断があって、今回の治療は終了しました。
その翌日、県の保健所に治療補助の受給者証も返却しました。
一つこれで区切りがついた、と思いました。

最後のほうはもういったいいつ終わるのか、
というようなことを思っていましたが、
よく考えるとそれは、体調が良くなったからこそ
言えたことに違いないのです。

状態が悪くなっていたなら、
もっともっと切迫した気持ちで、
治るまで続けなければ、と思うでしょうし
もう、いつになったら終わるの、なんて
そんなのんきなことを言うような状態でも
なかったはずです。

うちのブログについている検索キーワードを
見てみると、やはり結構多くの方が、今回使った
シメプレビル治療とか、ソブリアードというキーワードで
ここに来られているのがわかりました。


そこで、一応、この週版の治療記録の後で
今回の治療を受けてのまとめの記録を書いて
おいたほうがいいのか、とも考えたりしています。
それはまた今度の機会にするとして

とりあえず今日は、途中になっていた治療日誌を
つづけていきたいと思います。

          ×         ×

9月14日(日)
京都の発表から帰って一段落する。
ここ半年いろいろとやってきた資料を整理しながら
ひとつ終わったなぁ、と実感する。
とりあえず一昨日・昨日の疲れは出ていない。
(と言っても翌日に疲れが出なくなって二三日後に
出るのだけど)

9月15日(月)
高知の友達がうどんツアーに来たので同行する。
栗林の上原屋本〇⇒中野町の松〇⇒金蔵寺の長田in香の〇
⇒善通寺のうどん屋というコース。
お昼前にお別れして、少し休んで、夕方仕事場の街に移動
夜、着いて片づけをしていたら、宅急便が来た。
何かと思ったら、前に一緒に仕事をしていた方から、
自家製イチゴジャムとブルーベリーソースの差し入れ。

9月16日(火)
皮膚のかゆいのは相変わらず。特に左わき腹の一部が
カサカサになっていて、非常にかゆい。
主治医は副作用なので、治療が終わったら治ります、
ということではあるのだけど、、。

9月17日(水)
診察日。主治医から今、一番困っていることは?
と質問されたので、「階段があがれないことです」と答える。
前回もそうだったのだけど、1階から2階にあがろうとしただけで、
途中で息切れはするし、足が鈍くひきつるような感じがしてしまう。
階段を5、6段上がったら、もう無理という感じ。
後、別に蚊に刺されたわけでもないのに身体のあちこちが
かゆい。特に背中。これは前回の時もそうだった。
あまりに背中がかゆかったので、孫の手を買ってきて
それを日常的に使っていた。今回もその片づけていた孫の手を
出してきてまた使っている。 
階段があがれない、皮膚がかゆい、と困っている、と言っても
主治医は、「それは治療が終わったら治る」と言う。
問題はここにあると思う。

患者の意識としては、階段が上がれないとか
背中があまりにかゆくて仕事に集中できない、というのは
普通の日常生活が送れない、という点で、非常に困ったことで
あると思っているのだけど、主治医はそんなもの、という程度と
しか思っていない。だから結果的にこういう質問をされても
「どうせ、治療が終わったら治る」という答えしかもらえないだろう、
という想像が働いて言っても無駄、ということになってしまう。

採血をして帰る。

9月18日(木)
電話で昨日の採血の結果を聞いたところ、やはり
好中球数の悪化のために今回は注射は見送りとなる。
ただ、主治医に9月中は週2回通院ができるけれど、
まさか10月まで治療が延々と続くとは思っていなかったので
10月から仕事が忙しくなり、週2回の通院は無理である、
とのことを言う。相談の結果、22日の月曜に23回目の
注射をして、(22日だったら血液の状態も回復している
だろうとのことで。) 最終の24回目の注射を10月の1日に
行うことで、何とか終了、ということにしましょう、とのことになる。
ようやっと目途がついた。

9月19日(金)
午後から年休をもらって実家に帰る。車を修理工場に持っていく。

9月20日(土)
朝、一番の高速バスでOCAT。南海なんばから高野山に行く。
夜のバスで実家に戻る。
金剛峰寺にお参りし、緑の木々の中を歩くと、とても落ち着いた
気持ちになった。今回は日程的に余裕がなかったので
今度は1泊したいとぜひとも思った。

9月21日(日)
昨日のことで熱とかは出るかな、と思っていたけれど
朝が36.4度、夕方が36.2度で、発熱はなかった。
朝、日産に行って車引き取り。 夕方まで休んで
仕事場の街に移動。

9月22日(月)
仕事が終わって、がんセンターに行く。
予定通り注射の23回目を行う。

9月23日(火)
部屋の掃除と洗濯をしたほかは一日身体を休める。
夕方、原稿書きをする。

9月24日(水)
昨日書いた原稿の再読を行う。
薬局に行って、最終1週間分のレベトールをもらってくる。
仕事場で、2階から5階に行こうとして
階段は上がれるかな、と思って試してみたがやはりダメ。
2階から3階まで上がったら、目の前が真っ白になって
しまったので、やはりしばらくはエレベーターを使うしかないなぁ
と思う。

9月25日(木)
原稿の校正を行う。今日は語句だけ見ていく。
皮膚のカサカサになっている部分が非常にかゆい。


9月26日(金)
仕事が忙しくなる。しなければならない仕事を全部紙に書き出して
順番をつけて、一つずつ片づけて行く。 夜、実家に移動。

9月27日(土)
オフクロの通院に付き添い。
診察が終わって出たら、もうお昼だったので、そのまま外食して帰る。
午後、扇風機と窓のすだれなどを片づける。
近いうちにグリーンカーテンにしていた朝顔も片づけなければ。


(今日聴いた音楽 In My Life 歌 川手照子)


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