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14. 10. 14

治療日誌(第32・33週:9月28日~10月9日)

9月28日(日)
朝顔の片づけ、とおもっていたが、家の中で、ごみの分別やら
新聞をまとめてひもで結わえる、というようなことをしていたら
ことのほか時間がかかってしまい、朝顔は次週に持ち越し。
夕方、仕事場の街に移動。

9月29日(月)
朝から会議があった。
どうでもいいような枝葉末節の些少なことにこだわって
ギャーギャーいう人がいて、正直そんなこと、どうでもええがな
ばかばかしい、って言ったらいけないのだろうか、とか思った
けれども、たぶん謙介が正直な意見を言うとさらに紛糾して、
会議が長引きそうで、うっとうしくなるので、意見は言わなかった。
その代りに、最後の議決になった時に、反対、と言った。
議決の結果を見てみるとみんなその人の意見に
反対をして、結局否決されたので、ああ、みんなも同じことを
考えていたのだと思った。

9月30日(火)
仕事のことで、打ち合わせをしていくと、やはり
9月の末で、いろいろなものが一段落した、という感じがした。

10月1日(水)
仕事を終わって、がんセンターに行く。
最終の24回目の注射と、月初めなので、試験管7本分の採血をする。
毎週毎週、左右の腕は変えるのだけど、採血をしているので
注射針を刺されるとやはり非常に痛い。
でもまぁ今回で終わりだと思うと、ちょっとほっとする。
中央処置室の看護師さんに、「長かったですがよく頑張りましたね」と
言われたのだけど、今月からばたばたと忙しくなるので、そのことが
頭を占めていて、治療が終わった方については
あまり実感がなかった。
一応「どうもありがとうございました」とお礼は申し上げたのだけど。

10月2日(木)
注射は終わったけれども、後、一週間、レベトールは飲み続け
なければならない。
そのことがあるから終わった実感がまだないのかもしれない。
後、一週間、最後までのみ忘れのないようにしなければならない。

10月3日(金)
明日、原稿をプリントアウトする。
昨日の晩から歯茎が腫れて痛い。ごはんが食べにくいのが困る。
晩は雑炊にした。 夜、実家に移動する。

10月4日(土)
朝9時過ぎに原稿を持っていく。
そのあと、図書館に行って、高野山関係の本を何冊か借りてくる。
歯茎が昨日より痛くなる。

10月5日(日)
台風が来そうなので、昼過ぎに出発する。
出発が早かったので、台風の影響もなく、いつも通りに
戻ってくることができた。夜中になって、台風通過。
風の音、雨の音激しくなる。
歯茎の腫れ、少しましになる。

10月6日(月)
夜は友達と外食。
(最初に行こうと思っていた中華のお店が臨時休業だったので
その近くの定食屋に行く。)
帰って早くに寝る。

10月7日(火)
朝から市内一斉「美智也」の日。

朝の5時半からこの音楽が市内中に鳴り渡る。
スーパーに行っても店内音楽は全部これ。
市内どこに行っても美智也から抜け出せない。(笑)
それにつれて、町内放送の連絡がやたらあって
やかましくて仕方がない。

で、これが朝の6時過ぎの状態。
月曜晩に一緒にご飯を食べた友達も言っていたのだけど
神輿に乗って上から煽っている人が、どう見てもカタギの人に
見えないねぇ、、って。あれで果たして市民のための祭りなんだろうか、
という素朴な疑問がいつもあるよね、という話をしていた。



10月8日(水)
病院に行く。
10月1日の採血の結果をいただく。

総コレステロール----139
AST --------------22
ALT --------------10
γ-GTP -----------11
白血球 ---------2,800
赤血球 ----------325
好中球数 ---------20
ウイルス ----------検出せず

ただし最終的な結果については、これから1か月に1度通院して
採血をしていって、半年経過観察をして、最終的な判断と
なるとのこと。

終わった実感がないのは、たぶん治った実感がまだないからだと
思う。前の時は、治療が終わる直前になって消失していたはずの
ウイルスが再燃して、見つかる、ということがあった。
結局1年間治療したけれども、効果が無かった、ということが
あった。 おそらくはその時の意識が今もあるのだと思う。
「終わっても最終的にどうなるかわからない」という意識が。
なので、終わっても全然終わった、というすっきりとした気持ちに
ならないのは、そういうことだと思う。
仕事も今週後半からまた忙しいし。
まぁとりあえず終わったので、
ホッとしながら病院から帰ってはきたけれど。

と、いうことで、あまり終わった、治った、という
実感があまりないままに治療終了になった、
という次第。


と、いうことでこれが最後の薬。
Kusuri1


(下に写っているのは治療記録のノート)

以上で治療日誌は終わりです。
近いうちにまとめを書いておきたいと思います。


(今日聴いた音楽 なのにあなたは京都に行くの
 歌チェリッシュ 1971年 これはリアルタイムで
 聞いたことはないんですけど、、。 このころ
 ディスカバージャパン っていう国鉄の広告で
 京都とか萩、津和野、鎌倉が何度もCMに
 載りまして、、そういうブームだった、という
 時代背景があっての曲かなぁ、と思います。
 けど、謙介は当然この曲は京都で聴いたわけです。
 しかしこの曲を聴くというのは、ちょっと歌詞に
 そぐわないような気もしましたが。まぁいっか。)

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Comments

治療中も忙しくしていらしたので大丈夫かな⁇と思っていました、謙介さんの真面目で誠実な所が仕事を引き寄せるんでしょうか。台風の際避難指示があったんですが避難場所がないんですわ…お祭ですが地元では皆さん嫌がってるそうで…嫌なら辞めたらいいのに。勧進帳売れてませんね、予想どうりかなと?国立劇場位の価格+観易さならもっと沢山の人が観劇しそうですけど?松竹は先行投資する気はないでしょう‼︎未来なんて考えてないでしょうから、い何時になったら歌舞伎から手を引くんですか(; ̄O ̄)

Posted by: ゆき | 14. 10. 16 at 오후 12:27

---ゆきさん
治療が終わりました、と言われたんですが、
本当に終わったの? という感じで
未だに実感が持てないでいます。
避難場所がない、っていうの、すごく
よく分かります。うちの実家の街も
「避難準備」まで出たんです。
それで、一番近場の避難所を見たら、
なんと2キロも先の小学校。そこまで避難
する間に何らかの二次災害に巻き込まれたら
目も当てられません。両親に、「こんなん
やったら、家でいたほうがええで。」と
電話したくらいで、、、。

お祭りの間、市民生活はほとんどストップ
してしまいます。ゴミの収集も中止、
すごいのは小中学校が3日間お休みに
なります。学校は地域の行事への
参加、ということなんでしょうが、
そうしたら神道だけ優遇になりません?
クリスマスは? 花祭りは? と
言いだしたらどんなのでしょう?
勧進帳が売れない、って、まぁ言ったら
忠臣蔵でこけた、っていうようなものでしょ? もうどうしようもないですね。
客が見限り始めた、ということなんですよ。

Posted by: 謙介 | 14. 10. 16 at 오후 10:25

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