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14. 09. 23

治療日誌(第28・29週:8月31日~9月13日)

謙介の病気の薬については
近々また別の新薬の適用が
はじまることになってはいます。


これになりますと、インターフェロンを使わないので
謙介のように、延々と治療期間が延びて延びて、という
ことはもうないと思います。

主治医のお話によると
ただ、次に採用になる薬はなるほど効果は高いそうですが
突然変異株ができる事例が結構ある、ということです。
ということは、この薬を使って変異株ができた場合は
その次に出る薬以降は薬の効かなくなる、という可能性だって
あるよ、ということだそうで、今秋承認になった薬については
うちの主治医は正直、あまりお勧めしません、とのことだそうです。


それでも今秋に承認になった薬以降も新しい薬が次々に出るようで
過去にがんセンターに入院した時に、この病気の手遅れで
同室に入院していた人が亡くなった、というのを何度も
接してきたので、
新しい薬によって一人でも患者さんの命が救われて欲しい、
と切実にそう思います。

ただ上に挙げた以外にやはりいくつか問題もあるんですよね。
一つは患者側の意識の問題。

この病気って、病状が深刻化して腹水がたまるとか
肝硬変から肝がんになるというような状態にならないと
自覚症状がないので、放置されたままで、ということが
多いのです。で、気が付いたら処置できない、という
状態のことが多いです。

今、倍賞千恵〇さんがやってる「日ごろ肝臓の検診を」
というCMとか啓発のポスターを見るのですが、
CM、本人に肝臓が悪いから何とかしたい、という
意識の高まりがないとどうしようもありません。
そういう患者側の意識の問題もあります。


それからもう一つは、新薬と言うのはどこかの環境大臣が言った
台詞がそのまま当てはまるということでした。
「結局は金目でしょ」というあれです。


今回の治療を受けていて実感したのは
新薬の開発というのは、仮に製薬会社がこの病気に
効く薬を作ったとしてその薬が果たして会社にとって
儲けになるかならないか、
で薬の開発が決まるのだ、ということです。

今、アフリカでエボラ出血熱が流行って
大変なことになっていますが、なぜ、今まで
そのための薬が開発されなかったのか、
と言えば、製薬会社が薬を開発したところで、
エボラ出血熱では儲けにならない、と
踏んだから、開発しなかった、ということのようです。

謙介の病気については日本国内で300万人はいる
ということです。そんでもって謙介の使っていた
シメブレビルなんて、たった1錠が数万円の薬です。

それを何万人かの人が一斉に使ったら
そりゃ製薬会社は儲かるでしょう。

それも全部外資系の製薬会社であって国産は開発費が
出せないので、そういう新薬はなかなか作れません。
そういうところ、特に外資系の製薬会社はシビアですね。
金になるかならないか、で、製薬製造を判断しますもんね。


        ×       ×       ×
8月31日(日)
熱はこのところ36度台で、以前のように発熱することは
なくなった。今年の夏は、暑くなかったので、本当に
助かった。これで去年の夏みたいに、38度とか39度とか
いっていたら、ずーっと寝ていたかもしれない。何とか
立ち上がって頑張れたのは夏が暑くなかったからと思う。
夕方、実家を出発、仕事場の街に移動。

9月1日(月)
仕事場の研修会その2、今日は謙介が各発表の
タイムキーパーをするので、研修の間中、時計と
にらめっこ。同時進行で発表の内容もまとめて
おかないといけないので、終わったらちょっと疲れた。
このところ食欲があまりない。

9月2日(火)
明日は9月1日付で新たに入った人の研修の講師を
しないといけないので、その資料をもう一度見直す。
今年の3月に1時間半でやったバージョンを1時間で
やってくれと言われたので、どこを削るか悩んだ。

9月3日(水)
午後から1時間ほど、レクチャーをする。
何とかうまく行った。 しかしそれにしても食欲が
あまりない。食パン1枚食べるのにさえ、途中で嫌になって
しまう。終わってから病院に行く。
いつものように採血をする。

9月4日(木)
昨日の採血の結果、やはり白血球数が3000
好中球数が14。 3000×14で42000となって
50000に達しなかったので注射は中止。

9月5日(金)
9月13日の京都での学会発表の発表用ペーパーを
作る。見なくて言えるようにはしているけれども
もし、頭が真っ白になって立ち往生しては困るので、、。
夜、実家に戻る。

9月6日(土)
母を病院に連れて行く。
主治医と診断の結果について話す。大体いつもの通り。
服薬も同じで、、との指示。終わってから屋島のきりんうどんへ行く。

9月7日(日)
朝、日産に行って、車のことについて打ち合わせ、
書類など作成してもらう。
午後、京都の親戚に荷物発送。

9月8日(月)
病院に行く。採血をする。
皮膚ががさがさしているのだけど、とりあえず尿素入り
クリームでしのいでいる。

9月9日(火)
夏休みをとる。 寝る部屋のじゅうたんが相当に古くなって
いたので、思い切って捨てる。と同時に少し片付け。
部屋がすっきりした。 一日活動したのでやはり疲れてしまった。
食欲、少しましになる。
先生は好きなものを食べたらいい、とおっしゃるのだけど、
結構突発的にいろいろと浮かぶのだ。
たい焼きとか、焼きそばとか、牛丼とか。何の脈絡もなく。
でも自炊しているので、まだこの食材があったじゃないか、
これを早く食べてしまわなくては、とか思って、
せっかく食べたいと思っても、食べられない。
いっそ自炊を止めてしまおうか、とか思ったりする。


