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14. 07. 10

いろいろな人に会いに京都へ(その4)

こうやって旅の記録を書いて行って
あとからつくづく眺めてみますと、今回も
わざわざ京都に行きはしていますが、大して
観光地巡りをした、というのでもないですし、
その土地の名物を食べた、というわけでも
ありませんが、、、。

今回の旅行は人に会うのが
メインの目的でしたからそれはそれでよしとしましょう。

行った場所もほとんど普段の延長みたいな場所ばかり
でしたが、その分、落ち着いていろいろなお話が
できたように思います。

なので自分の中では今回の旅行はとても印象に残る
旅だったなぁ、と思っています。

さて、翌日になりました。
朝園部を出発して長岡京までご一緒しました。
昼食を一緒にいただいて阪急電車の西山天王山駅まで
送っていただきました。

たぶん阪急電車の中では今のところ一番新しい駅だと
思います。去年の12月21日にできたばかりの駅ですから。

この駅は特急・急行は停まらず、準急以下の電車が
停車します。(この写真の特急は通過)
Tenozanishiyama

ほどなく準急が来たのでそれに乗って、高槻市で
後から来た特急に乗り換えました。

阪急電車では、茨木市で準急から特急への
乗り換えを勧めていたのですが
(茨木市までは準急が先着しますから)
茨木市で乗り換えると、座れないのですよ。


いえ、いつもであれば京都の河原町から梅田までだったら
立ってたって別に平気なのですが、今回は薬の関係ですぐに
しんどくなるので、なるべく座れるように高槻市で乗り換えました。

高槻市は京都から乗ってきた人の結構な数の人が降ります。
逆に高槻から梅田へ行く人もここから新たに結構乗る人が多いのです。
つまり、ちょうどここが京都線の人の輸送の境目だろうな
という気がするのです。

梅田駅のホームでホームページで以前相互リンクをしてくださっていた
Joさんと待ち合わせです。 (その後Joさんのサイトは閉鎖されました。)

Umeda


Joさんはお昼がまだだったので、
阪急3番街の中村屋で食事をしました。
ここの中村屋はカリーがないのでちょっと残念でした。


その後、のんびりできるところに行きましょう、
というので梅田の秘密の場所に連れて行ってもらいました。
秘密ったって、別に大した場所でもないんですが。

それは阪急百貨店の屋上庭園でした。

ビルの屋上ですから人工の庭なのですが
それでも芝生があって木が植わっていてベンチもあって、、

その日は適当に曇っていて直射日光も射さなかったので
ベンチに座ってのんびりと話をすることができました。

梅田の中心部とも思えないこののんびり加減。(笑)
Hankyu


この屋上庭園は夕方になったらビアガーデンに衣替えしますが
まだ午後2時くらいだったので、ガーデンチェアも出ていなくて
芝生の広がった場所の前でいろいろと話をすることができました。


Joさんが、阪神百貨店の屋上にもあるよ、というので
ななめむかいの阪神にも行ってみることに。

Hanshin1


ここには以前は小さい遊園地があったはずでしたが、、
Hanshin2

以前はデパートの屋上というと子どもの遊具とか
観覧車とかちょっとした遊園地だったのですが
今やUSJといったような本格的な遊園地ができちゃいましたからね。
どこも屋上は喫煙場所とか、ビアガーデンとかに
なっているようです。
ここでも少しお話したところで、Joさんが帰る時間となりました。
彼は9月からカナダです。 

彼が大阪に来てからを振り返ってみて、大阪もものすごく建物が
変わった、という感想でした。
Umekita
この写真の真ん中の更地だって
数年前までは梅田貨物駅があって、
線路と荷物用のホームがずらっと並んでいたのですが、、
それは廃止されて今や広大な更地です。

間もなくビルが何棟もまたここに建設されるのでしょう。


こんなふうに特に梅田周辺は全面的に変わってしまいました。

大体地名で梅田とか梅本とかいうふうに「梅」のつくところは
田んぼとか湿地だったところを埋めたところです。

大阪駅だって、駅前のヒルトンホテルの辺は
蓮池だったそうですし、、。
それがいまやこれですもんね。(笑)

Osakaeki

本当に変わってしまいました。
いつかまた日本に帰った時、大阪なんか来たら
今度はどう変わってしまっているだろうね、
というような話を最後にして、、
どうぞお元気で、と握手をしてお別れしました。

帰りのバスはJR大阪駅発18時50分なので
まだしばらく間がありました。

Sonezaki
オヤジにこの中央の地下街用の換気塔を見せたら
懐かしい、と言っていました。 ここだけ変わっていません。

変わっていないのをもう1枚。
大阪市バスの旧塗装の分です。
Shibus

1979年ごろまで濃い目の緑と赤の線の入った
この塗装のバスだったように覚えています。
これも懐かしい、と言っていました。

梅田界隈の本屋さんを何軒かはしごして、、
旭屋書店本店のビルの建設進捗状況を眺めたりして
18時になったので東梅田食堂街に行ってみました。
なんとなく洋食が食べたかったのです。

この食堂街の中にスエヒ○があったので
ここに行きました。
17013009


ブタひれ肉のジンジャーって、まぁひれ肉の生姜焼きですね。(笑)
Suehiro2
でもさすがに肉の扱いに長けたお店になるとこんなふうになるのですね。
豚肉の上からたっぷりかけられたソースは生姜の風味というのか
ピリッとした刺激があって、あ、生姜焼きだ、と思う味でした。
でも、普通の生姜焼きのたれではなくて、やはり洋食屋さんが
作っただけのことはあって、ソースにいろいろなものが
使われていたのでしょう。複雑な奥深い味がしました。


あとこれにポタージュスープとごはんが付きました。

カウンターに座ったのですが、カウンターの中では
ここのお店のママさんと思しき人がサラダの野菜を刻んだり
盛りつけたりしながら
常連の人(どうも話の内容からして大学病院のお医者さんのよう)
と自分の身体について話をしていました。
やれ膵臓はどうの、肝臓がどうの、という話だったので、
思わず他人事とも思えず、、(笑)
思わず聞き入ってしまいました。(黙って聞いていただけだったですけど。)

食事が終わって忘れずに薬を飲んで6時半には出発です。
ここからJR大阪駅の高速バスの乗り場までは10分とかかりません。

そういえば、さっきお別れをしたJoさんにはじめてあったのが
以前桜橋口にあった高速バスの乗り場でした。

バスは50分の発車でしたが6時40分に着いたら、もうすでに
来ていました。

ここから一度難波に行ってそれから阪神高速・明石海峡大橋で
淡路島を回って徳島県から四国に入る、というコースです。

お天気も最後まで雨もふらずに何とか持ってくれましたし、
いろいろな方とお話もできました。
ほとんど観光らしいこともしませんでしたが
とても充実していた旅だったなぁ、と思いました。

これで今回の旅のご報告はおしまいです。
でも2日目なんてタイトルこそ京都ですが
ほとんど大阪の話でしたね。(笑)
長々とお読みくださってありがとうございました。

(今日聴いた音楽 希望 歌 岸 洋子
 1974 岸さんの歌は、歌詞の言葉がはっきり
 聞こえてきて、そこに情感がこもっていて
 本当に大好きな歌手でした。早世が
 本当に惜しまれます。)

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