9月10日(水)
月曜の採血の結果は、白血球3200、
好中球数が21、 で 3200×21=67200となって
50000を越えていたので、仕事帰りに注射に行く。
しかしそれにしても週に2回通院するのは結構しんどいし
時間を取られる。何とかならないかしらんとも思うけれども
何ともならないんだよねぇ。 やれやれ。

帰って京都行の準備をする。
持っていく資料に漏れがないかどうかの確認をして
今回はパソコンも持っていかないといけないので
結構いろいろと荷物が多い。

9月11日(木)
いつも通り仕事をして、夜、実家の街に移動。
帰りにあ、そうだった、今日は誕生日だったというような
ことを思い出した。

9月12日(金)
朝6時過ぎの高速バスで大阪へ。
塚本の親類の家の跡に行った後、なんばの高島屋の史料館。
そこから天王寺に移動して阿倍野近鉄とかハルカスを見たのち
鶴橋経由で奈良に行って、秋篠寺。
もう一度西大寺から近鉄で竹田乗換で京都四条。
移動距離はすごかったけど、もうエレベータ、エスカレータを
使って動いたのでそうしんどいこともなかった。
夜発表のリハーサルをしてみた。
10過ぎに寝た。

9月13日(土)
朝起きてもう一度リハーサルする。一度発表資料を使いながら
やってみたのだけど、思いっきり失敗してしまい、ああ、
やらなければよかった、と後悔する。
行く前に東本願寺に行って、9時過ぎに会場入りする。
17時終了。何とかうまく行った。
19時前の高速バスで京都を出発。 3連休なので
高速が渋滞しているか、と思ったけれどもほぼ定刻通りに
到着。と、いいつつ疲れていたのでバスの車中ではずっと
寝ていた。
今回の移動、服薬を忘れるとかタイミングを逸するとか
しないできちんと服薬できるか、と思っていたけれども
忘れもせず、きちんと飲むことができて良かった。

しかしそれにしても、今週で29週が終わった。
基本の治療は24週なんだけど。
いつまで続くのだろうか。

もうすごろくのようなものだなぁ、と思う。
一回やったら一回休み。(笑)
このままのペースで行くと10月に入ってもまだ
やっている、ということになるのだろうなぁ、、。

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Comments

相変わらずお忙しいようで体調は大丈夫ですか。
薬といえば某薬もジェネリックで製薬会社の利益の問題だと思われますが、某国の製薬会社には特許権がないのではないかと争われているとか⁇
CMで今度の薬は良いなんて言ってたような?突然変異株ですか…何気無く子宮頸癌検診をしたら子宮筋腫があると↓全く自覚症状もなく血液検査でも今の所問題なしではあったんですが、検診をして良かったのか悪かったのか⁈病院が車で片道1時間はかかる山奥の僻地に住んでますので。
三津五郎さん舞台を休演されるとか大丈夫なんでしょうか。松竹ももう舞台は気にせずゆっくり休んで治療に専念して下さいねぐらい何故言わない‼︎本当に「金目ですね」

Posted by: ゆき | 14. 09. 27 at 오후 8:06

---ゆきさん
三津五郎丈の話、ゆきさんとしたいなぁ、と
思っていたところだったんですが。
うちの主治医の専門が「胆肝膵」の専門
なので、すい臓については、いつもいつも
話を聞かされてきました。
すい臓の周辺は臓器が重なっているところ
があるので、超音波診断が十分には
できない、ということをいつも
言われます。おまけに臓器が重なって
いるということは、がんになったら
簡単にほかの臓器に転移してしまう、
ということでもあります。 加えて
すい臓がんはまだ治療方法が確立されて
いません。先週も超音波診断を
してもらいましたが、主治医の言うのは
「診断できる部分に関しては異常は
みとめられない」ということでした。
三津五郎丈のすい臓の状態が
治療で治る、という程度のものであれば
いいのですが。
秀山祭、やっぱり吉右衛門と幸四郎は
非常に仲が悪いということで、ご共演は
ありませんでしたね。(笑)
でもさすがに染五郎だと共演はオッケー
なんですね。
新薬は、確かに表立った効果だけ見たら
すごいんです。「適用になった人については
ほとんど治ります」から。でも、問題は
適用にならなかった人は、となったら
これが治らない、というのです。
それから今回のソブリアードみたいに
実際使い始めてから、あれやこれやと
問題が顕在化する、というのが
どうしても新薬にはあります。
そういうリスクもよく考えたうえで
治療しないといけません。確かに
CMでは、さっさと治そう、と
言っているのですが、やはり実際は
主治医といろいろと相談をして
自分の治療方法を自分自身で考えないと
いけない病気です。患者自身も結構
難しい選択を強いられる部分があります。
やはり難しい病気だと思います。

Posted by: 謙介 | 14. 09. 27 at 오후 10:16

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